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XACTSは正常に起動しています。最後に過去改変が観測されたのは2025/12/28です。
保存された財団エージェント・照井の主観描述記録が要請されました。
再生を開始します…
保存されたSCP-4133-JPの報告書の展開が要請されました。主観描述記録と同時に展開しますか?(Y/N)
SCP-4133-JP報告書を展開します…
僕はそれに輝きを見出した。
中学3年の夏。それまでの十数年くらいと同じように、その年も僕は地元の手振山の指宿神社で開かれる手振祭を見に行っていた。でも一つ違うことがあって、前回までは祭りの最中はずっと両親や弟と一緒に出店を回るだけだったのが、その年はたまたま弟がはぐれたのを家族が急いで探しに行ったせいで、短いながら僕が一人になる時間ができたことだ。
それまでの僕にとっては一年に一度しか食べられないリンゴ飴とかかき氷わさび味とか、射的やくじ引きの出店、あとは家に帰ってから裏山の空に上がるのを眺める花火大会、そういう子供でもわかる楽しみが手振祭の存在意義だった。今年もそうなるかと思っていたのに、家族を追いかけて走り出した僕の足を不意に止める出来事が今年には起こったのだ。
祭の昼を締めくくる、指宿神社の御神体に向けた奉納の舞。境内の本殿前に拵えられた石舞台の上で、幾人かの巫女衣装の人たちが演目に応じた舞を踊る。僕は地元民とはいえ神道にそこまで強い興味を持っていたわけではないから、具体的にどういう御神体が祀られていてどういう意味の舞をしているのかその時はよく知らなかったし、大して興味を持って見ていたこともなかった。でも今年は違った。
僕に一番近いところで舞っていた、僕と同じくらいの歳の女子。真夏ということもあり少しアレンジされた丈の短い紅白の和装に身を包み、左の手に幣を掲げ、一心不乱にその身を振る姿。結った髪の下に見える彼女の顔には、集中した眼差しが刻まれていた。その舞を捧げる祀り神に向けたものだろう強い視線は、数瞬の後、僕の方を向いた。
決して僕に対する問いかけの目線ではないということはわかっていた。それでも間違いなく、その時の彼女は僕が知る一番の輝きを更新していたのだ。なぜなら彼女の口元には、後にも先にもないその時だけの静かな笑みが湛えられていたのだから。
4/4133-JP LEVEL 4/4133-JPCLASSIFIED |
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Item #: SCP-4133-JPObject Class: Safe |
特別収容プロトコル
SCP-4133-JPに関連するデータの記録媒体は、XACTS(シャンク-アナスタサコス恒常時間溝)による保護下に置かれています。データの閲覧は常にXACTSの管理サーバを通して行われます。外部でSCP-4133-JPに関連する情報が発見された場合、記録媒体の全数が回収された上でデータの所持者には記憶処理が行われます。
SCP-4133-JP-Aを内包するSCP-793-JP-4000は、鳥取県に位置するサイト-8178の低脅威度物品収容ロッカー内に保存されています。セキュリティクリアランス3以上の監督者の許可を得た上で、財団日本支部標準探査ユニットを携行した調査班がSCP-793-JP-4000に進入することにより探査実験が行われます。なお、本報告書の一部は情報の完全性を下げるため編集されていることに留意してください。
SCP-4133-JP-Bは基底次元から隔離された要注意領域上に存在しているため、同領域内の財団フロントとなるサイト-8188によって自己裁量に基く遠隔での監視対象に置かれています。SCP-4133-JP-Bの活動に何らかの異常が確認された場合、サイト-8188からサイト-8101およびサイト-8178への報告がなされます。
説明
SCP-4133-JPは日本国の架空の行政区画「手振県」を模した面積およそ3,000km2の島嶼であり、これまで2か所の相異なる余剰次元の内部でこれに類する存在が確認されています(それぞれをSCP-4133-JP-A、SCP-4133-JP-Bと分類)。
SCP-4133-JP-Aは、SCP-793-JP-4000に指定されたレジャーケースの内部に開口する空間接続から双方向的なアクセスが可能です。SCP-4133-JP-Aに進入した物品及び人員は神社の境内に出現し、2000年台の日本国内を模した市街と周辺地域の景観が観察されます。現在までの有人・無人探査において、以下の状況が判明しています。
- 領域内に多数存在する時間計測器具の様相から、領域内部の時間は2008年8月13日の15時28分30秒〜41秒の11秒間が絶えず繰り返されている状態と見做されている。
- SCP-4133-JP-Aは「手振県」という名の行政区画として存在しており、「指宿市」「平手ヶ浜」「第二東弊市」「[編集済]」「[編集済]」などの地名が確認できる。また、島嶼の南端には島の外と陸続きになるよう建造された高速道路の断端が存在し、それらは鳥取市を含めた鳥取県の北端と接続することを意図されたものと考えられる。
- 外部からの調査人員を除く全ての人物はこの11秒間の行動をループ実行しており、外部からの干渉には反応を示さず、外部から与えられた影響も11秒後には消失する。SCP-4133-JP-Aが本来収容していた住民は約45万人と見積もられ、その大多数は現在も当該領域に存在する。
祭から2日後、僕は同学年の鳥樫という女子と手振山の麓の駄菓子屋で一緒にソフトクリームを食べていた。というのも、祭の次の日にいてもたってもいられず指宿神社の神主のところに直接行って、舞の時に僕の一番近くにいた巫女が誰なのか尋ねてみたら、なんとそれが鳥樫であり当の神主の姪でもあったことが判明したからだ。自分は今回のことがあるまで鳥樫とはほとんど口を聞く機会もなく知り合いとは言えない間柄だったので、どうしてあの時に鳥樫が僕に向けてあのような微笑みを見せたのかを知りたくてたまらず、こうして割と強引に一緒に食事に出たわけである。
ところが、鳥樫としては確かに自分が祭の舞台に立っていたものの、舞っている間に誰かに笑いかけた意識は別になく、ただ自分の仕事に集中していただけだった。この返答に僕は大いに落胆した。なんだ、僕に向けてあの顔を見せてくれたわけではなかったのか。
なんでも、鳥樫の家は指宿神社での神事を代々続けており、鳥樫自身は今年初めて舞台に昇ったのだという。去年までは中学校での勉強の傍ら、舞についても家で厳しく指導されてきたのだそうだ。ところが鳥樫本人は神社に対する思い入れは別段ないらしく、自分が家業の一部を継がないといけなくて上京できないのは嫌だとこぼす。自分で好きになれないものに彼女が衆目の場であれだけ心血を注いだ演技ができることが、僕にはにわかに信じられなかった。彼女は強い人なのだろう。
話を聞かせてくれたお礼に、鳥樫の分のソフトクリーム代は自分で出した。鳥樫を見て怪訝そうな顔をする店主を尻目に、二人で店を出る。祭の時より少し空は翳っていたが、一緒に山を降りて指宿の家の方へ向かう帰り路、鳥樫の表情は心なしか晴れやかであるように見えた。僕は彼女の話を聞くばかりで自分の側は大した自己開示をしたわけでもないが、他人に対して胸中を語ることが彼女にとって何らかの気の助けになったのだろうか。本当にそうであったのなら、とてつもなく喜ばしい。
以下はSCP-793-JP-4000に封入されていた文書の転記です。エージェント・照井が下記の文書を自身で作成したことはありません。
鳥樫へ
急に変な手紙を渡してごめん。まだ話をし始めてから数日しか経ってないものな。
祭の時の鳥樫の舞、僕が今まで生きてきて見たものの中で一番の輝きだったんだ。だから、その気持ちだけでも書かせてもらったんだ。
一方的な想いでしかないことは分かってる。だけど、あの表情ができた君になら分かってもらえると思って。
ありがとう。
照井
2008年8月13日
私、エージェント・照井は、SCP-4133-JP-Aの調査のため異常空間内に派遣されている。このオブジェクトを管轄している福治博士が言うには、私がSCP-793-JPに封入されていた手紙、つまり出されることのなかった恋文の作成者であると分かったからこの任務につけることを提案したそうだ。冗談ではない。私はあんな小っ恥ずかしい手紙を書いた覚えはないし、そもそも私の生まれは鳥取県で早くから孤児となっていた身の上だ、忘れようもなく。若くして財団に入った理由でもある。
だが、私が「手振県」に関する異常な記憶を自覚するようになっていたのは確かだ。ここ1ヶ月ほど前から急にだ。医療部門には私の変調はすぐに伝わった。だが異常な記憶に対する治療ではなく、むしろその記憶を持っていることを要求する任務に従事することを選ばされたわけである。
ひとまず任務に集中しないといけないので、スーツケースの内部全体を覆うポータルの入口を通り抜け、指宿の街に降り立つ。日本のどこかの街並みを十数秒でループさせ続けているような景観という過去の報告に違いはない。通行人へのインタビューは無効だ。目的地を確認すべく先人が作った地図を腰のポケットから取り出す。そして地図を広げながら頭を上げると、さっきまで居なかった明らかに異質な人間が現れていた。
丈の短い紅白の和装。周りの通行人と違い時間が経っても消失と再出現をする様子は見られない。今までの事例にはなかった遭遇だ。そして私の余剰な記憶が仮に正しいとするのなら、目の前の女は私の「初恋相手」とやらだ。女は一声も発することなく私に背を向け、どこかへと歩いてゆく。先ほど手元に出した地図と突き合わせると手振山の方向。今回の調査任務ではこの女性実体の追跡を試みる。
女は静止した市街地を出て、同じく静止しているがより閑散とした郊外へと向かっている。その足取りは確かで、向かう場所は決定されているようだ。永い昼下がりの少し下がった太陽の光を身に受けながら引き続き後を追う。繰り返す11秒の中で、風も常に一定方向から周期を持って吹いてくる。とても不自然な体験だ。
一軒の家が見えた。近づくと駄菓子屋だ。軒先にはソフトクリームが入った冷蔵ケースが並んでいる。女はそこで一度立ち止まった。私のことはおそらく認知されているが、こちらに声をかけてくる素振りはないし振り返りもしない。冷蔵ケースの底には氷が敷き詰めてあった。電源はないらしい。十数年前の日本の田舎ならこんなものだったであろうか。女は舗装路伝いに山の方向へ向かい出している。地図を見ると神社を目指しているのだろうか。追跡に戻る。
SCP-4133-JP-Bは、要注意領域”擬存海”の北方(極北島嶼)において活発に移動する島嶼として確認されています。島嶼の概形は岩石で構成されたヒトの右上肢に酷似しており、目測でその全長は100kmに達します。その長大な体積にもかかわらずSCP-4133-JP-Bはそれ自体が遊泳能を有しており、島の中央部と片側の先端に存在する関節部を屈伸することで海水から抵抗を獲得し、推進する様相が観察されます。結果として当該の島は海水面に対し激しく回転しており、なおかつ全域が不定期に海没しています。
SCP-4133-JP-Bの詳細な観察は上記の運動の性質から困難ですが、極北島嶼の他の島に覆い被さる形で停止している際であれば、サイト-8188から展開した無人機の一部による撮影がなされています。それによると島の表面は海水による強い浸食を受けているものの、舗装面にわずかに残存する建築物基礎の分布はSCP-4133-JP-Aにおいて観察されている「手振県」の市街と一致を見せています。
鳥樫は駄菓子屋から指宿神社へと入っていく。いや鳥樫というのは正確ではない、あくまであれはSCP-4133-JP-A内部で新規発見された人型実体だ。だが私にとっては鳥樫と呼んだ方が理解しやすい。
存在しない記憶の中であれと初めて邂逅した時の石舞台が、やはりここにも存在しているのを確認する。彼女は今回は舞台に上がることはなく、むしろ舞台の裏手、神社の本殿がある方角へと回っていく。私もそちらへ周ると、いささか想定外のことが起きた。鳥樫に相当する実体は石舞台の下の隙間に左手を差し込むと、一気に持ち上げたのだ。まるで発泡スチロールか何かでできていたかのようにあっさりと転倒する石舞台。地面との衝突による重低音と土埃の中から出てきたのは地下への階段であった。まっすぐ降りていく女を追う前に自分でも石舞台を触ってみたが、見た目通りの重量があるらしく自分ではさっぱり動かすことはできなかった。何か絡繰があるのかもしれないが、今回の調査で調べる重要事項ではないだろう。神社の地下へと向かうことにする。
神社の境内へ上がるまでの階段もそれなりの長さがあったが、この地下への階段はそれよりも圧倒的に長い。元より環境の変化が意味を持たない異常空間内だが、殊更に動きのない澱んだ空気が底まで続いているように感じられる。鳥樫の降りるペースは変わらない。私も彼女に遅れをとるようなヤワな鍛え方はしていない。
そのうちに階段は終わり、一番下に着いたようだ。そこには簡素な木製の扉があった。女はその扉に手をかけた後、開く前に唐突に私の方を振り向いた。その顔にはどこかで見たような笑みがあった。他でもない私の最初の異常記憶だ。私がこの女に特異な感情を抱いたという存在しない事実の裏付け。次の瞬間には女は扉を開け、暗闇へと消えた。
直ちに先の空洞へと入る。内部に光源はない。携行ライトを灯してみると、意外にもそこは鉄板とボルトで覆われた機械的な一室であった。部屋の壁には不詳な機材がびっしりと並んでいる。概形としては1940年代に生産された巨大な構造のコンピュータだろうか。機材の一部には紋様の印刷がなされている。現在は写真を撮るだけにしておくが、おそらくは東弊重工に関連する物品なのだろう。この地に「第二東弊市」が存在している情報とも合致する。
部屋の中心には手術台のような金属の寝台が1つ置かれていた。寝台は空で、使われた形跡もない。
機材の解析には私以外の人員も必要となるので、私は部屋に更なる出口がないのを確認してから階段を上がり、来た道を戻ることにした。市街のポータルまで戻れば福治博士に報告ができる。そうして部屋を出ようとした時、ここまで私の前を歩いてきた鳥樫の姿が見当たらないのを思い出し、部屋の入口からもう一度振り返った。
あれは手術台の上に横たわっていた。晴れの場で舞うための衣装は石榴の色に斑らに染まり、少し前まで私に笑顔を見せていた顔は木乃伊となって、落ち窪んだ眼窩を曝け出していた。そして、彼女の右腕が肩からスッパリと切り落とされ失われていたという事実を私は認識した。
私は思い出した。手紙を渡そうとして前に立った時、鳥樫が肩をすくめて自らの右腕がないのを理由に拒絶したことを。駄菓子屋の店主が怪訝に見つめていた鳥樫の右腕がないことを。私の心に焼きついた昼下がりの舞が、左腕だけによって作られていたものだったことを。その発見は、私にとって痛みとなった。単なる仮想記憶の人間に過ぎないとしても、人間が痛めつけられ、打ち捨てられている様をまじまじと見せつけられるのは、気分の良いものではない。
SCP-4133-JP-Bの無人調査では一度のみ、本来の指宿神社が存在していたであろう区画に無人機を送り込むことに成功しています。石舞台は失われており内部の通路へと無人機は進入することができ、上記の探査結果に相同する地下空間の存在が確認されました。内部は不明な機構による排水が行われており、こちらにも地下室の中央に横たわる右腕の失われた女性型実体の遺体が確認されています。容易に水没する配置であることに反し、遺体は乾燥しています。
SCP-4133-JP-Bが擬存海から移動する兆候は現在まで確認されていません。しかし仮に当該オブジェクトが基底次元に出現することがあれば、その質量と振舞いから出現地点の海上と周辺の陸地に甚大な災害を齎すことが容易に想定されます。擬存海上の存在はその実在性が基底次元において観測されることが擬存海を離脱するトリガーとなることが知られており、現在のSCP-4133-JP収容プロトコルが設定されている理由となっています。
照井: お目通り失礼致します、“若山”理事。
若山: 畏まらなくて良いですよ、私が貴方を招いたのですから。
照井: はい、貴方が私を指名されたというお話は福治先生からお伺いしています。やはり、SCP-4133-JPに関連する事由なのですか?
若山: その通りです。今後の話を円滑にすることを目的として、私から貴方に新しいセキュリティクリアランスを付与しましょう。レベル4/Autopsy。これは私が主宰する研究室「剖検」のクリアランスであり、福治博士も所属されているのです。
照井: 「剖検」ですか。初めて聞くお名前です。
若山: 簡単に説明するなれば、「剖検」は古代日本に存在した巨大な多能性実体、換言すれば神格ですね、それが破砕された時に生じた断片を現在の日本国土から収集し、確保と研究を行うためのプロジェクトです。例えば福治博士はSCP-1533-JPを管轄しています。我々はSCP-1906-JPの報告から鳥取県北部の海中に何らかの「剖検」対象が存在していた仮説を立てていますが、貴方が受け持つSCP-4133-JPが丁度その立証となるのではないかと考えているのです。
照井: 貴方はSCP-4133-JP-Bの形態も考慮に入れた上で仰っておられますか。
若山: 無論その通り。該当する「剖検」対象は運動機能を司る右上肢に相当する部位と言えます。
照井: SCP-793-JPからアクセスする異常空間は、私が進入した時のみ特異な反応を返しました。属人的な現象だと私と福治博士は判断していますが、私を呼び出されたのはその都合ですか。
若山: はい。貴方は肯定しないでしょうが、状況証拠からはSCP-4133-JPを作成したのは紛れもなく2008年の貴方です。これについては同意いただけるでしょうか。
照井: SCP-793-JPの発動条件が「渡されなかった恋文」にあるのだとすれば、はい。でもその当事者は今の私とは別の存在だと思いますが。
若山: その認識であれば私と同様です。おそらくかつて存在していた貴方は、同じくかつて存在していた鳥樫氏にラブレターを贈呈しようとする意思を持ち、しかし果たされなかった。結果としてSCP-793-JPが発動し、貴方の存在は書き換わり、鳥樫氏は存在しない人物として埋葬されることになった。
照井: しかしそれであれば、スーツケースの中身は単に鳥樫の遺体が収められているだけになるはずです。こんな巨大な異常空間を生み出すことにはなりません。
若山: そこで問題となるのが、貴方が手紙を渡そうと考えたきっかけが「神事を行っている最中の鳥樫氏」を見たことだった点です。過去の調査において、指宿神社の祭神はかの手振県の全域において伝統的に信仰されていた地主神であったことがわかっています。鳥樫氏の舞曲の中で、彼女はその神と形式上の交信を行なっていたのではないでしょうか。
照井: では貴方は、あの手紙は鳥樫ではなくその土地神へと充てられたと判断されたのではないかと言いたいのですか。
若山: まさに。SCP-793-JPは鳥樫氏ではなく、「手振県の地主神」を直接、埋葬したのです。その結果として手振県の概念は抹消され、鳥樫氏を含む45万人の居住者と共に基底次元から切り離されました。状況証拠から導かれることです。
照井: それは…それは、私に責があるのでしょうか。
若山: 責任ですか?貴方はその現象のトリガーとなった可能性はありますが、貴方が45万の人間に対し責任を負う立場だとは私は考えません。今の財団が責任を負う範囲に、現在存在しない人間たちを含めるのはナンセンスです。
照井: ですが、私は地下室で鳥樫の遺体を見た時、強い不快感を覚えました。その感覚は私が負うべき責任に基くものなのではないかと、思っているんです。過去の私の軽率な試みが、彼女たちを死なせたのだとすれば。
若山: ふむ。貴方はもともと彼女の記憶を「存在しない異常なもの」だと言っていませんでしたか?彼女は居ません。少なくとも今は。
照井: SCP-4133-JPに関わる前の私であればそう割り切れたでしょうが。
若山: その意向が確認したかった。ここに貴方を招いた理由として、私から貴方に一つ依頼があるのです。
照井: 仰って頂ければ、拝命する準備はできております。
若山: SCP-4133-JPに対する干渉を行なっていただきたいのです。
照井: 干渉ですか。
若山: SCP-4133-JPに対して私たちが迅速に行いうる干渉手段として、当該空間に囚われている鳥樫氏を相手とした交渉が貴方にはできるはずです。
照井: 私が彼女に対する責任を取ることを干渉だと仰るのであれば、私としても決してやぶさかではありません。しかし、それによって我々はどのような利益を得るでしょうか。
若山: 現在、「手振県」は2つ存在します。片方は過去の貴方が手紙を経由して作成したSCP-793-JPの異常事例の一つ。もう片方は擬存海の極北に浮かぶ巨大な腕状の土塊です。擬存海と幻島の性質を考えると、前者が生じる際に発生した過去の改変が手振県の記憶を基底次元から消去し、その結果認知する人間がいなくなった手振県のある土地が幻島入りすることで後者が生まれたと想定しています。擬存海上で激しく活動する手振の島はその質量から周辺海域の安全を著しく脅かしており、いずれサイト-8188の所在地が危険に晒される可能性が排除できないのが、干渉を行うべき理由の一つです。
照井: 成程。しかし理事は、先程すでに基底次元に存在しない手振県の住民達に対する責は負わないと仰られました。それは幻島同盟により管理されている擬存海の住人に対しても同じではないのですか。
若山: ええ、確かにその通り。
照井: その通りなんですか?
若山: それを抜きにして語るのであれば、我々が得るもう一つの利益は、ええ、単なる学術的興味に過ぎません。先ほど述べた通り「剖検」プロジェクトは太古の多能性実体に関する研究組織ですので。SCP-4133-JPへの干渉で得られた情報は研究組織に還元されることになります。
照井: “若山”理事から直々にそう言われてしまうと、私としてもどうしたら良いかわからなくなります。
若山: ええ、なので私から貴方にできることは依頼だけなのです。干渉を含む調査は貴方にしかできないことではありますが、参加の決定は貴方がSCP-4133-JPに干渉する理由を見出すかどうかによります。
照井: そういうことであれば。少々お時間を頂けますか。
若山: もちろんです。貴方がもし望むのであれば、またここにお越しください。
照井: 失礼致します、“若山”理事。昨日はありがとうございました。
若山: お待ちしておりました。
照井: 先日のSCP-4133-JP干渉調査ですが、拝命致します。
若山: 何と、1日で決断されましたか。貴方のご厚意には深く感謝します。昨日説明した通り基本的には学術調査の一環という扱いになりますが、それでも宜しいのですね?
照井: 承知の上です。我々の責務には異常存在の詳らかな解明を行うことが含まれております。しかしながら、調査の準備に際し一つ条件を出させていただいても宜しいでしょうか。
若山: 聞かせていただきましょう。
照井: 神道の様式に則った婿入り道具の一式を揃えていただけますか。もちろんSCP-4133-JP-Aに持ち込める大きさのもので。あとは袴もです。
若山: それらを要請する理由は?
照井: 単なる学術的興味です。
若山: なるほど、宜しい。
サイト-8188から(1)件の通知が届いています。開封しますか?(Y/N)
日本支部理事“若山”様へ
サイト-8188より臨時報告指宿市の基礎開発サイト-8178にいる因幡先生から、指宿神社の神主の家系について調査結果を受け取ったので添付します。理事が確認されておりました鳥樫氏は2025年現在も指宿市で生活されており、大きな怪我もなく息災とのことです。一方で、指宿中学校の過去の記録を確認したところ、2008年8月に男子生徒1名が行方不明になった未解決事件が記録されており、被害者は照井姓であったと言います。
第二東弊市の住人から提供されたデータは、それまで発見されていなかった指宿神社の地下室との関連を示します。2008年から遡ること数年前、東弊重工の人員によって秘密裏に建造された空間であったようですが、手振島が基底次元を脱出した時期を境に放棄されました。回収データは手振島を「方舟」として扱う手法について記述がありますが、島に動力を与え得るようないずれの技術においても再現性は得られていません。
SCP-4133-JP報告書の修正を開始されますか?(Y/N)
……
……
……
“若山”様によりSCP-4133-JP報告書が追記されました。以下に修正版を表示いたします。
追記(2025/12/28)
2025年現在、SCP-4133-JP-Bは要注意領域“擬存海”の極北島嶼の一つ「手振島」として認知されており、当該地域には約48万人の住民が生活しています。これらの住民は基底次元の日本国に起源を持ち、鳥取県の北部にあった手振半島が2008年8月13日に基底次元を離脱して擬存海へ移動したことが明らかになっています。擬存海への出現から3日後にはサイト-8188によりSCP-4133-JP-Bが発見され、住民との交流が開始されています。
現在の基底次元には「手振県」に関する情報の残存は認められていません。特別収容プロトコル上では一般社会における該当情報の検閲が施行されていますが、この対象となりうる情報の存在は現時点で確認されておらず、手振島は自己収容状態にあると判断されています。財団の観察期間中、過去の報告書に記載されたようなSCP-4133-JP-Bの自発的な移動が発生した事例は確認されていません。
保存されていたSCP-4133-JP報告書に記載されている「SCP-4133-JP-A」に類する余剰次元は2025年現在は確認されていませんが、SCP-793-JP-4000に相当する物品は鳥取砂丘から発見されています。スーツケースの内部には空間異常ではなく、保存状態の良い30代男性の遺体と、墨汁で日本古字が書かれた1枚の和紙が収められています。和紙の記載内容は以下の通りです。
手を振りて 門出を拝む 島御霊
永久の逢瀬に 文舞い昇る
遺体の持つ身分証は、遺体が「エージェント・照井」であったことを示唆しますが、エージェント・照井が過去に財団に所属していた記録は確認されていません。遺体は財団標準規格の主観描述記録装置を所持しており、その記録は本報告書に添付されています。
保存された財団エージェント・照井の主観描述記録が要請されました。
再生を開始します…
再びの、そしておそらく最後の来訪となる手振の地。福治博士から小ぶりとはいえ山ほどの家財道具を持たされ、涙と共に送り出された身の上だ。理事から話が出た時点で、私が生きて基底次元に戻らないことは既に決めていた。何も別に命を取られると決まったわけではないし、このあと何が起こるかは誰も知らない。だが不思議と覚悟はできていた。「鳥取生まれの孤児」に過ぎない私にとって最も悪いことは死ではない。不覚にも自分が一目惚れした、そして一目惚れさせた相手に責任を取らないことこそが男の名を廃らせるのだ。
空間異常の先、再現された市街地で、私は再び鳥樫の姿をした紅白和装の隻腕の女と相対する。彼女の顔は今まで何度か見た笑顔ではなく、純然たる驚異の表情に満ちていた。私は彼女についてくるよう身振りを示し、大量の荷物を引きずりながら街を出る方向に歩いていく。例の干渉は、最初の境内の場で行うと決めていたから。
流石に和装で大荷物も持ってとなると少し疲労を感じはしたが、時間も経たない世界なので前と同じ真夏の昼下がりに指宿の石舞台に到着した。少しすると彼女も私の横から前へと進み出た。振り返っての確認はせずともついてくるという確信があった。
石舞台に上がり、荷物の一番上から1枚の便箋を出す。内容はスーツケースに入っていたものと一字一句同じだ。私は一礼ののち、片手で開けるのは難しいだろうから自分で便箋を開封してあげた上で、両手で捧げるように突き出す。普通、ラブレターってこういう渡し方をするものだろうか?でも舞台の上で正装で、となればある程度の格式は必要だろう。彼女もまたゆっくりと歩み出て、残った左手で手紙を受け取った。鳥樫は文章をまじまじと見つめたのち、私を見やった。私はそれに輝きを見出した。
次の瞬間、強い突風が吹いた。女の胸元から、私のものではない紙が1枚飛んでいった。
舞い昇る紙を追う目線を女の方へ戻す。女は、前回の探査の最後で見せた木乃伊のような顔であった。しかしそれはすぐに終わり、渇きに静止していた死肌はたちまちに潤い、元の鳥樫の表情を取り戻した。そして女はさらに輝きを増し、顔だけでなく全身が金色の光に包まれてゆく。突風はまだ吹き続ける。11秒の輪廻は既に消えている。
次に私が目を覚ました時、私と女は手振の島の遥か上空に居た。島が動いている。SCP-4133-JP-Bの記録がそっくり再現されているのだと私は認識した。
100kmに及ぶと言われた岩石の陸は今や海原をうねるように蠢き、表面に付着している全ての人間の営みの痕跡を洗い落としていく。十数秒のループから開放された島の住民たちはその次の瞬間には倒壊する市街のビルに巻き込まれ、割れる舗装路に呑み込まれ、今や遥かに聳え立つ神の右腕から溢れ落ち、海へと投げ出されていく。これは破滅的な天災であった。
今、私の隣にいるのは、恐怖を覚えるほどの力を持つ多能性実体、神格の女である。神の右腕が手振島の大地そのものであるのならば、この女はそれ以外の全てだ。姿以外はもう鳥樫ではない。最初からそうだったのだろう。私に存在しない鳥樫の笑顔の記憶を植え付けたのは、鳥取砂丘のスーツケースだけによるものではなかったのだと、今になって私は理解した。
私は彼女の伴侶となる。財団と私の学術的興味を満たすために派遣され、私を見染める彼女の願いに応えた者となる。そして妻と共に、何もない大海原に宛て無く浮かぶ遊泳者として、永遠に在る者となる。こうして一つの恋の災いは幕を下ろし、二人の秘密のみを残して舞台から去るのだ。
ログアウトします。
お疲れ様でした、“若山”様。




