図書館は暖かくて暗い。外は夏の夜で、昼間の熱と湿気が空気に残っている。一週間後は嵐だと予報されていたが、今の空は澄んでいる。図書館は数時間前に閉館となっており、周りには朝まで誰もいないだろうと思われる。
あなたは入口のドアを後ろ手で静かに閉め、ロビーへと歩を進める。床は厚く柔らかいカーペットで、あなたの足音を消している。防犯カメラはあなたが入ってきたドアに向いているが、何も写してはいない。あなたは三十分前に電源を落とした。だが決して安心はできない。
ロビーから続く木製のドアが館内へと続いている。あなたはそのドアが鳴ることはないと知っている。なぜならメンテナンス員が一週間前に油をさしたからで、それはあなただからだ。もっとも、あなたはここの職員ではないが。ドアはうめき声ほどの音も立てずに開く。
カーペットは図書館の主閲覧室にも続いている。全体的には青だが、一本の黄色い順路が書棚の間を抜け司書の机へと続いている。あなたはそれを辿り始める。
整理されそこねた本が床に、闇に隠されて放置されていた。あなたの足はそれに当たり、あなたはよろめく — 転ぶほどではないが、しかしあなたのバランスを崩す程度には。あなたは手を伸ばし、書棚を掴む。あなたの手は安定して掴めるところを探し、また別の本に当たりそれを床に落とす。それはカーペットへバタンと音を立てて落ち、それが部屋中に響く。
あなたは凍りつく。残響は消えていく。閲覧室に静寂が戻る。もし誰かがここにいたら、これに気付いたに違いない。そうならばもう現れているはずだ、あなたは自分しかいないと考え、移動を再開する。
あなたは司書の机に着き、いくらか不器用に、カウンターを乗り越える。その後ろ側で、あなたは二台のコンピューターのうちの一つの前に腰掛け、電源を入れる。そのファンが回り始め、静かな室内にその不協和音が響く。二十秒後 — 結局、これは時代遅れの技術だ — ログインスクリーンが現れる。あなたはポケットからノートを取り出し、最初のページに書かれたものを入力する。ログインは成功だ。
ノートの次のページは一週間前に書かれた手順書だ。押すボタンの組み合わせ、入力すべきコマンド。あなたはターミナル画面を二つ開き、一連のコマンドを打ち込み、理解できないメッセージが流れ過ぎるのを見る。やがて、自分で書いた手順に急かされて、あなたはポケットからUSBメモリを取り出し、丁寧に機械のスロットに差し込む。
コンピューターが何をするべきか考えている間、画面は黒くなる。長く、緊張した瞬間が流れる。
ページが読み込まれると、SCP-3984のファイルが部屋を照らす。暗赤色のヘッダーが明るい白の背景とコントラストをなし、闇に慣れたあなたの目を焼く。あなたはたじろぎ、瞬きをして、目が慣れるのを待つ。
あなたは安堵の、うまく行った手順があなたに与えた安堵のため息を漏らした。だがその感覚をあなたは短く打ち消した。あなたは人生でずっと抱えてきた謎を、他の誰もが解きたがらない、あるいは気付いてすらいない謎を、二十四年間ずっとまとわりついてきた謎を解くためにここに来たのだ。そしてあなたは願う — 願うしかない — 、このファイルが少なくともいくらかの答えを与えてくれることを。調べるべき場所はもうここしか残っていないのだ。
ファイルは研究者の一人のメモから始まっていた。最初から読むのが一番良さそうだった。
急ぐ必要はない。時間はたっぷりあるのだ。
職員への注意
ΩKはもはや起こってしまったものだ。我々は今やそれと共に生きるしかない。
憶測と異なり — その憶測がどれほど流布してるかは関係なく — 我々がΩKを引き起こしたのか否か、SCPのどれかが引き起こしたのか否か、あるいはそれらがこれを治すことができるのかは不明である。これが財団と関係あるのかもわからない。
わかることは、今やこれが我々の生き方を規定しているということだ。
SCP財団はアノマリーを破壊しない、ただ収容するだけだ。これが我々の目的だ。ΩKはアノマリーであり、我々はこれを収容するであろう。我々はこれを終わらせないであろう。「元に戻す」ように要求するものもいるが、我々はそれを行わないだろう。それは我々の目的ではなく、我々の戦いではない。しかし我々はこれを収容する、あるいは最低でも、それを試みる。
したがって、諸君のうちで、私の研究チームが魔法のような解決法を作り出しΩKを終わらせることを期待しているものがいるのならば、その期待をやめろ。我々は症状に対処するのであり、病気を治療するのではない。
ΩKはここにあり、去ることはない。よって諸君は成長し、行動するのだ。諸君はプロフェッショナルだ — それにふさわしくあれ。これは諸君を殺すものではないのだ。
— エミリー・ヤング博士
エミリー・ヤング博士。それはあなたがとても良く知る名前であり、過去二十年間避けようとし続けた名前であり、見るに違いないと予想していた名前である。
そしてここで、ここで、その名前は部下の研究者に危機の起源を見ようとするなと呼びかけている。代わりに、症状に対処することに集中しようとしている?
あなたは去年ヤングに会い、彼女は研究目的にはあまり役に立たないと判断していた。彼女と話してもあまり得るものはないだろう。この文書は本当に、あなたが調べることのできる最後のものなのだ。
SCP-3984
死の終焉ハブ » SCP-3984
アイテム番号: SCP-3984
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-3984の収容は影響された動物の死を中心とします。これは現在可能ではないため、SCP-3984は収容されていないと考えられます。研究の努力は死をもたらす別の方法の開発へと向けられます。
ΩKの影響を逆転させるための、あるいはその起源への研究は禁止されます。
禁止されている?それは筋が通らない。なぜ財団は能動的に研究を制限するのだ?
ヤングがこのルールを課してきているに違いない。だがなぜ?
説明: SCP-3984はキャバリエ=スミス分類学における動物界1の、人間を含めたあらゆる生物が死ぬことができなくなるという現象を指します。
現在、動物界すべての既知の生命体がSCP-3984の影響下にあります。このことは、ΩK"死の終焉"シナリオの定義を満たします。
SCP-3984そのものの蔓延の源、起源は"ΩK"と呼ばれます。ΩKの正確な性質は現在議論中です。この文書はそれには触れず、SCP-3984とその影響のみを扱います。
2020-09-12のおよそ14:02GMTが、世界中で最後に人間の死が記録された時刻であるため、ΩKはこの頃に始まったと考えられます。それ以降、SCP-3984は試験されたあらゆる生物に存在しています。このため、死亡率はゼロまで低下しています。
観察上、SCP-3984の影響は死にしか影響していません。SCP-3984は治癒効果を与えず、老化を防止せず、着床、妊娠を妨げず、傷害の後遺症にも影響しません。
人口の指数関数的な増大をもたらすため、SCP-3984は長期的には社会構造への大きな脅威となると考えられます。現在のモデルでは、人口の過大が物資の欠乏を招き、大規模な飢餓に達するのは2040年代前半になると予想されています。加えて、長期的には人口の増大が人間にとっての懸念事項である一方で、短期的にはより大きな懸念がr選択的な進化戦略をとる動物によりもたらされています2。
全世界的な努力は人口の増大に対応できる十分なリソースの産生に集中されるべきです。世界中の政府との、人間、動物双方の数の増大に対応する戦略を決めるための折衝が進行中です。財団の努力は死の(場合によっては人工的な)代替方法の開発に集中されるべきです。
SCP-3984を構成する'通常の'不死性の範囲3に関しての研究が、要請によりヤング博士の主導のもと続行中です。実験ログとSCP-3984のメカニズムに関する理論が以下に示されています。
実験ログ01
日付: 2020-09-14
実験者: エミリー・ヤング博士
対象: D-1190手順: D-1190はD-9981に用手的に窒息させられる。
結果: D-1190は当初もがくが、数分間の窒息の後抵抗をやめた。D-9981は更に10分間絞め続けるように命令された。D-1190は間もなく回復し、持続的なダメージはなかった。
実験ログ02
日付: 2020-09-14
実験者: エミリー・ヤング博士
対象: D-6812手順: D-6812はD-9981にベルトを用いて窒息させられる。
結果: D-6812は抵抗しないよう言われたにもかかわらず当初抵抗するが、数分間の窒息の後停止した。D-9981は更に10分間ベルトを同じ位置にするように命令された。D-6812は回復したが、首の腱に軽い、しかし永続的な傷害が残った。
D-6812はサイト-06医療棟に収容されたが、それ以上の回復は見せなかった。
実験ログ03
日付: 2020-09-15
実験者: エミリー・ヤング博士
対象: D-1190手順: D-1190を気密チャンバーに入れ、空気を抜く。
結果: D-1190はテスト開始後数分で窒息し、空気を求めてもがき、意識を保ったまま1分以内にチャンバーの壁に崩れ落ちた。空気を戻したあと、対象は一晩放置された。D-1190はサイト-06医療棟に急性低酸素脳症と眼球の血管破裂で収容された。対象は3日で肉体的に回復するが、数週間植物状態となった。覚醒時、D-1190は永続的な運動機能と言語機能の低下および広範な麻痺を呈した。
2020-11-02: 覚醒から1ヶ月後、D-1190はさらなる回復の兆候は示さない。異常な治癒の効果は致死的な傷害や症状にのみ適用されているように観察される。D-1190はD-クラスとしてはもはや有用ではないだろう。終了を提案する。 — エミリー・ヤング博士
実験ログ04
日付: 2020-09-17
実験者: エミリー・ヤング博士
対象: D-8833手順: D-8833の手首と足首に切創を作り、6時間出血させ、推定80%の血液を失わせる。出血は収集され、翌日、静脈点滴にて再移入される。
結果: 以前の実験と同様に、D-8833は"生き返った"が、長時間の脳の酸素欠乏に一致した症状を呈した。この例では、左半身の感覚の喪失と、動物の名前を呼ぶこと以上の複雑な理解力の喪失が見られた。D-8833は多量の血液を失っても意識を保っていたことも記す。
哀れなD-クラスが通常では死亡に至る何らかに暴露されるログが同じように続く。毒、飢餓、爆発、その他。あなたは特に目に留まるものを求めてスクロールする。二十回あなたの指が動くたび、古いスクロールホイールが大きなクリック音を立て、閲覧室に響く。あなたは実験ログ10で止まる。
実験ログ10
日付: 2020-10-11
実験者: エミリー・ヤング博士
対象: D-11424手順: D-11424は鋼鉄の刃のギロチンで断頭される。
結果: 頭部は綺麗に切断された。D-11424は作業の間、そして後も意識を保ち続けた。呼吸をしようとするができず、D-11424は窒息と重大な失血の症状を見せ始めた。D-11424はサイト-06医療棟に収容されたが、傷害は"修復不可能"と見做された。頭部と体部は低温保管室に安置された。
あなたは微笑み、手を上げ、首の周りで輪を作る傷痕、その古い縫い跡から盛り上がった肉を触る。修復不能。
あなたはスクロールを続ける。
実験ログ20
日付: 2025-11-05
実験者: エミリー・ヤング博士
対象: D-10273手順: ヤング博士が保安部への通常支給の拳銃をD-10273の前額部へ発射する。
結果: 対象は脳への重大な傷害と失血によりサイト-06医療棟へと収容された。
2025-12-28: ほぼ2ヶ月の医療処置の後、D-10273は回復したが、短期、長期の個人歴の双方についての記憶喪失を呈した。対象は食事や会話のような基本的な技能は保持していたが、自身の詳細については全く思い出せなかった。
実験ログ21
日付: 2025-12-31
実験者: エミリー・ヤング博士 (ジョイス・マイケルズ博士が代理)
対象: エミリー・ヤング博士手順: ヤング博士は保安部仕様の拳銃から1発の弾丸を前回の実験と同様の形式で自己投与する。
結果: 対象は頭部に重傷を負い、サイト-06医療棟に収容された。弾丸は側頭葉、前頭葉および脳幹を貫通し、特に脳幹への傷害はヤング博士の脳を身体から切断したと思われる。彼女は意思疎通及び全ての運動機能を喪失している。
覚書: ヤング博士はこれ以上の研究を実行できないため、SCP-3984研究チームから解任された。彼女の回復を待って心理学的検査が行われる予定である。その間、僭越ながら私が研究の指揮をとることになるだろう。 — ジョイス・マイケルズ博士
覚書: ヤング博士は各実験に関する研究意図のログを残していなかった。しかしながら、我々は不死性の根源を脳にまで絞り込むことができた。以降の実験はこれに集中するべきだろう — その他の身体部位は不死ではないと考えられる。 — マイケルズ博士
マイケルズは間違っていない。あなたは交通事故で、それとわからないほどに体を破砕された人々を見たことがある。四肢はあるべきでない所へと散らばり、彼らの流した血があらゆるところにあった。だが死んでいるべき彼らはまだ助けを求め、痛みに叫んでいた。彼らは今でも叫んでいるだろうとあなたは思った。
あなたは昨年ヤングと会ったことを思い出す。彼女はこの実験からそれほど変わっていなかった。彼女があなたと会って嬉しかったのかどうかもあなたにはわからなかった。
実験ログ22
日付: 2026-02-02
実験者: ジョイス・マイケルズ博士
対象: D-373A、雄のMacaca mulatta(アカゲザル)目的: 前述の想定を確認する。
手順: D-373Aに一般的な薬殺用の経静脈薬剤投与を行う4。
結果: 第1段階の投与はD-373Aを意識消失させられなかったが、その発声は遅くなりパニック状の症状が記録された。第2段階の投与は広範な筋弛緩と呼吸困難を誘導した。第3段階の投与は速やかに心停止を誘導したが、D-373Aは重度の筋弛緩にもかかわらず意識を保ち、パニック状態に見えた。
12時間後、投与された薬剤はもはや対象に症状を引き起こしていないと宣言され、D-373Aは血流の欠如による急性低酸素脳症によりサイト-06医療棟に収容された。D-373Aは実験を通して意識を保ち続けた。
2026-02-25: サイト-06の医療措置により、D-373Aは永続的な副作用なく回復した。
覚書: 鎮静作用を持った薬剤が対象に意識消失をもたらさなかったのは興味深いことである。脳は不死ではないが、意識消失が起こらなくなっているということなのかもしれない。 — ジョイス・マイケルズ博士
実験ログ23
日付: 2026-02-07
実験者: ジョイス・マイケルズ博士
対象: D-374A、雌のMacaca mulatta(アカゲザル)目的: 脳が意識消失状態にならなくなっているという前述の想定を確認する。
手順: 5日間にわたり、D-374Aに以下の薬剤を経静脈投与する:
- 弱い鎮静剤
- 強い鎮静剤
- 弱い局所麻酔薬
- 弱い全身麻酔薬
- クラスC記憶処理剤
結果: D-374Aは弱い鎮静剤(投与量は睡眠を誘導するには不十分)、弱い局所麻酔薬、弱い全身麻酔薬、クラスC記憶処理剤に反応した。弱い鎮静剤が眠気を引き起こしたにもかかわらず、強い鎮静剤の効果は観察されなかった。
覚書: 鎮静剤は、少なくとも意識消失という点では、今後の実験には使用できない。この結果は前述の想定を支持する。 — ジョイス・マイケルズ博士
実験ログ24
日付: 2026-02-19
実験者: ジョイス・マイケルズ博士
対象: D-390A、雌のMacaca mulatta(アカゲザル)目的: 脳が通常の状態では存在しない場合にSCP-3984の影響は持続するかを検討する。
手順: 鎮静下にD-390Aの頭蓋を頭頂部から頸部まで外科的に切開する。脊髄への接続を切断し、脳を取り出す。神経細胞及びその他の脳細胞へのダメージを避けながら、化学的な結合の分解と機械的な分散(ブレンダーを使用)により脳を各細胞へと分離する。分離した細胞は生理食塩水に懸濁する。
懸濁液(溶液-3984-24と呼称)に対し、電気的活性を測定するための各種試験を行う。
結果: 溶液に懸濁された脳細胞にも、健康な人間の脳に見られるものと同様の電気的シグナルが持続し、SCP-3984は脳の各細胞に影響しているという結論を得た。しかしながら、溶液が脳の形状を保っていないこと及び細胞の位置がランダムであることにより、MRIスキャンによりD-390Aが"意識を保って"いるかどうかを計測することは不可能であった。溶液-3984-24のサンプルは要請により利用可能である。
あなたは十分なテストログを見た。あなたが探す情報はそこにはなかった。彼らがD-11424の切断された頭部を再接合したところで、あなたはもしかしたらそれがあるかもしれないと思った。しかしそれ以降は、あなたが興味を引くものは何もなかった。
あなたはページの最後へと一気にスクロールした。
研究のサマリー: ヤング博士とマイケルズ博士により主導された研究を通して、総合すると、SCP-3984は脳が意識を失うことができない状態と特徴づけられる。現在の理論では、SCP-3984は不死性そのものではなく、脳の機能喪失の不能であるということが提示される。ただし脳機能の一部が存続することのみが保証され、すべての機能が保持されるわけではない(実験03を参照)。