アイテム番号: SCP-3927-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 一般社会に流通する全てのCT及びMRI、その他断層撮影が可能な機器の設計は財団の介入を受けます。SCP-3927-JPを自動で検知し、非異常性の髄膜腫の所見に準ずるような画像修正と財団の秘匿回線を通じた通報を行うよう設計に介入してください。一般社会で行われる頭部レントゲン検査及び脳波検査は可能な限り医療機関に潜入するエージェントにより調査し、SCP-3927-JPの徴候を認めた場合は財団に通報してください。
検知した全ての治療可能なSCP-3927-JP症例は財団所属の医療機関でカバーストーリー“髄膜腫”を適用し、原則として別添の治療手順に基づく外科的切除による治療を行った上で退院とともに開放してください。切除が不可能であると診断された患者及びSCP-3927-JP-1についても、一般社会からの隔離は基本的に不要ですが、受療行動は財団の適切な介入が可能な医療機関で行うよう誘導し、財団の管理下で経過を観察してください。
これらの情報統制にも関わらず一般社会の人物がSCP-3927-JP実例を発見した際には適切なカバーストーリーを用いて一般社会への露見を防ぐとともに、当該人物については財団への雇用を含めたヴェール維持措置を検討してください。
説明: SCP-3927-JPは脳腫瘍に類似した病変です。患者本来の脳と同様の構造を持ち、SCP-3927-JP自体と同様の構造をも内包しています。この構造は断層撮影機器及び切除検体の電子顕微鏡像で観測が可能な範囲では髄膜以下の構造を自己相似的に反復していることが明らかになっています。
切除検体標本を顕微鏡的に観察した病理医は、SCP-3927-JPの細胞群そのものが相似的に縮小していると報告しています。分子生物学的にはこのような細胞が正常に機能し電気活動を行うとは考えがたく、SCP-3927-JPは空間の圧縮に類する異常性を有すると考えられています。このことからSCP-3927-JPの再帰的構造は細胞のサイズの制約を受けず1、理論上無限に反復する可能性が指摘されています。
疫学的に把握されているSCP-3927-JPの有病率は人口10万人あたり1.1人です2。年齢や性別、基礎疾患や遺伝的要因といったステータスを問わず発症するとされています。年齢による相関が認められないことは特筆すべきであり、一般に脳腫瘍の有病率が低いとされる10代後半から20代では脳腫瘍全体に占めるSCP-3927-JPの割合が相対的に高くなることが知られています。また、病変の長径が大きい症例ほど頻度が少なくなる相関があり、統計的に比較可能な範囲では長径が2倍になるごとに症例数がおおよそ半分になる反比例の関係に近似できます。
多くの症例では、SCP-3927-JPは緩徐に増大しますが、その速度は緩やかで初期には自覚症状を呈することなく経過します。経過が進むと脳構造の圧迫に伴い、感覚鈍麻などの神経症状を引き起こすことがありますが、この経過は非異常性の良性腫瘍である髄膜腫のものとほぼ一致しています。SCP-3927-JPに対する治療介入がなされない場合は致命的となりえますが、ほとんどの症例では外科的切除により完治3し、術後の経過には異常性を認めません。SCP-3927-JPの外科切除後は患者の一般社会への解放が可能です。
SCP-3927-JP及び患者本来の脳の電気活動は不明な原理で同期しています。SCP-3927-JPにフォーカスした脳波検査の結果は、信号の強さが病変のサイズに相関して弱くなるものの、その一点を除けばSCP-3927-JPが患者本来の脳と完全に同一の電気活動を行なうことを示しています。精度の問題でそれより下位の反復構造にフォーカスした脳波検査の試みは成功していませんが、通常の脳波検査で確認された電気活動がSCP-3927-JPの電気活動を内包したものであり、それとSCP-3927-JPの電気活動が一致していることから、再帰的構造を持つ反復構造群も患者本来の脳と同一の電気活動を行うということが推測されています。電気活動の同期現象は再帰的反復構造に依存します。外傷や摘出術などの要因でその反復構造から逸した部分では同期は発生せず、非異常の脳の活動から逸脱しない範囲で独自の電気活動を継続します。
fMRIを使用した脳血流イメージングの結果はSCP-3927-JPの血管走行及び血流動態が脳波検査の結果と同様に患者本来の脳に一致していることを示します。供血路や排血路は周辺の毛細血管に依存し、薬剤の到達は遅延・減衰します。顕微鏡的には移行部の血管内皮細胞や血球は遷移的縮小を認めます。この血管走行のため脳血管造影検査ではSCP-3927-JPへの造影剤の到達が遅延・減衰することが観察されています。SCP-3927-JP患者へ投与された薬剤の到達についても同様の遅延・減衰が発生するため、SCP-3927-JPには非異常の薬理学的機序による薬剤耐性を持つと考えられ、鎮静剤とともに造影剤を投与した上で脳波や脳血流イメージングによる薬効の検証が行われました。鎮静剤を用いた薬理学的な検証の結果、SCP-3927-JPには十分な薬剤が到達していないにも関わらず鎮静を受けた本来の脳に一致する電気的・血行力学的振る舞いを呈することが確認されています。SCP-3927-JPへの薬効は同期現象に依存すると考えられます。
以上からSCP-3927-JPの異常性は患者本来の脳と同等の構造・機能を有する完全な脳の複製として振る舞う点にあると考えられています。自己模倣的反復構造は、複製の対象となる脳の構造がSCP-3927-JP自体を含むことによって発生するものと説明されます。以上を踏まえ、オブジェクト内に患者と完全に同一の人格が複製されている可能性が指摘され、この立場からオブジェクトの外科的切除を伴う特別収容プロトコルの倫理的問題について議論されています。詳細は補遺を参照してください。
補遺: SCP-3927-JP患者の本来の脳が外傷などによって損傷した症例の中に、損傷の度合いから推測される症状を呈することなく経過する例があることが報告されています。そのような症例ではSCP-3927-JPにまで損傷が及ばず、血流も保たれていたこと、病変の長径が5cm以上と比較的大きいことが明らかになっています。これらの患者は頭蓋内構造の特異性からSCP-3927-JP-1に指定されます。当初はSCP-3927-JP-1はSCP-3927-JPの未知の影響の下にあるとされ、収容及び観察研究の対象となりました。
以下に本来の脳構造の80%以上を損壊しながらも自覚症状を示さず生存したSCP-3927-JP症例の診療録を提示します。診療録は診察した時点での情報に基づく内容であることに留意して下さい。
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#SCP-3927-JP 現病歴及び臨床経過 3/3、クリアランス上非開示の探査任務中に非異常の頭部外傷を受傷。回収後医療班による初期治療として緊急減圧開頭術及び血腫除去術を施行された。止血確認後バイタルの安定を認め、サイト内に移送された。到着時意識レベルはJCS II-104まで回復していた。サイト内のICU病棟に搬送され加療継続となった。 移送後撮像された頭部CTでは広範な脳挫傷及び脳幹出血を認めたが、SCP-3927-JPは外傷性の構造破綻や出血は呈しておらず、反復構造を含めて正常な構造を保っていた。 意識レベルは改善し、3/10には会話可能となった。経過中患者本来の脳構造の萎縮及び壊死は進行し、最終的に脳構造の80%が壊死した。炎症の波及のため3/15に壊死組織は外科的に除去された。術後の覚醒は良好であり3/18以降は自覚症状なく経過している。 |
(S)5 |
特に症状はないです。リハビリも問題なく歩けていて食事も摂れています。 僕としては全く違和感がないです。脳の大半を切除したって言われても全然信じられないくらいです。体調的にはすぐにでも任務に戻れるくらいなんですけどね。 脳を切除した以上、僕の意識はSCP-3927-JPの中にあるってことになるんですよね。では僕はいつからSCP-3927-JPの中に居るんでしょうか。意識の主体が脳から別の脳に飛び移るってことが起こるんでしょうか。それとも元々の脳に入っていた僕の意識はあの時とっくに死んでいて、今の僕は最初からSCP-3927-JPの中に居て、そうと気づかず本来の僕と重なって存在していた人格なんでしょうか。SCP-3927-JPの反復ごとに僕がいるのであれば、今の僕は何人の僕の重ね合わせなんでしょうか。 |
(O)6 |
意識清明。バイタルサイン安定しており特記所見なし。 採血: 頭部CT: 脳波: |
(A/P)8 |
患者本人の脳は大半が壊死している。通常このような症例では意識清明であるどころか生存していること自体考えられず、SCP-3927-JPの異常性が関与していることは自明である。 患者の意識レベルに問題はなく、記憶の混濁なども認めない。全脳壊死を呈した本来の脳が切除済みである以上、現在の患者の記憶や人格はSCP-3927-JPに依拠しているように見える。 これまでSCP-3927-JPは単に構造や電気活動を模倣するだけのオブジェクトと考えられていたが、本症例はオブジェクトが独立した機能を果たすものであることを示唆する。 (S)にある患者の意識についての見解は研究チーム内でも度々議論されている内容であるが、患者当人から同様の見解が得られた点は特筆に値する。 臨床的には退院可能だが、頭部CT所見が一般社会の撮影機器では隠蔽不可能なレベルで正常性からの逸脱を示している。今後の受療行動は財団所属の医療機関に限定するよう通達。職務復帰については協議中。退院後のメンタルケアについて対話部門へ引き継ぎを依頼。 |
これらの症例で障害された脳組織は機能不全及び血流障害のため週単位のオーダーで急激に萎縮する傾向にあります。この段階では患者本来の脳の電気活動はほとんど停止しますが、患者が新規の症状を訴える事は稀です。このことからすでに患者本来の脳は機能しておらず、SCP-3927-JPないし下位の反復構造群がその機能を代替しているものと推測されています。SCP-3927-JPの構造は受傷前後でほとんど変化していないため、受傷前のSCP-3927-JPも患者と同一の意識の主体たり得るとする仮説が提唱されました。
この仮説に基づき、通常の術式による外科的切除には倫理的な問題があるとして、倫理委員会による監査と特別収容プロトコルの改定が要請されました。
斎川博士による提言
SCP-3927-JPは構造的にも機能的にも正確な脳の複製であると言える。水槽の中で電極に繋がれた脳9のように、SCP-3927-JP内部では患者と同一の記憶を持つ人格が同期された電気信号に再現された景色の中で、患者と一切変わらない生活を送っていることであろう。この人格に自身と患者本来の脳に由来する人格を区別する手段はない。
この仮説に則ると、あなたがSCP-3927-JPに罹患した場合、その告知を受けるあなたがSCP-3927-JPに再現された人格でない確率はSCP-3927-JPの無数とも言える反復構造からただひとつの本来の脳を引き当てる確率と一致する。そしてSCP-3927-JP内部に取り残されたあなた達はその後の根治治療で切除される運命にあると言えよう。SCP-3927-JPの切除術で摘出されるのは、形態的にも患者の脳のミニチュアそのものであり、摘出術自体の倫理的な問題は無視できないと考える。
加えて、通常の外科切除で用いられる麻酔薬は既知の血行力学的特性によりSCP-3927-JPにほとんど到達していないことが判明している。術前まではその異常性により本来の脳の活動と同期される形で麻酔されるが、開頭摘出術に伴う反復構造の破綻とともにこの同期現象が解除される。そのため、術中のSCP-3927-JPは無麻酔での開頭摘出術を経験している可能性が高い。性質上立証は不可能なものの、摘出後のSCP-3927-JPを対象とした電気生理学検査は高ストレス環境下の脳波に近似する結果を示しており、この仮説を裏付ける。
SCP-3927-JPの収容にあたる財団職員としては現在の特別収容プロトコルに異論を挟む余地はない。しかし、SCP-3927-JP患者の治療にあたる医師として、SCP-3927-JPの治療法は見直しを要すると考える。
件の全脳壊死症例に倣ってSCP-3927-JPではなく患者の本来の脳を摘除することすら考慮に値すると考えている。逆説的ではあるがSCP-3927-JP切除術がその反復構造の数だけの人格を犠牲にするのに対し、この方法では犠牲になる人格は一人で済む。
SCP-3927-JP内に人格があるとするならば、彼らは複製であったとしても本来は光の中で生きる者たちであり、闇の中で葬られるべき物ではないことを強く主張する。やむを得ない犠牲はあったとしても、少しでも多くの人格が保護されるべきであると提言する。
以上の提言とともに、斎川博士の研究チームによるSCP-3927-JPの機能的側面についての研究結果が報告されました。報告はSCP-3927-JPについて組織学、解剖学、生理学的側面から詳細にその異常性の範囲・性質について記述されたものであり、全ての結果はSCP-3927-JPの異常性が構造的・機能的に脳の複製として振る舞うことに終始することを示しています。また、摘出され同期現象から脱したSCP-3927-JPにはサイズ以外の異常性が認められず、特に機能的側面については非異常の脳と同一であると結論づけられています。
複数の第三者の査読を経て、報告は受理されました。SCP-3927-JP-1は観察研究の対象指定から解除され、経過観察下での開放及び財団職員については職務への復帰が承認されました。また、SCP-3927-JPの切除術の標準術式が改定されました。この改定には通常の麻酔に加えて電気けいれん療法10に準じた無害かつ血行動態に依存しない通電処置を継続して行うこと、切除後のSCP-3927-JPは体外循環装置に接続され保護されることが含まれます。
浪費されていた多くの人命を保護する礎となった精力的な研究とその功績により、斎川博士及びその研究チームは表彰を受けました。
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