アイテム番号: SCP-3540-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-3540-JPは原理上完全な収容が不可能であり、また一般社会において広く認知されているものの、その発生確率を低下させることが可能であり、人類に対する直接的な脅威度は低いものとみなされます。
SCP-3540-JP-αの発生が確認された場合は、状況に応じて“幻覚”“見間違い”“珍しい自然現象”等のカバーストーリーを流布してください。記憶処理は推奨されません。
機動部隊こ-5(“ザ・ポニータイム”)はクリーピーパスタ、神話、民間伝承、都市伝説、怪談等、聞き手に恐怖を喚起させる現象や異常存在が描かれた物語群(以下、クリーピーパスタ群と呼称)を収集します。この活動は風説、インターネット、SNS、書籍等の媒体上で行われますが、これに限定されません。財団記録・情報保安管理局拾異課は収集されたクリーピーパスタ群を解析し、既知のアノマリーとの関連性の有無及び情報災害の有無を判定するとともに、非異常性であると判断されたクリーピーパスタ群をアーカイブ化します。このうち、SCP-3540-JPの発生率が高いクリーピーパスタ群は専用データベースにアップロードされます。担当職員は上述のデータベース上のクリーピーパスタ群を熟読し、物語の内容をわずかに改変した上で、一般社会において拡散してください。拡散の方法は口述が推奨されますが、状況に応じて他の方法を用いても構いません。
説明: SCP-3540-JPは普遍的形而上空間Non-inherent Space(以下、NiSと呼称)における無我的概念的実体(以下、SCP-3540-JP-αと呼称)の行動が、基底現実(形而下)において生物に認識される現象です。NiSは人類を含むあらゆる生物の無意識下と接続した概念的空間であり、生物の記憶や想像がシャドウとして反映されます。SCP-3540-JP-αはNiSに遍在する無数の細分化された概念的エレメントにより構成され、NiS内を伝播/拡散する点で夢界実体(dream entities)に類似しますが、下記の点で明確に区別されます。
普遍的形而上空間とSCP-3540-JP-αの模式図(クリックで拡大)
- 自我を有さず他律的に行動する。
- 周囲の概念的エレメント濃度に影響を及ぼす。
- 同時に複数の生物の意識体に認識され、形而下での覚醒状態の認識に影響を与える。
- “対象は異常な存在/現象である”“対象は実在する”という概念エレメントを主要な構成要素とする。
SCP-3540-JP-αはNiSにおいて特定のエピソードに紐づいた記憶・想像のシャドウを核に、周囲の概念的エレメントが結合して構成されます。SCP-3540-JP-αはNiSにおける生物の意識体と類似した行動を示しますが、その活動は自身の核となるエピソードが周辺の概念的エレメントに反応して起こる現象であり、一定の規則性が見られる他律的活動であると推測され、自我を有さないと考えられます。
基底現実で認識されるSCP-3540-JP-α(クリックで拡大)
SCP-3540-JP-αは周囲の概念的エレメントと接続しているため、常に自分自身を構成する概念的エレメントを断片化し、NiSに放出し続けているため、通常は長く存在を維持できません。しかしながら、同種のSCP-3540-JP-αが存在した場合は互いに接近、接触、融合し強大化します。これにより概念的エレメントを長時間放出し続け、周囲のNiSの概念的エレメント濃度に影響を与えます。同時に、NiSと接続していることで、SCP-3540-JP-αの活動と連動して概念的エレメントにゆらぎを生じさせ、揺らぎは更に周囲の概念的エレメントへ波として伝播し、生物の無意識領域に到達します。これにより無意識領域はSCP-3540-JP-αを認識、観測し、個々の脳へ記憶/想像をフィードバックします。この結果、形而下において複数の生物が同時にSCP-3540-JP-αを認識するに至ります。
エピソードと紐づいた記憶や想像は、NiSにおいてシャドウを核とし、概念的実体を構成します。フィクションの概念的実体に対しては、その“実在しない”という概念が構成要素の大半を占めるため、形而下で認識された場合も対象は幻覚や錯覚、白昼夢等と考えられる結果に終わります。しかし、恐怖を伴う物語は聞き手に“実在する”ことへの恐れを抱かせ、深層心理において“存在する”ことを確信させるため、形而下で認識された場合は対象が実在する怪奇的存在だと見なされることに繋がり、結果的に恐怖を想起させるクリーピーパスタ群がSCP-3540-JPを生み出す原因となります。
以下は、SCP-3540-JPの発生プロセスです。
<フェーズ1>
クリーピーパスタ群と接触した人物が、描かれた異常存在/現象に恐怖を抱く。
恐怖により防衛機構が機能し、無意識下において対象を“実在する”と認識し、遭遇した場合のシュミレーションが行われることで、NiSにおいて対象のイメージが投影される。
<フェーズ2>
NiSに投影されたイメージが周囲の概念的エレメントと結合し、概念的実体として活動を開始する。
<フェーズ3>
特定のクリーピーパスタ群に対して複数の人物が類似するイメージを抱くことにより、SCP-3540-JP-αが結合と同化を繰り返し、存在を強大化し、NiS内において活動を開始する。
フェーズ3に至った概念的実体をSCP-3540-JP-αと呼称する。
<フェーズ4>
強大化したSCP-3540-JP-αの活動によりNiS内の概念的エレメントが揺らぎ、周辺の無意識へ波としてその運動を伝達し、生物の意識体に認識される。
意識体が認識したことで、脳を介して覚醒状態の生物に認識される。
<フェーズ5>
生物が覚醒状態でSCP-3540-JP-αを知覚したことでその存在をより確信し、NiSにおけるSCP-3540-JP-αの存在がより強化される。
以下、フェーズ4・フェーズ5が繰り返されることでSCP-3540-JP-αを知覚する人間が増加する。
フェーズ4に至ったSCP-3540-JP-αは、元となったクリーピーパスタ群に対応した容姿や異常行動をとる存在として認識されるため、SCP-3540-JPの発生が放置された場合はヴェールの崩壊へ繋がることが懸念されます。フェーズ4に達したSCP-3540-JP-αは形而下で認識されることで自己完結的に強大化し続けるため、クリーピーパスタ群自体の消去はSCP-3540-JP-αの無力化に有効ではありません。しかし、特定のクリーピーパスタ群の内容を僅かに改変し拡散した場合、無意識下でその実在性に疑念を生じさせ、SCP-3540-JP-αが形而下で認識された場合も“実在しない”と認識させることに繋がるとともに、これらの差異によりNiSにおける“共通のイメージ”が不安定化され、概念エレメント同士の結合・融合そのものを阻害されるため、SCP-3540-JPの発生を阻止することが可能です。
補遺1: “語られる怪異に関するオリエンテーション”抜粋
以下のドキュメントは“語られる怪異に関するオリエンテーション”書き起こしの抜粋です。
記録日: 1998年7月4日
演題: 語られる怪異に関するオリエンテーション
講師: 財団神話・伝承部門上席研究員 東国克生
皆さんが目を閉じても私の顔を思い出せるのは、それがエピソードに紐づいた記憶だからです。では、私の胸ポケットに挿されたペンの色と数は? 顔と同じく視界に入っているはずなのに、すぐに思い出せる人は少ないでしょう。それは、エピソードに紐づいていない、重要ではない記憶だからです。
人間の脳が蓄えられる記憶には上限があり、感覚器から得られた情報は脳により無意識的にフィルタリングされ、重要ではない情報は急速に忘却されます。この時、普遍的形而上空間ではそれら重要でない記憶は、ペンならば赤や黒、棒状といった情報の断片に分解され、周囲の情報の破片と混じり合い、元の姿を失います。
普遍的形而上空間とはいわば、人類がこれまで有してきた膨大な記憶やイメージ、アイデアといった概念の断片が混ざり合った広大な概念の海です。重要ではない概念は、海にこぼされたミルクのように希釈され、概念の海の一部と化していきます。しかし、エピソードに紐づいた概念はエピソードを核として結束し、拡散を塞いでその存在を保持します。
これが、概念的実体です。
小さな概念的実体は単独ではプランクトンのように小さく、時と共に自らの概念を周囲に放出し、最後は海に取り込まれてしまいますが、大勢の人間が共有した記憶やイメージは同種の概念的実体同士で融合していき、魚のように大きな存在となります。この段階に達した概念的実体は、あたかも魚のように海を移動しますが、これら概念的実体に自我は無く、自身を構成する概念と類似する他の概念に引き寄せられ、あるいは自身と矛盾する概念への反発により起こるもので、プログラムに似た他律的な原理での運動です。
また、概念的実体はこの運動の過程でも、常に自身の概念を放出し続けます。自分と類似した概念が多い、つまり多くの人間に記憶されたり想起されたイメージほど巨大化していきますが、同時に放出される概念も比例して大きくなります。類似した概念がそれを下回った場合、概念的実体は縮小していき、人々から忘れられ、イメージされなくなった時に概念の海へと溶けていくのです。
一方、我々のように自我を持つ存在の意識体は、概念の海に溶けたり、あるいは意識体同士で融合することはありません。これは、我々の自我が無意識的に“自己”と“他者”、そして“世界”を認識し、区別しているためです。この区別が“私は私であり、他者は他者であり、私と他者は違う。”という概念を常に生み続け、これが普遍的形而上空間において自他を分ける壁、概念の海に浮かぶ舟となるのです。
舟の内は無意識であり、その中央には意識体、つまり自我があります。舟により、自我は他の概念と直接接触し、融合したり崩壊したりすることなく外の海を観測し、他の自我や概念的実体を認識できるのです。そして自我が認識した他者や概念的実体は脳にフィードバックされ、脳により感覚器から得られた情報と照合され、その存在が何者であるかを認識します。
存在を認識するとは何か? 例えば、私が持つこのペンは市販されておらず、皆さんはこのペンを見た記憶はないはずですが、それでも、見たことが無いこの棒状の物体をペンだと認識しているでしょう。それは、脳がこの棒状の物体を観測すると同時に、普遍的形而上空間では無意識が類似する“ペン”の概念的実体を観測し、照合し、ペンであると認識しているのです。
そして、このメカニズムにより、人間は時として現実に存在しえないモノ、“怪異”を観測します。概念的実体は記憶だけではなく、イメージによっても構成されます。つまり、現実には存在しないモノもまた、概念的実体を生み、意識体に認識されることで、形而下の脳がそれを認識してしまうのです。
現実に存在しないモノ、例えばフィクションの登場人物などを形而下で視認したり、声が聞こえたりしたとしても、それがフィクションであると認識されていれば、それは幻覚や気のせいで済まされます。しかし、フィクションと否定しきれないモノ——つまりクリーピーパスタや怪談で語られる怪異たちが形而下で認識されれば、それが現実であると認識される可能性があります。恐怖と共に語られる物語は、聞き手に“それが現実にあって欲しくない”と思わせ、無意識の防御反応により、それと遭遇した場合の対処をイメージさせ、逆説的にフィクションであることが否定されるのです。
古来より“怪を語れば怪が来る”と言われますが、迷信ではありません。数多の人間が怪異を語ることで“怪異”が育ち、形而下において数多の人間に認知されるのです。
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