アイテム番号: SCP-4005
オブジェクトクラス: Safe Apollyon
特別収容プロトコル(2028年7月1日時点): SCP-4005の収容は最早不可能です。
説明: SCP-4005は破壊不可能なモスクランプに対する呼称であり、エジプト・アラブ共和国カイロ市にて回収されました。数世紀にもわたる多数の文学者による証言に基づくと、当該ランプは14世紀にマラケシュで作製され、数世紀かけてアフリカ・アジアを渡り、1950年代にカイロに伝来したとされています。
点灯中のSCP-4005を数秒間見つめた人物は、その火の中に都市のイメージを視認します。これらのイメージは強力な認識災害効果1を有しており、観測者をSCP-4005-1実体に変異させます。
SCP-4005-1実体はSCP-4005の火の中に見られた都市への巡礼を誘発されるという特徴を有します。この巡礼には、通例大陸間を移動するような長大な距離を徒歩で行く旅や、特定のポータル(多くの場合門扉、洞窟の入り口、窓)の通過が含まれます。旅の目的地は殆どの場合SCP-4005-1実体にとって個人的ないし精神的にある程度重要な場所です。これらのポータルに進入すると、SCP-4005-1実体は消失します。
財団職員にインタビューされると、SCP-4005-1実体は決まって、彼らの巡礼の果てにSCP-4005の中に見えた都市へと連れて行って貰えるものだと信じ込みます。SCP-4005-1実体は、都市中心部の景色は総じて同じ、中華人民共和国内の何処かに位置する都市あるいは同国全土を包含して指すと推測される単一の街並みであると主張します。SCP-4005-1実体の口述における当該都市への粉飾や、それらの話の中で確認される共通点に基づく当該都市の存在可能性は、暫定的にSCP-4005-2に指定されることとなりました。
SCP-4005は1975年、カイロ市のモスクの倉庫から取り出され、礼拝時間中を通して点灯したことで発見されました。これにより、数百名に及ぶ礼拝者がSCP-4005-1実体に変異しました。結果として発生した群衆の大移動を察知した財団は、SCP-4005を収容すると共に、入念な調査の末数百名のSCP-4005-1実体を拘留しました。
補遺1(2027年9月9日時点): 以下は1950年代に活躍したエジプト人小説家、ウマル・イブン・ラシード氏の筆による日記です。イブン・ラシード氏は本日記をしたためたおよそ3年後の1958年に消息不明となりました。日記は全体として複雑かつ難解な一連の暗号で構成されており、未だ完全に翻訳されていません。下記のページはこれまでに解読済みの部分の翻訳文です。
補遺2(2028年1月7日時点): 以下はマーサ・ハードキャッスルプロジェクトリーダーによるSCP-4005-1実体(以下、SCP-4005-1Aと呼称)とのインタビュー記録です。
補遺3(2028年1月23日時点): 以下はSCP-4005に暴露したDクラス職員に対する実験記録を抜粋の上整理したものです。
被験体 | 出身地 | 日付 | SCP-4005の観測 | 消失地点 |
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D‑2188 | ベネズエラ・カラカス市で生まれ育つ | 1976年12月9日 | 対象は翠色の海に面した沿岸部の漆喰塗の居住施設を観測した。対象は「1人の郵便局員に向かってバイオリンを弾く美女」を見たとのこと。 | カラカス付近のベネズエラ海岸線上の洞窟。 |
D‑3733 | 英国・ロンドン市にて生誕、カナダ・イエローナイフ市で育つ | 1979年2月8日 | 対象は「ロンドンの地下だけどどこかが違う」景色を見たと報告した。 | SCP-1678への入り口 |
D‑3930 | 英国・ウスター市で生まれ育つ | 1986年11月12日 | 対象は「洋梨工場」2から出現する多数の工場労働者を見たと報告した。対象はこれこそがヴィクトリア朝時代資本主義の徹底された形による完璧な生活様式を表現したものであると主張した。 | ロンドン市内のタウンハウスの地下室。 |
D‑2513 | 中華人民共和国・上海市で生まれ育つ | 1992年2月7日 | 都市全体を見たとのこと。対象は詳細を述べようとせず、SCP-4005-2へ侵入するまでの間、自身が「イエスの弟」であると主張し続けた。 | 中国・南京市内の門。 |
D‑3380 | イラン・シーラーズ市にて生誕、アメリカ合衆国・ロサンゼルス市で育つ | 1997年1月27日 | 天辺に青色のドームを多数有する広大な宮殿を見たとのこと。ただし、胴体部分はセントルイス市に所在した住宅団地、プルーイット・アイゴーを彷彿とさせたとのこと。 | イラン、エスファハーン市内のアーリー・ガープー宮殿入口。 |
D‑3043 | アルゼンチン・ブエノスアイレス市で生まれ育つ | 2005年4月11日 | 「どの本もひたすらに面白い」無限に広がる巨大な図書館を見たとのこと。 | アルゼンチン国立図書館のエントランス。 |
D‑2508 | モロッコ・マラケシュ市で生まれ育つ | 2014年6月28日 | 不定な様式の中庭でカーペットに座っている老人を見たとのこと。 | モロッコ市内の玄関ドア。対象を護送中のエージェントはモスクの外壁に「ウマル・イブン・ラシード」と刻印されていたことに気付いた。 |
D‑2072 | モンテネグロ・ポドゴリツァ市で生まれ育つ | 2025年12月15日 | 対象は目撃したものを報告しなかった。代わりに対象は「あんなの起こらなくたって良い!私は自由!私は自由なの!」という文言を繰り返しながら、自らの両目を抉り出した。 | ポドゴリツァ市内の工場内、 シリコン製の大型ドア。 |
D‑2747 | 中華人民共和国・カシュガル市にて生誕、エジプト・カイロ市で育つ | 2027年7月11日 | 対象は「鉄門の上に立って」「ハードキャッスル博士を見つめている」多数の男女や子供を見たと報告した。対象はこれらの人物達が何を見つめているのかをいかにして知ったかについて詳細を述べなかった。ハードキャッスル博士は実験中に重度の不安感を覚えたと報告した。 | 中華人民共和国・新疆の峠、及び伝統的な「シルクロード」のルートの一部に所在する鉄門関。 |
補遺4(2028年5月31日時点): 2028年5月30日、サイト-867職員のうち数名が自然発生的にSCP-4005-1実体に変異しました。当該効果はサイト-867職員の間にアトランダムで自然発生的に影響を及ぼしているようです。数時間後には、サイト-867職員のうち約20%がSCP-4005-1実体に変質しました。
以下はマーサ・ハードキャッスルプロジェクトリーダーによる、SCP-4005の機能性における前述の変化に関与したSCP-4005-1A実体とのインタビュー記録です。
補遺5(2028年6月2日時点): 以下はウマル・イブン・ラシード氏の日記から解読された一連の追加文章です。
補遺6(2028年6月20日時点): 以下はSCP-4005の収容試行に関する記録です。
試行開始日時 | SCP-4005-1に変異した人口の比率 | 試行の概要 | 結果 |
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2028年6月4日 | 0.00004% | サイト-867の完全封鎖及び検疫 | 試行は失敗した。近傍の都市でのSCP-4005-1実体群の出現が報告され、付近の都市や自治体へと急速に伝播した。 |
2028年6月7日 | 0.3% | カナダ北部の遠隔サイトでの既知のSCP-4005-1全実体の移転。残存実体を追跡する試みの結果、全実体は依然としてサイト-867近辺に存在すると仮定されている。 | 試行は失敗した。SCP-4005-1実体の発生は世界中で無作為に生じている。 |
2028年6月9日 | 2.5% | SCP-4005-1実体を探知・終了し、同時に免疫化手法の研究を執行する目的を兼ねた、多岐にわたる科学技術・異常技術を用いた大規模試行。 | すべての探知・免疫化試行は失敗した。 |
2028年6月11日 | 12.5% | 全世界のあらゆる輸送手段の即時停止。大規模な検問、外出禁止令、人口調節の強制実行。SCP-4005-1実体の疑いのある者の即時終了。壊された虚構シナリオの発動。 | 試行は当初は成功したものの、SCP-4005-1実体達はすぐさまSCP-4005-2に進入するための代替ポータルを使用し始めた。 |
2028年6月14日 | 20.6% | 潜在的なSCP-4005-1実体からの既知の全人口の即時隔離。 | 試行は失敗した。SCP-4005-1への変異は隔絶した人口密集地でさえランダムに発現しうるようになった。 |
2028年6月15日 | 38.5% | SCP-2000の使用 | 本要求はO5評議会により却下された。 |
2028年6月16日 | 57.9% | [データ削除済]に対する儀礼的生贄の御供 | 本要求はO5評議会により却下された。 |
2028年6月18日 | 89.6% | SCP-3799 | 本要求はO5評議会により却下された。併せて評議会はSCP-4005のThaumielへの速やかな再分類と、ハードキャッスル博士及びサイト-867の残存職員の巡礼への着手を勧告した。当該要求に対してハードキャッスル博士により撤回命令が下された。 |
2028年6月19日 | 99.9% | 自殺による非感染の残存人類の根絶。 | 試行はSCP-4005-1Aにより中断させられた。当イベントに関連するインタビュー記録は下記の補遺にて参照可能。 |
SCP-4005はApollyonに再分類されています。
補遺7(2028年6月29日時点): 以下はSCP-4005-1Aとハードキャッスル博士との予定外のインタビューの記録です。
補遺8(2028年7月2日時点): 以下はウマル・イブン・ラシード氏の日記から解読された3つ目の一連の文章です。程なくしてSCP-4005-1実体となったSCP-4005の翻訳・解読班は、ハードキャッスル博士に対し、これらの文書を財団データベース内に保存するよう主張しました。ハードキャッスル博士は自身がSCP-4005-1実体になったという事実を受容した直後に、当該開示要求を黙諾しました。