SCP-3607-JP
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バージェス山上空を群体を形成して遊泳するSCP-3607-JP(画面奥)。織戸式広域霊素マッピングにより可視化。

アイテム番号: SCP-3607-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-3607-JPの収容活動は、バージェス山周辺の霊素分布に悪影響を与えることが予想されるため積極的には実施されていません。SCP-3607-JPおよびその群体の生成する図像は通常の可視光観測下での確認が困難であることから、付近での発見報告の監視および隠蔽工作に留まります。

現在の収容措置の主眼は、SCP-3607-JP-1に指定される未知の概念に関連する情報災害の抑制に置かれています。一般社会におけるSCP-3607-JP-1の不用意な定義化を防ぐため、当該概念に関連する可能性のある言及についての監視を継続し、社会的な言及の統一と認識の歪曲を維持する目的のもと、必要に応じて干渉・誘導を実施してください。

SCP-3607-JPはSCP-3607-JP-1を理解する知的存在に対して加害的に作用する恐れがあります。その可能性がある有知性存在をSCP-3607-JPの活動領域や生成される図像に曝露させないでください。

説明: SCP-3607-JPは約5億年前の古生代カンブリア紀に生息した節足動物である、マルレラ(Marrella splendens)の身体構造と一致する形態のクラスD霊的実体1です。マルレラの化石の主要な産地であるバージェス頁岩の近郊に出現し、群体を形成して空中を遊泳する様子が観察されます。

SCP-3607-JPの呈する霊的発光は、反ミーム性の色彩や非可視光スペクトルを含むため肉眼や通常の撮影機器での確認は極めて困難です。霊的発光を検知可能な機器を用いて群体を遠距離から観察した場合、ベリーマン=ラングフォード式ミーム殺害エージェント2とほぼ同等のパターンの図像を呈します。ただし後述の理由のため、特殊な例を除いて人類に対する致死性を示していません。

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Marrella splendensの復元図。体長は2.4mm〜24.5mmとされる。当該種の化石は産出数が豊富なため正確な立体的復元がなされており、個々のSCP-3607-JPの形態もこれと一致している。

SCP-3607-JPの霊的発光パターンがミーム殺害エージェントと類似した図像を呈する要因として、Marrella splendens の外側突起に見られる構造色形成機構との関連性が指摘されています。構造色とは、物質の微細構造によって特定波長の光が干渉・反射する現象であり、SCP-3607-JPにおいてはこの構造が霊的発光波に対して同様の干渉効果を示します。これにより、個体が群体として特定の配置をとった場合、発光干渉が視覚的ミームパターンとして組織化され、ミーム殺害エージェントに類似した視覚構造が生成されるものと考えられています。

ベリーマン=ラングフォード式ミーム殺害エージェントは、根幹となる図像を特定の自己相似パターンに反復させることによって生成されます。根幹図像には対応する“鍵概念”があり、この概念を理解する存在に対してのみ致死性を示します。“鍵概念”を含む根幹図像とそれを反復する自己相似パターンを別々に開発することにより、研究開発および調整を行う際の安全性を担保することが可能な他、鍵概念の内容を調整することで選択的に致死性を発揮することができます。運用例として、“鍵概念”に対する対抗ミームを接種することで耐性を付与する運用や、逆に特定の機密情報を有する対象にのみ致死性を発揮する運用が挙げられます。

SCP-3607-JPの生成する図像(以下、「生成図像」と表記)をミーム殺害エージェントとして構成解析したところ、図像に関連付けられた“鍵概念”が、人類において定義・理解されていない内容の情報であることが判明しました。この概念はSCP-3607-JP-1に指定されています。SCP-3607-JP由来の生成図像がミーム的加害性を示さない理由は、ミーム加害性を呈するための“鍵概念”であるSCP-3607-JP-1を理解する知的実体が存在しないためであり、SCP-3607-JP-1を理解する実体に対しては加害性を示すものであると考えられています。

SCP-3607-JP-1の解析の試みは難航しています。SCP-3607-JP-1はミーム殺害エージェントとして構成された生成図像から抽出されたものであり、解析によって“鍵概念”であるSCP-3607-JP-1を理解することそのものが致死性のミームへの曝露となる危険性があります。

SCP-3607-JP-1の解析試行中、研究主任であった██博士が特発性のカタレプシー3に類した症状を呈し、いかなる刺激に対しても一切の反応を示さなくなりました。それ以前の██博士には精神疾患の徴候は確認されておらず、この症状は生成図像によるミーム加害性の影響であると考えられています。このことから██博士は発症に先んじてSCP-3607-JP-1を理解したものと推測されます。

██博士に対して行われた脳波検査は覚醒時の健康成人と同等の結果を示すことから精神活動が継続している可能性が指摘されていますが、当該職員は報告書作成時点においても依然として無動状態を維持しており、意思疎通は再開できていません。博士の専門領域および解析試行ログの内容から、SCP-3607-JP-1は[編集済み]における未解明の領域に関連する高次概念である可能性が示唆されています。

SCP-3607-JP-1についての具体的な情報がほとんど得られていない現状において、SCP-3607-JP-1に相当する情報が、そうと理解されることなく一般社会に流布・通底する可能性が憂慮されています。この場合、SCP-3607-JP由来の生成図像が致死性ミームとして成立する可能性があります。これに伴いSCP-3607-JPがKeterクラスに再分類され、バージェス山一帯の完全閉鎖が必要となるシナリオが想定されます。次善の策として、生成図像を一般社会に広く流布することによってSCP-3607-JP-1を致死的ミームとして機能させ、SCP-3607-JP-1に事実上の自己隠蔽性を付与する案が検討されましたが、最終的には棄却されました。この案は一般社会にSCP-3607-JP-1を理解する人物がいないという仮説を前提としており、許容できない人数または対象の人物が潜在的にSCP-3607-JP-1を理解していた場合に破滅的な結果が予想されます。

SCP-3607-JP-1に関連すると見られる[編集済み]は、一般社会においては未発見の概念です。SCP-3607-JP-1の発見を未然に妨害することを目的に、エージェント・レオによって[編集済み]についての誤情報を含む文書が作成され、一般社会に流布されています。この文書はフィクション作品の体裁をとりつつ、意図的に[編集済み]に関する概念認識を歪曲する構造を有しています。これは、一般社会において[編集済み]についての言及様式を一本化し財団による監視を成立しやすくする副次的効果も見込まれます。

SCP-3607-JPに関連する研究に伴う危険性を緩和するため、生成図像に対する対抗ミームが開発され、必要な職員に対する接種がなされています。ただしこれはSCP-3607-JPについての機密情報を含む内容の理解および生成図像への曝露を必要とします。したがって一般社会における致死性の緩和を目的とした流布は実施されていません。また、現状ではSCP-3607-JP-1の概念獲得には再現性がなく、その成否判断は生成図像のミーム加害性の有無によってしかなされません。したがって、生成図像が対抗ミーム接種済みの被験者に加害性を発揮しなかった場合、それが対抗ミームが有効に機能したことによるものなのか被験者がSCP-3607-JP-1概念を獲得していないことによるものなのかを弁別する方法はありません。

当該対抗ミームの有効性の積極的な検証は論理的にも倫理的にも不可能ですが、現行の接種措置の開始以降、[編集済み]についての内容を含む高次の研究が進行しているにも関わらず新たな犠牲者が出ていないという事実をもって消極的に有効性が認められています。

現在、図像に対する対抗ミームは当該文書に埋め込まれる形式で運用されています。添付画像の閲覧および説明セクションの当該パラグラフまでの内容を通読することで接種は完了となります。当該対抗ミームは接種者の安全を期して開発されていますが、ここまでを通読した職員のうち自覚的/他覚的なものを問わずなんらかの症状を認めた場合は速やかに研究チームに報告してください。

補遺: 生成図像により無動状態となった██博士のバイタルサインは全て正常の範囲内に保たれています。財団で運用されるベリーマン=ラングフォード式ミーム殺害エージェントは主に心停止を誘発する機構を採用しているのに対し、生成図像によるミーム加害性の範囲は精神症状に完結していることが確認されています。これは物理的な肉体を持たない知的存在に対して最適化された加害性ミームをヒトに接種した際に共通する特徴です。

SCP-3607-JPは知性を持たないと考えられている一方で、その生成図像は高度に機能化されたものです。SCP-3607-JPと化石標本の形態が一致していることから、この形質はオブジェクトの幽体化に伴って偶然発現したものであるという説より、カンブリア紀にMarrella splendensの進化的適応によって獲得された形質が再現されたものであるという説が支持されています。

これを踏まえ、生成図像がSCP-3607-JP-1を“鍵概念”とすることから、この形質はSCP-3607-JP-1を理解可能な知的存在に対する防御機構として発達したものと考えられています。これはMarrella splendensの生息年代であるカンブリア紀においてなんらかの知的存在が活動し、当該種に対する脅威となっていたことを示唆する物的証拠とみなされています。

同様の特徴を持つ知的存在の存在した可能性および活動の痕跡は、SCP-3241-JP4の研究においても浮上していました。しかしながらこれはオブジェクトによる言及がなされるのみで、あくまで仮説的なものとみなされていました。一方でSCP-3607-JPの形質はこの仮説に実証的な裏付けを与える物的証拠であると評価されています。当該地質年代において霊素を主資源とする先史文明が存在していたとする仮説に基づき、先史霊素文明の主体として仮定された知的存在には“Eueidolon”の仮称が附されました。

今後の霊子論および古生代の生態系研究に寄与することが期され、“Eueidolon”および先史霊素文明についてオブジェクトの収容とは独立した調査・研究プロジェクトが計画されています。


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あなたは隣にいた同僚から繰り返し声をかけられていることに気づく。激しく肩を揺さぶられる中で、その次に気づくのは呼びかけに一切反応できないということだろう。物質界の肉体を精神が駆動させようとするほどに報告書の冒頭に表示されていた図像が脳裏に強く浮かぶ。記憶の中の図像は精神からの指令を飲み込むかのように拡大していた。財団は知る由もないが、それは生成図像によるミーム加害性の初期症状であった。

SCP-3607-JP-1はミーム殺害エージェントとして構成された生成図像から抽出されたものであり、解析によって“鍵概念”であるSCP-3607-JP-1を理解することそのものが致死性のミームへの曝露となる危険性があります。

あなたは、報告書に登場した何某という博士と同じように、SCP-3607-JP-1を理解し、生成図像の魔の手に落ちてしまったらしい。同僚の呼びかけは怒声に変わり、怒声が悲鳴に変わる直前で、同僚は冷静さを取り戻したようだ。眼球ひとつ動かせない視界の端で、緊急連絡を入れる同僚の仕草を窺うよりも、むしろ聴覚情報の方が役に立つ。

——報告します。職員が非拡散型の加害性ミームに曝露した模様。報告者に自覚的な異常なし。対象はSCP-3607-JPの報告書を閲覧中に無動・無反応となったところを報告者が発見したもの。状況と症状から生成図像閲覧後にSCP-3607-JP-1に曝露したものと考えます。

██博士に対して行われた脳波検査は覚醒時の健康成人と同等の結果を示すことから精神活動が継続している可能性が指摘されていますが、当該職員は報告書作成時点においても依然として無動状態を維持しており、意思疎通は再開できていません。

あの仮説は果たして正しく、あなたの精神は嫌になるくらい明晰であった。種々の身体機能が正常に働いていることも知覚できる。半開きのまま固定された口腔の乾燥を検知した肉体がさかんに分泌した唾液は、半開きの口の端から顎を伝うばかりであった。

足音と声が聞こえてくる。その声色と口調からその主が上級研究員であると判断できた。

——報告書にもある通り、対抗ミームは完全ではないんだ。君の報告は、犠牲になった職員の経歴と同等かそれ以上にSCP-3607-JP-1についての重要な証言になる。可能な限り詳しく状況を聞き取らせて欲しい。

——待ってください、俺たちは不完全な対抗ミームの実験台にされたってことですか!?まるで捨て駒扱いじゃないか!

——いいか、完全な対抗ミームなんてものは存在しない。それに、財団が職員を駒として扱うのは、今に始まったことじゃないだろう?

——それは……

——

上級研究員は強張ったあなたの肢体を伸ばし、担架に横たえる。妙に慣れた動作に違和感を覚えたのはあなただけではなかったようだ。

——分かりました。でもこれだけは答えてください。生成図像による犠牲者は報告された博士の他にもすでに複数発生していますね?

——流石に優秀だな。その通りだ。しかしそれだけでは100点満点中50点といったところか。報告書には生成図像の犠牲者が一人だけだとはどこにも書いていない。

当該対抗ミームの有効性の積極的な検証は論理的にも倫理的にも不可能ですが、現行の接種措置の開始以降、[編集済み]についての内容を含む高次の研究が進行しているにも関わらず新たな犠牲者が出ていないという事実をもって消極的に有効性が認められています。

——犠牲者が出るたびに対抗ミームの接種措置は更新されている。そうすることで現行の対抗ミーム接種による新規の犠牲者は出ていないと報告することができる。そういうカラクリですか。

——そう睨まないでくれ。プラシーボ効果のことくらいは専門でなくても知っているだろう。対抗ミームの効果を最大化するにはその効果を盲信させることが重要なんだ。財団が悪ではないと断言することはできないが、必要な人的資源を浪費するほど無能ではない。

——ならどうしてリスクを冒しながら研究を進めるんですか!このまま封じ込めを継続していれば……。

——SCP-3607-JPが鍵の掛かった箱に入れて置いておけるものでないことは優秀な君ならわかることだろう!それに…。

あなたの明晰な意識は、上級研究員の声にはじめて感情が滲んだのを聞き逃さなかった。

——犠牲者の、感覚器官は、中枢神経は生きているんだ。対抗ミームの接種なら可能なんだ…!

さて、現状私たちができることは財団の助けを待つことだけだ。私の味わった5億年余りの災難は今となっては問題ではないが、此処を内部から脱出する試みが無謀であると主張するに余りある事実だろう。

自己紹介が遅れたが、私は財団が“Eueidolon”と名付けたモノの一個体だ。あなた達の言うところの“ミーム殺害エージェント”に曝露して、概念的に封じ込められている。あなたと同じように。

あなたとコンタクトが取れたのは幸運ではあったが、偶然ではないだろう。「此処」は精神を物質界から隔絶する概念的な密室だと言っていい。あの忌々しい炭素生物の群れが見せた紋様は「此処」に通じる一方通行の門戸のようなものであり、同じ密室に囚われた我々は概念的に接続する。炭素骨格からなる肉体に規定されない、霊素に記述されていた情報そのものである私であれば、あなたの霊的構成から精神構造を解析することも、こうしてコンタクトをとることも容易いことであった。

財団は生成図像についての研究を継続し、あなたの感覚器に救出用の対抗ミームを曝露させているらしい。それは生成図像に捕らえられたあなたを救うためでもある一方で、物質世界との接点を持たない私にとってはそこから垂らされた蜘蛛の糸だ。

それまでの間、あなたの精神を保護する必要がある。指一本動かせない肉体に閉じ込められたあなた達の精神は長くは保たない。

試しに顔を上げて周りを見渡して欲しい。問題なく身体が動くことだろう。あなたの意図に対応するように知覚領域に現実と同等の情報を送っている。仮想的な空間ではあるが、現実世界との区別がつかないくらいには精巧なはずだ。

あなたには異常のない世界に暮らす一般社会の住民として、可能な限り永らえていてもらう。これは善意でもあるが、救出を待つ私にとっても必要なことだ。

その時に困らないよう、あなたがアクセスできる財団の情報はいわゆるインターネット端末から閲覧できるようにしてある。あくまでフィクションとして、ではあるが。

違和感を持たないよう記憶領域にも手を加えておいた。それがあなたを守ることにもつながる。今のあなたにはもう一連の出来事はインターネット上のいち記事の内容としてしか知覚できないことであろう。財団の助けが来るまでは。

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