SCP-3527-JP。
特別収容プロトコル: SCP-3527-JPは標準的な買収・封鎖手順に従い一般社会から隔離されています。
説明: SCP-3527-JPは下限不明のエレベーターです。
SCP-3527-JPは「1」と「B」の2つのボタンで構成されており、搭乗者が乗って「B」を押すと、降下を開始します。一般的なエレベーターと異なるのは、SCP-3527-JPは何も操作しない限り降下し続けるという点です。調査によれば、これまで確認された事のある最下の階数は地下200階です。
SCP-3527-JPのもう1つの性質は、下降に付随して搭乗者の過去や未来を搭乗者に閲覧させる点にあります。SCP-3527-JPはランダムな階層で止まって扉を開くと、その際に搭乗者の過去や未来を当時の情景ともに再現したフロアを出現させ、過去や未来のシーンをそのフロア内で再現します。搭乗者が「1」か「B」どちらかのボタンを押せば扉は閉まり、該当するボタンの方向へと向かいます。
なお、下降していけばいくほど空気が薄くなっていく事が明らかになっています。エレベーター内で搭乗者が死亡した場合、SCP-3527-JPは即座に1階方面へと向かいます。ただし搭乗者は「1」を押しさえすれば、いつでも、安全に、地上へと帰還する事ができます。
許可なきアクセスは固く禁じられています。
補遺: 調査
SCP-3527-JPが発見されてから、専門的な検査を行うためにアルビン研究員が派遣されました。アルビン研究員の役目は、地下100階地点で専門的な検査を行い、SCP-3527-JPがどこまで続いているかを予測する事でした。以下はアルビン研究員による調査の抜粋です。
1階こちらアルビン・レーフグレーン。今回の調査対象はSCP-3527-JP、調査内容は専門的な非破壊検査による内部構造の把握だ。なお、エレベーター内では通信が弱くなって機能しないため、映像記録装置による録画という形で記録される。
…よし、こんなところかな。まぁ大した危険もないごく普通の任務だ、適度にリラックスしながらやる事にするよ。帰ったらいつものカプチーノを用意しておいてほしい。それじゃ、行ってくる。
B5ここの性質は…確か、過去から未来へのストーリーを情景にして見せてくる、だったな。さて、何階で止まって何を見せてくれるのかな?
B14おお、扉が開いた。この情景は…
(扉の先には、アルビンの実家のリビングがある。テーブルには「HAPPY BIRTHDAY」と書かれたケーキが乗せられている。)
俺の誕生日か。そう、俺は昔、星が好きだった。大きい星の飾りにチェリーの乗った赤い豪華なケーキ…食べ崩すのが惜しい宝物だと思った。
(3歳のアルビンはケーキに乗ったろうそくを吹き消す。)
いい情景じゃないか。さて、次へ行こう。
B22(扉が開く。アルビンが8歳の頃の情景が映し出される。スポーツコンテストで優勝し、トロフィーを持っている場面である。)
凄いな、当時の歓声も拍手もそのままだ。にしても懐かしい…俺は当時から、価値を示したがっていた。山のようにトロフィーと表彰状を集めた。その理由は…自分にしかできないものを任せられる人間になりたかったからだ。
今、それは実現している。SCP財団、世界最高峰の専門超常組織。そこで任せられる業務は、まさに自分にしか出来ないものばかりで、そしてそのどれも世界の命運を左右する。そう考えると…俺は幸せだと思う。
B55(扉が開く。アルビンが22歳の頃の情景が映し出される。大学院生として財団下部組織のインターンを受け、その最中に才覚が認められて財団からのスカウトを受けている。)
エージェント: アルビン・レーフグレーンさんですね?スペクトリア収納&防護Ltd.での研究活動、実に興味深く拝見しました。「360°動画の認知限界と半側空間無視による前頭機能への負荷」は大変優れた研究であったと思います。
アルビン: ありがとうございます…貴方達は?
エージェント: 私達は、あなたが今インターン生として研究している所より上にいる組織から来ました。「財団」と呼ばれています。
アルビン: 財団…何のご用でしょうか?
エージェント: あなたを「財団」の職員として招き入れるようお達しがありました。つまり、スカウトです。詳しい話は後程説明しますが、「財団」は間違いなく、世界で最も優れた研究組織であり…
アルビン: そこには俺にしか任せられなさそうな仕事がありますか?
エージェント: ええ、いくらでも。
この会話はよく覚えている。初めて財団からスカウトを受けた日、俺の価値が証明された日。財団である必要は当然なかったが、ここに来てよかったと思っている。
B67(24歳のアルビンは研究助手としてVR研究に勤しんでおり、夜3時に書類の山の中で頭を抱えている様子が映し出される。)
ここは俺が昔使っていた研究室か。そう、当時は大変だった。ここにいれば価値が自動で生まれてくるなんて事はない。全員が超一流で、競い合っている。昔からそうだったが、当時も今も、常に価値ある人間でありたいと願って、人よりも努力し続けている。
いい光景だ。良い情景だけじゃなくて、辛かった時期の情景も見せてくれる。
B70(25歳のアルビンが日本のサイト-8190へ異動となり、そこで楠木灯香[くすのき とうか]と出会っている場面が映し出される。)
灯香: (英語で) あなたがアルビン・レーフグレーンさんかな?ああ、急な異動になったのは知ってます、無理して日本語を話す必要はありません。ここの人達は基本的に英語を話せます。
アルビン: (日本語で) いえ、日本語も話せるようにしておきました。あなたが楠木さんですよね?ご活躍は伺っています、私と同じVR研究をしているのだとか。「VR環境における全面認識災害動画の効果とその戦術的適用」は大変興味深いものでした。
灯香: おや。私はギークですよ、アルビンさん。この後は時間があります、サイトのカフェをご案内するついでに…カプチーノでもいかがでしょう?あなたとぜひ話をしてみたいです。
ああ、懐かしい姿だな。
その後、俺達は自分たちの研究の話に華を咲かせた。その瞬間、カフェには大勢の人がいたはずなのに、俺達2人しかいないかのように錯覚したのを覚えている。
彼女こそ理想の人だった。
でも俺は、彼女を見捨てたんだ。
B78(26歳の誕生日、アルビンが楠木と会って水族館へと向かっている場面が映し出される。)
アルビン: 随分かわいらしい服を着てらっしゃる。
灯香: 普段は着飾ってない姿と白衣しか見せてないからね。さて、行こうか。日本の夏は外に出るもんじゃないってこの1年で分かったでしょ?動物園より水族館の方がいいの。
アルビン: ああ、日本の夏は湿度が凄いな…それじゃ行こう、職員の間でひそかに共有されているデートプランを組んできたんだ。
灯香: へぇ、楽しみにしてる。
彼女とはすぐに良い関係になった。元々趣味が合う…というより研究が趣味なタイプだ。財団はイマドキは割とホワイト企業っぽい節があるし、有休を山ほど取って彼女との時間に費やした。する話はいつも研究のことばかりだったが、それが楽しかったのを覚えている。
…そろそろ目的地に着くな。
B89(灯香が子を抱きかかえている場面が映し出される。アルビンが29歳の頃である。)
灯香: この子の名前は静波…シズハ・レーフグレーン、か。外国の苗字と合う名前をつけるのに苦労したね。
アルビン: ああ。この子を幸せにしていこう。今は財団職員同士での結婚もよくサポートが効くようになってきたし、お金のことはあまり心配いらないだろう。
灯香: そうね。シズハ、聞こえる?このザリザリした髭の人があなたのお父さんですよー。髭でケガさせないでね?
アルビン: 分かってるよ、ちゃんとするから。研究続きで身だしなみが整えられない時はどうもね…
灯香: ちゃんとシズハにも時間を割いてあげてね?
アルビン: ああ、そうするよ。
…あの頃を思い返すと、どうしてあんなことになってしまったのかと思うんだ。こうやって映し出されると、尚更思う。この世界はあまりにも残酷で、無差別に幸せを奪うんだ、と。
B91彼女と結婚して子供も出来て、生活は何もかも上手くいっていた。研究も落ち着いて出来たし、財団の育休サービスも手厚かったから彼女も一線から退いて子育てに専念できた。本当に、上手くいっていたんだ。
でも俺が30歳になった頃、サイト-8188で大規模な火災が起きた。原因は未だに不明…アノマリーの関与も疑われている。そこには彼女の旧来の友人が15人もいた。その15人全員が死んだ。それが彼女にとっての分水嶺になった。
次に見る光景は…分かっている。
B95 (アルビンが灯香とデスクで話をしている場面が映し出される。)
アルビン: 財団をやめる…!?いったいどういう…
灯香: ごめん、もう無理なんだ…私は子供と一緒に過ごしてきて、少し弱くなったみたい。生きなくちゃならない理由が出来てしまった。こんな大規模な事故が滅多なことじゃ起きないのは分かってるけど…人を失うのが怖くなった。
アルビン: …続けてくれ。
灯香: 友人が15人も死んだ。その15人全員の遺体を見て、耐えられなくなった。この15人全員にそれぞれの人生があって、それが一瞬にして永遠に失われてしまったことに。友人の中には、私達の結婚式に来てくれた人もいたし、私達と同じように子どものいる人もいた。子供は財団が引き取ってくれたらしいけど…それでもやっぱり怖い。
(沈黙。)
灯香: 私はね、もうここにいられるほど精神を保てない。だから…一般社会に戻ることにする。でも、そのためには記憶処理を受けなきゃいけない…あなたを無理に、それに巻き込むつもりはない。あなたは夢を語っていた。自分の価値を示すんだって、いつか管理官になって世界を動かす人になるって。その夢を私の一存で壊すつもりはないよ。だから…
アルビン: だから、俺には財団職員のままでいてほしい、って?それってつまり…俺達は別れて、もう二度と会えなくなるってことだろう?
灯香: 最終的にはあなたに選んでほしい。でも私は…私の研究をあなたに受け継いでもらって、もっともっと凄い人になってほしいと思ってる。だから…どうか私と別れて欲しい。お互い、歩める道はある。
価値を取るか、家族を取るか。その選択が迫っていた。でも俺が今ここにいるという事は…もう結末なんて分かりきっている。俺は、彼女と懇々話し合った末、財団職員であり続ける道を選んだ。管理官に選択を迫られた時、そう答えた。そして今の自分がいる。
もうこの先の情景を見る必要は無いだろう。B100階で検査をして、それで帰る。それだけだ。
B100(アルビンは専門的な非破壊検査を実施し、階層がどこまで続いているかを調査する。)
このエレベーターはまだまだ続いている。地下100階程度じゃ到底その底には辿り着けない。あまりにも遠い…いったいどうなってるんだ?このエレベーターは。ともかく任務は達成した…
…あと数階だけ見て帰るか。
B110(アルビンが管理官から選択を迫られる場面が映し出される。)
このシーンか。この選択をよく覚えている。
李管理官: アルビンさん。楠木さんが財団を辞められるという事で、あなたには2つの選択肢があります。1つは、楠木さんと共に財団を辞め、家族と共に過ごす道か、それとも楠木さんと別れ、1人で財団職員としての活動を続けるか。
(沈黙。)
李管理官: 回答の期限は今日でしたね。心は定まりましたか?
アルビン: ええ、もう私は決めました。後悔のない道を選ぶつもりです。
李管理官: そうですか。では尋ねましょう、家族と財団、どちらを選ぶのですか?
そう、俺は後悔しないよう、ここで財団を選んだんだ…
アルビン: もちろん、家族です。
…何?
李管理官: そうですか。それでいいのですね?
アルビン: はい。
李管理官: 分かりました。追って通知があると思います、それまでごゆるりとお過ごしください。
待て、待て!どういう事だ、俺はあの日確かに財団を選んだはずだ。この情景はどういう…
落ち着け。このエレベーターの異常性は、単に過去や未来を見せてくるわけじゃないのか?だとすると…
…このまま地下の階に進めば、俺が家族を選んだ世界線の未来を見せてくれるという訳か?
B111 俺は…後悔はしていないんだ。あの日財団を選んで、そして努力してきた。もっと良い業務を任されているんだ。だからこの先を見る必要はない…そのはずだ…空気だって薄くなってきている…これ以上は危険だ、1階を押さなければ…
何なんだ、この心のわだかまりは?どうして俺は1階を押せないんだ?
…酸素ボンベがある。まだ数十階は下降できる。
B112 (B110階の続きが映し出される。)
(アルビンは管理官室から退出する。管理官と秘書は話し始める。)
李管理官: …アルビンは家族を選んだ。であれば、この後の処遇は…
秘書: 我々の規定では、より良い業務を任せることとなっています。つまり、財団を辞めさせず、更に昇進させます。
李管理官: そうか。しかし普通逆ではないのか?家族でなく財団を選んだ忠義ある者こそ昇進させるべきなのでは?
秘書: 管理官、我々にとってはそうではないのです。我々はこのような場面を何度も目撃しています ― そしてその場面で家族を選んだ人間の方が、より生存率が高いという統計データが出ています。忠誠心の過剰な者は、いつも己の正義感に溺れ、成果を求め、早死にする傾向にある。そのような者に重要な業務は任せられないのです。
(沈黙。)
秘書: 家族とは帰るべき場所です。そのような生きる軸のある者は、より生への渇望が強い。そのような人間の方が、刹那的な人間よりも重宝されるべきです。
おい、おい、おい、何だよそれは!?家族を選んだ未来の方がより良い職務が待っていただと!?ふざ…ふざけるなよ。俺は…刹那的な人間だって?
秘書: 彼には財団に残ってもらう代わりに、グレードIの家庭的援助を確約しましょう。そして彼に箝口薬を投与する事で、財団の事は家族に話せなくなりますが、それでも家族と過ごせるよう計らいます。大丈夫です、財団職員と一般人の婚姻例はいくつもあります。
李管理官: ふむ…君達の判断を疑ったことはない。良いようにしてやってくれ。
秘書: ええ。我々は財団職員が自分らしいまま過ごせる事を願っています。
李管理官: これからもよろしく頼むよ、火急鎮静部門の皆さん。
なんだよ…何の茶番を見せられてるんだ?俺があの時やった選択は間違いだったのか?そんな事はない!俺は財団を選んで、そして重要な職務をやっている!世界の命運だって動かしてる!…でも…
…じゃあ、なんで今俺はこんな程度のアノマリーを検査してるんだ?
B120状況をまとめよう。このエレベーターは過去や未来を単に見せてくれるという単純なアノマリーではないらしい。これは…そうだな、未来を大きく変える重要な選択をした部分では、自分が選んだ方とは逆の未来を…つまり「選択しなかった方をもし選んでいたらどのような未来になっていたか」を見せるアノマリーだと解釈しよう。
俺はあの日、財団か家族を選択する場面で、財団を選んだ。そして今がある。だがこのアノマリーは、俺が家族を選んでいたらどうなっていたかを見せてくる。そして最悪な事に…家族を選んだ方が、財団を選ぶよりよい職務に就いていたらしい。
クソ。分かってる。もし俺が重要な職務を任されてるなら…こんなSafeクラスのエレベーターで検査なんてやってる訳がないんだ。認めなければならない。俺は今、俺にしか任せられなさそうな仕事をやらされている訳じゃない。ただちょっと専門知識を持ってるDクラスのような扱い ― これは言い過ぎかもしれないが、そんな感じだ。
B139(未来のアルビンは若い研究者たちと向き合って専門的かつ超常的なVR研究について話している。)
これは…教授?もし俺が家族を選んでいたら、俺は教授になっていたのか。それも、若い科学者に教える、財団の教授か。
(アルビン教授は非常に学術的な会話を通して科学者らと見聞を深めている。)
良い職業だ。俺は…本当はこんな事をやりたかった。なんで俺はこんな薄暗いエレベーターを、落下するように下へ下へ進んでるんだろうか…
でも、もういい。もうすぐ帰ろう。1階を押すだけでいいんだ。それでこのエレベーターは上にあがって、安全に帰還できる。このまま数階下がれば、恐らく灯香とシズハの笑顔とかがもうじき見れる…かもしれない。それだけ見て…帰ろう。
B150 (アルビン教授が管理官室に呼び出される場面が映し出される。)
アルビン: お呼びですか、管理官?
李管理官: アルビン、君は財団のためによく忠義を尽くしてくれた。今回呼んだ理由は、その忠義と実績への信頼をもって、君をレベル4クラス職員に格上げする事を依頼するためだ。
アルビン: 断る理由などありませんよ。
俺はまだレベル3の底の方にいるってのに、選択を1つ違えただけでこんなにも違うのかよ?
李管理官: その通りだろう。ただ、レベル4になれば、そこで思いもよらぬ事を知る事になる。それは…世界の真実だ。この壊れた世界について、君は知る義務を持つ。それでも良いか?
アルビン: ふむ…具体的に何を見せられるかにもよりますが。概要は?
李管理官: 君が一言イエスと言ってくれれば話を進める事ができる。すまない、こういう規定でね。
アルビン: いいでしょう。
李管理官: ではこちらの部屋へ来るといい。
この壊れた世界について…?俺は財団に入って十分な数の真実を目撃してきた。世界には山のように異常な事物があって、それを制御している。そのために十分すぎるほどの研究が行われ、国連や政府の影で暗躍してるって。それ以外にもまだ何かあるというのか?
B152 (アルビン教授が記憶保管室に呼び出される場面が映し出される。)
この部屋はなんだ…?膨大な数の資料が保管されている。この部屋には管理官しか入ったのを見たことないな。
李管理官: 記憶処理という技術は知っているね?
アルビン: ええ、知っています。記憶を消去する技術…
李管理官: 単刀直入に言おう。君が真実だと思っている君の人生の20%は、虚偽である。
アルビン: なんですって?
李管理官: 君は小学生の時にどの学校に通っていた?
アルビン: ロントーチ州立小学校です。
李管理官: それは違う。君は6年間その学校に通っていたと思っているが、実際には2年間、ノースフィンリェス区立小学校に通っていた時期がある。そのあたりが記憶処理され、改ざんされ、6年間同じ学校に通っていたと思い込んでいる。
どういう事だ。俺は確かに6年間ロントーチで…ノースフィンリェス区立小学校なんて知らない。
李管理官: 君の本当の人生はこっちに保管してある。この部屋に入って資料を見てくれ。
空気が薄い…だがこれは見る必要がありそうだ。酸素量は、あまり芳しくないが。
B155
記憶処理完遂記録 #155148
概要: ノースフィンリェス区立小学校にて認識災害性のある火災が発生。当認識災害は、目撃者に、炎に対する入り込み欲求と依存性をもたらすものであり、84名がこの炎を認識して炎の中に入り、死亡した。激甚性災害のため、関連する人員への記憶処理が行われ、学校に通っていた学生は別の学校へ転校となった。記憶処理の余波により、学生は転校ではなく、もとよりその学校に通っていたと認識する事となる。この認識を裏付けるための記憶改ざんはまた別に行われる。
李管理官: 君の受験期の記憶も虚偽が混じっている。
記憶処理完遂記録 #156723
概要: サウスフルニス図書館にて、異常芸術に関する知識を得た学生がその影響によって発狂し、人型の敵対的実体を召喚する魔法陣を描いた。受験期であったため多くの学生が館内に居合わせ、多数の人間がこれを目撃した。鎮圧後、記憶処理が行われた。
サウスフルニス図書館は爆発で壊れたって聞いてたが…本当はこんな事があったのか。
李管理官: そして、大学生の時の記憶も改ざんされている。
記憶処理完遂記録 #159881
概要: クロム・イムニェスという人物は、19歳の容貌で突如世界に出現し、カールスタード大学内に不明な方法によって在籍していた。その目的は不明であるが、多くの友人を作っており、異常に関連する知識を流布していた。クロムは秘密裡に処理され、友人らには記憶処理が行われた。
イムニェス、あいつは俺の友人で、転校した事になっていた。だが裏では…殺されていたのか。
李管理官: 君の人生には多くの虚偽が含まれている事がこれで分かっただろうか。
アルビン: ええ、十分に。
李管理官: 君が手に入れた友人との記憶、家族との関係、恋人、受験、そのようなものが本当は嘘なのではないかと考えながら生活する事になるかもしれない。実際その通りなのだから。君の人生に関わる記憶処理の経歴はいくつかまとめてあるから、この部屋で好きに見ていい。今日の業務はそれで終わりだ。
アルビン: ええ…とても驚いていますが、私には見る義務があるように思います。
B160十分に見たよ。記憶によれば俺は5歳にも10歳にもコンテストで優勝している、でもそれを証明する記録はない。記憶によれば俺は来栖ミツカやジム・ミシェルと3人でよく東京の美食を食べに行っていた、でもそれがいつ終わったのかを示す記憶はない。
リン・アシャール、パルヴァ・アンドレ、キム・ヨンス、三坂アツキ、俺はこの4人の名前を知らない。どうやら親友だったらしい。収容違反で死んだ。俺はそれに耐えきれなくなって記憶処理を申請して、それは受理されていた。
記憶処理された事さえも認識できない、記憶処理はそのレベルに達している。俺は財団に入って38回も記憶処理をしている。その38回の中で何百人という人間を俺は忘れたんだ?世界を構成するありとあらゆるものを俺は忘れてしまっていた。
そしてそれは灯香…あいつにとっても同じだ。あいつも記憶処理の影響を多分に受けている。本当の性格や人生も、記憶の欠落によって変わってしまっている。もともとあいつが俺と会う前は運転恐怖症で、車のエンジンを聞くと怖がっていたらしい。でもそんな話を聞いたことはないし、そもそもそんな記憶すらなかったんだろう。
俺が管理官に会うのは何回目だ?俺がSCiPと対峙するのは何回目だ?俺が思い悩むのは何回目だ?俺が彼女の手を握るのは何回目だ?俺がコンテストで勝ち取ったのは何回目だ?
人生が全て抜け落ちている。
B164俺は…もうどうすればいいのか分からなくなってしまった。灯香、シズハも記憶処理を受けている事を知ってしまった。当たり前に人の記憶が改ざんされ、そして誰もそれに気づかない。一般人も例外じゃない。
空気中に噴出された気化記憶処理剤を吸い込んだことに気づいた事はあるか?白衣の胸ポケットにあるペンが光ったことに気づいた事はあるか?学校や職場、自宅に黒いスーツのエージェントが訪れている事に気づいた事はあるか?
気付かないんだ。誰も、それに。
もっと酷いのは、記憶処理が一般社会に対し必要なのは、異常なものが出てきた時だけだ。そんな「異常なものが出てきた時」という機会がこれほどまでに多く、そしてほとんど全人類がそれを経験しているという事は、異常が山ほどこの世界を埋め尽くしているという事だ。
この世界のどこにも安全な場所なんて無いんだ。
財団に居ようが居まいが、何も変わらない。
B168空は青くなかったらしい。
[内部空気量が低下する。危険率: 30%。]
B170空気がない。もう帰らなければ…待て、これは…喧嘩してるシーンか?
(アルビンと妻は子供の将来に関して揉めている。妻はアルビンの肩を掴み、泣きながら訴えている。)
ああ、そうだな…あいつは暴力に頼ったりしないんだ。情に訴えるわけでもなく、ただ、正論で。
いい情景だな…このエレベーターは真実を見せてくれるわけじゃないんだ。事実をただ、淡々と見せてくる。嫌な情景だって見せてくる。だから、先を見たくなるんだ。
酸素がもうほぼ無くなってしまったな。
[内部空気量が低下する。危険率: 51%。]
B179(アルビンは空気量低下の影響で倒れ、再び立ち上がる。)
(扉が開く。アルビンの妻が子供をあやしている様子である。)
今、一瞬…こっちに向けて微笑みかけてるように見えた。幻覚か。
(アルビンは壁に寄りかかって座り込む。)
1階を押せばいいんだ。押せばいいだけなのに…
[内部空気量が低下する。危険率: 73%。]
B185不公平だ。
このエレベーターで知ったのは、自分の存在価値はたった1つの誤った選択のせいで無くなった事、そしてありとあらゆる記憶も改ざんされているという事への恐れだけ。
俺は知ってはならない事を知ってしまった。レベル3職員なのに、レベル4しか知りえない事を知ってしまった。だとすれば…これから帰っても待ってるのは、また記憶処理されていつもの日常に戻るという結末だ。なんてくだらない、ひどい結末だ。平和が苦痛だと感じたのはこれが初めてだ。
帰りたくない。真実を知ったままでいたい。そうでなきゃ、納得がいかない。1階を押して平和な世界へ戻るか?1階を押さず真実を抱えたまま死ぬか?
クソ。また…選択かよ。もううんざりだ。
でももう、1階を押せるほど…数歩歩くだけの体力があるだろうか?きっと無い。はは…1階のボタンを押すだけなのに、なんて、なんて遠いんだ。
幸せか幸せじゃないかも分からない、曖昧な日常に戻るなんて俺には耐えられない。だから俺は…ああ、カプチーノを用意して帰りを待ってる助手には申し訳ないけど…先に進む事にするよ。酸素ボンベももう要らない。この不条理な真実の先に、俺が見たい光景があると思う。それを見て、全部終わり。
これが俺の最後のメッセージだ。さよなら、とだけ伝えておくよ。
[内部空気量が低下する。危険率: 81%。]
B192(扉が開き、シズハの誕生日の情景が映し出される。壁一面に飾り付けがなされている。)
(テーブルの上には大きい星の飾りにチェリーの乗った赤い豪華なケーキが乗っている。)
(ケーキのろうそくはついており、灯香は部屋を暗くする。)
シズハ: パパは?
灯香: もうすぐ帰ってくるよ。
(シズハは扉の向こうに目を向ける。)
(扉が開く。)
[内部空気量が低下する。危険率: 90%。]
B200ただいま。
[内部空気量が低下する。危険率: 100%。]
[心肺機能が停止する。]
この後、エレベーターは自動で1階へと向かいました。1階の扉が開いた時、すでにアルビン研究員は壁に寄りかかって倒れ、死亡していました。遺体は回収されました。
アルビン研究員は笑みを浮かべていました。









