日付: 2120年9月21日
裁定人: 稲田いなだ 清きよし博士
申立人: アリアン・アロイス博士
<ログ開始>
稲田: ただ今より、倫理委員会はSCP-4206およびSCP-4206-1に関するアロイス博士の申し立てを聴取いたします。申し立て番号はEC-1298-ZRです。アロイス博士、壇上にお立ちください。
[複数の評議会メンバーが独り言を言う。]
稲田: 静粛に。アロイス博士に主張をさせるように。
アロイス: ご機嫌よう、稲田博士、そして倫理委員会の皆さん。私がここにいる理由は既にご存知でしょうから、要点だけ言います。これは長続きしません。2200年までに、彼らは需要に追いつく速さですら臓器を再生できなくなるでしょう。前回来た時は現行の10年プランに身体増強の研究が含まれているとおっしゃいましたね。こちらです。未だに増強がどこにも見当たりませんがね。今度の計画は何だというのですか?
稲田: トランスヒューマニズムこそがこのシナリオの唯一の長期的解決策です。臓器を必要としなくなれば、そのオブジェクトに侵襲手術を繰り返し行う必要もなくなる。アンダーソン・ロボティクスはブテオ・スーツで驚異的な躍進を遂げていますが、このテクノロジーを完璧に複製し、大量生産できるまでは、今のままで続けるしかないのです。
アロイス: ああ、あなた方は遥か未来に目を向けていて現在のことが見えていない。安楽死できないのは分かりますが、5分ごとに切り込まなくするだけでも、彼らの悲惨な生涯から少しは悲惨さを減らせるでしょう。
稲田: オブジェクトは財団に貴重な資源を提供しており、全身増強スーツのプログラムに参加する方々が健康でいられるよう手助けを —
アロイス: 彼らはそれについていけてない! 傷も治っていない頃にまた切り開かねばならず、麻酔をかけることだってできないのです!
稲田: お怒りは分かります、博士。痛みに苦しむ患者はとても見ていられない、それがイヌのように愛おしければ尚更です。麻酔が効かないのは知っていますが、局所麻酔なら十分効くのですよね?
アロイス: ですが目を覚ましたままです。血の匂いがすれば悲鳴を上げて蹴り始めます。これが彼らを苦しめていることをご存知ですか? 私のスタッフを苦しめていることを?
稲田: サイトの医療棟なら手軽に精神医療職員をご利用できます。聞くところによると、あなた方チームは頻繁に医療棟をご利用なさっているそうですね。そのオブジェクトにも同じようにケアできる手段があればいいのですが…… 単純に我々はそういう手段を持ち合わせていないので。
アロイス: ここにもよく戻ってきますよ。倫理的に間違っているとは言わないのですか? いい加減仕事をするべきではないので?
稲田: ご安心くださいアロイス博士、倫理委員会は仕事をしています。我々は職員への悪影響をなるべく抑えつつ、財団と職員の短期的なニーズを満たし、同時に長期的な目標を損なわないようにしています。我々はこの問題を解決できうるあらゆる策を検討してきました。
アロイス: それでも —
稲田: 話は終わっていません。我々はこの問題を解決できうるあらゆる策を検討してきた、それこそ我々より先にあなたがこれを提起してからずっと。そして、現状が最も倫理的であると見なしました。優れてもいなければ喜ばしくもありませんが、これこそが不幸な真実です。
アロイス: それが最も倫理的であるのなら、他の選択肢は一体どういうものだと言うのです?
稲田: ふむ、ではアロイス博士、あなた自身の提案を検証しましょうか。
[アロイスが冷笑する。]
稲田: では見ていきましょう。ご提案の内容を私が理解しているならば、あなたは必要に応じて特定の不可欠な身体部位を複製することを提言しているようですね。合っていますか?
アロイス: 何が言いたいので? 答えもなくあしらうつもりですか。
稲田: いえ、違います。あなたが今日もまた同じ主張を持ち出してくるのは分かっていました。ずっと目を付けているのですよ。あなたが全く同じ提案書を持ってきたのはこれで3回目です。なぜ分かるのかというと、最初のページの第2パラグラフにスペルミスがあるので。いずれにせよ、今はご回答の件ですね。現時点で財団には生物のクローンを作る手段はありますが、無から臓器を作るというのは危うい行為です。
アロイス: ですが可能性はあります。
稲田: 無関係な人間での実験と作成に適した生きた宿主が必要でしょう。さらに言えば、完全に機能する成人の臓器を制御された環境下で成長させるのにどれくらい時間がかかるかご存知ですか?
アロイス: 説明を。
稲田: 数年ですよ、博士。我々にはたっぷりと時間があるかもしれませんが、オオカミと外科医療スタッフのたった数時間の苦痛を避けるためだけに、2人の人間を10年近く苦しませるというのは倫理的ではありません。
アロイス: しかし、そちらが研究への出資に焦点を当てさえすれば、より迅速かつ容易にできる技術を実現できます!
稲田: ええ、その可能性はありますね。
アロイス: なら取り組む価値がないとでも?
稲田: 我々が取り組むのは実現できる可能性があるものです。保証はありません。我々はSCP-4206-1が機能すると知っている。だからこそ我々は、それが不運な結果を産もうとも、利用の継続を決意したのです。
アロイス: それは倫理的とは到底言えない。
[15秒間の沈黙。]
稲田: 無愛想な態度は取りたくなかったのですが、あなたが雇われたのは何が倫理的で何が倫理的ではないかを気に病むためではないでしょう。あなたが雇われたのは、SCP-4206-1の臓器を摘出する過程を監視するためです。その仕事に精を出すことをお勧めします。加えて、私から提案をさせていただきますが、これ以上同じ論題に関する申し立てをしないほうがいいと思います。なにしろ委員会の時間を食い潰しているので。懲戒処分で脅したくはないのですが、残念なことに、あなたのやる気を削ぐ手段はほとんど残されていない。遺憾ながら、現時点ではこれ以上お役に立てません。
アロイス: 私が覚えている限りでは、臓器摘出の要請が予定される前に、書類に署名をして医師と倫理委員会リエゾンの承認を受けなければならなかったはずです。事前の手順を無視しても構わないと言うのですか?
稲田: 貴方も私も、今がもはやこれまで通りの世界とは違うと理解しているでしょう。事態は変化し、これからも変化し続けるのです。
アロイス: 信じられない。
稲田: おっと、それともう一つ。153歳のお誕生日おめでとうございます、アロイス博士。
[アロイスが壇上を去る。]
<ログ終了>