当資料は経済的/心理的虐待・ガスライティング・迫害の記録を含むため、倫理委はアクセスを制限している。閲覧は各個人の裁量と責任に委ねられており、これによって生じた損害に対し財団は一切の責任を負わない。閲覧に差し当たり、内容のコピー・転写・流布を禁ず。
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SCP-3460-JP
議事録
関係者
理事会員
"稲妻"
倫理委員
葦内 陽花
捜査員
ウィルト・リー
地点
サイト-8100
会議室"雅"
写真

Det.リーは英語話者のため、彼が関わる会話の全ては和訳したものである。
Dir.稲妻: 私が6階級も下の職員と話すなど、前代未聞ですよ。
Chr.葦内: しかしディレクター、中国から呼び寄せたこの者の実力は確かです。
Dir.稲妻: レベル0の職員が?
Chr.葦内: レベル0の職員が、です。さっそく自己紹介をしてもらいましょうか?
(色褪せたスーツを着た男が咳払いする。)
Det.ウィルト・リー。
Det.リー: 俺の名はウィルト・リー、探偵だ。財団内での地位は特殊で、レベル0のクリアランスを持っている。これはつまりだな、俺の仕事は異常とは無関係で、例えば超現実部門に勤める夫がチョウチョと浮気してないか疑う奥さんの依頼を受けて尾行したり、下半身のない猫が逃げたってんで虫眼鏡を持ってサイトを探し回ったりしている。
(沈黙。)
Det.リー: OK、この手のジョークはお気に召さないみたいだ。とにかく俺の仕事は職員間のイザコザ ― 喧嘩・窃盗・殺人等の調査。職業柄、事件解決後は記憶処理を義務付けられている。そろそろ頭がスポンジになってるかもな?
(沈黙。)
Dir.稲妻: …本当にこのつまらないジョークを言う者が信頼に足るのですか?
Det.リー: アイスブレイクさ。疑念や不信という心の重りを抱えた依頼者は、文字通り氷を乗せられたように顔が下を向いている。そんな人の心を和らげるためのジョークだ。実際、初回面談では依頼者はよく下を向いてるが、心が晴れれば顔を上げる。そしたら?壁・電灯・棚・湯呑 ― 何よりイケてる俺の顔が目に入る。
Dir.稲妻: よい雰囲気が視点を広げると言いたいのですよね?鼻につく言い方ですが。
Det.リー: そういった意味では、今回の依頼者 ― ディレクター、あなたの顔を上げさせるために俺が遣わされた。要件を聞きましょう、サー。
Chr.葦内: やっと本題ですね、では資料をどうぞ。全てはSCP-3460-JPという職員から始まった、財団で最も深刻な汚職事件です。あなたの任務は、事件の全容を解明することです。
Det.リー: (目録を読んで) つまり、ずっと圷は三星に何らかの"加虐行為"を加えていて、それがディレクターの目に留まった。ディレクターは提案により、葦内さんを仲介としてこの件の全容を解き明かすよう依頼した。って事かな?
Dir.稲妻: 誤解なきよう。私の目に留まった時、既に圷は収容室で口を利けない状態にされていました。ですので何があったのかは知りません。しかしこれを放置するわけにもいかないですから、葦内さんの案内で倫理委に調査を依頼した、という形になります。
Det.リー: OK。基本、捜査はまず容疑者から聴取していくんだが、どういうワケか初期対応者は彼に箝口剤を含ませたようだ。これでは捜査が難航する。それに、いくら事件とはいえ同僚の口を封じてただ監禁することに何も思わないのか?
Chr.葦内: 少女の青春を奪って怪物の生贄にしている組織に今更そんな事を尋ねるのですか?貴方のジョークは実に面白いですね。
Det.リー: そうかい…じゃ、やる事を教えてくれ。
Chr.葦内: 仕事は2つです。1つは、事件関係者に対する聴取記録を作成すること。2つは、事件の全容を明らかにすること。
Det.リー: 2つ目の方はずいぶん抽象的だな、え?
Chr.葦内: こちらにも情報はありますから、それらと貴方の情報を統合して全容を明らかに出来ればよいのです。つまり、私が良いと言うまで情報を集め続ければよろしい。
Det.リー: 無限に集めさせて「まだ全然足りんぞ!」って怒鳴る人じゃなけりゃ歓迎だ。
Chr.葦内: おや、心配はご無用です。むしろ貴方から「もっと集めたい」と言う事になるかもしれませんね?
Dir.稲妻: そのくらいに。ではせっかく私が関わってるのですし、今回はドレギョーニ・コードを発行しましょうか。
Chr.葦内: ドレギョーニ・コードを?しかし ― いえ、どうぞ。
Dir.稲妻: 正確にはドレギョーニ全権調査証、円滑な調査のために使われるものです。このコードの元では、職員は優先的に調査に協力せねばなりません。印籠…アー、虎符のようなものだと思ってください。非協力的な関係者に見せつけるといいでしょう。
Det.リー: 水戸黄門も観てるから話は通じるよ。
Dir.稲妻: この件に関し、助手を1人指定できますが。優秀なのがいますよ。
Det.リー: いや、結構。ここの職員に信頼できる旧友がいる。山崎 孜つとむって奴なんだけど。
Dir.稲妻: 実に優秀ですね ― もちろん問題ありません。では仕事に取り掛かって頂きましょう。
テスト、テスト、よし。調査開始ってんで、まずは旧友に助手を担当してくれって言わないとな。その後は…やっぱ気になるのは「泡界計画」だな?そもそもこれがどんな計画で、圷と三星がどういった関係だったのか探る必要がある。
山崎 孜
ザッキー
今捜査に関わってる事件の助手にするから
よろ👍
リーさん?
久しぶりに連絡してきたかと思えば、勝手すぎますよ。これで何回目ですか?まぁいいんですけど。
なんだかんだ協力してくれるの感謝してるよ
今度おごるね
それで、その事件というのは?
後でファイル送っとく
今回は状況に応じてアドバイスしてほしいだけだから
なんかあったら連絡するよ
分かりました。
SCP財団国際間指令
レニー・V・シェイル管理官
財団のヒト科実体への収容状況が宜しくないという事は広く知られた問題である。外界とのつながりを絶たれ、望む食事が摂れず、目まぐるしく変わる白衣の来訪者と応対する生活は好ましいとは言えず、精神衛生上の悪影響及びそれらに付随して発生する問題をこれ以上無視するのは難しくなっている。
そこで以前から言及していた通り、我々は全面的な収容状況の改善のため、BUBBLEZONE PROJECTを発足し、人員を編成することを各国最高司令部の承認により決定した。これは横断的なプロジェクトであり、多様な人材の割り当てを検討している。当プロジェクトは財団統合本部、中国支部、日本支部の3つのブランチで各自進められ、イノベーティブなアイデアがより多く出される事を期待し、定期的な意見交換と人材交換を予定している。
2050年までにヒト科実体の総合幸福度指標を5.5以上にすることを最終目標とし、この裁決及び発足を周知のために各ブランチの適切な管轄へ提出する。



人員割り当て案内
泡界計画の構成員は司令部、倫理委員会、O4管理官議会による協議のもと選出されますが、それでは人員らの知識領域に偏りが生じて同質性を帯びる可能性があるため、志願枠を多数設けています。枠の受け入れ基準は緩やかで、財団に入ってまだ若い研究者らも参加できる可能性があります。
あなたの常識に囚われない独創的かつ柔軟な発想を我々は求めています。泡界計画では、従来の理論だけでなく、あなたが培ってきた独自の視点・経験がブレイクスルーをもたらす可能性に注目しています。若手の皆さん、ここでは貴方のアイデアが単なる提案で終わる事はありません。実際にあなた自身がプロジェクトを主導するチャンスがあります。計画への参加は、あなたのキャリア形成にも大きく寄与することでしょう。国際間交流やキャリアステップに興味のある方は「志願者募集要項」を参照の上、ぜひお気軽にご応募ください。
現在の募集状況(04/11時点):
1.ホン・ジュンユ 2.橘 卓也
[…]
[…]
32.月城 焔礼 33.園山 鈴
34.三星 鈴蘭 35.圷 蓮人
36.浅羽 律 37.ブルーノ・D
[…]
つまり圷と三星の2人は泡界計画に志願して入ったってことだ。バディを組んでたって事は、2人はそもそも仲が良かったのかもな。なら知識領域も同じくらいだろう。となると次は2人の研究主題と、他に証言してくれる人を知る必要がある。
意味波干渉モデル(SWIM)について
管理官補足: 泡界計画の研究開発課は、三星, 圷研究員の2名が提出した意味波干渉モデルの研究を承認した。今後、予算と人員が割り当てられる。
背景: C. ヴラスの「意味波基礎理論」によれば、空間には"情報場"と呼ばれる同位相時空があり、場には情報粒子という物質が流れている。これは人から流れる物質であり、人が思考すると、その思考内容が粒子群として情報場を流れる。その粒子群が波のような挙動をする事から、これを意味波Semantic Waveと呼ぶ。
つまり、意味波とは個人の思考そのものである。例えるなら、「ひとつの木がある」を表す思考は「ひとつ」「の」「木」「がある」という4つの意味波の多重組み合わせである。しばしば私たちは、話されていない他者の考えが分かる時があるが、その一因は他者から流れた意味波を脳が知覚・統合しているためである。本理論の重要な点は、意味波を完全に観測できるなら、理論上は「心を読む」事が可能となる、という事である。
モデル概要: 意味波干渉モデル(SWIM)は、意味波観測装置から抽出した記録を解析するための数式のモデル化を初期目標とする。最終的な目標はモデルを介した読心機の開発である。収容セルにこれを置けば、実体の考えを把握するのに役立ち、本人が抱える悩みや望みにいち早く応えることが可能となる。
聴取記録1
関係者
研究員
屋桜 游
捜査員
ウィルト・リー
地点
サイト-8125
深山研究室
写真

SCPF-JP
機密
機密
名前
屋桜 游
SCL
1
職員ID
81m01d987n005
所属
収容部門
役職
研究員
性別
男
年齢
29
生年月日
1993.08.08
Res.屋桜: ここから出てってください。Get out of here.
Det.リー: んじゃ、部屋の外から質問していこうか?
Res.屋桜: 財団Foundationからって意味ですよ。
Det.リー: ならファンデーションfoundationを落としてからまた来るよ。印象が大事な職業柄、軽く化粧してるのさ。
Res.屋桜: ああ言えばこう言う。
Det.リー: 第一印象が最悪なのは久しぶりだ。俺が君に何かしたかい?
Res.屋桜: 理事会員との議事録を見ましたが、あれが上への口の利き方ですか?親の顔が見てみたいですね。
Det.リー: 子は親を選べないのだから、その発言はやめたまえ。それと、俺はリスペクトを欠いている訳ではない。よろしいか?
Res.屋桜: …ですがそれは、上司に変な言葉遣いをする理由にはなりませんよね。
Det.リー: どうせこれから待ち受けてるのは虐待・迫害・差別だ。捜査は大抵、そんな展開に行き着く。軽快なフリをしないとやってけないのさ ― 俺だけじゃない、皆の話だ。
Res.屋桜: なるほど、しかし日本語が話せないとはね。ここの職員で3か国語話せないやつなんて初めて見ましたよ。
Det.リー: はっ、バカだなCrétin。
Res.屋桜: なんて?
Det.リー: ん?"喉が渇いた"Cravingって言ったのさ。口論続きじゃどうもね ― まずは茶でもどうだ?贈答用のやつがある。
Res.屋桜: それはいい、ぜひ頂きましょう。
Det.リー: そりゃよかった、あーお馬鹿さんCrétin。
(リーは大紅袍を淹れ、来客用の机に2つ置いて対面して座る。)
Det.リー: バカげた茶番を過ごしたな、もう本題に入るか。お前さん、圷 蓮人、三星 鈴蘭という名前に心当たりは?
Res.屋桜: ああ、2人は同期ですよ。専攻が違うので詳しくないんですが、三星さんが超天才で、意味波干渉モデルSemantic Wave Interference Model ― つまり"SWIM"を構想したのも彼女です。圷さんはというと、まぁパッとしないとかじゃないんですが、三星さんには匹敵しないかな。主に文書の執筆を担当していたそうです。
Det.リー: まぁ納得か。聞いた話じゃ、2人でそのSWIMを研究してる最中、三星がアノマリーに罹ってSCP指定され、圷が研究を継ぐことになったらしいが。お前さんの話を踏まえるなら、研究は停滞したのか?
Res.屋桜: 分かりません、僕も出張続きだったので。ただ、あんまり芳しくないとは人づてに聞きました。そりゃそうですよ、意味波基礎理論それ自体が最近で、その基礎理論からSWIMって構想を練られるのは大それた人にしか出来ません。コンピュータが生まれた時代にChatGPTの構想を思いつくようなものです。
Det.リー: となると、圷には研究頓挫に至るような背景があったことになる。容疑の一部、学術詐称はこれが原因か?
Res.屋桜: 圷さんが?彼は真面目でした、過ちを犯すとは思えません。
Det.リー: まだ容疑だからな。んで、その所感の根拠って何かあるかい?
Res.屋桜: 三星さんが収容室に移されてからも彼は何度か訪れていました。雑談しつつ、研究の助言を貰おうとしていましたよ。彼は僕を連れていった事もあります ― 「三星さんだって誰とも会わないと気が滅入るだろうから」と。彼は人の心を大切にしているようでした。
Det.リー: 何?じゃあますます分からないな。
Res.屋桜: その時の音声、まだありますよ。僕はあんま喋ってないんですけど。お役に立てるかもしれません。
Det.リー: 急に協力的になったな?
Res.屋桜: 遠く離れた同期の今を知りたいと思うのは当然の事でしょう。
Det.リー: …もしそれで、彼が邪悪だと証明されてしまったとしたら?
Res.屋桜: 記憶処理するかもしれませんね。少しの間、違和感は残るらしいですが…わだかまりが永遠に続くよりはマシですから。
サイト-8125.収容室B-3-v.屋桜游による音声記録
(前半の雑談を割愛)
Res.三星: それで圷くん、君がここに来たという事は、研究が行き詰ったって事でしょ?本題に移ろうか。今度はどこで詰まった?記録装置の配置とか?
Res.圷: アー、図星だよ。粒子波を観測するためにどんな配列がいいか悩んでいてね。
Res.三星: 情報場は海、意味波は海流だと類推すると楽かもね。海流構造の解析にはテンソルを使うでしょ?つまりテンソル解析ができるような配置が適切になる。ただ粒子であることを考慮すると、壁面センサーだけでは不十分かも。カミオカンデは分かるよね?
Res.圷: 壁面に粒子観測器を敷き詰めるってこと?そりゃ予算が下りるかな。
Res.三星: 財団にしちゃ太っ腹のプロジェクトだし、いけるでしょ。
Res.圷: …あなたがSCPに仮指定されてプロジェクトを外れたのは想定外だった。正確に言えば、完全に外れたわけじゃないし、こうして助言をもらう事もできるんだけど。
Res.三星: 審査部はまだ私に何の連絡もしてないけど。どうなってるんだろ?
Res.圷: 研究開発課は黙認 ― つまりあなたのポストをまだ残してくれてる。
Res.三星: SCP認定審査部の方よ。
Res.圷: え、まだ来てない?どうなってるんだ…あぁ聞いたわなんか。月あたりのアノマリー発見件数が最近増えてしKクラス対応もなんか今ヤバいらしいから、審査部がすぐ来れない事もあるとか。最近世界が滅びかけまくってる気がするよ…上の対応もなあなあだし、仮指定のSCPが重複する事も時々あるらしい。あなたの仮指定は3460、いつこれが正式番号になるのやら。
Res.三星: ま、そのおかげで君は私と話せるし、私も君と話せるから。曖昧なおかげで助かってるよ。
Res.圷: このまま曖昧だと、僕はあなたへの研究もしなきゃいけなくなる。確か8157に異動した友人がそうだった。その筋の専門じゃない人がアノマリーの研究をせざるを得ないって事案が最近は多い。
Res.三星: 官僚組織だし、人手不足だし。七層もある官僚機構の壁の向こうにいる評議会員の顔すら見たことがない。一般企業じゃあり得ないでしょ?入社式での社長式辞が音声メッセージだなんて!
Res.圷: 言えてるね。とはいえ不安だ。ただでさえSWIMの研究を引き継ぐのは重荷だし、それに加えてあなたの研究もするのはキャパオーバーだ。アノマリー研究とは違って、理論研究の継続には毎年の査読にパスする必要がある。
Res.三星: なあなあでいいんだよ、少なくとも審査部がそうである限りはね。さて、君が私をSCP-3460-JPと呼ぶ事になるのはいつだろうか。
Res.圷: (笑って) 前から言ってるけど、ヒトを"SCP-ホニャララ"と呼ぶのは馬鹿げてる。収容環境を良くしたいならまずこれを変えなきゃ。対立を深めるだけだし、あと"SCP-ホニャララ-JP"は呼ぶには長い。
Res.三星: そのうち"SCP-CN-ホニャララ-JP-KO-α-1"みたいなのが出てくるのかな!その点、私は副識別子がついてなくてよかったね。呼びやすい。
Res.圷: 呼ばないさ。そう、その話もしないと。報告では、時おりあなたの体から影が分離して自由行動するって異常性らしいけど、今は?
Res.三星: 今は何も。その"影"はバレエしたり逆立ちしたりするんだけど、心当たりがないんだよね。バレエした事ないし、しようと思った事もない。私の思念を読み取ってどうこうってアノマリーじゃない気がする。
Res.圷: となると、独立した自我を持つのかもしれない。ま、気長に研究しよう。
現時点で気になった情報をまとめよう。
1つ目に「能力」。圷に対する屋桜の印象、おざなりなファイル名、圷が三星に助言を乞うていたという事実。これらの証拠は、圷が三星よりも能力で劣っていた事を示している。
2つ目に「研究」。圷はSWIMだけでなく、三星への研究も行わねばならない可能性を恐れていた。
3つ目に「組織の曖昧さ」。開発課は三星のポストが残っている事を黙認していたし、審査部も彼女のもとを訪れていなかった。組織構造に問題があった事は、2人の官僚組織に対する言及からも見て取れる。
最後に「雰囲気」。2人の会話は軽く、関係は良好に見える。また、圷がヒトをSCP-ホニャララと呼ぶ事に批判していた点は、屋桜の「彼は人の心を大切にしている」という証言と一致する。
ここから何があれば虐待につながるのか想像もできない。キナ臭いのは、関係者目録の容疑には「正当性のない虐待/監禁」と書かれている事だ。「正当性のない」というのは明らかに、意図的な表現だろう。調査を継続する。
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
(圷はサイトの食堂で購入した唐揚げ弁当を研究室のレンジで温めている。)
この時間は半額でいいな。それで、あー、研究。予算申請しないと。今のままだとちょっと足りない。
(電子音。)
声に出せば考えをまとめられるって上の人が言うからこうしてるけど、部屋で独り言を言うのは…おかしく見える。でもそんなのに頼るくらいには進捗が遅れてるのも事実か。それでそう、予算だよ。やっぱり配列はあれじゃないとダメだ。ただそうすると予算が逼迫する。少しケチった方がいいのか?いやでも三星さんは申請した方がいいって言ってたな。とりあえずメシ食お。いただきます。いただきますまで言う必要はないか。はは。…はぁ。
(無言で唐揚げ弁当を食べている。)
SWIMの構想はあの人が立てた。明言こそしてないけど、僕はほとんど助手の立ち位置だったのに。もう何度も収容室に行っては助言を求めてる。これでいい…はずがない。
(弁当を捨てる。冷蔵庫を空けて水を取り出し、一口飲んで片付ける。)
眠いな。血糖値スパイクは体によくないけど…寝たら資料集めを再開しようか。
予算申請書
|
申請者: |
圷 蓮人 |
|---|---|
|
案件名: |
意味波観測器の追加導入 |
申請理由・詳細:
意味波干渉モデル研究における粒子観測の精度向上のため、意味波観測器の追加購入をしたく申請いたします。理論的背景および導入の意義については別途添付資料をご参照ください。
🔗 時空位相論に基づく形而上-下の粒子観測誤差の影響.pdf
署名

サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
予算申請の返信を見たが、リジェクトされていた。2回とも!リジェクトの理由を尋ねても「管轄外だから」と答えちゃくれない。お前らがその"管轄"じゃないのか?メールの内容もほとんど変えちゃいない!
いや、あんまり汚い言葉は使うべきじゃない。どこかでミスったのかも。書き方に不備があった?署名か?国際組織だからハンコじゃなくてデジタルサイン入れないといけないのめんどくさ…色々資料を漁らないと。
(圷は研究室を見回す。書類が圷のデスクに積み重なっており、三星のデスクとは対照的である。)
書類の山って比喩じゃないんだな。
(圷は三星のデスクに書類を移そうとするが、やめる。)
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
…気が滅入るな。資料を見ていくうち、その、原因が分かった。いや、正確には不正閲覧してしまった。本来なら僕じゃアクセスできない権限付ファイルが、あー、同名のコピペファイルが共有フォルダにあるのを発見してしまった。誰かのミスだろうけど、ともかくそのファイルを開いた ― 「職員評価シート」。
大量の職員に対する所感があったが、そこはかっ飛ばして、僕の項を開いた。評価「C」。パッとしない。財団学術誌の掲載審査で落選、実験手順の不履行により小規模のインシデントを1回誘発。自分のまいた種とはいえ、それらに対する懸念が並びたてられていた。
気になって、泡界計画の他の志願者たちがどう評価されているのかを見た。ホン・ジュンユ、評価「A」。園山 鈴、評価「B+」。浅羽 律、評価「A+」。三坂 たなぎ、評価「B」、等々。どういう事か、全員が評価B以上だ ― 僕1人を除いて。つまり志願者の合格基準は、このシートで評価B以上である事だったと考えられる。
でもそれじゃ僕が受かった理由が分からない。だから…三星さんの評価を見てみた。評価「S+」。前プロジェクト「アウターファイア」において応用理論を確立、強襲チーム「炎」への支援により多数の人命救助に貢献、そして財団に入る前に教師として複数の生徒を難関大に合格させた経歴…僕とは真逆だ。S+の職員が主導するなら、1人くらい落ちこぼれがいてもいいか、って算段だったんだろう。
クソが。どうすればいいんだ。どうすれば…
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
そんなのダメだ、ダメだ。なんでこんなやり方を思いついてしまうんだ。クソっ…
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
現状をまとめる。まず問題は、「予算申請が通らない」という事。これは、僕の能力の低さに起因する。本来なら実績ある三星さんと2人で行う研究だったので、彼女が審査者なら申請は難なくパスできるはずだった。
しかし彼女はSCPとなり、プロジェクトから外れた。そのせいで、本来なら泡界計画にいるべきでない僕1人が残される事になり、予算申請を通せなくなってしまった。このままだと厳しいだろう。相談なんてできない、少し前、相談しただけで左遷された人がいるって噂もあるんだ。それに能力の低さをひけらかす事になる、それはもっとダメだ。
そ ― そこで方法を考え付いた。「SCP-3460-JPを職員復帰させるための異常性除却研究」 ― つまりSCP-3460-JPを研究するためと偽って予算を獲得し、その予算をSWIMに充てる。これなら解決できる。だって上は三星さんをまだまだ使いたいはずだ、正式に研究者としてのポストを戻せる可能性があるなら、その長期的価値は魅力ある提案になる。
問題は2つ。1つは、そんな可能性はほとんど泡のようなものだ、という事。アノマリーから異常性を除却する事に成功した実例は少ない。これが得られた予算をSWIMに充てる理由。2つは…それは、不正だという事だ。バレたら横領罪になる、かも。もちろんバレないように計算しているし、何よりアノマリー研究の曖昧さはこちらにとって有利だ。1人で1つのアノマリーを担当してるような所もあるんだ!意外と管理体制は杜撰なんだよ。
でもそれは…形だけとはいえ避けていた三星さんへの研究に自分から踏み込む事になる。本当にいいのか?こんな…こんな事。いや。もう不正はしてるんだ。僕は職員評価シートの不正閲覧を上に黙っている。それだけでもう、もうダメなんだ。もう戻れやしない。やらないと。
予算申請書
|
申請者: |
圷 蓮人 |
|---|---|
|
案件名: |
仮SCP-3460-JPの異常性除却研究費 |
申請理由・詳細:
仮SCP-3460-JPの異常性除却を最終目標とした研究を実施するための追加予算を配分していただきたく申請いたします。異常性研究による横断性が別プロジェクトに与える好影響、また除却研究の大成が与える長期的価値については別途添付資料をご参照ください。
🔗 異常性除却研究概略.pdf
署名

サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
受理された!
でも、僕の仮説が本当だと証明されてしまったな。僕が三星さんより遥かに劣っているから、予算申請が通らなかったのだと。研究してるときは仮説が証明されてほしいと願っても全然そうならないのに、どうして証明されてほしくない仮説は簡単に証明されちゃうんだろうね。
しかし、独り言にも慣れてしまったな。確かに考えがまとまる気がするかも?
まとめよう。圷には「予算申請の度重なるリジェクト」という問題があり、その最中、不運にも職員評価シートを閲覧してしまった。そこで自分は本来、計画に参加できる能力を持っていなかった事を知ってしまう。元々、彼は能力の低さを薄々理解していて、それでも頑張ろうとしていたが、そこでそれを知ったのがマズかった。
更によくないのが、不正閲覧だった事だ。これが原因で悪い手段を思いつきやすくなっていただろうし、実際、不正への忌避意識も脆くなっていた。屋桜のヤツには申し訳ないが、彼の容疑が1つ証明されてしまった ― "虚偽申請による予算の不正獲得および目的外使用"。
そしてもう1つの問題は、組織的腐敗。予算の目的外使用ってのは、実のところ捜査ではあまり見ない犯罪だ。証拠書類の提出や監査を掻い潜る必要があって現実的じゃないからな。だが圷はそうする事ができた。管理体制が杜撰だったって事になる。少なくとも3~4か月間隠し通せるくらいには。
最後、圷は恐らく査読の前後でこれが露見したと考えられる。それで捕縛、箝口、収容、ディレクターへの露見って感じかな。そこまでに何があったのかを知る必要があるな ― 証言者を探すか。
ところで気がかりな点がいくつかある。圷を記録した映像の位置的には、明らかに隠しカメラだった。驚いたな、音声付きで職員も監視してるとは。ただそれはいいとして、葦内の動向や言葉の端々に、喉につっかえるような違和感がある。この捜査、何かおかしい気がする。
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
研究は順風満帆!…って言えたらよかったんだけど。
予算の問題はひとまず解決したし、試験室への観測器の設置も終わった。割り当てられた被験者と仲良くしながら日々データを取っている。Dクラスって一昔前はヤバい性格のヤツが多かったって聞いてたけど、最近はそうでもないらしい。普通に話せるし…本当に死刑囚なのか疑わしいくらいだ。三星さんともちょくちょく話せてる。結局前言ってた通り、なあなあなまま、自分は実質的な三星さんの研究担当になった。うん、今言ったことを自分で反芻しても、問題なさそうに見えるんだけどな。
でもそう、被験者がもう少し欲しい。被験者が1人だけだとモデルの有意性に関する問題が起きるし、何より比較対象がいた方がモデルの確度が上がる。予算内で、Dクラスプールから何人か取り寄せられないかな?
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
おいおい、ヒトってこんな高いんだね。それにしてもDクラス職員の中でも高級・低級のフラグ分けがあるのはなんでだろ?性格の問題とかかな?あんまり見てて気分のいいものじゃないな、このページ。ショッピングサイトを見てるような感覚で…ただ、商品欄にはヒトの顔と体が並んでる。漫画とかで見る人身売買ってこんな感じなんだろうな…つまり僕は悪役って事だ。
演者みたいな話し方になってきた気がする…あ、国外からも取り寄せられるんだ…ええと、フランス、チェコ、アメリカ…アメリカが少し安価かな?アフリカになるともっとだ。中国…なんでこんな安い?あ、BUBBLEZONEは中国とも提携してるから、資源をお安くするよう融通してるのかな。文化圏による意味波の違いも測定しなきゃいけないし、取り寄せようかな…
…クソ。まさかこんなとこでこの問題に遭遇するとはな。ヒトの値段、気分の悪い話だ。
そして俺も、無関係じゃない。
なぜなら俺は、本来ならDクラスなのだから。
サイト-8125.収容室B-3-v.監視カメラ映像
Res.圷: 三星さん?今大丈夫?
Res.三星: あ ― うん、どうぞ。
(三星の目元に涙の痕が見える。)
Res.圷: おっと…ごめん、また来るね。
Res.三星: いや大丈夫、むしろほら、こんなんだし、話し相手が欲しいかな。
Res.圷: OK。その…何かあった?アノマリーが何かしでかした?
Res.三星: ああいや、そうじゃなくてね。一昨日、私の誕生日だったでしょ?
Res.圷: あ…ごめん。出張で来れなくて。
Res.三星: 別に。ただ…うん、馬鹿げてると思うけど、私は20歳を超えても毎年の誕生日を楽しみにしてた。中学までは親が、高校では友達が、そして教師だった頃は私の同期の女の子たちが、パーティーを開いてくれてたし。私もそれに見合うよう、たくさんの人の誕生日会を主催したり居酒屋に誘ったりしてたんだけど。一昨日の誕生日には誰も来なかった。
(震えた笑い。)
Res.三星: 外界とのつながりを絶たれる事の恐ろしさを初めて実感した。祝われない事が寂しかったわけじゃない。"祝えなくなった事が悲しかった"んだよ。分かる?
Res.圷: えっと…浅学なもので。
Res.三星: 同期の子の1人、尾道さんの誕生日は私の1週間後。いつも、私の誕生日会が終盤に差し掛かると、その尾道さんの分の誕生日会をそこで計画していた。あの子、イタリアンが好きだったな。それで、早川さんはその2週間後、町田さんはそのまた4日後…。全ては繋がっていて、カレンダーにその人たちのパーティの予定が書かれてて、それを見ると「明日も頑張ろう」と思えていた。それが、無くなってしまったんだと…強く思った。あ、男の子は誘ってないよ?ほら…恋愛がどうとか周りが騒ぐし。
Res.圷: そっか。でも来年の誕生日は僕が来れるよ。知ってるよね?食堂に予約すればアノマリー用のケーキ作ってくれるの。
Res.三星: (笑って) その時までに君が私をここから連れ出してよ。
(圷は一瞬うろたえる。)
Res.圷: それも…そうだね。
Res.三星: 初めて分かったけど、人はショックな出来事があっても、それにやがては慣れてしまう。誕生日の件も、頭の中でルービックキューブを解き続けてるうちに、「そんなものか」と思うようになってしまってた。私がここに慣れちゃう前にさ、頼むよ。
Res.圷: …分かった。それで、アノマリーの方はどう?
Res.三星: それがね、もうすっごい動くの。誕生日の時から。今は何もないけど。あ…もしかしたら精神の波長によって活発度が異なるんじゃない?
Res.圷: 不調ではなく?
Res.三星: 精神には"波"があるの。脳のバイタルは、興奮してる時、落ち着いてる時、落ち込んでる時で波の範囲やパターンが違う。私の考えでは、私の"影"は興奮してる時や落ち込んでる時によく動くんだよ。
Res.圷: (笑い) なら僕と話してる時は全然興奮しないってコト!?
Res.三星: (笑い) 落ち着いてるってことだよ。
Res.圷: そりゃよかった。それ、記録しとくよ。
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例のアノマリーは精神の波長によって活発度合いが変わる、か。とはいえ今の自分が何かあの人を興奮させられるとは思えないな。最近だと僕は無理してあの人と話してる気がする…昔は冗談だって自然と出てたのに、今はそうじゃない。
にしても、誕生日会か。そんなの、僕は一度もした事がない。
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(圷は椅子を組み合わせて作った簡易ベッドとも呼べない代物にうつ伏せで転がっており、ぶつぶつと何かをぼやいている。)
三星さんの研究費と称して取り寄せた予算はそれほど多くない…となると…三星さんの研究価値が上がればもっとお金もらえるのかな…Dクラスを取り寄せたら費用がかさんじゃう…
(圷は突然に起き上がり、パソコンで何かを検索し、数分ほど頭を抱え、悪態をつく。)
興奮していればアノマリーは活発になる。
そして落ち込んでいてもアノマリーは活発になる。
…クソっ。暗壊班に連絡を…取ってみるか?
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日比谷さんって人とカウンセリングしてきた。めっちゃいい人だった…オフィスもすごいキレイだったし、全然イメージと違うな。悩みって1人で抱えちゃいけないんだって思い知った…あ、データ取りにいかないと…
"暗壊班"という見慣れない言葉を見かけたので、まずは財団の内部ネットに情報がないか検索してみた。圷がそうしたように、俺が調べても出てくるなら、それは同じサイトを見たという事になる。そしたら…こんなのが出てきた。
"暗壊班"ってなぁに?
~あなたが研究上の正当性をもってアノマリーを加虐しなければならない時~
研究員の皆様、こんにちは!私たちは暗壊班、あなたのためにあるチームです。
"そんなチーム、見たことないよ?"
"あまりにも名が物騒では?"
"名ばかりで実態はないんだろ!"
― 大丈夫、ココを見れば分かります。私たちがどんな仕事をしていて、そしてあなたがなぜこの仕事を必要とするのか。
あなたが今、アノマリーを研究していて、それの変化が精神状態と関連するとしましょう。あなたはファミコンを与えてそれを高揚させ、変化を観察するかもしれません。
では、アノマリーの変化が、精神の不調にのみ関連する場合はどうでしょう?あなたは研究のため、それをどうにかして不調にさせなければなりません。
"おい!虐待は法で禁止されてますよ" ― ご安心を、財団は法に左右されません。でも、かといって無闇に暴力をふるうのも許可されていません。なぜなら財団の倫理憲章と内部規定が法よりも上だからです。
研究に必要なら、あなたは正当性をもってアノマリーに虐待を行うことができます。もちろん、正当性なくそのような行為に殉ずるなら、それは規定違反であり、処罰の対象となりますのでお気を付けください。
しかしながら、加虐に抵抗のある職員も多い事でしょう。加虐が演技であると分かってしまえば、精神を弱らせるのは難しくなってしまいます。そこで私たち、暗壊班の出番です。私たちは遺恨や怨嗟なく、自然と精神を弱らせることができます。
まずはお気軽に無料カウンセリングのご相談を。あなたの研究内容に準じたサポートを提供いたします。下記のリンクから[…]
こんなカスとカスを合わせてカスの文章を書きました、みたいなのは初めて見た。金ふんだくって転勤してやろうかな。
何はともあれ、記録によれば彼は日比谷 萼うてなってヤツと連絡を取っていたみたいだ ― 聴取するか。
聴取記録2
関係者
隠密行動員
日比谷 萼
捜査員
ウィルト・リー
地点
サイト-8125
食堂
写真

SCPF-JP
機密
機密
名前
日比谷 萼
SCL
2
職員ID
81w02a113n350
所属
暗壊班
役職
スパイ
性別
女
年齢
26
生年月日
1996.02.15
(リーが食堂でコインを回していると、サバの味噌煮定食のトレーを持った女性が彼の対面に座る。)
Agt.日比谷: あなたがウィルト・リーさん?
Det.リー: よく分かったな、こんなだだっ広い食堂で。
Agt.日比谷: 90年代の探偵みたいな恰好をしてるのはあなただけです。誕生日にはキセルでも送りましょうか?
Det.リー: 悪いが、ガキの時に工場の煙を一生分吸ったんでな。そこの所長も話を煙に巻くのが得意だった。
Agt.日比谷: 煙はうんざりだ、と。ではお望み通りさっさと本題に入りましょうか。
(数秒の休止。)
Det.リー: お前さん、"暗壊班"ってチームにいるんだろ。昨年10月頃、圷 蓮人ってヤツから依頼がなかったか?
Agt.日比谷: 守秘義務があるんですが。
Det.リー: 俺にはドレギョーニ・コードがある。えー、なんだ、「従わない場合、いくつかの処置を選んで行うことが可能です; 一時的な勾留、本人の望まない業務への配置、ロボトミー手術の脅迫」…ロボトミーってなんだ?ゲームの?なんで?
Agt.日比谷: (ため息) 脅しがヘタですね…まぁいいですよ。
(リーは丁寧に包まれた箱を日比谷の前に差し出す。)
Det.リー: 菓子折りなら用意してるさ。
Agt.日比谷: その胡散臭い話し方だとまるで賄賂を渡してるみたいに聞こえますが…あ、これ好きー。うんうん、じゃあそれに免じて… (咳払い) 私たちが普段どういった業務に勤しんでいるかはもうご存じですよね?
Det.リー: あの胸クソ悪いやつな。
Agt.日比谷: これは"必要悪"を体現した職務です。必要であるなら虐待を、監禁を、嫌がらせをする。実のところ、一般社会と変わりはありません。必要だからと詭弁をふるい、言葉責めをし、過労死させる。ただ私たちが違うのは、それを"正当化している"のではなく、"本当に正当である"という事です。
Det.リー: その言葉こそ"正当化"だと思うがね。で、圷については?
Agt.日比谷: 彼とは2回のカウンセリングを通して元同僚、つまり三星さんの精神を少し弱らせられないかと依頼して頂きました。研究上の正当性に関しては、資料を通して、担保されていると判断しました。よほど仲が良かったのだと思いますよ、必要以上に弱らせないでほしいと嘆願していましたから。
Det.リー: それを通した真の目的については?
Agt.日比谷: ん、そういう話は聞いてませんね。何かありました?
Det.リー: いや、彼は三星の研究に使うって虚偽申告して予算を不正に手に入れてたんだ。その予算を泡界計画ってのに充ててたんだが…どうも見通しが怪しくなってきたらしくてな。恐らく、三星の精神を弱らせることで異常性を増幅させ、研究価値を高め、そして追加予算を申請したんだと思う。
Agt.日比谷: あらあら…悪い事を考えるものですね。
Det.リー: ゲームのキャラ以外であらあらara-araっつってる人、初めて見た。確かに英語圏でも通じるが…とはいえ彼、最初に「三星を研究員に戻すため」と予算を申請していたのに、研究価値を高めるために精神を弱らせるってのは、体裁とはいえ矛盾してるように思えてな。
Agt.日比谷: ん。私の考えではそれは矛盾していません。異常性を増幅させれば、その性質はより明確になり、そうすれば対処法も導きやすくなります。歪なロジックですが、彼の行動に無理があるとも言い難いですね。にしても…全く。
Det.リー: どうした?
Agt.日比谷: 泡界計画、私は少しバカらしいと思ってるんです。だって私たち暗壊班の存在と矛盾してますよね?ヒトの収容環境をよくしたいのに、研究のためにはヒトを虐めなければならない。その矛盾をどうにかしない限り、計画は真に完遂できない。
Det.リー: 全くだ。SDGsだの環境保護だの言いつつ裏で廃棄物垂れ流してる企業みたいなもんだな。表向きはヒトの幸福度向上、裏では精神を効率的に壊す方法の研究か。
Agt.日比谷: 結局、財団も一般企業と変わらないんですよ。このサバ味噌煮定食の味も、転職前にいたとこの社食とほぼ同じですから。
Det.リー: お前さん、意外にも現実的な性格してるんだな。カフスにネイルにへそ出し…自由な服装からは想像もつかない。演技してるって事かい?
Agt.日比谷: ピアスですよ、その方が自由な印象を抱かれやすいですから。私たちがこんな格好をしたりオフィスを爽やかにしているのは、業務とのギャップを感じさせるためです。転職サポートと同じです ― その行為に快活な印象を持たせるため。そうすれば依頼者は心を開くし、依頼もスムーズになるし、虐待という行為も矮小化できる。これも広義のアイスブレイクです、聴取にココを選んだあなたならお判りでしょう?
Det.リー: 鋭いな。三星には何してたんだい?
Agt.日比谷: 実際、やれる事って少ないんです。だって普通は監禁され、番号で呼ばれ、生活ニーズへのアクセスをなくせば数か月で心が弱りますから。ただ聞く話では、彼はちょくちょく三星さんに会っていて、名前で呼んでて、ある程度ニーズに融通していました。これでは精神が弱りにくくなります。ですので私がやったのは、彼の操作です ― 会えないようにする。カウンセリングの真の目的は、優しい依頼者から干渉権を奪うための計画を立てることです。
Det.リー: 最悪。
Agt.日比谷: 圷さんの現況を把握し、彼が行きたいセミナーに行けるよう融通したり予定を弄ったりして、三星さんに会えないようにする。あとは彼女の生活サイクルが不規則になるよう音・光・食事を狂わせ、本人の望みをちょっとズラして叶えたりする。「遺恨や怨嗟なく精神を弱らせる」とはそういう事です。私たちが直接暴力をふるったり怒ったりする事は少ないのですよ。
Det.リー: 酷い話だ、職務にケチつけやしないが。優しい依頼者のこと、人を虐める勇気もないヤツとでも思ってるのかねぇ。
Agt.日比谷: 違います。人を弱らせる行為は、技術の1つです。カウンセラー・メンタルコーチ・啓発書の存在が、人を強くさせる事が技術であると証明しています。それと同じで、人を弱らせるにも技術と専門性がいるんです。私たちはその技術を活かしているだけに過ぎず、依頼者がそのような心持ちや技術を持たないなら、技術者に任せるのは理にかなっています。
Det.リー: 言ってることは正しいがな…とにかく圷は優しいヤツだったって事か。それも、人を弱らせるような言動ができないくらいに。
Agt.日比谷: ん、1つだけ。加虐やガスライティングが技術であるなら、それを誰しも学べるという事です。技術であるなら、身に着けることもできる。ですのであなたの考えは危ういかもしれません。
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日比谷さん、人を弱らせる話術を教えてくれたけど、僕には無理だ。怒ったこともないし、そんなスラスラとまくしたてるのもできない。こういうのはやっぱ、専門家だな。
予算申請書
|
申請者: |
圷 蓮人 |
|---|---|
|
案件名: |
異常性除却に係る追加予算 |
申請理由・詳細:
仮SCP-3460-JPの異常性に関する更なる理解および除却の研究に先立ち、追加予算を申請いたします。背景の詳細については別途、添付資料をご参照ください。
🔗 異常性の分類に関する報告(2).pdf
🔗 本格的な除却に関する計画仔細.pdf
署名

10月。ここが彼の分岐点だったんだろう。圷は暗壊班に三星を加虐するよう依頼し、そしてそれによって異常性を増幅させることで研究価値を高め、追加予算を得られるよう仕組んだ。圷は明らかに不正への意識が薄まってる。こうして人は、なし崩すように墜ちていくんだ。
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だめだ、このモデルもボツ。ヒトの脳から出た意味波、つまり情報粒子群は急速に離散する。さらに意味波は壁への反射、空気粘性への干渉で変わってしまう。つまり、あちこちに離散した波を統合して再構成しないと意味波の正規解釈はできない。頭に意味波観測装置を取り付ければマシになるけど、それだと実用性の問題がある。部屋を狭くするのも現実的じゃない。無重力真空化で実験?馬鹿げてる。
クソ、変数が多すぎる。空気粘性、散逸、風、物体、空気中の分子…三星さんが作ったモデル作成ソフトはあまりに複雑で、観測数値を組み込んで「分析」ボタンを押すたびにパソコンのファンが回転しまくる。クラッシュしないかいつも不安だ。Ver.1.0.0、もしまだ三星さんがいたら、アプデしてくれてたんだろうな。僕にはできない。
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
(圷は突然に立ち上がり、洗面台に嘔吐する。)
なんで不正しちゃったんだ…偽装なんてじきにバレる、明日にはもう、家にチャイムが鳴って…
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なんだよこれ。こんな…こんなのどう報告すりゃいいんだよ。前の定例報告で「次こそは」って言っちまったのに。
(咳払い) SWIMの仮モデルの中でも現時点で確度が高い「ルミネ」を実際に文章変換プログラムとつなげてみて、Dクラス職員の意味波を観測、言語体系に変換してもらった。それを実際に僕がデジタル紙に転写してみた結果が…これだ。
見ての通り文字として認識可能な状態ではなく、おおよそ実用化に足るレベルではない。…なんて次の定例報告で言えるかよ。「ルミネ」ですらこんな調子で、そのほかの名前すらつけてないモデルだともっと酷かった。今度こそ姜かんさんにどやされるかもな…
サイト-8125.管理官オフィス.監視カメラ映像
Res.圷: ― 以上が現時点での研究成果となります、ご清聴ありがとうございました。
Mgr.姜: なるほど…行き詰っている、というほどではありませんが、12月の査読でどうなるかと言われるとやや厳しいかもしれませんね…
Res.圷: 仰る通りで…
Mgr.姜: でも、仮とはいえモデルを1つ確立したのは大きな進歩だと思いますよ!チューニングの変更はいい判断だったと思います。すみませんね、三星さんの代わりになる研究者をあなたのチームメンバーとして配置したいというのは前々から言っているのですが、まだ適任が見つかっていないもので。
Res.圷: いえ、1人でもやれてます、必ず期待に ―
Mgr.姜: いいんですよ、無理はしないでください。行き詰ったがゆえに自傷などの行為に走る方もいらっしゃいますが、私はそうして道を踏み外してほしくはありません。孤独は人を壊します、なのに人は孤独に慣れることができるように設計されています。虐待が当たり前だと思うようになる6歳児のように。
(圷は目に見えて動揺する。)
Mgr.姜: 確かに、査読にリジェクトされれば今後の研究計画や予算に響くかもしれません。でも、だからといってそれが人生を終わらせる、などという事もないのです。気軽に行きましょう、査読が通れば御の字、くらいに考えればより良いアイデアも出るかもしれませんから。
Res.圷: は…はい。
Mgr.姜: そうだ、あなたに役立ちそうなセミナーの案内がいくつか来てたんですよね…これとこれと…もしよかったら足を運んでみてください。何か相談があれば今でも構いませんよ。
Res.圷: 僕は、その ―
(沈黙。)
Res.圷: その、今使ってるSWIM用のモデル作成ソフトのアップデートを手伝ってくれる方を探してまして。もし差し支えなければ、融通していただけないかと。
Mgr.姜: もちろんですよ!1週間以内に連絡しますね。それだけですか?
Res.圷: は…い。ありがとうございます。
Mgr.姜: (微笑んで) 私はいつでも相談に乗りますから。サイト最上階の、そのまた端にあるこのオフィスに足を運ぶのが面倒なら、オンライン面談でも、チャットでも構いません。もちろん、サイトのバーで飲みながらでもね ― お代はオペレーターを1杯分で結構ですから。
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
(圷は研究室に戻り、ホワイトボードを眺め、錯乱したように笑う。)
(プロジェクターを乱暴に掴んだ後、逡巡してそっと置き、次に冷蔵庫の中のボトルを取り出して投げ飛ばし、椅子に座り、また笑い泣き始める。)
(笑いは次第に弱まり、泣き声だけが残り続けている。)
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
ごめん…ごめんなさい…
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
あの人が優しくしてくれるたびに、心が張り裂けそうになる。あの人、怒らないんだよ、怒らないんだ…だから、自分の能力の低さがもっと憎くなる。それに、"相談してくれていい"って。思えば、最初からずっとそうだったはずなのに。どうして…どうして手遅れになってからそれに目を向けてしまうんだ。
サイト-8125.収容室B-3-v.監視カメラ映像
Res.圷: 三星さん?
(沈黙。)
Res.圷: …三星さん?
Res.三星: あ…おひさ。元気してた?
(三星の髪は整われておらず、目元がやや虚ろである。それを圷は窓越しに驚いた眼で見ている。)
Res.圷: 大丈夫!?疲れてな…
(圷は一瞬固まり、そして向き直る。)
Res.三星: んと、まぁ元気だよ。えっと、今は何日?なぜか知んないけど、部屋からカレンダーも時計も撤去されちゃったんだよね。
Res.圷: 今は、11月、2日。
Res.三星: 誕生日から1か月かぁ。…いや、ごめん。客人の前でこんなヘンな応対…今までしてこなかったのに。それで、今日は何の用?
Res.圷: アノマリーの調子と、あと…雑談。
Res.三星: アノマリーの方は最近すごく活発だよ。君が来た今は、まぁまだ少し動いてはいるんだけど、いつもほどじゃないね。そっちは最近どう?めっちゃ忙しかったんでしょ?
Res.圷: だね。本当はもっと会いたかったし、聞きたい事もあった。今まで通り雑談も…
(沈黙。)
Res.圷: …話したい事が思いつかないや。
Res.三星: よっぽど忙しいんだ。私が戻れたら少しでも負担を肩代わりできるのに…
Res.圷: そっちはどう?
Res.三星: だいたいのルービックキューブの配列を頭の中で全部解いちゃった気がする。そのくらい長い時間が経って、今はもう、解くことも出来ない。うまく考えるのが難しくなった。あ、3日ってことは、今度誰かの誕生日…誰だったっけな。時計がないから、食事の配給でだいたいの時間を把握してる。窓があればそれだけでも全然違うんだけどな。
Res.圷: 今度上に掛け合ってみるよ。
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あんな三星さんを、は…初めて見た。僕はなんて事をしてしまったんだ。い…今からでも遅くはないのか?暗壊班がどんな手を使ったのか知らないが、やめさせられるかな。いや待て、それより先に、収容室の移送だ。あの人、いったい何か月、空を見てないんだ?
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(圷は新着メールを確認して、突然驚く。)
え!?"臨時監査のお知らせ"…アノマリー研究に関する全般的な監査が今日行われる…!?急すぎる!まずい、まずいまずいぞ、何を監査されるんだ、場合によっちゃ不正がバレる、どうしよう、どうしよう…時間がない…
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Insp.坂口: ― 以上で臨時監査を終わらせていただきます、突然すみませんね。人手不足の影響で、臨時監査も1人でやれって感じで…ほんとどうなってるんでしょうね、この組織。
Res.圷: お疲れ様です、水どうぞ。
Insp.坂口: お!ありがとうございますね、この年になるとどうも喉が頻繁に乾くもので。まだ38なんですが。っと…
(坂口がボトルを受け取り損ね、転がったボトルがデスクの奥に入る。圷がその方向を見て驚き、坂口はしゃがんでそのボトルを拾おうとして、その奥のまた奥に巧妙に隠されたものに気づく。)
Res.圷: 待っ ―
Insp.坂口: …動かないで。詳しく調べさせていただきます。
(坂口はいくつかの、不正を隠蔽するために行われた改ざんの証拠となる物品群を検査する。)
Insp.坂口: これは、その ―
Res.圷: あの!この件については後程お話ししたいので、こちらをお渡ししておきます ―
(圷はとっさに名刺を取り出し、裏に何かを書き殴って坂口に渡す。坂口はそれを見て驚き、ためらった後、録音を切る。)
Insp.坂口: あなた…これがどういう意味なのか…
Res.圷: 分かってます、でも!38なんですよね、その指輪だって ― ご家族がいらっしゃるんでしょう。お金に困ってはいませんか?お子さんだって食べ盛りのはずです!車の、家のローンは!?もしくは、病気に罹られている方は…?
(沈黙。)
Res.圷: これは隠し口座です、だから…
Insp.坂口: …こ ― 今回は見なかったことにしておきます。これきりです、あなたと関わるのは。
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クソ、ああっ、クソが!なんで!なんでっ…こういう時だけベラベラと口が回るんだよ…!
でもやった、やったぞ、乗り切った!まだ…まだ大丈夫、きっとそうだ、そう…大丈夫に決まってる。
人が不正に手を染めちゃいけない理由は、不正という行為を矮小化してしまうからだ。矮小化すれば、そうする事に慣れてしまう。圷は…その典型的な例だ。不正を隠すために不正をしなければならず、そのたびに心がすり減り、避け得ない破滅のシナリオを頭に抱きながら生活を続ける事になる。
収賄罪 ― また1つ証明された。それに、彼は人を唆す行為、つまり弱みに付け込むのが上手くなっている。なるほど、日比谷の言う通りだったのかもな ― "技術である以上、身につける事ができる"。迫害でこそないが、彼は人の弱みに付け込むような事は得意じゃなかったはずだ。
もう11月。全てが崩れ落ちる直前だな。さて、坂口って人の不正も報告しとくか。
聴取記録3
関係者
████
██████
捜査員
ウィルト・リー
地点
████
██████
写真

██████
機密
機密
名前
████
SCL
5
職員ID
█████████████
所属
火急鎮静部門
役職
██
性別
█
年齢
██
生年月日
████.██.██
Det.リー: これを"面会"と呼んでいいものか迷ってるよ。
(白い空間に2つの椅子が対面して置かれており、一方にはリーが座っている。もう一方には何もいないように見える。)
[記録抹消済]: 火急鎮静部門の活動に興味を示してくださり光栄です。
Det.リー: よほどデカい案件に関わってる部門なんだろ。お前さん達について調べようとしたが、できなかった。それで?坂口監査官についてお聞かせ願おうか。
[記録抹消済]: まずは我々の業務についてお話しする必要があります。我々が執り行っているのは職員に適切なサポートを提供し、離職に繋がりうる要素を排することに他なりません。例えば企業で部下が仕事をやめたいと言い出して、かつ我々がそれに対処できるなら、どうすればいいでしょうか?
Det.リー: 個人のニーズによるな。給料に不満があるなら増額するし、配属先に不満があるなら部署を変える。
[記録抹消済]: それが我々の仕事です。難しくなさそうに聞こえますが、そうでない理由があります ― それが「情報」です。財団では、あらゆる人にとって不都合な真実に触れてしまう事があります、しかしそれに耐えられるかは別です。情報とは、情報災害でなくとも、有害なのです。
Det.リー: 具体例をくれると助かるが。
[記録抹消済:] 例えば、地球の一部が地獄だとしたらどうでしょう?
Det.リー: "地獄の一部が地球だ"の間違いじゃないか?
[記録抹消済]: 比喩ならば素敵ですが。まったく、面白いジョークを仰りますね。
Det.リー: このテの皮肉を今回何度言われたか分からん。
[記録抹消済]: より良い例に入りましょうか。人に死の向こう側があるとしたら、あるいは神様が存在しないとしたら?我々の文化は破壊されます。知っての通り、財団では信教の自由が保障されており、サイト-19では定期礼拝にバーチャルで参加できますし、食堂ではハラール食品がサポートされています。地域によっては敬虔なユダヤ教徒のためにコーシャーの基準を満たした食事を研究室まで届けてくれます。最近では、研究室単位でミフラーブを設けたサイトもあります。職員が断食明けで一般社会に繰り出すと気が緩んで機密漏洩をしてしまいがちなので、サイトによってはイード・アル=フィトルをサイトの食堂が管轄する事もあります。
Det.リー: 専門用語が多くて実感は湧かないが。
[記録抹消済]: 重要なのは、財団での食事や支援は文化と根強く関係していて、我々は確かにそこで生活しているという事です。仮に神がいないと証明されようものなら、これまで築き上げた文化・サポート・信条、それらが崩れ去ります。そうなれば、運営の再編成を含め、我々が本来の企業競争力を取り戻すには途方もない時間がかかります。
Det.リー: 言えてるな。日本人に例えりゃ、食事の前後に手を合わせるのを禁止されるようなものだ。
[記録抹消済]: 本題に戻りましょう。我々財団では、文化を破壊できるそれらの「情報」が入り込んできます。不都合なことに、それが職員の目に留まれば最悪、離職を望むようになります。これは実に困ります ― 「知りたくない事を知ったから仕事をやめたい」と言う職員を引き留める、そんな方法はありません。
Det.リー: …記憶処理があるだろう。
[記録抹消済]: 素晴らしい指摘ですね!その通りです、最初は任意の記憶処理治療で対処できます。しかし、情報を知るたびに記憶処理を何度も何度もすれば、何が起こると思いますか?
Det.リー: あ!脳がスポンジ状になるんだろ。
[記録抹消済]: それもありますが。より大きな問題は耐性がついてしまう事です。頭痛薬が良い例で、人は薬を摂るうちにその抗体を作るよう設計されています。はじめは記憶も感情も残りませんが、記憶処理の回数が増えると、処理前の感情の残渣が残るようになり、やがて、ある瞬間にフラッシュバックする事もあります ― これが起こると不都合なワケです。
Det.リー: 確かに。記憶処理は本来、情報災害処理のためのものだ。耐性が出来て、有害な情報がフラッシュバックするようになったら困る。だからお前さん達は記憶処理を可能な限り使わず、かつ有害な情報に触れないようにする必要がある、という事か?
[記録抹消済]: 本当に鋭いお方ですね!そう、離職の大きな原因である「不都合な真実への直面」、これをなくすための研究を、我々は行っています。そのために、人々がどのようにして情報を得るのか、そしてそれをどう統制するのかを探るため、より多くのデータが必要なのです。データが集まれば、どこで情報を遮断すればいいか、機密のかけ方もよく分かるようになりますから。
Det.リー: …それで?これまでの長ったらしい演説で、坂口を泳がせていた理由が1つも見えてこないんだが。
[記録抹消済]: 分かりませんか?不正は、それを隠すためにより大きな不正へとつながる。その大きな不正を確たるものにするため、彼らは必死に情報を集めます。「どのようにして情報を得るのか」を探るには、情報を何が何でも手に入れたい人を観察するのが一番ですから。
Det.リー: つまりお前さんたちは、それを各所に報告しなければ問題が大きくなると分かったうえで、長期的な利益のために坂口が不正を隠すために必死になっているところをただ見ていたワケか。
[記録抹消済]: いいえ。坂口を情報中毒にさせる必要があります。ですので我々は、彼がもっと金を必要とするようご家族に干渉しています ― 今回は病弱な息子さんにお会いしました。ご家族に莫大な金が必要になれば、一度不正を行った者なら、再び不正に踏み込みますから。
Det.リー: 莫大な金が必要…病弱な子…まさか。
[記録抹消済]: 優しい子でしたよ。
Det.リー: いけしゃあしゃあと。お前、これを知ってたなら、圷の件についても…途中から知ってたんだろ?聴取記録を作るまでもない!事件の全容はお前が知ってるんだからな!じゃあ俺が今この件を捜査してる意味はなんなんだ?この捜査は…なんだ?何のために?
[記録抹消済]: 圷さんの件についてはどうでしょうね。あなたほど鋭い方なら、お分かりになるかもしれません。あなたは幼少期のころから、同年代の子より卓越していたようですから。だからあなたは探偵という、本来なら就けない職に就く事ができた。
Det.リー: …なんで俺の過去をお前が知ってるんだ?
[記録抹消済]: 煙は気づかぬ間にまとわりつくものです。
Det.リー: 火を消すプロの正体が煙とはな。比喩が下手なんじゃないか?
[記録抹消済]: いずれ私が一手上だと分かりますよ。さて、お話はここまでにしておきましょうか。よい時間でした、あなたのご健勝をお祈りしております。
(無音。部屋の中には彼女の存在を示すいかなる証拠も残されていない。リーだけがただその場に残されている。)
この捜査は何かおかしい。火急鎮静部門の ― 彼女、と呼ぼう、彼女は初めから事件の全容を分かっていた可能性がある。そのうえで、それを葦内に報告しておらず、葦内は俺に全容を明かすよう依頼した。ただ、そうする意味が分からない。
…待て。いや、そんな事、ありうるか?
"どのように情報を得ているか探るには、情報を手に入れたい人を観察する"…
あり得ない。いや、この仮説が正しいなら、真の黒幕は…クソっ。ザッキーに動いてもらうか。
山崎 孜
財団の監視カメラ統合システムについて極秘で調べてほしい
調べてほしいことは3つ
1.システムには音声認識・解釈の機能があるか?
2.監視者の異常行動に対しフラグ付けする機能はあるか?
3.つまり、システムだけで特定人物の行動を整理・要約できたか?
畏まりました。進展があり次第、ご連絡いたします。
頼むよ
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
(研究室の扉がノックされる。圷はそれに怯えており、手に持っていたコップを床に落とす。手が震えており、恐れながら扉を開け、その正体が配達員であった事にひどく安堵する。)
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
なんで賄賂なんて、なんで、なんで、なんで、 (机を蹴って) ああクソ!あの人が誰かに言ったら全部おしまいだ、いやだ…
(圷は棚の奥にしまってあった製本済みの、自分が大学で書いた卒業論文のページを破ってゴミ箱に投げ入れ、蹴り飛ばす。)
はは、は…あ、あ。「ルミネ」モデルは棄却。残存するモデルはどれもこれもパッとしない。査読、査読が迫ってる、終わりだ…
サイト-8125.サイト内食堂.監視カメラ映像
(圷は人込みから外れた場所で、1人で昼食を食べている ― 時々、嘔吐反射のような症状がみられる。そこに、サラダの皿だけが乗ったトレーを持った男性が近づく ― それは坂口である。驚く圷をよそに、坂口は圷の右隣に座る。)
Res.圷: …あなた、もう僕とは関わらないって ―
Insp.坂口: だ…黙れ。動くな。動くと、どうなるかわ、わからない。
(坂口は手を入れた左のポケットを圷の脇腹に当てる。)
Res.圷: …あんた ―
Insp.坂口: 黙ってくれ。いいか、俺は ― これはお願いじゃない。要求だ。金が足りないんだ、息子が難病にかかって…治療費が必要なんだ。財団の社内融資ローンだってまだ全然返せてない、借金だって。今のところ、そっちが隠蔽していた予算の不正利用は…俺が肩代わりして揉み消してる。そのほかの不備も。だからまだバレてないんだ。だから俺にもっと…クソ、もっと、よ、よこせ。
(沈黙。)
Insp.坂口: 少しでいいんだ、治療費といっても…息子のかかった病気は、偶然にも財団の難病保険が効くやつなんだ!だから安くなってる、少し、少しだけで…
(圷は唇を噛み、体を震わせた後、スマホの画面を見せる。)
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
…変わってしまったなぁ。なんでこうなっちゃったんだっけ。…全部自分のせいか。
予算を手に入れるために不正してたのに、今はもう、不正を隠すために予算を使わなきゃいけない。
三星さん…あなたと2人ならなんとかなったかもしれないのに、自分でその可能性を潰してしまった。どうしようもない人間だ。もういっそ、全部終わらせて…
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
失望されてしまいたいな。三星さんは相変わらず僕のことを味方だと思ってくれてるけど、そうじゃない。僕はあなたをこうした張本人だ。僕は…極悪だ。あの人が僕に向ける虚ろな笑顔が…もはや憎らしいとさえ思う。誰が憎いのかももうわからない。もういっそ、全部話して、ブチ切れられて、突っぱねられて、それで関係性を終わらせてしまおうか。そうすれば、あの人も僕という偽善者から解放される。
…僕が解放されたいだけだろ。このクソ野郎。
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
(圷はサイトの食堂で購入した唐揚げ弁当を食べて、その後すぐに椅子で作った簡易ベッドに転がる。)
(圷はしばらく天井を眺め、そして起き上がる。今度はサイトの食堂で野菜炒め弁当を購入し、研究室で温めて流し込むように食べる。)
(ベッドに転がり、目をつむっているが、数分後に目を開き、頭を搔きながらもう一度サイトの食堂でカレーと2Lのミルクを買い、全て飲み食いし、ベッドに転がる。)
眠れない…
(突然に口を押えて起き上がり、洗面台で大量に嘔吐する。)
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
(もはや物の置き場もない三星のデスクに書類をまた1つ重ねる。)
(冷蔵庫を開け、鼻をつまんで閉める。もう一度開け、食品を1つ取り出す。それの消費期限は1か月前に切れている。)
(突然に痙攣しながら嘔吐反射をし、洗面台に向かう。嘔吐反射を何度も繰り返すが、何も出てこない。心臓を押さえ、過呼吸になりながら膝から崩れ落ち、痙攣する顎を掴みながら声にならない叫びをあげている。)
サイト-8125.収容室B-3-v.監視カメラ映像
Res.圷: いる?
Res.三星: ん…。君は。圷くん。
Res.圷: 調子、どう?
Res.三星: 頭がとても重くてさ。毎日自分で掃除するのが楽しみだったんだけど、今はもう、お風呂に入るのも難しくなっちゃって。こんな自分がイヤだって気持ちで毎日起きて、自分が制御できないから他人を制御したいって最低な感情が押し寄せちゃう。昔、プレゼンしてた時…そっちの方が容易かったから。審査員の好きな化粧スタイル、香水、質問や発言の誘導…私なら簡単に出来たんだよ?もちろん悪い事に使ったりはしてないけど…今やそういう方法ばっかり頭をよぎる。考える事が無くなると、人ってこうなっちゃうんだね。最悪だよ、私。
(沈黙。)
Res.三星: …1人でべらべら喋るのも上手くなっちゃったよ。ごめん。
(沈黙。)
Res.三星: ね、圷くん。君、私に何かしてる?
Res.圷: 何か、って?
Res.三星: わかんない。でもなんだかね、君は私に何かを隠してる気がするんだよ。君のその顔、何か後ろめたいことがあるみたい。ま…いいんだよ。君が他人を利用できるようになったとしたら、それは成長だよ。最初は孤独な人も、質問できるようになって、協力できるようになって、利用できるようになって、やがては…ね。何か後ろめたい事がっても、私は許すよ。勘違いだったらごめんね。
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
査読用の書類提出期限は明後日。悪事は三星さんにバレかけてる。不正については坂口に弱みを握られてる。崩れ落ちる寸前のジェンガだ。ほんの些細な衝撃で、全部崩れ去る。そしてその衝撃というのが、査読だろうな。今のクオリティじゃ、とても研究続行の承認を得られない。僕は再編成、その流れで全部バレる。僕は終わりだ。終わり。13階の窓から飛び降りれば逃げられっかな。はは。
|
From: |
圷 蓮人 |
|---|---|
|
To: |
泡界計画研究査読課 |
SWIMの研究査読、ならびに研究継続審査のためのプレゼンテーションに係る関連書類群を送付いたします。お目通しの程、大変よろしくお願いいたします。
🔗 情報場における意味波伝播パターン及び観測統合モデルの開発.pdf
署名

山崎 孜
一通り調査し終えたのでこちらに報告しておきます。
1.はい。システムには音声を認識し解釈する機能がありました。
2.はい。特に精神不調の証拠となる映像は自動でフラグが立てられ、認識した人物ごとに別フォルダに分けられるよう設計されていました。
3.どちらとも言えません。要約は難しかったでしょうが、整理なら、ある程度の精度で出来ていたかもしれません。
ありがとう
今回追ってる件、私も気になります。教えてくださいませんか?
時が来たら教えるさ
それまではあんまりこれに踏み込まないでほしい
分かりました。応援していますよ。
現時点での状況をまとめる。この捜査の真実、そして黒幕について。
この捜査には不審な点がいくつかあった。まず、葦内は「事件の全容を明らかにしろ」と言った ― このような指令は怪しい。曖昧すぎるからだ。そして本来俺に与えられるべき臨時クリアランスも、理由を教えずただ「できません」とだけ答えている。
次に葦内のスタンス。チャットをしていて気になったのが、ヤツの行動は、そうだな、昨今流行りの対話型AI ― ChatGPTとかClaude ― を使った時の感覚に似ていた。つまり、「こちらの指示に応じて回答の幅を制限している」ような感覚。対話型AIは、こちらの指示が丁寧かつ深妙であるほど、より丁寧かつ深妙に返す。逆に抽象的に指示するなら、一般的な答えしか返さない。葦内はそれだ。だって最初からヤツは監視カメラの映像記録を、SWIM概略を、送ればいいだけの話だった。ヤツは意図的にそうしなかった。俺が言うまでそれを黙っていた。では、その理由は何か…そこに関係するのが次の理由、「火急鎮静部門」の存在だ。
火急鎮静部門の彼女は初めから事件の全容を知っていた。俺はそれを、あえて葦内に黙っているのだと思った。だが違う。彼女の職務は、人の情報入手ルートを観察し、記録すること。それは…坂口や圷に限ったことじゃない。
…俺のことだ。俺の存在はそうするのに都合が良い。「一回の職務ごとに記憶処理を義務付けられた探偵」。ソイツの行動を追えば、人がどんなルートで情報を得るかを観察できる。つまり火急鎮静部門の別の目的は俺だ。そして…俺に「積極的に行動意図や目標を目に見える形で残せ」と指示したヤツがいる…
葦内。葦内 陽花。ヤツが黒幕だ。それも、俺の考えが正しいなら…火急鎮静部門の「彼女」と倫理委の葦内は…同一人物だ。葦内の本業こそが火急鎮静であり、倫理委にはそれを"補助"するための体裁として就いている。つまりヤツは「彼女」があたかも別人であるように装い、連絡を取るそぶりをして、いけしゃあしゃあと応対した。俺が…そうしないと行き詰ると分かったうえで。これなら辻褄が合う。「彼女」と葦内の行動指針があまりにも一致しすぎているし、何よりそうでなければ俺に捜査を依頼した理由も分からないからだ。なぜなら監視カメラのシステムは、俺に頼るなんて回りくどいやり方をせずとも事件の全容を整理できるくらいのブレインを持っていた。しかも葦内が倫理委の情報管理員である事を考えると、火急鎮静部門の「情報ルート集めによって情報検閲のやり方をより厳格にさせる」という目的はヤツが望んでいそうな事、そのまんまじゃないか?
つまり葦内は、圷の不正には途中どこかのタイミングで気づいていて、それをあえて各所に報告せず放置し、「不正者の情報入手ルートを把握する」という火急鎮静の仕事の極秘実験台にしたんだ。それによる不利益より、利益が大きいと判断して。そして俺も、「どんなルートで情報を入手するか、どんな情報を与えれば調査が進展するか、どこで情報を遮断すれば行き詰るか」を把握するためだけの実験台に過ぎない。なんて野郎だ。そして…この真実に俺がたどり着く事。そこまでが、ヤツが俺にやって欲しかった事だ。
クソ野郎が。
クソが、捜査が単なる茶番に成り下がってしまった。でも一応、指示通り捜査結果をまとめないといけない。圷の末路を見届けなければ。

以下に続く資料はSCP財団の行動規範ポリシーに対する重大な違反の証拠であり、心理的虐待やガスライティングに関する直接的な発言を含みます。そのような文書の閲覧に抵抗のある、またはそのような意思を持たないすべての個人は、以下の資料に進まない事を強く推奨します。あなたには閲覧しない権利があり、それを行使する事が可能です。その場合、直属の上司に相談したのち、再配置のサポートを受けるようお願いします。
サイト-8125.研究セクターB3~研究室BZ-5.監視カメラ映像
(圷の髪は乱れ、口には何かがこびりついている。圷はそれをぬぐうが、それが何か分かっていないように見える。フラフラとした足取りで研究室に入ると、おもむろにデジタル時計を壁に投げつける。デスクに寄りかかろうとする左腕の力はなく、バランスを崩して倒れる。)
(ネクタイを外して適当に投げ、しばらく何もしない。)
(咽頭炎によるものか、咳は痰混じりであり、声がうまく出せていない。デスクにある書類を掴み、噛みちぎり、投げる。病的に笑った後、突然に深刻な表情をして、動悸の症状を発露させる。)
(嘔吐反射を延々と繰り返す。口からは何も出てこない。デスクを何回か叩き、頭を壁にこすりつけ、また笑い、泣き声に変わり、声の出ない笑いを繰り返している。)
(当初の研究計画書をゴミ箱に投げ入れ、ホワイトボードに向き合い、おもむろに掴んだペンで、緻密に描かれた理論モデルノードを上書きする。やがてペンのインクが切れても、しばらくそうしている。)
サイト-8125.研究室BZ-5.監視カメラ映像
終わりらしい。ここ数日、文字がうまく書けない。論文のタイトルさえ読めなくなった。そんな状態で挑んだプレゼンの結果はてんでダメ、審査落ちが目に見えて分かる。再編成の連絡がじきに来る、そしたらもう揉み消していた不正がバレるだろう。あと何日だ?あとどのくらい友達と話せる?あとどのくらい管理官は笑ってくれる?あとどのくらい…三星さんは目を向けてくれる?
はっ、バカが。この期に及んでまだそんな事を考えるなんて。一人でおしゃべりしてるだけのカスに何の権利があるってんだよ?もういい、三星さんとの関係にもケリをつけよう。手遅れの関係を終わらせよう。あんなクソ男、って気づいてもらわないと。
サイト-8125.収容室B-3-v.監視カメラ映像
(圷は収容室に入る。これは本来、許可されていない行為である。)
Res.圷: …どうも。
Res.三星: …何があったの?ひどい顔、それに服装も…匂いも。
Res.圷: あなたこそ。中がすごい散らかって…目の下のクマもすごい。
Res.三星: (嘲って) お互い、行き着くとこまできちゃったね。私も、ずっと悩んでる。何に悩んでるのかもわからなくなるくらいずっと。それで、今日は何日?
Res.圷: 12月、20日。
Res.三星: あれ、それって…何かの日だったよね、あぁ、査読!そっか、ここにきてもうそんなに…どう、だった?
Res.圷: 分かるだろ。僕はもうダメだ。
Res.三星: そんな事な ―
Res.圷: 違う!
(驚き。)
Res.圷: 僕は ― ずっとあなたを騙してたんだ。あなたがいなくなって、予算申請が通らなくなった、だって僕は劣ってたから。だから僕は、あなたへの研究予算と偽って不正に手に入れて、それをSWIMの研究に充ててた。
Res.三星: …私の部屋の空調や電気が狂ってたのって…
Res.圷: ああそうさ、あ ― お前の異常性が精神波長に左右されるって仮説を立てて、僕はそれを利用した。別チームにお前の精神を壊すように頼んだ!そうすれば ― はは、そうすればお前の研究価値が上がる。そうだろ?そしたら研究予算がもっともらえる。なあどうだ、失望しただろ、なあ。
(沈黙。)
Res.圷: 全部僕が裏で手を引いてたんだぞ!僕は研究費に目がくらんで、お前の精神を壊し、本来ならすぐに研究員のポストに戻せたかもしれないお前を、ずっとこんなクソ環境で野放しにしてた!分かるだろ、僕は最低だ、これが真実さ!
(沈黙。)
Res.三星: …君は最低じゃないよ。だって君は、不正にお金をもらってたのに、それを私欲に充ててはいなかったって事でしょ?ずっと研究に費やしてたんじゃん。
(圷は明らかに苛立っており、血が出るまで唇を噛む。)
Res.圷: なんっ…クソ…
(圷は三星に背を向けて何度か深呼吸を繰り返し、葛藤をしているような表情を見せ、再び目を見開いて向き直る。)
Res.圷: お ― お前 ―
(息をのむ音。)
Res.圷: ― お前はただ、ただそこでずっと収容室にいただけだろ。僕やほかのみんなが頑張ってる時にお前はただそこでベッドに寝そべってて、恥ずかしくなかったのか?風呂に入れない?うまく考えれない?全部甘えだろ!ほかのみんなだって辛いけど毎日頑張ってて、残業だってたくさんしてる!それなのにSCP-3460-JP、お前は1人で何もせずただ悩んでるだけ。分からなくなるくらい悩むなんて自己愛が強いんだね。
(三星は驚いている。圷は指を差して責める。)
Res.圷: 自分について悩む時間があるなんて暇そうで羨ましいよ。みんな悩む暇もないくらい必死に働いてんのに、1人だけ何やってんの?毎日何もしなくても食事が出て、恵まれてるのに不幸なフリするの、すっごいイタいよ。どうせこういう事を言われたら「コイツが悪い」って決めつけて、表では自分のことを責めたフリするんでしょ?そんで「自分は不幸だ」ってうぬぼれて自分を傷つけて、そのうち自殺するんだろ。自殺っていう逃げの選択肢がとれるなんて無責任で楽な人生だね~ホント。
(圷の声は次第に震え、ゆっくりと体を三星から背ける。)
Res.圷: …何か、言えよ。
(三星は震えつつも圷の肩に手を乗せる。)
Res.三星: 大丈夫だよ。君は悪くない。やった事は悪い事かもしれないけど、その目的は間違いじゃなかった。まだやり直せるよ。まだ手遅れじゃないんだよ。だから安心して?私は君を見捨てないから。
(三星は少し怯えているように見え、その目線は天井や床へと動いている。圷は振り向きざまにそれを見て、驚く。三星は焦点の合わない目で圷を見て、ぎこちなく笑う。)
Res.三星: 私が昔、教師だったのは知ってるよね?私は高校教師だったからそれほどじゃなかったけど ― 小中学生を指導する教師は、どうしようもない生徒を指導しなきゃならなかった。でも正論を生徒は聞かない。心が未熟だから、反論できない時はわめいたり悪態をついたりする。それじゃ解決しない…そして教師は本質的に正義で、常に自分が正しい存在でなければならない。
(沈黙。)
Res.三星: だからね、どんな方法を使ってるか聞いたの。そしたらさ…「どうしようもない時は、あえて怒らせるような事を言って生徒が自分に手を出すように仕向けるの」って。手を出せば、暴力はいけない事だから、生徒が全面的に悪くなって、あとは先生のいう事を全部正しくできるでしょ?自分が間違ってるという事は許されないから、たとえ自分が間違っていても、あらゆる技法を駆使して自分が正しく在れるよう仕向ける…何が言いたいかってさ。教師は人を"操作"して、成長させる話術を持つ。その過程で、人を壊す話術だって身に着けられるってこと。つまり ― "技術"なんだよ、人を壊すのって。
(沈黙。)
Res.三星: あなたの話し方はそんな感じ。変わっちゃったね…昔は上司にどやされても何も反論できなかったのに、今やもう、そんな技術を手にしちゃってる。孤独な人でも、いつかは質問できるようになって、協力できて、利用できて…やがて殺せるようになる。でもね、大丈夫。まだやり直せるよ。
(沈黙。)
Res.三星: まだやり直せるんだからさ。
(圷は三星を振り払い、扉を乱暴に開け、一瞬だけ三星を振り返って、その場から走り去る。)
…そして圷はこの件で精神の一貫性を失う。いや、署名の時点でもう字が書けていなかった。とにかく彼の異常さはもう誰も見て見ぬふりができないほどになり、通報、捕縛、そして勾留されるに至った。全ては瓦解し…俺の関わる前、目録を作成するために誰かがやった初期簡易調査で浮かび上がった彼の容疑はあまりに多く、管理官は混乱が広まる前に情報統制をかけ、報告を保留した。カメラ映像の流し見はそんなところだ。
圷蓮人。彼は確かに、私欲に金を使わなかった。官僚組織がもたらす構造の瑕疵と腐敗、その被害者であるとも言える。抜け道がある限り、人はそれを探し、その先が戻れぬ行き止まりだとしても、入ってしまうものだ。…ったく、一丁前に俺が言えた話じゃないが。いい感じにまとめるなら、そうだろうな。
SCP-3460-JP調査結果概要|2023/02/25
日本O3裁判所
M. 外山, R. 卯月, M. 五十嵐, Y. 葦内, W. リー
W. リーより提出された証拠資料をもとに調査班がされました。仮指定のまま長期間放置されていたSCP-3460-JPについては、それを取り巻く状況の特殊性や事案の重大性を勘案し、正式指定する事を決定しています。W. リーの集積証拠資料と一連の調査記録は、Y. 葦内の申請によりSCP-3460-JPファイルに時系列順に掲載されます。この処置はSCP文書における執筆規範第6章3節3.9.1項「特殊文体の採用に係る条件」に基づき正当性があります。
証拠のレビューと外部リソースの照合を通じ、Res.圷 蓮人が長期間にわたって下記に示す規律に違反していた事が確証されました。
◇機密保持義務違反 - 機密文書への不正アクセス
(Part III, Ch.3, §1, ¶5)
◇予算不正取得 - 虚偽申請による研究費の詐取
(Part II, Ch.1, §2, ¶4)
◇予算流用 - 承認用途外への予算転用
(Part II, Ch.3, §1, ¶2)
◇職権濫用 - 偽装された正当性による加虐行為への誘導
(Part IV, Ch.1, §1, ¶3)
◇学術詐称 - アノマリー研究データの改竄
(Part I, Ch.3, §2, ¶3)
◇収賄 - 外部からの不正な金銭授受
(Part V, Ch.1, §1, ¶1)
◇ハラスメント - 正当性のない虐待行為
(Part IV, Ch.2, §3, ¶4)
暗壊班の加虐関与容疑については、カウンセリング記録の分析により、圷が日比谷に対し意図的に改竄したアノマリー研究データを提出していた事が明らかとなりました。よってこれは暗壊班の責任に依るものではないと結論づけられています。
SCP認定審査部の業務怠慢および臨時監査員Insp.坂口 晴馬の収賄への加担は圷の不正に関連しており、既に収集された証拠は処罰を講じるに十分な証明力を有します。認定審査部への処分は、上級委員会での審議を経て別途通達予定です。
Insp.坂口は収賄及び脅迫に関する項に違反しているため、6週間の職務停止、減給、降格処分が科されます。
Res.圷は前述の様々な項に違反しているため、研究員資格の剥奪、泡界計画ならびに上位職員からの除名、Dクラス職員への降格が科されます。
本当にこれで終わりでいいのかと思う自分と、まぁ黒幕がいたとはいえ大して影響もないからいいかと思う自分がいる。しかし結局、これは根深い問題だ。不正が不正を呼ぶ。この問題がどれほど広がっているかを調べるのは現実的じゃない。世界的な官僚組織はいずれ腐敗し、根の末端は枯れ、栄養を吸うだけの実態のない何かになる。財団もその例外じゃない。それに今回の件は…火急鎮静部門が半ばこの問題を観察のために放置していたせいでこれほど深刻化したとも言える。最も、ヤツらの目的は情報ルートの把握だから、深刻化させる事も半分目的だったとはいえ。まったくカスだな…この問題が報告されれば、稲妻は何かしら動いてくれるだろ。
さて、あとは圷の言ってた姜さん ― 管理官に聴取って感じかな。
聴取記録4
関係者
管理官
姜 植赫
捜査員
ウィルト・リー
地点
サイト-8125
"Stelle"
写真

Mgr.姜の名は「カン・ショクヒョク」。
SCPF-KO/JP
機密
機密
名前
강 식혁
SCL
4
職員ID
82m04a309n855
所属
O4管理官議会
役職
管理官
性別
男
年齢
48
生年月日
1975.11.02
Det.リー: オペレーターを2つ。姜さん、どうぞお席に。
Mgr.姜: どうも。話には聞き及んでいましたが、あなたがリーさんですか。
(2人の前にオペレーターの入ったグラスが並べられる。)
Det.リー: 失礼な人だと噂されてるのは知ってるさ。乾杯しようか。
(リーは両手にグラスを持って姜のグラスの下につけて鳴らし、横を向いて口元を隠しながら飲む。姜は飲んでいる最中、それに気づく。)
Mgr.姜: …別にここは日本ですから、日本式で構いませんよ。私もここにきて長いですし。それに、あなたは言葉遣いこそ少しヘンですが、失礼な人ではないという事はよくわかります。聴取記録を拝見して、事前に相手を入念に調べているのは見て取れました。
Det.リー: どうもありがとう。それで本題だ、圷の件について…何か事前にその深刻さに気付いたりは?
Mgr.姜: 残念ながら。正確には、彼が何かを抱えていたのはそれとなく分かっていました。ただ無理に聞き出したり監視したりするのは、私はしません。そのような行為では信頼関係を生み出せないからです。しかし…このやり方も良くはないのです。実際、相談に来る人は限られていて、真に相談すべき人は来ません。
Det.リー: あなたの責任じゃないだろう。頻繁に相談する人は、深刻になる前に悩みを解決できて、その成功体験をもとにまた相談する。真に相談すべき人は、悩みが手遅れになって初めて相談という選択肢に目を向ける。自業自得 ― とあなたは言わないのだろうが。
Mgr.姜: 財団での相談に対する心理的ハードルの高さは、昔から続いてきた官僚制と権威主義・能力主義の名残です…私のような今の管理世代が、それを正さねばならないのです。そうでなければ、第二の圷がいずれ現れる事になります。ともかく、3460-JPの現況についてはご存じですか?
Det.リー: いや。
Mgr.姜: おごってもらうのですから、今の収容担当者に聴取しておきましたよ。…彼女の精神状態はかなり悪く、能力がひどく落ちているようです。実際に会って、本人への聴取は現実的ではないと判断しました。聴取ログ、一緒に見ましょうか。
三星 鈴蘭、彼女が天才であった事は紛れもない事実だったと思います。私、早川 来夏は彼女と友人でした ― 収容担当者を募集していたので、赴くことにしました。扉を開ければ、いつものように快活な彼女の姿を見れると思っていました。
しかしそこには、ぐったりと倒れ、起き上がるのにも時間がかかるような、2年前とは別人の姿がありました。あろうことか、彼女は天井や床をぐるぐると見渡し、怯える様子を見せています。何が見えてるのかと聞いても、うまく話せないようで、文字もかなり…下手になっていました。数年前、私はひょんな危機から彼女を助け、手書きの手紙をもらった事があります ― その丁寧な字体の面影もありませんでした。
「影が動く」という彼女の異常性は、残念なことに申告されたものです。彼女以外にはそれが見えない。そして今や、彼女の示す異常性は精神疾患と混ざり合って、本当に異常なのか、そうでないのか、見分けるすべが無くなってしまいました。特殊な事例であり、これを「SCP」と指定する事が正しいのか、測りかねています。
彼女を近くで見てきた者として、今の状況は本当に哀れです。彼女は誰からも尊敬される才覚者で、周りにはいつも彼女の話を聞きたい人が集っていました。今ではもう尊敬はおろか、人として見做すこともできなくなっています。私ですら、不快に思ってしまう事があるのです。上はまだ彼女のポストを戻すことを諦めていないようですが。誰もが彼女を手遅れだと思って言及を避けているのに、それでも私だけが向き合わねばならないという事に、うんざりしているのです。
一応私には権限があるので、圷さんにも会ってきました。彼は精神の一貫性を失くしており、失書 ― つまり適切な文字が書けないという、統合失調症の典型的な症状を発露させています。…疑問に思うのです。正常と異常の違いってなんなんだろう、と。圷さんが失書の症状をアノマリーだと申告すれば、彼はSCP指定されるのでしょうか?実際、三星さんと圷さんの違いは、その程度しかありません。もちろん今回はSCP認定審査部が適切に機能していなかったので話は別でしたが、私たちが「アノマリー」と呼んでいるそれの基準は、本当に正しく機能しているのでしょうか?私たちは「SCP」という識別子で差別を助長し、「確保・収容・保護」というプロパガンダを延々と叫び続けることでそれを正当化し続ける、財団とはただそれだけの組織なのではないかという考えが、ずっと頭の中で叫び続けているのです。何度も、何度も、何度も。
Det.リー: …可哀想にな。ただ、少し疑問がある。三星は確かに圷から最低な言葉を言われたが、その時は優しく応対していた。そんな彼女がこうまで衰弱するってのはどうにも想像しがたい部分があってな。何かあったのか?
Mgr.姜: 私の考えにはなりますが…彼女を単に被害者と結論づけるのは誤りだと思っています。圷の心理を考えると、三星の言動は"計算されたもの"であった可能性があります。全てが瓦解する寸前、圷の三星に対する心理が何だったか覚えてますか?
Det.リー: 確か、「失望されたい」。
Mgr.姜: そうです、彼は三星に失望されたかったんです。罪悪感に苛まれていたんでしょうね ― ともかく彼は、彼女に失望されるよう必死に言葉を投げかけていました。でも彼女はそうせず、彼は人として言っちゃいけない事を言うまで追い詰められた。それでもなお、彼女はなんと返しましたか?
Det.リー: …「あなたはまだやり直せる」。
Mgr.姜: すべてを擲ち、幻のような希望に追いすがることをやめ、彼女との関係を終結させる事で全てを終わらせる、そういう計画を持った人間に、「まだやり直せる」と囁くことがどれほど残酷なのか、あなたは理解できるでしょう。
Det.リー: 届かないと分かっていながら見せられる希望は苦痛でしかない、か。
Mgr.姜: 彼女は意図的に、彼を壊すために優しくした。それが圷を絶望の底に追い込んだのだと思います。彼女が言うように教師が人を壊す技術を持つなら、有能な教師だった彼女が人を壊せないわけが無いのですから。
(沈黙。)
Mgr.姜: 人は善意を装って他者の不幸を願い、悪意を持って他者の幸福を願うのです。
Det.リー: なるほどな…三星も単なる善人じゃなかったってことか。それでもやはり、心が壊れた原因は分からんが。
Mgr.姜: それが人の難しい所なんです。過程はどうあれ、彼女は圷を破滅させた。ちょっとした意趣返しのつもりだったのかもしれませんし、それが殺意と呼べるほどのものだったかは分かりませんが。ともかく結果的には、彼女は共に過ごした同僚を、手にかけたんです。リーさん、あなたが仮に崖から人を突き落したとして、死体を見てないからと気に病まない事がありますか?
(沈黙。)
Mgr.姜: 人は善性を捨てきれない生き物ですから。己の内にある悪意に耐え続けられる人間など、そうはいないのです。人は、他者の悪意には耐えうるかもしれませんが…己の醜悪さには耐えられません。
Det.リー: 圷も三星も、路を踏み外した善人なんだろう。最初は悪路だって歩めても、歩み続ければ足は膿み、やがて凋み腐る。…最後に聴取するのがあなたで良かった。捜査はこれで終わりだな。あとは証拠を葦内に提出して、葦内はディレクターに全部報告して、それでおしまい。やっと休めそうだ。
Mgr.姜: 葦内さんって倫理委の?それは…少しひっかかります。
Det.リー: どういう事だ?
Mgr.姜: 理事会は全ての情報を握ってるわけではありません。情報災害に触れようものなら経営が傾くので、事前にスクリーニングした書類しか見ないんです。それはつまり…理事会に触れる前に検閲できるという事です。葦内さんがこんな大きい問題を馬鹿正直に報告するでしょうか?だってそんな事をしたら、あらゆる部と課が再編成を迫られ、ただでさえ脆弱な基盤は崩れ去りますよ。
Det.リー: するとなんだ、葦内は理事員に「万事順調です」とでも伝えるつもりか?
Mgr.姜: 前にも似たような事は何件か起きてるんです。万事順調とは言わずとも、全容をぼかして伝える気なのかもしれません。
山崎 孜
ザッキー
もうすぐ日本を離れるから食事でもどう?
いいですよ。何にします?
フィリーチーズステーキにしよう
なるほど、お作りしますよ。でしたらビールも欲しいですね。用意しときます、何がいいですか?
黒ラベルがいいかな
了解です、いつにしますか?
4日後で。んじゃよろしく
Det.山崎: ― それで、なんでファミレスなんです?キッチン付きの宿を借りてたんですが。
Det.リー: ファミレスなら動向を追いにくくなる。木を隠すなら森の中さ。
Det.山崎: 昔あなたと別件でタッグを組んでた時に用意してた即席暗号、まさか使ってくるとは。
Det.リー: 覚えててくれて嬉しいよ。「フィリーチーズステーキを食べたい」が『誰にもバレず密会の場を設けたい』って意味の暗号で、そして酒の銘柄で場所指定。黒ラベルはサッポロビールだから、札幌の空港で集まる。なんでステーキなんだっけ?
Det.山崎: どうせその時食ってたものを暗号にしたんじゃないですか?それより、あなたがこうやって仕込むって事は、私とのチャットがその…葦内さんに監視されてると踏んだんですよね?
Det.リー: 恐らく、俺の録音さえも。ヤツの正体は火急鎮静部門の職員、そしてその目的は、俺の行動を監視して情報入手ルートのデータを取ること。「人にどんな選択肢と情報を与えれば、事件の全容までたどり着けるか?」 ― それを確認するためだけ。初めから職場環境を改善させたりする気はないんだよ。
Det.山崎: それで、あなたは何をしたいんですか?英雄気質じゃないでしょう。今回だって、証拠書類を提出していつも通り記憶処理を受けて終わり、それじゃダメなんですか?
Det.リー: 分からないか?ムカつくって事さ。序盤にヨイショして、その実ただの情報ルート作成の観察用被験者でしたって、そんなナメた扱いに納得がいくか?アイツの鼻を明かせてやりたいって事よ。それに…気にならなかったか?その、俺の過去について。証拠書類、目を通したんだろ。
Det.山崎: ああ、「俺は本来ならDクラス」とか、「ガキの頃に工場の煙を吸った」とか言ってましたね。そういえばあなたの過去は聞いたことがありませんでした。
Det.リー: 俺は…"存在しない子"だ。検閲が今も怖いんでぼかして言ってるが、察せるか?
Det.山崎: ああ、その…あなたの故郷での政策でですか。…戸籍がなかったんですか?
Det.リー: そうだ。圷がDクラス商品の売買ページを見てた時、俺と同じ地域出身のヤツだけ安かったろ?
Det.山崎: …まさか財団は無戸籍の人をDクラスとして雇用してるんですか!?
Det.リー: そうだ。子供のDクラスがいるのは…そういう事。俺も児童労働者からDになるはずだったが、入団する時、特異な才覚者を選別するための試験を受けさせられた。それでいい成績だったから、俺だけ他とは違い、探偵という職に就けている。だから…ムカつくのさ。人を情報ルート探しの道具にさせられるような真似はな。
Det.山崎: そうだったんですか。そういう事なら止めやしません ― それで、算段は?
Det.リー: 葦内と理事会の間にある脆弱性を突く。今回の事件、葦内がなぜ稲妻と俺を会わせたのか ― それは稲妻から介入権を奪うためだ。圷の問題に気付いた稲妻が自力で組織を動かして真相を明かす事のできないように、葦内は自分に問題を委譲するよう「助言」し、捜査者と理事員の仲介者に自分が来るよう誘導した。
(沈黙。)
Det.リー: 俺から葦内、葦内から稲妻って情報の流れの中で、葦内は仲介者として俺が提出した証拠の一部をぼかして稲妻に報告するつもりだ。葦内には全容を報告したくない事情がある ― 組織の再編成とリストラに理事会が踏み込めば自分の身も危ないし、火急鎮静部門の離職解決問題もヤバくなるからだ。ここが攻めどころだ。
Det.山崎: 情報をぼかして報告することは立派な不正ですからね。
Det.リー: ただその証拠をどう掴むか…俺が直接探るのは現実的じゃない。かといって「葦内と稲妻の間の書類スクリーニングに不正があるから調査しろ」って馬鹿正直にサイトの匿名通報に言ったところでな。葦内が情報を握ってる以上、どうとでもできる。すぐに耳に入るだろう。
Det.山崎: 辺境サイトの匿名通報は?
Det.リー: サイトってのがな。サイト単位の匿名通報だと把握される恐れがある。待て、内部監査部門はどうだ?
Det.山崎: どう違うんです?
Det.リー: 火急鎮静部門がサイト運営から半ば独立した位置にあるように、内部監査部門は独立して存在する組織なんだよ。三権分立みたいなものだな。そこは倫理委に対しても調査上の越権を持つ。そこなら把握されないかもしれん、が…そこの通報は管理官クラスが使うようなとこで、個人の話を聞く事はほぼないはずだ。だって個人はサイト内通報で充分だろ?クソ、話を聞いてもらうのに何かないか?それとも ―
Det.山崎: お忘れですか。偶然にも我々にはありますよ ― ドレギョーニ全権調査証が。
(沈黙。)
Det.リー: よし。希望が見えてきた。
(数秒の休止。)
Det.リー: 作戦を立てよう。このコードの記号列と鍵は俺以外が使っても影響力を持つ。だから連絡はお前がしてくれ。内容はこうだ ― "振込情報を監視しろ。特定口座に対し調査報酬金として疑わしい額の振込があった場合、それはその振込名義主が理事員に対してスクリーニング業務上の改ざん行為を行っている事を証明するものであるため、極秘で調査を実施しろ"。
Det.山崎: どういう…?
Det.リー: 葦内の選択肢を狭めるんだよ。葦内は今回の業務が終わったら報酬金を振り込む事になってる。俺はそれに「報酬金はいらないから調査を続けさせてほしい、やめさせたいなら上乗せしろ」と吹っ掛ける。振り込むか否かの2択に誘導するのさ。そこでさっきの通報が効く。振り込まなければ俺の調査を黙認することになり、振り込めば監査部門に自動通報される。
Det.山崎: なるほど、いい作戦かもしれません。もう少し時間があれば作戦を精密に練られるのですが…提出期限も考えると…ああ、なんで北海道にしちゃったんですか…!
Det.リー: 出来る限り関東から離れたかったんだよ!とにかく通報に必要な情報はある。言う通りにやってくれ。詳しい番号は…
(リーが情報を教えた後、山崎は外に出てコード番号を見ながら通報を行う。リーが近づくと、電話設定を”スピーカー”にする。)
不明: …すみません、こちらで確認したところ、このコードが本物だと証明できました。それで、先ほど仰られた口座に1週間以内に多額の振り込みがあるか注視しておけばいいのですよね?
Det.山崎: はい。そちらから口座振り込みの詳細を調べることは可能ですよね?出来ずとも、名義主の確認くらいは。
不明: もちろんです、サー。確認し次第、名義主の極秘調査をこちらで行わせていただきます。
Det.山崎: 感謝いたします。ところで1つ疑問なのですが…ドレギョーニ・コードはあなた方を動かせるほどの特権を持つのですか?
不明: ええ、ほぼ理事会命令ですからね。不正を働いてる人には厄介なんで、理事会以外の上位職はこれを出すの渋るんですけど…誰から頂いたのですか?いえ、詮索はしないでおきましょうか。あなたの選択は正しいですよ、本人が通報しないのも正しい判断だと思います。それでは、依頼を受理いたします […]
(一言二言話し、山崎は電話を切る。)
Det.山崎: あとはなるようになれ、ですかね。それでさっきの二択、葦内が金を振り込まない選択をしたらどうするんです?
Det.リー: どちらにせよ調査の大義名分は得られる。ま、ホントは給料入ったらフランスでバカンスしようと思ってたんだが。アジア人にはなじみがないだろ?だからフランス語、勉強してたのさ。
Det.山崎: フランス。いいじゃないですか。
Det.リー: プロヴァンスでゆったりとね。まずは地中海とれたての魚介で作ったブイヤーベースを食べるんだ。あの辺りの海と川はエメラルド色なんだ、ヴェルドン渓谷でならそれを見渡せる。日が昇ったらカフェテラスで人通りを眺めながらコーヒーを飲むんだ。新聞を読んだり、奥の席に座るじいさんと話すのもいいかもな。夕方になったらジャン・ボワイエのパスティスを頼んで、満足するまでグラスを回して香りを楽しむ。ムスティエ=サント=マリーなら全ての食事が星付きさ。そして印象派のアートをじっくり見ながら美術館で寝落ちする。
Det.山崎: 言ってることはよく分かりませんが、とにかく落ち着いた時間が欲しいのですね。
Det.リー: でも、それはこの件を解決してからだ。怨嗟をエンジンに、まだまだ動き続けるさ。とりあえず今日は飲もうか ― 前言った通り、俺のおごりだ。
Det.山崎: (笑い) まったく、あなたって人は…成功するといいですね。応援してますよ。




