クレジット
タイトル: SCP-3776-JP - 富士の虎岩
著者: renerd
作成年: 2023
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分類委員会による注記
オブジェクトクラス・Nagiが割り当てられたアノマリーは、何らかの理由で長期的にその異常性・危険性を失っています。収容プロトコルは継続され、再び異常活動の兆候が見られた場合、即座に適切なオブジェクトクラスへ差し替えられます。
特別収容プロトコル
富士山山頂の浅間大社奥宮内にはスクラントン現実錨1が設置されます。SCP-3776-JPが活性化した場合、スクラントン現実錨を大出力で稼働させ、その動きを抑制します。
通常のお鉢巡り (富士山の山頂火口を歩いて一周すること) ルートの整備・誘導などにより、民間人の火口内部への侵入を制限してください。
説明
SCP-3776-JPは、富士山頂の火口内に張り出した、50 m以上の大きさを持つ岩でした。SCP-3776-JPはその形状がうずくまっている虎に似ていることから「虎岩とらいわ」と呼ばれており、お鉢巡り時の名所の一つでした。
SCP-3776-JPは、後述の事件後、現実改変能力を用いた自律的な歩行を始めました。歩行は非異常のトラ (Panthera tigris) のものと類似しており、速度は最大で5 m/s程度でした。
「虎岩」は、富士山の頂上について詳細に記述した最も古い文献「富士山記 (9世紀中頃の著作)」内で描かれています。このことから虎岩は少なくとも1,100年以上存在し続けていたことが分かりますが、SCP-3776-JPが具体的に何年頃から異常性を保有していたのかについては議論中です。
以下は平安時代の文人・都 良香みやこ の よしかの著した「富士山記」の抜粋です。
富士山記 著: 都 良香
抜粋 (旧字体は新字体に改めてある): 此山高極雲表、不知幾丈。頂上有平地、広一許里。其頂中央窪下、体如炊甑。甑底有神池、池中有大石。石体驚奇、宛如蹲虎。
現代語訳: この山の高さは雲の上に出るほどで、幾丈あるのか分からない。頂上には平地があって、広さは一里ほどである。その頂上の中央部はくぼんでいて、米を蒸す甑こしきのような形をしている。甑の底には神池があって、池の中には大きな石がある。石の形は珍しく奇妙で、うずくまっている虎のようである。
SCP-3776-JPは、2020年8月20日の午前3時に活動を開始し、同日の午前7時に停止しました。以下の補遺は当時の記録です。
補遺3776-JP.1 > 2020年の富士山頂と財団
SCP財団は「全国現実性強度観測網 (Kant-NETs)」で日本全国での現実性強度を計測しています。現実改変者の能力使用時などに生じる現実性の揺らぎを観測することは、財団による迅速な異常存在の確保・収容に貢献しています。
富士山山頂の剣ヶ峰に存在する旧富士山測候所には、Kant-NETsを構成するマークIIカント計数機が設置されています。富士山の地理的特徴からこれは非常に重要であるため2、2004年の気象庁による測候所運営の終了後は、NPO法人「富士山測候所を活用する会」の研究者に財団職員を潜入させ、メンテナンス等を行っていました。
また、富士宮ルートの頂上部付近に位置する浅間大社奥宮内には、低出力スクラントン現実錨が設置されています。平時でも現実性強度が高い地域である3富士山山頂の同神社では、毎年の開山祭や例大祭、閉山祭などの際に人間の体調に悪影響が出る程度の現実性強度の変動が起こるため、浅間大社の管轄が蒐集院から移行したのちに運ばれました。
平年の8月中旬には、富士山頂は多くの登山客でにぎわいますが、2020年の夏季は新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) による影響のために入山が規制されていました。8月15日に浅間大社奥宮にて閉山祭が関係者のみで行われた後の8月20日には、山頂にはカント計数機のメンテナンスなどを行うSCP財団の職員2名のみが滞在していました。この2名には「感染対策を十分に施したうえで、少数で施設の整備・維持を行う」というカバーストーリーがあてられていました。
補遺3776-JP.2 > 異常性の発現
2020年8月20日の午前3時40分ごろ、静岡県沖を震源とする地震がありました。富士山山頂における震度は4でした。
以下は、地震発生から21分後の通信記録です。地震による旧富士山測候所の損壊は特に認められなかったという旨の報告を、当初の目的としていました。
Record 08/20 04:01
旧富士山測候所 通信記録
メンバー:
- 研究員 梅津うめづ 有紀ゆうき
- 技師 佐藤さとう なつき
- サイト-8153 通信士 北西きたにし 惇まこと
付記:
2名の財団職員は、既に山頂への滞在が11日目であり、高所環境によく適応していた。
サイト-8153は東富士演習場4内に位置し、有事の際に使用される財団兵器を自衛隊の装備品に偽装しつつ管理している。また、富士山域財団施設の統括拠点でもある。
[通信開始]
梅津研究員: こちら富士山頂、旧富士山測候所です。研究員の梅津です。聞こえますか。
北西通信士: こちらサイト-8153。聞こえます。地震で何か壊れた物はありましたか?
梅津研究員: いえ、特にはありませんでした。置いてあった書類が多少
[崩落音。同時に、施設が揺れて物品が落下する音がする]
北西通信士: 何かにつかまってください!
[10秒間ほどの沈黙。揺れはすぐに収まる]
北西通信士: 落ち着いたかな、怪我などはありませんか。
梅津研究員: 大丈夫です。
佐藤技師: 私も。余震ですか?
北西通信士: こちらは特に揺れていませんが、そうでしょう うん、いいえ、余震は観測されていませんね。
佐藤技師: 今さっき、火口の方から岩が崩れるような音が。それでは?
梅津研究員: なるほど、地震で岩が不安定に。
北西通信士: 無事ならば結構です。
梅津研究員: では、通信を終了しようと思います。もうしばらく寝ることにしようかと。
北西通信士: ……すみません、少々お待ちください。Kant-NETsが、富士山頂上付近のヒューム値の低下を示していると。装置の確認をお願いできますか。
佐藤技師: 地震の影響でしょうか? 見てきます。何か壊れているのかもしれません。
梅津研究員: 床に物が落ちていて危ないかも。注意してくださいね。
[佐藤技師がカント計数機を確認に行き、7分後に戻る]
佐藤技師: 戻りました。
北西通信士: どうでしたか? Kant-NETsによると、先ほどから現実性強度がさらに、平常時の11%下がっている、と。
佐藤技師: 悪い知らせがあります。
梅津研究員: ここにあるものだけでは修理できないほどに?
佐藤技師: いえ、カント計数機は全く正常に動いているのです。
北西通信士: それは
佐藤技師: 山頂付近に、周囲のヒューム値を低下させて現実改変を行うような実体がいる可能性があります。
梅津研究員: ……なるほど。
北西通信士: 申し訳ないのですが、即座の応援は難しいです。夜間にヘリコプターで山頂に離着陸するのは危険性が高く。
梅津研究員: もし相手が現実改変者だったら……まずいですね。電気をつけている以上、ここに人がいるのは丸わかりです。
佐藤技師: その、ひとまず電気を消しま
[巨大な唸り声が響く]
梅津研究員: 今のは。
北西通信士: 明らかに風音には聞こえませんでした……山頂に現実改変が出来る実体がいる確率が高いです。
梅津研究員: ひとまずヘッドライトをつけて、防寒着も一応……赤茶色のものを5!
北西通信士: 現在収容スペシャリストに連絡を繋げています ひとまず施設内で待機を。しかしいつでも逃げれる準備をしてください 外を確認することはできますか?
佐藤技師: 今測候所の灯りを落としました、窓から見ます。
梅津研究員: 多少は見えますが6、さっきの崩落で起きたのだろう砂埃のせいで、いまいち。
佐藤技師: ……うん?
北西通信士: 何か見えましたか?
佐藤技師: 一瞬、光った箇所があったような。少々火口の方を見に行っても? どうせ既に気付かれています。
北西通信士: ……十分に気を付けてください。また、通信用のヘッドセットをつけてください。
梅津研究員: 大丈夫 いえ、危険です。ここでもうしばらく……40分後には夜明け、天候もいいです、救援を待った方が……
佐藤技師: その実体が、ヘリを落とすような攻撃能力を持っているかもしれません。なるべく早くの偵察をすべきです。
北西通信士: 偵察をお願いします。実体のみならず、強風や足場の崩落などにも気を付けてください。
[佐藤技師が施設を離れる]
北西通信士: 何か見えますか?
佐藤技師: 少しずつ煙も飛んできました、ここからなら はい。先ほどの崩落は、恐らく虎岩です。虎岩が元々あったあたりがくぼんでいるように見えます。
梅津研究員: なるほど。
佐藤技師: 火口内に落ちた虎岩は……うん?……その、虎岩が、動いているように見えます。
北西通信士: 虎岩が?
佐藤技師: はい。虎岩だと思いま [息を飲んで] 目! 目が、光って見えました、錯覚じゃなく
[唸り声。先程のよりも更に大きい]
佐藤技師: まっ
[断続的に地響きが鳴る]
佐藤技師: 来ています、こちらに。虎岩が歩いて来ています!
梅津研究員: 速度は!?
佐藤技師: 暗くて遠近感が分かりません!
北西通信士: 収容スペシャリストが現在、岩石様生命の異常実体をSCiP.NETから検索しています!
佐藤技師: どうやら足はそんなに速くないようです! 向かってきていますが、ゆっくりに思えます!
梅津研究員: 私たちの足で逃げ切れそうなほど?
佐藤技師: 分かりません、暗い中ならなおさら。
北西通信士: ひとまずの結果が出ました! 現実性強度の低下具合と既知の異常存在から考えて、恐らく実体が更なる現実改変を仕掛けてくる可能性は低いとのこと。
佐藤技師: どうせされたら終わりです それに、いずれにせよ危険なのに変わりありません。目算で数十mの巨体です。
梅津研究員: こんな建物、ひとたまりもない…… 退避しましょう。私も通信機を
北西通信士: できれば北側に、人工物が少ない方に。
佐藤技師: 了解、行きましょう!
補遺3776-JP.3 > 収容作戦検討
山頂の職員2名による視認後、サイト-8153の収容スペシャリストによって現SCP-3776-JPはUE7-0820と臨時ナンバリングされました。
UE-0820の収容作戦は、山頂の職員2名とサイト-8153の収容スペシャリストが協議しながら立てられました。以下はその通信記録です。
Record 08/20 04:16
山頂 - サイト-8153 通信記録
メンバー:
- 研究員 梅津 有紀
- 技師 佐藤 なつき
- サイト-8153 収容スペシャリストcontainment specialist ビクトル・英比えいび
付記: 以下では、収容スペシャリストをCon.s.と略記する。また、梅津研究員と佐藤技師はどちらも小声で話している。
Con.s. 英比: 交代しました、収容スペシャリストの英比です。状況をお聞かせ願えますか。
梅津研究員: 現在梅津と佐藤は北に歩いています、暗いですが、目立つのでヘッドライトは消灯中。私たちの速度は遅く、虎岩は UE-0820は右後方にいます。距離は100メートルもないくらいです、急傾斜と段差に引っかかっているようです。一旦測候所内に入って視線を切ったから、気付かれていないかもしれません。
佐藤技師: いや、そうではないかも……止まって、探しているような。私たちを、辺りを探っているような感じがあります。
梅津研究員: 空も白んできました、その、応援は呼べないのですか? 機動部隊なり 私たち2人でアレの収容は無理です。ほら、現実改変でヘリが攻撃される確率は低い、と。
[UE-0820が四肢で地面を叩く。岩場の一部が崩れ、職員2名は石積みの陰に停止する]
Con.s. 英比: いえ、それは難しいでしょう。というのも、通常の麻酔弾なり何なりでは効果が薄い、あるいはまったく効かないでしょう。UE-0820の岩の体には。簡単に言うなら、戦闘ヘリや携行式ミサイルのような火器でないと
梅津研究員: でしたら!
Con.s. 英比: ダメです、富士山頂は多くの目によって監視されています 普段から数十台を超すライブカメラが配信をしている8ような場所です。民間、一般人の監視も多く、あまり目立つようなことはできません。自衛隊の活動と偽るにも限度があり
梅津研究員: では、単に私たちの回収ではどうですか。カバーストーリーは地震で傷病人が出た、とか……
[UE-0820が南に向けて咆哮する]
Con.s. 英比: 回収はします、ただし、およそ1時間半後のことになってしまいます 風速・風向の問題です。富士山の頂上は空気も薄く、離着陸には危険な場所ですから。
佐藤技師: それまで私たちは、岩陰に隠れて待機を?
Con.s. 英比: 一つ、初期収容に繋がるであろう作戦を遂行していただきたいです。現在UE-0820は?
佐藤技師: はい……南の方を向いています、そちらに歩こうとしている感じです。
Con.s. 英比: では、梅津研究員。
梅津研究員: ……はい。
Con.s. 英比: あなたはできる限り急いで、気づかれないように、北側に回ってください。そして十分にUE-0820との距離が離れた状態で、合図があったら、姿を大きく現わしてUEの注意を引いてください。
梅津研究員: そ、それは……中々スリリングな、作戦ですね。
Con.s. 英比: 先ほどから試算をさせていますが、傾斜と崖、それにUE-0820のサイズとヒューム値の低下から考えれば、逃げずとも6分程度は無事です。
佐藤技師: 私は何をすれば?
Con.s. 英比: 浅間大社の奥宮に、できる限り近づいてください。UEのせいでこれ以上近づけないと思ったら、梅津研究員に無線で合図を。
佐藤技師: 奥宮、普段なら15分もあれば着けます。
Con.s. 英比: 着けたら、内部に設置されているスクラントン現実錨をアドミラル・モードに。
梅津研究員: アドミラル?
佐藤技師: SRAの最大出力モードです……強制的に周囲の現実性を一定に保つ。ただし、持続時間には大きな制限がある上、SRA本体に大きな負荷がかかります。
梅津研究員: 現実改変をしながら動いているUE-0820を、それで大人しくさせる、と。
Con.s. 英比: その通りです。
佐藤技師: では、私は測候所の裏手を通って向こう側に行けないか試します……明るくなってきました、何とかいけそうな気もします。
梅津研究員: くれぐれも気を付けて……ぁあ、では、私も北に。行きます。
佐藤技師: 幸運を!
Con.s. 英比: いい知らせを期待しています、どうかお願いします。
補遺3776-JP.4 > 隠密行動
前述の通信後、梅津研究員は火口を北方向に、佐藤技師は南東方向に進み始めました。以下は21分後、午前4時43分からの無線通信記録です。この時富士山頂は、太陽が昇ってこそないものの活動に十分な光量がある市民薄明、朝焼けの状態でした。
Record 08/20 04:43
山頂の職員2名間 通信記録
メンバー:
- 研究員 梅津 有紀
- 技師 佐藤 なつき
付記: 移動中、既に2度に渡って、UE-0820の感知から逃れるため佐藤技師は一時停止・潜伏をしている。
佐藤技師: [小声で] 今はどのあたりに?
梅津研究員: ここは……小内院9からすこし南あたりです。
佐藤技師: オッケー、このままのペースでいけば後5分かそれくらいっ [体を伏せる音]
梅津研究員: 大丈 いえ、分かりました、動かないでください、UE-0820がそちらを睨んでいるようです……動いていません、まだ視認されてはいない、と思います。
[UE-0820が低く唸る。無線越しに梅津研究員も唸り声を聞く]
梅津研究員: そのまま喋らないでください。違う方を向いたら伝えますから。
[1分16秒の間、UE-0820は動かない。佐藤技師は地面に伏したまま一切物音を立てない]
[佐藤技師の呼吸が浅く、不規則になる。ストレスを一因とする、高山病の発露と思われる]
梅津研究員: [無線越しの荒い息を聞き取って] 落ち着いて、落ち着いてください。大丈夫です、大丈夫ですから
佐藤技師: [軽い咳をし、えずく]
[UE-0820が再度低く唸る]
梅津研究員: 一瞬音量をゼロにして。20秒間だけ。
[佐藤技師が無線機を操作し、出力音量を最低にする]
梅津研究員: [非常に大きな声で、絶叫するように] こっち、こっちに来な!
[梅津研究員が赤茶色の防寒着を脱ぎ、青色のニットで目立つ動作をする]
[UE-0820が首を後ろに向けようとする]
梅津研究員: 寒い! ほら、こっち![大きく1度咳き込んでから] おぅい!
[UE-0820が大きく1度吼え、梅津研究員の方に向かって歩き始める]
[佐藤技師が無線機の出力音量を元に戻す]
梅津研究員: [通常の声量で] 今のうちに、早く! SRAに!
佐藤技師: ありがとうございます![立ち上がり、浅間大社奥宮に向かって歩を進める]
梅津研究員: さて、こっちも逃げなきゃ……
佐藤技師: お気を付けて!
[梅津研究員は北東方向に向かって走る、しかし低温・低酸素のためにすぐ息切れを起こし、数秒おきに止まって息を整える]
[UE-0820は梅津研究員を追いかけるように、比較的傾斜の緩い西安河原にしやすのかわら10北部付近に向かう]
[佐藤技師はおよそ5分後に、浅間大社奥宮内に入る]
佐藤技師: 着きました、後はSRAを!
梅津研究員: [喘鳴交じりに] さすが! こっちは、まだ、追いつかれてないです、なるべく早く!
佐藤技師: 今すぐ……えっ、待ってください
梅津研究員: 大丈夫!?
佐藤技師: それが、SRAが、反応しません 恐らく、地震の影響でおかしくなってる!
梅津研究員: [咳き込みながら] 今度は、機械が壊れたって悪い知らせ、ついてない……!
佐藤技師: 修理を、修理します、表示が乱れているだけでしょう、すぐに使えるようにします! もうしばらくの辛抱です、すみません!
梅津研究員: 落ち着いて、落ち着いて、まだ距離はあるから。
補遺3776-JP.5 > 逃走と修理
この時SRAに起きていた不具合は、一部の操作ボタンがきかなくなっているというものでした。地震の際に、屋内の何らかの物品がぶつかるなどした結果だと推測されています。故障自体は単純なもので、佐藤技師にとって難しい修理ではありませんでした。
Record 08/20 04:55
山頂の職員2名間 通信記録
メンバー:
- 研究員 梅津 有紀
- 技師 佐藤 なつき
佐藤技師: もう2分、もうあと2分で何とか使える状態にします! 本体に問題は無くて、簡単に言えば、ボタンの接触不良みたいなものです、大丈夫です。
梅津研究員: 了、解。
佐藤技師: 喋らなくて大丈夫、逃げることに集中してください!
[UE-0820と梅津研究員の距離がおよそ100m以下になる。歩行に伴う揺れの影響で梅津研究員は足を取られ、進む速度が遅くなる]
[UE-0820がひと際大きく咆哮する。梅津研究員は耳を塞ぐ]
[これまで北東方向に逃げていた梅津研究員は、上り坂の傾斜がきつくなってきているのを見て、咄嗟に南に方向転換しようとする]
梅津研究員: やば
[梅津研究員が、南側は崖になっていることを認識しなおす。再度方向転換を試みるも、北東方向への上り坂はより急になっている]
佐藤技師: 応急処置完了です、すぐモード設定します!
[UE-0820は、梅津研究員を追い詰めるように北側に回り込もうとする。両者の距離は30m程度]
佐藤技師: スクラントン現実錨、アドミラル・モードまで残り30秒!
梅津研究員: ちょっとおそ [転倒音]
[UE-0820が大きく前足を踏み鳴らし、地面を揺らす。梅津研究員は足を取られて倒れ込む]
佐藤技師: 大丈夫ですか! あと20秒です!
梅津研究員: うん、大丈夫、まだ
[回り込もうとして北側を向いていたUE-0820が、曙光を見てひるむ。たたらを踏み、体を捻る]
佐藤技師: 残り10秒です……5、4、3、2、1、抜錨!
[体を捻ろうとしていたUE-0820が、右前足を上げた状態で停止する]
佐藤技師: 間に合いましたか、大丈夫ですか!
梅津研究員: 何とか……ありがとう。
[動きを止めたUE-0820が、バランスを崩して倒れ込む。周囲の岩石を一部巻き込みつつ火口内に落下する]
梅津研究員: あ、危ない……今のが一番危なかった、巻き添えを食らうところでした。
[火口内に転落したUE-0820は、大きな5つの岩塊と無数の小片に割れる]
佐藤技師: 本当に、お疲れさまでした。怪我などはありませんか?
梅津研究員: 今は、少し寒いかな。さっき上着を脱ぎ捨てたから。
[およそ30分後、救助ヘリコプターが山頂に到着する。疲労や軽度の高山病の症状などから、簡単な引継ぎ・SRA故障に関する説明などをした後、職員2名はサイト-8153にヘリコプターで移動した]
補遺3776-JP.6 > 作戦終了後
UE-0820は活動中に、富士山外から見える位置にまで移動しませんでした。ヘリコプターには梅津研究員の提言通り「地震のために山頂で負傷者が出たので、救助をするために飛行した」というカバーストーリーがあてられました。
2020年8月20日の午前5時30分、交代要員としてヘリコプターで山頂に移動した財団職員による調査によって、UE-0820は砕けた後もなお周囲の現実性強度を僅かながら低下させていることが分かりました。
ただし、このヒューム値の低下は、虎の形を取り戻しての再びの自立歩行や、その他行動に必要な現実改変を起こせるものではありませんでした。
このため、UE-0820はSCP-3776-JPに指定され、分類委員会によってNagiクラスを割り当てられました。存在する場所・重量・一般社会での有名さなどの理由から、SCP-3776-JPの移動・回収は行われていません。虎岩の崩落は地震によって起こった非異常の事象として発表されました。