僕は今、サイト-001の一角に置かれたソファーに腰かけている。もう1時間は、この状態で待たされている。時刻は10時を回っているくらいだが、身体を包む疲労感のせいでこんな時間から睡魔が襲ってくる。
「まだかなあ、呼び出し……それに、ライトさんも遅いし」
正直、今すぐ寝ていいと言われればいつだって眠れる状況にある。元々自分はファウンデーション・コレクティブ職員なので、眠くなくともいつだって入眠できるよう訓練されている。そんな自分が今、猛烈な睡魔に襲われている。正直、耐えるのがしんどい。さっさと眠ってしまって、夢の中での仕事を片付けてしまいたい。
ただ、今回ばかりはそういうわけにもいかない。何たってこれは、O5-8からの直々の呼び出しなのだから。
「はあ……にしても、どうしてこんなことになったんだっけ」
僕はふと思い立ち、手元の端末をいじる。そして、事の発端が書いてある例のファイルを開く。もう何百回と見たその文字列に反射的に「うっ」となったが、僕はそのままファイルを読み進める。
収容クラス: Explained
機密
特別収容プロトコル(アーカイブ済): SCP-3554-JPはサイト-909の標準収容ユニットに収容されています。収容状態維持のため、週末に元財団職員であるDクラス職員1名をSCP-3554-JPに投入します。
説明(アーカイブ済): SCP-3554-JPは自我と精神操作能力を有する大型の破砕機です。SCP-3554-JPの精神操作能力はテレキル合金によって阻害することが不可能であり、その有効範囲はサイト-909敷地内全域に及ぶことが判明しています。
2010/03/05、SCP-3554-JPはSCP-J57Cの特異性試験中に偶発的に発生しました。SCP-3554-JPは「自身が財団によって生成された」ことを理由に財団を憎悪していると主張しており、週に1度自身の精神操作能力を用いて財団職員1を自身の投入口へ投身させようと試みます。この行動は、既にその週に財団職員ないし元財団職員が投身していた場合は行われません。
「そういや、一番最初はこんな話だったな……懐かしい」
僕は端末の画面をスクロールしながら、あまり喜ばしい類とは言えない懐かしさを覚える。僕の、僕たちの苦労が始まった最初の文面。もうとうの昔にアーカイブされたその文面こそ、僕たちが最初に相対したものだった 確か、当時のクラスはEuclidだったっけ。
事の発端は、去年の8月頭。僕たち内部保安部門のいちチームのところに、1通のメッセージが届いたことだった。そのメッセージは匿名で、内容も開かずにプレビューに表示されるほどのたった1文だった。
『SCP-3554-JP関連ファイルを読め』
実に奇妙な内容だった。そのアイテムは、僕たちのチームの管轄外にあった。他のチームによって監査が行われているはずの、特に問題のないSCiP。それが、当初の僕たちから見たSCP-3554-JPだった。
しかし、1点奇妙な点があった。それは、その要求セキュリティクリアランスレベルが4だったことだ。4 つまり、Bクラス以上の財団職員でなければアクセスできないファイル。一応、僕たちは内部保安部門ということで、SCLもギリギリ4だった。だから僕たちにはアクセスできたわけだが……そんな高機密のファイルを見ろという内容のメッセージが何故、しかも匿名で送られてきたのかはわからなかった。
とにかく、僕と相方の先輩ライトさんはまずそのメッセージを送ってきた相手の追跡を試みた。得体の知れない、匿名のメッセージにそのまま従うことはできなかった。しかし、RAISAにも手伝ってもらったが、結局それはわからずじまいだった。
しばらく悩んだ末、僕たちはとりあえず言われるがままそのファイルに目を通すことにした。クリアランスレベル4の、RAISAがしっかり管理している領域のファイルだ。認識災害などが仕込まれていることはないだろうという判断だった。そして実際、そんなことはなかった。代わりに僕たちが目にしたのは、驚くべき内容だった。
補遺3554-JP-EX.1: 内部保安部門による疑義
2015/08/13、アナステイジア・ライト内部保安部門エージェントおよびジョセフ・カオ同部門エージェントが、SCP-3554-JPの収容状態に対する疑義からサイト-909への調査を開始しました。以下は内部保安部門によって行われた、サイト-909職員であるアンリ・ルベ心理学部門上席研究員へのインタビューの内容です。
映像記録
<記録開始>
インタビュールームの机にて、ルベ上席研究員に向かい合う形でエージェント・ライトおよびエージェント・カオが座っている。エージェント・ライトは机に両足を乗せた姿勢である。
エージェント・カオ: えー……では始めましょう。ルベ上席研究員、あなたはSCP-3554-JPの発生した実験の主任であり、そして現在のSCP-3554-JPの収容責任者でもある。つまり、SCP-3554-JPの収容状況に関してはあなたが最もよくご存じであり、なおかつ最も責任をお持ちの立場にあるということです。そうですね?
ルベ上席研究員: ……ええ。
エージェント・カオ: では、これより行われる質問に対して虚偽の回答を行った場合、あなたは財団職員規定第13条第2項に基づき
エージェント・ライト: あー、やめやめ。ルベさん、まどろっこっしいのは無しにしましょうや。要するにね、あたしらはおたくらの例のSCiPの扱い方がおかしいんじゃねえのって話をしに来たんですよ。おわかりでしょ?
沈黙。
エージェント・ライト: まずね、あたしらはここに来るまでに片っ端からおたくらの書いたファイルに目を通したんですよ まあ、言うてそんな数なかったんですけど。んでね? それを読んで思ったのは、おたくらほんとにきちんと特異性試験やったんかってことなんですわ。
ルベ上席研究員: ……どういうことでしょうか?
エージェント・ライトがバッグから資料を取り出す。
エージェント・ライト: まずね、えー……そうそう、この「テレキル合金がー」のくだり。試験結果とかも目え通しましたけどね、正直言って納得いかないんですわ、これが。あの最強のテレキル合金が効くか効かないかっていうすんごい大事な実験が、たったの1回しかやられてない。ね?
沈黙。
エージェント・ライト: それに、ここ。プロトコルでも言われてる「財団職員を食らうと沈静化する」って話。これもよくわかんない。添付資料だと確かに「精神操作能力の応用で財団職員かどうか判断してる」って結論になってますけどね、そもそもたまたま生まれたSCiPの思考を断定してる時点であんまし納得がいかないんですわ。
ルベ上席研究員: それは、あなたがたの読み込みが甘いだけではないでしょうか?
エージェント・ライト: へえ?言うじゃない。説明してもらえます? 納得いくやつ。
沈黙。
ルベ上席研究員: ……例のSCiPの精神操作能力に関しては、疑いようがありません。添付資料にもあるように、我々は例のSCiPにテレパシーで交流を試みられ、またその結果として人的資源の投入を契約として締結したのですから。あなたがたもご存じでしょう?
エージェント・ライト: いやあ、とは言えどもね、ルベさん。あたしゃ納得いかねえなあ。だって、それって外っ側からどうやって確認するんです? 具体的な記録は? まさか、この「テレパシーで交信されましたー」のくだりだけで終わりってんじゃないでしょうね?
ルベ上席研究員: それは……
沈黙。
エージェント・ライト: それは?
沈黙。
エージェント・ライト: ありゃりゃ、だんまりですか。こりゃ決まりかな。あれ、ひょっとして何の特異性もないただの破砕機なんじゃないの?
ルベ上席研究員: なっ
エージェント・ライトが、机から両足を下ろす。
エージェント・ライト: こりゃあ大問題ですよ、ルベさん。おたくらね、SCiPでも何でもないただの破砕機にこの5年バカスカDクラス放り込んできたっていうことになる。そして、その責任を取るのは収容責任者のあんただ、ルベさん。
ルベ上席研究員が立ち上がる。
ルベ上席研究員: 馬鹿なことを仰らないでいただきたい! 私がそんな
エージェント・ライト: で、だ。あたしらが知りたいのはこっからなんですよ。こんな適当なファイルで適当に管理されてきた偽SCiPが、いったい何で5年間も誰にも見つからずに済んできたのか。あんた、何か知ってんじゃないの?
ルベ上席研究員: な 何を馬鹿な……
エージェント・ライト: 言っとくけどね、ルベさん。この責任はあんた1人がDクラスに降格んなって取れるもんじゃない。これまで例のSCiPもどきの収容に関わってきたあんたの部下も、責任の一端っていうもんを背負わされることになる……あー、そうそう! 確かおたくの奥さんもいましたっけねえ!
ルベ上席研究員がエージェント・ライトの胸ぐらをつかむ。
ルベ上席研究員: ふざけるな、このクソ女!
エージェント・カオ: ライトさん!
エージェント・ライト: 何慌ててんだ、坊主。こっちに大義名分ができたっちゅうによお……さあて、ルベさん。これであんたもう逃げられねえよ。こんなやっすい挑発に乗っちゃって、天下の内部保安部門エージェント様に手え出しちゃったからにはどっちみち、あんたの手に握られてんのはあたしのスーツじゃなくて豚箱行きのチケットだ。
沈黙。
エージェント・ライト: で、だ。もう一度言わせてもらいますけどね、こんなガバい状況がこの5年間暴かれずに来たってことは、裏で糸引いてるやつが必ずいるってことだ。そしてルベさん、あんたは絶対その誰かを知っている。吐いてもらいましょうか、今すぐ。ねえ、犯罪者のアンリ・ルベさん!
沈黙。
ルベ上席研究員: ……部門。
エージェント・ライト: はい?
ルベ上席研究員: 欺瞞部門! ダコタ・ホワイト博士! 私は彼女に言われてあのSCiPを収容してきただけだ! それ以上は何も知らない!
エージェント・ライトとエージェント・カオが目を合わせる。エージェント・ライトはルベ上席研究員に向き直る。
エージェント・ライト: ……財団職員規定、第13条第2項。
ルベ上席研究員: 本当だ! 私はただ言われた通りにDクラスをあのSCiPに投入してきただけだ! ああそうさ、試験なんてやっちゃいない! 欺瞞部門が全部でっち上げたことだ! 私はそれ以上何も知らない!
エージェント・ライトがルベ上席研究員の手を払いのけ、ルベ上席研究員が倒れる。エージェント・ライトは席を離れ、インタビュールームの扉へと向かう。
エージェント・ライト: ようし、進展だ、坊主。早速次の調査と行くぞ。
エージェント・カオ: あ、はい!
ルベ上席研究員: ま 待ってくれ! これで妻は、妻だけは罪に問われ
エージェント・ライトがルベ上席研究員に振り返る。
エージェント・ライト: ゴミ野郎の家族なんざ知ったこっちゃねえや。
エージェント・ライトとエージェント・カオが退室する。
<記録終了>
上記インタビューの内容から、SCP-3554-JPが虚偽の特異存在であること、およびその偽装に欺瞞部門が関与していることが可能性として浮上しました。これを受け、SCP-3554-JPの収容クラスはPendingに再分類されました。また、ルベ上席研究員は内部保安部門によって調査の対象としてSCP-3554-JP収容業務から離任され、その他のSCP-3554-JP収容担当職員も同様に離任されました。
そうそう、これが僕たちがまず直面した現実だった。これまで数多くのDクラス職員を食らってきた破砕機が、実は特異性のないただの機械だったという現実。もちろん当初は可能性にすぎなかったが、それでも当時の僕は面食らった。そして、僕たちがルベ研究員を問い詰めたとき、僕はもう一度面食らう羽目になった。可能性にすぎなかった話がほぼ事実となったこともそうだが、その背景にあの欺瞞部門がいるという話に。
欺瞞部門。一般大衆に対してカバーストーリーを流布することを担う、財団でも重要な役割を担う古参部門の1つ。裏に誰かがいるのは明白だったが、当時の僕たちは何故そこであの欺瞞部門が出てくるのかまるでわからなかった。だって、今回の事件は完全に財団内で完結している。少なくとも、一般大衆を相手にする彼らが出張ってくる必要性はまるで無いはずだった。
とにかく、僕たちの次のタスクは欺瞞部門を監査することとなった。そして、僕たちは第一の真実に辿り着くことになる。
補遺3554-JP-EX.2: 欺瞞部門への調査
2015/09/02より、エージェント・ライトおよびエージェント・カオによって、ルベ上席研究員の証言にて言及された欺瞞部門所属のダコタ・ホワイト博士に対する調査が実施されました。その後、ホワイト博士に対しインタビューが実施されました。
映像記録
<記録開始>
インタビュールームの机にて、ホワイト博士に向かい合う形でエージェント・ライトおよびエージェント・カオが座っている。エージェント・ライトは机に両足を乗せた姿勢である。
エージェント・カオ: えー、では
ホワイト博士: 前置きは結構。事情はこちらも既に把握しています。
沈黙。
エージェント・ライト: そいつあ話が早い。じゃあ単刀直入に伺いますがね、あんたルベ研究員に何であんなことさせたんです? 欺瞞部門のあんたが、ですよ?
ホワイト博士: お答えすることはございません。
エージェント・ライト: それは困るなあ、ホワイトさん。事情は把握してるってんなら、今がどんだけとんでもない話になってるかもわかってるでしょう。Dクラスとはいえ、人が大勢死んでるんです。具体的な数も教えましょうか? え?
ホワイト博士: 結構です。
沈黙。
エージェント・ライト: ……あー、らち明かねえ。おい、坊主! 例の資料出せ、資料!
エージェント・カオ: あ、は はい!
エージェント・カオがバッグから資料を取り出し、エージェント・ライトに手渡す。
エージェント・ライト: あい、サンキュー……ほれ、ホワイトさん。これ、何だかわかる?
エージェント・ライトがホワイト博士に資料を見せる。ホワイト博士が目を見開く。
ホワイト博士: なっ
エージェント・ライト: おっ、良いねえその顔。女の美しさってのは不意の一瞬に出るからねえ……見りゃあわかる通り、こいつはRAISAのサーバーにおける例のSCiPの関連ファイルへのアクセス記録だ そう、あんたじゃなくて、弟さんのジェームズ・ホワイト技術士のな。
ホワイト博士: あの馬鹿!
エージェント・ライト: あんたの弟さんは、ルベさんが作成した一連のファイルのクリアランスレベルを4まで引き上げた。もちろん、RAISAのお偉方の許可は得てねえ。そして、弟さんはアクセス履歴をそのまま消去して全部なかったことにしたわけだが……残念ながら、データを完全に消去し損ねたらしい。優秀なあんたとはまるで違う凡ミスだねえ、こりゃあ。
沈黙。
エージェント・ライト: さて、ホワイトさん。これであんたに繋がる証拠がまた1つ増えたわけだ。これでもまだ黙秘するかい? 個人的にゃあ、全部吐いて楽んなっちまったほうがいいと思うけどなあ。ま、あたしだったらそうするってだけの話だけど。
沈黙。
ホワイト博士: ……認めます。確かに、私はあのSCiPをでっち上げました。ルベ研究員と、弟の協力を得て……
エージェント・カオ: でも、何故ですか? 僕には、その理由がまるでわかりません。あなたは欺瞞部門の所属だ、本来あなたの相手は一般社会のはずでしょう。なのに、何故……
沈黙。
ホワイト博士: ……実験に使うDクラスの選定は、全て私が指示したものです。
エージェント・カオ: え
エージェント・ライト: ……へえ?
ホワイト博士: あなたたちも、あの報告書を読んだのでしょう? なら知っているはずです、あのSCiPに用いるDクラスは、元財団職員 つまりは、元々博士や研究員、エージェントに技術士といった、財団内で真っ当に働いていた人間たち。そして……それが、アイテムの私的利用や非人道的な実験といった、邪悪な罪を犯したことで降格になった者たち。私が殺したかったのは、そういった人間たちです。
沈黙。
エージェント・カオ: ……許せなかった、というわけですか?
ホワイト博士: はい。別に、外部から雇用されたDクラスを優遇していたつもりはありません。ただ、どうしても許せなかった。彼らに、なるべく苦しく、そして無意味に死んでいってほしかった。それが、犯行の理由です。
沈黙。
エージェント・カオ: ……あなたのお父さんは、元サイト管理官でしたね。
ホワイト博士: ええ、「元」ね。本当に……どうしようもない、恥ずべき人間でした。脳みそが海綿体でできていたくだらない男。Anomalousアイテムの、部下に対する私的利用……権力と立場を悪用した、下卑た行いでした。だからこそ、あの男をあの破砕機に放り込めたときはせいせいしましたよ。解放された気分でした。
エージェント・ライト: ……それで、あんだけの元職員を? あんたの父親以外は、無関係の他人だろうに
ホワイト博士が立ち上がる。
ホワイト博士: あなたたちには! あなたたちには……わからないのよ。私の思いも、苦しみも、何もかも。永久に、そう、永久に……
ホワイト博士が座り込み、頭を抱える。
エージェント・カオ: ……事情はわかりました。しかし、あなたがたのしたことは、許されないことです。これから、あなたは内部保安部門による懲罰を受けることになるでしょう。
ホワイト博士: ……ええ。わかっているわ。きっと、私も弟も、父と同じ地獄に行くことになるでしょうね。
エージェント・ライトが、机から両足を下ろす。
エージェント・ライト: ……これだけは言っておくぜ、ホワイトさん。親父さんのせいで狂っちまった悲しき悪役を気取ってるとこ悪いが、あんたらは無関係の人間たちをその計画に巻き込んだ ルベさんたち、例のSCiPの収容チームだ。あんたはその立場を利用してルベさんを脅し、その部下まで無自覚な実行犯に仕立て上げたわけだ。
エージェント・ライトが立ち上がる。
エージェント・ライト: ……あんた、親父さんと何も変わらねえクソッタレだぜ。
エージェント・ライトとエージェント・カオが退室する。
<記録終了>
エージェント・ライトおよびエージェント・カオの調査結果を受け、内部保安部門はホワイト博士、ホワイト技術士、およびルベ上席研究員に対しDクラス職員への降格処分を言い渡しました。また、ルベ上席研究員を除くSCP-3554-JP収容担当チームにも同様の処分が下される予定でしたが、エージェント・ライトの提言によって1ヶ月の謹慎処分に変更されました。結果、SCP-3554-JPはExplainedクラスに再分類されました。
当該インシデントを受け、2015/09/28、内部保安部門および倫理委員会による連名で以下の内容の声明が出されました。
これが、僕たちの辿り着いた答えだった。ある姉弟が起こした、実に空虚で愚かな犯罪。結局、ルベ研究員を含む3人は、彼らが今まで破砕機に放り込んできたDクラスに降格されてしまった。
そしてこの件は、倫理委員会と、僕たちの所属する内部保安部門が共同声明を出すほどの騒ぎとなった。まあ、当然のことだと思った。だって、これまで大勢の人たちが、収容とは名ばかりの殺戮に巻き込まれてしまったのだから。そして、声明の内容もまた、もっともだと思った。僕たち財団職員は 特に、収容や研究に携わる職員たちは、どうしても命の重さというものを忘れがちだ。だから、彼らがそれに警鐘を鳴らすことも、僕は必然だと感じた。
その上で、納得が行かなかった。
5年。いくらRAISAの技術士と欺瞞部門の博士という、情報と攪乱の専門家が犯人とはいえ、5年だ。それほどまでに長い時間、あの姉弟の起こしてきた罪は見過ごされてきた。いくら何でも、長すぎるように思えた。たった2人の起こしたこれほどまでの重罪を、本当に財団という組織はただ不注意と軽視だけを理由に見過ごしてきたのか? 僕にはそれが、どうしても納得が行かなかった。
しかし、ライトさんはこう言った。
『その辺にしておくんだな。首を突っ込みすぎるとろくなことになんねえよ』
僕は、その一言で確信した。このインシデントには、まだ隠された裏がある。そして、ライトさん本人もまた、そのことに薄々気づいている その上で、ライトさんは手を引く決断をしたのだと。
賢明な判断、というやつなのかもしれなかった。僕たちは、あくまで内部保安部門のエージェントだ。上層部がああしてこのインシデントに終止符を打った以上は、その先を追究すべきではないのかもしれなかった。
その上で、僕にはできなかったのだ。目の前にあるはずの隠された真実を、ただ放っておくことなんて。
補遺3554-JP-EX.3: 追加調査
2015/10/01、内部保安部門のエージェント・カオによって、ジェームズ・ホワイト元技術士(D-9272)へのインタビューが申請されましたが、サディアス・チャド内部保安部門管理官によって却下されました。しかし同日、エージェント・カオは身分を偽ってサイト-909に申請を行い、D-9272へのインタビューを強行しました。
映像記録
<記録開始>
エージェント・カオがインタビュールームにD-9272を連れて入室する。
エージェント・カオ: ……よし。時間がありません、早速インタビューを始めましょう。
D-9272: 時間が? あなた、いったい何を
エージェント・カオ: 単刀直入に伺います。あなたがたは、僕に何か隠していることがありませんか? 本当に、あなたがたはたった3人で今回のインシデントを実行したのですか?
沈黙。
エージェント・カオ: お願いします、ホワイトさん。あなたがたは
D-9272: あなたたちには失望しましたよ、内部保安部門職員。
エージェント・カオ: え?
D-9272: こちらからわざわざメッセージとアクセス履歴という導線を引いて差し上げたのに、まるで真実に近づいてらっしゃらない。ただ、私たち姉弟が犠牲になって終わってしまった。
エージェント・カオ: ……つまり、あのメッセージはあなたが?
D-9272: 何やら時間が押していらっしゃるようですから申し上げますが、これは
インタビュールームに警報音が響き、声の一部がかき消される。
放送: 警告します。サイト-909においてセキュリティ違反が発生しています。機動部隊が
エージェント・カオ: クソ!
D-9272: を信じるな! 欺瞞部門を探れ! り
インタビュールームの扉を蹴破ってサイト-909常駐の機動部隊が侵入してくる。エージェント・カオとD-9272が拘束され、口を塞がれる。
<記録終了>
これを受け、チャド内部保安部門管理官はエージェント・カオに1ヶ月の拘留処分を下しました。しかし、エージェント・カオは当該記録をエージェント・ライトの端末に中継しており、エージェント・ライトは当該記録を閲覧しました。チャド管理官はエージェント・ライトに対しクラスB記憶処理を行いましたが、エージェント・ライトが直前にクラスY記憶補強剤を服用していたため失敗しました。その後、エージェント・ライトは個人的に欺瞞部門の調査を行い、デイヴィッド・ヤマダ欺瞞部門管理官を訪問しました。
音声記録
<記録開始>
ノック音。
ヤマダ管理官: 誰だ?
エージェント・ライト: エージェント・ライトですー。内部保安部門の。
沈黙。
ヤマダ管理官: 入れ。
扉が開かれ、閉じられる音。
エージェント・ライト: どうもどうも、ヤマダ管理官。お元気で?
ヤマダ管理官: ……誰かと思えば、例の件のエージェントか。えー……すまない、何といったかな?
エージェント・ライト: 気にせんでくださいよ。覚えてもらう必要もないんで。
ヤマダ管理官: そうか。とにかくこの度は、うちの者が失礼した。欺瞞部門を代表してお詫びする。
エージェント・ライト: いえいえ、お気になさらず。個人的にゃ、あの人に言いたいこと言ってスッキリしたのでね。
ヤマダ管理官: ……なら、こうしてわざわざ訪れる必要もないのではないかね?
エージェント・ライト: いやあ、でもやっぱモヤモヤもしてるんですよねえ、これが。だって、おたくの博士さんったら結構あっさり自白されたでしょう? そこがどうしても気になりましてねえ……
沈黙。
ヤマダ管理官: 何が言いたい? エージェント。
エージェント・ライト: いやあ、それで1つピン! と来ましてね。そういえば、自分たちが相手取ってたのってどの部門だったかなあ、って。そうだそうだ、あの欺瞞部門だ。欺瞞部門なら普通は無理な偽装工作くらいやってのけるだろうって。そんなら
ヤマダ管理官: 何が言いたいと訊いている!
エージェント・ライト: おたくのホワイト博士のお父さん、全然サイト管理官じゃなかったんですね。
沈黙。
ヤマダ管理官: ……どういうことかね? ホワイト博士の父親なら
エージェント・ライト: 今もお元気にナーシングホームで暮らしてらっしゃるじゃないですか。
ヤマダ管理官: 違う。彼はサイト-800の元管理官で、Anomalousアイテムの私的利用の罪で
エージェント・ライト: RAISAはどうやら、少なくとも一枚岩であなたがたの味方ってわけじゃないみたいですねえ。
ヤマダ管理官: 何?
エージェント・ライト: ツテでRAISAの知り合いに言ってちょいと調べてもらったら、データ改竄の履歴がありましたよ。つまり、彼は雇用された事実すらない、最初っから全く存在しない財団職員だったわけだ。
沈黙。
ヤマダ管理官: ……それは、初耳だな。私はてっきり、ホワイト博士の父親はサイト-800の元管理官だとばかり思っていたが。まさか、それもホワイト技術士の偽装とは
エージェント・ライト: おたくらの、だ。
沈黙。
ヤマダ管理官: ……根拠のない中傷はやめてもらいたいものだな。
エージェント・ライト: 中傷なんかじゃない。あたしらにはもう、おたくらが諸々をでっち上げたっていうのはわかりきってるんですよ。
ヤマダ管理官: なら、是非とも根拠を聞かせていただきたいものだな。改めて宣言しておくが、ホワイト博士を除いた、我々欺瞞部門職員は被害者だ。嫌疑をかけられるいわれはない。
エージェント・ライト: そう、そのホワイト博士なんですよねえ、問題は。実は、博士本人の経歴にもあったんですわ、偽装の痕跡。
ヤマダ管理官: ……本人?
エージェント・ライト: 博士さん、最初は5年前からずっとここの所属だってなってましたけど、どうやらそれもおたくらお得意のカバーストーリーってやつらしいですね。5年前は欺瞞部門じゃなくて、内部保
排気音と咳き込む音。しばらく続いた後、沈黙。
ヤマダ管理官: ……これで、あとは機動部隊に連絡を
エージェント・ライト: ……記憶処理ガスなら効きませんよ?
ヤマダ管理官: 記憶補強か! 貴様、そこまでして
エージェント・ライト: えー、続けますけどね? おたくのホワイト博士さん、5年前は内部保安部門のエージェントしてらしたそうじゃないですか。いやあ、内部保安部門から欺瞞部門なんて転身、できるもんなんですねえ。
ヤマダ管理官: 黙れ! それ以上続けると
エージェント・ライト: つまりまず、博士さんがご大層に語ったあの破砕機に関する経歴は、全部そちらの演出なされた嘘っぱちと。んで
ヤマダ管理官: これは重大な背任行為だぞ! わかっているのか!?
エージェント・ライト: そのころ博士さんは欺瞞部門じゃなくて内部保安部門にいたから、つまりあの破砕機に真に関わりがあるのはうちら内部保安部門のほうだったと。
ヤマダ管理官: 聞いているのか、エージェント・アナステイジア・ライト!
エージェント・ライト: ええ、受け取りましたとも。そちらの決死の記憶処理ガスから、ヤマダ管理官、おたくらの隠したい真実ってやつをねえ!
沈黙。
ヤマダ管理官: ……いいか、エージェント・ライト。黙っていれば、それで済む話だ。聞いているぞ? 君の相方、先日に勝手なことをして拘留されているそうじゃないか。もし黙ってくれるのなら、私の一存で彼の拘留を解くように掛け合ってやってもいい。何だったら、君の言う「カバーストーリー」を流してやっても
エージェント・ライトの笑い声。
エージェント・ライト: こいつあ傑作だ! あの欺瞞部門の管理官さんが、年下の女に必死で取引持ちかけてやがんの! ……その舌切り落とすぞ、クソじじい。相方が命張って繋いでくれたバトン、死んでも離すわけねえだろうが。
ヤマダ管理官: ……わかっているのか、事の重大さを? 自分たち内部保安部門の首を絞める行為になるのだぞ? それに、チャドが 君の上司がそれを許すとでも?
エージェント・ライト: 耳掃除足りてます? 言ったでしょ、さっき「RAISAの知り合いに頼んだ」って。それ、実はあのマリア・ジョーンズ管理官のことなんですよ。
ヤマダ管理官: はっ、ハッタリだな。お前ごときがジョーンズと繋がれるわけが
エージェント・ライト: あー、あー。もしもし、聞こえてますか、ジョーンズ管理官さん?
ジョーンズ管理官: ええ、聞こえていますよ、エージェント・ライト。最初から最後まで、余すことなく全て。
沈黙。
エージェント・ライト: おたくら、言っとくけどただで済むと思うなよ。記録・情報保安管理局様が全身全霊で、あたしの掴んだ情報をお上に伝えてくれる。後は野となれ山となれ、だ。お上がダメっつったらそれで諦めるさ。
ヤマダ管理官: ……あえて、繰り返そう。お前は、自分が何をしているのかわかっていない。内部保安部門という、財団のブレーキが1つ壊れるかもしれないのだぞ? 我々がこの5年、どれほどの思いでこの真実を覆い隠してきたのか、お前にはわかるのか?
扉が開かれる音。
エージェント・ライト: わかろうとも思わないね。
扉が閉まる音。
<記録終了>
記録・情報保安管理局より報告されたエージェント・ライトの調査結果を受け、2015/10/30、監督評議会は機動部隊アルファ-1("赤い右手")によるチャド内部保安部門管理官およびヤマダ欺瞞部門管理官の拘束、並びに両部門の一斉調査を実施しました。しかし、一斉調査の段階で両部門は記録媒体の物理破壊によってデータを抹消しており、復元には成功しませんでした。これを受け、チャド管理官やヤマダ管理官、およびデータ抹消に関与したとみられる全職員の拘留、並びに一部職員の交代や昇進が実施されました。
『何やってんだ、このバカタレ!』
サイト-909の拘留所から出てきて最初に浴びせられたのは、ライトさんからのお叱りだった。ライトさんはそれはもうすごい剣幕で、僕のことを叱った。ただでさえ口のあまりよろしくないライトさんが、本気でキレるとどうなるのかというのを嫌というほど味わわされた。
『……すいません。でも、どうしてもライトさんのお役に立ちたくて。僕、あんまりお役に立ててませんから……』
『バカ坊主が。お前には、お前にだけできることがあるだろうがよ』
ライトさんはそう言って、僕の頭をペシリと叩いた。手も口もキツかったが、それでも何だかんだ僕を気にしてくれていることが嬉しかった。
僕はほとんど役に立てなかったが、それでもライトさんはちゃんと最高の情報を掴んで帰ってきてくれた いや、言ってしまえば最悪の情報でもあったが。内部保安部門。背後にいたのはまさかの、自分たちの所属する部門そのものだった。そして、それに手を貸していたのが欺瞞部門だったというわけだ。それが、僕たちの直面した第二の真実だった。
内部保安部門とは、ヤマダ管理官が言っていた通り、まさに財団のブレーキの1つに他ならない。財団職員たちの職務を見張り、それが暴走しようとしたら未然に防ぐか、せめてそれを止めさせる。そのブレーキ自体が、大勢の人間を殺してきた主犯格だった。この事実は、財団の上層部 流石に、大抵の職員には伏せられたようだ の間に大きな衝撃を与えた。
しかし、そうなると次に問題となるのはその動機だった。2つの内部部門が結託して、大勢の人間を殺そうとした動機。ライトさんが暴いてくれたように、ホワイト博士の供述した動機は真っ赤な嘘だった。では、本当の理由とは何なのか? 僕たちは、それを突き止めなければならなかった。
その手掛かりとなるニュースは、想像よりも早く飛び込んできた。
補遺3554-JP-EX.4: 記録・情報保安管理局による再調査
2015/11/21、欺瞞部門およびその関係者の関与するIntSCPFNサーバー上のデータが、記録・情報保安管理局によって再調査されました。その結果、SCP-3554-JP-EXに投入されたDクラス職員の降格事由となった規定違反は、いずれも欺瞞部門によって捏造されたものであることが判明しました。この調査結果は、内部保安部門と欺瞞部門が共同して、規定違反を犯していない職員を捏造した事由によってDクラス職員へと降格し、その後SCP-3554-JP-EXに投入していたことを示しています。また、SCP-3554-JP-EXのExplainedクラス再分類後も、別の致死性アイテムに対して降格事由の捏造されたDクラス職員が投入されていたことが判明しています。
これを受け、内部保安部門エージェント・ライトおよびエージェント・カオによって、チャド元内部保安部門管理官およびヤマダ元欺瞞部門管理官へのインタビューが実施されました。
映像記録
<記録開始>
インタビュールームの机にて、チャド元管理官およびヤマダ元管理官に向かい合う形でエージェント・ライトおよびエージェント・カオが座っている。エージェント・ライトは机に両足を乗せた姿勢である。チャド元管理官およびヤマダ元管理官は両手足を拘束された状態である。
エージェント・カオ: 録画始めました、ライトさん。
エージェント・ライト: オーケー。んじゃあ始めましょっかね。
沈黙。
エージェント・ライト: よーし、まずは
ヤマダ元管理官: どこまで知った?
エージェント・ライト: すいませえん、今あたしが話してるとこなんですけど。あのね、ヤマダさん。あんた、自分らの置かれてる状況ってのわかってます?
エージェント・ライトが片足を机に叩きつける。
エージェント・ライト: これは尋問なんだよ、おふた方。発言のイニシアチブはこっちにある。おたくらが勝手に喋るこた許されないんだよ。
沈黙。
エージェント・ライト: よろしい。そんじゃあ、まず質問させてもらいますね、チャド先生。あんた、いったい今回何をして、何をしなかったんです?
チャド元管理官: ……答えるつもりはない。
エージェント・ライト: そいつあ困るなあ、チャド先生。せめて、何をしたかだけでも話してもらわないと。ねえ?
沈黙。
エージェント・ライト: だんまりですか。こりゃあ残念だ。この手はあんまり使いたくなかったんだけどなあ……おい、坊主。あれ出せ、あれ。
エージェント・カオ: ……はい。
エージェント・カオがバッグから写真を取り出し、エージェント・ライトに手渡す。
エージェント・ライト: あいよ……チャド先生、あんたにはご家族がいらっしゃいますね?
チャド元管理官: 家族? そんなものはいない、私は独身
エージェント・ライトが写真をチャド元管理官に見せる。チャド元管理官が目を見開く。
エージェント・ライト: 独身は独身でも、バツイチってやつだ。今までは欺瞞部門があんたのウィークポイントを隠してくれてたんだろうが、そのヴェールも剥がされちまった……チャド先生、お願いしますよ。あたしらに、こんな脅しみたいなことさせんでください。
沈黙。
チャド元管理官: ……君たちの知っている以上のことはしていない。欺瞞部門も共倒れになったんだ、どうせとうにバレているんだろうが 我々は、無実の人間をDクラスに仕立て上げ、彼らを処分してきた。そして、欺瞞部門がその捏造と後始末をやってきた。それが、我々のやってきたことだ。
エージェント・ライト: なるほど。うーん、これで10点満点中5点ってとこかな。
チャド元管理官: 何?
エージェント・ライトが、机から両足を下ろす。
エージェント・ライト: 言ったでしょ、チャド先生。あたしが訊いたのは「今回何をして何をしなかったのか」だ。あんた、まだ片っぽしか話してねえじゃねえの。なあ?
沈黙。
チャド元管理官: ……答えようのない質問だ。何をしなかったのかと問われても、今話したこと以外としか答えようがない。
エージェント・ライト: そうじゃない。あんたにはわかってるはずだろ、あたしの言いたいことが? つまり おたくらには、今回の事件の動機がねえって話をしてんだよ。
沈黙。
エージェント・ライト: あたしらはこの2ヶ月弱、おたくらのことを調査してきた。そんで、何とかあんたらのやったこと自体はわかってきた。でも困ったことに、その動機が全く見えてこないんですわ。
チャド元管理官: ……動機なら、ある。私が、出世や私利私欲のために
エージェント・ライト: 弱いねえ、弱い。それじゃあ動機が弱すぎる。というか、はなっからそれはあり得ねえ。
チャド元管理官: そんなことはない。現に、被害者の中には前の管理官が含まれているだろう?
エージェント・ライト: 確かに前の管理官もぶっ殺されてはいますけどねえ、元々あの管理官はもう引退寸前の爺さんだった。それに、あんたは5年前の時点で管理官補佐。別にこんな回りくどい手を使わなくとも、あんたはそのまま待ってるだけで管理官になれたはずだった。
チャド元管理官: なれなかったかもしれないだろう? それを確実にするためだ。
エージェント・ライト: なら、何で他の管理官候補じゃなくて前の管理官を殺すんです?
沈黙。
エージェント・ライト: それに、管理官になってからも博士や研究員を殺してるのだって全っ然筋が通らねえ。
チャド元管理官: それは、私の犯行を知るかもしれない者たちを
エージェント・ライト: ノーだ。その発想は、せいぜい1件殺しをやっちまったやつが、後から思いつくようなもんでしょう。でも、実際はどうだ? あんたは最初っからあの破砕機を用意して、しかもわざわざ欺瞞部門まで抱き込んでやがる。計画的犯行ってやつなんですよ、これは。
沈黙。
エージェント・ライト: ほらね? 全然筋が通らない。こいつあ参った、このままじゃおたくらには動機がない そう、この話はそのままヤマダさんにも当てはまる。ヤマダさんは5年前から管理官やってるみたいですけどねえ、そうなると余計に動機をこじつけられなくなる。
ヤマダ元管理官: それは
エージェント・ライト: あんたにはまだ喋っていいっつってねえよ。
沈黙。
エージェント・ライト: で、だ。そうなると重要になってくるのが「何をしなかったのか」なんですわ、これが。おたくらに動機がない以上、おたくらにはどうやっても犠牲者の選定なんてできやしない。つまり、いるってことになる。犠牲者を選定して、おたくらに暗殺の指示を下してきた、動機のある第三者ってやつがなあ。
沈黙。
エージェント・ライト: チャド先生、答えてもらいましょうや。おたくらの背後にいるのは誰なんです? おたくらが、そこまでして隠そうとするやつは、いったい?
チャド元管理官: それは
エージェント・ライトが、チャド元管理官に写真を近づける。
チャド元管理官: 無理だ! それだけは、それだけは言うわけには
ヤマダ元管理官: この馬鹿!
エージェント・ライトの笑い声。
エージェント・ライト: 十分だ、チャド先生! これで確定したわけだ、おたくらの裏に誰かが潜んでやがるってことが!
エージェント・ライトが写真をスーツの胸ポケットにしまう。ヤマダ元管理官が頭を抱える。
エージェント・ライト: 別にゴミ野郎の家族がどうなろうと、あたしの知ったことじゃねえがな。とにかく、答えてくれてありがとうよ。後はあたしらで探し出すさ。
エージェント・ライトが立ち上がる。
エージェント・ライト: ほれ、行くぞ坊主。ゴミどもと一緒の空間にいると臭くてかなわねえや。
エージェント・カオ: は はい。
エージェント・ライトとエージェント・カオが退室する。
<記録終了>
これを受け、エージェント・ライトおよびエージェント・カオは財団要職のいずれかに一連のインシデントの主犯が存在する可能性を監督評議会に提言しました。
1つ情報が出てきたかと思ったら、また別の情報が顔を出す。ある意味、僕たちの監査は順調だった その調査結果が、どんどん酷い方向へと向かっていることを除いては。
内部保安部門と欺瞞部門がSCP-3554-JP-EXへ投入してきたのは、実は全くの無実の職員たちだった。その事実に、僕たちはもう何度目かわからない驚きを味わった。つまりこれは 暗殺。それも、組織ぐるみでの、巨大な陰謀を背景とした暗殺だった。
しかし、何度その犠牲者リストを洗ってみても、その暗殺の目的は見えてこなかった。ライトさんが言っていた通り、チャド元管理官の私利私欲にしてはメンツがおかしいし、そもそも人数が多すぎる。僕自身は、単に内部保安部門に隠された動機があるものだと思っていたのだけれど……実態は、それをさらに上回るものだった。
内部保安部門のさらに後ろにいる、真の黒幕。ライトさんのおかげで、チャド元管理官はその存在を半ば認めた。つまり、ここまで来てまだ終わりじゃない。僕たちの目の前に、最後のヴェールに覆われた第三の真実の輪郭が姿を現した。
しかし、そこからが長かった。内部保安部門も欺瞞部門もデータを抹消してしまったせいで、それ以上の情報が全く出てこなかった。元管理官たち以外の拘留された関係者たちも尋問してみたけれど、やはりその黒幕の情報だけは誰も一切吐かなかった。特に欺瞞部門の人たちは、誰もが必死に内部保安部門のせいだと繰り返していた。
ホワイト姉弟というトカゲの尻尾を切った人たちが、今度は自分たちという尻尾を切り落としている。つまり、それほどまでに覆い隠さなければならない相手だということだ。僕たちは、先入観を捨てることにした。全ての内部部門を、もう一度いちから洗った。内部部門だけじゃない、協力してくれたRAISAや監督評議会まで、手あたり次第に疑ってかかった。流石に何度か上から止められたが、それでも僕たちは敵の正体を追い求め続けた。
そうして、半年の月日が流れた。僕たちはようやく、何重にも覆いかぶさったヴェールの内側へと辿り着いた。
補遺3554-JP-EX.5: 倫理委員会
2016/07/08、エージェント・ライトおよびエージェント・カオは、サイト-002における倫理委員会委員長オフィスを訪問しました。
映像記録
<記録開始>
エージェント・ライトが、委員長オフィスの扉をノックする。
パントージャ委員長: どうぞ。
エージェント・ライトがオフィスの扉を開き、入室する。エージェント・カオがそれに続く。パントージャ委員長はデスクの後ろの椅子に座っている。
エージェント・ライト: 失礼しますよ、委員長チェアウーマンどの。
エージェント・カオ: 失礼します。
エージェント・カオが扉を閉める。
パントージャ委員長: ……まずは、これまでのあなたがたの尽力に、心よりの感謝を申し上げましょう。あなたがたのおかげで、大勢の命を不必要に奪ってきた者たちを追い詰めることができた。私どもとしても、この感謝の気持ちは言葉では言い尽くせないほどです。
エージェント・ライト: へえ、そりゃどうも。
パントージャ委員長: ……その上で、ですが。お2人に1つ尋ねましょう。この度は、いったいどうして私のオフィスを訪問なされたのですか?
エージェント・ライト: いやあ、そんなわかりきったこと言わんでくださいよ、パントージャさん。あたしらが来る理由なんて1つしかないじゃないですか?
沈黙。
エージェント・ライト: あんたなんだろ? 今回のインシデントの黒幕ってやつは。
沈黙。
パントージャ委員長: ……やはり、そういう話になってしまいますか。全くもって度し難い。今回のインシデントは、内部保安部門と欺瞞部門が共謀して行った暗殺事件だと伺っていますが?
エージェント・ライト: そこにまだ黒幕が潜んでやがるっていうのを、あのゴミ野郎は認めたんですよ。だから、あたしらは半年かけて、その黒幕の影を追い続けた。そして、ようやくあんたのとこまで辿り着いたってわけなんですよ。
パントージャ委員長が立ち上がり、エージェントらに背を向ける。
パントージャ委員長: ……そこまで仰るからには、当然そちらには根拠がおありのはず。聞かせていたただきましょうか。どうして、その黒幕とやらが私である、と?
エージェント・ライトがバッグから資料を取り出す。
エージェント・ライト: いいでしょう。せっかくだし、この半年の成果ってやつをご報告させていただきましょうかね。まず、あたしらはもう一度あの被害者リストを洗い直しました いや、実際は一度どころじゃあ済まなかったんですがね。一回疑ってかかったRAISAにも恥をしのんで協力を仰いで、詳細な経歴をぜえんぶ提出してもらった。そして、ようやくあたしらはある事実に気づいたんですよ。
パントージャ委員長: ある事実、というのは?
エージェント・ライト: あの被害者 つまり、偽の規定違反を捏造された元職員たちは、みいんなどっかしらでDクラスの「消費」に関わっていた。大抵は博士とか上席研究員とかでしたが、中には外部組織との人的資源の取引をやっていた渉外部門エージェントなんかもいましたね。とにかく、被害者たちは余すことなく、どっかしらでDクラスを死なせていた。
パントージャ委員長: ほう……なるほど。それで?
エージェント・ライト: ここで、あたしはピン! と来たんですよ。「つまり真犯人の動機は、Dクラスを死なせた連中への報復だったんじゃないか」ってね。
パントージャ委員長: 報復、ですか。
エージェント・ライト: そう まあ、ほんとに報復って言葉が適切なのかは知りませんけどね。あたし犯人じゃないんで。まあそれで、そうなると必然的に、考えうる犯人の思想ってのもまた狭まってくる。つまり犯人は、Dクラスの消費に反対するような思想の人間ってことだ。そして、あたしらが真っ先に思いついたのが
パントージャ委員長: この私、と。
エージェント・ライト: まあそういうことですわ。あんた、例の声明でも言ってたけど、Dクラスの安易な消費に反対してるでしょ? それだけじゃない、これまでに5回、財団の倫理規定の改定をお上に申請してる 全部却下されてますけどね。あらビックリ、動機としては十分だ。
沈黙。
パントージャ委員長: ……そちらの想定されている動機については、把握しました。しかし、お忘れですか? 私がお尋ねしたのは根拠です。この私、ゾイ・パントージャが、今回の一連のインシデントを主導していたという根拠。そちらについては、まだ一言も伺えていませんが?
エージェント・ライト: こりゃあどうも、失礼。まあ、焦んないでくださいよ。話は最後まで聞いていただかないと、ねえ?
エージェント・ライトがバッグから資料を取り出す。
エージェント・ライト: えーと、そうそう。根拠その1……欺瞞部門の動いた理由です。
パントージャ委員長: 欺瞞部門が動いた理由なら、ハッキリしているではありませんか。内部保安部門という組織の暴走を、公にするわけにはいかなかった。そうでしょう?
エージェント・ライト: いんや、それじゃあちと弱い。だって、内部保安部門は言っても財団内の警察組織の1つ。確かに他の一般部門よりは多少の優越権が認められちゃいますがね、それでも下部組織にゃあ変わりない。でも、あんたが犯人だとするとそれもピッタリはまるんですねえ、これが。
パントージャ委員長: ……倫理委員会は、確かに内部保安部門よりも上位の組織ですね。
エージェント・ライト: そうでしょう? 内部保安部門のみならず、財団最大のブレーキとされてるあの倫理委員会様が暗殺を指示してるなんてこと、公になんてできっこない。だから、本来は一般社会を相手にカバーストーリーを流すはずの欺瞞部門が、今回ばかりは財団職員相手にカバーストーリーを流した。実に納得のいく話ですわ。
パントージャ委員長: ……なるほど。しかし、論理が逆行していますよ、ライトさん。それは私が犯人である根拠ではなく、私が犯人であることを前提とした結論です。
エージェント・ライト: まあまあ、待ってください。言ったでしょ、まだその1なんですって。はい、根拠その2……そもそもの、あの破砕機の出どころです。
パントージャ委員長: それも、ハッキリしています。欺瞞部門の いえ、当時は内部保安部門の所属だったホワイト博士が、ルベ研究員に命じて捏造したものです。
エージェント・ライト: 確かにその通りだ。でも、でっちあげたのはあくまで特異性だけ。現物として、あの悪魔の破砕機自体は存在する。その出どころにヒントがあると思って、あたしらはずっと駆けずり回ってたんですよ。いやあ、大変だった、大変だった。
パントージャ委員長: ……それで?
エージェント・ライト: やっとのことで、調達元がわかりましたよ。財団のとあるフロント企業が買い取った工場から押収されたものでした。つまり、SCP-J57Cは全くの無関係 まあこれは、調査前からほとんどわかりきってたことですがね。そして、その買い取り後に例の破砕機を押収したのが……なんと! これまた欺瞞部門でした!
パントージャ委員長のため息。
パントージャ委員長: まるで根拠になっていないではないですか。欺瞞部門が犯行に関わっていることは、とうの昔に判明している事実。だから何だというのですか?
エージェント・ライト: ねえ坊主、上層部の人らってどうしてこんな耳掃除してねえ連中ばっかなの? ……あのね、話は最後まで聞いてって言ってるでしょ。あたしらは、欺瞞部門が押収したって聞いてすぐに思いましたよ。「ああ、これもお得意のカバーストーリーだな」ってね。
パントージャ委員長: ……あなたは本当に憶測でものを語るお人だ。内部保安部門が腐敗していたというのも納得ですね。だって、あなたのような人間をのさばらせていたのですから。
エージェント・ライト: お褒めの言葉ありがとうございます。まあだから、あたしらはそっからさらにもう一歩踏み込んだわけです。情報の雑木林をかき分けにかき分けて、カバーストーリーの裏を見ようとした。そして 辿り着いちゃったんですねえ、これが。
パントージャ委員長: だから、何に?
エージェント・ライト: 結局、その記録の捏造を暴いた先にいたんは、内部保安部門でした。でも、あの破砕機の搬入ルートを辿っていくうちに……見つけたんですよ。破砕機のあった工場に残された、たった1種類のあり得ない足跡をね。
パントージャ委員長: ……足跡?
エージェント・ライト: その工場、元は特異性を発現した別のアイテムの収容と隠蔽のために欺瞞部門が買い取ったものだったんですよ。だから当然、そこには大勢の工場関係者・フロント企業職員・内部保安部門職員がいたはず。
パントージャ委員長: ああ、足跡と仰るから何かと思えば、文字通りの足跡のことでしたか。くだらない。5年も経った今となっては、そんなもの雨に流されてしまっているでしょう。
エージェント・ライト: いんや、そこは乾燥地域でほとんど雨が降らないんですねえ、これが。そしてさらに幸運なことに、その工場は買収からすぐ警備員が待機するだけになって、職員の出入りもゼロになった。つまり、残ってたんですよ。5年前の足跡が、科学検査でしか見えない痕跡としてね。
パントージャ委員長: ……なるほど。面白い、それで? 誰の足跡が見つかったと? まさか、私の足跡とでも仰るつもりではないでしょうね?
エージェント・ライト: ほんとならそれが一番だったんですが、仰る通り残念ながらあんたの足跡は出てこなかった。でも、1種類だけ、本来そこにあるべきじゃない足跡が検出されたんですよ。
エージェント・ライトが資料をパントージャ委員長に見せる。
エージェント・ライト: おたくの、モーガン・サイラス副委員長さんの足跡がね。
沈黙。
エージェント・ライト: もちろん「サイラスさんがその工場を訪問した」なんて記録は、IntSCPFNサーバーのどこを探しても見つかりませんでした。つまり、これは無許可での訪問と、欺瞞部門によるその隠蔽ということになる。ありゃりゃ、おかしいですねえ? このインシデントは、内部保安部門と欺瞞部門がやったことのはずでは? どうしてそこに、倫理委員会副委員長さんの足跡が残ってるんですかねえ?
パントージャ委員長の笑い声。
パントージャ委員長: なるほど、面白い! 確かにそれは驚きの事実です! そうなると、仰る通り倫理委員会が件のインシデントに関与している可能性はあります。
パントージャ委員長が振り返る。
パントージャ委員長: しかし、私個人の関与の証明としては不完全インペルフェクトと言わざるを得ませんね。あまりこういう立場でこの言葉を言いたくはありませんが、「部下が勝手にやったこと」という言い訳が成立してしまう。
エージェント・ライト: まあ、そりゃあそうですねえ。
パントージャ委員長: いやはや、私としても残念ですが、致し方ありません。そちらがそこまで私のことをお疑いなのならば、倫理委員会への調査を許可しましょう……しかし、本当に残念です。まさか、彼がこの件に関わっていたとは
エージェント・ライト: ねえ、何度言わせるんですか、「話は最後まで聞いて」って? もういい加減疲れるんですけど。
パントージャ委員長: まだ、何か?
エージェント・ライト: あるんですよ、最後の根拠が。はい、根拠その3……サイラスが吐いたぜ、あんたに言われて工場に行ったってなあ。
沈黙。
パントージャ委員長: ……残念ですが、具体的に資料や記録を見せていただけないと信用には足りませんね。今この場で、私から嘘の自供を引き出そうとしてでっちあげた虚偽である可能性がある。
エージェント・ライトがバッグからレコーダーを取り出し、ボタンを押す。
サイラス副委員長の音声: そ、そうだ! 私は確かにあの日、委員長の指示であの工場まで行って、破砕機の存在を確認した! それだけだ! だから、だから許してく
エージェント・ライトがレコーダーのボタンを押し、再生が終了する。
エージェント・ライト: お聞きの通りってやつですわ。
沈黙。
パントージャ委員長: ……これは、驚いた。しかし、事実であったとしても根拠たりえませんよ、それは。口先ではなんとでも言えますし、被疑者というものは少しでも罪を逃れるためにいくらでも嘘をつくものです。責任逃れのために私に罪を押し付けている可能性ならいくらでもある。
エージェント・ライト: まあ確かに、サイラスさんが嘘ついてる可能性は大いにありますわな、仰る通り。
パントージャ委員長: そうでしょう? もしそれでもこちらへの疑惑をお持ちなのであれば、先ほども言っていますが存分にこのオフィスを、そしてこのサイト-002を調査していただいて結構。まあ……既にあれから半年以上が経過していますから、サイラスが証拠を隠滅している可能性は高いでしょうが。
エージェント・ライト: そうなんですよねえ。別にサイラスさんが真犯人であれ、あんたが犯人であれ、このサイトに証拠が残っているとはあたしらも思ってないんですわ。いやあ、困った困った……
エージェント・ライトがレコーダーのボタンを何度も押す。
パントージャ委員長: ライトさん?
エージェント・ライトがレコーダーのボタンを押す。
サイラス副委員長の音声: 委員長からの指示書が、サイト-002の私のオフィスに隠してある! 委員長からは「燃やせ」と命じられていたが、万が一切り捨てられそうになったときのためにとっておいたものだ! ちょうど、被害者の数と一致するはずだ! だから頼む、どうかこれ以上は
エージェント・ライトがレコーダーのボタンを押し、再生が終了する。
エージェント・ライト: ……この指示書以外はね、パントージャさん。
エージェント・ライトがバッグから紙束を取り出す。
エージェント・ライト: さっき、下のオフィスに寄って取ってきましたよ。残念だねえ、部下に保険掛けられて。しっかり手書きだから、筆跡鑑定できちゃうなあ、これは。……以上、3件の根拠によって、おたくらの負けだ。
沈黙。
パントージャ委員長: ……なるほど。
パントージャ委員長の笑い声。
パントージャ委員長: なるほど! なるほど! 完璧ペルフェクト! 実に、完璧ペルフェクト! その通り! 悪魔の破砕機の裏の裏の裏に隠れた暗殺の教唆犯は、まごうことなくこの私!
パントージャ委員長の笑い声。
エージェント・カオ: み 認めた……
パントージャ委員長: ……しかし、愚か。実に愚かと言わざるを得ない! どこまでも愚かなあなたがたに、心よりの侮蔑の念を! 心よりの嘲笑の念を、ここに!
エージェント・ライト: 愚かだと?
パントージャ委員長: あなたがたは何もわかっていない! 私たちの行ってきたことの正しさを! あなたがたの、そして監督評議会の行ってきたことの愚かしさを! そも、倫理とは何のためにある? 人を生かすためにある! 人を死なせないためにある! だが、だが今の財団の体たらくは見るに堪えない! Dクラス職員たちをいくらでも代えの利く資材扱いし、不必要に命をドブに捨てていく! 今現在、どれほど財団がアイテムを抱えていると思っている!? Anomalousを含めれば、千や万ではきかないというのに! 連中はみな心の無い薄汚れた機械のように、次から次へとそこにDクラス職員を投入していく!
パントージャ委員長がデスクに拳を叩きつける。
パントージャ委員長: 倫理委員会が、内部保安部門が財団のブレーキですって? ハッ! そんなもの、とうの昔に壊れている! この惨状を Dクラス職員が無意味に命を散らしていく愚かで無様な有り様を止められないブレーキなど、ブレーキたる資格はない!
エージェント・カオ: でも! それなら、あの破砕機に気に入らない職員たちを放り込んできたあなたたちだって同じでは
パントージャ委員長の笑い声。
パントージャ委員長: 同じ! そう、同じなのです! 心の無い機械のようにDクラスを「消費」する連中を、同じく心の無い機械に放り込んでいく! そんな私たちも、そしてあなたがたや監督評議会も何も変わらない! 不要な人間の処分を、監督評議会ではなく倫理委員会がやって何が悪い!? 私たちが選んできたのは、いずれラインを超えてDクラスに降格されるであろう者たちばかり! その時期をただ早めてやっただけのこと! 私たちを財団の誰が責められましょう? Dクラス職員を人として見ぬ愚か者ばかりのこの財団の、いったい誰が私たちを責められましょうか!
沈黙。
パントージャ委員長: そして、誰よりも愚かなのは、あなたがた2人。ライトさんに、カオさん! わざわざその証拠を、この私の牙城にまで持ってきてくれるだなんて!
パントージャ委員長が端末をズボンのポケットより取り出し、操作する。すると、オフィスの扉を蹴破って機動部隊オメガ-1("法の左手")が侵入してくる。オメガ-1はエージェントらを拘束する。
エージェント・カオ: なっ
オメガ-1-Capが、エージェント・ライトの服を探る。オメガ-1-Capが、エージェント・ライトのズボンのポケットからレコーダーと通信端末を、手元からバッグや紙束を回収する。
オメガ-1-Cap: 委員長、やはり持っていたようです。ヤマダ元管理官の時と同様に、RAISAかどこかへと通信しようとしていた端末だ。
パントージャ委員長: 結構。電波のジャミングは滞りなく?
オメガ-1-Cap: ええ、もちろん。
エージェント・カオ: クソ!
エージェント・ライト: ……こんな横暴、そう簡単に通るとでも?
パントージャ委員長: ああ、どこまでも頭の足りないかたたちです。もう少しで、私の首にその牙が届いたというのに。でも残念、あなたがたに私たちは止められない。既に、新たな欺瞞部門管理官も私に協力することを約束してくれています。これでまた、私たちはヴェールの中のヴェールに消える! あなたがたはそれを、また別のアイテムに食らわれながら見ていることしかできない!
パントージャ委員長の笑い声。
パントージャ委員長: そっくりそのままお返ししましょう。「おたくらの負け」、ということです……連れていきなさい。罪はこれから、欺瞞部門にでっち上げていただきます。まあ、仮に今の彼らにその力がなくとも、単身でやれば済む話ですが。
オメガ-1がエージェントらを連行しようとする。しかし、エージェント・ライトが笑い出す。オメガ-1が動きを止める。
エージェント・ライト: ほんっと、あんたは人の話を聞いてねえなあ? 人の上に立つ役職として恥ずかしくないの?
パントージャ委員長: 戯言です、そのまま連れていきなさ
エージェント・ライト: あたしの相方はよお、堅っ苦しくて、融通が利かなくて、かと思ったら変な方向に思い切りが良くて、本当に役に立たないやつなんだ。でも、あたしはこいつを相方に選んでる。私情とか、馬が合うとか、そんな理由じゃねえ。最後の最後、もうおしまいって時に最高に役に立ってくれるから、あたしはこいつを相方に選んでるんだ……なあ、坊主!
エージェント・カオ: ……ええ、ライトさん!
オフィスに機動部隊アルファ-1("赤い右手")、およびサイト-002常駐の機動部隊が侵入し、オメガ-1およびパントージャ委員長を取り囲む。
パントージャ委員長: なっ
エージェント・カオ: 僕は、内部保安部門エージェント、ジョセフ・カオ! そして、もう1つ! 僕はファウンデーション・コレクティブ夢見士、カメラ・カメラート! 今現在この場の映像は、僕の網膜、夢界空間、そして夢路網を通じて、監督評議会員たちの夢界空間へと中継されている! つまり、僕というカメラ越しに、監督評議会はテレパシー映像でこれまでの全てを見ていたということです!
オメガ-1が動揺する声。
エージェント・ライト: 最強のテレキル合金を使わなかったのが仇になったなあ! もう一度言うぜ、耳かっぽじってよおく聞きな! 「おたくらの負けだ」!
パントージャ委員長が絶叫する。アルファ-1およびサイト-002常駐の機動部隊が、オメガ-1およびパントージャ委員長を拘束する。
パントージャ委員長: や やめろ! 離せ、この血に汚れた右手どもが! 嫌だ! 私が、この私がDクラスなんかに
アルファ-1およびサイト-002常駐の機動部隊が、オメガ-1およびパントージャ委員長を連行していく。
エージェント・ライト: 結局あんたも軽視してんじゃねえか、Dクラス。
エージェント・ライトとエージェント・カオが退室する。
<記録終了>
これを受け、ゾイ・パントージャ倫理委員会委員長、モーガン・サイラス同委員会副委員長、スティーヴン・グレイ欺瞞部門管理官、並びに機動部隊オメガ-1("法の左手")が監督評議会命令によって拘束されました。回収された指示書の筆跡がパントージャ委員長のものと一致したため、パントージャ委員長はインシデント3554-JP-EXの教唆犯として認められました。
パントージャ委員長・サイラス副委員長・グレイ管理官・オメガ-1隊員らは離任され、Dクラス職員に降格されました。また、既に拘留されていたチャド元管理官・ヤマダ元管理官を含む元内部保安部門・欺瞞部門職員らもDクラス職員に降格されました。なお、一連の調査の発端となったホワイト元技術士(D-9272)はその功績を考慮し、Cクラス職員に昇格されました。
……以上が、僕たちの戦いの記録の全てだ。この約1年間、本当に激動の日々だった。途中で2回も拘束されて、うち1回は拘留までされた。そうでなくとも、毎日毎日どこかしらを走り回ったり、聞き込みをしたり。実に大変で、ある種エキサイティングな毎日だった。
そして今、僕はO5-8の呼び出しでサイト-001の廊下にかれこれ1時間半待たされている。呼び出しの理由自体は、かなり心当たりがある。いくら大量殺人犯とはいえ、サイラス元副委員長から最後の証拠を引き出すために色々言えないし書けないようなことをしてしまった。正直、処分を下される気しかしない。
僕は端末を閉じ、またぼうっと目の前の時計を眺める。だんだんうつらうつらと舟をこぎ始め、そして 突然、頬のヒヤリとした感覚に目を覚ます。
「よっ、坊主」
そこに立っていたのは、僕の相方アナステイジア・ライトさんだった。
「悪い、仮眠してたら寝坊した。呼び出し、もう終わっちまったか?」
「……いや、まだです。良かったですね、遅刻までしたら最悪僕らもDクラスですよ」
「冗談になってねえぞ、それ」
ライトさんはソファーの僕の横にドカッと座り、モンスターの缶を開ける。
「飲むか? めちゃくちゃ眠そうだけど」
「……大丈夫です。帰りの飛行機で寝れなくなったら困るので」
「オッケー。じゃああたしが飲むな」
そう言って、ライトさんはモンスターの缶を口に運ぶ。しかし直後
「入りたまえ」
O5-8の声が響いて、思わずライトさんは中身をこぼす。ガニ股で座っていたおかげでスーツにはかからなかったが、サイト-001のお高そうなソファーに毒々しい液体がかかっている。僕が慌ててハンカチでそれを拭いた後、ライトさんはソファーに缶を置いてオフィスの扉の前に行き、扉を開ける。
監督評議会員応接記録(2016/07/29)
<記録開始>
O5-8のオフィスにて、扉の前にエージェント・ライトとエージェント・カオが並んでいる。O5-8はデスクにてピスタチオを食べている。
O5-8: すまない、ずいぶん待たせてしまった。事後処理の会議が思ったより長引いてしまってな。
エージェント・カオ: い、いえ。お気になさらず。
O5-8: そうか。さて、夜も遅いし本題に入ろうか。今回の、君たちの一連の行動だが……
沈黙。
O5-8: ……素晴らしい働きをしてくれたこと、心より感謝する。ついては3日後、君たちの口座に報奨金を振り込ませてもらう。
沈黙。
エージェント・カオ: え。その……それだけ、ですか?
O5-8: ん? それだけ、とは?
エージェント・カオ: あ! いやその、別に何も
エージェント・ライトがO5-8のデスクに近づき、その上に腰かける。
エージェント・カオ: ちょ ちょっと! ライトさん!?
エージェント・ライト: 旨そうですねえ、それ。ちょっといただけます?
O5-8: ああ、構わんとも。
エージェント・ライト: どうも。
エージェント・ライトがピスタチオの殻を開き、中身を口に放る。
エージェント・ライト: にしても、今回は色々ありがとうございました。あんたのおかげで、こっちも色々スムーズに事を運べましたよ。
O5-8: ん……どういうことかね?
エージェント・ライト: やだなあ、とぼけんでくださいよ。あんた、今回の裏で色々あたしらに協力してくれてたでしょ?
沈黙。
エージェント・ライト: まず、弟のほうのホワイト技術士からのメッセージが届いたとき、あたしらはRAISAと協力してその出どころを探っていた。その時点で、出どころが誰であれうちのチャド先生はあたしらが色々嗅ぎまわることを懸念したはずだ。記憶処理でも何でもやって、事を荒立てられないようにしたかったはず。現に1回、あたしは欺瞞部門を嗅ぎ回ろうとしたときに記憶処理食らってますしね。それを、裏で阻止してくれてた人がいるはずなんですわ。
沈黙。
エージェント・ライト: それに、その例の記憶処理食らってからの欺瞞部門への個人的調査。そして何より、あいつらがとっ捕まってから始めた、半年間もかかったあの倫理委員会への調査。これを、あの連中が黙って見過ごしてくれたはずはない……それも全部、あんたが裏でストップかけてくれてたってことなんでしょう?
O5-8: ……ちなみに訊くが、何故それがこの私であると考えているのかね?
エージェント・ライト: 簡単なことです。面会記録ですよ。サイト-909に1回、わざわざO5-8さんが面会に来てらっしゃった……そうだよなあ、坊主!
沈黙。
エージェント・ライト: いつもなら、調査がだいたいお前の担当で、尋問があたしの担当だった。でも、今回のお前はやけに大人しかった あたしがこの1件から手を引こうと考えてたあの時ぐらいだよ、お前が積極的だったのは。っていうことは、序盤からおたくらはつるんでやがったな? このあたしに内緒で。
O5-8の笑い声。
O5-8: 君は本当に優秀なエージェントだな! 聡明で、そして何より恐れ知らずだ……君の言う通りだよ、エージェント・ライト。私と、そこのエージェント・カオは共犯だ。エージェント・カオが私に現状を逐一報告し、私はそれを踏まえて先んじて君たちを守る手を打ってきた。そうだね?
エージェント・カオ: ……はい、その通りです。
エージェント・ライト: ったく、お前は相変わらず変な方向に思い切りが良いな。そんで、どこまでもバカタレだ。最初っから言えよ、天下のO5様とつるんでました、って。
エージェント・カオ: それは
O5-8: あまり彼をいじめないでくれたまえ。君に話さないよう彼に言ったのはこの私だ。君は、良くも悪くも遠慮というものを知らない。もし仮にバックにこの私が 監督評議会がいるということになれば、君はもっと過激な手段に出ると思ったのだ。現に、君たちは「赤い右手」の協力を得た後、この監督評議会にまで疑いの手を伸ばしに来たり、サイラス元副委員長をとことんいじめ倒したりしていただろう?
沈黙。
O5-8: まあ、黙っていたせいで君が途中で真相究明をやめたのと、それを受けてエージェント・カオのほうが過激な手段に出たのは驚きだったがね。
エージェント・カオ: う 申し訳ございません。やはりどうしても、あの時点で全てが解決したとは思えなかったもので。
O5-8: 実際のところ、その考え自体は私も同じだった。しかし、ああも過激なことをされてしまっては、いくら私でもかばいきれない。だから、エージェント・カオは拘留されたし、エージェント・ライトは記憶処理を受けることになってしまった……面会のときにも言ったが、何もせずに待っていれば私から君たちに何らかの形で催促をしたぞ?
エージェント・カオ: ……返す言葉もございません。
エージェント・ライトがピスタチオの殻を開き、中身を口に放る。
O5-8: とにかく、これが君たちが比較的自由に動けた真相というやつだ。今回の一連の強引な行動 特に、サイラス元副委員長への拷問は、私の一存でお咎めなしということにしておこう。その代わりに、君たちも今回の私の行動や決定については口外しないように。今回の件は、評議会の一存ではなく私の独断ということもある。評議会内ならともかく、その外にまで話が漏れるのは避けたいのでね。
エージェント・ライト: まあ、わかりましたよ。さっきも言いましたけど、あんたのおかげで助かりましたからね、あたしらは。
O5-8: うむ。
O5-8がピスタチオの殻を開き、中身を口に放る。
O5-8: では、以上だ。初めのほうに言った報奨金の件、楽しみに待っていてくれたまえ。
エージェント・ライト: ええ、もちろん。
エージェント・カオ: では、これで失礼します……改めて、ご助力に感謝申し上げます、O5-8。
エージェント・ライトとエージェント・カオが退室する。
<記録終了>
「……ったく、いっちゃん最後に暴くのが相方の秘密なんてよお」
「……ごめんなさい」
ライトさんは文句を言いながら、サイト-001の廊下のソファーにドカッと座り、飲みかけのモンスターの缶をグイッとやる。僕は、居心地悪く感じながらもその隣に座る。
「まあ、結局は丸く収まったし、O5-8さんに免じて許してやるよ。ただ、今度からはちゃんと言えよ? 次またおんなじことしたら、もうタッグ解消だかんな」
「う……はい」
ライトさんはそう言うと、僕の肩を肘で軽くどつく。そして、僕の目の前に自分の手のひらを持ってくる そこには、O5-8とライトさんが食べていたピスタチオが置かれていた。
「……坊主も1個食えよ。せっかくの、O5さんからのご褒美なんだからよ」
「え……」
「任務の終わりには、おんなじもんを食うのがタッグってもんだろ? まあ、それがピスタチオ1個ってのもしょぼいもんだけどよ」
ライトさんは、ピスタチオの乗った手を僕に押し付けてくる。
「……じゃあ、ありがたく頂戴します」
僕は、受け取ったピスタチオの殻を割って、その中身を取り出した。
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