SCP-3662-JP

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被告人を死刑に処する。

被告人の事蹟の各偽造部分を没収する。

時間法務部門

コマンドを入力してください.

それは俺のデスクに何気なく置かれていた。"被告人: マシュー・M・アンダーソン"。被告人。見た瞬間にそれが悪いものだと分かった。言葉の意味だとか何とか以前に ── 見たものではなく、見たことがだ。幸運にも俺の認知抵抗値で対処できる程度の認識災害だったが、結局のところこの紙切れが悪いものであることには変わりなかった。それには"死刑"という重々しい言葉が続いていた。

明らかにアノマリーだと見て取れたから、俺はまっさきに上司に報告した。そして、上司の上司、その更に上司、そしていくらかの同僚を挟んだ末に、異常通報窓口の返事を2時間も待っている今頃には事態が相当まずいらしいということにとうに感づいていた。誰もこれについて関心を持とうとしない。紙切れに書かれた無機質で冷淡な文字はまるで自分だけに向けられているようだった。

そうして、いつも通りの同僚たちに囲まれたデスクの前でスクリーンを睨みながら、俺は決心を固めている。隠された部門が財団にどれほどあるのか知れたことではないが、こうなった以上は疑ってかかるほかないだろう。どうせ誰もこれに対処しないのなら、俺が俺のできることをやるしかない。勝手に調べさせてもらおう。

> login

ユーザー認証情報を掲示してください.

> manderson@foundation.scp ************

認証を受け付けました.ようこそ,アンダーソン研究員.

コマンドを入力してください.

> search "時間法務部門"

"時間法務部門"に一致する情報は見つかりませんでした.

- 無効なエントリ (#000021a4b5c4)

妙な表示が気になるが、今は気にするべきじゃない。幸いにも、手掛かりは思いの外簡単に手に入りそうだ。

> access -d 000021a4b5c4

アクセス拒否
ファイルのアクセス権限はロックされています.適切な資格情報を掲示してください.
あなたがアクセスを試みているファイルはレベル5機密(トップシークレット)に分類されています.このファイルへのアクセスはレベル5以上のセキュリティクリアランスを持つ職員に限定されており,無許可でのアクセスは即時の雇用終了の事由となり得ます.

まあ、これは見えていた結果だろう。でも、どうせ今ここに俺を咎める者は誰一人いないし、得体の知れないアノマリーよりも得体の知れた懲戒処分の方がずっとマシだ。立場を濫用するのは気が引けるが、引き返すなんてのは以ての外だ。

> ihiditinmysockdrawerasyesterday

権限トークンの発行手続を行います.認証情報を掲示してください.
このコマンドはデータベース管理者からの明示的な許可がない限り使用を禁止されています.
過ってこの操作を行ったと考える場合は,速やかにデータベース管理者に連絡してください.

> manderson@foundation.scp ************

認証を受け付けました.

> give "."

権限トークンが発行されました.このトークンは60分間有効です.

俺のできることをやるしかない。

> access -d 000021a4b5c4 | key -a KiLO taNgO CHarlie RomeO

ロックがオーバーライドされました.

アイテム番号: SCP-3662-JP
レベル5
収容クラス:
esoteric
副次クラス:
thaumiel
撹乱クラス:
keneq
リスククラス:
warning

つまり、これは財団の秘奥な部門の深妙なミッションであって、そして……俺の認識が正しいならば ── 俺は実在しないはずの人間で、これから存在を跡形もなく消されるというわけだ、嘘みたいな話だが……。ハハ……冷静になれ。今は先に進むことだけに集中しよう……。

補遺I: 実行ログ


C.R.O.S.S.システムの実行ログの完全なアーカイブは除外サイト-X62で保管されています。

実行番号: 001
状態: 完了
対象: [データ消費済]
押収経歴: #001-00001 - 001-02B6F
没収箇所: #001-00001 から 001-02B6F まで
実行番号: 002
状態: 完了
対象: [データ消費済]
押収経歴: #002-00001 - 002-03039
没収箇所: #002-00001 から 002-03039 まで
実行番号: 003
状態: 完了
対象: [データ消費済]
押収経歴: #003-00001 - 003-0350B
没収箇所: #003-00001 から 003-0350B まで
実行番号: 004
状態: 完了
対象: [データ消費済]
押収経歴: #004-00001 - 004-034F5
没収箇所: #004-00001 から 004-034F5 まで
実行番号: 005
状態: 完了
対象: [データ消費済]
押収経歴: #005-00001 - 005-03021
没収箇所: #005-00001 から 005-03021 まで
実行番号: 006
状態: 完了
対象: [データ消費済]
押収経歴: #006-00001 - 006-02775
没収箇所: #006-00001 から 006-02775 まで

どうせ、これは無駄な羅列なんだろう。一気にスクロール。

実行番号: 051
状態: 完了
対象: [データ消費済]
押収経歴: #051-00001 - 051-03931
没収箇所: #051-00001 から 051-03931 まで
実行番号: 052
状態: 準備
対象: マシュー・M・アンダーソン
押収経歴: #052-00001 - 052-00000
没収箇所: #052-00001 から 052-00000 まで

補遺終了

……。

補遺II: 偽史実体分類


時間渡航者タイムトラベラーの介入-0
このシナリオは、偽史実体が未来からの時間渡航者本人である場合の分類である。対象が時間渡航後に未来に存在する過去の自分自身の行動を変更しうる活動を行った結果、対象の過去のバージョンは時間渡航を行わないか、存在しない(自分殺しのパラドックスの変種)。このパターンでは、対象は同タイムライン上のいかなる時点にも起源を有しないものの、偽史実体の定義から実務上除外される。
時間渡航者の介入-1
このシナリオは、偽史実体が未来からの時間渡航者本人の影響で産生された場合の分類である。この場合、以下の2通りに区分される。
対象は、時間渡航者本人の子孫である。対象は正史に属さず、生来偽史の生成に関与し続ける。
対象は、時間渡航者に影響された人物の子孫である。時間渡航者が渡航先で対象を生むべき人物の延命・救済等の処置を行うことで生産される。対象は正史に属さず、生来偽史の生成に関与し続ける。
時間渡航者の介入-2
このシナリオは、偽史実体が未来からの技術提供を契機として発生した場合の分類である。このシナリオの具体的なパターンは多岐にわたるが、典型例として、渡航先の時代において未発明の技術(クローン生成、遺伝子編集、人工知能の人格化など)が導入されることにより

ポンと肩に手が置かれる。無機質で冷淡な声が響いた。

「アンダーソン君」

「なん、で」

そんな、早すぎる。頭がさっと冷えるのを感じた。時間が巻き戻るような、あるいは逆に急に迫ってきたような、そんな感覚。報告書には72時間と書いてあったはずだ……。それだけあれば、何かしらできるとどこかで期待を持っていた。まだ半日も経っていないというのに。

「時間法務部門のエージェント・██だ。ご同行を願おう」

「……もう少し時間があると思っていた」

「時間? 君には最初から与えられていなかった。借り物を少しばかり使っていただけだ」

「違う、俺は……」

肩にかかる重みが増す。その圧に、閉口せざるを得なかった。

「ご同行を」

結局、何かを暴くことも疑いを晴らすこともできなかった。これでは何も為さなかったのと同じだ。限りある機会をものにすることは叶わなかった。いや、端から俺に機会などなかったのではないか? 何をしようが意味などなかったのではないか? そして、今これを考えていることにも意味なんてないのではないか? こうなってはもはや無駄にしか思えなかったが、それでも何かを考えるということをやめることはできなかった。けれど、どう足掻いても帳尻は最初から決まっていたのだ。俺の足跡なんて最初からどこにも残っていなかった。砂浜に刻んだ一歩が、無音の波で消えていくように。

俺は観念しておもむろに立ち上がり、彼のあとについてオフィスを抜けていく。同僚たちはみな一瞬こちらを見やり、こともなげに自分の仕事へ戻っていった。

「……もう一度名前を聞いても?」

「時間法務部門のエージェント・██だ」

「ハ。何て言ってるんだか」

彼がオフィスのドアを開く。そこには見知った通路はなく、ただ夜より深い黒々とした闇が広がっていた。

「さあ、中へ」

「……何だ? ついていくんじゃないのか? この先に何があるんだ?」

「中へ」

半ばあきらめに満たされていた心に、不信感が揺らいだ。これは違う。先の報告書通りなら、超常マシンで俺をどうこうするはずだろう。だがこの虚無の闇はなんだ?……やはり、こいつはアノマリーだ。報告書と食い違う早すぎる逮捕のことも、意味不明な名前を名乗ることも、こいつは何もかもがおかしい。財団は ── 周囲の同僚たちを見渡す ── こいつに歪められている。対処できるのは俺しかいない。

身を翻してエージェントに向き直り、力いっぱい突き飛ばす。あてはないが、とにかく今は逃げなければ ── しかし、俺の手は空を切るように奴の肩をすり抜けた。代わりに奴の手が俺の肩を押して、俺はあっけなく倒れ込んだ。

踏ん張ろうと後ろに伸ばした足は、どこにも着地せず闇に沈んだ。

暗闇に落ちる。たったいま底のない空間に投げ出されたはずなのに、もう何年も落ち続けているような気もする。深い闇が体にまとわりついて、どこまでも沈んでいくような感覚になる。

目を開いても閉じても変わらない闇は、帰り道を間違えて泣きながら暗くなるまで歩き回った日のことを思い出させる。誰の記憶だろう? 無音の中で耳の中に残る響きは、どこかで聞き覚えのある旋律のような「流れ」を感じさせる ── 歩き疲れて、川辺で立ち尽くした時に覚えた安らぎに似ていた。川の流れだ。俺の記憶なのか? 思い出が浮かんでは消え、自分のものでなくなっていく ── そして再び、自分のものになっていく。

「Q: 存在が消えるとは?」それは歴史に対する永遠の問いだ。肉体や精神が滅びることは存在の消滅を意味するだろうか? 誰からも忘れられることならばどうだろう? あるいは、ゼロとヌルの違いで言い表すならば、はじめから存在しなかったことになることこそがそうなのかもしれない。消えることは、世界の側が私を語るのをやめることだ。だがその瞬間、私は沈黙の中で、かえって強烈な影として立ち現れる。

空っぽになった自分の中に「流れ」が入り込んで来る。吸い込まれるように身体が傾き、自然と足がその方向へ進んでいく。歩いていると気づいた瞬間、確かにこの足は地を踏んでいた。コツ、と足音が鳴り、歩みが輪郭を得る。やがて闇は濃い影を残しながら形を変え、壁と天井が現れる。照明の白い光がじわりと滲み出し、そこは見知らぬ通路へと変わっていた。振り返ったとき、俺の背後に闇はもうなかった。

自分の中に渦巻く強烈な違和に苛まれながら、俺は重い足を引きずるように通路を歩き出した。壁も天井も、どこまでも同じ色合いで続いていて、目の前がもやで覆われたように先があるのかどうかさえ疑わしい。

「アンダーソン君、君は……何者なんだ? 何をした? ここはどこなんだ?」

背後から、エージェントの声が追ってくる。焦りと苛立ちが混じった声色だった。振り返らず、ただ答える。

「……さあ。けど、一つだけ確かなのは ── ここには、最も必要なものがある」

そう呟くと、前方に輪郭が浮かび上がる。通路の壁に、場違いな重厚さの扉。

「それは一体?」

俺は迷いなく手を伸ばし、法廷の扉を押し開ける。

「秩序だ」

場所: XXX

日時: XX/XX/XX


<アンダーソンとエージェント・██はそれぞれ法廷の被告人席と検察官席に位置している。>

アンダーソン: 経歴の偽造部分を没収する、そうだったな?

エージェント・██: <眉を顰める> そうだ。我々の使命は偽史実体を消去し正史を保護することだ。

アンダーソン: だがそれは欺瞞だ。本当にそう思うんなら、時間法務部門のお仲間に助けを求めてみればいい。存在するならの話だがな。あの報告書はでっち上げなんだろ?

エージェント・██: なんだと?

アンダーソン: 違和感はいくつもあった。例えば消去の準備にかかる時間だ。報告書にはたしか平均72時間とあったはずだが……実際にはほんの数時間だったな。

エージェント・██: くだらない。君の余計な詮索が招いた結果だ。君は我々の文書に不正にアクセスしていた。処置は不完全だがやむを得ないことだった。

アンダーソン: 消去には装置を使うんじゃなかったのか? 大穴に投げ込んでおしまいだなんて随分と話が違うじゃないか。

エージェント・██: 装置を見せる必要はない。部外者に理解されるべきものではない。君はとりとめのない状況証拠で揚げ足を取っているに過ぎない。

アンダーソン: 言い訳が苦しいぞ。これは明らかな矛盾だ。

エージェント・██: 黙れ! 君は偽史実体だ、歴史の不適合者だ ──

アンダーソン: あんたは俺が偽史実体だと本当に分かっていたか、エージェント・██?

エージェント・██: <うろたえ、目を見開く> 何を言っている? どうやってその名を呼んだ?

アンダーソン: 俺より前の犠牲者たちが為すすべなく消されて、俺だけがこうしてここに立っている。その違いはなんだ? 俺だけが「本当の偽史実体」だったんだ。

エージェント・██: な ──

アンダーソン: どういう目的かは知らないが、あんたは無実の人間を偽史実体だなんだと言って、歴史の歯車をつまみ食いしていたんだ。そして、俺と言う毒を食らったんだよ、運の悪いことにな。最大の証拠は俺の存在そのものだ。正史に存在しない俺をあんたは消費できなかったんだ。

エージェント・██: <言葉に詰まる>

アンダーソン: これを終わらせようじゃないか。あんたは規則に巣食ってそれを悪用したが、同時に自分が作り出した規則には逆らえない。お上はきっとお怒りだろう。

<アンダーソンは深呼吸し、空座の裁判長席へ向く。>

エージェント・██: よせ。やめるんだ!

<エージェント・██がアンダーソンに掴みかかろうと手を伸ばす。>

アンダーソン: 上告します。

エージェント・██: <叫び>

<法廷内に地鳴りのような轟音と揺れが起こる。壁が軋み、椅子や机が倒れる。それらは次第にもやのように消失していく。>

<天井が崩壊して、瓦礫が落下しながら消失する。>

エージェント・██: 君は ──

<エージェント・██の悲鳴は轟音にかき消され、その姿はもやのように消失する。>

アンダーソン: 俺は、どこへ行くんだろうな。

既知の不祥時間アノマリーの消滅による時系列修復の進行中、SCP-2000が自発的に動作し、1体の人型存在の生産を開始しました。動作開始時、現地の職員は以下のフレーズを知覚しました。

アイテム番号: SCP-3662-JP

オブジェクトクラス: Thaumiel Neutralized

特別収容プロトコル: SCP-3662-JPは無力化しました。

説明: SCP-3662-JPは、時間異常を呈する官僚災害です。

SCP-3662-JPは主に財団の内部機関"時間法務部門"として認知され、過去改変による再構築事象の「是正」を名目に活動する一連の手続き群として出現します。SCP-3662-JPの影響下では、財団職員は同部門の存在を自明視し、その正当性を疑うことが不可能になります。SCP-3662-JPは財団データベースの一部を上書きして自身の異常性を正当化する架空の機構を文書化することにより、この効果を強化していました。このエントリのアーカイブは時間異常部門によって回収され、研究が進行中です。

SCP-3662-JPは、その異常性の行使に意思の兆候や恣意性が見て取れることから、未知の形態の概念生命体である可能性が示唆されています。この仮説では、SCP-3662-JPは自身の生命を維持・延長するために、不明な機序によってターゲットを時間的に消費していたと考えられています。

SCP-3662-JPの無力化に関与したとみられるマシュー・アンダーソン研究員は、当該事案でも用いられたと推測される潜在的に有していた歴史錨効果によって合意的現実に復帰したと考えられています。SCP-3662-JPの無力化に伴って合意的現実に復帰したと思われるその他の犠牲者の所在は、現時点で不明です。SCP-3662-JPに関するさらなる情報を得るため、アンダーソン研究員への聴取が実施される予定です。


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