SCP-3999-JP
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エフェメール・プロトコル施行における通達


現在、エフェメール・プロトコルが選択されています
エフェメール・プロトコルを円滑に施行するため
全ての人類は以下の文章を確認することが求められます


アイテム番号: SCP-3999-JP

オブジェクトクラス: Apollyon

特別収容プロトコル: SCP-3999-JPの収容は現在時点で行われていません。詳細はエフェメール・プロトコル担当官に連絡を取ってください。

説明: SCP-3999-JPは太平洋上に発生した規模不明の塔です。SCP-3999-JPは反射率0%に近い黒色の円柱であり、装飾は確認されません。外部調査によって確認できる範囲において、SCP-3999-JPの組成は中性紙と印刷インクで構成されています。しかし、これにもかかわらずSCP-3999-JPは不明な原理によって分離、崩落を防止しています。SCP-3999-JPの基礎部分は海底に埋没しており、財団の有する技術において観測可能な範囲において終端は確認されません。同様に頂端も確認されておらず、これらは認識汚染、もしくは他宇宙への接続が原因であることが推測されます。

SCP-3999-JPへの侵入口は海面との接触部に一カ所だけ存在します。侵入口は一般的な観音扉であり、開放は容易です。その一方、開放された内部を外部から観測することは不可能であり、これは財団が有する全ての機器、技術をもっても同様です。

SCP-3999-JP内部は複数の物語災害及び修辞改変事象が発生しています。これによりSCP-3999-JP内部の記録は物語的文章によってのみ表現、記録が可能であり、内部に侵入した全ての実存的実体は役割的固有名詞ロールネームが与えられ、本来有していた固有名詞及びその固有名詞に由来する記憶を喪失します。この特性により現在時点でSCP-3999-JP内部の記録は侵入した機動部隊によるものだけが存在しています。これらの記録から、内部には異常な空間伸張が発生しており、世界各地の伝承、あるいはファンタジー、伝奇作品等に登場する怪物等が存在することが確認されます。

SCP-3999-JPの発生と同時に財団の収容するオブジェクト複数が異常性を喪失しました。これらのオブジェクトは全て物語的特性を有しており、SCP-3999-JPの起源を推測する要因になると期待されています。異常性を喪失したオブジェクトの概要はSCP-3999-JP関連文書のリストを参照してください。

補遺7200-1: 内部調査経緯

████/12/01、SCP-3999-JP内部に対する第█回調査が行われました。これまでの調査実例を踏まえ、調査には帰還困難任務に従事する機動部隊Φ-8("殿")を中心に忠誠テストにおいて一定値を示した巷説流布部門職員数名を記録班として配備しています。以下の文章は該当調査終了後、全世界の電子媒体に発生したものであり、職員のいずれかによるものと推測されますが、個人の特定には至っていません。また、文章には役割的固有名詞が着色されていますが、これは原文の内容を反映したものです。

1.はじまり

断末魔が耳に残る。血の味が口の中に溢れかえる。薄暗い洞窟の中で、私たちは迫りくる影に追われていた。しくじったわけじゃない、そう思いたい。機動部隊のメンバーは最善を尽くしたし、彼らの装備だってちゃんとその役目を全うしたに違いない。もっとも、本来の役目というのは皮膚、筋肉、骨格、内臓、命を守ることで、D&Dのドラゴンに蒸発させられたり、ドラクエのキラーマシンに八つ裂きにされることではないといえばそうなのだけれども。

背後で悲鳴が聞こえる、死に物狂いで走る。この塔の中では私の名前は忘れてしまった。与えられたロールはリーダー。私のどこが指導者リーダーだというんだろうか。少なくとも私の持っているのは記録用の端末で、頭の中に残っているのは効果的な戦術とか人心掌握のやり方ではなく、ただひたすらとりとめもなく広がる妄想だし、財団以外の場所では優秀であると褒めそやされるだけのちっぽけな知識と経験だけだ。だから、一番最初に逃げ出したのは私だった。私たちの先頭に立っていたイモータルの首が吹き飛んだ瞬間、思考は逃走を選択していた。

でも、その逃走ももう終わるようだった。背後から明らかに人のものじゃない足音が近づいてくる。息が上がり、吐き気が上ってくる。顎は上がり、酸素を求めて喘ぐ。死にたくない、死にたくない、死にたくない。あの漫画の最終回を読んでいない、あのアニメの劇場版を見ていない、あの小説の感想を書いていない、あの物語をまだ投稿していない。大したことのない未練がグルグルと頭の中を走っていく。もっと、もっとカッコいいことを考えたいはずなのに、冷静な私は乖離して、混乱する私だけが主導権を握っている。

そして、終わりが来る。目の前に迫る暗がり。とどのつまりが行き止まり。鼠の詰まった袋小路。死にたくないと叫んだつもりで、喉が鳴らしたのはげっぷのようなかすれ声。足音は嗜虐的に私の背後へ迫り、暗がりの終端に私は行き止まり。目を閉じ、そのときを。

銃声が、反響する。

アイドル! 生存者だ!」

どしゃりと、湿った音を立てて生温かいものが私を濡らした。目にかかり、思わず拭う。鼻水と混じった塩辛い鉄錆の味、血の味だと思い、首に思わず手を当てた。付いている。私の首は離れることなく付いていた。では、この血は。恐る恐る目を開ける。涙でぼやけたそこに、暗がりと同化するような誰かがいた。その手には大振りな包丁が握られていて、きっと地面に倒れている人のような何か、血だまりに沈んで空気の抜けるような音を立てているその何かを仕留めた得物はそれなのだろう。影は私に向き合うだけで一言も話さない。その代わりに影の後ろから現れた影、こんな場所には似つかわしくない糊のきいたスーツの男が私の姿を認め、手を伸ばしてきた。

「無事か? その装備、財団の機動部隊だな?」

そこでようやく私は自分がへたり込んでいることに気が付いた。慌てて起き上がろうとしても滑る足元と震える脚はそれを困難にしてしまっていた。無様な状況を把握したのか、男はもう一つの影に向き直る。

「手を貸してくれ、アイドル

アイドルと呼ばれた影はよく見ると私より一回りは若い少女。この少女が包丁を振るい、あの怪物を倒したのだと思うと、眩暈がした。でも、その眩暈は私が生きているということで。

「あなたたちは」

ようやく、喉から声が漏れた。男が反応しないアイドルに苦笑し、私の手をしっかりと掴む。

「俺はエージェント。ここに来た経緯は覚えていないが、少なくとも財団職員だ。こっちはアイドル。知っているのは名前とここの怪物に張り合えるってことくらいだが、信用はできる。さて、君は?」
「私は、私のロールはリーダー
「そうか、よろしく」

エージェントアイドル、2人と出会ったことで、私は生き残ってしまった。




4.守護蟲ファフニール

私たちの目的は塔を上ること。仮の目的ではあるが、それがはっきりしたことは新たな一つの問題を生み出していた。

「次の階層の門番がアレか」

各階層への扉を阻む門番。第一階層の塵塚怪王はアイドルエージェントの連携で辛くも倒すことができた。だが、今目の前にいる門番はその限りじゃない。巨大な鏡面のような門を背に、全長数十mにはなろうかという怪物がとぐろを巻いている。長大な身体が擦った地面は塹壕の様にえぐられ、腐った肉のような息を吐き、岩を砕きながらのたうつ。琥珀のような目には一切の情が無く、黒曜の輝きを宿す鱗は銃弾すら阻むだろう。

「ドラゴンか。まったく、生きているうちにこんなものに会うか?」
「ドラゴンというよりは、より原義的なワームのように思えます。伝承で言えば北欧サガのファフニールがイメージに近いですね」
「ファフニールか。リーダー、何か弱点は思いつかないか?」

この塔を昇るには門番を倒す必要がある。先の第一階層で判明したことだが、この塔の内部は物語のルールが適応されている。すなわち、門番を倒さねば門は開かず、門番を初めとする怪物は物語や伝承通りの弱点を突くことで大きく影響を与えることができるのだというルール。塵塚怪王は鳥山石燕の絵図に影響を受けていたのか、相手の正体が小さな唐櫃だったことを暴けたから倒すことができた。だが、相手がファフニール、竜であれば話は変わってくる。ファフニール、北欧神話に現れるそれが相手なら、もしくはそれに類する存在ならば、今私たちに勝ち目はない。

「英雄と特別な武器でしょう」
「斥候と包丁じゃダメか」

もちろん、完全に不可能なわけじゃない。実際、これまでに遭遇したアンデッドのように、複数回の銃弾や刺突で倒すことができる相手もいた。だが、今の私たちにできることは限られている。多くの神話において巨大な怪物を倒すために必要なのは特別な出自を持つ英雄と、その英雄が引き出す武器だ。ファフニールの場合は英雄シグルドとその剣グラム。エージェントの性質は英雄に値するかもしれないが、ゴリアテを倒したダビデでもなければ、銃弾で巨竜を射ち殺すのは、ジャイアントキリングどころの話じゃない。

「難しいと思います」
「俺が何回死んでもか?」
「それは」

エージェントが笑う。私はこの笑みがどういうものかを知っている。前の階層で私が生き残れたのはアイドルエージェントの異常性のおかげであることは分かっている。だからこそ、そうやって笑ってほしくないのだ。何度私を守るためにエージェントは死んだのだろうか。何度エージェントの戻る音を、ページがめくれる音を聞いたのだろうか。気にしていないはずはない、少なくともそうであってほしい。弱い私に嫌悪の情を抱いてほしい。だというのに、エージェントは笑うのだ。仕方ないというように笑うのだ。

「私が、嫌です」

傲慢な願いだ。そうしなければここを抜けられないと知って、相手の情に訴える。なぜ私はこんなに卑怯なのだろう。だから、エージェントは私に背を向ける。

「だが方法は他にはない、前の階層でも同じだった。そうだろ?」
エージェント!」
「どのみち一回くらいは死ぬ必要がある。相手がどう動くかは見ておくべきだろう」

胸元から財団標準装備の拳銃を取り出し、竜に向かって走っていく。私は走らなかった。嫌だと言いつつ、心のどこかではこうなることを望んでいた。私はただ、見ているしかできない。ファフニールがエージェントに気付き、鎌首をもたげる。そして、まるで蝿を振り払うかのように、びゅんと風を切る音がした。牙か爪か、鋭いモノが空を切る。私はエージェントが両断される光景を幻視した。

だが、そうはならなかった。強烈な一打で抉れた地面からの砂ぼこり、それが収まった場所にエージェントの姿はない。探す私にアイドルが上空を指差した。

「まったく、なんだってあんな怪物に身一つで挑むのか。ボクたちが気づかなかったら死んでたよ」
「……蛮勇は滅びを招く」

鮮やかな髪色の白衣を纏った女、顔を隠し黒いマントを羽織った大男。それがエージェントを抱え跳んで、……いや、飛んでいた。明らかに人間の動きじゃない。つまり彼女たちもエージェントアイドルと同じ、オブジェクト。女の方が私とエージェント、そしてファフニールを見比べる。何かに納得したように数回頷き、突然その手に眩むような炎が現れた。

「なるほど、今回はそういうことか。とりあえず魔物退治の時間みたいだ。上手く合わせてくれるかい?」
「……露を払うも王の務めである、か」

ファフニールが飛んでいる二人へ目を向ける。餌か、もしくは敵か、少なくとも友好的ではないその視線に、全身が竦みかねないその眼光を受けてなお、女は静かに笑い、炎は輝きを増す。それだけじゃない、大男も両の手を合わせ、周囲の光を反射していく。いや、違う、反射させているんじゃなく反射させているものを作り出している。あれは氷だ。男の周りが凍り付いている。炎と氷が、ファフニールの頭上で生み出され、そして、女が歯を見せて笑い、指を銃の様にして。

「さあ、ドラゴンスレイヤーの再演といこうか。"愚神燈明メギド"!」
「"れいどのいちげき"」

白色の炎が巨大な氷塊に反射し、太陽のように輝く、ファフニールは空を仰ぎ、まるで傅くようにその巨躯を光へと伸ばす。直後、その光は激しく破裂した。アイドルが私の頭を地面へ引き倒し、私の身体が本能的に仕込まれていた耐ショック体勢を取る。同時に、私の周囲を払いのけるような衝撃波の壁が襲う。めくれた土壌、砂埃、生木の割れる音。鼓膜の無事を信じられないほど揺れる視界の中、白衣の女と大男がエージェントを抱え私の前に降り立った。

「やあ、ボクはドクター。そしてこっちのこっちの暗い彼はキング、どうだろう、力になれるかい?」

手を差し出されるその背後に、巨大な影が揺らぐ。片目を潰されたファフニールが、ゆっくりと首を持ち上げ、私たちを見つめていた。これまでの生気を半ば失った琥珀の目ではない。紅玉のように輝いた眼。全身に鳥肌が走る、怒りの目だ。そして、そんな状況で私がやれることは。

「お願いします、ドクターキング、力を貸してください!」




6.第四階層

「初めまして、私はヒロイン。どうでしょう、私も仲間に加えてくれませんか?」

ヒロインと名乗る女性はシェイプシフターの残骸が降り注ぐ中でにこりと笑っている。クラシックなツイードスカート、ノースリーブのブラウスに細身のショートブーツ。栗色の髪は肩のあたりまで伸び、フェミニンな印象でまとまった中に芥子の花のイヤリングがアクセントを添えている。今から講義に向かう女子大生といったシルエットだが、血と膿瘍が降り注ぐ中では異様というより他にない。突然現れた彼女に私たちが言葉を失う中、異変へ真っ先に気付いたのはやはりエージェントだった。

「……何故、血に濡れていない?」

そう、シェイプシフターの肉片が降り注ぎ、地面も、もちろん私たちも錆の匂いで塗れる中、ヒロインは一切汚れていない。よく見ると、彼女の周囲だけまるで切り取られたように血が落ちていない。血の雨の中、反射する飛沫の一滴も付いていないのはハッキリとした異常だった。エージェントの問いにヒロインは口元へ指をやる。その仕草はとても可愛らしい。だが、どこか不安な気持ちが湧き上がるのは、血の匂いのせいだけではないだろう。

「何故と言われても、私はあんまり汚れたくないと思うとこうなっちゃうので」
「現実改変者か」

"現実改変者"、その単語を聞いた段階で、腰の抜けた私と財団に関与の薄いキング以外の全員が武器を構えた。読んで字のごとく現実を改変するアノマリー、気の向くままに世界を変化するそれは、財団においても破壊対象になり得る。血の雨は止まり、銃口と二つの切っ先が向けられているヒロインは笑って、手をふるりと払った。同時に、全員の武器が花束に変わる。舌打ちを鳴らしたのはドクター。即座に花束を火球へと変え、ヒロイン目掛け放つ。だが、それもまたヒロインが指を弾くとビリヤード球に姿を変えた。

「落ち着いてください、敵対する気はありません。それに、私の力はどうも人を傷つけることには使えませんので」

確かにそれはそうかもしれない。もしヒロインが私たちに敵対する気なら、悠長に武器を変化させるのではなく、相手そのものを行動できない様に変化させてしまえばいい。ドクター達も気づいたのか、それとも最初から威嚇だけのつもりだったのか、僅かに距離を取りつつもヒロインの言葉に頷いた。

「そのようだね。ところでヒロイン、君も記憶は失っているのかい?」
「ええ、私が何者なのか、何をしていたのかは分かりません。ただ、この塔は上らなければならないという感覚と、誰か大切な人がいたような記憶だけがあるのです」
「塔を登らなければならないという感覚は俺たちと同じか」

ヒロインが嘘を言っている様子はない。私たち、正確には私以外の抱えている"この塔を上らなければならない"という感覚。それを共有しているということは、少なくとも敵ではないのだろう。だが、何処か浮世離れしている彼女をどこまで信用していいのか。私たちの間に沈黙が広がった。と、そこでヒロインがパチンと手を打つ。

「とりあえず、ご飯にしませんか?」
「む?」
「皆さんここまでで、服も汚れてますし、お腹もすいてるでしょう?」
「まあ、それはそうだけど、食料はあるのかい? ボクたちもそんなに備えは多くないが」
「私の力をお忘れですか? まずは、その汚れから」

むむんとヒロインは目を瞑り、私たち全員へ手を向ける。同時に血や泥で汚れていたはずの私たちは。

「おお、白衣の白が戻った」
「……儂はこのような服を着ることのできる人間ではない」
「糊が効いてて逆に気持ち悪いな、これは」

一瞬で新品の服へと変化していた。気が付けば目の前には磨き込まれたテーブルとイス、そしてその上には。

「お待たせしました、料理には少し自信があるんです。お口に合えばいいんですが」

湯気を立てる料理の数々。あまりの唐突さに不気味さを感じなかったわけではないが、ここまで口にできていたものは携帯食料や、ただ焼いただけの肉や芋の類。何よりも正直なのは私達の胎の虫だった。全員が誰ということもなく食卓へ座り、各々好みの皿を前に手を合わせた。

「いただきます!」


「……ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」

とても美味しかった。肉も野菜も食感を損なわず、それでいてどこか懐かしいような味。最初こそ毒が入っている心配をしたものの、キングの解毒魔法以降は全員が無言で食べ続け、今やアイドルドクターはデザートのあんみつをつつき、キングはグラスを傾けている。かくいう私もすっかり腹を膨らませて、正直に礼を言っていた。そんな食後の弛緩した空気を、鈍い音が裂く。

「それで? どうして俺たちの仲間に加わろうっていうんだ?」

未だに警戒を解いていないエージェントの射るような視線。それをひらりと笑みで返し、ヒロインは長い指を組む。官能的に唇が蠢き、通る声がひらめく。

「獅子は、私一人では倒せないので」
「獅子?」

瞬間、影が頭上から落ちてくる。テーブルを突き破り、噎せ返るほどの獣の匂い。アイドルに襟を引っ張られ、最初の危険からは逃れたのだと気づく間もなく、次の脅威が迫る。

ドクター、相手は分かるか!」
「観測している! だが、これは厄介だね、まるでジャヴァアヲォックだ」

爪、牙、咆哮、炎に吹雪に衝撃波、ありとあらゆる暴虐が襲い掛かる。目の前の影はぐるぐると姿を変え、とめどなく変化し続ける。そして、その姿から直感的に感じるのは。

憎悪、怨嗟、憤怒、激昂、号哭、叫喚、酸鼻、愁訴、ありとあらゆる悪性の感情を寄せ集めた、ドロドロとした絶望。無垢とは程遠い、煮凝った感情の濁流。あてられたように頭が熱を持つ。それでいて降り落ちた影はぐるぐると姿を変えながら、氷の様に冷静な言葉をつぶやき続けていた。狂ったような、という形容詞はふさわしくない。どの言葉がどの言葉に繋がるのか、それを考えてなお吹き上がる悪性の感情に立ち向かうように、理性的な戯言を放ち続ける。

「誰だ、誰が俺をこんな場所に留めた、ピンを刺した! 俺の名はなんだ、名が必要か、ああ、必要だとも。名はキャラクターだ、レッテルであろうともそれが付けられることによってロールは決まっちまう。ヴィランか? ヒーローか? いや、俺はインクィジターか? 馬鹿な! 俺がそんなもんであってたまるかよ! ああ、なんで俺は、俺は、俺は」

怪物の目が、おそらく目だと思われる場所が、私を見た。

「お前は、リーダーか?」




9.全員

全員が満身創痍の中、私の腕の中へ確かに獅子は収まった。

「ようやく、捕まえた……!」
「お前ら、放せ! 放せ!」

ヒロインの言う通り、ライオンの姿が核なのか暴れこそすれ変異はしない。しばらく身をよじり、何とか拘束を抜け出そうとするが、世界すら閉じ込めるとお墨付きの拘束具にはさすがに抵抗できないのか、荒い息を吐きながらついにぐったりと倒れ込んだ。疲労と痛みで朦朧とする視界の中、ゆっくりと自分の身体が倒れ込む感覚だけがあり。地面にぶつかる直前でたくさんの手に助け起こされた。

「よくやった、リーダー
「……」
「ああ、おつかれさまだね。君も何か言ってやりなよ、キング
「……逃げた儂に、その権利はない」
「そんなこと言わずに、最後はちゃんと帰ってきてくれたじゃないですか」

エージェントアイドルドクターキングヒロイン。全員が、私を助け起こしてくれていた。みんなの役に立てた、自分を置いてけぼりにする行為だとまた怒られるかもしれないが、でも、私はようやくそこで、彼らのために戦えたと自覚していた。獅子がそんな私たちを見つめ、静かに唸り声をあげる。

「俺の負けだ、とっとと地獄に行っちまえ」
「……その前に、質問することがある」
「拷問でもする気か? まあ好きにすりゃいいさ、お前だけが不死身だと思わねえことだな」
「生憎俺はクリーンな男で通ってるんだ」

エージェントが獅子の前に座り込み、銃口を見せながらニヒルに笑う。

「まずお前のロールは?」
「……そうか、ここじゃキャラクターが全てか。……元々俺は名前がない。ニゲイターとでも呼んでおけ」

否定者ニゲイター、わざわざそう名乗るだけはある。死闘の中で獅子は常に私たちを否定していた、曰く、"自己犠牲のカリカチュア"、"妄想に支えられたハリボテ"、"敗退した落伍者"、"自分を失ったバグ"、"愛のみ持った木偶"……、実際にキングはそれにやられ混乱に陥った。さもありなんという名前だ。

「じゃあニゲイター、お前がこの塔を上らせないのは何のためだ?」
「どう答えても信用しねえだろ、事実、お前たちの中にはこの塔を上りたいって欲求があるはずだ」
「お前にはないと?」
「無いとは言わねえよ、だが、俺はその結末を知っている。発狂しそうな中、それを知っている」
「それはなんだ」

冷たいエージェントの言葉にニゲイターがぶるぶると首を振った。

「言えねえ」
「理由は?」
「それを言うことがこの塔にとっての急所だからだ。さっきお前たちが見た姿は、俺がそれを言うことを防ぐための防衛機能みたいなもんだ」
「なるほど」

エージェントがこっそりとドクターに視線を送る。ドクターは首を振る。つまり、現在ニゲイターを抑えている拘束具はもうない。もう一度ニゲイターが暴れ始めたら今の状況に持っていくことはできないだろう。だが、それをする必要があるほど、ニゲイターはこのオブジェクトに対する脅威ということだろうか。考えていると、ニゲイターの目が私を見た。一瞬、その目がどこか悲しそうに光って、すぐに逸らされた。

「分かった、リスクを負う必要は俺たちにもない」
「そうだろう。だから行っちまえ、どこへなりと」

吐き捨てるように言うニゲイターに背中を向け、エージェントは私たちを見回す。

「コイツも連れていこうと思うんだが、どうだろう、リーダー
「ハァッ!?」

背後で叫ぶニゲイターの言葉を聞き流しながら、エージェントは指を折る。

「理由は三つ。一つ、重要な戦力になる。俺たちの中で一番火力を出せるのはドクターキング、だがドクターは荒事に慣れていないし、キングは言ってしまえば悪いが不安定な部分がある。それを踏まえるとコイツの力は役に立つ」
「反論はせぬ、儂にとってそれは事実であるゆえに」
「拘束具がある以上さっきみたいな戦い方はできないでしょうけど、普通のライオンでも脅威は脅威ですもんね」

キングヒロインが同調して頷いた。ニゲイターが地面を擦るように藻掻く。確かに今は手足を拘束しているが、これを外せばライオンとしての戦いはできるだろう。

「二つ目に、監視しておきたい。何らかの方法で拘束を外しさっきみたいに襲い掛かられたらひとたまりもない」
「同意だ、ボクが近くにいた方がいいだろうね」
「……」

ドクターアイドルがそれに続く。

「最後に、コイツはこの塔の情報を何故か持っている。今は黙っているが連れておけば話を聞く機会もあると考える。どうだろうか、リーダー
「……私も賛成します。エージェントの理由もありますが、どうにも私はこのニゲイターに似た雰囲気を感じてますし」

言葉にしてようやく分かった、私はニゲイターとどこか似たものを感じている。それも、他の仲間よりもよほど強く。その理由を知るには彼と一緒に進んでいく必要があるだろう。

「待て、俺はまだ」
ニゲイター

ニゲイターに近づき、周りの皆に聞こえないよう耳元で訊ねる。

「お前もこの塔を昇るべきではない、と思っていますか?」

ニゲイターの毛が逆立つ。低い唸り声が広がり、獣の匂いがムッと増す。私の方へギラリと向けられた視線は殺意と、そして何か別の感情が混ざっているように思えた。

「やっぱりお前、リーダーか……!」
「……最初に会ったときもそう言っていましたね。もしかしてそれに意味があるんですか?」
「……言えねえ」

それ以上私が何を聞いても応えることはなく、ニゲイターは驚くほどあっさりと同行を承諾した。全員で7人の大所帯。全員を頼もしく思うと同時に、何故か私は妙な胸騒ぎを覚えていた。




12.これで、おしまい

そして、私たちは塔を登る。もう何も恐れない。塔を登ることも、進むことも、根拠のない自信。
だが、皆と一緒なら進めるはずだ。
私は最後の扉を開ける。ふと、ニゲイターの声が聞こえた。

「ここまでおおよそ10000字。切り取られた分を含めてああ、大団円だ」

その声が、私の背筋を撫でる。楽しんだ本の最後の一ページをめくるような。
思わず手を止めそうになった、だが、すでに扉は押され、光が中から漏れ出した。

ああ、私たちの物語はここからだ。

上記文章の発生に追従する形で世界規模の異常ミーム感染が発生しました。この感染キャリアは上記の文章群であることが確認され、即時の収容及び最終正常化措置アンニュイ・プロトコルの実施が行われましたが、ミーム感染のキャリアが文章情報のみならず、画像、音声、映像メディアの各種メディア及び会話を始めとするコミュニケーションにまで変化したことで、全人類に対する収容は困難であると判断されました。これを受け、非キャリアの人物に対する隔離政策及び関連情報の隔絶措置が行われました。

上記の異常ミームに曝露した人物(以下、対象者)は、継続的な思考活動を放棄します。対象者は限定的な世界劇場の思想と共に、社会及び生活の継続に著しい諦観を覚えます。これにより、ミーム影響下では健全な社会運営が困難となり、インフラの摩耗等から早急な衰退に向かいます。このミーム影響が全世界に広がった段階でAK-クラス:世界終焉シナリオの発生となることが推測されます。

諸君、ここまでの文章を見て絶望する感情が残っている諸君。
これは私がミーム感染以前に記した文章である。

ここからは迫りくる停滞に追われながら、我々が出した結論を述べていく。
まず、現在世界を襲っているミーム感染の中心がSCP-3999-JPであることは疑いの余地がない。これは前提としておこう。

ではSCP-3999-JPとは何か? これに対して一つの仮説が立てられた。SCP-3999-JPは物語漏出災害ではないか、という推論だ。つまり下位現実次元宇宙の存在が基底現実次元宇宙へと出現する現象であるという仮説だ。詳細な理論及び研究の結果は省略して結論付ける。その可能性は著しく高い。

では、何が出現したのか? それに対しては現状を参考にできる。現状、世界中に伝播している異常ミームは"世界は創作物であり、唐突に終わりを迎える"といったものだ。つまり、終わりを迎えるなら何をしても意味がないという諦観だ。もっとも、それはかつてSCP-2900-JPによって既に我々に与えられたものである。だが、SCP-3999-JPはより直截にそれを伝播してきた。そしてその方法は巨大な塔の内部探索記録という迂遠なものだ。

その記録内容は駄作というほかない。陳腐でありきたりなロードムービー。名もなき旅人が不思議な仲間と出会い敵を倒して困難を乗り越える。ジョーゼフ・キャンベルでも参考にしているのかというようなテンプレートなストーリー、そして唐突な終わり。批評にも値しない。では何故それが必要だったのか? 何故最初に異常性を喪失したのは物語的特性を持つオブジェクトたちだったのだろう? それはおそらく記録の内容ではなく、記録が辿るストーリーが必要だったのではないかと推測される。すなわち、複数の物語を集合させ、一つの物語として最初から終わりまでをザッピングし提供する。これにより、我々に対し物語の終わりを突きつける。継続の不可を記録させる。

何故SCP-3999-JPが円柱だったのか、何故黒色だったのか、これらを加味し出された結論を述べる。

SCP-3999-JPは高次元からもたらされる最後の影。
SCP-3999-JPはタイプライターの刻む終焉。
SCP-3999-JPは物語に必ず現れるもの。

SCP-3999-JPは".完結"である

SCP-2900-JPが神から与えられた最終通告であれば、SCP-3999-JPは夢想から突きつけられた最後通牒である。我々の世界をストーリーに変化させ、完結したと押し付けられたピリオドである。そして私たちはそれに対抗する術を持たない。複数の措置を取っても、ストーリーはいつか終わる。生きている限り流されるロードショーは存在せず、そもそも死すれば広がることはない。我々の世界には既にピリオドが刻まれてしまった。これは事実だ。

来る瞬間まで英雄であっても結構、空を仰ぐも結構、だが、それでも世界は止まる。既にエンドマークは穿たれた。我々は敗北したわけではない。打ち切り漫画の主人公がそれを知覚できない様に、我々はただ踊り切ったのだ。

これを読む諸君が、美しい物語の終わりだと知覚した時、この文章を読むがいい。
エフェメール・プロトコルはそのために設定されている。
自分で刻ませるだけ、週刊誌の編集者よりは有情といえるだろう。

どうか最後までストーリーを刻むがいい。君のエピローグが蛇足でないことを祈る。

エフェメール・プロトコル施行における通達


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