アイテム番号: SCP-3969-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-3969-JPの収容は、異常性発現の起点となるPOI-16628が適切に収容されていることに重点が置かれています。
昏睡状態の人型実体を対象とした標準収容プロトコルに準拠し、POI-16628はサイト-██の集中治療室に衣類未着用の状態で収容されています。3名以上の医療スタッフによりPOI-16628の生命兆候を常時監視し、必要に応じた医療措置が許可されます。
"睦言イベント" 後のSCP-3969-JPとSCP-3969-JP-αをサイト併設の火葬炉で焼却処分してください。焼却処分に先んじて、SCP-3969-JPに対するAMH検査1およびに摘出した卵巣の外科的検分を実施し、測定される卵巣予備能からSCP-3969-JPの閉経時期を精緻化してください。
SCP-3969-JPの閉経と同時に異常性が消失ないし変化することが確実視されています。異常性のプロセス・起源の解明を目的として、SCP-3969-JP・SCP-3969-JP-α・POI-16628の3者間で共有される意識領域への夢界学的アプローチが試行されています。
説明: SCP-3969-JPは、27~30日間隔でPOI-16628の直上に出現する、生命兆候を著しく欠いた女性の人体です。これまでに確認されたSCP-3969-JPの全実例は衣類を着用しない状態で出現しており、その遺伝学的・身体的特徴は█████氏と完全に一致すると分析されています。SCP-3969-JPの身体には経時的に発生すると期待される人体器官・組織の劣化がほぼ見受けられません。この唯一の例外として、"睦言イベント" の度に卵巣予備能が低下していることが報告されています。加えて、脳領域を一部欠損しているにもかかわらず、"睦言イベント" 最中のSCP-3969-JPにはレム睡眠時に特徴的な脳波が発生していることが確認されています。
生前の█████氏は映画・舞台を軸に活動していた女優であり、20██/██/██に原因不明の脳欠損を理由に死亡しました。欠損は大脳・小脳・脳幹に跨って発生しており、これは後述するPOI-16628の脳破壊予測部位と合致しています。当該事象は超常現象記録として東京都監察医務院への潜入エージェントにより報告され、突発性の破裂脳動脈瘤 (くも膜下出血) により急死したとする情報改竄が行われた後に██氏の死体は火葬されました。
POI-16628は████という名の日本人男性であり、20██/██/██、ニューヨーク州 ソニー・リンカーンスクエアで発生した銃乱射テロに起因して昏睡状態に陥っています。財団による生体力学シミュレーションの結果から、POI-16628が受けた銃撃は人体の生命維持機能を喪失して然るべきものと結論付けられました。また、この破壊予測部位は██氏の脳欠損部位と一致することが判明しています。収容後に行われた3D-MRI検査の結果も鑑みて、POI-16628が損失した脳組織は██氏のものに置換されたことが結論付けられました。
SCP-3969-JPの初期収容に際して、生前の██氏とPOI-16628との関係性が調査されました。両者が親密な関係性にあることを示唆する証拠は一切得られませんでしたが、この結論に至る調査記録には不自然な点が多く、両者を直接的に結び付ける記録・記憶が不完全に改変されたという仮説が立てられています。この仮説を補強する顕著な例として、以下の事実が確認されています。
- 両者は同期部員として同一の高等学校の演劇部の所属している。一方で、両者が同時に出演した公演記録が1つも存在しない。
- 両者は大学在籍期間中の同じ時期にそれぞれの生家へ住所を異動している。一方で、異動先は当時の生活圏から100km以上離れている。
- POI-16628はコロンビア大学への音楽留学の約2年前に婚約指輪を購入している。一方で、婚姻届は提出されていない。
- POI-16628と██氏とで共通する知人やそれぞれの親族、全員が両者に配偶者が存在すると認知している。一方で、その配偶者に関する具体的な氏名・容姿・エピソードについて述べることができていない。
上述の情報改変はSCP-3969-JPが異常性を獲得する原因となった夢界異常存在 (SCP-3969-JP-Óに指定) に起因すると推察されています。
SCP-3969-JP-αは、SCP-3969-JPとPOI-16628との生殖行為により発生する胎児です。SCP-3969-JPの出現に前駆して、POI-16628は高次脳機能の一部を回復させた上で視床下部の勃起中枢を活性化させます。結果として、SCP-3969-JPは膣内へPOI-16628の陰茎を挿入した体位で出現し、抽送を伴わない射精がなされることでSCP-3969-JP-αを即座に妊娠します。受精から着床までが瞬時に行われる・着床から8時間経過時点で妊娠38週相当まで成長する・脈拍を示さないSCP-3969-JPから臍帯を経由して各有機的資源が供給されるなど、SCP-3969-JP-αの成長は異常なプロセスでなされます。一方で、SCP-3969-JP-αにはヒト (Homo sapiens) からの発生学的・遺伝学的な逸脱が一切確認されていません。SCP-3969-JP-αは妊娠39週相当まで成長すると生物学的に死亡し、その死亡と同時にSCP-3969-JPとPOI-16628は高次脳機能を喪失します。上述の、SCP-3969-JP-αの発生から死亡に至るまでの一連の事象は "睦言イベント" と指定されました。
"睦言イベント" 最中において、SCP-3969-JP・SCP-3969-JP-α・POI-16628で意識領域2を共有していることが確実視されています。当該の意識領域内部にはSCP-3969-JPに酷似する人体 (SCP-3969-JP-Orgに指定) が存在しており、これはSCP-3969-JPが基底現実世界に出現する際のオリジナルと見做されています。前述の共有意識領域およびSCP-3969-JP-Orgに対するアプローチの全ては排斥される結果に終わっています。(補遺.3969‐JP参照)
補遺.3969‐JP: 夢界学的アプローチ結果
SCP-3969-JPの出現プロセスを解明する試みの一環として、第3回睦言イベントにおいて、SCP-3969-JP・SCP-3969-JP-α・POI-16628で共有される意識領域への探査がなされました。共有意識領域内部にはSCP-3969-JPと同一の外見を持つ人体 (SCP-3969-JP-Org) が存在することが判明しています。
SCP-3969-JP-OrgはSCP-3969-JPの出現プロセスの起点と見做され、第3回イベント以降も夢界学的アプローチは継続されています。以下は、成功したアプローチで得られた感覚情報の書き起こしとなります。
第3回イベント
手法: SCP-3969-JP・SCP-3969-JP-α-3・POI-16628の3者間で共有される意識領域へ、集合的意識領域を介して侵入する。探査手順は標準的な夢界探査プロトコルに準拠し、エージェントには夢界実体への擬態措置を施行する。
結果: エージェント・タニヤマ (以降、Agt.と表記) が集合的意識領域から共有意識領域に侵入する。
視界は灰青色の上天に向いている。基底現実世界であれば存在して然るべき太陽や雲が見受けられないにもかかわらず、日光・微雨・湿り気を帯びた生暖かい風が感じられる。Agt.が起き上がる。Agt.の出現地点は緩やかな丘陵の中腹に当たり「荒涼とした泥炭地湿原」と表現できる風景が一望できる。一方で、Agt.を中心とした約700mより遠方の景色は識別不可能な程度に著しくぼやけている。像を明確に視認できる範囲内には他の夢界実体は存在しない。20mほど下った地点から、丘陵の斜面に沿って続く石造りの小径が始まっているのが確認できる。小径を登っていった遥か先が紫色にぼやけていることに気が付き、Agt.は丘陵の頂上を目的地として小径を登り始める。
約8分後、目的地点が明瞭に視認できるようになる。大量の淡紫色の花々と赤褐色のレンガで囲まれた空間が、続いてその脇に建てられている19世紀西欧風の邸宅が視認できる。また、当該の空間と邸宅を完全に覆うように、空の一部分が円形を成すように淡青色となっている。(これを目にしたAgt.は「バカでかい真っ青な穴がくり抜かれたみたいだ」と述べた) 進行方向よりピアノの旋律が微かに聞こえる。Agt.が歩調を速める。
目的地の手前100m程度まで近づく。この地点は "空の穴" の外縁鉛直下に位置しており、内部では雨が止んでいる。先述の空間が荒廃した庭園であり、崩れかけたレンガ塀に多量に咲いた花々がジャノメエリカ (Erica canaliculata) に著しい外見的類似性を持つことが視認できる。加えて、聞こえているピアノの演奏が『I Girasoli』ひまわりをジャズ風にアレンジしたものであり、スタインウェイ&サンズ製 K132 による演奏であることが理解できる。(Agt.は楽曲やピアノブランドに関する知識・各ブランド製品の音響的特徴を聴き分ける能力を十分に持ち合わせていなかったにもかかわらず「何故か分かる」と述べた) 音源が庭園内部からのものであることが定位できる。
門の残骸を潜ったAgt.が庭園内部に侵入する。演奏音の発生源の方向へ、複数種の植物が繁茂する通り道に沿って250m程進む。(通り道沿いに茂った草本は基底現実世界のイングランド北部に典型的と分析された) 庭園内奥部、"空の穴" 中心点直下にAgt.が到達する。縦幅60cm・横幅140cmの窓だけが空中に固定されているかのように存在している。演奏音の大きさから期待される音源は目に見える範囲に確認できず、窓内部に隔絶された別の領域に音源が存在しているとAgt.が判断する。
屈んだAgt.が小窓に忍び寄る。これまでの西欧風の景色と異なり、内部空間は木造の床とクリーム色の壁で構成される12帖程の部屋であることが視認できる。(これは日本の家屋として21世紀初期に主流とされていた内装に類似していると分析された) 窓側と対をなす壁際にアップライトピアノが1台置かれている。グレーのスーツを着用した1体の人型実体が『I Girasoli』を演奏している。壁に相対しているために演奏者の顔は確認できない。ピアノの右脇、部屋の隅に設置された32インチのディスプレイには映像が流れている。(出演者や撮影手法から映画『また逢う日まで』の1場面と分析されたが該当するシーンは存在しない) 部屋の中央には映写機が、テレビの対角となる部屋の隅にはテーブルが、窓の真下にはセミダブルサイズのベッドが置かれている。ベッドの上にSCP-3969-JPに酷似する人型実体が目を閉じて横たわっている。(当該実体はSCP-3969-JP-Orgに指定された) また、ベッドとその周辺には大量の紙片が散乱しており、SCP-3969-JP-Orgがそのうちの1枚を両手で把持して眼前に構えている。識別可能とされる距離であるにもかかわらず、各紙片に綴られた文章や描かれた絵図はぼやけているために判別ができない。
Agt.が部屋内部への侵入を逡巡する。5秒程考えあぐねていると、不意に左大腿部裏側の裾が引っ張られる。Agt.が視線を向ける。白い小ヤギが身体を擦り付けている様子が確認できる。小ヤギを先導にしたAgt.が庭園奥部へ更に進んでいく。(探査後のAgt.は「奇妙ながら、ヤギの名前が "マリウス" であり、自身に付いてくるように訴えかけていることを確信した」と回答した)
2分程追従した結果、ユズリハ (Daphniphyllum macropodum) に外見的類似性を示す高木に囲まれた、5m半径の開けた空間に到達する。空間中央に位置する枯木からは粗雑な木馬が1つ吊るされている。19世紀初頭イギリスの上位中産階級の子女に典型的な衣類を着用した7~9歳程度の少年と少女が1名ずつ、木馬に跨っている。両者は向かい合って会話をしているが内容を聞き取ることはできない。
少女が少年の頬へキスをする。同時に、小ヤギが鳴き声を上げる。これを原因として少年と少女両名が小ヤギおよびAgt.の存在を認知し、僅かに驚愕した様相を呈する。数拍の沈黙を経て、少女は安堵の表情に変わり、微笑みながら「ディコンもおいでよ」と述べる。Agt.は自身を "ディコン" と認識し、擬態措置が作用した結果として視点が60cmほど下に落ちる。当該空間の中央に向かってAgt.がにじり寄る。近寄ってきた少女により頬へのキスがなされる。Agt.が突き飛ばされる。少女が戸惑った様子でこちらを凝視している。ピアノの演奏が停止する。
プロペラ音が響き渡る。上天に視線を向けると、アンサルドS.V.Aに類似する1機の戦闘機が "空の穴" を横切って飛行する光景が目に映る。戦闘機から大量の紙片がばら撒かれている。地面に落ちてくるにつれて、紙片の全てが1980年代のイタリア・50000リレ紙幣であり、肖像部分がSCP-3969-JPの相貌に置き換わっていることが確認できる。紙幣内の肖像全てが「あなたじゃない」と発話する。(当該音声は█████氏が出演した映画でのセリフの音声データと完全に一致した) 庭園内の植物ないし地面に触れた紙幣が激しく発火し始める。庭園の各所で火の手が上がるが燃え広がることはなく、Agt.を包み込むように炎が収束してくる。Agt.の全身が燃え始めるが炎は熱を伴っていない。Agt.は緊急覚醒手順を試行し共有意識領域から脱出する。
後記: 第3回イベント以降、集合的意識領域から共有意識領域への侵入には成功するものの、その探査には失敗している。これは共有意識領域への侵入後に得られる全ての感覚情報が著しく曖昧模糊なものに置き換わることに起因する。
第6回イベント
手法: SCP-3969-JPの出現に先行して、POI-16628頭部にBIAV (Brain Image and Audio Visualizer) を設置する。BIAVの解析情報からPOI-16628の夢界での体感を再現する。
結果: 大部分がモノクロで構成された映像が開始される。以降の映像はPOI-16628の主観と結論付けられた。
POI-16628が貯水池を臨むベンチに座っている。1羽の白鳥が池で泳いでいるのが見える。『Auld Lang Syne』別れのワルツをジャズ風にアレンジしたピアノの旋律が背後から聞こえる。3 SCP-3969-JPに相貌的類似性を有する女性が右側に座っている。女性の唇とマフラーが真紅色であり、セーター帽から覗かせる前髪も淡青色であることが判別できる。それ以外は色彩が完全に失せている。
女性が他愛もない話をしている。極度に熱いホットチョコレートを冬の公園で嗜むことについての情緒的・味覚的優雅さを熱弁する。注がれたホットチョコレートからマグカップに伝播する熱について、さらにその熱を理由に自身が愛用していたマグカップが破損したことについて言及する。ホットチョコレートを飲用することに対する精神衛生的・身体的な利点について、最終的に話題が帰着する。約8分間の会話中、ホットチョコレートにマシュマロを溶解させることの是非について述べたことを除き、POI-16628は概ね肯定的な返答を繰り返す。女性の瞳・唇・左手を中心として、会話中のPOI-16628の視線が移動する。
白鳥が音をたてずに池から飛び立つ。それに合わせて両者もベンチから立ち上がり、目の前に敷設された遊歩道を連れ立って歩いていく。色覚の欠如を理由に断定することが困難だが、周囲の風景は1990年代初期のニューヨーク州 セントラル・パークに部分的に酷似している。(ジャクリーン・オナシス・ケネディ貯水池から同園のウォールマン・スケートリンクに向かっていると判断された) この時点から僅かな降雪が視認できるが、完全に鉛直方向へ降る雪は地面に到達する寸前に消失している。雪と女性とPOI-16628以外の動体は視界内に存在しない。
先述した会話に連関する遣り取りが約2分間に渡って展開される。新たなマグカップを購入する計画を立てるため、候補となる店舗を指折り数える女性の様子が確認できる。POI-16628が女性の左手に自身の右手を伸ばす。女性の左手を握り、そのまま自身の外套の右ポケットに迎える。女性が笑う。(女性の瞳に映った像からPOI-16628の笑みに対して笑い返したものと判断された)「それじゃお返しだ」女性が述べる。女性は着用していた深紅色のマフラーを部分的に解き、残った右手を不器用ながらも駆使してPOI-16628ごと巻き直す。マフラーの長さが不足しているために両者が寄り添う。
「ニューヨークは好き?」女性が尋ねる。「好きだったよ」POI-16628が答える。「楽しい?」女性が尋ねる。「楽しかったよ」POI-16628が答える。女性が物悲しげに笑いかける。以降、両者は無言のまま進み続け、1分後にスケートリンクの入り口に到達する。(基底現実世界における貯水池からリンクまでの距離は約2.5kmであり、これは歩行速度と時間から概算される距離とは乖離した)
スケートリンクの監視役ないし券売窓口役に該当する夢界実体は存在しない。女性が俄かにリンク内部に向かって駆け出す。この時点で2人を繋いでいたマフラーが解かれて地面に落ちる。拾い上げるべく視点が地面に向けられる。モノクロのマフラーだけが映る。「見て!」女性が大声で発する。リンク中央でバレエを10秒程踊る女性の姿に視線が向け直される。(これは『白鳥の湖』第2幕13曲のバレエと合致した) この時点から、スポットライトのように謎の光源が女性を照らし続け、照らされた衣服や身体は色を伴っている。
マフラーを把持したままリンクに進入してきたPOI-16628に女性が駆け寄る。女性がPOI-16628に抱き着く。POI-16628は受け止めた女性を直立するように正して、マフラーを巻き直す。マフラーは深紅色を取り戻す。POI-16628が外套の左ポケットから白色のケースを取り出し、跪いて女性に向けて掲げる。「ピッタリのはずだよ、さっき右手で確認したから」僅かに震える声でPOI-16628が述べる。歓喜した女性が肯定の返答を繰り返す。POI-16628と女性が抱き合ってキスをする。女性が身を離し、目を見開いて数歩後ずさる。ピアノの演奏が停止する。
POI-16628の右前方に白鳥の死体が降ってくる。女性を照らしていた光源が明滅し "7500" の文字が投影される。続けざまにPOI-16628の周囲に複数の白鳥の死体が降ってくる。スケートリンク場内のスピーカーから「あなたじゃない」という音声が流れる。(当該音声は█████氏が出演した映画でのセリフの音声データと完全に一致した) 視線が上方に向けられる。垂直に落下する夥しい数の白鳥と同時に、ボーイング767型を模した1機の旅客機がセントラル・パーク・タワーに酷似する建造物に無音で衝突する様子が確認できる。瓦礫と粉塵と白鳥の死体を撒き上げながら建造物は崩壊していく。POI-16628は目前に迫る粉塵から逃れる様子を示さず、旅客機と建造物の衝突発生から約4秒後に粉塵へ呑み込まれる。BIAVが切断される。
後記: 第6回イベント以降、睦言イベント中のBIAVが起動できない現象に見舞われており、視聴覚領域の再現には成功していない。
第13回イベント
手法: 調整済みのSCP‐4969‐JP4をSCP-3969-JP-α-13 (以降、α-13と表記) に寄生させる。第13回イベント終了後のSCP‐4969‐JPのスライス標本に味覚的デコーディングを施すことでα-13が夢界で得た感覚情報を追体験する。5
結果: α-13の視点で開始される。明確に焦点が合うのは眼前10cmまでの距離となる。
通りではしゃぐ少女たちの喧騒・エスプレッソの匂い・微かな風・日の光が感じられる。(周囲で聞こえるイタリア語での会話の内容からヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅近辺のバールに設けられたテラス席に位置すると分析された)『I Will Wait For You』をジャズ風にアレンジしたピアノの旋律がバール店内より聞こえる。
α-13は左手に幼児用スプーンを握っており、目の前の離乳食を覚束ない様子で口に運んでいる。セロリとニンジンのブロード・セモリナ粉・ミルクの味がする。左側から伸びた手に握られたタオルで口元を拭われる。スプーンが取り上げられるとともに僅かにアイリスの香りが感じられる。「全部食べた?」「すごいじゃない」男女の声が左右から聞こえる。興奮したα-13は瞬きを連続して行い、掌屈・背屈を繰り返しながら自身の両手を凝視する。
「食いしん坊なところはわたし似かな」「かもね、俺に似てたら飽きてスプーンを投げてたと思うよ、聞かん坊じゃなくてよかった」「それいつも言ってるけど信じられないんだけど」「いやホントにワガママな赤ちゃんだったんだって、ママ似でよかった」「パパ似なところもあるよね~、おてての大きさとか」男女の声が聞こえる。右側から伸びた手に握られたタオルで両掌と指の1本1本が拭かれる。優しく揉まれるような感触と甘いミルクの香りを感じる。「大きくなれ〜大きくなれ〜」「大きくなってもいいけど、ピアノ弾きなんてさせないよ?」「い~や、パパみたいなピアニストになるんだよね?お腹の中の頃からたくさん聞いてきてるもんね」「まぁいいけどさ、音楽でも演技でもなんだっていいよ、生まれてきてくれただけで充分だよ」
男女が顔を寄せてこちらに視線を合わせる。両者はSCP-3969-JPとPOI-16628に酷似しているが僅かに老けた外見をしている。
クリーム色の塊がα-13に近寄ってくる。しわがれた男女の声での挨拶が聞こえる。塊が眼前に近づくにつれて、1匹のゴールデン・レトリーバーのマズルが像を結ぶ。(飼い犬の散歩中の老夫婦が男女に話し掛けていると推測された) 秋らしい天候であることについて、男女と老夫婦が話し合っている。「いっしょ?こーだある?いっしょ!?うれしいね!」α-13に犬が話しかけてくる。犬がα-13の匂いを嗅ごうとマズルを擦り付ける。犬からの猛烈なアプローチを初めて経験したためか、炒ったアーモンドナッツのような犬の香ばしさに驚いたためか、自身に尻尾がついていると犬に言われたことに不安感を覚えたためか、その理由は不明だがα-13がぐずり始める。(当該の発言がα-13の脳と脊髄に寄生したSCP‐4969‐JPを指してのものか不明) 老人の声で犬を窘める声が聞こえた後に、老夫婦の別れの挨拶と犬の謝罪の言葉が離れていく。
女性の腕に抱かれて揺すられる。ミルクの香りがする。「かわいいおじいちゃんおばあちゃんだね」「ふたりお揃いだった」「私達もああなってるかな」男女が話す。背骨に沿った痛痒を感じてα-13が泣き出す。「ごめんごめん、仲間はずれになんて」α-13の頬にキスをしながら女性が発言するが途中で言い止む。両腕の内に抱かれた状態から脇に手を掛けるように持ち替えられる。女性がこちらを覗き込む。ピアノの演奏が停止する。
突如としてバール店内から銃声が鳴る。ニトロセルロースの燃焼した臭いが感じられる。少女の悲鳴に続き、木製の簀の子に重い岩を叩きつけたような破砕音が聞こえる。(少女が頭から落下して地面に叩きつけられた音と分析された) 「Будущее было прекрасно」未来は素晴らしかったとロシア語での怒声が聞こえる。複数発の銃声が続き、アミルビニルケトンとプトレシンの混合臭が増して感じられる。 何者かが近づいてくる靴音が聞こえる。この間、α-13は女性により椅子に抑えつけられている。靴音がα-13の背後に到達するともに後頭部に痛みが走る。(乱射後の銃口を押し当てられた熱傷と分析された) 「あなたじゃない」と耳元で囁かれた直後に暗転する。(当該音声は█████氏が出演した映画でのセリフの音声データと完全に一致した)
以降、SCP‐4969‐JPのスライス断片から味わうことのできる感覚情報はホワイトノイズのみとなる。
後記: 第13回イベント以降、SCP-3969-JP-αにSCP-4969-JPを寄生させる試みは成功していない。α-14のサンプル解析結果から、SCP-4969-JP特異的な免疫反応を獲得していることに起因することが判明した。詳細なプロセスは不明だが、臍帯を通じてSCP-3969-JPからSCP-3969-JP-αに抗体が供与されたものと推測される。
第24回イベント
手法: 奇跡論を応用して拡張された知覚共感能力を有したエージェントに、第24回イベント最中のSCP-3969-JPの感覚情報を体感させる。
結果: 映像はSCP-3969-JPの主観と結論付けられた。
『I'll Be Seeing You』をジャズ風にアレンジしたピアノの旋律が聞こえる。内装および家具の配置から判断するに、第3回イベントで確認された窓内部の部屋に位置している。1点の違いとして、窓が存在して然るべきベッド側の壁には部屋の中央に置かれた映写機からの映像が投射されている。手紙・楽譜・演劇のト書き・新聞紙の切り抜きなどがベッド近辺に散乱している。特筆すべき点として、これには生前のSCP-3969-JPとPOI-16628の実名が記載されていたSCP-3969-JP収容手順書も含まれている。ベッドの上で横たわるSCP-3969-JP-Orgを見下ろすように視線が向けられる。主演女優にSCP-3969-JPの名が、劇伴作家にPOI-16628の名が連ねられた映画のフライヤーが把持されており、SCP-3969-JP-Orgの顔前に掲げられている。(基底現実世界では該当の映画が存在しなかった) 当該実体の両目は閉じられている。
壁に移された映像に視点が映る。蝉の声が響く自然公園が映されている。ドット柄のYシャツを着用した老齢男性が車椅子に乗っている様子が映されている。押す人物がいないにもかかわらず車椅子は自走しており、男性は自身の背後に向けて何かを話し掛けている。公園の池の畔に置かれたベンチの傍らに車椅子が停まる。壮年の男女およびに両名の子供と推測される女児が老齢男性の逆側から歩いてくるシーンに切り替わる。女児が駆け出して老齢男性に抱き着き、膝の上に座る。女児は母親に抱きかかえられてベンチに座り直される。
ベッド上部のSCP-3969-JP-Orgに視線が再度向けられる。SCP-3969-JP-Orgの両頬には涙痕が残されている。視界の端に映ったワンピースの柄から、投射映像内の老齢男性が着用するシャツとSCP-3969-JPの着用するワンピースの柄が同一であることが判別できる。
SCP-3969-JPが振り返る。演奏者の傍に近寄る。ピアノの譜面台に載せられている手紙を音読する。(音読は演奏者に向けたものと判断された)
16歳の夏の日 この部屋で恋に落ちました
映画を観に来ないかと誘った少年の声は少し震えていて
それに はいと応えた少女の声は酷く上ずっていました
2人ともドギマギして映画の内容に集中できるわけなくて
でも苦い終わり方のラブストーリーだったと覚えています
恥ずかしそうに笑う男女の視線が交わりました
寝台に身を投げたわたしの血赤色の唇に
白魚のようなあなたの指が触れたときに
2人の愛は変わらないものと確かに思えました
ガラ空きの映画館の座席で隠れて交わしたキスのときも
ドライブインシアターの暗がりで交わしたキスのときも
ニューヨーク行きの直前に交わした最後のキスのときも
不幸な知らせが届いたあの晩の夢に現れた天使は
キャッシュともクラレンスとも似つかわなかったけれど
2番目に願うことを叶えてあげようと囁きました
あなたが帰って来ないのなら 誰にも邪魔されないように
散らされた夢のすべてをこの部屋に閉じ込めて
叶えられなかった想いを窓から眺めることだけ願いました
女優として大成するのが夢だなんて
吹聴していたけれどどうでもよかった
あなたが傍にいてくれることが夢でした
SCP-3969-JPが左手を演奏者の右肩にかける。振り返った演奏者はPOI-16628と同一の容貌を呈している。POI-16628が物悲しげに笑いかける。POI-16628は椅子の左半分に座り直し、残った右半分にSCP-3969-JPが座る。SCP-3969-JPが右手を使用して拙いながらもピアノを弾き始める。(当該のメロディと合致する映画音楽は同定できていない) それに合わせてPOI-16628は『I'll Be Seeing You』を転調させる。SCP-3969-JPの発言がなされる。
わたしたちを見ているあなた。
どうかもう邪魔しないでください。
わたしたちはただ夢を観ていたいだけ。
わたしたちを引き裂いた大きな力を憎みません。
わたしたちを引き裂いた人にやり返しもしません。
大事な人が傍にいてほしいだけ。
そして、それはあなたじゃない。
ピアノの演奏が停止する。発言を終えたSCP-3969-JPが譜面台に置かれていたペーパーナイフを手に取る。一呼吸置いて自身の両目を刺突する。裂傷による眼球破裂の痛みを伴わずに、五感のリンクが遮断される。
後記: 24回イベント以降、知覚共感能力を介した共有意識領域への干渉には成功していない。本探査記録により未解明の夢界存在を起源としてSCP-3969-JPの異常性が発現した可能性が示唆された。当該実体はSCP-3969-JP-Óに指定された。
SCP-3969-JP-Óの存在解明のため、現実的予算内での手法が再確立され次第、SCP-3969-JPへの夢界学的アプローチが再開される手筈となっています。