SCP-3890-JP
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アイテム番号: SCP-3890-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-3890-JPは太陽系外キャンプN6-VIXに駐留されています。SCP-3890-JPに施された反ミーム技術は現在重要研究プロジェクトの一つに指定されており、GOCの他の恒星間宇宙船にSCP-3890-JPと同種の技術が用いられている可能性について検討されています。

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SCP-3890-JPの居住空間図。

①船への出入り口。
②巨大な窓型のモニター。モニターの前にはSCP-3890-JPの管理システム用端末が設置されている。
③コールドスリープ・ポッド7台。ポッドの下には充電用の円盤が埋め込まれている。
④大型のテーブル。
⑤脱衣所。壁際に棚が設置されている
⑥バスルーム。脱衣所から浴室ドアを通って入る。
⑦真空式トイレ。
⑧食料庫。栄養補給用の宇宙食が保管されていた。

説明: SCP-3890-JPは世界オカルト連合(GOC)主導で開発された小型の恒星間宇宙船です。SCP-3890-JPはGOC保有の恒星間宇宙戦艦「アクロイド」に搭載されており、緊急時の搭乗員救命艇としての運用が予定されていました。SCP-3890-JPは、GOC内で「遊星艦"オリエント"プロジェクト」と呼ばれていた計画の副産物であると判明しています。「"オリエント"プロジェクト」は計画立案段階から財団に秘匿して進められており、複数の敵対的要注意団体が計画に参画していたことも確認されています。GOCは当初、「遊星艦オリエント」という巨大な宇宙戦艦を建造する計画であったとみられますが、様々な技術的・政治的課題により、SCP-3890-JPを製造した時点で計画は打ち切られています。SCP-3890-JPには財団が関知していない未知の反ミーム技術が用いられており、財団の監視を一時的に脱して航行していました。

SCP-3890-JPの最も大きな特徴は、船全体を覆う高精度の反ミームシールドです。SCP-3890-JPの反ミームシールドは視覚的情報の抹消に特化しており、クラスZ記憶補強薬を用いた場合においても観測は非常に困難です。反ミームシールドの技術にはGOCが独占していた反ミームオブジェクトが転用されています。しかしながらその効果範囲は比較的小規模であり、SCP-3890-JPのような小型の宇宙船に展開することは可能であっても、戦艦「アクロイド」全体を覆うレベルには達していなかったことが判明しています。反ミーム関連の技術を除くと、SCP-3890-JPの構造は財団の保有する小型恒星間宇宙船とおおむね同一です。なお、恒星間航法には古典的な手段が用いられており、財団が運用している「モルグ・カー方式」1とは異なり、「オルツィ・コールドスリープ方式」2が用いられています。これは、小型の恒星間宇宙船ではスペース上の問題で、ワームホールに対応した観測装置・防御シールドを配置できないため、コールドスリープでの航行が選択されたと推測されています。

SCP-3890-JPには7台のクリスティ型コールドスリープ・ポッドが設置され、その内訳は男性用が5台、女性用が2台となっています。流線型のポッドの上部には涙滴状の透明な蓋が接合されており、SCP-3890-JPの搭乗者はこの蓋からポッドに出入りし、全身を仰向けに横たえてコールドスリープに入っていました。クリスティ型は耐久性が高いものの、次世代機に比較して安全性の低さ、駆動時間の短さで知られていました。

回収経緯: 我々財団が新たな使命のもとで再始動した際、GOCの恒星間宇宙戦艦「アクロイド」は少数の人類を搭乗させ、地球外への脱出を図りました。当初財団は「アクロイド」への対応を追跡・監視に留める予定でしたが、「アクロイド」側が財団船に砲撃を開始し、交戦に発展しました。交戦開始から7分後「アクロイド」は砲撃による損傷によって航行不能となり、自爆しました。この自爆に合わせて「アクロイド」からSCP-3890-JPが分離し、航行を始めたと考えられます。SCP-3890-JPは航行開始と同時に反ミームシールドを展開し、付近にいた財団船の追跡から逃れました。SCP-3890-JPは天王星付近にて再発見されましたが、監督部の判断により、追跡・監視のみ行うことが決定されました。

監視開始から84年6ヶ月12日後、太陽系外の小惑星帯を航行中だったSCP-3890-JPは、突如進路を変更して小惑星への墜落を開始しました。SCP-3890-JPを追跡していた財団船は即座に当該機体の確保に動き、SCP-3890-JP内部を制圧しました。その際、SCP-3890-JP内に財団のエージェントが潜入していたことが判明しました。エージェントは「アクロイド」に偶然搭乗し、そのままSCP-3890-JPに乗船したことが明らかになっています。なお、潜入したエージェント、およびSCP-3890-JPに搭乗した人類は全員死亡が確認されています。

以下はSCP-3890-JPに搭載されていたブラックボックスの録音記録です。コールドスリープ航行中の記録はほぼ欠損しているものの、SCP-3890-JP内の会話データの多くは残存しています。SCP-3890-JP担当職員は、SCP-3890-JPの航行方針に関する情報、GOCが財団に対して秘匿した情報、その他人類に関する諸情報の調査のために音声記録を閲覧することが許可されています。

記録 - 0d 00:00:01~0d 02:12:34


[警報音]

女性の声1: 早く!走って!

[爆発音]

男性の声1: 荷物は捨てて早く扉の中に入れ!

[不特定多数の悲鳴]

男性の声2: [激しい息切れ] せっかく地球を脱出できたってのにまたこんな目に遭うのかよ。

女性の声2: こ、ここに逃げ込めば本当に安全なんですね?

男性の声3: なんですかこの空間は……ここにドアがあるなんて全く気づかなかった。

男性の声4: [荒い呼吸音] 危ねえ間に合った。クソ、こんなことならもっと痩せとくんだった。

女性の声1: 時間がない。扉を閉めて。

男性の声1: 曹長、もう一人来ます。

男性の声5: お、おいまだ閉めるんじゃない。[激しい呼吸] た、助かった。置き去りにされるところだった。

女性の声1: もうこれ以上は定員オーバー。扉を閉めなさいモーラー一等兵。

モーラー: 了解。機体の分離作業に入ります。

[激しい爆発音]

モーラー: 分離。

[機械音が10秒間響く]

モーラー: 分離成功。反ミームシールド展開。最大出力で「アクロイド」から離れます。

男性の声5: 今度はなんだ?今いる場所は別の宇宙船の中なのか?

男性の声4: まずいな、窓の外は財団マークの宇宙船だらけだ。総攻撃ってところか。

女性の声2: あれが……財団。

男性の声3: 財団の宇宙船はなぜか「アクロイド」ばかり狙っているように見える。こっちの宇宙船に財団が攻撃してこないのはなぜなんだ?

男性の声2: おい見ろよ、「アクロイド」が爆発する!

[10秒間の沈黙]

モーラー: 「アクロイド」との通信が途絶。おそらく自爆したと思われます。また、本船は自動運行モードに移行しました。船内の人工重力、酸素濃度はオールグリーン。クレイ曹長、10秒間黙祷を行ってもよろしいですか。

クレイ: 許可します。

[10秒間の沈黙]

男性の声3: あの、少し聞いてもよろしいですか?

クレイ: 何でしょうか。

男性の声3: 我々は訳もわからないまま宇宙船「アクロイド」に乗り、別の宇宙船に乗り換えたようですが、一体我々はどこに向かっているのですか?

クレイ: この船は「アクロイド」の緊急救命艇です。「アクロイド」に不測の事態が発生した際に、人類にとっての重要人物や、児童を乗せるために用意されていたようです。しかし要人の皆さんは最初の攻撃でほとんど死んでしまい、児童の集団生活区画も爆撃を受けて生存者は大人だけとなりました。そのため、救命艇の近くにいたあなた方と私たちGOC職員二名のみが乗ることになりました。救命艇の向かう先は、事前にGOCが発見した居住可能惑星です。救命艇の航行方針はGOCの自動運行システムに一任されています。

男性の声2: 未来ある子ども達じゃなくてこんな大人達だけが生き残っちまったと思うと胸糞悪ぃな。

男性の声3: もう一つ質問なのですが、なぜ財団は救命艇を攻撃してこないのでしょう。もう「アクロイド」を離れてからしばらく経つのですが、財団の追っ手が来る気配すらありません。

クレイ: それに関してはモーラーの方が詳しいと思います。彼はGOCの技術者ですので。モーラー、この方に説明してあげて。

モーラー: 了解。救命艇が攻撃されないのは、この船全体に施された反ミームシールドのおかげです。反ミームとは……この場合は我々の姿を隠してくれる技術だと思ってくれればいいでしょう。財団すら知らない高レベルの技術が用いられているらしいので、そう易々とは我々を発見できないはずです。

男性の声2: ねえ、そんな話よりもっと先にすべきことがあるんじゃない?

クレイ: すべきこととは?

男性の声2: 自己紹介だよ!俺たちお互いがどこの誰かも分からないまま運命をともにしてるんだぜ。

男性の声3: いえ、僕は単に気になったことを聞いたまでで。

男性の声2: そんな技術とかは後ででいいじゃん、とりあえず助かったんだから。まずはお互いが誰か知るべきだよ。

クレイ: そうですね。こんな狭い船ですからお互いの素性すら知らないのは危険です。誰かから時計回りで話していきましょう。

モーラー: 曹長、私はまだレーダーのセッティングがありますので自己紹介は最後でお願いします。

ラッセル: じゃあ最初は言い出しっぺの俺から!名前はローガン・ラッセル。歳は27歳。生まれも育ちもシカゴだ。この船に乗るまでは、一応芸術家をやってた。

男性の声3: へえ、どんなアートを作ってたんですか。

ラッセル: ただのアートじゃないぜ。異常芸術さ。Are We Cool Yet?っていうグループに参加してたんだ。まあ画廊で発表できたことはまだ無いんだけど……ちょうどデビュー作のブラッシュアップ中ってところだな。

男性の声5: なんだ。ただのフリーターじゃないか。

ラッセル: う、うるせえな。俺は一作一作に時間をかけるタイプなんだよ。

クレイ: では次にいきましょう。そこの女性の方お願いします。

宋: は、はい。私は宋曉と言います。上海から避難してここに来ました。元々大学で医学を学んでいたのですが、あの日からはマナによる慈善財団という組織で避難者のケアをしていました。年齢は20です。英語は勉強中なので変な発音かもしれませんが、よろしくお願いします。

クレイ: 大丈夫、綺麗な発音ですよ。では次に。

宋: あ、あの。

クレイ: どうしました?

宋: 私、結構体重があるんですけどコールドスリープに影響したりするでしょうか?

ラッセル: そうかな。素敵なシルエットに見えるけど。

男性の声5: まあ、ちょっとぽっちゃりってところだな。

ラッセル: あんたさっきから何なんだよ。

クレイ: ポッドは200キロまで乗れるので問題ありません。身長や体格的にポッドに入れない場合は、その時にこちらで対応を考えます。どちらかと言うと髪の長さが問題になるかも……でも、まとめるものも無いのでとりあえずそのままで大丈夫です。それから、狭い世界ですので人の容姿に関する発言はお控えいただきますようお願いします。

ベルナール: では次は僕の番ですね。名前はノエル・ベルナール。年齢は18歳です。国籍はフランスで、アメリカのハーバード大学に通っています。皆様のように超常社会を生業にしているわけではありませんが、UIUに何度か捜査協力している関係で超常についての知識はやや持っています。

男性の声5: UIUとやらはどういう存在なんだ?

ベルナール: アメリカ連邦捜査局異常事件課、略してUIUは、簡単に言うと、アメリカ国内の超常的な事件を秘密裏に捜査している組織です。僕はある殺人事件に巻き込まれた時にUIUと出会い、見事にスパイを当ててみせたことで能力が認められて、それから何度か捜査に協力しているという次第です。

宋: 凄い、まるで名探偵ですね。

ラッセル: 名探偵?このちんちくりんが?ただの警察ごっこじゃね。さっきGOCの人にやたら質問してたのも捜査なのかよ。

ベルナール: 君は妙に僕に対して当たりが強いですね。先ほどの質問は単なる僕の興味です。気になったことをつい聞かずにはいられないのが僕の悪いクセでして。

クレイ: では次の方お願いします。

パク: あ、もう俺の番か。俺はパク・テヒョン。30歳だ。ソウルからの難民船を乗り継いでこの宇宙船に来た。表向きはプログラマーってことにしてるが、超常社会では蛇の手の活動に参加してた。活動内容は、財団の機密情報にアクセスしたりまあ色々。自分で言うのもなんだが結構やり手だ。今「蛇の手」って言ってからGOC職員さんからの目線がキツいが、俺は穏健派だ。こんな人類存亡の危機にGOCと対立する気は全く無い。念の為言っておくと赤斑の奴らとは一切関わってない。韓国人の蛇の手が全員赤斑とグルだと思ったら大間違いだ。以上。

クレイ: ええ。お互い、最後の人類になるわけですから友好的な関係を築いていきましょう。

男性の声5: よく分からないが、超常社会にも色々あるのか。

ベルナール: 蛇の手という組織に関しては初耳ですが、恐らくGOCと敵対していたのでしょう。財団が人類を殺し始めてから、多くの組織が大同団結に動いたらしいですが。

クレイ: 次の方お願いします。

ゲイツ: 私はパトリック・ゲイツ。ホワイトハウスで大統領次席補佐官を務めていた。歳は57。まさか、自分から言うまで誰も私の顔を知らないとはな。最近の若者はTikTokで脳がバターになってるらしい。

ラッセル: 知らねえよ次席補佐官なんて。大統領の名前しか覚えてねーっての。

ベルナール: ああ、CNNの記事で読んだ記憶があります。この前就任した大統領とは高校時代からの知り合いで、その縁がきっかけで政権幹部に大抜擢されたとか。

宋: そんな高職の方だったのですね。凄い方が何人もいらっしゃって驚きです。

ラッセル: 要するに成り上がりってことだろ。政権中枢にいた割に超常社会の知識が無さすぎると思ったけど納得したぜ。最近突然ホワイトハウスに入ったからだったんだな。

ゲイツ: おいクソガキ、喧嘩なら買うぞ。

クレイ: そこまでです。これ以上ヒートアップするようでしたら治安維持のため鎮圧させていただきます。

ゲイツ: ふん。

クレイ: では改めて、自己紹介をさせていただきます。私はシモーネ・クレイ。GOCで感光性樹脂の研究をしていました。四日前に組織された難民保護部隊に志願して、現在は皆様の生命の保護と治安維持を担わせていただいております。

ベルナール: 研究者の方だったのですね。身のこなし方がベテラン兵士のようでしたので、てっきり昔から軍人だったのだと思ってました。

クレイ: 確かに経験は不十分ですが、学費を稼ぐために一時期軍属だったことがあるため、職務遂行において問題はないと自負しております。では次が最後ですね。

モーラー: デニス・モーラー。33歳。四日前まで欧州宇宙研究機構にエージェントとして潜入していました。「アクロイド」では航行システムやコールドスリープシステムのメンテナンスを担当していました。今はこの救命艇の航行システムを全般的に扱ってます。

パク: なんとなく堅い人間ということはよくわかるな。

ゲイツ: 2週間前に私がホワイトハウスから追い出した男にそっくりだよ。

パク: これで自己紹介は全員済んだな。そろそろこの船の設備について知っておきたいんだが。

クレイ: そうですね。正直なところ我々もあまり知らない部分が多いため、これから皆さんと回りながら確認させていただきます。

ベルナール: ではまず、この窓のようなモニターについてお聞きしたいです。外の様子が映されているので最初はてっきり本物の窓だと思っていたのですが。

クレイ: これははめ込み型の巨大モニターになっていまして、外の星空をリアルタイムで表示しています。 安全を最優先で設計するのであれば、窓は全部塞がなくてはなりません。ただ、外の景色が何も見えないと簡単に争いが起きてしまいます。だからこのモニターが配置されているのです。主な用途は船の管理システムのスクリーンなのですが、この船は自動運航ですのでほとんど窓として使うことになると思われます。あ、ちなみにこの船には人工重力が作用しているのですが、そのコントロールは全て船が自動で動かしているため、たとえ管理システムであってもオフにしたりすることはできません。

ベルナール: なるほど、ありがとうございます。

宋: 大したことではないんですけど、ここに設置してあるテーブルと椅子、なんでこんなにプニプニしているんですか?

クレイ: それはもしもの際に怪我人が出ないようにするためです。万が一乱闘が発生しても安全なように、壁や家具全てが柔らかい素材で作られています。「アクロイド」に乗る際に、武器になりうる物は全て没収いたしましたが、船内に硬いものがあっては意味がありませんから。

パク: とうてい武器になり得ないような物まで全部捨てさせられて困ったよ。保安上の理由なら仕方ないとは思うが。

ベルナール: 身元調査は簡潔でしたが、身体検査だけは厳重でしたね。僕も愛用のパソコンとイヤホンを失ってかなりショックでした。

クレイ: この船にある武器は、GOC職員に一丁ずつ用意された麻酔銃のみです。正確には麻酔ではなく、ミームパターンによって相手を昏睡状態に陥らせる武器となっています。撃たれた人間は即座に昏倒し、呼吸や心臓の鼓動を除いてほとんど動けなくなります。

ベルナール: それについても前から気になっていたのですが、もしその銃で撃たれた場合どうやって意識を取り戻すのですか?あくまで暴徒鎮圧用であれば効果は一時的なものだとは思うのですが。

クレイ: 保安上の理由により詳しくはお伝えできないのですが、「解除モード」に切り替えることでミームの効果を打ち消すことができます。もしミームの効果が続いた場合、自力での水分補給ができなくなり生命に危険が及びますので、もし撃ったとしてもなるべく早く解除モードに切り替えることになっています。

ゲイツ: 家具や窓の説明もいいが、そろそろコールドスリープのやり方についてちゃんと説明してくれないか?一体このポッドはどうやって使うんだ?

モーラー: 曹長、これに関しては私の専門の一つですので説明させてください。

クレイ: ええ、お願い。

モーラー: では説明いたします。そのポッドは「クリスティ型」と呼ばれるやや古いシステムです。一度に冬眠できる最長期間は40年。デザインは卵型で、上部に接合された透明な蓋を垂直に上げることで出入りできます。蓋には薄い液晶がつけられており、タッチパネルとして使用可能です。蓋の縁はとてもシャープなデザインになっているため、指を切らないようお気をつけください。ポッドへの電力供給は下の黒い円盤からコードレスで行われます。サイズは女性用と男性用の二種類。男性用が5台、女性用が2台用意されています。女性用の方が小ぶりなので間違えないと思います。操作は冬眠直前に外部から、蓋の表面のタッチパネルを使って行います。スリープ期間の設定等が完了したら、蓋を開けて中に入ると自動でコールドスリープが開始します。私のポッドは特別に、管理者として全員のスリープ期間を一元的に設定できます。ただ、基本的には皆様の手で設定するようにお願いします。ちなみに、ポッドのデータは閲覧できないため、体重などのパーソナルな情報や操作ログを見ることはありません。コールドスリープを始めると、まずポッドが密閉され、内部に特殊な液体が充填されます。この液体は使用者の肉体の隅々まで浸透し、細胞を保護しつつ超低体温状態をつくり出します。液体が体内に浸透し始めた時点で使用者の意識は停止します。この時の感覚は全身麻酔に近いと言われます。コールドスリープ終了時、濡れた体や服は急速乾燥されますので、着替えの必要はありません。それからこれがクリスティ型の最大の特徴なのですが、ポッド外装がとにかく頑丈につくられているため、セキュリティが非常に高いモデルとなっています。また、タッチパネルは完全にロックされるため、コールドスリープ中に外部から操作されることはありません。重火器などで激しい攻撃を受けると流石に破壊されかねませんが、少なくとも人の手で外部からこじ開けられたりすることはまず無いと言っていいでしょう。

ゲイツ: [ため息] 簡潔かつ分かりやすい説明に感謝するよミスター・モーラー君。

ベルナール: ええ!とても興味深いお話でした!まさか人類の科学がここまで進んでいたとは。

パク: 奥の部屋に何があるのか気になるな。入ってもいいのか?

クレイ: どの部屋の扉も自由に開けられます。全て公共スペースですから。

宋: えっ。ということは個人的に利用できるスペースは無いのでしょうか…?

クレイ: 申し訳ありません。救命艇の場合、居住空間が狭いためプライベートスペースを設けないのが基本なんです。

宋: そうですよね、すみません変なわがまま言ってしまって。

ラッセル: いやいや、俺も自分の部屋用意されてないかもって不安だったから、宋さんが聞いてくれて助かったよ。

パク: この扉は……なるほどトイレか。結構綺麗で安心したよ。飛行機と同じで真空式だろうか。

モーラー: 真空式です。排泄物のうち、液体部分はリサイクルされ、固体は宇宙に放出される仕組みになっています。

ゲイツ: この部屋は脱衣所っぽいな。明らかに服を置くための棚がある。ということは奥の扉の先に風呂場がありそうだ。

モーラー: ええ、開けてみてください。

ゲイツ: なんだ?バスタブはあるのにシャワーがないぞ。建築ミスか?

モーラー: もちろん仕様です。シャワーの代わりに、天井の細かい穴から水が落ちてくる仕組みです。洗剤はありませんが、特殊な水流でしっかり汗を落とせるようになっています。

ベルナール: ああなるほど、シャワー用のチューブや洗剤などの薬剤は危険だから最初から設置してないんですね。

宋: シャワーが危険?

ベルナール: チューブは首を締めたりするのに使えますし、洗剤はそのまま毒として使えます。ちなみに僕は以前、バスルームで起きた密室殺人事件を解決したことがあるんですけど、その時はシャワーヘッドを丸呑みした奇妙な死体に遭遇して。

ラッセル: おい、女の子の前でそんなグロい経験談話すんじゃねえよ。

宋: だ、大丈夫ですよラッセルさん。私もたまにミステリとか読みますから。

ベルナール: いえ、僕としたことがついつまらない自慢話を始めてしまいました。次の部屋へ移動しましょう。

[移動する足音]

ベルナール: ねえラッセルさん。

ラッセル: なんだよ。

ベルナール: [声をひそめる]ラッセルさんって、宋さんのことずっと見てますよね。

ラッセル: は!?

クレイ: どうしました?

ベルナール: いえ何でもありません![声をひそめる]ちょっと急に大声出さないでくださいよ。

ラッセル: お前が変なこと言うから……[声をひそめる]ちょっとこっち来い。

ベルナール: いやもう、僕がたとえ名探偵じゃなかったとしてもバレバレでしたよ。宋さんと喋るだけでやたら僕に突っかかってきましたし、宋さんのことやたら擁護するし。まだ会って一時間くらいですけど、何考えてるか手に取るように分かりました。

ラッセル: [舌打ち音]そうだよ。お前の言う通りだ。

ベルナール: やっぱり。僕は応援していますよ。人類の未来のためにはカップルが必要不可欠ですから。

ラッセル: 黙れちんちくりん野郎。宋さんが俺のことどう考えてるか分かんねえんだから、まだ未来とかそういうのは先の話だっつの。

ベルナール: まあまあ。時間はありますから焦らず距離を縮めていきましょう。僕の経験でアドバイスできることがあればなんでもお伝えしますから。

クレイ: あの、お二方。食料庫についての説明をしたいのでこちらに来ていただけますか?

ベルナール: あっすみません。今行きます。

モーラー: では食料庫の説明を始めます。ここは見ての通り食料庫です。元々子どもが長期間乗ることも想定していたため、成人七人でも十分すぎるほど大量の食料が保管されています。この閉鎖空間でも健康的に生活できるよう、栄養バランスを考慮した宇宙食パックが準備してあります。地上のような食事は残念ながら用意できないのでご了承下さい。メニューは、大豆ベースのタンパク質重視パック、多種多様な野菜をミックスしたビタミン重視パック、タマゴ風味の炭水化物重視パック、バター状のバランスパックなどがあります。どのパックも栄養バランスは完璧に設計されていますので、一食あたり一パックで問題ありません。さて、そろそろ昼時ですし、それぞれお好きなパックを持ってテーブルに移動してください。

パク: うげっ。タマゴかよ。

ラッセル: 苦手なのか。

パク: 重度のアレルギーなんだ。一気に食ったらマジで死にかねない。

モーラー: 承知しました。たまご味はパクさん以外に配るように気をつけます。食料は十分置かれていますが、あまりにも長期間の航行には耐えられません。計画的に利用していただきたいと思います。設備説明は以上となります、皆さんパックを持ってテーブルへ移動をお願いします。

ラッセル: うーん何味にしようかな。宋さんは何にしました?

宋: わ、私はビタミンにしようかなって考えてました。

ラッセル: へえー確かに美味そう。じゃ俺もビタミンにしよっと。

[複数の足音]

クレイ: ではランチにしましょう。飲み水はテーブル脇のサーバーからコップを取って飲んでいただけます。

ベルナール: そういえばですけど、どうせこの後コールドスリープに入るのですし、ご飯を食べる必要あるんでしょうか。

ラッセル: ベルナールお前なあ。腹が空いてるから以外に理由なんかあるかよ。

モーラー: 空腹状態でコールドスリープに入ると、起きたときにかなり気分が悪くなりますのでちゃんと食べることをオススメします。

パク: 命からがら救命艇に逃げ込んできたからすっかり忘れてたけど、そういや昨日の晩からほとんど何も食べれてなかったな。

ゲイツ: 固体の宇宙食を用意してくれればもっとありがたかったんだがな。液体タイプだと腹が全然膨らまない。

[無言で食事を行う音が5分間続く。]

クレイ: 皆さん食べ終わったようですので、コールドスリープ・ポッドにご移動願います。

[複数人が立ち上がる音]

ゲイツ: しかしなんと言うか、人類の科学がこんなに発展していたと思うと確かに感慨深いものがある。

モーラー: そうですね。コールドスリープ・ポッドの製造には異常なオブジェクトが利用されているので、人類の技術とは言い難いかもしれませんが。

ラッセル: 確かに異常だなこの重さ。100キロは軽く超えてそうだ。

ベルナール: ええと、何をしてるのかなラッセル君。

ラッセル: いや、ちょっとポッドをずらそうとしたら全然動かないからさ。持ち上げようとしたり色々試してみてるんだ。

ベルナール: 床に固定しているんじゃないですか。

モーラー: いえ、床に固定してるわけではありません。ただ、非常に重いので一人では動かせないかと思います。三人は必要ですね。

宋: んしょ……。本当だ、凄い重い。

ラッセル: 女性用のポッドなら小ぶりだし、動かせるかもな。

[ラッセルが唸り声を上げる]

ラッセル: ダメだ全然動きそうにないや。

宋: ラッセルさんのポッド、私とせーので押してみますか。

ラッセル: は、はい。

ラッセルと宋: せーの!

[「ずずず」という地響きのような音が響く。]

宋: 動いた!動きましたよラッセルさん!

ラッセル: や、やった!宋さんのおかげです!

ゲイツ: 動いたからなんなんだよ……若造だらけで居づらいな全く。

ベルナール: 今男性用のポッドが動いたわけですから、二人で力を合わせれば女性用のポッドも恐らく動きそうですね。

ゲイツ: まあ、動かせなかったとしたらそもそもこの船にポッドを入れられないだろうからな。

クレイ: 指を挟んだりしたら危険ですので、蓋のあたりは持たないように気をつけてください。宋さん、すみませんがポッドの位置を戻すのを手伝ってください。

宋: 分かりました。せーの!

クレイ: あれ、全くビクともしない。

ベルナール: なんだかパズルみたいで面白いですね。クレイさんと宋さん、試しに宋さんのポッドを動かせるかやってみてください。

宋: は、はい。

クレイ: いいですけど……。

[地響きのような音が響く。]

ベルナール: おお!動きました。

宋: よ、良かったです……。

クレイ: ベルナールさんもできれば手伝ってくれませんか?

ベルナール: あ、はい。

[地響きのような音が響く。]

ゲイツ: これは何の時間なんだ?

ベルナール: そういえば昔、僕が解決した事件でこれくらい重いベッドが凶器になったことがありましたね。確か、ちょうどクレイさんが持ってる麻酔銃くらいの長さの棒を使って、テコの原理で動かすというトリックが使われてました。恐らくあの銃は非常に軽いアルミ製ですから、てこに使ったら多分折れてしまいますが。

パク: そもそも、ポッドの底がベッタリ床に密着しているから棒を差し込む部分はないな。これがミステリ小説だったらトリックが破綻してしまう。

ゲイツ: ポッドの重さを確かめるのも、ミステリ談義も結構なのだが、そろそろコールドスリープに入ってもいい頃じゃないか?

パク: そうだな。ポッドの準備はもうできているだろうし。

モーラー: それでは皆さん、コールドスリープを始めますのでポッドの蓋を開けてお入りください。入るポッドは特に指定しません。サイズを見て自由にお選びください。

[ポッドを開閉する音。]

[記録媒体の劣化による強いノイズ音。]

<記録途絶>


記録 - 14610d 03:00:20~14610d 06:08:40


[シューという機械音。]

[水音、ドライヤーから風が出るような音。]

ラッセル: ん、あれ……もう終わりか?

ゲイツ: 数秒くらいしか経ってないような気がするな。

宋: このドライヤー機能?一瞬で体が乾いちゃうんですね。びっくり。

モーラー: ポッドを操作したら一瞬で意識が途絶えるので体感的には一瞬です。でも、ちゃんと40年経っていますよ。

クレイ: 皆さまおはようございます。初めてのコールドスリープはいかがでしたか。

パク: なんか頭がぼんやりするぜ。俺、苦手かもコールドスリープ。

[水音とともに足音が響く]

クレイ: あっラッセルさん、完全に服が乾くまでポッドの中に。

ラッセル: なあ、ベルナールはどこだ?

クレイ: え?

ラッセル: いねえんだよベルナールが。ポッドの中に。

モーラー: どういうことだ?皆んなたった今同時に目覚めたはずだが。

ラッセル: でも現にポッドの中にいねえんだよ!ていうか、この床どうなってんだよ!

宋: 床……?えっ!何ですかこれ。

ゲイツ: 床が引っ掻き傷まみれだな。それに明らかに文字のような傷が見える。

パク: なんて書いてあるんだろう。エイチ、イー、エル、ピー。HELP……?

宋: 「HELP」が床一面に殴り書きされてるみたいです。

ゲイツ: ポッドの下もめちゃくちゃになっているぞ。床の円盤部分の上に、食料庫のパックのゴミが大量に撒き散らされている。パックの中身もだ。

パク: うわっ。ほんとだ。緑色のネバネバがまとわりついてて気持ち悪ぃ。

モーラー: どうやら、ベルナールさんの身に何か起きたと言わざるを得ないようですね。

クレイ: 一旦全員で船の中を探しましょう。密閉空間ですので船外に行くことはできませんから。

[複数の足音]

ラッセル: バターみたいな汚れが食料庫まで続いてるみてえだ。おーい!ベルナール!どこだー!

宋: ベルナールさん一体どこへ……?あれ!皆さん見てください!食料庫の扉だけ少し開いてる!

クレイ: 最悪の事態も考えられます。急ぎましょう。

[扉を開ける音]

ラッセル: おい、嘘だろ。ベルナール……なのか?

クレイ: 皆さん下がって!この場はGOCの管轄下に置かれます!

パク: なんで食料庫なんかに……?うっ、なんか腐臭みたいな臭いがする。

ゲイツ: この人類存亡の危機に、こんなことが起こっちまうとはな。

宋: あの、ベルナールさんはどんな状態で……?ひっ!そんな。ベルナールさんが……。

モーラー: すみません、通してください。……なるほど。完全に白骨化しているようですね。コールドスリープに入る前と同じ服装ですし、ベルナールさんで間違いないと思います。

パク: うう、腐臭で気持ち悪くなっちまった。ちょっと俺部屋出てる。

宋: あっ私も気分が悪いので、しばらくここから離れてます!

[複数の足音]

宋: パクさん、気持ち悪いのであれば無理せずトイレに行った方が良いです。我慢するとどんどん吐き気が増していきますから。

パク: ああ、そうさせてもらうよ。なんだか本当のお医者さんみたいだな。

宋: 解剖実習の時、気持ち悪くなる学生がたまにいまして……なんとなく対応に慣れてしまいました。

パク: 宋さんはトイレ大丈夫か?

宋: 私は死体から離れたくなっただけですから。パクさんが遠慮なくトイレ使ってください。私はここで見守っています。

パク: おお、助かるぜ。

[ドアを開閉する音]

パク: [嘔吐音]

モーラー: すみません宋さん。お疲れのところ申し訳ないのですが我々に少し協力していただけるでしょうか。

宋: 協力?私にですか?

モーラー: はい。実はベルナールさんの死体を調べているのですが、詳しい死因については我々には判断できないため、医学系の知識をお持ちの宋さんに死体を見てもらいたいんです。

ラッセル: お、おいモーラーさん。何を言ってるんだ。さっき宋さん気持ち悪くなってトイレに行こうとしてたんだぞ!

モーラー: 緊急事態なんです。宋さん、お願いできますか。

宋: 私も医者のタマゴですから、なんとかやれると思います。ただ、パクさんの気分があまり良くないようで……。

[ドアの開閉音]

パク: あー、俺はもう大丈夫。食料庫に戻るよ。

モーラー: 宋さんお願いします。

宋: は、はい。

[複数の足音]

モーラー: 曹長、まずはベルナールさんに黙祷を捧げてもよろしいですか。

クレイ: 許可します。

[10秒間の沈黙]

モーラー: では検死をお願いします。

宋: はい。まずは性別です……骨格は男性特有のものですね。服装と合わせて考えても、ベルナールさんで間違いないと思います。次に年齢です。科学的な検査ができないため、今回は歯の磨耗度合いで調べることにします。ええと……歯のエナメル質の露出度合いが著しく、平坦的になっていることから、ベルナールさんの死亡時年齢は50代だと考えられます。

クレイ: 待って、50代?

モーラー: それはつまり、ベルナールさんが40年近くこの救命艇で一人生活していたということですか。

パク: なるほどな。これで床がめちゃくちゃになってたのも理由がつく。コールドスリープに入った直後、何かの拍子に目覚めてしまったベルナールは、それからずっとコールドスリープできずに死を待ち続けることになったんだろう。床の「HELP」は、孤独な生活に病んだベルナールがやったことだったんだ。

ラッセル: クソっ!俺たちは40年間ベルナールを放置してグースカ寝てたってことかよ!

クレイ: 待って。それだとおかしい。途中でコールドスリープから目覚めてしまったとしても、また眠りなおせるようになっているはずです。個々のポッドのタッチパネルを操作すれば、誰でも簡単にスリープに戻れます。

パク: じゃあポッドに問題が起きたんだろう。

モーラー: ベルナールさんのポッドのところに戻って、故障がないか調べてみます。

[足音、ドアを閉める音]

モーラー: ええと、ベルナールさんのポッドはどっちだったかな。

ラッセル: こっちだ。

モーラー: ありがとう。では調べていきますね。センサーは問題なし。タッチパネルも問題なく作動している。一体どこに問題が……あっわかったぞ。蓋の接合部が破損している。恐らく、この破損のせいでポッドのシステムに蓋が「開いている」と判断されて、コールドスリープに戻れなくなってしまったのでしょう。

クレイ: モーラー、念のため全員のポッドを点検してくれるか?他にも壊れているポッドがあるかもしれない。

モーラー: 了解。

[作業音と足音が30分ほど響く。]

モーラー: どうやら他のポッドには異常ないようです。

宋: ああ、緊張しました。壊れていたらどうしようかと。

ゲイツ: 替えのポッドくらい用意しておいてほしいものだ。

パク: しっかし、蓋の接触なんかで故障しちまうのかよ。頑丈な素材のくせに繊細すぎないか?

ゲイツ: ふん、だからこういうよく分からんガジェットは嫌いなのだよ。

パク: ん?だとしてもおかしな点が残るぞ。なんでベルナールは麻酔銃で自殺を図らなかったんだ?

クレイ: ええ。確かにコールドスリープ中、麻酔銃は誰でも手に取れる状態になっていました。しかし、銃を使用することは不可能です。あの銃には生体認証式ロックがかかっているので、GOCの職員しか使うことができない仕組みになっているんです。

パク: じゃあうっかりロックをかけ忘れていたってことは?

クレイ: ありえません。たとえロックをかけ忘れていたとしても30秒で再ロックされます。

パク: なるほど、流石に安全性が徹底しているな。

ゲイツ: ベルナールがいつ目覚めてしまったのか、システムの記録に残っていたりするだろうか。

モーラー: ポッドのシステムは管理システムとは別々の存在なのでログの確認はできません。私のポッドは管理者としてスリープ期間を全員一斉に設定したりできますが、個々のポッドの詳しい情報までは見れません。コールドスリープ・ポッドの技術者がポッドを詳しく調べたらログが出てくるかもしれませんが、私には無理です。

ゲイツ: まあ、大方そんなことだろうと思ったよ。

クレイ: とにかく、ベルナールさんが40年間ポッドから追い出されていたことは確かなようです。となると、大きな問題が発生します。食料の残量です。

パク: あっ!

クレイ: 彼は40年間コールドスリープせず生活していたのですから、本来の航行よりもハイペースで食料を消費しています。船内の床も食料庫もパックのゴミだらけだったので、恐らくもうほとんど食料は残っていないでしょう。

宋: すっかり気づきませんでした……私たち飢え死にしちゃうんですか?

ラッセル: ま、まだわかんねえだろ。食料庫戻って確認するぞ。

[複数の足音、ドアを開ける音]

パク: うっ。この腐臭の中残ってる食料探すのか?

ラッセル: このままだと飢え死にだ。やるしかねえ。

[15分間、無言が続く。がさごそという雑音が響いている。]

ラッセル: だめだー!全部食い尽くされてやがる。

宋: さっきテーブルのウォーターサーバーの残量を見てきたんですけど、そっちも空っぽでした。

ラッセル: え。てことは餓死するまでもなく俺達は干からびるのか。

モーラー: 少なくとも、シャワールームなどの生活用水は豊富に残っています。実のところ、この船の容量の大部分は燃料及び生活用水のタンクが占めているので、水と燃料だけは心配ありません。

パク: けっ。水だけあってもなあ。結局飢え死にの未来が避けられない。多分、ベルナールはこの船の食料を40年かけて食い尽くして飢え死にしたんだろう。

宋: そうですね。50代で突然死したという可能性も無くはないですが、恐らく食料を食べきっちゃったんだと思います。

クレイ: そうなりますともう答えは一つです。ひたすらコールドスリープを繰り返し続けましょう。

ラッセル: えっ。さっきベルナールのポッドがぶっ壊れたばかりなのにまた乗んなきゃいけねえのかよ!

クレイ: はい。食料が無くなってしまった以上、ひたすら肉体の活動を抑えるしか道はありません。目的地の惑星まではまだまだ距離があると思いますが、なんとか餓死する前に辿り着けるよう頑張りましょう。

ゲイツ: [ため息] 前途多難だな。

[複数の足音]

ラッセル: ああっ!

クレイ: どうしました?

ラッセル: あ、いや。なんでもねえ。ポッドに戻ろう。

クレイ: いいえ教えて下さい。何か気づいたことがあるんですね?

宋: 私も気になります。

ラッセル: いや、ほんとただの違和感みたいなことなんだけどさ。ポッドの下の円盤に、宇宙食パックの中身が撒かれてたんだ。それって変じゃないか?だって、ベルナールは食料を食い尽くして飢え死にしたんだろ?なら床に撒くなんて勿体ねえことするかな。……あ!そもそも、食料って十分用意されてたんだよな。ならいくら30年食べ続けたとしても餓死するか?

ゲイツ: ほお。君にしては筋の通った疑問だ。

ラッセル: 一言余計だけど褒め言葉として受け取っとくぜ。

パク: そんなの、単にベルナールが正気を失ってたってだけの話じゃないか。餓死の時期については確かに疑問だけど、正確な食料の量なんて調べてなかったわけだから何とも言えない。

クレイ: しかし考慮すべき意見だと思います。不自然な点であることは確かですから。

宋: 私も、今言われてみるとかなり不自然に思えてきました。ラッセルさんってしっかり周りを見ているんですね。

ラッセル: い、いや。たまたま気づいただけだから俺。そんな褒められるとなんか恥ずいな。

パク: つまりラッセル。君はこう言いたいんだな。ベルナールの死は普通の事故じゃないと。

ラッセル: あ、ああ。俺にはそう思える。

クレイ: これは食料不足以上の懸念事項ですね。ベルナールさんの死がただの事故でないとしたら。

モーラー: 我々の中に裏切り者がいる。

[10秒間の沈黙]

ラッセル: で、でも。裏切るって言ったって何が目的で。

クレイ: 無論。財団の人間でしょう。

モーラー: 財団が「確保・収容・保護」の理念を捨てて、人類殲滅を開始したあの日から40年。我々は追っ手から逃げ切れたように考えていましたが、それは大きな間違いだったようです。彼らは最初から我々の中に潜入し、皆殺しにするチャンスを伺っていた。

ラッセル: ちょちょっと待ってくれよ。俺はそんなつもりでこんな話を始めたんじゃない!

宋: でもベルナールさんの死の理由を考えると、財団の仕業としか思えないです。

ラッセル: 宋さんまでそんなこと言わないでくださいよ。この状況で誰かを疑い出したらそれこそ危険じゃないっすか。

パク: 俺も裏切り者がいるなんて思いたくない。ベルナールの死は事故だったと思う。でも財団ならこれくらいのことはするって気もする。

ゲイツ: 一つ、超常素人として質問させてほしい。財団が途方もないテクノロジーを持っているのだとしたら、なぜこんな地道な殺人をする必要があるのだ?

クレイ: 今のところ全員を一斉に殺害する方法が無いからだと思います。武器になるようなものは船内にほとんどありませんし、武器を持ち込もうとしても「アクロイド」に乗る時点で没収されてしまいます。モーラーと私を制圧すれば全員を葬ることができると思いますが、まだ我々が生きているということは、二人組にすら勝てない状態だと考えられます。財団のスパイは一人だけで、しかも丸腰なのではないでしょうか。

宋: スパイが何かしらの異常性を持っているという可能性はありますか?

クレイ: 多分何も異常性を有していないか、有していたとしてもあまり強力なものではないでしょう。もし便利な力があるのなら、それを利用してとっくに我々の息の根を止めていると思います。

ラッセル: ああっ!

ゲイツ: 今度はなんだ。スパイが誰かわかったか?

ラッセル: いやむしろ逆。そもそも論なんだけど、スパイがいたとしてどうやってポッドを壊すの?確かこのポッドってめちゃくちゃ頑丈なんだよね。モーラーさんが言ってた。

パク: お前あの説明全部聞いてたの!?

クレイ: どうやってポッドを壊したかはまだ分からないですが、何かこう、異常性を使ったりとかではないでしょうか。

ラッセル: さっきクレイさん便利な力は無いって言ったじゃないですか!

宋: 私も変だと思います。ポッドを壊せる怪力パワーがあるなら、その力でクレイさんたちを襲った方が確実です。

クレイ: それは……そうですね。

ゲイツ: まあなんだ。財団のスパイがいようといまいと、我々ができるのはひたすらコールドスリープし続けることだけなのだろう?

モーラー: そうですね。ここでスパイ探しをして、財団の人間がボロを出すとはとても思えません。皆さんのポッドは既に私が検査していますので、少なくとも今回は安心してコールドスリープできます。

宋: 怖いけど、どうしようもないですもんね。

ラッセル: まあ大丈夫だよきっと。目的地まで生き延びれるさ。

パク: [舌打ち] 気が重いぜ。

ゲイツ: 今頃地球はどうなっているんだろうな。

モーラー: コールドスリープ、開始します。

クレイ: 皆さん、無事を祈りましょう。

<記録途絶>


記録 - 14610d 06:18:40~14610d 06:31:21


[シューという機械音。]

[水音、ドライヤーから風が出るような音。]

ラッセル: みんな……大丈夫か?

宋: 私は生きてます。

ゲイツ: ここが天国でないならな。

モーラー: 皆様おはようございます。と言いたいところですが実は。

クレイ: モーラー!パクさんが!

[激しい水音と足音]

モーラー: パクさん!聞こえますか!?ダメだ目を開けない!

宋: どいて!私が見ます!

ラッセル: お、おい。嘘だよな。なんでまたこんなことに。

宋: とにかくポッドから出しましょう!ラッセルさん、足を持って。

ラッセル: は、はい!

宋: せーの![物音]脈が非常に微弱でとても危険な状態です。心臓マッサージを始めます。AEDはどこですか!

モーラー: そういったものは何も無い。申し訳ない。

ゲイツ: 仮にも救命艇だというのに?

宋: とにかくできることをしましょう!ラッセルさん、二分後に心マ交代で。

ラッセル: わ、わかった。

[以後10分間、心臓マッサージの掛け声が続く。]

宋: ……パクさんの脈が完全に止まりました。

ラッセル: そんな……。

宋: 正確な見立てはできませんが、残念ながら既にパクさんはご臨終なされたようです。

ラッセル: くっ……パクさん、どうして。

宋: ベルナールさんの時とは違い、やれることはやれたと思います。ただ、少しだけ死神の力の方が強かったということです。

モーラー: ラッセルさん、言いづらいのですがあまりエネルギーを消費してしまうのは危険です。もう今後何かを口にすることはできないのですから。

ラッセル: ……わかった。

モーラー: それから、彼はこのまま床に安置することになります。コールドスリープ・ポッドは生きた人間しか乗れません。

ゲイツ: ところで、立て続けに二人も死んだということは、もう船の中に財団のスパイがいると考えるべきなのだろうな。

ラッセル: おっさん!この状況でそんなこと言っても何にもならねえだろ!

クレイ: ゲイツさんは誰がスパイなのか分かるのですか?

ゲイツ: いや……それはまだ何とも言えないが。

クレイ: パクさんの死の理由を知る必要はありますが、スパイ探しは慎重に進める必要があります。この場でお互いを疑いあうことのリスクをよく考えてください。

ゲイツ: もちろん私も同意見だ。

モーラー: パクさんの死の理由についてですが、多分ポッドの不具合ではないと思います。

ラッセル: なんでそんなことが分かるんだ?

モーラー: 見てください。ポッドの水が黄色く濁っています。よく見ると黄色い粒子のようなものが浮いているようです。これ、タマゴ味宇宙食パックの中身だと思うんです。パクさんはタマゴアレルギーでしたから、この黄色い液体を体内に大量に入れられたことでショック死したと考えられます。

ゲイツ: しかしポッドの中に宇宙食パックの中身が入り込むなんて不自然だ。それに、パックを液体に混ぜただけでそこまで重篤なアレルギーになるとは考えにくい。

モーラー: 私の推測としては、ポッドの液体パイプにタマゴパックの中身を擦りつけておいたのではないではないかと。コールドスリープを保つ液体は特殊な物質でできており、肉体の細かな隙間や皮膚から急速に体内へ浸入します。それにより、体内の重要な組織にアレルゲン物質が大量に到達し、アレルギー症状を起こしたと思われます。

ゲイツ: ふむ。確かにパイプに黄色い塊のようなものがこびりついているな。スパイが何らかのタイミングでこっそりと工作したのだろう。

ラッセル: タイミングなんてあったか?あっまさか。

モーラー: 我々の他に救命艇にスパイが隠れていると言いたいのであれば、それは無いと思います。この救命艇の扉は我々GOCにしか開けられませんので、我々より先にスパイだけ乗り込む事はできません。また出入り口は一つだけですから、最初に乗り込んだ我々七人以外に人がいるとは思えません。

クレイ: 今のところ、誰がスパイか断定できる材料はありませんね。

モーラー: はい。ですので、結局我々にできるのはコールドスリープし続ける事という状況に変わりはないのですが。

クレイ: それから、個人的に気になる話があります。モーラー。

モーラー: 何でしょうか。

クレイ: あなた、ポッドから目覚めた時に何か言いかけなかった?「おはようございますと言いたいところですが実は」って。

モーラー: 実は、ポッドの設定時間を私の権限で再設定していました。

宋: えっ。40年間ポッドに入っていたのではないんですか。

モーラー: はい。ベルナールさんの事例を踏まえて、もしまた誰かのポッドが故障したとしても助けられるように期間を短く設定し直しました。

クレイ: 私に相談もなくそんなことを?

モーラー: 申し訳ありません曹長。

クレイ: もう今更だから咎めても仕方ないけど。で、本当はどれくらいコールドスリープしていたの。

モーラー: 10分間です。

ラッセル: 短っ。

モーラー: ポッド自体の故障は起きませんでしたので、今後はスリープ期間設定のオーバーライドなんてことはいたしません。皆様の方で、一回目のスリープと同様に40年間に設定してください。

クレイ: ではパクさんにしばし黙祷を捧げた上で、速やかにコールドスリープに入りましょう。

[10秒間の沈黙]

クレイ: それでは準備をお願いします。

ゲイツ: 体感的にはまだ数時間しか経っていないと思うと気が狂いそうだな。

モーラー: 何とか無事にスリープを終えられることを願うしかありません。

ラッセル: 行こう宋さん。

宋: う、うん。

[物音、複数の足音]

クレイ: 全員ポッドに入りましたね。

モーラー: 皆様の無事をお祈りしております。

<記録途絶>


記録 - 29220d 11:41:55~29220d 13:54:35


[シューという機械音。]

[水音、ドライヤーから風が出るような音。]

クレイ: 皆さん無事ですか。

宋: はい、なんとか。

ラッセル: 俺は大丈夫だ。

ゲイツ: 私も無事だ。だが、どうやら一人犠牲が出てしまったようだ。

クレイ: まさか、モーラーが!

ゲイツ: そこだ。パクの死体と並んで倒れている。もう白骨化してしまっているが。

ラッセル: クソッ!クソッ!クソッ!俺たちが何したって言うんだ!

宋: [嗚咽] なんで私たちを殺さなきゃならないの。

クレイ: モーラー……。

ラッセル: ……まずは皆で黙祷をしよう。モーラーさんがしていたように。

[10秒間の沈黙]

クレイ: とにかく……何が起こったのかを確かめましょう。

ゲイツ: まずは目の前の状況を整理しよう。ここには二つの白骨死体がある。服装からして、二つの死体はパクとモーラーだと断定できる。パクの手には、モーラーのものと思わしき麻酔銃が握られている。重要そうなポイントはこんなところかな。

クレイ: 二人が亡くなった時期なども念の為に調べる必要がありそうです。宋さん、心苦しいのですがまた検死をお願いしてもいいですか。

宋: 分かりました。

[2分間、骨を動かすかちゃかちゃという音が響く。]

宋: 二人とも骨格は男性で、年齢は30代のようです。

クレイ: モーラーとパクさんの特徴と合致しますね。ベルナールさんの時と同様に、モーラーは何らかの原因でコールドスリープから目覚め、ポッドに戻れないまま死に至った、と考えるべきでしょう。ただし、今回は食料が枯渇しているため、ベルナールさんのように何年も船で生活していたわけでは無いようです。

ラッセル: やっぱり飢え死にしちゃったのかな、モーラーさん……。

宋: 死体の状態からは何とも言えませんが、状況的にそうなのかなと思います。

ゲイツ: それにしてもクレイさん、部下を亡くしたばかりなのにとても冷静ですな。

ラッセル: 気丈に振る舞っているに決まってんだろ。

クレイ: 気丈に振る舞っているわけでも無いのです。もう二人死者を出してしまっている以上、私たちも常に死を覚悟していました。それに、元々GOCの仕事は命の危険と隣り合わせですから。

ラッセル: クレイさん……。

クレイ: では状況の分析を続けます。モーラーが何らかの原因でコールドスリープに失敗したとして、ある謎が浮かび上がります。それはパクさんの死体がモーラーの死体の隣にあることです。スリープに入る前、パクさんの死体はこんな位置にはありませんでした。

ゲイツ: 加えて、モーラーの麻酔銃がパクの手の中にあることも大きな謎だ。

宋: 要約すると、コールドスリープに失敗したモーラーさんは、死ぬ前にパクさんの死体を動かして、自分の銃を持たせたってことですか?

クレイ: どう考えても不自然な状況ですね。

ゲイツ: 最終的にモーラー自身が亡くなってしまっているのも意味不明だな。

[8秒間の沈黙]

ラッセル: ああそうか!逆なんだ!

クレイ: どうしたんですか?

宋: ラッセルさん、また何か気づいたんですか?

ラッセル: なぜモーラーさんが亡くなったのか、この船に潜入したスパイが誰か全てわかったぞ!

宋: ほ、本当ですか!

クレイ: スパイが誰かまで分かったんですか!?

ラッセル: ああ。結論から言うと、スパイはパクさんだ。

宋: えっ!

クレイ: パクさんが……?

ラッセル: まずベルナールの死についてだけど、これは完全な事故だったんだ。ポッドが偶然故障して、ベルナールは不幸にも餓死に追い込まれた。その結果、この船の食料が全て無くなってしまった。この時船にいる全員が困ったけど、何よりも困ったのがパクさんだった。パクさんは、財団のスパイとして潜伏しながらゆっくり人類殲滅のチャンスを伺うつもりだったのに、食料不足のせいでほとんどチャンスが無くなってしまった。

クレイ: 食料不足に陥った時点で、いつか我々が死に至ることが予想できるわけですから、パクさんが何か行動を起こす必要も無くなったのでは?

ラッセル: 食料不足だとしても俺たちが即座に絶滅の危機に陥ったわけじゃない。活動量をギリギリまで減らして、ひたすらコールドスリープすれば、餓死する前に目的地の惑星に辿り着く可能性がある。そして、コールドスリープの時間が増えれば増えるほどスパイが動ける時間は減っていく。だからパクさんは急いで殺人計画を立てる必要があった。

宋: その後パクさんが命の危機に陥ったのはなぜですか?

ラッセル: パクさんはわざとアレルギーを起こしたんだ。

クレイ: わざと!?

ラッセル: パクさんは一度死んでも蘇生できる異常性を持っていたのかもしれない。詳しいことは今となっては分からないが、とにかくパクさんはわざとアレルギーを起こして自分の死を偽装しようとしたんだ。

宋: とてつもない賭けですね……。

ラッセル: 財団の人間はどんな手を使ってでも目的を達成しようとするものさ。

クレイ: そうですね。わざとアレルギー症状を起こしたということも十分あり得ると思います。

ラッセル: 無事に生き返ったパクさんは、俺たちを殺すための作戦を練っていた。多分コールドスリープ中に俺達たちを殺す方法を考えていたんだろう。その時ポッドの中からモーラーさんが現れた。モーラーさんのポッドが開いたのは、ベルナールと同じように故障が原因だった。もしかしたらパクさんが何かしらのトリックでポッドを開けたのかもしれないけど、とにかくモーラーさんとパクさんが出会ってしまった。パクさんはすぐにモーラーさんの口を封じようとする。しかし、最初に殺す人類としては相手が悪すぎた。モーラーさんには麻酔銃があるし、そもそもGOCのエージェントとして戦闘訓練を受けていただろうから、パクさんが丸腰で倒すのはかなり難しいはずだ。パクさんはモーラーさんから麻酔銃を奪い、モーラーさんを気絶させることはできたものの、致命的な一撃を体に受けてしまった。元々病み上がりだったパクさんはポッドに戻ることもできず意識を失い、そのまま息絶えた。モーラーさんも、昏睡状態のままゆっくりと息絶えた。これが、三人の死の真相だ。

クレイ: 確かに筋が通っているように見えます。

宋: ラッセルさん凄い!頭良いんですね。

ラッセル: ま、まあね。俺にかかればこんな謎大したことなかったよ。

宋: パクさんが死んでしまったってことは、もうこの救命艇にはスパイなんていないんですよね。

ラッセル: そういうことになるな。

クレイ: モーラーとベルナールさんの死は残念ですが、これでようやく安心できますね。

ゲイツ: なるほど、素晴らしい推理力だ。感動したよミスター・ラッセル。

ラッセル: ようやく俺を認めたか、おっさん。

ゲイツ: その的外れっぷりには誰しもが感動するだろう。

[5秒間の沈黙]

ラッセル: は?

ゲイツ: 君の推理は感動的なまでに的外れだと言っているんだ。

ラッセル: つまり、俺の推理が間違っているって言いてえのか?

ゲイツ: その通り。

ラッセル: はぁ!?じゃあおっさんには誰がスパイか分かってんのかよ!?

ゲイツ: もちろんだ。私がコネでのし上がっただけのボンクラ官僚とでも思ったかね?

ラッセル: じゃ早く言えよ!

ゲイツ: 先ほどようやく真相に気づいたのだよ。

クレイ: ゲイツさん、本当のスパイは誰なんですか?

ゲイツ: それは、この四人の中にいる。

クレイ: えっ。

宋: 私たちの中に、スパイがいる……。

ゲイツ: ではこれから、この救命艇で起きた惨劇の真相をお話ししよう。なお、私の推理は「スパイが特殊な能力を一切持っていない」という前提に基づいている。まあ、超能力者がスパイならとっくに我々は全滅させられているだろうがな。

ゲイツ: おっと、その前にまずはラッセル君の推理の問題点について説明せねばならないな。パクは自分のポッドにわざとタマゴパックの中身をぶち撒けてアレルギーを起こしたんだよな?

ラッセル: ああ。

ゲイツ: ではそのタマゴパックの中身はどこから手に入れたのだろうか。食料庫は空っぽになっているというのに。

ラッセル: 床に撒き散らされたパックの中身からゲットしたんじゃねえの。

ゲイツ: 足元を見てみろ。緑色のペーストしか撒かれていない。多分ビタミン味だ。

宋: 最初のコールドスリープの時、パクさんがこっそりタマゴ味パックを隠し持っていたのではないですか?

ラッセル: それだ!

ゲイツ: 残念ながらそれも違う。パクは元々、ゆっくり機会を伺いながら我々を殺すつもりだったのだから、偽装死のためにパックを隠し持っているのはおかしい。パックをこそこそ持ち出そうとして、悪目立ちするリスクもあるからな。

ラッセル: [ため息] 俺の推理は本当に的外れだったわけか。

ゲイツ: さて、本題に入ろう。実のところ、スパイが誰かはベルナールの死の真相を解き明かすだけで確定してしまう。我々はずっと、ベルナールのポッドが故障していたと考えていたが、実際にはそうではない。故障していたのはスパイのポッドだった。

宋: えっ。スパイのポッドが故障?

ゲイツ: 当然スパイは慌てただろう。これから人類を皆殺しにしようと思っていたのに、いの一番に自分が死の危機に直面してしまった。スパイは誰かのポッドを奪って生き延びようと考えた。しかし、物理的にポッドを破壊することは不可能だった。そこでスパイはこう考えた。「充電用の円盤からポッドを押し出せば、エネルギー切れでポッドの蓋が開くのではないか」、と。

宋: 待ってください。ポッドを押し出すと言っても、重いポッドを一人で動かすことなんてできるのでしょうか。

ラッセル: 最初のコールドスリープの前に色々試したけど、一人じゃどのポッドも動かせなかったぞ。

ゲイツ: もちろん私もそう考えたので、ポッドは二人以上で動かしたのだという結論に至った。

[沈黙]

ゲイツ: ここからが重要だ。ポッドをただ動かせれば矛盾が無くなるというわけではない。スパイに全員のポッドを動かせるくらいのパワーがあるのであれば、とっくに我々は骨になっている。ところでポッドには男性用と女性用の二種類があるわけだが、このうち男性用の方が大きく、重くつくられている。つまり、男性用が動かせるのであれば女性用を含め全てのポッドを動かせるわけだ。言い換えると、スパイには女性用のポッドしか動かせない状況にあった。

ゲイツ: これを踏まえて考えると、スパイがベルナールを殺した理由、そして誰がスパイかは明確だ。それはここにいる全員が理解しているだろう?

クレイ: ええ……そうですね。

ゲイツ: そう、ベルナールが殺されたのは、彼が女性用のポッドを使っていたからだ。最初のコールドスリープに入る時、クレイさんの身長が高すぎて女性用ポッドに入りきれないということが判明した。そこで、小柄だったベルナールが代わりに女性用ポッドに入ることになった。彼の身長は……詳しい数値は忘れたが、とにかく一般男性よりずっと低かったのは覚えている。スパイは、ベルナールのポッドを充電用の円盤から押し出し、そのポッドに乗り込んだ。

ゲイツ: 女性用のポッドを必要としていたのであれば、故障したスパイのポッドも女性用と考えられる。スパイはあなただ、宋さん。

[10秒間の沈黙]

ラッセル: 宋……さん……?

宋: 一つ重要な謎が残されていますよ。スパイはどうやってベルナールさんのポッドを動かしたのですか?二人以上で動かしたというのであれば、共犯者の名前も示さないと証明になりません。

ゲイツ: そうだな。少し話を戻そう。ポッドを動かした「二人以上」の組み合わせのうち、性別と人数がどのような組み合わせであれば女性用ポッドしか動かせない状況が生まれるのだろうか。

ゲイツ: まず「三人以上」のスパイがいた場合、男性用も女性用も動かせる。この場合我々はとっくに死んでいる。「男性と女性のコンビ」だった場合。ラッセル君と宋さんは男性用のポッドを動かしていたから、男性用も女性用もどっちも動かせることがわかる。最後に「女性と女性のコンビ」だった場合。クレイさんと宋さんは男性用のポッドを全く動かせなかったが、女性用のポッドなら動かせた。つまり、女性用のポッドしか動かせない組み合わせは「女性と女性のコンビ」のみだとわかる。宋さんとクレイさんという組み合わせはあり得ない。壊れたポッドは一台だけだったし、クレイさんがスパイ側ならとっくに我々は麻酔銃の餌食になっている。我々七人以外に見知らぬ女性スパイが潜入している可能性については、モーラーが過去に否定しているので却下できる。つまり。

ゲイツ: 今我々の目の前にいるのは、自称医学生の「宋曉」ではない。その娘だ。

ラッセル: ……は?

ゲイツ: 最初のコールドスリープの際、宋曉は一人だけスリープを解除されてしまった。ポッドが完全に故障していることを知った宋曉は、ベルナールのポッドを奪って乗り込もうと考えた。ポッドを円盤の外に押し出して、ベルナールを引きずり出すためには二人以上の人手が要るわけだが、宋曉には秘策があった。宋曉は身ごもっていたのだ。宋曉は子どもを出産し、十分な体力がつくまで育て、最終的にポッドを動かさせるという計画を立てた。ただし、この計画では自分の外見が老化してしまい、ベルナールを殺したことがバレバレになってしまうという問題がある。自分の命のためとはいえ、閉鎖環境で人を殺したとなると今後の殺戮計画に影響が生じかねない。そこで、宋曉は自分の娘を「宋曉」だと偽ってポッドに入れることを思いついた。

ゲイツ: 十数年後、宋曉の計画は無事成功し、ベルナールのポッドの蓋が開く。この時点でベルナールを殺害し、娘をポッドに入れた可能性もあるが、宋曉の計画はここでは終わらなかったと私は思う。ベルナールにはさらなる利用価値があったからだ。すなわち、ベルナールの遺伝子だ。ベルナールの精子を利用して、宋曉が男児を出産できたとしたら、その時点で船内の人間を殲滅できることがほぼ確定する。男性の力があれば全てのポッドを動かせるのだから、宋曉はなんとしてでも男児が欲しかったに違いない。まあ今我々が生きているということは、男児の出産は何らかの理由で失敗したのだろうが。

ゲイツ: さて、宋曉は最終的にベルナールを殺害し、食料庫に死体を運んだ。食料庫までの道には宇宙食パックのゴミを撒いて、さりげなく死体の場所を暗示しておく。殺害方法は手で首をしめたとかだろう。床につけられた「HELP」の文字ももちろん偽装だ。これはポッドを動かした時の傷を誤魔化す狙いがあったのだと推測できる。娘の髪を整えておく必要もある。船内には刃物が全く無いが、ポッドの蓋の縁がかなり鋭利になっているから頑張ればなんとか切れそうだ。一連の作業が終わった後は、ベルナールのポッドの位置をまた動かすだけだが、ここは少し工夫がいる。ベルナールのポッドと宋曉のポッドの場所を入れ替える必要があるからだ。ポッドの向きがズレないよう慎重に作業する必要があるが、この点は宇宙食パックの中身をぶちまけて印をつければ解決できる。全ての作業が終わり、宋曉の娘がベルナールのポッドでコールドスリープを始めれば入れ替わりトリック成功だ。ああそうそう、事前に宋曉の娘の体型を宋曉に似せておく必要もあった。このせいでかなりの宇宙食が無駄になったことだろう。

ゲイツ: 娘をポッドに入れてから20年以上、宋曉は残りの宇宙食を細々と食べて生活していた。やがて我々がコールドスリープから目覚めると、宋曉はそっと身を隠した。我々はベルナールの姿を探して食料庫へと移動した。この時が宋曉にとって最もリスキーな瞬間だっただろう。私の予想ではバスルームに潜んでいたのではないかと思う。あの部屋は二回扉を開ける必要があるため、見つかる可能性が他の場所よりやや低い。そういえば、今思い返すとバスルームの中は宋の娘が確認していたな。なにはともあれ、無事に我々が食料庫に集合したのを確認した宋曉はそっとバスルームから出ていき、隠し持っていたタマゴ味宇宙食パックの中身をパクのポッドに塗りつけた。この時、パクがトイレに行くハプニングもあったが、ここは娘がうまくトイレに誘導してことなきを得た。パクのポッドへの細工を終えた宋曉は、またバスルームに身を隠した。今後食料不足でバスルームに行く暇なんて無くなることを見越していたのかもしれない。

ゲイツ: 本来であれば宋曉の役割はここまでだった。二回目のコールドスリープ後には、宋曉は寿命で死んでいるはずだった。しかしそうはならなかった。モーラーがスリープ期間を10分に設定していたせいだ。宋曉はさぞ驚いただろう。そして、パクの死を確認し、我々が三回目のコールドスリープを始めて、今度こそ宋曉の生涯は終わるかに見えた。しかしここで、誰も予期せぬ事態が発生する。死んだはずのパクが息を吹き返してしまった!宋曉にとっては大きなチャンスが訪れたことになる。パクをうまく利用できればGOC職員を無力化できるかもしれないのだ。

ゲイツ: でも、宋曉はどうやってパクを利用したのだろうか?パクは働き盛りの成人男性なので、60歳の宋曉が脅迫することは難しい。私もここは悩んだが、答えは単純だ。パクが自分の状態を勘違いしていたのだ。……正確には、宋曉の策略にハマって勘違いしてしまったんだ。

ゲイツ: パクがまだ生きていることに気づいた宋曉は、そのまま意識を取り戻す可能性に賭けて彼の身体をポッドに戻した。心臓マッサージ等の蘇生措置もしたかもしれない。そして、奇跡的に、まさに神の気まぐれによってパクは冥土から這い上がってきた。

ゲイツ: パクはコールドスリープを始めると同時に、瞬時にタマゴアレルギーで意識を失った。そしてパクは目を覚ましたとき、自分がポッドの上に横たわっていたせいで、「自分のポッドが故障してコールドスリープに失敗した」と思い込んでしまった。パクから見ると、さっきベルナールが餓死したばかりだ。パクの心中は荒みに荒んだだろう。そして彼は気づく。誰かのポッドを奪えば自分は生き残れるということに。そこへ宋曉が現れた。娘に自分の服を全て与えてしまっているから、この時の宋曉の外見は全裸の老婆という異様な姿だった。パクの目の前に現れた不気味な老婆は、彼にこう囁く。「二人で協力してモーラーのポッドを奪わないか」と。宋曉は可能な限り多くの人間を殺すという目標を持ち、パクは生き残りたいという目標を持っていた。通常時であれば正反対の目標だが、この場においては協力できる理由となった。殺害対象をモーラーにしたのは、GOC職員を殺害して自身に少しでも有利な状況をつくりたい、という宋曉の意思によるものだろう。

ゲイツ: 病み上がりと60代女性のコンビで、なんとか男性用ポッドを円盤から追い出した後は、モーラーとの熾烈な格闘戦が始まった。二対一とはいえ、モーラーは訓練を受けた人間であるため、小柄なベルナールよりは格段に手強かっただろう。モーラーとパクの戦いのどさくさに紛れて、宋曉は麻酔銃を持ち出し、モーラーの手を使って無理やり生体認証を突破した。この時モーラーかパクのどちらかの手に銃がわたっていたら、その時点でアウトだったため、宋曉はかなりの賭けに出たことになる。しかしながら、女性が成人男性二人を倒す方法は麻酔銃をなんとかして手に入れる他存在しないため、モーラー殺しに関する私の推測はおおむね正しいと思われる。さて、運良く麻酔銃を手にした宋曉は、それを利用してモーラーとパクを脅迫し始めた。最初にやらなくてはならないのは、モーラーのポッドを元の位置に戻すことだ。そうしなければベルナール殺しの方法も発覚しかねない。我々がコールドスリープから起きたとき、モーラーのポッドの位置に変化は無かったため、このポッドを戻す作業は成功したと考えられる。だが、宋曉はその次の脅迫には失敗した。

ゲイツ: 男性の力を手に入れた宋曉は、ついに全員のポッドを円盤から追い出すチャンスを得た。しかし、それはモーラーとパクに仲間を殺す手伝いをさせることになる。当然モーラーは強く反発し、パクも嫌がる。特に、モーラーはGOC職員として自分の命よりも人類の未来を優先しようとしただろう。万が一パクが宋曉に協力しようとしても、力づくでパクを抑え込むはずだ。もしモーラーのみを麻酔銃で昏倒させてパクと殺戮計画を進めようとした場合、宋曉自身がポッドを動かす必要があり、その作業中は麻酔銃を持つことができないため、宋曉は事実上詰んでいた。我々を殺害する計画は頓挫し、宋曉はモーラーとパクを麻酔銃で昏倒させて殺した。宋曉はパクに麻酔銃を持たせ、モーラーを殺したのはパクだと思わせる工作を行った後、この船のどこかでひっそり生涯を終えた。以上が一連の事件の真相だ。

ラッセル: そ、宋さん……嘘ですよね。嘘って言ってくださいよ。宋さんがスパイなわけない!

宋: ……母は、人類を殲滅しなければならない理由をひたすら私に教えてくれました。どうすれば人は死ぬか、どうすればこの宇宙船の人間を皆殺しにできるか、私は物心ついた時からいっぱいいっぱい考えました。

ラッセル: 何を言ってるんだよ宋さん!早くこのおっさんの推理を否定しないと!

宋: 一番大変だったのは勉強でした。私は人類社会を一切経験しないまま育ってしまいましたから、生活様式や社会常識、コミュニケーションとかマナーとか色々なことを母から教わりました。通常このような特殊な状況で生まれ育った人間は社会性を獲得しがたいと考えられますので、今思い返すと私の母は相当慎重に教育を行ったのでしょう。

ラッセル: やめてくれ宋さん!

宋: [笑い声] あのねラッセル君。君の言う「宋さん」はもう死んだの。私は宋曉じゃないよ。

ラッセル: な……。

宋: 母と入れ替わってポッドに入った時は心臓がドキドキした。だってこんな入れ替わり絶対バレるって思ってたから。でも、母の言う通りだった。誰も私の外見に気づく人なんていなかった。

ゲイツ: アジア人の外見は、非アジア人の我々には判別が難しかったんだ。

宋: 船にはパクさんっていう東アジアの人がいたから、その人と喋る時は本当にヒヤヒヤしました。一緒にトイレに向かった時とかもう逃げ出したくて仕方なかった。

クレイ: パクさんを必死に救命しようとしていたのは一体なぜだったんですか?

宋: ん?ああ、あれね。普通に演技だよ。本物のお医者さんっぽくできてたかな?

ラッセル: てめえ……なんなんだよ、何が目的でこんなこと。

宋: 願うのは人類の絶滅のみ。財団の使命を実現することが私の願い。

ラッセル: 答えになってねえよ!

宋: ゲイツさんの推理に少し付け加えると、母が男児を産めなかったのは、ベルナールさんが無精子症だったからなんです。あの時の母の落胆ぶりは、今思い出しても胸が痛みます。

ゲイツ: なるほど、それは納得だ。

ラッセル: ベルナールが無精子症……そんな、じゃあ人類の未来にはカップルが要るって言ってた時、あいつどんな気持ちでそんなことを……。

ゲイツ:ところで、君は犯行がバレなかった場合どうやって殺人を続けるつもりだったのかね。母親と協力しようにももう死んでしまっているわけだが。

宋: あなた方にそこまで情報を明かすつもりはありません。ただ、個人的にはあなた方が目的地の惑星にたどり着く可能性はほとんど無いと考えています。

ゲイツ: ふむ、同意見だ。あなたもそう思うだろう?クレイさん。

ラッセル: ど、どういうことだよ。

クレイ: ……この救命艇は事前にGOCが発見した居住可能惑星に向かっています。

ゲイツ: ほお。では具体的に惑星がどこにあるのか考えてみよう。まず、地球から数光年程度では無いだろう。素人には分からないが、財団の科学力ならその距離圏の星は探索できてしまいそうだ。しかし、数光年以上先の惑星に行くとなると途方もない時間がかかることも容易に想像がつく。この「途方もない時間」の先に人類を送り届けるにはコールドスリープをひたすら繰り返し続ける必要があるが、その場合ある点が気にかかる。食料があまりにも少なすぎるのだ。この救命艇の食料は、搭乗者一人でも数十年で食べきってしまう程度の量しかない。コールドスリープで活動量を減らしたとしてもかなりジリ貧だ。よって、この救命艇は人類復興ではなく、延命のための存在だという結論に至った。

クレイ: もう、このような状況になってしまった以上認めるしかないようですね。そうです。我々がこの救命艇から出る日はありません。

ラッセル: なんだよそれ……GOCも俺たちを欺いていたのか?

ゲイツ: もっと言うと、財団はこの救命艇の所在を既に発見しているのではないだろうか。

クレイ: それはあり得ません。この船は反ミームシールドで完全に保護されています。第一、財団に見つかっているのであれば既に我々は星くずになっています。

ゲイツ: そうであれば良いが、私は悲観的なのでね。財団がこの船を破壊しない理由は単純だ。船がどこに向かっているのかをじっくり観察しているのだよ。

クレイ: なっ。そうか……。

ゲイツ: 船がどこかの惑星に着陸したら、その星にGOCのコロニーのようなものが形成されている可能性がある。そこを奇襲攻撃すれば、人類は一網打尽だ。あと、この船の反ミーム技術を調査したいという理由もあるかもしれない。反ミーム分野においては財団を出し抜いているようだからな。

宋: そうですね。私は財団との交信手段を有していないため、財団がどのような計画を立てているかは本当に分からないのですが、恐らくゲイツさんの推理通りでしょう。さて、推理劇はこれでようやくおしまい?

ゲイツ: いいやまだ続きがある。最後は宋さんの話だ。

宋: 私?でも、三人を殺した流れはさっき完璧に言い当てられてしまいましたけど。

ゲイツ: それは宋曉の話だ。あなた自身の話はまだしていない。

[沈黙]

ゲイツ: 三回目のコールドスリープの直前。我々はパクが死んだと考えてポッドに入り、40年間のスリープ期間を設定した。この時、なぜ君までスリープに入ったんだ?

宋: おっしゃっている意味がよく分かりません。ゲイツさんは、パクさんが母に協力した際に私がいれば、全員をまとめて殺害することができたと言いたいのでしょう。しかし、私はパクさんが生き返るなど想像もしてませんから、素直にコールドスリープに入ってしまっただけです。

ゲイツ: 宋さんにはパクがまだ生きていることが分かったのではないだろうか。パクの死を確認したのは宋さんなのだから。

宋: 想像に過ぎませんね。たとえそれが正しいとしても、宋さんは今にも死にそうに見えていましたので、その後コールドスリープポッドを動かせるレベルまで回復するとは思わずにコールドスリープを始めていたでしょう。

ゲイツ: では、あくまでifの話として聞いてほしい。もしも宋さんがパクの生存を知っていたのなら?その場合、宋さんは絶対にスリープに入ってはいけなかった。

宋: ですから、ポッドを動かせるほどの体力まで回復するとはとても。

ゲイツ: ポッドの話じゃない。あなたには、パクの遺伝子を回収する必要があったという話だ。

[沈黙]

ゲイツ: パクの存在は、最初のコールドスリープで果たせなかった、男児の出産という目標を再び叶えるチャンスだった。3回目のコールドスリープ中にもし男児が産まれていれば、我々のポッドは全て充電用の円盤から追い出され、人類は絶滅していただろう。宋曉はすでに60代に達しているためもう出産はできない。だからこの役割はあなたにしかできないものだった。しかしあなたはコールドスリープに入ってしまい、結局宋曉だけが立ち回ることになった。さて、なぜあなたはコールドスリープに入ったのだろうか?

ゲイツ: 私の推測では、宋さんの根底には母親に対する不信があったように思える。あなたは母親を絶対的存在のように感じつつも、母親が必要としているのは息子であって娘ではないという事実に苦しめられていた。母親に刷り込まれた人類への殺意は、恐らく母親と同等以上に強固だったが、それと同時に母親への不信感も大きくなっていた。だから、あなたは母親への反抗のような形でコールドスリープに入ったんだ。

宋: ……ゲイツさんの今の話は一つの可能性にすぎません。私からは肯定も否定もしません。

ラッセル: 宋さん……の娘さん。俺はあなた方親子を許すことはできないけど、でも俺も宋さんの区別がつけられなかったりして、不実なことをしていた。俺は財団の思想を理解することはできないけど、少なくとも、ゲイツさんの推理を聞く限りあなたは誰も直接的に殺してないんだろう?だったら、この船の最後の日まで一緒に生活できたりしないかな。

クレイ: ラッセルさん、それは。

ラッセル: 自分でも理想論っていうか勝手な主張だとは思ってるけど、やっぱ俺宋さんがスパイのまま終わるなんて耐えらんねえよ。

宋: ラッセルさん。それはちょっと、できないかな。私がもし母に不信を抱いていて、財団の方針に背く存在になっていたとしても、私は財団の使命のもとで死にたい。

ラッセル: そ、そう……だよな。ごめん、勝手なこと言っちまった。

宋: じゃあこれで本当に推理劇はおしまいだね。クレイさん、私を撃ってくれますか。

ラッセル: 待って!最後に一つだけ。宋さんの名前、まだ聞けてない。

宋: 芷瑶。私の名前は、宋芷瑶。

ラッセル: 宋芷瑶……良い名前だな。

宋: じゃあねラッセル君。

ラッセル: おう……じゃあな、芷瑶。

[人が倒れる音]

[ノイズ音]

SCP-3890-JPが小惑星への墜落を開始し、財団の機動部隊が船内を制圧した際、生存者はGOC職員シモーネ・クレイと宋芷瑶のみとなっていました。両者とも極度の低体重となっており、船内が深刻な食料不足に陥っていたことがその原因であると判明しています。「ローガン・ラッセル」「パトリック・ゲイツ」は死体として回収されており、死因は餓死であると推定されています。SCP-3890-JP墜落の理由は正確には不明ですが、GOCの反ミーム技術の流出を防ぐため、餓死の間際に船の破壊を画策したと考えられています。

財団による船内突入直後、GOC職員「シモーネ・クレイ」は機動部隊によって即座に終了されました。乗組員「宋芷瑶」は昏睡状態のままコールドスリープ・ポッドに入れられた状態で発見され、GOCの残存勢力の有無について情報を聴取する試みが行われましたが、監督部の協議の結果、近く終了されることが決定しています。

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