記録情報セキュリティ管理室より通達
以下の文書にはKeterクラス情報災害実例が含まれます。閲覧希望者はクラスB催眠下における補正ダーリー=ラタネ試験の結果報告書を添付の上、RAISA管理官を承認者として閲覧資格の付与を申請してください。閲覧時は事前のクラスB催眠処理が必要であり、連続1時間以上の閲覧は禁止されます。閲覧中または閲覧後に喪失感、虚無感、無力感、寂寥感、悔恨、焦燥、その他平常時とは異なる情動を体験した場合、直ちに所定の検査を受診してください。SCP-4321-JPは事実ではありません。三輪山晴子は実在しません。三輪山晴子の捜索は必要ありません。
ようこそ、担当職員様。
(左) エージェント・九条によるSCP-4321-JP-Aのスケッチ。 (右) 非異常のオオアリクイ。
アイテム番号: SCP-4321-JP
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: 哨戒部門の定常スクリーニングプロトコルにSCP-4321-JP検出用フィルタを組み込み、三輪山晴子の失踪への言及および不自然なアリクイの目撃事案を24時間体制で監視します。SCP-4321-JP感染を疑われる事案が捕捉された場合、緊急の情報拡散防止措置を講じた上で、近傍サイトよりフィールドエージェントを派遣して鑑別を実施してください。
確保したSCP-4321-JP感染者は、クラスB催眠処理およびミーム催眠エージェントの角膜刻印によってSCP-4321-JPに対する持続的な無関心を植え付けた上で解放します。解放後は定期的な経過観察を継続してください。
業務上SCP-4321-JPへの曝露が想定される職員は、感染予防のため24時間に1回以上の頻度でクラスB催眠処理を受ける必要があります。処理手順の詳細は附属文書4321-JP-B16を参照してください。クラスB催眠処理が遂行の支障となる業務については、附属文書4321-JP-B20に記載のSCP-4321-JP感染済職員、人工知能徴募員、またはDクラス職員の活用が強く推奨されます。
プロトコル拡張(2014/04/03): 各国政府、放送局、新聞社、電気通信事業者、ウェブメディア運営企業、その他関連団体への協力要請または潜入工作を通じて、広汎な媒体を介したミーム催眠エージェントの流布を継続します。対象となる媒体の選定および各媒体における流布の頻度は直近のSCP-4321-JP実例の発生状況を考慮して調整されます。
SCP-4321-JPが原因と推定される消失事例を確認した場合、適切なカバーストーリーによって非異常の行方不明事案に偽装した上で、消失者の対人関係および消失前の行動を追跡し、未捕捉のSCP-4321-JP感染者を捜索してください。
財団による三輪山晴子の捜索は許可されません。
POI-10593-JPの自宅より回収されたSCP-4321-JP-001実例の印刷用データ(一部修正済)。
説明: SCP-4321-JPは三輪山晴子の失踪にまつわるミーム複合体です。SCP-4321-JPはポスター、SNS投稿、報道記事、書籍、公的文書、動画、音声などあらゆる形式の媒体で出現する可能性があり、その主要な構成要素は以下の通りです。
- 三輪山晴子という氏名
- 三輪山晴子が2011年3月15日に失踪したこと
- 三輪山晴子の生年月日(1995年12月3日)
- 三輪山晴子の自宅住所(左京区北白川翡翠町46)
- 三輪山晴子の在籍校と学年(北白川中学校3年)
- 三輪山晴子の身長(161cm)
- 三輪山晴子の失踪時の服装(紺色のセーラー服)
- 三輪山晴子の最後の目撃地点とされる風景写真
- 三輪山晴子の捜索への協力依頼
以上の各要素はSCP-4321-JP発見以来変異しておらず、特に最初の2要素は全てのSCP-4321-JPに共通して発現します。
SCP-4321-JPは複数の点で現実と合致しません。SCP-4321-JPの各要素において言及される左京区北白川翡翠町なる地名、北白川中学校なる学校、三輪山晴子なる人物はいずれも実在せず、従って三輪山晴子の失踪は現実の出来事ではありません。
SCP-4321-JPは知性体による理解および関心を経由して感染します。感染者は識閾下で感情の変動を誘導され、三輪山晴子に対する親近感や好感、三輪山晴子の失踪に対する喪失感や虚無感を覚えます。その帰結として感染者はSCP-4321-JPへの疑念を抱きづらくなり、三輪山晴子の発見を期待するようになります。
加えて、SCP-4321-JP感染者は1頭のオオアリクイ(Myrmecophaga tridactyla)の幻覚を目撃します。SCP-4321-JP-Aと指定されるこの幻覚は、物理的実体と同等の視覚情報、聴覚情報、嗅覚情報を伴って知覚され、主観的には物理的実体との判別は困難です。SCP-4321-JP-Aは感染後1時間以上1週間以下の潜伏期間を経て感染者の認識空間に顕在化し、以降数分から数時間の間隔で消失と顕在化を繰り返します。顕在化の間隔に規則性は確認できません。
症状が更に進行すると、SCP-4321-JP感染者は三輪山晴子の失踪に対する自身の当事者性の根拠となる虚偽記憶を獲得し、三輪山晴子の発見を目的とした積極的な捜索活動を開始します。この段階に至った重度感染者は捜索活動の過程でSCP-4321-JPの再生産と拡散を繰り返し、感染拡大の深刻な要因となります。また、重度感染者は三輪山晴子の失踪の原因がSCP-4321-JP-Aだという直感的な確信を抱き、SCP-4321-JP-A、ひいてはアリクイ全般に対する不安、恐怖、憤懣、憎悪を募らせます。これらの情動の対象はオオアリクイを含む虫舌亜目のみならず、形態および食性において虫舌亜目と類似性のある他の分類群(被甲目、鱗甲目、管歯目、フクロアリクイ科、ハリモグラ科)にまで拡大する場合があります。
SCP-4321-JPは記憶処理に対して非常に強い耐性を示します。SCP-4321-JPの影響を記憶処理によって除去する試みは外科的手法も含めて一切成功していません。SCP-4321-JPへの対抗手段の第一選択はクラスB催眠処理による無関心の誘導であり、感染の予防および感染後の影響緩和の双方に有効です。
例示: SCP-4321-JPの典型例として、SCP-4321-JP-074実例の概要を以下に記述します。確認された実例の完全なリストは附属文書4321-JP-C01を参照してください。
識別番号: SCP-4321-JP-074
発見時期: 2012/07/28
形式: SNS投稿
説明: SCP-4321-JP-074はソーシャルメディア“Twitter”においてユーザー名“シュンスケ”を名乗るアカウントから投稿された、文章のみからなる実例です。投稿から約2時間後に哨戒部門が捕捉し、Twitter社との協定に基づいて削除しました。投稿内容は以下の通りです。
【拡散希望】2011年3月15日に失踪した三輪山晴子さん(当時中3)を捜してください。1995年12月3日生まれ、身長161くらい、失踪した日は北白川中学校の紺色のセーラー服を着ていました。目撃情報など心当たりのある方は連絡ください。些細な情報でも構いません。ご協力お願いします。#拡散希望
また、当該アカウントはSCP-4321-JP-074を投稿する5日前に以下の内容を投稿しており、5日前の時点で既にSCP-4321-JPに感染していたと考えられます。
家の横の川にくそでかいアナグマいた
アナグマあんなでかいことあるんだ
昨日のやつまたいた。なんかアナグマじゃないかも
アリクイ?
写真撮ろうとしたらどっか行ったけど保健所とか通報したほうがいい?
一連の投稿を行ったアカウントの保有者は、山梨県甲府市在住の会社員、高田俊輔氏(当時43歳)と特定されました。2012年7月29日、現地に派遣されたエージェント・九条が高田氏への接触に成功しました。
インタビュー記録
2012/07/29
対象: 高田俊輔
インタビュアー: エージェント・九条
備考: インタビューは対象の自宅玄関にて実施されました。エージェント・九条は山梨県警察の制服を着用してインタビューに臨みました。
<記録開始>
九条: おはようございます。高田俊輔さんで間違いありませんね。少しお時間よろしいですか?
対象: はい、高田ですけど……何かあったんですか。
九条: 高田さん、あなたが行方を捜しているという三輪山晴子さんについて、お話を伺いたいのですが。
対象: ああ、昨日のツイートのことですか? あれ消されちゃったんですよね。何か問題ありましたかね。
九条: いえ、そういうことではなく。三輪山さんの捜索のために、あなたと三輪山さんの関係を教えていただければと思いまして。
対象: ええ、それはもう、捜査に役立つなら是非。……と言っても、ちょっと近所付き合いがあった程度の縁ですけどね。私の家のすぐ前の道が中学校の通学路になっていまして、毎朝のように登校中の晴子ちゃんとすれ違っていたんです。礼儀正しい子でね、他人の私にも丁寧に挨拶してくれて、それが朝の日課みたいになっていたもんだから……晴子ちゃんが突然いなくなったと聞いたときは、本当にショックだったんです。あれから1年以上経つのにまだ行方不明でしょう。いても立ってもいられなくなって、自分なりに情報を募ってみることにしたんです。
九条: 高田さん、確認なのですが、あなたは幼少期からずっと山梨県内にお住まいですよね。
対象: ええ、そうですけど。
九条: 京都に住んでいた三輪山さんと知り合いというのは、少々不自然では?
対象: いやいや、そんなことはありません。私も一時期は京都に住んでいましたから。その頃に知り合ったんです。
九条: そうですか。あなたのように三輪山さんの捜索活動をされている方は、他にも大勢いるのですか?
対象: 大勢かは判りませんけど、いると思いますよ。昨日の投稿の後、何件か連絡が届いたんです。僕と同じように晴子ちゃんの知り合いだったという人たちから「お互い頑張りましょう」と。それはやっぱり心強いですね。見えない絆を感じるというか。
九条: 絆、ですか。
対象: 晴子ちゃんがいなくなった悲しみは、正直誰にも理解されないと思っていたので。ニュースで報道されるような事件でもないし、僕はただのご近所さんだし、他人から見ればいちいち気に留めるほどの悲劇じゃないでしょう。そりゃあ、晴子ちゃんがいなくなって僕の人生が狂ったとか、そんなことはないですよ。でも……うーん、なんというか、知らないうちに日常に穴が空いたような、そういう感覚はあるんですよ。よく解らないと思いますが。
九条: 確かに、共感は得にくいかもしれませんね。
対象: そういう感覚も、同じ境遇の相手とは共有できますから。絆って、そういうことなんじゃないですか?
九条: 最後にもうひとつ、アリクイについて……。
対象: そうです! 晴子ちゃんはアリクイのせいで!
九条: 落ち着いてください。三輪山さんの失踪にアリクイがどう関わっているのですか?
対象: 決まっています。晴子ちゃんはアリクイに食べられたんです。
九条: 食べられた? アリクイはアリを食べるものでは?
対象: 私も初めて気づいたときは驚きました。きっと晴子ちゃんも油断していたんでしょう。そればっかりに……。アリクイは今も私に付きまとっているんです。次は私を食べるつもりなんですよ。
九条: しかし、アリクイの口はとても小さいですし、人間を飲み込めるとは、いくらなんでも……。
対象: なら、よほど大きなアリクイだったんでしょう。
九条: なるほど、そうですか。貴重なお話をありがとうございます。
<記録終了>
受け答えの内容から高田氏はSCP-4321-JP重度感染者と判定されました。インタビュー実施後、高田氏へのクラスB催眠処理およびミーム催眠エージェント刻印が実行されました。また、高田氏のSNSアカウントの履歴を追跡し、SCP-4321-JP感染者8人の捕捉に成功しました。
SCP-4321-JP-001実例回収地点のひとつ、京都市中京区誓願寺。実例は丸印の位置に貼付されていました。
発見経緯: SCP-4321-JPの最初の実例は2011年3月31日に発見され、SCP-4321-JP-001と指定されました。SCP-4321-JP-001実例はA4判普通紙に印刷されたポスターであり、3月31日6時から10時の間に京都市内の屋外15箇所に無断で掲出され、以降3日間にわたって不特定多数の通行人に感染を拡げたと考えられます。全てのSCP-4321-JP-001実例の回収は4月2日18時までに完了し、制作および設置の実行者としてPOI-10593-JP(本名: 橿原亜莉珠、当時15歳)が特定、確保されました。SCP-4321-JP-001およびPOI-10593-JPは暫定的にAnomalousアイテムに指定され、サイト-8163へ移送されました。
要注意人物ファイル#10593-JP (rev. 8, 2011/06/07更新; 抜粋)
POI番号: POI-10593-JP
本名: 橿原亜莉珠
生年月日: 1995/7/17
関連要注意団体: n/a
監視理由: POI-10593-JPは最初に発見されたSCP-4321-JP実例であるSCP-4321-JP-001の制作者です。SCP-4321-JPの起源に関与している可能性が高く、収容下での調査が継続されています。
行動様式: POI-10593-JPはSCP-4321-JP感染者です。定期的なクラスB催眠処理によって症状の進行を抑制してください。SCP-4321-JP拡散の懸念および研究上の重要性から、POI-10593-JPはSCP-4321-JP特別収容プロトコルの例外としてサイト-8163居住ユニット特別区画に収容されます。研究、心理ケア、その他適切な理由での対話は可能ですが、必ず事前にSCP-4321-JP特別収容プロトコルを確認し、ミーム感染対策を徹底してください。なお、POI-10593-JPは原則として他者との交流を好まないことに留意してください。
背景情報: POI-10593-JPの自称する経歴は以下の通りです。
1995年7月17日生。京都市左京区北白川翡翠町在住。京都市立北白川中学校卒業。2011年3月15日、当時の同級生である三輪山晴子と左京区の琵琶湖疏水分線沿いを歩行中、三輪山晴子の消失を目撃。
以上の経歴は事実ではありません。確保当時のPOI-10593-JPは左京区北白川の自宅に実父と共に居住していました。実際の在籍校は京都市立近衛中学校でしたが、小学校4年生の時点から不登校状態であり、中学校には一度も登校していません。対人関係も実父との最低限のコミュニケーションを除いて皆無でした。
POI-10593-JPはSCP-4321-JPの構成要素を包含する架空の地域“北白川翡翠町”に関する詳細な(架空の)知識を有します。POI-10593-JPは、北白川翡翠町の地理、風景、三輪山晴子以外の住民、曜日ごとのゴミ回収日程、その他広範で雑多な事項に関する質問に淀みなく回答することが可能であり、かつ全ての回答は詳細かつ相互に無矛盾です。これは一般的なSCP-4321-JP感染者が同様の質問に対してしばしば返答に窮する、あるいは矛盾した回答を証言することと対照的です。
収容後の精密検査の結果、POI-10593-JPは全ての検査項目で正常の範囲に収まり、非異常のヒトであると判定されました。検査結果を受けてPOI-10593-JPのAnomalousアイテム指定は撤回され、要注意人物指定が承認されました。
SCP-4321-JPの起源はPOI-10593-JPの妄想であると考えられています。その一方で、SCP-4321-JPが異常性を獲得した経緯は依然として不明です。
インタビュー記録
2011/05/20
対象: POI-10593-JP
インタビュアー: 筒井博士
備考: インタビューはサイト-8163人型実体収容ユニット内の対話室で実施されました。筒井博士は当記録以前に、POI-10593-JPに対する計12回のインタビューを実施しています。
<記録開始>
[同伴の警備職員と共に対象が対話室へ入室する。筒井博士は対話室中央のテーブルに着席している。テーブルの上には2人分の紅茶とベーグルが用意されている]
対象: 失礼します。
筒井: お久しぶりです。1週間ぶりですか。どうぞお掛けください。
[対象が筒井博士の正面に着席する]
対象: 一体なんですか、このドーナツ。
筒井: いつも通りの長話では味気ないでしょう。たまにはお茶でもしながら、と思いまして。召し上がってください。ちなみにドーナツではなくベーグルです。
対象: はあ。それじゃあ、いただきます。
筒井: 前回の面談から、調子はいかがですか。
対象: そう言われても……普通です。やることもないし。
筒井: 例のアリクイは?
対象: 相変わらず。今ちょうど筒井さんの肩によじ登ってます。
筒井: それはそれは。私のほうも相変わらずです。はじめは気が散って仕方ありませんでしたが、もう慣れてしまいました。
対象: 晴子は見つかりましたか。何か手掛かりとか。
筒井: それはまだ……いえ、今日はそのことについて話しましょう。橿原さん、冷静に聞いてほしいのですが、私たちは未だ三輪山晴子さんに関する一切の情報を発見していません。
対象: はい……いや、それは前回も聞きました。要するに何も進展はないんですね。
筒井: そういった意味ではありません。文字通り一切の情報がないんです。戸籍、住民票、その他の記録も何ひとつ。捜す捜さない以前に、誰を捜せばいいのか解らない。そんな状況です。
対象: [沈黙]
筒井: 橿原さん。
対象: 何かそういうテストですか?
筒井: いえ、事実です。
対象: そんなわけないでしょう。変だと思いませんか?
筒井: 変だとは思っています。これまであなたから伺った三輪山さんの自宅住所も、通っていた学校も、そもそも地図に載っていません。それなのに、あなたの語る町や学校の様子はあまりに鮮明で矛盾がない。まるで現実そのもののように。
対象: だから、現実なんですよ。
筒井: 記録も情報も痕跡もなく、世界のどこを捜しても見つからない。そのようなものを私は現実とは呼べません。
対象: だとしたら世界が間違っています。筒井さんは夢でも見ているんですよ。晴子のいない世界が現実なわけがない。そんなものはでたらめです。
[両者沈黙]
筒井: どのように反論されようとも……三輪山さんに関する情報が何も見つからない、それ自体は本当です。ですが何かが引っかかってもいます。何か……奇妙なことが起きているのは確かなんです。
対象: ……すみません。言い過ぎました。
筒井: 構いませんよ。妙なアリクイを見続けて、お互い混乱しているんでしょう。
対象: もう口は挟みませんから……どうか捜してください。晴子のこと。何年かかってもいい。何十年でも待ちます。
筒井: ……こちらこそ、すみませんでした。話題を変えましょうか。
[以下、重要度の低い内容につき省略]
<記録終了>
2014/03/02追記: 2014年3月を以てPOI-10593-JPは若年収容者向け中等教育カリキュラムを修了する見込みです。このことを受けて、POI-10593-JPをレベル0職員として雇用する処遇変更案が提言されました。
倫理委員会を中心とした関係部門による協議の結果、財団への協力的態度や催眠処理による症状抑制が肯定的に評価され、POI-10593-JPの雇用の許可が決定しました。一方で三輪山晴子への執着傾向の持続が懸念材料となり、他者とのリアルタイムの会話を伴わないテレワークの事務作業のみ従事可能とする無期限の規定が設けられました。2014年4月以降、POI-10593-JPはサイト-8163所属のレベル0職員として低重要度事務作業への従事が予定されています。
2014/04/06追記: 2014年3月31日から4月3日にかけて、日本を中心とする世界各地において不明な原理による人間の消失事例が連続発生しました。4日間の消失者の合計数は約4600人に上り、そのうち658人が経過観察下のSCP-4321-JP感染者でした。その他の消失者についても未捕捉のSCP-4321-JP感染者であったと推定されています。また、消失者の中には13人の財団職員およびサイト-8163に収容されていたPOI-10593-JPが含まれます。
事例発生当時のSCP-4321-JP研究主任であった筒井博士は、一連の消失事例における最初の消失者でした。各種端末の記録から、筒井博士は3月31日午前2時30分頃にサイト-8163の居室にて消失したと推定されます。筒井博士の消失直後の居室には乱雑に散らばった研究資料、飲みかけの紅茶、食べかけのベーグル、起動したままのPC端末が残されており、PC端末上では文書ファイルの編集画面が開かれていました。当該文書ファイルの詳細について関係者から有意義な証言は得られず、筒井博士から他者への共有の痕跡も発見されませんでした。回収された文書ファイル全文を以下に引用します。
つまりはアリクイだったのだ。
四十億年の生命史は、作為なき反復と淘汰の中で実に12回にわたりアリクイという解に達した。蟻塚という微細にして濃密な複雑系の美味は、それほどまでに生命の神秘を魅了してやまない。ならば、蟻塚をも遥かに凌ぐ複雑性を湛えたシステム、人類の叡智圏に対して、同じき収斂の働かぬ道理があろうか。
叡智圏の外部から到来し、圏域にひしめくミームを啜食する形而上の獣。今、そのような存在を仮定しよう。彼らは張り巡らされた情報の網状構造に細長くうねる舌を挿し入れ、粘着質の唾液でミームの断片を絡め取り、無音の嚥下によって捕食を遂行する。彼らはあらゆる意味で全くアリクイではない。しかし彼らは形而上の領域において、アリクイという抽象的形態へと収斂した何者かには違いない。
人類が築いたミームの蟻塚。形而上の獣はそれを緩慢に、静謐に蝕んでいく。決して一挙に喰い尽くしはしない。彼らが捕食者としての合理性を備えるなら、都合のいい餌場を自ら崩壊させる愚は犯すまい。我々の蟻塚にはきっと、彼らの長舌に穿たれた穴が無数に空いている。我々はその穴を感知すらしない。何もない空隙と、空隙そのものすらない状態とは同義ではなく、我々は後者を視る目を持たず、後者を語る言葉を持たない。
しかし、POI-10593-JPにとっては違った。
彼女は我々とは別の現実を見ていた。彼女の世界は確かに妄想上の楼閣だったが、ただ現実ではないという点を除いて現実と識別し得ない妄想と、真の現実との間にいかほどの差があるだろうか。我々が真の現実と呼ぶ何かさえ、我々の認識上に浮かぶ像の背後に仮定されたフィクションに過ぎないというのに。彼女の世界は、すなわち精緻で透明なひとつの人工の現実であった。そしてそれは、螺子の1本でも欠ければ即座に色を失うような、脆弱な調和の下に象られていた。
然してあの日、渾沌たる蟻塚に埋もれて光る硝子細工が、腹を空かせた形而上の獣を魅了した。這い寄った舌はふたつとない螺子をひとつ掠め取り、不可視の穴と舐め痕だけを残して消えた。
SCP-4321-JPは叡智圏に穿たれた穴だ。それはこの圏域の要素ではなく、むしろ圏域の位相であり、ひとたび気付けば二度と見ぬ振りはできない。
彼女は穴を発見し、穴を見つめた。穴はやがて渦を生じ、渦に呑まれた我々は渦巻くミームもろとも廻り続ける。脱出の方途はない。引力に囚われて公転を続け、少しずつ中心へと引き寄せられる。ぬらつく細い唾液の痕が穴の中心へと伸びており、おぞましい獣がそこにいたのだと否応なく直感させる。そして穴の中心には何も見えない。
三輪山晴子はそこにいる。
筒井博士の推定消失時刻から約2時間後の午前4時22分、POI-10593-JPが収容室にて消失しました。消失時の監視映像記録を書き起こし、以下に掲載します。
監視映像記録
サイト-8163居住ユニット特別区画401収容室
2014/03/31
<再生開始>
[室内の照明は消灯している。POI-10593-JPは部屋の中央付近に立ち、向かって左を見ている]
POI-10593-JP: ああ。
POI-10593-JP: ああ。なんだ。
POI-10593-JP: そういうことか。
[POI-10593-JPが両手で顔を押さえる]
POI-10593-JP: それでよかったんだ。
[POI-10593-JPが真上を仰ぎ、そのまま8秒間静止する]
[POI-10593-JPが首を傾け、監視カメラを凝視する]
[POI-10593-JPが舌を突き出す]
[POI-10593-JPが消失する]
<再生終了>




