あるSCP-3514-1事象を表す17世紀の絵画。
アイテム番号: SCP-3514
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: 1973/12/22現在、SCP-3514はイスラム・アーティファクト開発事務局(ORIA)の管理下にあります。このため、SCP-3514へのアクセスや収容は現時点では実現不可能です。当該異常存在の脅威度の低さや、異常存在を一般社会から隠蔽し続ける能力をORIAが有しているように思われることから、SCP-3514の管理権奪回は低優先度と見做されています。
財団とイラン崇高国の協力による19世紀末の隠蔽作戦に続き、公的記録上でのチャルディラーンの戦いが起きた正確な場所は改変されています。現在、一般には、戦闘が発生したのはSCP-3514から10km離れたガル・アシャギ村の近くだと信じられています。
その後、財団職員がこの隠蔽作戦に関するガージャール朝の史料館の文書を検閲したため、ORIAはSCP-3514を認知していません。ORIAによるSCP-3514の存在把握を防ぐことは最重要事項です。
SCP-3514から50km離れた地点の境界線には現在、不正侵入を防止するために電気フェンスが巡らされ、保安カメラが一定間隔で設置されています。SCP-3514-1事象を観察し、SCP-3514-2へのインタビューを行うために、財団研究者たちが基本的な研究基地の設置に取り組んでいます。ORIAの注意を引く可能性があるため、完全なサイトの建造は推奨されません。
説明: SCP-3514はイラン北西部にある、16世紀にチャルディラーンの戦いが起こった場所と一致する2km2の領域です。SCP-3514の主要な異常性質は毎日██:██頃になると活性化し、██:██まで継続します — これは戦いが行われていた時刻と一致しています。この活性化を以下でSCP-3514-1事象とします。
SCP-3514-1事象は、実際の戦いの開始時点における両軍と一致すると思しき形式に配置された、戦闘に臨む兵士の姿をした無形実体群の出現によって始まります。これらの兵士を以下でSCP-3514-2個体とします。SCP-3514-2実体群は戦闘を行い、チャルディラーンの戦いの変形版らしき展開を再現します。兵士たちはお互いに物理的交流が可能ですが、外部由来の刺激には気付いていないか、もしくは反応する意思を見せません。
この設定にも拘らず、戦いの展開は各SCP-3514-1事象ごとに変化します。幾つかのSCP-3514-1事象は実際の戦いの流れに密接に従いますが、またある時にはシャー・イスマーイール1世の死亡からオスマン帝国の完全敗北まで大幅に異なる様々な結果が発生しています。時折、SCP-3514-2個体群の中には超自然または神話上の人物が姿を表します — 例として、アリーやフサインといったシーア派の尊崇対象者、ロスタムやゴルダーファリードやザールなど“シャー・ナーメ”の登場人物が挙げられます。SCP-3514-1事象の終了時、全てのSCP-3514-2個体は唐突に消失します。
SCP-3514-1事象における注目すべき相違点の例が幾つか、以下に詳述されています。このうち、最初の3回は音声や映像を記録する実用的な装置の開発前に起こった出来事であり、また当時の報告書は観察において現代の報告書に見られるものと同一の厳格さを必ずしも有していないことに留意してください。
日付 |
発生した相違 |
1886/09/18 |
最初に観察されたサファヴィー朝軍の勝利であり、歴史上の戦闘からの大きな逸脱が最初に観測された事例でもある。イスマーイールの軍は、オスマン帝国軍が鎖で繋いだ大砲を中央に配置する前に攻撃を仕掛け、横隊を突破してセリム1世を殺害した。 |
1888/06/20 |
オスマン帝国軍の勝利であり、イスマーイール1世の姿をしたSCP-3514-2個体の殺害が観察された最初の事例。オスマン帝国軍横隊への突撃中に、オスマン帝国軍の銃弾がイスマーイール1世の“頭部ないし首の辺り”に命中し、彼のほぼ即座の死とサファヴィー朝軍の完敗を引き起こした。 |
1913/04/01 |
観察を担当した研究者らの言葉によれば、“巨大な一天体”が戦場の上空に出現。このオブジェクトから、1体の“非常に長身で体格の良い”SCP-3514-2個体が降臨した。全てのサファヴィー朝兵士は当該個体の前に平伏し、繰り返し“アリー”という名を詠唱した。問題のSCP-3514-2個体は続けて、全てのオスマン帝国兵士を“破壊”した。その後のSCP-3514-1事象の大半は、サファヴィー朝兵士の一部と“アリー”個体による“熱狂的かつ贅沢な祝宴”で占められた。事象終了の1時間前に“アリー”個体は突然消失し、サファヴィー朝兵士らは泣いて地面を叩きながら事象の残り時間を過ごした。 |
1937/08/23 |
戦闘が発生しなかった最初の観察例。代わりにサファヴィー朝兵士の姿をしたSCP-3514-2個体群のみが出現し、イスマーイール1世に対応するSCP-3514-2個体に繰り返し攻撃を加えて致命傷を負わせていた。イスマーイール個体は激痛に苦しむ様子を見せたが、負傷によって死亡することが無かった。兵士たちは繰り返し攻撃を加えつつ「偽ムルシッドめ!」という言葉を唱えていたと伝えられる。 |
1965/11/17 |
戦闘が発生しなかった二度目の観測例。兵士の代わりに、イスファハーン陥落以前のサファヴィー朝における9人のシャーの姿をしたSCP-3514-2個体群が出現した。これらの個体は全てSCP-3514-1事象の期間を通して発話を継続し、生前の失敗と見做されている出来事の弁明をしているように思われた。大半のSCP-3514-2個体はごく普通の涙を流し続けていたが、イスマーイール1世、サフィー1世、アッバース2世、スレイマン1世に対応するSCP-3514-2個体は涙の代わりに赤ワインを流しているように見受けられた。 |
SCP-3514-3はシャー・イスマーイール1世を自称する人間の姿をした無形実体です。SCP-3514-3は赤い髪と乱れた髭を特徴とする30代半ばの男性の容姿であり、通常は痛んだ絹のローブを着用しています。この実体は、SCP-3514-1事象の一部として出現するシャー・イスマーイール1世似のSCP-3514-2個体とは別の存在です。対象はSCP-3514-1事象の外部に存在することに加えて、外的な刺激への認識能力を実証していることから別個に分類されています。SCP-3514-3との対話は困難です — 対象は往々にして支離滅裂で断片的な発言を行い、意識明瞭な状態になるのは極稀です。
SCP-3514-3はSCP-3514-1事象の創造者かつ制御者であると主張しています。これは確証されていませんが、SCP-3514-3は時折、将来的なSCP-3514-1事象を認識している事を示す発言をします。SCP-3514-3は通常16世紀のアゼリ方言で話しますが、ファルシ語とギラキ語を理解し、少なくとも幾らかは古典アラビア語の知識を有しているようです。SCP-3514-3は、SCP-3514-1事象を眺望することが可能な████████の丘の頂上に出現します。通常SCP-3514-3は座っていますが、時にはすぐ近くの領域を歩き回っています。
SCP-3514は1886年、ガージャール朝政府からの収容支援要請を受けた際に初めて財団の知るところとなりました。SCP-3514-3の証言を基に、SCP-3514は16世紀初頭におけるシャー・イスマーイール1世の死後の何処かの時点で創造されたものと見られています。
1973/12/22、イスラム・アーティファクト開発事務局(ORIA)はSCP-3514の存在を認知し、速やかにその収容に移りました。これはORIAが行ったサイト-██侵攻に際して文書が盗難されたことによるものです。イランにおける財団の影響力はごく限られているため、当該異常存在をORIAに対して保持し続ける事は実現不可能と見做され、財団はORIAの要請を受けて何事も無く撤退しました。
回答者: SCP-3514-3
質問者: F██████博士
序: このインタビューは1966/08/23に実施された。会話はシャー・イスマーイール1世の母語である16世紀アゼリ方言から翻訳されている。SCP-3514-3の反応が常に無く明瞭である点に留意。
<記録開始>
F██████博士: こんにちは、SCP-3514-3。ご機嫌いかがです?
SCP-3514-3: 余は… 良い。驚くほど良い気分である。
F██████博士: 貴方 — いえ、良かった。実に良いことですね。何故ですか?
SCP-3514-3: …思い出すのだ。別の時を。良き日々、この、こうなる前の事を。余が神であった時を。
F██████博士: …貴方がご自分でもそれを信じていたとは思いませんでしたよ。
SCP-3514-3: ああ、いや、いや。信じてはいなかった、しかし… そこには栄光があった。余が — 我々が感じていたことが真実であった時だった。世界の上に、信者たちの上に君臨するその感覚は、復讐と正義の強さを持って我々を前進させた — まさしく神の如くに感じられたものだ。救世主マフディーの如く… 何かしら偉大な者の表れでであるかの如く。
そして暗黒が来た。死すべき定めが来た。その一瞬、雷のように駆け抜ける余は不死兵団を率いる不死の大将、神の正義による復讐を為す腕であった。そして、ほんの一分後には、余は一人の男、定命の敵から逃げる定命の王であり、泥にまみれ、裂けた唇からは血を流していた。余は人間だった。余は平常であった。あれに敗北した、その感覚がお前に分かるか? 否、否、勿論分かるまい。お前には決して、神であるという事が理解できまい。
F██████博士: では — なぜ貴方はこのような事をするのですか? なぜ自分自身を傷付けるのですか? なぜ止めようとはしないのですか?
SCP-3514-3: 何故ならば余は定命の者であるからだ! 余は — 余は見届けねばならぬ。これを止める術を見つけ出すために。これは余の人生を、存在を、魂を定義した戦いであった。これが帝国と宗教を定義し、何世紀にもわたって尾を引く線と輪郭を作り出した戦いであったことも余は耳にした。余はこれをやり直し、歴史を変える術を見付けねばならぬ。
F██████博士: しかし貴方は何百回、何千回と戦闘を再現しています。それに私は、貴方が戦闘を過去と同じ流れでやり直し、自分自身を死なせ、ありえない空想を混ぜ込むのを見てきました。なぜ未だにこんな事を続けているのですか?
SCP-3514-3: それが余にとって理に適う唯一の事である。恐らくこれまでの余にとって理に適った唯一の事だろう。余の全ては記憶、色褪せた亡霊、イスマーイールの心の面影に過ぎぬ。墓石の彼方からの投影であり、永遠の、永劫の、悠久の時をここに座って過ごすのだ。余が定命者と化した瞬間を幾度も幾度も幾度も見て、理解しようとするために。気付くために。余が何者かを、何者であったかを、何者になり得たかを理解するために。余自らを理解するために。
F██████博士: どういう意味ですか?
SCP-3514-3: 即ち、余は — お前は — アリーは… 即ち… 即ち…
この後、SCP-3514-3は通常の行動や発話パターンに戻り、財団の質問に応答しなくなった。このためF██████博士は間もなくインタビューを終了した。
<記録終了>
回答者: SCP-3514-3
質問者: O████████博士
序: このインタビューは1972/05/23に実施された。会話はシャー・イスマーイール1世の母語である16世紀アゼリ方言から翻訳されている。今回もまた、SCP-3514-3はインタビューを通してかなり明瞭な意識を示していた。
<記録終了>
SCP-3514-3: 死者であるという事がどういうものかをお前は知るまい、博士よ。
O████████博士: えっ — あー、まぁね。私は死んだことが無いからな。き、君は?
SCP-3514-3: 余はある。余が宮殿の中に座り、過去の日々を夢見ながら酒を呷り続けていると、世界が赤に染まった。そして赤は黒へと、青へと、緑へと変じ、余は死の天使アズラーイールを見た。彼の者は余を連れ去った。
O████████博士: 何処へ?
SCP-3514-3: 数多くの場所へ。余は楽園の広間と地獄ジャハンナムの深淵を見た。余はアリーとイマームたちを見た、そして — 兎に角、余は彼らを見たと思う。忘れてしまった。余は過去を見た、カユーマルスとカイホスローと預言者を見た。余が目の当たりにしたものが真実であるかは — あの王らは真に大地を踏みしめて歩いていたのか、余と余の住まう世界にとって真実であったかは分からぬ。だが、それでも余は見たのだ。そして余は現在を見た、水上を行き交うヴェネツィアの船、古き中国の死につつある皇帝たち、余の骸を発見した従者たちの叫び、余の信者たちの嘆き。余はスレイマンが笑い、バーブルが重々しく嘆息するのを見た。余は世界を細密画として見ていた。そして… そして…
O████████博士: 未来を見た?
SCP-3514-3: 余は息子を見た — 余のごとき者ではなく、より冷酷で遥かに賢い息子を。あれは最初から自分が神ではないと分かっていた。余よりも謹厳で暗い魂の持ち主ではあったが、狩って飲んで殺す以上の物事を知っていた。息子は帝国を築き上げた。余は勇敢なるアッバースと、彼に従う貧しき者たちを見た。余の征服した土地が一千年にわたって未知の高みへと登り詰め、モンゴルによる正義の破壊の内にしか見られぬ深みへと失墜する様を見た。そして余は未だ理解し得ぬ物を見た… 赤きシャー、生きた像、沈黙の中に世界を包み込む暗黒。そして、それらは一つとして重要ではないと悟った。
O████████博士: 重要な物事であるように聞こえるんだが。
SCP-3514-3: いいや。何故ならその時、余は自分自身を見たからだ。余はイスマーイール。生まれ育つ中で己が聖者であり、ムルシッドであり、救世主であり、神の具現体、或いは神自身であると知った。余は神の手段、復讐を為す正義の戦士であった。そして余はチャルディラーンで死んだ。余の神聖な一部は逃げてしまい、余は単なる従僕、定命の人間、アリーの宮居を蹴り出されて通りを彷徨う事を余儀なくされた犬だった。一瞬の間に、余は、神は、人になっていた。一瞬で。たった一日の流血沙汰で。
O████████博士: それは… 大変だったろう。
SCP-3514-3: お前の目に疑念が見えるぞ、凡俗よ。不信仰が見える。お前は宗教の、神の何を知っているというのだ? 血の、復讐の必要性の、我々の主義にとっての正義の何が分かる? 聖職者どももサイイドどもも決して理解しなかった。我々はスンニ派による異端の神殿を倒して新たな秩序を、正義の王国を、この世の血と泥から自由である場を築いたのだぞ! 我々は英雄だった!
O████████博士: …不快にさせてしまったならば謝る。わざとではなかった。
SCP-3514-3: そうであろうな。次は余がお前に謝罪せねばならぬ。時の流れが余を先ほどよりかは慎みある者に変えたとばかり思っていた。分かるか、これこそ神が — 余が眩い光の中で見たのが何者であるにせよ — 余にこの罰を課した理由だ。生前、余は己を神聖と考えていた傲慢な男であった。そして今、余は真実を学ぶまでここに座しておらねばならぬ。闘争は無意味であり、これは他のどの瞬間とも些かの違いも無かったという真実を学ぶまで。
O████████博士: それでは — 君はここに留まるのを強制されているのか? 罰として?
SCP-3514-3: 強制? ああ、いや。去ろうと思えばいつでも去れる — だが神は余がそうはしないことをご存知だ。余は自ら望んでここに居る。ここに余を配してくださったことを心から神に感謝せねばならぬ。永遠に続く真実の探求。余はな、自分が特別な存在でも、神との間に繋がる通り道でもないと本気で受け入れたことは一度足りともなかった。例え葡萄酒に溺れている時しか思い出せなくとも、余は未だマフディーであり、酒杯の内においてチャルディラーンは童子の夢に過ぎなかった。余はあの時以来、己が定命者であると知ったが、より強く己を感じてもいたのだ。故に余はここに留まる。そうしなければならぬからだ。何故ならば… 何故ならば… その後に余は自由となるからだ。
O████████博士: だったら、どうして普通に去ろうとは—
SCP-3514-3: 自由だ、子よ… 自由となるのだ… 陽光の中で三、三、三日月刀を携え、アリーの真昼の下で、薄明の中で、自由な光の中で… 彼らは間もなく来るだろう… 偽りの正義の者たちが、余を取り戻すためにここに… 余は彼らが互いに話しているのを見ている…
この時点から、SCP-3514-3の発話は支離滅裂になり、周辺環境を意識していない様子を増していった。O████████博士は間もなくインタビューを終了した。
<記録終了>