西条研究員によるSCP-3516-JPのスケッチ
特別収容プロトコル: SCP-3516-JPがFP-06("中国地方の穴蔵")1内に存在する点、現時点でのSCP-3516-JPの活動範囲がFP-06に限定されている点から、SCP-3516-JPの収容はPAS(詳細は後述)に委託されています2。
SCP-3516-JPの入眠が予測された場合、PASの担当職員がSCP-3516-JPに夢情報デコーディング装置を装着させた上で睡眠を促します。SCP-3516-JPが入眠した後、該当装置を介してSCP-3516-JP及び対象の様子を観測・記録します。記録された映像は、財団渉外部門を介してサイト-81CH内の担当チームに譲渡されます。財団=PAS間で締結された提携規則(詳細は後述)に基づき、観測及び記録を除いた活性化状態のSCP-3516-JPへの介入は規制されています。活性化状態のSCP-3516-JPとの接触を行う場合、担当責任者及びPAS内の責任者の事前承認が必要です。
PASが展開している「夢界で世界巡回ツアー」において事前に対象への説明及び承諾が行われている為、対象に対する措置はPAS情報管理課による一時的な監視に留められています。
追記: プロジェクト・カーテンコールの実施に伴い、SCP-3516-JPは民間への異常存在の認知に適していると判断され、異常認知人口増加プログラムの対象に指定されました。詳細は補遺2:項(後述)を参照してください。
説明: SCP-3516-JPは体長93.2cm、体重15.9kgのオスのオウサマペンギン(Aptenodytes patagonicus)です。非異常の黒色マント及び後述の足輪の着用を除いて、SCP-3516-JPに特筆すべき特徴は確認されません。非活性化状態のSCP-3516-JPにはコミュニケーション能力はありませんが、一般的な同種を遥かに上回る知能を有している事が確認されています。SCP-3516-JPの右脚には、以下の内容が印字されたステンレス製の足輪が装着されています。
Paradise Area Service 日本支社 穴蔵支部
特別ガイド員 アルフレッドAlfred シートンSeaton
補足資料: PAS概要
Paradise Area Service
PASのロゴマーク
概要: GoI-5016("Paradise Area Service")(以下、PAS)は、異常領域を観光地に含む旅行サービスの提供を目的とする旅行会社です。一般には、民間人を対象とした通常の旅行プランの企画/広報/運営を行っている一方、秘密裏に要注意領域、夢界等の異常領域を目的地に設定した観光サービスを提供しています。現在、PASと計██ヵ所の異常領域との接触が確認されており、イギリス本社を初め16の国/地域/ネクサスに支社が進出しています。また、異常領域を移動する関係上、PASは空間跳躍/夢界への接続等の超常技術を保有している事が判明しています。
PASは"未知への旅行の提供"を理念として活動し、各支社ごとに異常領域との関係性を構築/模索しています。その為、PASの構成員にはヒト型/動物型アノマリー及び異常領域出身の人員が多数確認されています。しかし、前述の人員の大半はネクサス内部の支社で勤務しており、基底現実での業務担当は稀です。また、超常技術の漏洩を防止する為、異常領域を対象とした観光プランは担当するネクサス内の顧客にのみ提供され、事前にプラン内容の秘匿に同意する契約書へ署名する事が義務付けられています。
2019年2月、PASの規模及び機密性を鑑み、財団本部はPAS本社と以下の条件を原則とした提携規則を秘密裏に締結しました。
- 財団が保有する内、特別機密指定されていない超常技術の情報提供を行う。
- 財団が使用している異常存在対応マニュアルを提供し、職員への教育活動に利用する。
- PAS職員が従業員を除くアノマリーを確保又は発見した際、適切な財団サイトへ報告する。
- 一定の業務優遇を条件として、財団が干渉不可能な異常領域の情報を外交・諜報部を介して入手する。
- 一部の例外を除いて、GoI-5016の業務内容への介入を行わない。
- PASが展開する異常領域への観光プランの顧客リストに関する情報は秘匿され、財団側の要求に応じて最低限度の情報を開示する。
現在、PASによる当規則の違反は確認されていませんが、有事の事態を考慮し、担当エージェントが各支社の監視を行っています。
SCP-3516-JPは、自身がレム睡眠状態に移行した場合に活性化します3。この際、SCP-3516-JP及び特定の個人(以下、対象)は共通の明晰夢(以下、SCP-3516-JP-A)を体験します。尚、対象となる人物は、SCP-3516-JPを体験する以前に、PASが展開している「夢界で世界巡回ツアー」の予約を行っていた事、SCP-3516-JP-Aに進入する時点で例外なく入眠している事が判明しています。また、対象以外の人員は、SCP-3516-JPの周囲10m以内で入眠してレム睡眠状態に移行する事によってSCP-3516-JP-Aに進入する事ができます。
SCP-3516-JP-Aは、SCP-3516-JPがレム睡眠状態に移行する事によって知覚可能な夢です。SCP-3516-JP-Aの様相は基底現実を基に構築されている一方、一部の建造物及び地形は物理法則を逸脱しています4。また、昼と夜の時間の比率の差が極端である、一地点で複数の季節の兆候が確認できる等昼夜サイクル及び四季の遷移等の時間的要素は基底現実と著しく異なります。この際、SCP-3516-JP-A内にはSCP-3516-JP及び対象の他に、多数のヒト型実体が存在しており、基底現実の民間人のように振る舞います。しかし、該当実体はSCP-3516-JPの存在に違和感を抱く事はありません。SCP-3516-JP-A内では、SCP-3516-JPは一般成人と同等の知性及びコミュニケーション能力を獲得しており、英語/フランス語/スペイン語/日本語を利用して対象及び該当実体と会話します。
活性化状態のSCP-3516-JPは以下のプロセスを通して非活性化状態に移行します。
- SCP-3516-JPがSCP-3516-JP-Aに進入した後、対象は自身が普段使用している被服を着用した状態でSCP-3516-JPの近傍に出現します。この際、対象の携帯電話等の所持品も再現されますが、使用可能な機能はカメラ機能等の一部に限定されています。また、対象は限りなく現実に近い五感を体感する一方、極端な環境下における寒暖を知覚する事はありません。
- SCP-3516-JPが対象と接触した後、SCP-3516-JPは対象と共にSCP-3516-JP-A内のランダムな地点(以下、該当地点)を3~6ヵ所巡回します。該当地点は、対象が事前に希望した又は対象の深層心理に適した場所である事が判明しています。また、該当地点に一定以上の距離があった場合、SCP-3516-JP及び対象は瞬間移動を用いて該当地点に移動しますが、対象の要求に応じて適切な交通手段を用いて移動する事があります。
- SCP-3516-JP及び対象が該当地点に到着した場合、SCP-3516-JPは該当地点に関するガイドを行います。ガイドの内容は一般的なものであり、特筆すべき事項はありません。
- ガイド終了後、SCP-3516-JPは先導して対象と周囲を散策します。また、該当地点付近に商店街等が存在した場合、SCP-3516-JPは対象と随行し、商店街での購入又は飲食を勧めます。代金はSCP-3516-JPによって支払われますが、購入した物品は現実に反映されません。しかし、飲食による満腹感/充足感は覚醒後僅かに残る事が確認されています。この際、SCP-3516-JPは対象との面識の有無に拘らず、対象の出自を把握した状態で対象に関する会話を行います5。
- 該当地点の巡回が終了した後、SCP-3516-JPは対象と前述の観光に関する会話を行います。SCP-3516-JP又は対象が会話に満足した場合、SCP-3516-JPは対象に感謝の旨を述べると共に「良い旅を」と告げます。このコミュニケーションが行われた直後に対象は覚醒し、SCP-3516-JP-A内から消失します。
- 対象の消失を確認した後、SCP-3516-JPは右翼を右耳介に押さえた状態で、日本語を用いて業務内容及びその終了の報告を呟き、同様にSCP-3516-JP-A内から消失します。その後、SCP-3516-JPは覚醒し、非活性化状態になります。
特筆すべき事項として、対象は前述の出来事を現実で発生したものと同様に記憶し続ける事が挙げられます。
収容経緯: 2019/03/19、SCP-3516-JPはPAS日本支社 穴蔵支部が現在展開している「夢界で世界巡回ツアー」の原案が企画課に委託された際に、PASの監視活動を行っていた担当エージェントにより初めて認知されました。FP-06では財団=穴熊6間で締結された中立条約が適用されており、財団の直接的介入は不可能と判断されました。その為、外交・諜報部とPAS人事課の協議により、一定の範囲内でSCP-3516-JPに関する情報提供及び夢情報デコーディング装置の設置が承諾されました。
補遺1: 以下は、SCP-3516-JPの来歴に関する記録の抜粋です。
インタビューログ.3516-JP-4
対象: 竹原たけはら 登志喜としき氏(PAS日本支社穴蔵支部 人事課副課長)
インタビュアー: 西条さいじょう 絵菜えな研究員(SCP-3516-JP担当チーム/資産・人事部所属)
付記: 機密性を鑑み、当インタビューはサイト-81CH第3尋問室で実施された。また、インタビューの円滑な進行の為、SCP-3516-JPの名称は収容以前のもので統一している。
<記録開始,2019/03/24>
[重要度の低い会話を省略。]
インタビュアー: では、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?
対象: あぁ、すみません。やはり、こう改まってお話しするのは、どうも慣れないもので……。えぇ、私で良ければ、喜んで。
インタビュアー: ありがとうございます。では、アルフレッドさんの来歴についてお伺いしたいです。
[沈黙。]
対象: あぁ、彼の事ですか。恐らく社内では、彼との付き合いが一番長いでしょうね。
インタビュアー: 一番長い……ですか?
対象: えぇ……もう14年も前ですかね。そもそも彼は、人の手で飼われていたんですよ。
インタビュアー: 人の手……動物園のような人工繁殖でしょうか?
対象: いえ、紛う事なく個人の手で、ですよ。ダニエル・シートン……アルフレッドの育て親の名前です。フォークランド諸島で漁業を営んでいました。彼が着けているマントも、シートンさんの手作りなんです。寒さで弱っていたアルフレッドを保護して、そのまま飼う事になったそうです。無論、自治体や動物福祉団体の許可も得てからだそうで。……私も休暇でフォークランドを初めて訪れて以降、随分長い間お世話になりました。
インタビュアー: 成程……ちなみに、ダニエルさんは今何処に?
[長い沈黙。]
インタビュアー: 竹原さん?
対象: ……10年前、持病の肺がんが悪化し、すぐに病院に搬送されましたが……間に合わなかったそうです。
インタビュアー: [俯く]…すみません、無遠慮でしたね。
対象: いえ、もう整理は付いていますので。……そう言えば、ダニエルさんが一度だけ、私にアルフレッドの能力を見せてくれた事がありましたね。
インタビュアー: その時の事について、教えていただけますか?
対象: ええ、勿論。随分前に、ダニエルさんのご厚意で自宅に泊めさせてもらう事になったのですよ。夕食を済ませた時、「見せたいものがある」と言われて寝室に連れて行ってもらいました。何かと思っていたら、「これを飲んでベッドに横になってくれ」と、ダニエルさんから睡眠薬を勧められました。突然の事で驚いたのですが、「旅行に慣れている君だからこそ見て欲しい」と有無を言わせぬ口調だったので、促されるままに薬を飲んで眠りに就きました。
インタビュアー: 続けてください。
対象: ……衝撃でした。目を開けると、絶妙にバランスを保った真っ逆様なエッフェル塔が目前に広がっていたのですから。私も職業上、様々な場所へ旅行に行くのですが、それとは根本的に違っていた。宙に浮くグリーンランド、緩やかに波打つヒマラヤ山脈、15の文字盤が刻まれたビッグベン……記憶にしか留められないのがもどかしい程に、その全てが奇妙で美しかったのです。
インタビュアー: 成程。ダニエルさんはアルフレッドさんの異常性を理解していた訳ですね。
対象: えぇ。何時から理解していたのかは分かりませんが、随分と慣れている様でした。それこそ、異国の地にも拘らず、まるで自宅に居るかのように。それでも、両方とも子供みたいに目を輝かせていて……本当に旅行を愛していらっしゃる方でした。できる事なら、早く故郷に連れて行きたかったものです。
インタビュアー: 連れて行く、とはどういう事でしょうか?
対象: 彼は、時間が許せば旅行に行っていたそうです。彼と知り合ったのも、私が丁度ロンドン本社に勤めていた時でしたので、私が行った旅行の話を聞くのを楽しみにしていました。アルフレッドを育て始めてからは、一切行かなくなったそうなので。
インタビュアー: そこまで旅行が好きならば、アルフレッドさんを置いて行くのは……いえ、駄目ですね。ペンギンの飼育は困難で、1日でも世話が欠かせないと聞いた事があります。
対象: えぇ。ただ、一度だけダニエルさんに「最後には、アルフレッドを連れて故郷に帰りたい、アイツに生まれた場所以外の景色を直で見せてやりたい」と頼まれまして。恐らく、もう長くない事を悟っていたのかもしれません。こちらも、ブラジル支社や取引先の航空会社に掛け合ったり、体調を考慮した旅行プランの作成だったり、考えられる中で最善を尽くしたのですが……やっと実行に漕ぎ付けた頃には……残念ながら。
[沈黙。]
インタビュアー: ……分かりました。しかし、何故アルフレッドさんは穴蔵支部に?少なくとも、地理的にはブラジル支社やアメリカ支社の方が近いはずです。仮にネクサス支部でも、比較的フォークランドから近い所は
対象: 頼まれたのです、ダニエルさんに。「俺が居なくなった時には、フレッド7を君に任せる」と。勿論、他の支部に預ける事も考えました。その頃、私は本部から穴蔵支部へと異動になりましたからね。自然に戻すのも不可能ではない。ですが、彼は……アルフレッドは、私と着いていく事を選んだのです。
インタビュアー: その理由について、何か分かりますか?
対象: 私も真意は掴めませんが……恐らく、彼なりの償いなんだと思います。
インタビュアー: 償い、ですか。
対象: えぇ。彼は自覚していたんでしょうね、自分が飼い主の重荷になっていると。そして、その結果ダニエルさんは願いを叶えられなかった。……その後悔は、計り知れないものだと思います。だから、繰り返したくないんだと思います。自分のせいで何処にも行けないなんて事が無いように。……実際、現在行っている「夢界で世界巡回ツアー」も、基は彼が発案したものなんです。
インタビュアー: 成程……分かりました、以上でインタビューを終了します。ご協力いただきありがとうございました。
対象: いえ、こちらこそ。アルフレッドによろしく伝えてくださると幸いです。
<記録終了,2019/07/22>
補遺2: 2020年、サイト-81CHを中心に、ヴェール崩壊に備えた財団組織全体での改革を行うプロジェクト・カーテンコールの実施が開始しました。該当プロジェクトには、民間での異常認知人口の緩やかな増加の促進及び異常存在との共存社会における生活/文化/産業モデルの研究等、超常コミュニティとの協力が不可欠な活動が含まれています。その為、財団に対して協力的である点、超常技術の利用及びアノマリー職員の雇用に関して極めて寛容的である点、ネクサスの社会制度に対して一定以上の理解がある点等から、サイト-81CH評議会はPAS日本支社 穴蔵支部と共同して該当プロジェクトを推進する事を決定しました。それに伴い、SCP-3516-JPを始めとしたPAS職員が、本人の同意の下、異常認知人口増加プログラムの対象として選定されました。以下は、その記録の抜粋です。
映像ログ.3516-JP-144
対象: SCP-3516-JP/新見にいみ 俊一しゅんいち(民間人)
付記: 当映像は、SCP-3516-JPに装着された脳情報デコーディング装置を基に書き起こされたものである。
<記録開始,2023/10/03>
[SCP-3516-JPがSCP-3516-JP-A内に出現する。]
[新見氏がSCP-3516-JP-A内に出現する。]
SCP-3516-JP: 本日は、「夢界で世界巡回ツアー」にご予約いただきありがとうございます。私、ガイド員を務めます、アルフレッド・シートンと申します。よろしくお願いします。
新見氏: えぇ……お願いします。
[新見氏が周囲を見回す。]
SCP-3516-JP: 大丈夫ですよ、一種のアトラクションのようなものだと思ってください。では、早速ツアー開始と行きましょう。まずは、仄かに幻想が漂う、イギリスはロンドンから
[SCP-XXXX-JP及び新見氏以外の景観がホワイトアウトする。]
[ホワイトアウトが解消され、景観が再確認される。映像は多数の実体が行き交う昼間の駅構内を映している。]
SCP-3516-JP: キングス・クロス駅です。おっと、やや混んでいるので、はぐれないよう注意してくださいね。
新見氏: はい、分かりました。
[両者は駅構内を北西方向に移動している。]
SCP-3516-JP: 1852年に開業以降、実に1世紀半以上ロンドンの交通網を支え続けたキングス・クロス駅。かのJ・K・ローリングの著書『ハリーポッター』シリーズの数あるシーンの中でも群を抜いて有名なスポットがここにあります。
[両者は移動を止め、ある一点を見つめる。]
新見氏: 9と4分の3番線、そのプラットフォーム。
SCP-3516-JP: ご名答。現実世界では、ケースや籠ごと半分のめり込んでいるカートが印象的ですね。まぁ、ここでは
[SCP-3516-JPが壁に向かって左翼を振る。左翼は壁にめり込み、その場所から同心円状に波紋が発生する。]
SCP-3516-JP: このように、実際に壁の中に体を入れる事ができます。残念ながら入れられるだけで、お目当てのプラットフォームはありませんが。
[新見氏が壁への右手足の出し入れを繰り返す。]
新見氏: ……凄い。夢みたいだ。
SCP-3516-JP: 実際、夢ですからね。さぁ、列車が到着します。見に行きましょう。
[両者はプラットフォーム方面に移動する。移動の間、SCP-3516-JPはキングス・クロス駅のガイドを行う。]
SCP-3516-JP: さて、列車が来るまで、まだ時間がありますね。……そう言えば、先程ご覧になった、9と4分の3番線。あのロマン溢れる情景に、幼かった貴方はとても憧れていたそうですね。
新見氏: え?あぁ、はい。……小学校の図書館の隅っこで、時間を忘れる程にあの本を読んでいました。懐かしいなぁ、今の今までずっと忘れていました。
SCP-3516-JP: しかしその体験が、一人の小説家を育ててきた……そうですね?
新見氏: [俯く]…そんな、小説家だなんて。僕はただ、物書きの夢を捨てきれない、しがない本屋の店員です。
SCP-3516-JP: えぇ。ですが、貴方は
[両者の目前の乗り場に、インターシティー2258が到着する。]
SCP-3516-JP: あぁ、列車が到着しましたね。どうします、ご乗車されますか?チケットは事前に用意しております。
新見氏: [首を横に振る]…いえ、結構です。次の場所にお願いします。
SCP-3516-JP: ……承知しました。次に訪れるのは、潮騒の囁く北の大地、日本は北海道から
[SCP-3516-JP及び新見氏以外の景観がホワイトアウトする。]
[ホワイトアウトが解消され、景観が再確認される。映像は夕方の住宅街の中を海に向かって伸びる、舗装された道路を映している。]
SCP-3516-JP: 函館です。10月上旬はまだ残暑も残っているはずですが、ここは少しばかり寒いですね。
新見氏: えぇ……もう、冬が近いんですね。
SCP-3516-JP: 少しすれば、雪の便りも来る事でしょう。……一応お聞きしますが、ガイドは必要でしょうか?
新見氏: いえ、大丈夫です。それより、何処かに寄りませんか?お腹が空いてしまって。
SCP-3516-JP: 承知しました。5分程歩けば飲食店が見えるはずです。
[中略。この間、新見氏は海鮮丼を、SCP-3516-JPは魚介類と海藻のサラダを実食した。]
新見氏: ありがとうございました。すみません、ご馳走になってしまって。
SCP-3516-JP: いえいえ、これも業務の一環です。……それに、ここは貴方の生まれ故郷なんですから。
新見氏: ……やはり、故郷は恋しいものなんですね。18の時に、両親の反対を押し切って飛び出したあの夕方と、同じ空をしています。結局、上京しても僕は小説家にはなれず、夢を重荷に変えてまで自堕落に生きてしまった。きっと、昔の自分が今の僕を見たら、呆れて物も言えないでしょう。
新見氏: ……綺麗ですね、夕日。ここに来られて、本当に良かったです。
[新見氏が水平線を眺める。水平線が徐々に隆起し、太陽と見られる物体が隠れていく。]
新見氏: 夢は良いですね、現実と違っている事が当たり前として受け入れられるんですから。……何にも否定されず、そのままであり続ける事ができる。僕もそうあれたら、どんなに良かった事でしょう。
[SCP-3516-JPは沈黙し、新見氏を見つめる。]
SCP-3516-JP: ……どうしても終わらせたいのですか。貴方すら認められなくなった貴方自身を。
新見氏: 後悔が無いと言えば嘘になります。店長はずっと僕の面倒を見てくれたし、同僚にもお客さんにも恵まれました。それに、もっと物書きでいたかった。でも…[俯く]…文学賞に落選する度に、彼等の寂しそうな表情が頭から離れないんです。家に帰った瞬間に襲ってくる、「お前には何も無い」と泣き喚く劣等感が、胸を締め付けて苦しいんです。だから!……だから、もう僕は、何処にも行きたくないんです。
[新見氏がSCP-3516-JPに向き直る。]
新見氏: ありがとうございました、僕のわがままに付き合っていただいて。……どうかそのまま、空っぽな僕が消える事を許してください。
[長い沈黙。]
SCP-3516-JP: では、こちらからも。これ以降の事に関する全責任は私が負いますので、どうかご容赦くださいませ。
新見氏: え
[SCP-3516-JP及び新見氏以外の景観がホワイトアウトする。]
[ホワイトアウトが解消され、景観が再確認される。映像は暁前の海岸線を映しているが、周囲の様子は判然としない。]
新見氏: こ、ここは?
SCP-3516-JP: オーストラリア、シドニーです。[頭を下げて]…すみません、プラン外の事をしてしまって。責任は私が取りますので
新見氏: い、いえ、大丈夫です……が、何故ここに?
SCP-3516-JP: 生まれ故郷なんです、父親だった人の。
[沈黙。]
SCP-3516-JP: その人は大の旅行好きで、仕事以外ではずっと世界中を旅していたそうです。しかし、私を育て始めてからは、きっぱりと止めてしまいました。こうして幾度となく夢の中で旅行する事はありましたが、彼は満足しきれていないようでした。当時の私には、それが何故か分からなかった。
[SCP-3516-JPが海の方へ顔を向ける。]
SCP-3516-JP: それが分かったのは、彼が旅立つ前の話です。彼との最後の日々を、ここで過ごそうという話になりました。彼と準備をする時間は、今まで感じた全ての事よりもずっと楽しかったのです。[俯く]…結局、彼はとうとう故郷に帰る事はできませんでした。最後まで私の事を案じて、彼は先に旅立ってしまいました……他の誰でもない、私のせいで。
新見氏: ……ならば何故、貴方は此処にいるのです?その後悔を抱え続けたまま生きて、何になるというのですか。
SCP-3516-JP: 彼は今、旅をしている事でしょう。終わるとも分からない、幸福な旅を。彼にとっては願ってもいない事でしょう……できる事なら、私も一緒に行きたかったものです。……ですが、私は旅行を何も知りません。夢の中では一瞬で行けた場所が、現実では十何時間もかかるのが大半です。しかも、切符の取り方も、ホテルの予約の仕方も、ツアーの巡り方さえ、全くの初心者だったのです。それで行っては、却って彼を困らせてしまいます。
[水平線から太陽と見られる物体が上昇し始める。それに伴い、周辺の物体の輪郭が明瞭になる。]
SCP-3516-JP: また、彼と世界を巡りたいのです。あの世だとしても、私は全く構いません。その為には、色々な事を知らなければなりません。経験もまだまだ足りていません。ですが、それ以上に
[SCP-3516-JPが新見氏に向き直る。]
SCP-3516-JP: 準備をしている時が、旅行をしている時と同じくらい楽しいでしょう?
[沈黙。]
SCP-3516-JP: 新見様が今後どうなされるかは新見様ご自身が決めるものであり、私が介入して良いものではないと思います。ですが……せめて旅立つ準備をして、それでもう思い残すものが無い時に……その時に旅立っても許されるのではないかと、私は思います。
[新見氏が両手で顔を押さえて俯く。]
新見氏: ……良いんでしょうか。僕には、何にも無いのに……まだ、生き続けたいと、書き続けたいと思っても。
SCP-3516-JP: それが貴方の夢なのです。ならば、何にも否定されずに、貴方の中にあり続けられるでしょう。
[沈黙。]
新見氏: そっか、そうなんですね。[目元を拭う]…ありがとうございました。空っぽなりに、どうにか準備してみようと思います。本当に、ありがとうございました。
SCP-3516-JP: えぇ、こちらこそありがとうございました。それでは、良い旅を。新見様の新しい門出を、心よりお祈り申し上げます。
[対象がSCP-3516-JPに一礼した後、SCP-3516-JP-A内から消失する。]
[SCP-3516-JPが右翼を右耳介に押さえる。]
SCP-3516-JP: もしもし、只今業務が終了いたしました。あと……大変申し訳ございません、お客様が希望したプランと異なる場所に移動してしまいました。はい、処分については追って連絡を……え?「僕も一緒に頭を下げる」、ですか?いえ、それでは貴方の立場が…[溜息]…分かりました。ですが、何らかの形で責任は取らせていただきます。では
SCP-3516-JP: あぁ、「何故僕と一緒に来たのか」、ですか?……何回も聞いたでしょう、かなり恥ずかしいんですよ。……いや、これで清算は納得いきません。[笑い]…分かりましたよ、今日は特別な日ですからね。
SCP-3516-JP: 恩返しですよ。無理を言って私達の願いを叶えようと奮闘し、新参者の私に旅行のノウハウを教えてくれた、底抜けのお人好しへの。……ハッピーバースデー、竹原さん。すみませんが、プレゼントは今度渡させていただきますね。
[SCP-3516-JPがSCP-3516-JP-A内から消失する。]
消失直前に記録された映像
<記録終了,2023/10/04>
追記: 2024/06/21、新見 俊一氏の著書『暁の夢』が小説現代長編新人賞を受賞し、単行本の出版が決定した。その際、該当作品に映像ログ.3516-JP-144の内容を仄めかす描写が確認され、不必要なヴェールへの曝露を伴う可能性があるとしてPASと共同して審査する事態に発展した。結果的にオブジェクトとの関連性が断定/示唆される可能性は極めて低いと判断されたが、軽度の契約違反としてPAS日本支社 穴蔵支部情報管理課から新見 俊一氏に対しての注意措置が行われた。
また、SCP-3516-JPは中度の規律違反として1ヶ月の停職処分が下されたが、竹原氏の嘆願により、それ以上の処罰は不要であると判断された。
PASとの協力体制の構築以降、中国・四国地方を中心に民間人の異常認知人口は緩やかに増加しています。この体制が維持されたまま継続する場合、2042年までに日本の全人口が異常存在を認知し、比較的融和的なヴェール崩壊に到達すると試算されています。









