以下に掲載されているのは、第一次世界大戦時のイギリス海外派遣軍歩兵、デイヴ・ハルカンドの日誌です。この日誌には、ソンムの戦いにおけるSCP-3456の目撃記録が幾つか描写されています。
1916年6月27日
やっと前線に到着! このちっぽけな日誌はパリ滞在中に手に入れたものだ、戦場での俺の英雄ぶりを記録しておく役に立つだろう。ついに行動を起こせるのはかなり嬉しいが、どうもそれは俺だけらしい。ここの連中の大半は何ヶ月もここで戦い続けていて、全く以て怖ろしい見栄えをしている。軍服全体に泥がこびりつき、顔はひどく蒼ざめていて、数ヶ月間食ったり寝たりしなかったかのように思える。司令官は戦闘にかけてはかなりアツアツの人で、実に天晴れだ。
1916年7月2日
朝早くに起きた。地面が揺れていて、危うく退避壕の泥の上に落ちかけた。反対側の塹壕にいる気の毒な奴らは、グールでも見たような顔つきをしていた。俺の記憶が正しければ、キッチナー陸軍から来た北アイルランド人のコンビだ。ナッカリーがどうのこうのと呟き続けていた。ミックのお伽噺か何かだろう。どちらも金の十字架を握りしめていた。もう一度横になって目を閉じた瞬間、とうとう泥の中に突っ込んじまった。今まであんな大きな音を聞いたことは無い。敵陣のフン族どもの迫撃砲弾が俺たちを狙って降下してきたのかと思ったが、ただ一つ問題があって、一向に炸裂音が聞こえてこなかった。今朝方、将校殿に迫撃砲の弾幕について尋ねた。おかしな目でこっちを見て、一体全体お前は何の事を抜かしているのかと言った。
1916年7月2日
昨夜落ちてきたはずの不発弾を探しに行った。見つからなかったが、代わりに多分アーメン野郎にも説明できないだろうブツを見つけた。今まで見た中で一番奇妙な見た目の炸裂穴だ。巨大な蹄みたいに見える。
1916年7月3日
フン族どもは今日は攻勢に出て、初めて俺たちの領域に移動してきた。戦闘を目にしたのは初めてだ。ロマンチックでも冒険的でもない。恐ろしく、命取りのものだ。手の震えが止まらなくて、もう既に1枚チットをダメにしちまった。フン族どもは俺たちをもう後が無い所まで追い詰めて、圧倒するギリギリの所まで行った — 昨夜は雨が降ったから、俺たちの隠れ穴は溢れるほどの泥で埋まっちまってた。ドイツ兵の一人がまっすぐ俺に向かってきて… そして… 俺は奴の眉間に一発ブチ込んだ。塹壕の縁に倒れ込んだ奴と嫌でも目が合った、あの可哀想な奴はせいぜい17か18ぐらいだった。
アイルランド男の一人、マーティンが死んだ。俺が今までに見たどんな死に様より不自然だった — あいつが立ってフン族どもに発砲していると、唐突に泥が沸き始めた。誰かが反応する前に、そこら中に泥が飛び散って、全員突然引っ繰り返っちまったんだ。俺が顔を上げると、もうあの野郎はいなかった。体の一部さえ残さずに。誰にも言っていないが… 誓ってもいい、泥が飛び散る直前、奴の足元には骨が浮かび上がってた。あいつの相棒だったブレンダンは、十字架を探して何時間も泥を掘り返していた。
1916年7月14&15日
今朝、フン族どもは雨の中で攻勢に出た。俺は部隊にいるもう一人のアイルランド人、ブレンダンと一緒に機銃座にいた。敵軍は続々と押し寄せて、ぬかるみにはまり、俺はただ撃ち続けた。
太陽が昇っている。俺は8時までの当番だった、少なくとも将校殿はそう言った。俺はどれだけの時間が過ぎたか分からなくなりかけていた。ここには何か奇妙なモノがいる。何かが泥とフン族どもの死体の中に潜んでいる。昨夜、居眠りをしかけた所、戦場に立ち往生した友軍負傷兵のうめき声が聞こえた。気の毒な奴だ、取り残されたんだろう。何かが視界の端に見えた、何かデカいモノが。曇り空で満月が隠れていたので、いつもより暗くて、形ははっきりとは分からなかった。幾つかの絶叫が聞こえたが、何だったにせよ、そいつは照明弾が辺りを照らす前に姿を消してしまった。
1916年7月30日
あの晩以来、奴らが視界の端に見え続けている。奴らは巨大だ、なのに忌々しいほど素早く動くから、俺がはっきり見定めるよりも早く姿をくらましてしまう。少なくとも、今日までは奴はそんな感じにふざけてやがった。今朝は分厚い霧が立ち込めて、何もかも覆い隠されていた。俺たちは、フン族どもがこれを利用してまた攻撃してくるかもしれないと思った。クソ野郎どもは20日からノンストップで攻撃を続けている。俺は煙を通して奴を見た、影のように見える、霧の中に隠れた奴を。ある種の馬みたいな生き物で、何かを地面に引きずっていて、乗り手が座っているべき場所にデカい塊があった… その塊は動き始めた。あれは間違いなく人間か、或いは人間のように見える何かだった。姿勢を正すと、奴は地面に引きずっている物を正面に伸ばして何かを拾い上げた。ドイツ兵の死体だと思った… それがもがき始めるまでは。奴が立てた音は生涯忘れられそうにない。バンシーよりもやかましく、甲高く、ねじくれた声だった。
奴は俺を見据えていた。2つの赤く光り輝く光球が。
8月5日
ブレンダンは奴らのことを“ナックラヴィー”と呼ぶ。それ以上の事は余り語ってくれない。どうして俺が到着した時、皆があんなに怯えていたのか分かりかけてきた。
8月13日
クソッたれ。クソッたれ。奴らは悪夢だ。2日続けて奴らの姿を見た、片方は… すぐそこに、俺の目の前に姿を現した。20フィート、最低でも20フィートは離れた場所にいたはずだ。空に向かって聳え立っていた。照明弾を発射しても、奴が泥の中から負傷ドイツ兵を掴み上げるのがよく見えただけだった。奴らには皮膚が無い。筋肉と脂肪だけだ。背中のブツは… 人間じゃない。あれが人間であってたまるか。皮膚も無ければ足も無く、腹のあたりで馬と合体している。ライフルで何発か撃ってやったが… 全く効いてなかった、俺がパチンコでも撃ったかのように。奴は照明弾が最高度に達して間もなく、動きを止めて、振り向いた。真っ直ぐ俺を見下ろしていた、馬も、背中の… ブツも。奴は微笑んでいた。
1916年8月17日
4日連続で夜番に割り当てを喰らっている。ナックラヴィーについて将校殿に話そうとしたが、信じてもらえなかった。俺の頭は砲弾神経症でイカれていると言う。口をつぐんで仕事を続けるより仕方が無かった。
奴は未だに戻ってくる。毎晩。同じ場所、俺から20フィート離れたところに。負傷したドイツ兵を拾い、振り返って俺を見つめる… そして姿を消す。俺を玩具にしてやがるんだ、間違いない。昨夜は別のが来ていた。背中には例のブツが4匹。全く同じことをして帰っていった。
1916年8月20日 午前7:00
ドイツ軍が昨日、大攻勢に打って出た。2日前に一日中雨が降っていたので、ぬかるみは深かった。俺たちはまた塹壕の機銃に座った。昨夜は連中が戦場に山ほど倒れていて、誰が生きていて誰が死んでいるか分かりゃしなかった。6日間眠れていない。今夜は5頭だ。そのうち3頭は背中に… ブツを1匹よりも多く乗せている。毎回戻ってくる奴は… 何かを落としていった。照明弾の明かりを受けて光るのが見えた。
1916年8月20日 午前10:00
奴が毎晩現れる場所の泥を探しに出かけた。マーティンの十字架とヘルメットを見つけた。
1916年8月20日
奴らは大胆になってきている、真っ昼間に1頭の姿を見かけた。ほぼ間違いなく例の奴だった。泥の中に身体を埋めて、ただじっとしていた… 待っているんだ。
3時になったら交代だ。今では、あそこにもっと沢山来ている… 全部が同じことをしている… 神よ、俺たちを救い給え。
公式記録において、デイヴ・ハルカンドは8月20日、ドイツ軍塹壕に対するイギリス軍の反撃失敗に続いて行方不明とされています。追加調査により、同じ部隊の兵士、ブレンダン・オマリーも同日に行方不明と報告されていたことが判明しました。ハルカンドの日誌は失踪から2ヶ月後、ドイツ軍塹壕から20フィート離れた場所で発見されました。