アイテム番号: SCP-4400-JP
オブジェクトクラス: Safe Neutralized
特別収容プロトコル: SCP-4400-JPはサイト-81YAの低脅威度物品収容ロッカーに保管されています。
SCP-4400-JP事象発生時の旧██駅の様子
説明: SCP-4400-JPは、一般的に「伝言板」1と呼称される黒板型の掲示板です。SCP-4400-JPは由来不明の意匠の入った白色チョーク1本と、黒板消し1個が付属しています。SCP-4400-JPへの書き込みは異常性を持たない通常のチョークでも可能ですが、後述の異常性が発現するのは付属のチョークで書き込んだ場合のみです。SCP-4400-JPは、発見場所である山形県の旧██線・旧██駅(以下、旧██駅)の壁から移動させる試みも失敗しています。
SCP-4400-JPは遺失物を記載する欄2へ過去に遺失あるいは滅失した物品の名称を書き込むことで異常性を発現させます。SCP-4400-JPへ書き込みを行った人物(以下、対象)は名称記載後、旧██駅のホーム及び線路のみが存在する異空間(以下、SCP-4400-JP-A)に移動します。この時、対象以外の人物からは対象が瞬時に消失したように見えます。SCP-4400-JP-A内への移動後、対象が一定の行動を取ることで名称を書き込んだ物品を獲得することができます。発生事象の具体的な進行過程は以下を参照ください。
SCP-4400-JP事象の進行過程
降雨の発生: 対象がSCP-4400-JP-Aへ移動すると、空間内で激しい降雨が発生します。降雨の間、雨水は地面に浸潤することなく地表に溜まっていきます。
列車の出現: 雨水が線路の高さ付近まで溜まると、雨が止み快晴になります。その後、旧██線上り方面から日本国有鉄道3の電車が1両出現し駅へ進入します。電車が停車すると、ホーム側のドアが開き乗車が可能になります。列車内に別の乗客が乗車していた例はありません。対象が電車に乗り込むと電車は発車し次の過程に進みます。なお、対象が乗り込まずに3分以上が経過すると電車はドアを閉めて出発し、当事象は終了します。
ドローン撮影したSCP-4400-JP事象発生時の線路。この地点より先は線路が完全に水に沈みます。ドローンではこの地点より先に進むことができませんでした。
車掌の出現: 運転室から日本国有鉄道の制服を着用した人型実体が出現します。当実体は自身を、列車の車掌であると名乗ります(以下、当実体を「車掌」と呼称)。車掌は対象に切符を手渡し、望むならばSCP-4400-JPに書き込んだ物品を受け渡すこと、対価としてエピソード記憶を喪失すること、切符を切ることで契約が成立したとみなされ、遺失物を手に入れられることを対象に進言します。この提案は断ることが可能です。対象が記憶の喪失に了承し、切符を車掌に手渡すと次の過程に進みます。
SCP-4400-JP事象の終了: 車掌が出現させた遺失物を対象が保持すると電車は旧██駅に到着します。到着後、電車の扉が開きホームに下りることが可能になります。ホームに下り立った瞬間に対象はSCP-4400-JP-A内での記憶と先述の対価としてエピソード記憶を喪失します。なお、一つ前の過程で提案を拒否した場合は、SCP-4400-JP-A内での記憶のみを喪失します。
当事象で得た遺失物は、対象が遺失した物体と同一であることが判明しています。また、遺失物が原型を留めていない状態で滅失している場合は、滅失前の状態で出現します。車掌がどのような方法で同一の物品を用意しているのかは明らかになっていません。
車掌は一般的な成人男性と同等の知性を持ち合わせているとみられ、通常通りコミュニケーションを取ることが可能です。車掌の出自および個人情報の一切は不明です。
発見経緯: SCP-4400-JPは解体作業中の旧██駅より「動かせない掲示板がある」との通報を受け発見に至りました。SCP-4400-JPの主要な異常性が確認されたのは、2016/6/18にエージェントによって実施された実験の際でした。旧██駅構内にエージェントのみを滞在させ、予めランダムに抽出した単語をSCP-4400-JPに記載させたところ、「絵本」と記載した時点でSCP-4400-JP事象が発生しエージェントの視認が不可能になりました。
以下は当時実験にあたっていたエージェント・千堂によるSCP-4400-JP-Aの初期探査記録です。
探査者: エージェント・千堂
備考: SCP-4400-JPに「絵本」と書き込みをしたところ、SCP-4400-JP事象が発生しました。エージェント・千堂には小型カメラ、音声記録装置、通信機を保持しています。なお、SCP-4400-JP事象の発生直後、通信は途絶しています。
<記録開始>
[エージェント・千堂によるSCP-4400-JP-A内の状況説明。激しい降雨の音が背後から聞こえている。数分後、電車が旧██線上り方面より進入。エージェント・千堂は車内へ進入する]
エージェント・千堂: 車内に入りました。一見すると、一般的な車両と変わりはありません。外の様子ですが、先ほどまでの豪雨とはうって変わって非常に穏やかなものとなっています。当駅は山に囲まれていたはずですが、それらが全てなくなり地平線の先まで水で満たされています。まるで海の上を走っているような感覚です。車内は私以外誰も乗車していません。
[車両内の探索中に車掌が車掌室から出現する]
エージェント・千堂: 人型実体の出現を確認しました。接触を試みます。
[エージェント・千堂の前に車掌が到着する]
エージェント・千堂: こんにちは。
[車掌は挨拶に反応せず、切符と思しきものをエージェント・千堂へ差し出す]
エージェント・千堂: これは。
車掌: 切符です。電車に乗るのは初めてですか。
エージェント・千堂: 切符は分かりますが、なぜ私に。
車掌: 説明が必要ですか。
エージェント・千堂: ええ。お願いします。
車掌: 分かりました。切符の前にこの電車の説明をします。この電車は皆様の手から離れてしまった「なくし物」のお届けを目的としています。今回貴女は「絵本」とお書きになりましたので、そちらをお届けします。ここまで何か不明な点は。
エージェント・千堂: 私が今までになくした「絵本」はいくらでもあると思うのですが、それが全て出てくるのでしょうか。
車掌: お望みならば可能ですが、私の仕事はあくまで貴女が望んだものをお渡しすることです。その辺りは貴女の話を聞いてみないことには。
エージェント・千堂: 分かりました。もちろん料金あるいは対価はかかりますよね。
車掌: はい。なくし物を得るために必要な対価は思い出です。「エピソード記憶」と申した方が良いでしょうか。その思い出を幾ばくかいただきます。いただく思い出は一律ではありません。なくし物に込められた思いの強さに応じて量が変わります。思い入れの弱い物ならばいただく量は少なく、大事に思っていた物ならば多くなります。
エージェント・千堂: 自転車の乗り方のような「手続き記憶」が消えることはないと考えてよいですか。
車掌: はい。そして、先ほど貴女に渡した切符。それを改札鋏で切ると契約成立となります。
エージェント・千堂: なくし物の持ち帰りを断ることはできますか。
車掌: 可能です。大体の方が辞退されます。何故かはよくわかりませんが。辞退されてもこの電車に乗っていた記憶はいただきます。乗車料金です。以上がこの電車の仕組みです。
エージェント・千堂: ここから戻る方法は。
車掌: 切符を切るか辞退されれば、電車は元の駅に戻ります。決めていただくまでこの電車から出ることはできません。もっとも飢えはしませんので何日悩んでいただいても構いません。
[車掌は一度手元の手帳に目を移し、すぐにエージェント・千堂に視線を戻す]
車掌: ご所望の絵本は。
エージェント・千堂: 見てから決めることはできますか。
車掌: 可能です。
エージェント・千堂: では、私が小学生の時になくした絵本を1冊。どれにするかはお任せします。
[車掌は無言で運転席へ移動する。エージェント・千堂は音声記録装置に顔を近づける]
エージェント・千堂: 車掌は終始無表情で対応も機械的に感じます。成人男性程度の知性を持ち合わせているように見えますが、人型の機械である可能性もあるかと。
[1分後、再びエージェント・千堂の前に戻り、1冊の本を手渡す]
車掌: いかがでしょう。
エージェント・千堂: 『はらぺこあおむし』4ですか。私が描いた落書きまで……。
車掌: どうしますか。
エージェント・千堂: 今回は遠慮させていただきます。
[エージェント・千堂は絵本を車掌に手渡す]
車掌: そうですか。では、失礼します。
[車掌は車掌室へ戻る。SCP-4400-JP-Aは速度を落とし、旧██駅のホームに進入する。エージェント・千堂はホームに降りる]
<記録終了>
補足: 帰還後、記録された映像をエージェント・千堂に確認させたところ、出現した絵本はエージェント・千堂が所持していた絵本と同一であるとの証言を得ています。なお、エージェント・千堂が所持していた絵本は、本調査の12年前に廃棄されていることが明らかになっています。
補遺1: 初期探査の結果を受け、SCP-4400-JP-A内の探索にはDクラス職員を用いることとなりました。これはSCP-4400-JP-Aへ乗車した際のエピソード記憶の喪失が機密漏洩に繋がる可能性が考えられたためです。様々な条件を検討した結果、D-13456が選定されました。
探査者: D-13456
備考: D-13456には物品リスト5の中からランダムになくし物欄へ記載すること、ホームに電車が到着したら乗り込み、車掌へ既定の質問をすること、物品を提示された場合は持ち帰りを拒否するように指示しました。SCP-4400-JPが「手紙」と書き込みをしたところ、SCP-4400-JP事象が発生しました。D-13456には小型カメラ、音声記録装置、通信機を保持させています。なお、SCP-4400-JP事象の発生直後、通信は途絶しています。
<記録開始>
[形式的な説明が続いたため省略]
窓外の様子。旧██駅周辺の天候とほぼ一致。
D-13456: なあ、いくつか聞いてもいいか。
車掌: どうぞ。
D-13456: 例えば俺が「バーミヤン大仏6を出してくれ」といった場合どうなる?
車掌: 出せます。
D-13456: まじかよ。
車掌: 重量がありますからお持ち帰りは難しいと思いますが。
D-13456: そういうのは出せないって言うんだよ。四角四面かよ。
車掌: もっとも、思い入れが極端に弱いものは基本的にお断りします。
D-13456: 最初からそう言え。どれだけデカくても物であれば出せる感じか?
車掌: はい。物理的な実体があれば可能です。
D-13456: なるほどな。なくし物はなくす直前の状態で出てくるのか?
車掌: いえ、ある程度機能する状態まで遡ったものをお渡しします。
D-13456: はー、随分手厚いこって。ええと、あと聞かなければいけないことは何だったか。ああ、そうだ。なんで雨が降ってたんだ。電車も水の上を走ってるし。
車掌: 不思議な現象だと思ってもらうためです。
D-13456: 何言ってんだ?
車掌: 雨の日に不思議なことが起きるというイメージはありませんか。
D-13456: 伝承的な話か? 確かに雨の日に神隠しが起こりやすいという話や、不可解な現象が起こるから雨の日に出かけない風習を持つ集落があるとは聞くけどな。
車掌: お詳しいですね。
D-13456: 大学で少しな。んで、それが何だって言うんだ。
車掌: 時折いらっしゃるのです。車内の記憶をおぼろげながら持ち出せてしまう方が。車内の記憶を外に出されるのは我々としても都合がよくありません。しかし、その舞台が雨の中、水の上を走る電車だったとすればどうでしょう。あまりにも不思議な場所のため夢だったのではないかと思う方が大半でしょう。
D-13456: なんともロマンのない回答だ。[数秒沈黙]今我々といったな。お前ひとりではないのか。
車掌: はい。私は雇われの身でして。もっとも私の雇い主のことはとうに忘れてしまいましたが。憶えているのは記憶を集めること。その記憶がこの車両の燃料になっていることのみです。
D-13456: 電車動かすための対価としてバーミヤン大仏出せるのは確実に費用対効果と見合ってないだろ。まあなんだ、お前も大変なんだな。何考えてっかよく分からねえ奴だが。
車掌: さて、本題に入ります。貴方がご所望の手紙はこちらですよね。いかがしますか。
[車掌の掌の上に手紙が確認される。互いに数秒沈黙]
D-13456: えらく準備が良いじゃないか。
車掌: 貴方がなくしたことのある手紙は一つだけです。
[数秒沈黙]
D-13456: 今回はやめておく。
車掌: そうですか。では、失礼します。
[車掌は車掌室へ戻る。SCP-4400-JP-Aは速度を落とし、旧██駅のホームに進入する。D-13456は車掌室を一瞥した後、ホームに降りる]
補足: 帰還後、記録された映像をD-13456に確認させたところ、出現した手紙はD-13456が過去に所持していた手紙と同一であるとの証言を得ています。なお、D-13456が所持していた手紙は、本調査の5年前に滅失していることが明らかになっています。
インシデント記録4400-JP: 20██/██/██、SCP-4400-JPを用いた実験の中で、D-13456が予定外の物品名を記載しSCP-4400-JP事象を発生させました。以下は、D-13456に装備させていた記録装置に記録されていた探査記録です。
<記録開始>
[SCP-4400-JP内の探索中に車掌が車掌室から出現する]
D-13456: よお、久しぶりだな。
[車掌は挨拶に反応せず、切符をD-13456へ差し出す]
D-13456: 渡さなくていい。さっさと切ってくれ。
車掌: それはできません。
D-13456: 何故だ。知っての通り俺が書いたなくし物の名前は「いおり」だ。そして、俺がなくしたことのある「いおり」は一つだけ。説明は要らないだろ。まさか俺が昔に住んでいた仮小屋みたいな小さくて粗末なあの家を庵いおりと表現した可能性があるとでも思ったか?
車掌: はい。
D-13456: 残念ながらそこまで古典文学にかぶれた人間ではないのでね。分かってんだろ、早く切れよ。
車掌: それはできません。
D-13456: 何故。
車掌: 物品に限るとお伝えしたはずですが。
D-13456: いや、物理的に実体があったものは出せると言っていたはずだ。杓子定規のお前がそこをあいまいに伝えるはずがない。ならば、こいつも例外ではないだろ。それに現に電車が来ている。出せないものを掲示板に書いたら反応しなかったこの電車がな。これが何よりの証左だ。
車掌: 思い入れが強すぎる場合はお断りしていますが。
D-13456: 別にいいだろ。お前らの取り分が多くなるだけだ。
車掌: できません。規則で決まっています。
D-13456: 融通の利かねえ奴だ。規則とやらを決めた飼い主のことすら憶えていないくせに。
[互いに数分沈黙]
車掌: 認識の齟齬があるとよくありません。貴方のなくした「いおり」について貴方の口からお話しください。
[数分沈黙]
D-13456: まあ、こいつらにも聞いておいてもらわないと後の処理が大変だからな。きっちり全部話してやるよ。
[D-13456は記録装置を指で軽く叩く]
D-13456: 「いおり」は俺の大学の後輩だ。誰とでも打ち解けることのできる良い子だった。余計なことばかり言って周囲に疎まれていた俺とは違ってな。俺と同じ民俗学を専攻していてでゼミの教授も同じ。不出来な俺とは違い、研究熱心で教授陣の覚えも良かった。俺とは真逆の存在で、正直なところ苦手な存在だった。
D-13456: 彼女は蝶よ花よと育てられていたせいか、彼女には何にも指摘言わない雰囲気ができていた。どう考えても直した方が良いことに関してもな。だから、俺はそんなところを見つけては目ざとく指摘していた。実際に直した方が良いという老婆心もあったのかもしれないが、今考えればあれは単なるやっかみだった。
D-13456: ただそんな俺の態度をよそに、いつの日か彼女は俺のフィールドワークについてくるようになった。後学のためと言ってはいたが、俺の研究していた分野は民俗学の花形からはほど遠い。しかも、小姑のようにネチネチと言ってくる人間とだ。不思議でならなかった。だが、悪い気はしなかった。
D-13456: 事実、彼女とのフィールドワークは良いことばかりだった。単刀直入にしか物を言えずトラブルの多かった俺の代わりにうまく相手との関係を取り持ってくれた。予習もばっちりしてくる。考えがまとまらない時も夜通し付き合ってくれた。そして何より楽しかった。このままずっと一緒にいて欲しいと思った。
窓外の様子。旧██の日没時刻と一致。
D-13456: だが、この関係はすぐに終わりを迎えた。彼女の乗っていた船が航路途中で座礁し沈没したんだ。彼女の研究のフィールドワークのために海外へ向かう途中だった。あまりにも沖合での事故だったから、遺体は一つも揚がらなかった。今も行方不明扱いのはずだ。
D-13456: 葬式には行けなかった。後悔していたんだ。俺とのフィールドワークで時間を取られたせいで、自分の研究にわざわざ危険なところを選ばなければならなかったのではないか。ずっと研究を手伝うように言っていればこんなことにならなかったのではないか。危険なところに行く前に自分の気持ちを伝えておくべきだったのではないかと。何週間も部屋から出られなかった。
D-13456: 後日あの子の親御さんから1通の手紙を渡された。封はされたままだった。直感で遺書だと思った。彼女のフィールドワーク先は海外や山奥の危険な場所が多くいつ死んでもおかしくなかった。だから、出かける前には必ず遺書を書いておくのだと言っていたし、もう一つ思い当たる節もあった。
[電車内の白熱灯が点灯する]
D-13456: 手紙はやはり遺書だった。冒頭に俺の専攻である「遺書」の民俗学研究のためにこれを役立ててほしいと書かれていた。その後の内容も鮮明に覚えている。自分は親や周囲から褒められるばかりで、人からとやかく言われることが少なかった。そんな中、遠慮することなく初めてまっすぐに自分の悪いところを指摘された。自分をしっかり見てもらえる人に初めて会えたように思えて心に残った。それがきっかけでフィールドワークに着いていくことにしたと。一緒にいるうちに俺がどんな人間か理解できるようになった。人たちから貰ったものを捨てられずにすべてしまって、人の直すべきところを放っておけずすべて指摘してしまうような実直でまっすぐな人間なのだと。そこに徐々に惹かれていったことを。
D-13456: 俺が彼女に気があることはそれとなく気が付いていた。だから、俺からその気持ちを言ってもらえるまでずっと待っていたと。俺の気を引くため、俺に止めてもらうためにあえて危険な場所へフィールドワークに行っていたのだと。
D-13456: こんなところで自分の気持ちを伝えるべきではないことは重々承知だが、どうしても最期に知っておいてほしかった。こんなことを書いておいてわがままかもしれないが、私には縛られてほしくない。だから、私のことは忘れて、と。
[太陽光が届かない時間となり、窓外は暗闇に包まれる]
D-13456: 約束通り忘れていたつもりだった。だが、あんたにあの手紙を見せられてからずっと頭から離れねえんだ。忘れるために形も分からないほどバラバラにしたはずのあの手紙のことが。事実、電車のことは覚えてなかったのにあの手紙のことだけは何故か覚えていた。不用心に見せびらかしたお前の負けだよ。残念ながら諦めることはできない。甘んじて受け入れてくれ。
[数分沈黙]
車掌: やはりできません。思い入れが強すぎます。ご存じかと思いますが、思い入れの強さに応じて失う思い出の量が増えます。貴方はまだお若いので、これまで積み上げた思い出の量では全く足りません。
D-13456: ならこれからの思い出もお前らにやるよ。あいつが死んでからの数年間俺は死人同然だった。自暴自棄になった結果、こんなところでモルモットをやることになるほどにはな。俺の思い出なんぞあいつを蘇らせるには安すぎる代償だ。それに、これでようやくあいつとの約束を守れることになる。
[車掌は数分思案した後、車掌室へ戻る。1分後、車掌は女性を抱えて車掌室から出現し、女性を床に降ろす。D-13456は女性を抱きしめる]
D-13456: すまなかった、次は僕が苦しみを受ける番だ。どうか許してほしい。
[D-13456がすすり泣く音のみが記録される。数分後、D-13456は車掌へ目を向ける]
D-13456: 最後に聞いておくが、お前は大丈夫なのか。規則違反なんだろ。
車掌: おそらくこれが私の最後の仕事となることと思います。
D-13456: 本当にいいのか?
車掌: そろそろ転職でもしようかと思ってましたから。
[車掌が切符に改札鋏を入れる。電車は速度を落とし、旧██駅のホームに進入する。電車のドアが開く。D-13456は車掌を見続けている]
D-13456: そうか。色々無茶を言ってすまなかった。元気でな。
[D-13456は女性を抱える]
車掌: 最後に一つだけ。
[D-13456は車掌を振り返る]
車掌: ほんの少しだけ料金をおまけさせていただきました。
[D-13456は軽く笑う]
D-13456: とんでもない規則破りしてるくせにそこは少しなのかよ。どうせならどーんとおまけしてくれよ。ま、あんたらしいが。
[D-13456はホームに降りる]
<記録終了>
当インシデント後、D-13456および当該事象で出現した女性(SCP-4400-JP-Bと指定)が意識を失った状態でホーム上に倒れているところを発見されました。発見から1日後、SCP-4400-JP-Bは意識を取り戻しましたが、D-13456は意識を取り戻していません。
SCP-4400-JPは当インシデントの直後、設置されていた旧██駅の壁から落下している状態で発見されました。また、SCP-4400-JPを用いて実験を数度実施しましたが、SCP-4400-JP事象が発生することはありませんでした。以上のことから、SCP-4400-JPは無力化されたものとみなされています。
SCP-4400-JP-Bは現在は標準人型収容施設で保護されています、SCP-4400-JP-Bの処遇については現在検討中です。
補遺3: D-13456が意識を取り戻しました。身体検査の後D-13456に対してインタビューが行われました。なお、本インタビューはD-13456に対する定期診断の名目で実施することとし、例外的にD-13456の本名で呼びかけを行うこととしています。
<記録開始>
エージェント・千堂: ███さん7、お加減はいかがですか。
[D-13456は反応を示さない]
エージェント・千堂: ███さんの診察担当の者です。
[D-13456は反応を示さない]
エージェント・千堂: 記憶を保つことが困難であると伺ったため筆談用の道具をご用意しました。今から質問を記載しますのでご記入をお願いします。
[D-13456は反応を示さない]
[エージェント・千堂が「何か覚えていることはありますか。」と紙に記入。ペンと共にD-13456へ渡す。]
[D-13456は数秒思案した後、ペンをつかみペン先を自身に向ける。エージェント・千堂がD-13456の腕をつかみ、ペンを回収する]
エージェント・千堂: ペンの貸与は危険であると判断し、タブレット端末での聴取に変更します。
[エージェント・千堂はタブレット端末に「診察担当です。」と表示しD-13456に見せる。D-13456はタブレット端末を見つめている]
D-13456: 貴女は誰ですか。
エージェント・千堂: ███さんの診察担当の者です。
D-13456: ███。ああ僕の苗字なんですかね。言っている間に忘れましたが。
[エージェント・千堂はタブレット端末に「診察中」と記載し、口頭でのインタビューを続ける]
エージェント・千堂: 今のお気分は。
D-13456: 気持ち悪いです。目の前のものの使い方が分かるのに使った記憶がありません。私の口から出ている言葉から推測するに、ほんの少しは覚えていられるようですが何も残りません。頭の中のことが砂のようにさらさらと流れ出ているような感覚です。
エージェント・千堂: なるほど。
D-13456: あの、診察中ということは貴女は診察担当の方ですよね?
エージェント・千堂: はい。
D-13456: 僕を死なせてもらえませんか。
エージェント・千堂: 駄目です。
D-13456: この部屋、死ねそうなものが何もないんですよ。ご丁寧にこの机も角が保護されてますし。
エージェント・千堂: 駄目です。苦しいでしょうが生きましょう。貴方を待っている人が……
[D-13456が机を強打する]
D-13456: いたとして覚えていられないんですよ。何の意味があるんですか。その人のためにずっとこの気持ち悪さを抱えて生きていけと言うのですか。記憶という概念は知っているのにどうやったら記憶ができるのか分からないこの状態で。じゃあ、会わせてくださいよその人に。僕が説得しますよ。
[D-13456は頭を抱える]
D-13456: 僕は今何で怒りの感情に支配されてるんですか。何があったんですか。貴女のせいですか? 貴女、診察担当の方なんですか? じゃあ、なんでこんなことになってるんですか。ちゃんと診察してくださいよ。ずっと気持ち悪さは消えなくて、おまけに理由の分からない怒りの感情も沸いてる。貴女、診察担当の方なんですか? ちゃんと診察してくださいよ。
[互いに数分沈黙]
D-13456: あの、貴女は診察担当の方ですよね?
エージェント・千堂: はい。
D-13456: さっき私に「おまけ」って言いました?
エージェント・千堂: いいえ、███さんがご自身でおっしゃっていましたね。
D-13456: そうですか。勘違いかもしれないのですが、どこかの誰かが「おまけをしておいた」と、そんなことを僕に言っていたような気がするんです。
エージェント・千堂: 本当ですか。記憶をよみがえらせるきっかけになるかもしれません。焦らなくて結構です。ゆっくり思い出しましょう。
[数分沈黙]
D-13456: いおり? 貴女はいおりさんですか?
エージェント・千堂: いいえ、違います。
[エージェント・千堂はタブレット端末に「担当:千堂はるか」と追記する]
D-13456: 「いおり」。何故か頭に残っています。何か大事な名前。そんな気がします。
エージェント・千堂: ███さんが苦しみながらも思い出すことのできた名前です。きっと貴方にとって大事な名前のはずです。
[D-13456は数十分思案する様子を見せた後、大声を上げて笑い出す]
D-13456: 分かりましたよ、先生。
エージェント・千堂: 何か思い出せましたか。
D-13456: 完全に理解できました。一般的に「いおり」には粗末な家などといった意味があったと思います。ですが、それが記憶に刻まれるほど大事なものだとは思えない。人名と考えるのが自然です。私にとって最も大事な人の名前が頭の中に刻まれていたわけです。ならば、答えは簡単ですよね。
[D-13456はエージェント・千堂に向かって満面の笑みを浮かべる]
D-13456: 「いおり」は僕の名前ですよ。
[D-13456は大声を上げて笑っている]
D-13456: いやあ、なんでこんな簡単なことにすぐ気づけなかったんだ。僕の名前以上に大事なものがあるわけないじゃないですか。思い出せて良かった。ああ、何だか気が楽になってきました。貴女は診察担当の方ですか? 本当にありがとうございます。「いおり」、良い名前だ。大事な大事な僕の名前。もう、絶対に忘れない。
<記録終了>



