SCP-3696-JP
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アイテム番号: SCP-3696-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: 新たにSCP-3696-JP被験者の条件に符合する人物が発見・救助された場合、担当エージェントは医療従事者もしくは取材記者に偽装した上で適宜聴取を実施します。対象が被験者であると判定された場合、当該人物は財団管理下の医療施設へと移送され、更なる検査・聞き取りの後、メンタルセラピー療法と偽る形で軽度記憶処理が実施されます。

説明: SCP-3696-JPは特定状況下に置かれた人物(以下、被験者)が、その睡眠時に経験する可能性がある異常な夢見現象と、それに付随する身体影響作用の総称です。現象経験時点における全被験者の境遇は概ね共通しており、海難事故や自然災害を理由に日本周辺の海域を漂流していたか、もしくはその状況から無人島に漂着して遭難状態、飢餓状態に陥っていたという点で必ず一致します。

SCP-3696-JP現象時における夢中描写は、上記したような各被験者が置かれた現実での過酷な状況・環境を大まかに再現する形で表出します。そして、この夢中において被験者は必ず、人間の遺体の一部(手、足、胴体、頭など)が海岸に漂着しているか、あるいは海上を漂っているのを発見し、苦悩の末にその遺体を消費するという共通したイベントを経験します。

この睡眠からの覚醒後、その身体内外の状況には数値的・外観的な変化が一切観測できないにもかかわらず、一時的に被験者は空腹感の軽減に加えて、飢餓や大まかな環境的要因を理由とする身体機能不全および死に対する耐性を獲得します。当該性質は24~72時間程度の時間経過で無力化されますが、被験者が新たに同一内容の夢見を経験する度にその影響期間が延長されていきます。この作用の結果として、怪我や持病もしくは老衰等を要因として死亡しない限り、十分な食料と生存環境が確保できない状況下であるにもかかわらず、大半の被験者は長期的に生存し続けることが可能です。

なお、夢中にて発見される遺体の身体部位やその総量は現象ごとに異なっている他、別の被験者が経験した夢見に際して消費した箇所、あるいは同一被験者が以前に経験した夢見に際して消費した箇所と、全く同じ部位が出現したケースも複数報告されています。加えて、後述される蒐集院の先行研究および財団による後発的調査の結果、夢中に出現する全ての遺体に関して、過去に実在した同一個人のものであると推測する説が現在も有力視されています。

補遺: SCP-3696-JP現象は1820年代、蒐集院によって初めてその存在が認識されました。蒐集院では当初、当該現象が海洋や島という領域を起源とする神性異常によるものと考えられており、各被験者が漂着した島々やその周辺海域に対する調査が行われていました。しかしながら、当時の船舶・調査技術の都合から周辺海域に対する十分な検分が行えなかったことも手伝ってか、現象との関連性を示唆する存在を発見するまでには至っていませんでした。

その一方で1850年代において、蒐集院は報告情報群の精査結果から、夢中に出現する遺体が30年近く前に死亡していた██ ██氏(財団への引き継ぎ後、PoI-3696-JPと指定)の30代後半時点での容姿と一致しているとする仮説を立てるに至りました。

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鳥島(北緯30度29分02秒 東経140度18分11秒)

当該人物は、1785年に船舶事故に見舞われ、伊豆諸島の無人島である鳥島へと単身漂着し、そこで10年以上の歳月を生存し続けた後、後発的に漂着した船団員たちの協力を得て本土に帰還を果たした人物として現在では認知されています。しかしながら、PoI-3696-JPは上記船団員たちに発見された時点において、漂着から間もない時期に負ったと主張される両脚部の怪我のため、慢性的に歩行困難な状態であったと記録されていました。鳥島自体はアホウドリ等の海鳥の群生地として知られる一方、上記怪我のために食料・衣類の確保を目的として海鳥等を捕獲することが不可能であったのではないかという指摘と、それに対するPoI-3696-JPの曖昧な回答や不自然な挙動が散見されたこともあり、一時は蒐集院の調査対象に指定されていました。

その中でも、当時行われたPoI-3696-JPに対する聴取内において、上記したように大半が曖昧かつ要領を得ない内容でありながらも、"海亀を捕まえて食べる夢を毎晩見ており、何故か現実でも飢えを凌ぐことができていた"という旨の証言が複数行われていた点には注目すべきです(詳細は付録項目を参照のこと)。

また、SCP-3696-JP現象の認識され始めた時期が、PoI-3696-JPの死去から間もない時点であったこともあり、蒐集院内では上記したように、当該人物が異常現象の初被験者、もしくは起源とする説が支持されていました。しかしながら、帰還時点のPoI-3696-JPに対して行われた直接的な調査および、仮説成立後に行われた追加調査のどちらの結果でも、異常現象と当該人物の関係性を決定付けるまでには至らず、財団へと引き継ぎが行われるまで更なる調査は行われていませんでした。

付録: 以下は蒐集院覚書帳目録「餓者の夢喰い」より、PoI-3696-JPに関する記録箇所の抜粋です。

餓者の夢喰い蒐集物覚書帳目録第一四八六番

当院が初めて夢喰いの現象を認識したのは一八二三年のことである。この奇妙な夢見の体験と、その後に見受けられる生と死の境界が曖昧となる様相は、神性異常等による権能の発揮と類似しており、儀式的・呪術的加護による作用だと推定される。また、夢中での人々の行動を考慮すれば、その根源的な要素として黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)の伝承に類する性質の存在も疑われるだろうか。

一八五六年、数少ない夢喰いに纏わる報告群を基として、当院は██ ██が現象の起源に関与していると推測するに至る。だが、この時点で当人物は既に死亡していたものの、かつての時代において当院による検分対象(異常性は未発見のまま保留対応)となっていた事実が判明し、その際に取られた記録が重要度の低い文書保管所より発見された。

添付文書・壱: 以下は一七九七年、無人島より帰還した██本人から得られた供述内容の報告文書である。


国代官所で私が初めて対面した時、その男の姿は酷くやつれて見えた。だが、海洋にて仲間を全員失った上、他の漂着者たちが流れ着くまでの10年以上もの歳月を無人島で1人過ごした男だということを踏まえれば、想像していたよりも痩せこけていたわけではない。むしろ何も知らなければ、そこいらの浮浪者よりは食うに困ってはいないものと見誤ることだろう。また、その声はしわがれており、ややきつい訛り混じりの喋り方ではあったものの、情報を聞き出す分に支障はほとんどなかった。

まず初めに、島でどのように生き延びたのかと私が尋ねると、男はアホウドリを捕まえて生き凌いだと言葉を返した。だがそれに対して、そのまともに歩けぬ足でどのように狩りを行ったのかと空かさず問い正す。すると男は苦しそうな表情を浮かべて暫く押し黙った後、言葉を濁しながらも夢の中で海亀を食べたのだと話し始めた。

聞くところによると、奇妙な夢の話であった。ある晩の夢のこと、もはや夢現つを問わず空腹に苛まれ始めていた男は、海原へと藁にも縋る思いで祈ったのだとか。するとその夢の中、夜の暗い海底から亀が陸地へと上がって来て、自らを食べて飢えを凌ぐように語りかけてきたと言うのだ。

その言葉を聞いた男は空腹のあまり二つ返事で提案を有難く了承し、現れたその亀を喰らったのだが、なんとも奇妙なことに、目覚めると現実での飢えまで満たされていたらしい。そして、それからは島に滞在していた間、男は眠る度に夢で海亀を喰らうようになり、そのおかげなのか寒暖に喘ぐことや病を患うこともなかったとのことであった。

御伽噺ではあるまいし、夢の中の亀が何故に自らを食するよう勧めてくるのだと聞くと、よく分からないが海亀曰く"貴方が偶然に生き残った1人だから"らしいと男は話した。では、どのようにして亀を食べたのかと聞けば、その場で肉に噛り付いて血を啜ったと苦い顔で答える。まさか、生きたままの亀の身体に齧り付いたと言うのか? 夢の中だとしても亀のあの外見を前にして、即座に身体へ噛り付くという考えに至るのは、些か不自然ではないか? と私は指摘を返す。だが男は、そうする他なかった、と消え入りそうな声でただそれだけを呟き、それから口を固く継ぐんで返答しなくなる有り様であった。

ともあれ、男はその奇妙な夢を本土に帰還するまでの10年間以上、日にすれば4000日以上も毎晩見続けたのだと言う。さらに言えば、全く歩けないばかりか動けば酷く傷が痛むために、遭難中は日の大半を寝て過ごしたそうである。

食料や衣類の確保については差し置いても、通常ならばそのような寝たきりで不衛生な生活を続けていれば肉体が弱り、もはや足腰どころか身体中がまともに動かせなくなるはずである。だが、男は足の怪我による影響を除けば、現在では杖を突いて多少の移動であれば行える上に、それ以外の身体の筋力が衰えているようにも、重篤な病に侵されているようにも見受けられなかった。

動けさえすれば最低限の衣食住は比較的容易に確保できる環境であったことを踏まえると、海洋に由来する何らかの神威が眠る男に憑り付いて身体を操ったか。もしくは、本当に夢の中の奇妙な亀を糧として腹を膨らませて生き延びたというのだろうか。

無論、これまで語った全てが単なる法螺という可能性も考えられるが、夢の内容に触れることを男は真に拒んでいるように見受けられたため、単なる作り話とは到底思えないというのが所感である。いずれにせよ、現状で得られる供述内容だけではこの男が異常を有するかどうか、検分としては不十分と言わざるを得ない。従って、男が供述した無人島や周辺海域の検分実施を進言する。

同年、生前における██の身辺状況に対する再検分が実施され、その一貫して親族に対する聞き取りが行われた。しかし何れの検分結果も、既に死亡したはずの██が何故、かつての自身と同じ境遇に陥った餓者たちに夢で喰らわれ続けているのか、その根源的な原因を完全に解き明かすまでに十分な情報は得られずであった。

添付文書・弐: 以下は一八五六年、既に死去していた██の親族達から得られた供述内容の報告文書である。


親戚筋によれば、件の男は帰郷後、無人島での体験談を各地で語ることで金品を得るなどして生計を立てていたようである。また、その間に妻子も得ていたようで、長い不運の時を思えば、比較的幸福な余生であったと言えなくもないだろう。その一方でだが、帰還直後の供述時に語ったとされる「ウミガメ」に関しては、話題に挙がったことすらなかったようで、子や孫ですら知る者は終ぞ1人も見つけることができず、専らアホウドリの肉と卵を食べて飢えを凌いだとのみ語られていたようだ。

もしも仮説通り、男が夢喰いの起源であるとすれば、男自身も何者かの遺体を夢で見つけ、それを苦悩の末に喰らっていたと考えるのが自然である。それを思えば、人食への忌避感情や禁忌を犯したという意識から、家族にもその話題を話すのを避けていた、というのは想像に難しくはない。かつて我々に、夢の中で食したものが「ウミガメ」だと嘘吐いたのも、おそらくはそれら感情に由来するところだろう。これは、他の夢喰いを行った者たちの多くが夢の話題を避け、それを思い出さぬよう努めることがほとんどである点とも符合する。

また晩年の男について聞けば、ある時から死生観や死後の世界などについて興味を抱くようになったと話す者が複数いた。加えて、ある時点から神仏の存在も信じるようになり、死後に極楽へ行けるように熱心に祈っていた、とも噂されていたようだ。

尤も、より親しい間柄の者によればそんな事実はなかったようであるが、子供や親戚に対して「自分が死んだ後は、海に出ないようにしろ」と繰り返し話していたとの供述は得られた。その他、今際の際には「不運にも何故、1人で生き残ってしまったのか」「己は何に祈るべきであったのだろう」「島から逃れたために、10余年分の対価を支払わねばならなくなった」などと、うわ言で何かの後悔を独り言ちていたという部分も注目に値すると思われる。

これら供述内容から、男がかつて無人島で夢喰いを行っていたのは明確な事実であろう。その一方でだが、かつての夢での食人行為を後悔や懺悔し、信心深気な発言や振る舞いを見せるようになったというだけであれば、他の夢喰いを行った者たちにも見受けられる様子であるために正直なところ特筆すべきような内容とは言い難い。死生観や死後観に興味を抱いた点も、食人行為による罪の意識に由来するところであろう。

今回の検分内容を改めて総括する限り、結局のところ件の男と他の者の違いというのが、「誰の遺体を夢の中で食していたか」という一点である。それはつまり、この男の遺体が夢に現れるようになる以前、全く別の者の遺体が夢の中に現れていたということに他ならない。では、どのような経緯でもって、夢喰いの対象が取って代わったのだろうか。

可能性としてだが、かつての供述に際して男が「ウミガメ」と対話をしたと語っている点には着目できる。何故ならばこのような「遺体との対話する」という要素は、他の夢喰いを行った者からは齎されたことがない夢中描写であるからだ。つまりは、男が夢で喰らった「ウミガメ」というのが遺体などではなく、何も問題なく口を利ける「生きた人間」そのものであったとすればどうだろうか。

例えば、伝承・逸話の中には「飢える者の前に神威・化身が顕れて信仰心を試し、最終的に自らの肉体や排泄物を振る舞った」という展開が時折見受けられるわけだが、ある類例において、その物語の1つが生まれる起源となったであろう呪術を我々は捕捉している。この呪術というのは、対象となる者の夢中に自らの現身を投影させた上で取引を持ち掛け、了承された際に対象者の胃中へ自らの切り落とした肉片を転移させつつ、その対価を対象者から強制的に取り立てるというものであった。

尤も上記呪術では、起源となったとされる夢喰いのように、対象が喰われる側に取って代わるようなことはなかったのだが。しかし、「ウミガメ」との対話に際して、男が飢えを凌ぐために何かの取引を二つ返事で行い、その結果として現在のような状況に陥ったのだと考えられなくもない。つまりはうわ言で漏らした「10余年分の対価」とやらを、今まさに男はかつての「ウミガメ」と同じ立場・形式・位置付けに当て嵌められてしまった上で支払い続けているのだ。

もしかすれば、これは男に対する個人的な恨みの結果なのかもしれないし、「ウミガメ」も同様に自らの立ち位置・役割を別の何者かに定義付けられた被害者であり、一時的に自由の身となるべく、男に自らの立ち位置を譲渡しているのかもしれない。

あるいは単に、「ウミガメ」が自らの肉を男に与えた動機だと語られた「貴方が偶然に生き残った1人だから」の言葉通り、ただ偶然的・運命的に生じた男の状況が「ウミガメ」の何か琴線に触れてしまっただけで、新たな仲間と共に島を脱して「ウミガメ」の興味の外に行ってしまった男が死後に夢喰われるようになってしまったこと自体、実は別に些細なことでしかないのかも。

と、ここまで語ってきたものの、このように「男が喰らった者というのが、何らかの特殊な存在であった」などと推測するだけならば容易いが、結局はそのような確証は得られていないという実情でもある。次回は、改めて男の生家の検分を予定している。






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添付文書・弐に綴じられていた図絵。その詳細については文書内で触れられておらず、背面にはPoI-3696-JPの筆跡で"ウミガミ"とのみ記載。



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