SCP-4449
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アイテム番号: 4449
レベル2
収容クラス:
safe
副次クラス:
none
撹乱クラス:
keneq
リスククラス:
warning


特別収容プロトコル: SCP-4449は標準的な低脅威度ヒト型実体収容セルに収容されます。

SCP-4449はその心理的健康の維持ならびにその過去及び異常特性に関するさらなる情報の取得のため、週例インタビューを受けなければなりません。「川本大助」による犯罪行為または日本国東白川村の現状についての言及には特別の精査が行われます。

説明: SCP-4449は全長1.8メートルの人間を模した生きた案山子であり、伝統的な武士の陣羽織のほか、兜や総面1を含むラメラー・プレートアーマー一式を装着されています。

SCP-4449の胴体部は綿や藁を詰め込まれた袋地の麻布で構成されています。この素材は摩耗・損傷しやすく、異常な耐久性を一切示しません。衣服や防具についても同様です(かつ取り外し可能です)。しかしながら、SCP-4449の胴体が損傷を被ったとしても、布地・麻紐・その他の詰め物といった非異常性かつ容易に入手可能な素材を用いて修復または置換が可能です。この素材の可換性及び新しい素材との異常な接着力は、SCP-4449がその経年数に反して実用可能状態を維持し続けている所以とみられています。

加えて、SCP-4449は自重を上回る約14キログラムもの防具を身に着けているにもかかわらず、直立・平衡状態を保つ事が可能なほか、本体の低質量と生体機能の欠如に反して、体格の恵まれた健康な成人男性の最大筋力・瞬発力に概ね相当する、115キログラムもの荷重を持ち上げたり動かしたりする事が可能です。SCP-4449は戦闘能力を有するほか、江戸時代の剣術ならびに棒術2に関する深く詳細な知識を有する事が証明されており、その実力は公認の組手試合において各武道における財団の達人と充分互角に亘り合い、時折勝利さえするほどです。

SCP-4449は知性を有し、江戸時代相当の日本語を話す事が可能ですが、SCP-4449に発声器官が欠如しているばかりか、マスク部分を除けば顔そのものが存在しないため、物理的にどのように発声が行われているかは不明です。SCP-4449の性格は主として温和で礼儀正しく、社交的かつ敬意を重んじ、やや仰々しく頑固な面があります。

SCP-4449は自身の肉体構成が非人間的である点を自覚しており、(SCP-4449自身の言によれば)1799年に東京(当時の名称は江戸)の郊外で生誕し、徳川幕府3に直属の兵士兼参謀として仕えた武士、川本大助の亡霊であると主張します。さらに、自身の子孫と、その子孫らが指導者や番人として生活する村に奉公し続けるために、自身の霊魂は1888年の自身の死の直後に魔術的儀式によって現在の依代に移されたのだと主張します。加えて、SCP-4449は自らの霊体化により他の霊魂の知覚と意思疎通が可能になり、この能力を村民を定期的に脅かす妖怪4と闘うことに用いていると断言しています。

歴史と発見: SCP-4449は日本国岐阜県に位置する小村、東白川村から回収されました。

東白川村民からの証言によれば、SCP-4449の存在は1世紀以上にわたり村民にとって公知の事実であり、村の記録にはSCP-4449を大きく取り上げた写真や文字情報が大量に残されており、最古の記録は1893年にまで遡ります。村の隔絶性・公共交通網の少なさ・いかなる来訪者にもSCP-4449について言及する事を避けるべきという村内コミュニティにおける暗黙の了解により、当該実体が堂々と居住区を闊歩する様子が2006年4月22日にインターネット上に投稿されるまで、財団はその存在に気付かずにいました。

東白川村民はSCP-4449の存在を受容しており、当該実体が村の中心部ないし周辺地域を見回る際、気兼ねなく挨拶や会話を交わしている様子でした。複数名の村民に対し行われたインタビューにより、村の全住民がSCP-4449を奇妙な存在ではあるものの無害で気の利く、好ましい存在だとさえみなしている事が判明しました。少数の老年の村民はSCP-4449こそ来世の存在証明であり、村民の篤い信仰心に報いて悪霊から村を守るために遣わされた聖なる父祖とまで言い張りました。しかしながら、人口の大多数はSCP-4449の主張にあるような妖怪との闘いの形跡を目撃しておらず、SCP-4449を一種の妄想癖の霊に過ぎないものと考えていました。

とは言え、東白川村の一般市民及び地方自治体はSCP-4449と親密かつ好意的な関係を保ってきました。村民らはSCP-4449が望む限りどの場所へでも移動する事に異を唱えず、時折供え物をし、自宅に招き入れさえしました。SCP-4449は、村の周囲の森林を巡回していない時、共同体内でのいかなる人助けも引き受けていました。記録によればSCP-4449は多数の村民と共に以下の仕事に参画しています。

  • 警察の仕事。東白川村駐在所と連携して軽犯罪者(主に未成年による器物損壊や拘留中に脱走を試みた万引き犯)を逮捕したり、書類整理やその他雑務を手伝ったりした。
  • 消防団活動。勤務中、SCP-4449は取り残されたり怪我を負ったりした人々を救助すべく、燃えやすい案山子の体にもかかわらず、炎上する建物内に突入した。
  • 清掃活動。SCP-4449は各所で行う仕事と並行して、村中の様々な公共施設を掃除する夜間清掃員でもあった。
  • 代用教員。SCP-4449は、病気あるいはその他の理由で不登校となった東白川村の小学生たちの教師の役割を自発的に買って出た。この立場におけるSCP-4449は(歴史を顕著によく学ばせようとはしたものの)国語や基礎的な算数といった教科を教え、学校施設における放課後の武道教室に協力したり指導したりした。
  • 一般労働及び補修作業。SCP-4449は村民らに手を貸して雨漏りの修繕・塗装・薪割り・窓ガラスの張替え・草刈り・落葉集め等の様々な仕事を行なった。
  • 鳥類を追いかけ、穀物から遠ざけたり田畑から追い出したりした。

このような行いの結果、SCP-4449は村民や地方公務員らの大多数から高い尊敬を集めていました。とりわけ子供から人気があり、親しみを込めて「かかしさん」5と呼ばれ、大人の目の届かない場合にも日常的に遊び相手となっていました。

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版画による川本大助の肖像画。歌川国芳筆、1855年頃。

財団歴史調査員は、川本大助という名の武士が江戸時代末期に実在していたとする確固たる記録及び文字情報を発見しました。当該人物に関する情報には欠落がありますが、記録上の生年は1799年、死没年は1888年、かつ職業は兵士兼参謀とのことであり、SCP-4449の主張との一致が確認されています。

しかしながら、川本について詳細に言及した全ての文字情報では、その出典に関わらず、一貫して川本を残酷非道な悪名高い男と断言しており、無差別虐殺者との悪評が強く、戦場での高い指導力に対する人々の尊敬の念は皆無であったと述べられています。川本の一際高い身長・痩せこけた相貌・無口で無感情な性格・流血沙汰を好むとの噂から、こういった記述において彼はしばしば「血塗れの死刑執行人」または「がしゃどくろ6」の異名で呼称されます。川本は幕府への奉公期ならびに一連の戊辰戦争7の全期間において数々の戦争犯罪や残虐行為に及んだとされ、その中には田畑への放火・快楽目的の拷問や囚人の虐殺・敵兵への葬儀の拒否・非戦闘員の連続殺戮が含まれます。顕著に多く記述されているのが、幕府に反逆した者の子供に対しても頑として容赦をしない川本の性格についてであり、これは彼の同士や同僚からも非難や反感を買ったとされています。

川本の死に関する具体的な事柄は不明ですが、僅かに存在するデータから引き出される歴史家たちの共通意見によれば、彼は新政府軍に捕らえられた後に首都圏から逃れて身分を装い、田舎での隠遁生活に余生を費やしたと結論付けられています。彼の素性は死の直後に明らかとなったことが少数の記録にて証言されており、それによると彼の遺体は近傍の神道の一宗派の神官らに引き取られ、生前の罪を贖う意味で火葬されました。ところが、川本の墓及び遺骸の場所は特定されておらず、それらについての記録も未確認のままです。

SCP-4449は財団職員に対し快く協力しますが、唯一の例外として収容からの解放を礼儀正しくも断固として要求し続けており、自身の不在により村が人食い妖怪に対し無防備になっていると主張しています。非異常手段と魔術的手段の双方による監視を10年以上経たものの、東白川村周辺にはSCP-4449の発言にあるような存在は一切検出されませんでした。加えて、SCP-4449はインタビューの間は従順かつ非常に誠実で、矛盾なく証明可能な情報を提供していますが、人間に対する何らかの不道徳または不品行な行いに加担した事を話したり、認めたり、肯定したりした例は一切ありません。こういった供述を行わない理由は、追加聴取の実施まで不明のまま申し送りとしています。

補遺4449-01: 2017年10月31日、国勢調査の集計後、日本政府に潜伏していた財団エージェントが東白川村に関するデータに統計学上あり得ないほどの憂慮すべき値を発見しました。

2006年以降、東白川村の人口に対する有病率は一貫して増加しています。2017年後半現在、東白川村の感染症・遺伝子疾患・統合失調症・重度の抑鬱障害・自殺・癌・乳児死亡診断の各割合が国民1人あたりの平均値の5倍以上に跳ね上がっており、東白川村の10倍の人口を有する他町で記録された総増加率を上回っています。村の凶悪犯罪率も大幅に上昇し、窃盗・誘拐・性暴力・育児放棄及び児童虐待・家庭内暴力・殺人の全てにおいて先例のない水準で増加し、村のこれまでの歴史上の記録を遥かに超えています。投獄・移住・死亡の同時発生により、東白川村の定住人口は2006年の2677人から11年で1004人にまで落ち込みました。

この異常事態についての正確な、または立証可能な説明、及びこの現象とSCP-4449の収容との明らかな相関関係は日本政府からも財団からもなされていません。SCP-4449の状態に変化はありません。質問に際し、SCP-4449は東白川村の情勢には気付いていなかったと発言し、財団の収容からの即時解放を要求した上で、今や自らが村の「唯一の希望」であり、自身の幽閉が続くのであれば、じきに東白川村ひいては日本全土に災厄が降りかかるだろうと主張しました。本要求は拒否されました。

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