僕たちの手によって、大勢の財団職員による不正が暴かれ、その大半がDクラス職員に降格された。しかし、ブレーキを2つも失ったはずの財団は、それでも己の正気を保とうと努力した。監督評議会という財団の一番のブレインが狂っていなかったのもあったのだろう。
そうして、匡済部門が作られた。降格されたDクラスにあまりにも元財団要職が多すぎたというのもあったが、評議会が手段はどうあれ彼らの主張自体に一定の正当性を認めたのもあったようだった。こうして、財団におけるDクラスの処遇は改善を見せ、社会復帰などをする者も現れた。
そんなある日だった。僕たちに、1件の呼び出しがなされたのは。
収容クラス: Thaumiel
機密
特別収容プロトコル: SCP-3664-JPはサイト-660の標準ヒト型実体収容ユニットに収容されており、生命維持設備と接続されています。SCP-3664-JPの夢界空間はファウンデーション・コレクティブ夢界保全局によって管理されており、一切の夢界実体が存在しない状態に保たれます。SCP-3664-JPはハーギン・プロトコルに組み込まれています。
説明: SCP-3664-JPはコーカソイド男性であるバーソロミュー・ソーントンです。SCP-3664-JPは接続された夢界空間に対し、自身の夢界空間と同内容の心象風景を不随意に投影します。この投影の強制力は強く、対象者が明晰睡眠状態であっても回避することはできません。SCP-3664-JPはシャドウ1を喪失したことによる昏睡状態に陥っており、初期状態における夢界空間内の様相は一様な白色のものでした。
シャドウが存在しない関係上、SCP-3664-JP自体の夢界空間の様相は内部から容易に改変することが可能です。このため、SCP-3664-JPは有害な悪夢実体の攻撃などを受けている夢界空間の簡易かつ安全な初期化に用いることができます。以上のことから、SCP-3664-JPを用いたハーギン・プロトコルが立案され、監督評議会によって承認されました。以下はその内容です。
文書記録
ハーギン・プロトコル
概要: 当該プロトコルは、財団職員の夢界空間を初期化するためのものです。
手順:
- SCP-3664-JPの夢界空間内を、一切の夢界実体が存在しない状態に保ちます。
- 対象者のシャドウを自身の夢界空間の外へと退出させます。
- 夢路網を通じ、SCP-3664-JPの夢界空間と対象者の夢界空間を接続します。
- SCP-3664-JPの特異性により、対象者の夢界空間内は初期化されます。
- SCP-3664-JPの夢界空間と対象者の夢界空間の接続を切り、対象者のシャドウを自身の夢界空間に帰還させます。
目的: ヒトの夢界空間は、特異・非特異問わず様々な悪夢実体による攻撃の対象になる場合があります。例として、クラスV悪夢実体は攻撃によってシャドウ死とそれによる昏睡を引き起こし、またファウンデーション・コレクティブの標準的な夢界セキュリティでも防御不能です。しかし、SCP-3664-JPと夢界空間を接続することによって、クラスVを含むどのような悪夢実体でもその消去が可能になります。
補遺3664-JP.1: 歴史
SCP-3664-JPは民間人であり、SCP-U233の発見時にその付近にて昏睡状態で発見されました。検査の結果シャドウが喪失している事実が判明し、さらにその際に検査を行った心理学部門職員らの夢界空間の様相がSCP-3664-JPのものと同一になったことから、SCP-3664-JPの特異性が判明しました。
当初はSCP-U233の特異性によるものと考えられていたものの、再現試験において同一の結果が得られなかったことから、これらはSCP-3664-JP独自の特異性であると結論付けられました。
ファウンデーション・コレクティブ。夢の中に存在するもう1つの財団であり、僕のもう1つの職場だ 厳密には、そこの夢路局が僕の勤め先なのだけど。まあとにかく、今回の案件はそのFCにおけるThaumielクラスのSCiPだった。
前回の一件と同様、このアイテムは僕らの監査の管轄外だった。というかそもそも、財団とFCはトップに監督評議会が立っていること以外は全く別の組織。内部監査をする部門も、僕たち財団内部保安部門とは別に存在していた。
そして、前回と違ったのは、このアイテムにThaumielという重要なクラスが割り当てられていることだった。確かにセキュリティクリアランスレベル自体は、前回と同じ4だ。しかし、前回のアイテムはあくまで(元)Euclidクラス。パッと見ごくごくありふれたアイテムだからこそ、あの時までその陰謀が見過ごされてきたというのもあった。それに対して、今回はThaumielクラス。監督評議会がしっかりと目を通して、その分類を認定しているはずのアイテム。僕たちの出番はないはずだった。
しかし、僕たちは呼ばれたのだ。それも、FCの職員でもない、第三者によって。
補遺3664-JP.2: 心理学部門による疑義
2018/01/05、ジョン・リックウッド心理学部門管理官が自身のオフィスにアナステイジア・ライト内部保安部門エージェントおよびジョセフ・カオ同部門エージェントを呼び出しました。
映像記録
<記録開始>
エージェント・カオが、リックウッド管理官のオフィスの扉をノックする。
エージェント・カオ: 失礼します、リックウッド管理官。内部保安部門のライトとカオですが。
リックウッド管理官: 入りなさい。
エージェント・ライトとエージェント・カオが入室する。
リックウッド管理官: ……こうして君たちに自分のオフィスを訪問されると、やましいことがなくともドキリとしてしまうものだな。
エージェント・ライト: や、あんたが呼んだんでしょ、あたしらんこと。
リックウッド管理官: いやあ、すまないな。2つの内部部門に加えて倫理委員会まで半壊させた君たちコンビの活躍を聞いていると、つい。
エージェント・ライト: やだなあ、褒めても何も出ませんよ、リックウッドさん。それより、さっさと本題に入ってもらえます?
リックウッド管理官の咳払い。
リックウッド管理官: そうだな、失礼した。まず……君たちは、事前に伝えておいたファイルには目を通してくれているかね?
エージェント・ライト: もちろん。SCP-3664-JP、他人の心象風景を上書きする男。夢界のことについては門外漢ですけど、まあ一応理解はできましたよ。んで、ザッと読んだ感じでは、特にあたしらが出張ってくるような情報も見当たりませんでした。
リックウッド管理官: なるほど。では、本題に入ろう SCP-3664-JPが、何者かに不正利用されている可能性が報告された。
沈黙。
エージェント・ライト: ワオ、そりゃビックリ。ちなみに、その報告はどちらさんからの?
リックウッド管理官: FCに所属している私の友人からだよ。エドワード・アッカーマン もとい、SCP-2670-JPからのな。
エージェント・ライト: へえ、SCiPにご友人が?
エージェント・カオ: Haritiクラス2のSCiPですね、存じております。確か現在は、FCの夢界保全局で働いているとか。
リックウッド管理官: その通り。やはり、FC職員がいると話が早くて助かるな……まあとにかく、彼が3664-JPの不正利用の可能性を私に報告してきたのだ。ついては2人とも、その調査をお願いできないだろうか?
沈黙。
エージェント・ライト: 2つ、いいですかね、リックウッドさん? まず、いくら親しい間柄だとしても、何でFCじゃなくて財団所属のあんたにFC職員からの報告が? んで、そのFCが管理してるSCiPの調査をこれまたどうして財団所属のあたしらに?
リックウッド管理官: 順に答えていこうか。まず、2670-JPからの報告が私に来た理由は簡単だ 不正利用が、個人ではなくFC内の組織レベルでの話の可能性があるからだ。
エージェント・ライト: ……へえ?
リックウッド管理官: まだ全容は欠片も見えていないが、少なくともファウンデーション・アーカイブ局 財団でいうところのRAISAに相当する組織のデータベース上に、その不正利用の記録が残されていなかったのだ。
エージェント・カオ: なるほど。記録の改竄、もしくはそもそもの記録担当者の関与が疑われるわけですね。
リックウッド管理官: その通り。だからこそ、FC内でその情報を完結させまいと、彼は私にもその報告を上げてくれたのだ。そして、それがエージェント・ライトのもう1つの質問にもかかってくる FC内で起きているインシデントだからこそ、その外にいる君たちが適任ではと思ったのだ。
エージェント・ライト: んー、微妙に答えになってないですねえ、リックウッドさん。あたしはともかく、坊主はFC職員も兼任してますけど?
リックウッド管理官: まあ、それはそうなのだが。エージェント・カオの所属するFC内組織は確か、夢路局だったかな?
エージェント・カオ: ええ。
リックウッド管理官: うん。まあ仮にその夢路局がインシデントに関わっていたとしても、エージェント・カオ、君ならしっかり彼らを裁いてくれると判断した。だって、君たちは自分の所属している内部保安部門をその手で半壊させただろう?
エージェント・カオ: あー……まあ、それは確かに。
リックウッド管理官: というかだな、ぶっちゃけて言うならそのせいで頼める相手がもう君たちぐらいしかいないのだ。先の件は、優秀な内部保安部門エージェントを大勢Dクラスに降格させる結果になってしまったからな。
エージェント・ライト: だから、褒めても何も出ませんって。まあでも、それなら納得は行きますよ。おたくら心理学部門は、収容と研究の専門家であって監査の専門家じゃないですもんねえ。
リックウッド管理官: そうなのだよ、残念ながらな。それで、私は君たちにお願いしている。内部保安部門というFC外の所属であり、またFC関係者として信頼できる数少ない人物である君たちにな。
沈黙。
エージェント・ライト: わかりました。んじゃ、最後にもう1つだけ。そもそも、どうしてその不正利用の可能性ってのが浮上したんです?
リックウッド管理官: 3664-JPの夢界空間に、僅かながらこれまでの記録にない様相の変化が確認されたのだそうだ。まあ、その辺りに関しては私より2670-JPに直接訊いてもらったほうが早いだろう。
エージェント・カオ: え? じゃあ、今回の調査は
リックウッド管理官: 無論、2670-JPと一緒にやってもらうつもりだ。私の個人的感情を抜きにしても、情報をわざわざ外部に漏らした彼もまた信頼のおける人物だと判断したのでな。
エージェント・ライト: ……まあ、良いでしょう。こうして呼びだしたってこたあ、ちゃんとうちの上司にも確認取ってくれてるんでしょうしねえ。
リックウッド管理官: まあな。そちらの管理官とも話をして、君たちが今回の件には適任であるという結論に達している。ただまあ、情報源がやや弱いので判断は君たち本人に任せる、ということにはなったがな。
エージェント・ライト: なるほどね。オーケー、やりましょうや。坊主、それでいいな?
エージェント・カオ: ええ、そうですね。
リックウッド管理官: 助かる。では、この後で2670-JPに君たちを訪問するように言っておこう。後は彼から聞いてくれたまえ。頼んだぞ、2人とも。
エージェント・カオ: 承知しました、管理官。
エージェント・ライトとエージェント・カオが退室する。
<記録終了>
この呼び出しの後、心理学部門よりエージェント・ライトに明晰睡眠サポート機器が貸与されました。エージェント・ライトはこれを装着して入眠し、エージェント・カオおよびSCP-2670-JPがエージェント・ライトの夢界空間を訪問しました。
映像記録
<記録開始>
エージェント・ライトの現実と同じ姿のシャドウが、荒野の様相の夢界空間の中心に座っている。インスタント・カメラに類似したエージェント・カオのシャドウ、およびSCP-2670-JPがエージェント・ライトのシャドウに接近する。
エージェント・ライト: うお、お前が坊主か。
エージェント・カオ: ええ。ここではカメラ・カメラートっていいます。
エージェント・ライト: そういや、んなこと言ってたな。悪い、多分忘れる……んで、隣にいるんが、件の?
SCP-2670-JP: よお、どうも。SCP-2670-JP エドワード・アッカーマンだ。よろしくな。
SCP-2670-JPが、エージェント・ライトに手を伸ばす。2名は握手する。
エージェント・ライト: どうも、どうも。へえ、こうして見ると普通の人間なんですねえ、アッカーマンさん。
SCP-2670-JPの笑い声。
SCP-2670-JP: 面白えよな。SCiPなのはこっちのほうなのに、夢の中だとカオさんのほうがアノマリーじみて見える 皮肉だな、何つうか。
エージェント・カオ: まあ、それが人間の無意識のなせる業、といいますか……ライトさんも、今は機器の力を借りているので人間の姿をしてますが、いつか自力で明晰睡眠できるようになったら別の姿になるでしょうしね。
エージェント・ライト: うげえ、マジ?
SCP-2670-JPの笑い声。
SCP-2670-JP: ……さて。本当ならもう少しあんたたちのコントを見てたいとこだが、そろそろ本題に入ろうじゃねえか。
エージェント・ライト: はいはい。3664-JPの不正利用、でしたっけ? で、具体的にはどういう不正利用なんですかい、それ?
SCP-2670-JP: まだ調査段階だが、とりあえずわかってることとしては……お聞きの通り、記録に残っていない不正利用ってことが1つ。そして、その不正利用の際にシャドウが巻き込まれた可能性がある、ってことが1つ。
エージェント・ライト: シャドウ……えー、つまりどういう?
SCP-2670-JP: えーっと、そうだな……あんた、インセプションって観たことあるか?
エージェント・ライト: ネタバレNGで。
SCP-2670-JP: おっと、わりい。まあ、そうだな……えーと、例の心象風景投影プロトコルあるだろ? あれ、知ってると思うが本来シャドウがその場にいちゃいけねえんだよ。
エージェント・ライト: ありましたねえ、そんな手順。でも何で?
SCP-2670-JP: 簡単なことだ。そこにシャドウがいちまうと、いくらでも好きな夢を見せることができちまうからだ そしてそれは、ライトさん、特にあんたみたいな夢界初心者にとって問題になってくるんだよ。
エージェント・ライト: あー……もしかして、あれです? 夢と現実の区別がつかなくなって?
SCP-2670-JP: そうそう! 投影された夢の内容を、まるで現実の自分がやったことみたいに経験しちまうんだ。しかも、投影する夢の内容は本人がシャドウ死しちまってるせいで自由自在に設定できる。
エージェント・カオ: ……つまり、それをやった誰かがいる、と?
SCP-2670-JP: まだ確定したわけじゃねえが、俺はそうにらんでる。俺はシャドウでも何でもねえただの夢界実体だから、シャドウとかなら見落とすような隠された痕跡にも気づけたわけだ。ただ、不正利用されたのはThaumielアイテム。夢界だろうが現実だろうが、そう簡単に不正利用できるもんじゃねえ。
エージェント・ライト: なるほどねえ。そりゃあ、組織ぐるみでのサムシングを疑うわな。
SCP-2670-JP: だろ? だから俺はジョン リックウッド管理官にそのことを報告したわけだ。そしたら、あんたたちが来てくれた。こっちにも聞こえてきてるぜ、あんたたちの暴れっぷりは。鬼に金棒じゃねえけどさ、頼もしいったらありゃしねえな。
エージェント・ライト: いやはや、おたくら揃ってあたしらを褒め殺す気か? ……オーケー、んじゃ早速だが役割分担といこうじゃねえの、アッカーマンさん。
SCP-2670-JP: 役割分担か、オーケーわかった。こっちがFCで、そっちが財団ってな具合だな?
エージェント・ライト: や、話が早くて助かりますよ、ほんと。坊主はともかく、あたしはご覧の通り機械がねえとまともにこっち入れないんでね。
SCP-2670-JP: 俺としてもそれはありがてえ話だ。さっき言った通り、この件に関しては夢界初心者 つまり、FC職員じゃねえ連中が被害受けてる可能性が高い。そいつらの身元とか投影後の行動とかは、夢界にしかいられねえ俺には調べようがねえからな。
エージェント・ライト: でもよお、そうなると気になる点が1つある。こっちのタスクは要するに被害者の調査だが、そのためにゃまず、アッカーマンさん、あんたに被害者のリストアップをしてもらう必要がある。あんた、あんま言いたかないけどSCiPだろ? 組織ぐるみの可能性があるっつうのに、HaritiとはいえSCiPのあんたが、んな自由に動けんのか?
SCP-2670-JPの笑い声。
SCP-2670-JP: 動けるわけねえだろ、もちろん!
エージェント・ライト: ……あら。
SCP-2670-JP: だからこそ、俺はあんたたちに会いに来たんだ。なあ、カオさん?
エージェント・カオ: えっ。
SCP-2670-JP: 働いてもらうぜ、あんたには。昼はライトさんと一緒に財団を、そして夜は俺と一緒にFCを洗ってもらう。しばらく夢路局の仕事は休んでもらう必要アリ、だな。有給残ってるか?
沈黙。
エージェント・カオ: ……一応。
SCP-2670-JP: よし! んじゃ、わりいけどそういうこった。借りさせてもらうぜ、ライトさん、あんたの相方さんをさ。
エージェント・ライト: あんた、生まれて1年ちょいにしちゃあ面の皮厚すぎやしねえか?
SCP-2670-JP: まあ一応、体感だと30年は生きてるんでね。
エージェント・ライト: ……ま、いいや。んじゃ坊主、そういうことでよろしく。
エージェント・カオのシャドウの顔面についたレンズからオイルがこぼれ出す。
エージェント・カオ: 有給……
エージェント・ライト: そんじゃ、そろそろお目覚めの時間としますかね。いいニュース期待させてもらおうじゃねえの、お2人さん。
SCP-2670-JP: ああ、もちろん。そっちこそ、内部保安部門の英雄さんたちの大活躍ってのを期待してるぜ。
SCP-2670-JPが、エージェント・ライトの夢界空間から離脱する。
エージェント・ライト: ……んなしょげんなって、坊主。
エージェント・カオ: ……有給……
エージェント・ライトがため息をつき、覚醒する。
<記録終了>
こうして、僕は2018年のはじめから有給休暇を仕事に捧げることになってしまった 夢の中での有給だから、あくまで寝ている間だけの話なのだけども。とにかく、僕はアッカーマンさんと一緒になって不正利用の痕跡を辿ることになった。
例のSCiPの不正利用を辿るためのルートは2つあった。
1つは、あのSCiPの夢界空間と接続した人間を洗い出すこと。記録上に存在しなくとも、あのSCiPの夢界空間自体に痕跡が残されている可能性は少なからずあった。だが、こちらは難航した。当然のことではあった。相手はThaumielクラスのアイテムだ。記録が残っていないということは、その隠蔽も慎重に行われたはずだった。なので、これはあくまでもう1つのルートのサブとして使うことになった。
もう1つは、ファウンデーション・アーカイブ局を探ること。不正利用の記録が存在していない以上、それこそ前回のRAISA技術士や欺瞞部門の件のように、記録関係の個人あるいは組織が絡んでいる可能性は高い。何なら、ファウンデーション・アーカイブ局全体が犯人の可能性すらあった。しかし、そうなると下手に動くのはまずい。FC内の情報を司る内局を相手取るということは、こちらの動きを逐一気取られる恐れがあるということだからだ。
そうなってくると、事の発端となったとはいえ、SCiPとして一応の監視対象であるアッカーマンさんはこれ以降ほとんど役に立たなかった。代わりに、僕がFCのほうでの調査をさせられる羽目になった 日に日にすり減っていく夢路局での有給日数に涙をそそぎながらも、僕はファウンデーション・アーカイブ局を調査した。
しかし、そこで事件は起きた。
補遺3664-JP.3: ファウンデーション・アーカイブ局
2018/01/27、オン・ザ・ガムボールファウンデーション・アーカイブ局管理官がエージェント・カオ(ファウンデーション・コレクティブではカメラ・カメラート)およびSCP-2670-JPを呼び出しました。
映像記録
<記録開始>
ファウンデーション・アーカイブ局のオフィスに、エージェント・カオのシャドウおよびSCP-2670-JPが進入する。空中に大量の本棚が並ぶオフィスの中心に設置されたデスクに、ガムボールマシンの姿をしたオン・ザ・ガムボール管理官が座っている。
エージェント・カオ: ……失礼します、管理官。
ガムボール管理官: ええ、こんばんは。
沈黙。
エージェント・カオ: ……その、管理官
ガムボール管理官: お疑いなのですか、私どもを?
エージェント・カオ: え、いやその
ガムボール管理官: 現在、あなたは有給休暇中のはずです。にもかかわらず、あなたはこのファウンデーション・アーカイブ局について何やら調査していらっしゃる。その具体的な理由を、あなたの口から伺わせていただきたいのですが。
沈黙。
SCP-2670-JP: ……ちなみに、何でこの俺までお呼びに?
ガムボール管理官: あなたを監視している職員が、そちらのカメラートさんとの接触を報告したからですよ。
SCP-2670-JP: ……参ったな。勘付かれないようにしてたつもりだったんだが。やっぱ俺、こういうの向いてねえかもしんねえや、カオさん。
エージェント・カオ: ちょ ちょっと……
沈黙。
ガムボール管理官: それで、こちらの質問への答えをお聞かせ願えますか? 繰り返しますが、そちらは私どもをお疑いなのですか?
SCP-2670-JP: ……カオさん、こりゃもう隠し通せなさそうだぜ。
エージェント・カオ: ……そう、ですね。仰る通りです、管理官。我々はあなたがたを疑っています。具体的にどの件かは、少なくとも現段階ではお話しできかねますが。
ガムボール管理官: なるほど。
ガムボール管理官が頭部を一回転させる。浮遊している本棚の1つがデスクに接近し、そこから1冊の本がエージェント・カオとSCP-2670-JPの目の前に飛んでくる。
エージェント・カオ: うわ!
ガムボール管理官: ここで互いに対立していては、進むものも進まないというものです。情報共有と行こうではありませんか、カメラ・カメラートさん いえ、エージェント・カオ。
浮遊する本のページが開かれる。
エージェント・カオ: これは
ガムボール管理官: SCP-3664-JPの不正利用を追っているのは、そちらの内部保安部門だけではないのですよ。現在、我々ファウンデーション・アーカイブ局も独自で不正利用についての情報をまとめているところです……恐らく、情報量はこちらのほうが上回っていることかと思いますが。
沈黙。
エージェント・カオ: ……この量の被害者リストを、いったいどうやって?
ガムボール管理官: 単純なデータソースとリソースの違いですよ。我々は、全財団職員の夢界空間のアドレスと情報を有しています。それを、夢中クローラーと職員の手で一斉走査したというだけです。
エージェント・カオ: な なるほど。それはそれは。
SCP-2670-JP: ちょっと良いですか、管理官。このリストによれば、結構な数の財団要職 それも、管理部門のお歴々が被害に遭いまくってるらしいが、それもあんたたちの権限で調べたと?
ガムボール管理官: ええ。無論、調査に関わった職員は高クリアランスかつこの件に関して潔白と断言できる者だけですよ。
SCP-2670-JP: 断言だって? いったいどうして
ガムボール管理官: 簡単なことです。調査に関わっているのはこの私だけですからね。
沈黙。
SCP-2670-JP: ……マジすか。
ガムボール管理官: そちらがこのファウンデーション・アーカイブ局をお疑いになったように、私自身もいずれかの部下の関与の可能性はあると判断しました。ですので、夢中クローラーを用いて私ひとりで情報の走査を行ったわけです。そして、SCP-3664-JPとの接続が疑われる職員をこうしてリストアップしたのですよ。
エージェント・カオ: ……確かに、あなたの目線からはご自分の潔白は自明かもしれません。ですが、あなたの立場であれば記録の消去や改竄は簡単に行えるでしょう。今回の相手はThaumielクラスです、前回の元EuclidとRAISAとは話が違う。もう少し、信用に足る根拠が欲しいところですね。
ガムボール管理官が頭部を一回転させる。浮遊している本棚の1つがデスクに接近し、そこから1冊の本がエージェント・カオとSCP-2670-JPの目の前に飛んでくる。
ガムボール管理官: そちらを。
エージェント・カオが本を開く。
エージェント・カオ: ……ミステリー・ケミストリー技術士?
ガムボール管理官: 彼が、こちらのSCP-3664-JPの記録担当者です。現実ではトム・スミスという名前の研究員をしています。彼への尋問はそちらにお任せします。情報を引き出すのはお得意でしょう、エージェント・カオ?
沈黙。
エージェント・カオ: ……ひとまずは、納得しておきます。ですが、これからの調査で少しでもあなたへの疑義が浮上した場合は、あなたへの尋問もさせていただきます その際は、このFCにライトさんも連れてきますので、そのつもりで。
ガムボール管理官: 承知しました。100%信用していただけなかったのが残念ではありますが、これからも私はそちらへの全面的協力をお約束しましょう。
エージェント・カオ: 感謝します。
エージェント・カオおよびSCP-2670-JPがファウンデーション・アーカイブ局のオフィスから離脱する。
<記録終了>
とまあ、こういう流れで僕たちはひとまず被害者リストを手に入れた。正直なところ信頼できるか当初は半信半疑だったが、リストアップされた被害者の夢界空間を1人1人精査してみたら確かに全員に件のSCiPとの接続の痕跡が確認された。これを、クローラーを使ったとはいえたったひとりで調べたというのだから恐ろしい。流石はファウンデーション・アーカイブ局管理官、ということだろうか。
とにかく、ガムボール管理官からもらったリストをもとに、ライトさんと僕は早速現実での仕事に取り掛かった。管理官に言われた通りにケミストリー技術士 スミス研究員を尋問したり、リストアップされた被害者たちに事情聴取をして回ったり。この時点で内部保安部門の現管理官に状況を報告しつつ、僕たちは一連のインシデントの内容を調べ続けた。
そして、僕たちは蜘蛛の巣の中心に辿り着いた。そこにいたのは、見覚えのある名前を持つ男だった。
補遺3664-JP.4: 匡済部門
2018/04/01、エージェント・ライトおよびエージェント・カオは、ザカライアス・パントージャ匡済部門管理官のオフィスを訪問しました。
映像記録
<記録開始>
エージェント・ライトが、オフィスの扉をノックする。
エージェント・ライト: すいませえん、連絡させてもらった内部保安部門ですけど。
パントージャ管理官: どうぞ、お入りを。
エージェント・ライトとエージェント・カオが入室する。デスクの後ろの椅子にはパントージャ管理官が座っており、デスク横にはメアリー・キム匡済部門管理官補佐が立っている。
エージェント・ライト: どうも、どうも。ちゃんと、指定させていただいた通りお揃いで何より。
キム管理官補佐: ……ええ。
パントージャ管理官: まず、こうして面と向かってお会いしたことですし、一言。16年の夏は、私の母が失礼をいたしました。
エージェント・ライト: いやいや、その件に関しちゃ謝ってもらう必要なんかないですよ、パントージャさん。確かにおたくのお母さんはほんっとどうしようもないクソッタレのアバズレでしたけどね、だからってあんたが悪いってことにゃならない。匡済部門ならご存じでしょうけど、もうとっくにあの人ならDクラス行きになってますからね。
パントージャ管理官: ええ、仰る通りです。成れ果ててしまった母の相手をするのはつらいですが、それでも彼女の支援はしていますよ……まあ、残念ながらあの様子ではCクラス以上の職務に復帰することは難しいでしょうが。
エージェント・ライト: あちゃあ、そりゃ残念。ご愁傷さまってやつですわ。
沈黙。
キム管理官補佐: ……世間話は終わりかしら、エージェント・ライト? ではそろそろ、この私含めたこの匡済部門の長2名を呼びつけた理由を伺いたいのだけれど。
エージェント・ライト: おっと、こりゃ失礼。つい昔話に花を咲かせちまった……まず、そうだなあ。せっかくだしあんたのほうから片付けますか、キムさん。
キム管理官補佐: 私、ですか。
エージェント・ライト: そうなんですよ、メアリー・キムさん いや、こっちの名前で呼んだほうがいいかな? ビギニング・オヴ・ァ・ニュー・エラFC夢界保全局セクション長さん?
沈黙。
エージェント・ライト: いやあ、初めて知ったときゃビックリしましたよ。まさか、FCのお偉いさんが財団で管理官補佐やってらっしゃるたあ。
キム管理官補佐: ……確かに、私は夢界保全局のセクション長も兼任していますけれど。だから何だと言うのかしら?
エージェント・ライト: 簡単な話ですよ……おたくらが、今回のSCP-3664-JPの不正利用の主犯格だっつってんだよ。
沈黙。
パントージャ管理官: ……それはそれは。ずいぶんと大きく出られましたね、ライトさん。
キム管理官補佐: 全くお話にならないわね。そもそも、不正利用? あなたの言っているSCiPはThaumielクラスのアイテムでしょう? そんなもの、簡単に利用できるわけが
エージェント・ライト: だからこそ、あんたの登場ってわけだ。件のSCiPは、そもそも夢界保全局の管轄。そこの重役が動いてるってことになりゃ、いくらThaumielだって不正利用もできるだろうよ。
キム管理官補佐: 憶測でものを言うのはやめていただけるかしら? その証拠は? 元倫理委員会委員長も黙らせた、あなたの調査の腕をお聞かせ願いたいわね。
エージェント・ライト: こりゃどうも。んじゃ、早速その腕とやらをお見せしますかね。
エージェント・ライトがバッグからレコーダーを取り出し、ボタンを押す。
スミス研究員の音声: おっしゃる通りです。私は、ニュー・エラ・セクション長の指示であのThaumielの不正利用を見逃しました
エージェント・ライトがレコーダーのボタンを押し、再生が終了する。
エージェント・ライト: ……他にも、おたくの部下の人たちとかから色んな証言もらってますよ。何なら全部聞きます? このレコーダーに全部入ってますけど。
沈黙。
キム管理官補佐: そ それだけでは弱いわね。責任逃れのためなら、誰だっていくらでも上からの指示ってことにするわ。
エージェント・ライト: それが十何人も連続しますかねえ? 全員が口揃えてあんたに責任押し付けてるなんてのは、無理があると思いますがね。
エージェント・カオ: ちなみに、証言以外にも証拠ならありますよ。残された痕跡を分析した結果、一連の夢界保全局職員の精神パターンが検出されました 僅かながら、あなたのものもね。
キム管理官補佐: そんなもの、管理しているSCiPなのだから当然
エージェント・カオ: 被害者の皆さんに繋がっている夢路からも、同じパターンが検出されていますが?
沈黙。
エージェント・ライト: 以上、これであんたはおしまいだ、キムさん。
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: なるほど、流石はあの2人です。瞬きする間にキムが負けてしまった……いやあ、次の番が恐ろしいですね、ライトさん?
エージェント・ライト: お、わかっちゃいます? そうなんですよ、そうなってくると次はあんたに疑いの眼っていうもんを向けざるを得ない。
パントージャ管理官: 確かに、ご覧の通りキムは現実では私の補佐を務めています。ですが、私はFCの職員ではありません。あくまで、財団匡済部門の管理官です。他者の夢界空間に入ることなどできませんし、夢の中のアイテムを不正利用するなんてもってのほかだ。
エージェント・ライト: その通り。あんたにゃ、今回の計画の実行は不可能だ。つまり あんたは、母親と同じことをやったんだよ、パントージャさん。
沈黙。
パントージャ管理官: なるほど。実行犯がこのキムで、教唆犯がこの私、というわけですか。いやあ、相変わらずあなたは面白いことをおっしゃるかただ。当然、それにも根拠がおありなのですよね?
エージェント・ライト: ええ、もちろんね。まず、今回のインシデントの具体的内容から始めていきますか。
パントージャ管理官: ふむ、確かにまだ伺っていませんでしたね。結局、それはどういったものだったのですか?
エージェント・カオがバッグから資料を取り出す。
エージェント・カオ: ……今回のインシデントは、SCP-3664-JPという他者に自由な内容の心象風景を投影できるSCiPを用いた犯行でした。その被害者となったのは、財団の人事や運営に携わる管理部門の重役たち。そして、投影された具体的な内容というのが 会議でした。
パントージャ管理官: 会議、ですか。
エージェント・カオ: はい。彼ら全員が出席したとされる、とある日の会議です。
パントージャ管理官: なるほど、なるほど。つまり、それがそのSCiPによって投影された夢であった、というわけですか。
エージェント・カオ: その通りです。そして、その会議の議題こそ この、匡済部門設立についてのものだったんですよ。
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: 恐ろしいことを仰いますね! つまりこの匡済部門は、植え付けられた偽の記憶によって設立されたものであった、と?
エージェント・カオ: ええ、もちろん。
パントージャ管理官: 全く、背筋がブルッと来てしまいました……しかし、そう易々とは騙されませんよ、カオさん。会議の書き起こし記録なら、キチンとRAISAのデータベース上に残っているはずです。まさか、これがデータ改竄によるものだとでも?
エージェント・カオ: 残念ながら、違います。その会議の記録は、仰る通り正規の手順で作られた本物の記録です その記録をした人間も、偽記憶を植え付けられているということを除けばですが。
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: それはそれは! 確かに、記録者自身にも偽記憶を植え付ければ、データ改竄は容易です……しかし、だからといってそれが私の指示ということには繋がりませんよ。
エージェント・カオ: どうしてですか?
パントージャ管理官: 簡単なことです その会議なら、この私も出席していたからですよ。
沈黙。
パントージャ管理官: 調べたのなら既にご存知のことでしょうが、件の会議には管理官候補であったこの私も出席していました。それは、記録上でも明らかなはず。そして
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: その会議の記憶なら、この私にだってある! しらばっくれるのはおやめください、お2人とも。そのSCiPの接続の痕跡なら、この私自身にもあったのでしょう?
エージェント・カオ: ……仰る通りです。僕たちの確認した被害者の中には、パントージャ管理官、あなたご自身も含まれていました。
パントージャ管理官: ならば、私もまたキムの被害者ということです。私が教唆犯であるということにはなりませんよ、残念ながらね。
沈黙。
エージェント・ライト: ……あ、話終わった、坊主? んじゃ、こっからはあたしのターンってことで。
パントージャ管理官: おや、まだ何か?
エージェント・ライトがバッグから資料を取り出す。
エージェント・ライト: この記録、見てもらえます?
沈黙。
パントージャ管理官: ……これは?
エージェント・ライト: 会議が行われた時間帯、この匡済部門施設 当時は管理部門のいち施設だったここに、あんたが入ったことを証明する記録です。
パントージャ管理官: ほう、初めて知りましたね。それで?
エージェント・ライトが資料を指でなぞる。
エージェント・ライト: そして、これが出ていく記録。ちょうど、会議が終わったとされるそのタイミングのやつだ。
パントージャ管理官: ふむ。しかし、だから何だと言うのですか? 私は偽記憶を植え付けられていたのです、この時間帯に何をしていようと
エージェント・ライト: 簡単なことだ。ピッタリすぎるんですよ、この施設にいた時間がね。
パントージャ管理官: ほう?
エージェント・ライト: 他の出席者たちは、事務仕事とか目立った記録が残らないような仕事をしてた時間帯の記憶が、例の偽会議のそれにすり替えられてた。でも、あんただけは違う。あんたは、わざわざ会議の開始時間にここに入って、終了時間に出ていった。あまりにもピッタリすぎるんですわ、そのタイミングがね。
沈黙。
エージェント・ライト: 恐らく、例の会議の記憶との辻褄合わせがしたかったんでしょうがね。逆にそれが、こうして事のあらましを見返してみると不自然になっちまった。パントージャさん、逆に訊きますがね。あんた、いったいこの時間帯、この施設で何をしてたんです?
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: 覚えていませんよ。だって、その時間帯の記憶は偽記憶で上書きされてしまったんですから。ねえ?
エージェント・ライト: 話聞いてました? ……前に、あんたの母親にも同じこと言ったっけなあ。さっき言ったように、あたしらは被害者がその時間帯に実際何をしてたのか知ってるんですわ。それってつまり、どういうことだと思います?
パントージャ管理官: ……というと?
エージェント・ライト: 全員思いだしたんだよ、上書きされて消えたはずの記憶を。っつうか、覚えてたんだ。ただ、別の日の記憶だと勘違いしてただけ。だって、あのSCiPはあくまで心象風景を投影するだけのもんだ。偽記憶の植え付け自体はできても、既存の記憶の消去はできやしない。
沈黙。
エージェント・ライト: もう一度訊くぜ、パントージャさん。あんた、あの日ここでいったい何をしてた? 忘れたとは言わせねえぞ。だって、これまでの被害者全員が、しっかりと思い出せた記憶だ。あんただけ例外でしたとは言わせねえ。さあ、どうなんですかねえ? 匡済部門管理官ザカライアス・パントージャさんよお!
沈黙。
キム管理官補佐: か 管理官……
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: 完敗です、ライトさんにカオさん。素晴らしい! 10点満点中10点の働きだ! あなたがたはこのゲームに勝った!
エージェント・ライト: ゲーム?
パントージャ管理官: ええ、ゲームですよ。実に面白いゲームでした。全面的に認めますよ。私が、SCP-3664-JPの不正利用をキムに指示していました。
エージェント・カオ: ……しかし、何故? わざわざThaumielクラスのアイテムを不正利用してまで、どうして偽記憶の植え付けなんか
パントージャ管理官が手を叩く。
パントージャ管理官: 私は母を認めてはいません。しかし、一方で彼女の主張も一理ある。この財団には、Dクラス職員を軽視している者が多すぎたのです。そんな財団で、そう簡単に匡済という政策が通るとは思えなかった。だから、私はキムを誘って匡済という大義を3664-JPを通じて果たそうとした……この動機で、ご満足いただけますか?
沈黙。その後、パントージャ管理官が笑う。
パントージャ管理官: ……そんなに警戒しなくとも、あなたがたの情報は無事に監督評議会へと届いていますよ。私は母とは違います、電波のジャミングも夢路網のシャットアウトもしていません。お2人の勝利です。
エージェント・ライト: なら、何でそんな余裕そうにしてやがる?
パントージャ管理官: 簡単なことです。私の敗北は、私どもの 匡済というアイデアの敗北を意味しないからですよ。
エージェント・ライト: ……何だと?
パントージャ管理官が立ち上がる。
パントージャ管理官: 聞こえていらっしゃいますか、監督評議会員の皆様! ただ今こちらのライトさんとカオさんが暴いた通り、匡済部門とは3664-JPによる偽記憶の植え付けによって設立された内部部門でした。確かにそこに不正利用はあり、このメアリー・キムとザカライアス・パントージャは裁かれるべき罪人です!
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: しかし! 1年の歳月をかけて、既に多くの実績が積み上げられました。Dクラス職員たちに社会復帰を果たさせたり、上級の職員へと昇格させたりといった実績が。それは、紛れもない事実なのです。私どもが不法に植え付けた匡済というアイデアの種は、正当な形で実を結んだのですよ。それを、あなたがたは解体するとでも?
パントージャ管理官が両手を広げる。
パントージャ管理官: 加えて! 不正利用によって、そこに血は一滴たりと流されましたか? 重役の誰かがDクラス職員に降格されて、破砕機に放り込まれたりしましたか? 否! 一滴たりとも私どもは流してはいない。私どもは、無血にして革命を成し遂げたのです。繰り返しましょう、私は母とは違う! 私は、私どもは、匡済部門設立という無血革命を成し遂げた英雄として、自ら喜んで処分を受けましょうとも!
パントージャ管理官の笑い声。
パントージャ管理官: ……ああ、改めて感謝申し上げましょうか、お2人とも。本当に素晴らしいゲームでした。しかし、私どもは初めから勝っていたのですよ。不正利用というゲームには負けましたが、匡済という勝負には勝った! 皆で手を繋いでゴールしましょう、ライトさんにカオさん! ここにいる全員が勝者です!
パントージャ管理官の笑い声。
エージェント・カオ: ……ラ ライトさん。
パントージャ管理官の笑い声。
エージェント・ライト: ……帰るぞ、坊主。
退室するエージェント・ライトやエージェント・カオとすれ違うように、機動部隊アルファ-1("赤い右手")がオフィスに侵入する。
<記録終了>
これを受け、ザカライアス・パントージャ匡済部門管理官およびメアリー・キム同部門管理官補佐(ファウンデーション・コレクティブではビギニング・オヴ・ァ・ニュー・エラ夢界保全局セクション長)は機動部隊アルファ-1によって拘束されました。また、ロアーズ夢界保全局管理官は一連の責任から自主的に辞任しました。
エージェント・ライトおよびエージェント・カオ、並びにSCP-2670-JPの調査結果を考慮し、監督評議会による協議が実施されました。その結果、パントージャ管理官およびキム管理官補佐は離任されDクラス職員に降格されたものの、匡済部門はその存続が決定されました。一連のインシデントはインシデント3664-JPに指定されました。
実に、後味の悪い幕引きだった。結局、パントージャ管理官の言った通り、匡済部門はこれまでの実績を考慮して解体されないことに決まってしまった。彼の言う『ゲーム』には勝てても、真に彼らを打ち倒すことはできなかったわけだ。僕たちはまた1つ功績を立てたが、真の意味では敗北してしまった。
まあでも、彼の言うことも一理あった。だって、本当に彼らには実績があったのだから。あの不正利用はただ、その実現を不安視して焦ったがゆえの愚行にすぎなかった。実際それは正されたし、残された部門自体にはもう問題はなかった。このモヤモヤは、僕の単なる子供じみた敗北感に過ぎないのかもしれない。
「……これで、良かったんですかね」
僕は、思わずライトさんにそうこぼした。ライトさんはコーラの缶をカシャッと開けながら、僕に逆に訊き返してきた。
「お前はどう思う? これで、本当に終わりだと思うか?」
「え? そ それは……」
言葉に詰まった。理由は単純だった。この、正体のわからないモヤモヤがずっと心の底にあったからだ。それが子供じみた敗北感にすぎないのか、それとも本当はしっかりとした違和感なのかわからなかったから、僕は答えることができなかった。だから、代わりに僕も訊き返した。
「……そっちこそ、どう思うんです? これで本当に終わりだと思ってるんですか? そして、もしそうじゃないっていうのなら、それでもまた前みたいに手を引くんですか?」
僕の質問を聞いたライトさんは、グイッとコーラの缶を飲み干した。そして、あの時の不機嫌さが嘘のようにニヤリと笑ってみせた。
「坊主、あの装置貸りるぞ。お楽しみはこれからだ。殴りこもうじゃねえの、FCに」
補遺3664-JP.5: 内部保安部門による疑義
2018/05/03、エージェント・ライトは心理学部門より明晰睡眠サポート機器を借用し、入眠しました。その後、エージェント・ライト、エージェント・カオおよびSCP-2670-JPはファウンデーション・アーカイブ局のオフィスを訪問しました。
映像記録
<記録開始>
ファウンデーション・アーカイブ局のオフィスに、エージェント・ライトとエージェント・カオのシャドウおよびSCP-2670-JPが進入する。空中に大量の本棚が並ぶオフィスの中心に設置されたデスクに、ガムボール管理官が座っている。
エージェント・ライト: やあ、どうもどうも、初めまして。ガムボールマシンの化け物 もとい、ガムボールさん。
ガムボール管理官: こんばんは、エージェント・ライト。
エージェント・ライト: 残念、こっちはまだ昼なんですよねえ。
ガムボール管理官: おや、それは失礼しました。こんにちは、エージェント・ライト。
エージェント・ライト: こんにちは、ガムボールさん。あん時の坊主の約束を果たしに来ましたよ。
ガムボール管理官: 確か、少しでも私への疑義が生じた場合にあなたを連れてくる、でしたね。では、そちらはいったいどういった件でこの私をお疑いなのですか?
SCP-2670-JPが指を鳴らし、手元に資料を出現させる。
SCP-2670-JP: 簡単な話ですよ、管理官。あんた、まだ俺たちに出してねえ情報があるでしょ?
ガムボール管理官: 抽象的な質問にはお答えできかねます。どの情報を出していないと?
SCP-2670-JPが資料をガムボール管理官に見せる。
SCP-2670-JP: SCP-U233。3664-JPの起源になったアイテムの情報だぜ、もちろん。
沈黙。
エージェント・ライト: 今回の一件の中心にいる、3664-JP。あたしらは、長らくそいつ自体に潜む不審さってのに気づいてなかった。でも、ようやっと気づいたんですわ。確かに、SCiPに触れることで再現性のない特異性を発現する例ってのはある。あたしらも最初はそれだと思ってた。でも、にしては話ができすぎてるって気いするんですよねえ。こんな便利な 不正利用にもってこいな特異性をたまたまその辺の民間人が発現して、はいラッキー匡済部門出来上がり、ってか? あたしゃ納得いかねえなあ。
エージェント・ライトがガムボール管理官のデスクを叩く。
エージェント・ライト: 繰り返すがよ、ガムボールさん。情報を出しなよ、U233の あんたの隠してる情報ってやつを!
沈黙。
ガムボール管理官: ……私は、書庫。ファウンデーション・アーカイブという書庫そのものです。ゆえに、私は無私を貫くようにしています。情報の収集と整理を怠らず、求められたときにそれをお出しする。それが私の、唯一にして最大の役割なのです。
ガムボール管理官が頭部を一回転させる。浮遊している本棚の1つがデスクに接近し、そこから1冊の本がエージェントらの目の前に飛んでくる。
ガムボール管理官: この時を待っていました、エージェント・ライト。そちらがこの私オン・ザ・ガムボールに、まさにこの情報を求める時を……正直なところ、いささか遅かった、と申し上げざるを得ませんが。
エージェント・ライト: ……へえ? 書庫、ねえ。単に、出すんを渋ってただけじゃないんですか?
ガムボール管理官: 書庫が本を出し渋るのではなく、人が本に辿り着かないだけなのですよ……さあ、どうぞ持っていくとよいでしょう。この情報が、内部保安部門にとっての最大の切り札となることを祈っております。
SCP-2670-JPが本を手に取る。
SCP-2670-JP: ……ま、すんなり情報出してくれたって点では信用してもいいんじゃねえの、ライトさん?
エージェント・ライト: ……まあ、それもそうだな。ただ、一応言っておきますよ。次またこういうことが起きたら、今度は本気であんたを引きずり下ろしにかかるんでそのつもりで。
ガムボール管理官: 承知は……できかねますね。求めた者に正しい情報を与えることが、私にとって唯一の存在意義ですので。また、何か情報が入り用でしたらご相談ください。
沈黙。
エージェント・ライト: ……かー、ダメだ坊主。やっぱ夢ん中のやつより現実の相手んほうがやりやしいわ!
エージェント・カオ: ライトさん……
エージェント・ライト: ま、いいや。今回は素直に見逃してやりますよ、ガムボールさん いや、ブレア・アーバナさん。
沈黙。
エージェント・ライト: 情報提供感謝しますよ。んじゃあ、また今度。
エージェント・ライト、エージェント・カオおよびSCP-2670-JPがファウンデーション・アーカイブ局のオフィスから離脱する。
<記録終了>
上記の情報をもとに、エージェント・ライトおよびエージェント・カオ並びにSCP-2670-JPはSCP-3664-JPの監査を開始しました。2018/05/19、エージェント・ライトおよびエージェント・カオによって、デイヴィッド・ヤマダ欺瞞部門元管理官(D-9512)およびパントージャ匡済部門元管理官(D-9567)へのインタビューが実施されました。
映像記録
<記録開始>
インタビュールームの机にて、D-9512およびD-9567に向かい合う形でエージェント・ライトおよびエージェント・カオが座っている。エージェント・ライトは机に両足を乗せた姿勢である。D-9512およびD-9567は両手足を拘束された状態である。
エージェント・カオ: よし。録画開始しました、ライトさん。
エージェント・ライト: あいよ。んじゃあ、始めましょうかね、お2人さん。
沈黙。
D-9567(パントージャ元管理官): ……これはいったい、どういうことでしょうか。何故、今さらこの私をお呼びになったのですか? それも、あのヤマダ元管理官と一緒に。
エージェント・カオがバッグから資料を取り出し、エージェント・ライトがそれを受け取る。
エージェント・ライト: サンキュー……いやあね、パントージャさん。Dクラスに降格されたあんたは知らないだろうが、実はあたしらは例のThaumielクラスについて驚くべき真実ってのに辿り着いちまったんですよ。
D-9567(パントージャ元管理官): 真実ですって?
エージェント・ライト: そうなんですわ。まず、あんた、3664-JPの起源についてご存じです?
D-9567(パントージャ元管理官): 起源? それはまあ、もちろん。SCP-U233という、他者の夢界空間やシャドウを崩壊させる特異性のあるEuclidクラスアイテム
エージェント・ライト: ブブー。残念、不正解。
D-9567(パントージャ元管理官): え?
エージェント・ライト: さて、ヤマダさん。じゃあ、あんたをお呼び立てした理由について話しましょうかね……結論から言わせてもらいましょう。おたくら欺瞞部門は、3664-JP 例の民間人にまつわる経緯ってのを、でっち上げやがったな?
沈黙。
D-9567(パントージャ元管理官): ……ま 待ちなさい、ライトさん。何を言っているのです? でっち上げ?
エージェント・ライト: まあ、パントージャさん、あんたは黙って聞いててくださいや……ねえ、ヤマダさん。おたくら、例の破砕機の件でデータを抹消してましたね? でもそれは、単に破砕機の件だけを隠したかっただけじゃない。例の民間人が特異性を獲得した本当の経緯ってのを、知られたくなかったからだ。
沈黙。
D-9512(ヤマダ元管理官): ……本当の経緯、だと?
エージェント・ライト: 今現在、U233自体はFCの管理下にある。でも発見当初、あれは財団の管理下にあった。そんで、改めてU233周りのIntSCPFNサーバー上のデータを調べてみた結果、そこに捏造が認められたんですわ。つまり はなっから、例の民間人はU233とは無関係だった。
D-9567(パントージャ元管理官): なっ
エージェント・ライト: デジャヴュですねえ、ヤマダさん。この既視感、嫌な予感ってのがしましたよ。そして、悲しいことにそれは的中した。バーソロミュー・ソーントン、もといD-56483。元サイト-800管理官にして、Anomalousアイテムの私的利用の罪で降格されたDクラス。例の民間人とやらの正体は、あの破砕機についてホワイト博士さんが前に語った、父親の偽経歴の元ネタだったわけだ。
D-9512(ヤマダ元管理官): ……捏造などあるわけがない。この前の一件で、欺瞞部門はRAISAの再調査の対象になったはずだろう?
エージェント・ライト: あの時は、RAISAもあくまであの破砕機についての調査に集中してた。それに、欺瞞部門自体のデータベースは物理破壊されて、とっかかりとなる情報も消えちまった。だから、長らくこの捏造は見過ごされてきたんですよ。いやあ、危ない危ない。とある情報筋からの協力がなきゃ、あたしらも完全に騙されるとこだった。
D-9512(ヤマダ元管理官): ……仮にそうだとして、何のために?
エージェント・ライト: 恐らく、例のSCiPの特異性の目的は、そこのパントージャさんがやったようなアイデアの植え付け それこそ、匡済部門の設立みてえなDクラスの待遇改善のためのもんだったんだろう。元委員長さんの、第二の陰謀ってやつだ。それに、おたくら欺瞞部門が手を貸したってわけだ。
沈黙。
D-9567(パントージャ元管理官): ば 馬鹿な……
エージェント・ライト: だがな、話はまだ終わりじゃない。本来、この計画はそこのパントージャさんじゃなくて、その母親の元委員長さんがやりたかったことのはずだ。だが、そこであたしらが登場する。あたしらに嗅ぎ回られてることに気が付いた元委員長さんは、計画が途中で頓挫する可能性を考えたんだ。そして、最初の偽記憶の植え付けを行った そこのパントージャさんにな。
D-9567(パントージャ元管理官): ……は? わ 私?
エージェント・ライト: それが、最初の3664-JPの利用だった。そんで、そこのパントージャさんは思い至ったわけだ 3664-JPを使って、匡済部門を設立する計画ってやつを。で、こっからが面白いとこなんだが、実はそん時まだ例のSCiPのシャドウは生きてたんだ。
D-9567(パントージャ元管理官): 生きて え?
エージェント・ライト: さっき言った通り、計画の途中であたしらが横槍入れたわけだからな。例のSCiPをシャドウ死させきれないまま、無理やり夢界空間をいじくって投影したらしい。んで、ヤマダさん、おたくら欺瞞部門が表向き完全なシャドウ死を装ったまま、例のSCiPっつうバトンはそこのパントージャさんらに手渡されたわけだ。
D-9567(パントージャ元管理官): だ だが、私たちがあの男を使ったときには既に
エージェント・ライト: そこがミソなんだよ、パントージャさん。例のSCiPに仕込まれてた最後の細工は、使えば使うほどそいつ自身のシャドウを希薄化させちまうっつうギミックだったわけだ。元々、あいつのシャドウはほとんど死にかけで、パッと見存在してるかすら怪しい状態だった。だからキムさんも、あいつのシャドウ死を疑ったりはしなかったわけだからな。んでよお、そんな状態で夢界空間っつう精神のもうひとかけの大事な要素を好き勝手いじくられたら、そいつはどうなると思う?
D-9567(パントージャ元管理官): ……シャ シャドウが、徐々に死んでいく、と?
エージェント・ライト: その通り! 物分かりが良いねえ。そうしてシャドウが完全に死ぬことで、あいつはようやっと今の治療不可能な昏睡状態に陥ったんだ……つまりだ、パントージャさん、おたくらは最初っからシャドウ死してた民間人を使ったんじゃなくて、まだかすかに息のあったDクラスをバカスカ使いつぶしたっていうわけだ。そうだな、ヤマダさんよお?
沈黙。
D-9512(ヤマダ元管理官): ……その通り、だ。
D-9567の絶叫。
D-9567(パントージャ元管理官): ヤマダ、貴様!
エージェント・ライトの笑い声。
エージェント・ライト: 残念だったな、パントージャさん! あんた、無血革命がどうたら胸張ってほざいてたがな。どうやらそれも、あんたの母親んせいで台無しらしいな! いやあ、ワンチャンこのこと知ってるかと思って呼び出してはみたが、結局あんたは母親の手のひらの上で踊らされてただけに過ぎなかったってこった!
D-9567(パントージャ元管理官): 嘘だ! わ 私は英雄なんだ! あの女と違って、私は一切の犠牲を出さずに
エージェント・ライト: Dクラスを救うためにDクラスを犠牲にしておいて、いったいどこが「英雄」なんだよ? おたくら親子はいっつもそうだ。命を救うだのほざきながら、結局別の命を犠牲にする自己矛盾野郎どもにすぎねえ。
D-9567(パントージャ元管理官): 違う! 私は、私は純白の正義を果たしたんだ! それを、何を今さら 欺瞞部門だって!? そんな そんなことがあってたまるか!
エージェント・ライトの笑い声。
エージェント・ライト: 今さら遅いんだよ、この人殺しが。目先の計画っていう欲に目がくらんで、もっとしっかりシャドウ死の確認をしなかった自分らを恨むんだな!
D-9567の絶叫。
D-9567(パントージャ元管理官): ゾイ・パントージャ! クソ、クソ女が! 呪ってやる! 貴様は、貴様だけは、地獄の果てまで追い詰めてやる! 絶対に許しはしない! クソ、クソ
エージェント・ライト: わあ、壊れちゃった……んじゃ、聞きたいこと聞けたしあたしらはここいらで失礼しますかね。いやあ、素敵なお話大変ありがとうございました!
エージェント・ライトとエージェント・カオが退室する。
<記録終了>
エージェント・ライトおよびエージェント・カオの調査結果を受け、監督評議会はSCP-3664-JPの発見経緯が捏造されたものである事実を認定しました。しかし、特異性自体の有用性から、SCP-3664-JPのThaumielクラス認定は維持されることが決定されました。この捏造は、インシデント3664-JP-2に指定されました。
これが、僕たちの突き止めた真実だった。またしても登場したのは、かつて悪魔の破砕機を作り上げたゾイ・パントージャ元委員長に、ヤマダ元管理官。D-56483 バーソロミュー・ソーントンの特異性獲得の経緯に関わってきていたのは、かつてのインシデント3554-JP-EXの主犯たちだった。
匡済部門自体の解体は叶わなかったが、これで僕もライトさんもようやく溜飲が下がった。結局、そこにあったのは単なる偽記憶植え付けの『ゲーム』などではなく、犠牲者の出ている深刻な事件なのだった。僕たちは、ようやく問題の本質へと辿り着いた。
しかし、そうなると。僕たちはまだ、先へと歩を進めなければならなくなる。だが、それを必死に止める人が現れた
「この件から手を引いてくれねえか」
SCP-3664-JPの不正利用を最初に発見した、あのアッカーマンさんだった。
「……それは、どうして?」
僕は、夢界空間に突然現れた彼に尋ねた。
「言えねえ。でも、もうあんたたちが出る幕はねえはずだろう。不正利用も、そもそもの起源の捏造も、無事にあんたたちの手で暴かれた。それで、万々歳ってやつじゃねえのか?」
「……それは、違います。倫理委員会と欺瞞部門 それに、もしかしたら内部保安部門。かつてのインシデントに関わっていた主犯格は、誰もがFC職員でなければ、心理学の専門家でもない。つまり、できないはずなんですよ。3664-JPの特異性を、単身ででっち上げるなんてことは」
「………」
「つまり、まだ終わりじゃないんです。今回の件の黒幕自体は、無事にこうして暴かれました。しかし、まだ隠された誰かがそこにいなければならない。3664-JPの特異性をでっち上げた、実行犯というものが……あと一歩、なんですよ。それなのにどうして、あなたがその調査を止めようとするんですか? もしかして、あなたは何か知ってるんじゃ 」
「やめてくれ!」
アッカーマンさんは叫んだ。
「……頼む。それだけは……それだけは勘弁してくれ。俺には 俺には、させらんねえんだよ。あいつの、あいつらの嘘を暴くなんてことだけは」
「……心当たりがあるんですね、実行犯に」
「ああ、そうさ。でも、それだけはできねえんだよ。俺には、あいつを売ることだけは……絶対に!」
彼の顔に、苦悩の色がにじんでいた。しかし、それでも僕は続けた。
「……僕たちは歩みを止めませんよ、アッカーマンさん」
「………」
「恐らく、あなたが思っている犯人と僕たちが思っている犯人は、同じです。だから、あなたの気持ちは理解できます。しかし……彼自身が言ったように、僕たちは自分の上司すら手にかけることを躊躇わない人間です。あなたがどれだけ止めようとも、僕たちは真実を探り出します」
アッカーマンさんが、頭を抱えてうずくまった。
「……では、こうしましょう。僕たちは、このまま調査を進めます。そして、その結果をまず上司にではなく、あなたに真っ先にお伝えします。そして あなたは、彼にその結果を報告しに行ってください」
「……何だと?」
「僕が、しばらくライトさんを止めておきます。その間に、あなたは彼に会いに行ってください。彼への尋問は、あなたにお任せします」
僕は、自分の意識を現実へと浮上させた。
「決着は、あなたの手でつけるんです」
監視記録2670-JP(2018/07/08)
<記録開始>
SCP-2670-JPがジョン・リックウッド心理学部門管理官の夢界空間に進入する。夢界空間の様相は心理学部門オフィスとほぼ同様であり、リックウッド管理官のシャドウは青年期の本人の姿に酷似している。
SCP-2670-JP: ……よお。ジョン。
リックウッド管理官: ん……おお、エディ。先日は、私に報告してくれてありがとう。おかげで不正利用だけではなく、その裏にあった陰謀にも気づくことができた。
SCP-2670-JP: ……そうだな。
沈黙。
リックウッド管理官: ……何か、悩みでもあるみたいだな、エディ。何でも相談してくれ。親友だろう、私たちは?
SCP-2670-JP: ……そうだな。俺たちは、親友だ。懐かしいよ、お前と財団職員になってから過ごした、大変で、でもエキサイティングだったあの日々が。
リックウッド管理官の笑い声。
リックウッド管理官: 君の歳で「懐かしい」と言われると、何だか面白く聞こえてしまうな。本当に、歳は取りたくないものだよ。
SCP-2670-JP: ハッ、それもそうだな。
沈黙。
リックウッド管理官: ……切り出せなくて、困っているみたいだな。じゃあ、代わりに私から切り出してあげよう。
SCP-2670-JP: いや、ま 待ってく
リックウッド管理官: SCP-3664-JP。あのDクラス職員に特異性を付与したのは、我々心理学部門だ。
沈黙。
リックウッド管理官: 暴かれてしまえば、簡単なことだ。あのDクラス職員とSCP-U233が無関係である以上、その特異性は誰かが付与したものということになる。そして、欺瞞部門が捏造した記録において特異性の起源に関与していたのは、我々心理学部門……つまりは、そういうことだ。我々がバーソロミュー・ソーントンのシャドウを希薄化し、心象風景投影の特異性を付与した。それこそ、様々な超常技術やアイテムを駆使して、な。
沈黙。
SCP-2670-JP: ……ハーギン・プロトコル。あの心象風景投影プロトコルに名前を冠しているのは、当時博士だったピーター・ハーギン管理官補佐。そして、当時からお前は管理官をやっていたな、ジョン?
リックウッド管理官: その通りだ。
SCP-2670-JP: 認めたよ、ハーギンが。上からの お前からの指示で、あのDクラスの改造をやってのけたってな。
リックウッド管理官: そうか。
SCP-2670-JPが、リックウッド管理官のシャドウの胸ぐらを掴む。
SCP-2670-JP: ちったあ否定しやがれ、ジョン!
沈黙。
リックウッド管理官: ……10年近く、君とは仕事をしていた。でも、初めてだな。こうして、君が私に手を上げるのは。でも良かったよ、君にあの2人を紹介して。君ひとりなら、こうして私を追及することはしなかっただろう。
SCP-2670-JP: ふざけんのも大概にしろ! 何で……何で否定しねえんだよ! まだ、俺は物的証拠の1つも出しちゃいねえっつうのに!
リックウッド管理官: 事実だからだよ。私が、ハーギンに命じて一連の悪事をやらせた。全ての責任は、この私にある。
SCP-2670-JP: ざけんな! こっちはまだ証言の1つしか出してねえってのに、あっさり認めてんじゃねえ!
SCP-2670-JPがリックウッド管理官のシャドウを投げ飛ばす。リックウッド管理官のシャドウがオフィスの壁に激突する。
SCP-2670-JP: いいか、ジョン。こっちはこの1ヶ月以上、さんざお前のことを調べた。さんざ心理学部門を洗った! でも、お前が真犯人だっつう物的証拠は何も出なかった! あくまで出たのはハーギンに関するもんと、そのハーギンがお前の指示でやったっつう証言だけだ! いくら欺瞞部門が関わってるからってなあ、単なる実行犯にすぎない心理学部門を お前をそこまでしっかり庇い立てするわけがねえ!
SCP-2670-JPがデスクを投げ飛ばす。
SCP-2670-JP: こちとらなあ、幻影とはいえ10年近くお前と親友やってきたっつう記憶があんだよ! だから、お前の魂胆はよくわかってる! 責任を取るつもりなんだろ? 心理学部門としてパントージャどもに協力していたその罪を自分で丸ごとおっ被ることで、部下のしてきた悪事を見抜けなかった責任ってのを取るつもりなんだろ!?
沈黙。
リックウッド管理官: ……証拠は、どこにある? 私が、この一件に関わっていないという証拠は?
SCP-2670-JP: んな悪魔の証明を俺らがするわきゃねえだろうが! いくら国際法の外にあるからってなあ、財団にだって推定無罪の原則っつうのはあるんだよ!
SCP-2670-JPが、倒れているリックウッド管理官のシャドウの胸ぐらを掴む。
SCP-2670-JP: 言えよ、ジョン! 「部下が勝手にやったこと」っつう、お前の立場によくお似合いの口上をよ!
沈黙。
リックウッド管理官: ……君は、本当に優秀な財団職員だな。ここまで感情的になっていながら、その実どこまでも冷静で正しい判断を下している。君の言う通りだ。私は確かに、実際のところ今回の件には関与していない。ハーギンは、単に責任逃れでそう言っているだけなのだろう。
SCP-2670-JP: だったら
リックウッド管理官: 私も、もう歳だ。退職するにはちょうどいい時期だとは思わないか? それに、私の関与の有無がどうであれ、結局は同じことだ。私の部下が、今回の一件の主犯格だった。なら、どっちみち私は責任を取らなければならない。言ったように、超常技術と複数のアイテムを用いてでっち上げられたものなのだから、あのDクラスは。心理学部門としての罪は、この身をもって償わなければ
SCP-2670-JP: ざけてんじゃねえぞ、このバカ野郎!
SCP-2670-JPが、リックウッド管理官のシャドウの額に自身の額をぶつける。
SCP-2670-JP: てめえのそれは「責任を取る」じゃねえ、「責任から逃げる」なんだよ!
沈黙。
SCP-2670-JP: ……いいか、ジョン。責任を感じてるってんなら、なおさら逃げるこた俺が許さねえ。責任を取るってんなら、お前がやるべきことは1つだ 心理学部門に残って、あそこが崩壊しねえように馬車馬みてえに働くことなんだよ。
リックウッド管理官: ……齢77にしてまだ働け、と?
SCP-2670-JP: ああ、そうだぜ、このクソジジイが。俺は、絶対に認めねえ。お前が今回の件の罪をおっ被って、心理学部門の連中を見捨てて逃げるなんてこたあ。
SCP-2670-JPがリックウッド管理官のシャドウから手を離す。
SCP-2670-JP: もう一度言うぜ、ジョン。お前に繋がる物的証拠は何1つなかった。お前に繋がる根拠っつうのは、ハーギンの野郎が言った「管理官の指示でやったこと」っつう他愛もねえ証言だけだ。だから、否認すんだよ。お前に降りかかった疑惑ってやつを、全力で! 心理学部門を守るために!
沈黙。
リックウッド管理官: ……相手はあの、君もよく知っているコンビなのだぞ?
SCP-2670-JP: だとしても、だ。死ぬ気で、可能な限り言い逃れろ。ライトさんとカオさんは、全力でお前のことを追及するだろうさ。でも、責任を取るっつうんなら! たとえ拷問まがいのことをされてでも、「部下が勝手にやったこと」って主張しつづけるんだよ!
沈黙。
リックウッド管理官: ……ハッ。
リックウッド管理官の笑い声。
リックウッド管理官: 完敗だ、エディ。いつまで経っても君には敵わないな、まったく……わかったよ。君の言う通り、可能な限り否認をしつづけてみせるさ。もうろくした頭に鞭打って、あのアナステイジア・ライトとジョセフ・カオのコンビから逃げ切ってみせる。
リックウッド管理官のシャドウが立ち上がる。
リックウッド管理官: ……ありがとう。そして、すまない。君のおかげで、気の迷いというものを断ち切ることができた気がするよ。
リックウッド管理官のシャドウが、SCP-2670-JPに手を伸ばす。
リックウッド管理官: 責任は取ろう、エディ。心理学部門の長として、可能な限りの手を尽くしてみせる。
SCP-2670-JPがリックウッド管理官のシャドウと握手する。
SCP-2670-JP: ……最初っからそう言えよ、バカ野郎。
SCP-2670-JPが、リックウッド管理官の夢界空間から離脱する。
<記録終了>
これが、彼らの出した結論だった。僕は約束通り、ライトさんにこっぴどく叱られながらも、1日だけ上への報告を食い止めた。そして、そこからは打って変わって、全力を挙げてリックウッド管理官を追及した。
その結果は、次の通りだった。
補遺3664-JP.6: 心理学部門
エージェント・ライトおよびエージェント・カオは心理学部門を調査し、2018/07/09、ピーター・ハーギン心理学部門管理官補佐がインシデント3664-JP-2に関与している事実を報告しました。この中でハーギン管理官補佐に対するインタビューが実施され、ハーギン管理官補佐は複数のアイテムを不正利用してSCP-3664-JPを作成した事実を認めていました。同時に、ハーギン管理官補佐はその犯行がリックウッド心理学部門管理官の指示によるものであると証言しました。以上より、ハーギン管理官補佐は離任されDクラス職員に降格されました。
しかし、2018/12/31まで行われた内部保安部門による調査の結果、リックウッド管理官のインシデント3664-JP-2への関与は認められませんでした。このため、ハーギン管理官補佐の証言は虚偽のものであったと断定されました。結果、リックウッド管理官は離任されませんでした。
結局、リックウッド管理官が関与していたかどうかはわからずじまいだった。アッカーマンさんの言った通り、僕たちは持てる全てを使ってリックウッド管理官を追い詰めた。しかし、それでも彼は一切のボロを出さなかった。最終的に、リックウッド管理官はその職位を保ったまま、処分を受けることなく心理学部門の長として君臨し続けた。
「……どう思います、ライトさん?」
僕は、内部保安部門施設の休憩室で、ライトさんに尋ねた。
「何が? 坊主が勝手にアッカーマンさんにあれこれ言って、しかもこのあたしを1日食い止めやがったことについてか?」
「う……違います。けどすいませんでした」
「ったく、相変わらず変な方向に思い切りの良いやつだよ、お前は」
ライトさんは、モンスターの缶をカシャッと開けながら言った。
「……まあ、疑わしきは罰せず、だ。半年かけて何にも出なかった以上、しゃあねえんじゃねえか」
「そう……ですか」
「ま、個人的にはリックウッドさんはほんとに関わってなかったほうに一票かな。っていうか、もし関わってたらあたしらの負けってことになっちまう」
そう言うと、ライトさんはこれまたグイッとモンスターの缶を傾けた。
「……まあ、それもそうですね。僕も、関わってなかったって考えることにします」
プハッ、という小気味良い音が、隣から聞こえてきた。
「そういや、夢界保全局の臨時管理官、まだガムボールさんのままらしいですね」
「そうなのか? ったくあの女、食えねえやつだなまったく。2つの内局の支配者になっちまうたあ」
僕も、手元のモンスターの缶をカシャッと開けた。まだまだ、内部保安部門としての仕事は山積みだ。
「……ま、事実がどうであれ、だ。本音でぶつかりあえる相手がいるってんなら、心理学部門あそこはきっと大丈夫だろうさ」
ライトさんは缶を持ったまま、天井を見上げて独り言ちた。
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