SCP-3930-JP
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アイテム番号: SCP-3930-JP

オブジェクトクラス: Keter

特別収容プロトコル: SCP-3930-JPの罹患者が発見された場合、直ちにエージェントによる確保作業が実施され、該当人物はサイト-81ER内の標準ヒト型収容セルにおいて収容されます。セル内の照度はオブジェクトの進行を遅滞するために、標準的に50lx以下に保たれます。

また、現存しているSCP-3930-JPに関連する記録以外のものが発見された場合も同様に、エージェントによる回収作業が実施されます。それらは同サイト内の4号資料保管室にて保管がなされます。

説明: SCP-3930-JPは暴露者(以下:対象)の両こめかみから眼部を経由し、眉間にかけて、エドヒガン(Cerasus itosakura)の花蕾、並びに花冠が発生する異常現象、もしくは異常疾患です。花蕾、並びに花冠は樹枝を介さず、対象の皮膚に直接癒着する形で出現し、皮膚そのものの切除を含むそれらを除去する試みは、1日のタイムラグを含む花蕾と花冠の再度の出現により、全て失敗に終わっています。なお、この再出現に関しては時間経過などによって自然に落下した花弁、花冠にも適用されることが判明しています。

SCP-3930-JPの出現位置は対象が光を浴びた時間に比例して上記の部位の順に増加していくこと、また、その光の種類が日光であった場合により加速度的に増加することが調査により判明しています。その花蕾と花冠が増加する過程において、暴露者は様々な身体への影響を報告しています。以下はその報告された影響と、該当する部位のリストとなります。

部位 症状
こめかみ 対象は左右の視界において、それぞれに対応する側端(右目視界の場合は右端)への霞みの発生を自覚する。その霞みはSCP-3930-JPの発生範囲の拡大と比例して視界中央部に向けて進行し、オブジェクトによって発生した花蕾、もしくは花冠が眼部へと到達した際、症状の視界全体への進行が完了する。この霞みは光量に対する認識を阻害し、対象は日光を除く全ての光源の認識が曖昧となる。
目部 発生範囲の拡大に伴い、両眼部から花蕾・花冠が発生した場合、その発生位置、並びに花弁が存在する位置の視力が欠落する。この異常は花冠から花弁を取り除くことによって除去することも可能であるものの、上記の異常性の通り、1日のタイムラグを含み花弁は再度出現するため、異常性の遅滞には効果的ではない。
眉間 眼部全てがSCP-3930-JPにより発生した花蕾、花冠に覆われることにより、全ての視力を欠落する。この進行度に達した場合、異常は不可逆となり、全ての花弁を除去した場合にも異常を取り除くことはできない。特筆すべき点として、この段階の対象は白色・桃色・灰色で自らの視界が形成されるような形で視力が欠落していることを主張している。

SCP-3930-JPの発生条件に関してはいくつかの推定条件は確認されていますが、確定的な事象は現在までに明らかになっていません。しかしながら現在までに不定期に出現した56人の対象を財団は収容しており、そのいずれも国内での確保事例であることは特筆すべき事情です。

これまでの財団の調査により、SCP-3930-JPの起源は1835年周辺である説が有力視されています。同年に発刊された西郷東風 (本名:西郷康隆)による歌集に当オブジェクトと関連が強いと推測が可能な短歌、並びにその解説が収録されており、また現存する西郷東風本人の写実的描写内にはSCP-3930-JPに非常に類似した外面的特徴が描かれていることが確認されています。以下は歌集から該当部分を抜粋し、現代語訳を実施したものとなります。

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西郷東風氏の写実的描写


西郷東風 『東花』

火を入れば
見目散りゆくは
佐倉灰
君のかたちを
見るも儚き

佐倉(炭)を焚べた囲炉裏にれば、忽ちの内に目前にいた君の姿が、そこから生まれるによって見えなくなってしまう。そのなんと憂きことだろうか。人や物の輪郭というものはそれほどまでに淡く、そして儚いものである。


上記の短歌、並びに解説が収録されている歌集は現在、財団が3冊を収容しています。その上でこの歌集は当時、非写実的であるとされ、世間的評価は低かったため、頒布数は非常に少なかったと判断されています。そのため、現状財団が収容している3冊のみが可読状態で残存しており、それ以外の物は喪失しているとの仮定の元、現在の収容体制が確立しています。

それ以降に発生したSCP-3930-JPを発症した対象、並びに対象に関する書籍、記録などは1844年の蒐集院によるオブジェクトの補足に伴い、その殆どに対して収容、操作、改竄が実施されています。その後、それらの資料等は財団に引き継がれており、当時の対応等の記録も残存しています。以下はその記録の抜粋となります。

春廻蒐集物覚書帳目録 第〇八三七番

一八四四年捕捉。按察使"小野久政"が発見。第一発見地は千葉町佐倉藩であり、春廻は当初、流行り病の一種であると推測されていたものの、小野による臨床実験の結果、伝染性は認められず、罹患者と長年生活を共にしていた近親者からも類似する症状は確認されていない。以降、東京府、名古屋、大阪などでも確認されたものの、いずれも罹患者は単体である。

来歴については不明であるが、補足した対象、並びに残存する春廻に関連すると推測可能な記録より、罹患者は全て日本人であることから日本特有の病であることが考えられる。しかしながら、外見的特徴が大きく発生する疾患のため、差別、並びに畏怖の対象とされ、記録に筆記されない状態で抹消された罹患者が存在する可能性は否定ができない。

春廻は罹患者の目周辺を桜が覆っていく病である。病の進行に伴い、罹患者はその視力を恒久的に喪失する。発生する花冠や花蕾の除去をすることで一時的に症状は緩和できるものの、根本的な治療にはならない。死に至る病ではないものの、本来保有している固有感覚の喪失や変化に伴い、現時点で確保されている15名の罹患者はいずれも精神的な不調を強くきたしている。そのためか度々、うわごとを繰り返す、両の腕を虚空に彷徨わせる、呆けた表情のまま動かなくなる、頭を振り被り勢いよく震わせるような様子が確認されている。

以下は実際に罹患者と対面した小野久政が蒐集院に向けて送った報告記録の抜粋である。一部は可読性のため現代語訳がなされていることには留意すること。原文及びすべての資料は添付文書群を参照のこと。

添付書類 小野久政による報告記録


つい先日のことです。「ああ、遂に何も見えなくなってしまったのです」と患者番号参号は私へと静かに告げて参りました。

罹患者の中で彼女は最も春廻の進行が早く、様々な投薬治療も全て意味がありませんでした。彼女の言葉を聞き、病が終末期を迎えたのではないかと私は推測をいたしました。よって対話を優先し、彼女に対して問いかけを続けました。「あちらの照りつける太陽の光すら見えないのでしょうか」外はかんかんに晴れ渡り、春らしい暖かな風が吹き抜けてゆくような季節でありました。

「ええ、白灰と桃色で覆われて、何も」彼女はそう告げて彼女はベッドの横のテーブルの方へ向き直りました。窓は反対側にありました。そして私はそのテーブルより数歩右におりました。この時点で、彼女の視力が永遠に失われたのだと私は確信をいたしました。試しにその後、効果的に作用した花冠の除去作業を行いました。彼女の栗色の瞳は確かにそこで開いておりましたが、しかし、その虹彩が私の姿を捉えることはありませんでした。

それからもこの報告書を書いている現在に至るまで彼女、また終末期を迎えたその他の患者は全て存命です。つまり春廻は労咳1のような、生命を脅かすような病ではない可能性が高いです。しかしながら、皆が皆、足元が見えぬはずなのに、確信めいてどこかを廻ろうとしていたり、ただ虚空を見つめてにこやかに時を過ごしていたりとしていて、それまでの彼らの、病と向き合おうとしていた姿を知っている私は、そこが気がかりでならないのです。

これらを加味した上で、現在収容が実施されている複数の罹患者についても、資料のように非一般的な挙動が散見されるようになり、SCP-3930-JPが別種の異常性を保有している可能性があることが松坂研究員によって指摘がなされました。そのため、意思疎通が可能な状態である収容済みの罹患者1名に対してインタビューが追加で実施される運びとなりました。以下はそのインタビューについての書き起こしとなります。

対話記録3930-JP-3


日付: 2024/04/08

回答者: 曙氏

質問者: 松坂研究員

前書: 曙氏は収容から2ヵ月17日後に眉間までSCP-3930-JPの発生範囲が拡大し、視力が失われていることが確認されています。また、発生範囲の拡大に伴い、一時的に経過観察用標準ヒト型収容セルへの移動が実施されています。


<記録開始>

[前略]

松坂研究員: 2025年4月2日の10時26分から数分間、あなたは室内でしきりにベッドから立ち上がる、もしくは座るような動作を繰り返している様子が確認されています。そちらに関して覚えはありますか?

曙氏: はい。その日の朝食はクロワッサンに珈琲、それにサラダでしたよね。私の朝食の希望が通る日でありましたから、しっかりと覚えております。

松坂研究員: そうでしたか。では、何のためにそのような行動を取っていたのかをお聞かせ願えないでしょうか。

曙氏: 珈琲に口を付けて、そのカップをテーブルの上に置いた、と感じた時でした。ふと、カップ以外の感触が右手に触れたと感じたのです。

[松坂研究員が当時の映像記録を確認するものの、SCP-3930-JPによって発生する花弁も含め、実際に質量を持つ物体などが曙氏の右手に触れていた様子などは確認されていない。]

松坂研究員: なるほど。それが何なのか、というのはその感触から推測することができたのですか?

曙氏: はい。薄く、柔らかく、それが花びらであるということが私には理解できました。しかし、希望を出さない限りはこの部屋にそういった物が入ってこないということは事前に説明を受けていたので、私は少々不思議に感じまして、それで最初に立ちあがったのです。

松坂研究員: 花びらですか。それは確かに不可思議だと感じるかもしれません。実際に映像にはそういったものは確認されておりませんので、更に詳しくその後のことなどを教えていただいてもよろしいでしょうか。

曙氏: はい。ただ、立ち上がってすぐに、その花びらが手から滑り落ちた、と感じたのです。ですからそれは気のせいだと思って、もう一度ベットに座りました。そうしたら、今度は頭の上に、また数枚の花びらが乗ったような、そんな軽い感触がしたのです。だからこそ、もう一度、私は立ち上がって、今度は確かに髪を伝って花びらが舞い落ちていくのを感じました。

[松坂研究員が曙氏に対して実施された事前調査カルテを確認する。認知や感覚の歪みなどは検査上では確認されておらず、所見では異常なしと判断されている。]

松坂研究員: それで立ち上がる、座るという行為を繰り返していたのですね。それ以降に、その花びらが乗る、舞い落ちるような感覚はありますか?

曙氏: 変わらずあります。何なら、ほら、今、私の左手に2枚の花びらが乗っています。ご覧になる事はできるでしょうか。それとも、この部屋には特別、窓があって、その外には満開の桜が植えられていたりするのでしょうか。

[机の上に乗せられている曙氏の左手の甲部には何も乗っていない。確認のため、ハルトマン霊体撮影機などの機器を用いて曙氏の周囲を撮影するものの、本人が言及をするような桜の花弁に類するような実体は確認されていない。]

松坂研究員: いえ、少なくとも換気口はありますが、この部屋にも窓はありません。そして外にも、桜を植えるようなことはしておりませんね。

曙氏: そうですか。ならば、そうですね。この私の視界の中に広がる無数の桜が、そうさせているのでしょうか。ああ、また、ほら、今度は靴先に。

松坂研究員: そちらに関しては現在調査中です。治療方法を確立するまで、暫くお待ちいただければ

曙氏: [松坂研究員の言葉を遮り] いえ、私、この疾患が治らなくても良いと最近思うようになったのです。

松坂研究員: [思案] それは、どうしてでしょうか?

曙氏: なぜなら、ここには桜だけがあって、美しい桜以外の全ての形が曖昧で [思案] 私、自分の顔が好きではなかったのです。鏡を見ないまでも、周りの視線から、私は私を醜いと思う心が、自然に湧きあがってきて。でも、今はそうではなくて、私が、私や、周りを気にせずに、美しい物だけを見ていられるのが、何とも心地よいものですから。

松坂研究員: なるほど。申し訳ありません、私は、あなたのお話されていることを十二分に理解はできていないと思われます。しかしながら、それを疎ましく思い、今もなお懸命に治療を続けていらっしゃる方々を私たちは知っております。故に、私たちは私たちで尽力をいたしますし、あなたに対してもそれは同じだということはお伝えさせていただきます。

[曙氏は松坂研究員の発言に対し、応答はせず静かに笑みを浮かべている。以下は今後の治療方針についての説明などのため割愛]

<記録終了>

上記のインタビューより、SCP-3930-JPが何らかの感覚的異常を誘発する可能性が示唆されました。しかしながら、蒐集院の資料にもある通り、それが固有感覚の喪失や変化によって引き起こされる、非異常性の感覚変化なのか、オブジェクトに由来する感覚異常なのか、についての判断は未だなされていません。

補遺: 2025/04/15、当時87歳であった財団が確保している中で最年長の暴露者である大沢氏が加齢による多臓器不全を原因に死亡しました。大沢氏は標準ヒト型収容セル内にて立位を保ったまま、両手を中空に広げるような形で死亡していることが確認されています。類似する死亡事例は蒐集院によって調査が実施された資料内においても言及が見られており、それがSCP-3930-JP由来によるものであることが高い確率で示唆されています。

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