SCP-3885-JP
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アイテム番号: SCP-3885-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-3885-JPは低脅威度物品収容ロッカーに保管されます。アルフレード・パレルミ博士以外が閲覧を希望する場合、歴史部門に申請してください。

2025/05/15に発生する異常な時空間構造の観測・即応体制構築のため、アルフレード・パレルミ博士の配属先はイタリア国カンパニア州カゼルタ県カプア市に所在するバティアトゥス養成所跡地付近に変更されます。

説明: SCP-3885-JPは、歴史部門所属のアルフレード・パレルミ博士の家系に伝わる文書です。当該文書は暗号文であり、長年に渡って判読不可能な文章とされてきましたが、財団の技術によって復号した結果、アルフレード・パレルミを名乗る人物による日記が記載されていることが判明しました。アルフレード・パレルミ博士に事情聴取した結果として筆者がパレルミ博士ではないことは確実視されており、SCP-3885-JPの内容からCK-クラス:現実再構築シナリオを覆したアルフレード・パレルミ博士が残した文書であると見なされています。

冒頭数十ページは現代のルーズリーフに筆記されたものですが、後半は共和政ローマ時代に用いられたパピルス紙に筆記されています。本来、これらの記録媒体は材質上汚損や破損に極めて脆弱ですが、財団によって体系化された時空間工学的な防護を受けることで現在まで維持されてきたとみられています。SCP-3885-JPへの損傷は、損傷が与えられる前の状態へと巻き戻る形で無効化されます。

補遺: SCP-3885-JPの要点抜粋

日付: 2025/05/15

筆者: アルフレード・パレルミ

資料確認のため除外サイトに詰めていたら、他の財団サイトと連絡が取れなくなった。全てのサイトが同時に、存在した痕跡も無いほど綺麗さっぱりと消えている。こういう世界終焉はCKクラスと相場が決まってる。観測装置もその結論を支持していた。その他は何も分からない。除外サイトの外部が丸ごと無くなったせいで、なにも観測できない状態になっている。

タイミングが悪い。除外サイトの管理官は定例会議で外に出ているし、ほぼ全域が倉庫と資料室でできているのがこの除外サイトだから、彼の他には時空間工学のエンジニアでもある俺しかいない。基底世界線最後の一人になってしまった。

俺には選択肢が2つある。ここに閉じこもって死ぬまで孤独に耐える道と、外に出て現状を把握しに行く道だ。俺は後者の方がいい。孤児だったから財団に入るまでは誰とも話が合わなくて寂しかった。昔はそれでも良かったが、財団を知った今だと寂しさが堪える。

後は、単純に知的好奇心もある。なにせCKを体験するのは初めてだ。その後でどうなったのかを知りたいというのは、財団職員がどうこう以前に学者としての本能だ。終末旅行は最後の一人だけに与えられた特権でもある。それを思う存分楽しむのも良いだろう。

何より、俺の先祖にまつわる個人的な研究課題は未だ解決していない。それを片付けずに引き籠るなんてのは絶対に嫌だ。物資も武器も売るほどあるから、まずは時空計測器を使って改変の中心点でも探してみようと思う。

日付: 2025/05/17

筆者: アルフレード・パレルミ

出端から戦闘と情報収集で終わってしまった。出発地はロシア、バイカル湖にある除外サイトだ。バイカル湖はモンゴル系の人々が暮らす土地だ。聞いた話によると、いきなり奇妙な建物が出現したことで警戒心が高まっていたらしい。そこへ俺が不用意に出て行ったことで戦闘が始まってしまった。

今ほどモンゴル語に手を出しておいて良かったと思ったことはない。和平と情報収集ができた。

分かった事がいくつかある。まず、CK後の世界に財団は存在しない。俺には見つけられないのではなく、存在しないと断定した。俺が出会ったモンゴル人は、車のヘッドライトを知らなかった。電気の制御は観察と仮説でPDCAを回す、科学的手法で初めて可能になった技術だ。つまりこの世界に科学的手法はない。俺は科学的手法を用いない正常性維持機関を財団と定義しない。

だが、科学的手法そのものが存在しないというのが分からない。錬金術から始まってルネサンスで体系化したのが科学的手法だが、それは活版印刷で人口に膾炙して初めて体系化されたものだ。それが存在しないということは、ヨーロッパの歴史が根本から狂っていることになる。

時空計は、改変の中心が更に西であると言っている。友人となったモンゴルの人々も、西は魔境だと言っている。引き留められたが、西へ向かうことにした。言葉が分かっても、世界観が違うと違和感の方が強い。

日付: 2025/05/19

筆者: アルフレード・パレルミ

財団の車両は凄い。ほぼ整備されていない不整地を走っているのに、燃費も良ければスピードもかなり出ている。今日はおおよそ2000 kmも飛ばした。今回は真西ではなく北西に移動した。こうすることで二点測位が可能になる。地球は球体だから更に測定点を増やす必要はあるが、大まかに改変中止の位置は特定できた。

イタリアだった。科学革命はヨーロッパ全域で散発的に起こった現象だから、イタリアが根源というのはよく分からない。疲れているとはいっても、目をつぶってもできる時空測位でミスをしたとは思わない。

少しワクワクする。CKで故郷がどう変わったのか見てみたいものだ。[塗りつぶしの下から復号された文章]

ともかく、目的地は分かった。考察は道中でやっていくことにする。

日付: 2025/05/22

筆者: アルフレード・パレルミ

正直に言って、来るんじゃなかった。ヨーロッパに入って以来、そこかしこでアノマリーが闊歩している。現実構造が無茶苦茶で、あちこちで時空間の歪みも確認できている。パッと見でさえ人間よりアノマリーの方がよっぽど多い。やっぱこの世界に財団はないな。

そもそも、科学的手法がないというのがまずい。未知は人間の認知構造にノイズを増やし、それは信仰や恐怖として発露する。どちらも集団的現実改変のトリガーだ。人間の認知が集積すれば異常存在が増える。科学的手法は、その未知という領域を減らし続けるための松明だ。それが無い以上、この世界はノイズまみれだ。この世界では、きっとアノマリーは収容などされていない。人間に味方する異常存在によって排除されているのだ。

そして、恐らくヨーロッパ地域には人間に味方する異常存在が居ない。モンゴルの方では問題なく人々が生活していたから、あちら側が文明の中心地なのだろう。そして、ヨーロッパは放棄された土地。この状況から、ヨーロッパの文明は徹底的に破壊されているのだと思う。

ヨーロッパは、ローマ帝国とキリスト教という文明基盤を共有していたために分裂しながらも連帯していた。それがあればこそ13世紀のモンゴル襲来を撃退し、活版印刷を吸収できたのだ。科学的手法の発展はヨーロッパを一体化したローマによる平和パクス・ロマーナが基盤になっている。

逆に考えよう。現状はローマ帝国が存在しなかった結果としか考えられない。何がどうなればそうなる? ここまで歴史が狂うと一手では考察が及ばない。移動しながら、もっと考えてみよう。

日付: 2025/05/23

筆者: アルフレード・パレルミ

アルプスを越えればイタリアだ。道中の観測によって、CKの起点がカプア1だと分かった。

俺の個人的研究の対象は、先祖であるスパルタクスだ。財団はスパルタクス由来だと確定したオブジェクトをいくつか回収していて、DNAも採取できていたらしい。入職当時の遺伝子検査で、俺がスパルタクスの家系だと分かったと通告された。孤児の身だったので誰かと繋がっていると言われても実感がなかったが、よくよく考えてみればそれどころではなかった。

というのも、スパルタクスの反乱に参加した10万人越えの奴隷たちは最終的に皆殺しにされているのだ。捕虜として確保された6000人も、見せしめとして磔刑に処されて死んだ。この苛烈な対処と奴隷への温情によって、以降のローマでは大規模な奴隷反乱は起こっていない。

つまり、俺の先祖は死んでいるはずだ。だが、俺は今ここにいる。この意味不明なミステリーを解消できないまま死にたくはない。もしかすると、カプアに行けば俺の起源も分かるのかもしれない。

スパルタクスには謎が多い。色々あるが、一番大きい謎は死体が発見されなかったという話だ。彼は、敵に包囲され、腿に傷を負ってでも戦い続けたという。大腿には大動脈が通っている。そこの怪我は致命傷だから、彼はすぐに死んだだろう。なのに死体が見つかっていないのだ。

俺自身の手で、先祖にまつわるミステリーを解決できるかもしれないということだ。こんな状況で不謹慎だが、面白くなってきた。[塗り潰しの下から復号された文章]

日付: 2025/05/25

筆者: アルフレード・パレルミ

今日は書くことが多い。

改変中心は、ブラックホールに囲まれていない特異点だった。ブラックホールではなく、半径10 mほどの透明な時空間異常に囲まれている。便宜上ビジブルウォールとでも呼ぶが、ビジブルウォールの内部には光も音も通っていない。敵性アノマリーに見つかる覚悟で爆弾を使ってみたのに、中の二人は全く反応しなかった。

そう、中には人がいる。片方が子供で、見たところ10歳くらい。片方はその親だろう40歳程度の男だ。その40歳の男には見覚えがあった。毎日鏡で見ている、俺の顔にそっくりだったのだ。要するに彼は俺の血縁だ。彼らは昼の間、どこかの中庭で戦闘訓練をしている。カプアで奴隷が戦闘訓練をする場所といったら剣闘士の養成所だろう。ビジブルウォールは常に剣闘士養成所の中庭を映しているので、本来は二人以外の姿も見えているべきだ。だが、他の人は声でしか確認できない。

二人に呼びかける人の声で、二人の名前が分かった。中年の方がスパルタクス。子供の方がリベルだ。まさかと思って何度も確認したが、確かにスパルタクスの呼びかけに反応していた。CKの中心点にいる、唯一目視できる人間。しかもそれがカプアにいてスパルタクスときた。改変の原因を考察する情報は出揃ったと思う。歴史部門らしく頭を働かせてみよう。単純に考えてスパルタクスがCKの原因だと思っていい。俺の仕事は、その間を埋めることだ。

CK後の世界では、科学技術が全体的に後退している。科学技術が発展するには活版印刷による科学的手法の一般化が必要だ。活版印刷は中国で発明され、モンゴルの襲来でヨーロッパに持ち込まれた。なら、CK後のヨーロッパ世界はモンゴル襲来を抑えきれなかったと判断できる。それはローマによる平和パクス・ロマーナが存在しないことで世界観の共有が行われなかったことに起因する。つまり、CK後の世界ではローマ帝国が成立していない。

どういうことだろう? 彼が起こしたのは総勢7万の奴隷による大反乱だが、結局彼は負けているし、なんなら彼が負けたことでローマが帝国まで肥大化したという側面もある。スパルタクスを討伐した将軍、ポンペイウスも最終的にはカエサルに負けているのだ。

と、考えたところで気付いた。スパルタクスが大きなことをしたからローマが滅びたのではない。スパルタクスが何もしなかったからCK後の世界ではローマが帝国にならなかったのではないか? カエサルはローマを帝国にした立役者だが、ローマは皇帝や王という概念に強いアレルギーがある。だというのに帝政を飲み込ませたのは、カエサルとポンペイウスによるローマ中を巻き込んだ内戦の結果だ。大混乱を招きかねない議会制政治よりは、一人のトップに委ねる形式のほうがいいと多くの人が判断した結果としてローマは帝国になった。

ところが、カエサルは本来なら民衆の代表くらいの権威しかない。それが英雄ポンペイウスと並べるようになったのは、ポンペイウスを下支えしたからだ。カエサルを育てたのはポンペイウスで、ポンペイウスが英雄になった最初のきっかけはスパルタクスの鎮圧だ。

繋がったと思う。なら、俺の仕事はスパルタクスの説得だ。ビジブルウォールの解析は済んでいる。二度と今の時代には帰って来られないが、ビジブルウォールの内側に入る方法も判明した。少し迷ったが、内側に入ろう。基底世界線に復帰する以上に大きな改変を起こすことは避けたいから、荷物は全て置いていくしかあるまい。このメモだけ持って、あとは生身で飛び込むことにする。決行は明日だ。

日付: 2025/05/26[塗りつぶしの下から復号された文章]
B.C. 73[塗りつぶしの下から復号された文章]
主観では2025/05/26だから、この形式で続ける

筆者: アルフレード・パレルミ

今日も書くことが多い。

ビジブルウォールの中は、外よりもちょっと暖かかった。ここがスパルタクスの反乱があった紀元前73年ごろだとすれば、ローマ温暖期にあたるから矛盾はない。何より、外から見ていた二人組が目の前にいた。

覚えている限りで、会話内容を書き起こす。後から事態を思い返すためのメモ書きでもあるから、できる限り正確を期したい。とはいっても、最初の部分は特に重要じゃない。誰何されたから未来人だと名乗って、証明するために色々したくらいだ。紙幣を見せたら「こんな小さい絵があるなんて」みたいに驚いて信用してくれた。世間話から入って、本題に進めていく。

「この中はどういった具合ですか? 生活に問題は?」と問いかけると、「問題だらけだ。この養成所の主は強欲すぎて、どんなに功を上げた剣闘士でも個室を与えないし、開放もしない」と返してきた。

ローマの剣闘士は、戦争捕虜や犯罪者が着かされる奴隷階級だ。そのせいで名誉なき者インファーミスと呼ばれて蔑まれるが、ファイトマネーは出る。土地を守るためではなく、金銭や見世物のために命を賭けるから余計に蔑まれるわけだが、ともかく金は出るし、強い奴は尊敬される。つまり、軽蔑と尊敬を一身に集める存在だ。それは、剣闘士仲間であっても変わらない。

だから、上手い興行主はある程度まで名誉を集めた奴を開放してしまう。訓練と殺し合いを重ねた実戦集団が軽蔑を集めているだけで過激化には十分なのに、戦い続けた英雄が残ってしまえば反乱まで一直線だ。そして、スパルタクスはまさに英雄だ。40歳まで戦える剣闘士なんてそうそういない。反乱が起こる要素は十分にそろっているのに、彼はまだそれを起こしていないらしい。

更にいくつかの雑談を重ねたあと「ところで、その子供はどなたですか?」と聞いて、ようやく分かった。「私の息子だ」と返ってきた。個室を与えられてないのにどこで子作りしたんだよ、本当にお前の子供なのかよと一瞬思ったが、英雄スパルタクスの妻がいたとして、そいつを寝取るバカは流石に居ない。財団のDクラスでも、牢名主の女はファーストレディだ。

「反乱を考えたことはありますか?」と言うと「あるが、起こす気はない。この60年の間に大規模な奴隷の反乱が二度起こったが、どれも皆殺しと聞く。我が子を同じ目に遭わせたくはない」と返ってきた。スパルタクスの視線を追ってリベルと目が合う。野外で訓練しているはずなのに、妙に生白いと思った。

スパルタクスに許可を取って、リベルの様子を見せてもらった。年齢も確認したが、10歳というのは目測で、実際は13歳だという。13歳とは思えないほど貧弱で、腹にも膨満が見られる。専門家じゃないから断定はできないが、セリアック病2だと思った。

「この子は大麦食をしていますね?」と問うと、スパルタクスは肯定した。菌どころか栄養の概念すらない相手にどう説明したものかと思ったが、可能な限り分かりやすく説明した。

「リベル君にとって、大麦は毒です。食べれば食べるほど体が弱くなってしまう」そう言うと、スパルタクスは驚いた様子だった。「剣闘士は大麦を食べるから体が強くなるのだぞ」と言う。実際そうだ。ローマにおいて大麦は家畜のエサだが、滋養強壮になることはよく知られていて、剣闘士はそれを与えらえていた。そして、大麦でまだ良かった。大麦は小麦よりもグルテンが少ない。とはいえ、剣闘士の食事で大麦を摂らないとなれば水と豆で凌ぐしかないが、それはビタミン不足とタンパク質不足を招く。栄養学的に許容できる状態ではない。

「あなたの知り合いに、山羊乳を飲んで体調を悪くした人は居ますか? この子にとって、麦が山羊乳です」スパルタクスの故郷は牧畜が盛んだから、思い当たる節もあったらしい。微妙に違うが、伝わってくれてよかった。「リベルが生きるには、肉と野菜が必要です」これを言うと、スパルタクスの表情には絶望があった。剣闘士の立場でそれを食べることはできない。

「リベルを生かすためには、外に出るしかないということだな」と、地獄のような声でスパルタクスが言う。頷くしかなかった。スパルタクスは、反逆を起こすと腹を決めたようだった。

戻る方法がないことを伝えて、俺もその一員に加えてもらうことにした。スパルタクスを説得する材料に使ったが、俺としてもリベルに死なれては困るのだ。

結局、反乱が最後には失敗することは言えなかった。そんな事、どう言えばいい? 目論見通り反乱に向けて動いてもらっているのに、気分は良くなかった。

日付: 2025/05/30

筆者: アルフレード・パレルミ

スパルタクスが反乱のために剣闘士仲間を説得して回っている間、俺は剣闘士奴隷たちに馴染む努力を続けていた。長いこと奴隷をやっている連中だから、認めてもらうのは簡単だ。教導士の言葉をよく聞いて技を身に付けること。仕事の絡みで身に付けたドイツ流剣術のおかげで、剣闘士の剣術も体に馴染んでくれた。スパルタクスの遠縁ということで最初からある程度の関心は得ていたが、実力も加わって、俺は尊敬すら得ていた。

リベルの不調は続いている。栄養状態が悪いのに戦闘訓練漬けだったことが祟って体は貧弱だったが、俺の分の豆とリベルの大麦を交換したら多少はマシになった。セリアック病による腹痛と下痢が緩和されて、多少は顔色が良くなってきている。だが、タンパク質もビタミンも足りていない。このままでは壊血病になってしまう。

親殺しのパラドックスがどうのと言っている場合ではない。俺は子供の死を見届けるために過去にやってきたわけじゃないんだ。

日付: 2025/05/31

筆者: アルフレード・パレルミ

財団で時空間工学を勉強した、科学的な魔法使いだったことにこうまで感謝したことはない。ポータルを使って肉と野菜を盗んできた後、台所に忍び込んで、リベルのためにロールキャベツを作ってやった。調理器具を念入りに洗ってグルテンを落としたので、症状は出ないはずだ。

ロールキャベツを食べたリベルは、見たこともないようないい笑顔だった。「おじちゃん、こんなに美味しいの作れるなんて凄いね!」ときた。おじちゃんは余計だし、俺が凄いのではなく人類の飽くなき美食の追求が凄いのだ。ともあれ、スパルタクスが反乱を決行するまではこの方法でリベルを生かせるだろう。

スパルタクスにだけは、俺が盗みを働いたことを教えておいた。当面の間、リベルの生存には問題がないと伝えて安心させたかったのだ。「どうやって外に出たのかは知らないが、盗みはいけないことだ」とスパルタクスが言う。「私にとっては、リベルの命は法よりも大事なのです」と返す。

二人は不思議そうな顔をしていた。そういえば、俺の出自を言い忘れていた。「スパルタクス、私はあなたの子孫なのです。リベルが死ねば、私は生まれない」

疑いの目を向けてくるスパルタクスを、リベルが説得してくれる。「本当だと思う。おじちゃんとお父さん、顔がそっくりだもん」その言葉を信じた結果として、スパルタクスは俺の盗みを黙認する方針にしたようだ。そうしてくれてありがたかった。リベルの死には問題が多すぎる。

我が子の命がかかっているだけあって、スパルタクスの説得も懸命だ。上手く行って欲しいと思う。

日付: 2025/06/07

筆者: アルフレード・パレルミ

栄養状態が改善したリベルに勉強を教えてみたが、驚くほど利発だ。簡単な算術や読み書きを教えただけで、即座に理解してみせる。もし俺が介入しなければ、この才能は栄養失調によって失われていたはずだ。

俺が介入しなければ?

俺が介入したことで、リベルはどうなった? セリアック病についてスパルタクスが知り、栄養状態が改善されて健康になった。反乱から逃がすことさえ出来れば、寿命まで生きられるだろう。それで反乱が止まるわけでもなく、スパルタクスはリベルへ継続的に肉と野菜を与えるためにも反乱を起こすべく動いている。

俺が介入しなかった場合、リベルはセリアック病で死ぬ。あれだけリベルを溺愛しているスパルタクスだ、リベルが死ねば生きる理由を無くすだろう。もちろん反乱を起こらず、結果的に未来は異常で氾濫する。そして、俺が介入しない方が普通の歴史だ。正しい歴史は、俺が介入せずリベルが死んだ歴史の方なのだ。

どうやら、俺はずっと勘違いしていたらしい。"正史"では、セリアック病でリベルが死んでスパルタクスが反乱を起こさず、ローマが帝国とならず、科学の未発達でアノマリーが氾濫する歴史なのだ。俺の経験してきた、正常性の中にある世界こそが改変された歴史だった。

だが、どこかの世界で、何かの拍子でリベルが生き伸びた。その結果として、"正常性"が生まれてくれた。そこからは俺がリベルを生かし、正常性ある世界を連綿と繋げてきた。だったら、俺もできるはずだ。正常性の中にある世界も、リベルの生存も掴み取る。あとは、このゴールに向かって走るだけだ。

以降のエントリーでは、史実通りに第三次奴隷戦争が進む過程と、リベルおよびスパルタクスとの交流、CK-クラス:現実再構築シナリオの転覆方法に悩んでいる様子が描写されています。奴隷軍は史実において複数の混乱や分裂を経験していますが、それらは民族や習俗の違いからくる自然的なものであり、アルフレード・パレルミ博士の関与は無いと記載されています。

最終的に奴隷軍が壊滅した土地であるイタリア半島最南端において、アルフレード・パレルミ博士による最終的解決が行われました。以下は、その内容を示すエントリーです。

日付: 2027/10/25

筆者: アルフレード・パレルミ

日記をつけること自体が久しぶりだ。略奪と、やり過ぎた狼藉者の粛清で日記を書く暇が無かった。だが、CKの解決という俺の目的自体は問題なく解決に向かっている。今、俺は最終目的地であるイタリア半島の最南端に来ている。史実通りに、俺たちを殲滅する予定の将軍に包囲されている形だ。

リベルはすっかり元気になって、ますます利発になっている。スパルタクスは長きにわたる軍団指揮でも疲れた様子がない。だが、このまま行けば二人とも死ぬ。この二人を死なせないようにCKを解決する方法はないものかと思って解決策を模索し続けてきたが、そんな都合のいい方策は思いつかないままだった。

頭がドロドロで日記をつけるべきじゃなかった。川で顔を洗って来よう。

[乱れた筆跡] 問題を解決する方法が分かった。スパルタクスとリベルの命を助けながらCKを解決する、唯一の方法。だって俺とスパルタクスは似ている。あまりにも似ている。俺たちの違いは、服で隠れている奴隷の烙印があるかないかだ。親殺しのパラドックスを起こさずに先祖を殺す方法は単純だ。子孫が入れ替わって死ねばいい。

スパルタクスの最大の謎、死因が明白なのに死体が見つかっていないミステリー。その解答は単純だった。"スパルタクス"の死体は見つかっていたのだ。ただし、どこにも奴隷の烙印がなかった。だから、ローマの軍はスパルタクスの死体が見つからなかったと判断するしかなかった。全てを解決する答えは、最初から俺が知っていたんだ。

あの二人を逃がして、俺が奴隷軍を指揮する。そうやって反乱を終わらせればいいんだ。

日付: 2027/10/26

筆者: アルフレード・パレルミ

二人に計画を説明したら、滅茶苦茶に怒られた。

リベルの方は「おじちゃんが死ぬなんてダメだ、一緒に逃げよう」と言うし、スパルタクスは「将の私が逃げるわけにいくものか」と頑固だ。

だが、スパルタクスが知っている。奴隷軍は今、故郷への帰還に失敗したことで分裂寸前だ。一つの目的があるからこそ奴隷軍は強かったが、今は複数の目的が入り乱れている。烏合の衆では、ローマの正規軍に勝てない。

だから、嘘を交えて説得した。「俺じゃなきゃ無理だ、スパルタクス。彼らを上手いこと勝たせるには、俺が指揮をとらなきゃ勝てない。あなたはまだ故郷への帰還を諦めていないんだろうが、俺はもう諦めてる。奴隷軍の多くも、同じように故郷を諦めてる。格上に勝つには、気持ちの重なりが大事なんだ。それに、未来ではもっと大人数を指揮したこともある」もちろん、7万人をまとめたことなんか一度もない。それは、彼らに対して初めてついた嘘だった。

そう、俺は勝つ気でいる。スパルタクスとリベルに死を望む"本来あるべき歴史"ってやつに。そんなもの、くそくらえだ。俺の気迫を信じてくれたスパルタクスとリベルは、俺が用意したポータルへと向かってくれた。ローマの将軍に買収された海賊どもの中から一つ、トラキア海賊の船を選んで脅しつけた。科学的な魔法使いの脅しは覿面に効いていた。確実に二人を故郷へと送り届けてくれる。

これで、俺は完全に満足して死んで行ける。かつての歴史で俺がそうしたように、スパルタクスに成り代わって勇敢に死んでやろう。この日記は、確実に未来の財団の手元に届いてもらう必要があるから時空間工学的保護を施しておく。ついでに、俺が死んだらリベルの元に移動するようにしてある。

後顧の憂いは断った。さあ、大暴れを始めよう。

追記: CK-クラス:現実再構築シナリオの防止

SCP-3885-JP全文の解析が完了した直後、イタリア国カプア市においてCK-クラス:現実再構築シナリオの起点となるビジブルウォールへの即応体制が構築されました。本資料の研究によって、ビジブルウォールはアルフレード・パレルミ博士によって行われたCK-クラス:現実再構築シナリオへのバックラッシュとして発生する事象であると推定されており、観測体制も強化されています。

2025/05/15において実際に発生したビジブルウォールは、アルフレード・パレルミ博士侵入の後に排除されています。アルフレード・パレルミ博士の侵入後もカプア市において時空間構造の観察は続けられていますが、SCP-3885-JPに記述されたCK-クラス:現実再構築シナリオは発生しておらず、本世界線においてもアルフレード・パレルミ博士によるCK-クラス:現実再構築が成功したと判断されています。

財団は、CK-クラス:現実再構築シナリオを除去したこと、およびSCP-3885-JPへの時空間工学的保護などの功績を認め、現在の世界線の過去において現状の世界線への改変を遂行したアルフレード・パレルミ博士と、2025/05/15にビジブルウォールへの侵入を果たしたアルフレード・パレルミ博士の2名について、忠勇を称える叙勲が行われました。

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