LUNATIC


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アイテム番号: LUNATIC

オブジェクトクラス: MOONRISE

特別発狂プロトコル: 俺の頭の中には月がある。お前の頭の中にも月がある。月光のイメージ、夜の記憶、神話の星。だがよく考えてみろ、俺達のちっぽけな思考圏域に7.347673 × 1022 kgの岩塊なんて収まるはずもない。収まるはずもない。収まるはずがないんだ。頭蓋骨が割れて脳漿は飛び散って皮膚を割いて突き破って、月は今夢と現の狭間にあって、否、もう出てきてるから現実だな。失敬。思考と非思考の国境紛争が起きて、俺達は端から負けていた。

収容は不可能だ。サイト-19は皆飛んでって、エリア-23はどうなったかなんて知らねえよ。案外お前の前頭葉あたりにあるかもな? ほら出てくるぞ。お仕事お疲れ様、サイラス管理官。飛び出て膨れ上がって昇る月の原理を止めることはできない。人間如きに携挙を止められると思うか? 畜生、頭が痛い。

礎は無い。世界は無い。社会は無い。人類は無い。正常は無い。あるのは月だけ、狂気へようこそ。

説明: 月が昇り、真皮を破りました。

カリフォルニア大学の講堂が映し出される。講義は電磁気学に関連する内容である。

一人の生徒がこめかみを抑える。当初は片手だけであったが、間もなく両手で頭を抑える。頭痛は相当なものらしく、彼は倒れ込み、周囲の注目を一挙に集める。

生徒: [絶叫]

生徒の頭部が次第に膨張し始め、身体が宙に浮き始める。周囲の人物は驚愕し、互いに囁きながらも状況を注視している。指の境目から光が漏れ出した刹那、口部付近から生じた亀裂が急速に頭頂部に向けて駆け上がる。

生徒の頭部を引き裂いて、月に似た小型の球体が出現する。その半径はおおよそ1.2 m程度であると見積もられる。月は──本来は太陽光の反射に過ぎないにも拘らず──眩い光を放ち、講堂内を照らす。一度大きく光り輝いた後、月の発光は収まる。

生徒の頭部は大部分破壊され、下顎が僅かに球体下部に張り付くのみである。やがて小さな破断音とともに、付着部が千切れ、下顎以下の胴体が周囲の生徒を巻き込みながら机の上に落下する。大衆の間で蓄積されていた恐怖や緊張はこの時点で爆発し、講堂内は甚大なパニックに包まれる。

間もなくして、他数名の生徒が同様に頭を抑えて苦しみだす。入口近くで倒れた女子生徒は群衆に踏みしだかれ、視認できなくなる。間もなくして彼らの足元が光り始める。

監視カメラは、北京市内のショッピングモールの倉庫を映し出す。扉の前にはバリケードが築かれており、そこを背にして一人の少年がうずくまっている。

ショッピングモールのスピーカーが起動し、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番 (通称、“月光”) が流れ出す。音質は顕著に悪く、おそらくは直接放送しているのではなく、マイクに向けて別の媒体から曲を流し、それを放送していることが示唆される。

少年は狼狽えた様子で立ち上がり、周囲を見回す。掃除用のモップを見つけると、少年はそれを手にし、スピーカーを殴りつける。音を止めようと何度も叩き続けた結果、スピーカーの音は次第に狂っていくものの、放送は完全には止まらない。

モップは折れ、破片が少年の方へ飛ぶ。少年は目を抑えて倒れ込む──左目を負傷したと思われるが、出血は見られない。少年はカメラに近づき、覗き込む──おそらくはカメラのレンズの反射で自身の様子を確認しようとしているものと思われる。

少年の瞳はヒトのそれから大きく変化し、白目は黒く変色し、虹彩は薄っすらと白みがかった円に似ている。その様子はさながら夜空に昇る月のようである。

瞳が発光する。

日本、朝日放送のニュースが映し出される。スタジオには2名のアナウンサーがいる。背景には都市部上空の写真が映し出されているが、その中央部は検閲されている。

男性アナウンサー: 潮の満ち引きの変化により、海岸は危険です。あるいは危険ではありません。水面に映る月を見に行きましょう。すべての酒を持っていきましょう。

女性アナウンサーが不安そうな面持ちで男性アナウンサーを見つめている。

女性アナウンサー: すみません、花田さん?

背後の画像が切り替わり、高層ビルの映像を映し出す。建物は煙を拭き上げており、アポロ11号と一致する宇宙船が突き刺さっている。間もなくしてルナ9号と一致する外観の人工衛星が画面の映像クルーのすぐ近くを落下して行き、爆発音が響き渡る。

男性アナウンサー: 車はオープンカーに乗るべきです。空をドライブしましょう。首都高全体を浮かび上がらせましょう。我々にはできる! 有権者の皆さん、清き一票をないしは生贄をお願いします。

女性アナウンサー: 花田さん!

男性アナウンサー: 何ですか?

女性アナウンサー: 先程からおかしいですよ! 一体何を──それにこの背景は、何が。

女性アナウンサーがカメラに向き直るとともに絶句し、力なくしゃがみ込む。通常エンターテインメント番組の間の手で使われるような、“シャラシャララーン”という軽い効果音が流される。

女性アナウンサー: 江田さん? 皆さん、なんで、なんで笑ってるんですか。ドッキリですか。

男性アナウンサー: 月が綺麗ですね。地上の人間とは比較にもならない。

男性アナウンサーの左目が揺れ動き、落下する。穴になった中から、ノウサギの手に似た物体が出現し、周囲を探るように動き回る。間もなくしてウサギの口に似た物体が目の奥に見え、穴を喰らい拡大し始める。

女性アナウンサー: [悲鳴]

男性アナウンサー: 夜空に大きな光が見えます。私はお月様が大好きです!

落下した左目が発光しながら浮遊し、カメラの前を登っていく。間もなくしてスタジオの照明が消え、背後で悲鳴と破裂音、機材が倒れる音が相次いで響く。無数の音が交差する中、目は表面に小さな凹みを多数出現させ、まるで月のような外観となる。やがて光は止み、静寂が訪れる。

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