
SCP-4779。
アイテム番号: SCP-4779
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-4779は公共アクセスから封鎖されています。SCP-4779からの回収文書を研究するために、サイト-248がSCP-4779の近隣に設立されました。非現実部門及び外宇宙事件部門の職員は、要請に応じてこれらの文書の書き起こしを閲覧することを許可されています。
説明: SCP-4779はイギリスのノーフォークにある浜辺です。夜間または曇天時に、ガラス瓶が不定期に海面下に出現し、SCP-4779に漂着します。これらのガラス瓶にはいずれも紙片や羊皮紙のメモが封入されています。
これらのメモは多種多様な形を取ります。最も一般的なタイプは、手書きの手紙や日記のページ、未知の形式のSCP文書、小説や戯曲の抜粋です。文書間に特段の一貫性は見られませんが、特定の事件や人物について複数回言及されています。言及される事件、歴史、人物はベースライン現実のそれと大きく異なります。
以下はSCP-4779から回収された6枚の文書をまとめたものです。
共に庭を歩いている。マバッドは明らかに強い不安を抱いている。サラはふざけ半分に同行者の気まずげな様子をからかい、楽しんでいる。
サラ: カイロについてもっと話してよ。あんたっていつも無口よね!
マバッド: それはですね、フランク人の — いや、“イギリス人”のお嬢さんの感性では、我々の暮らしぶりを知ったらきっと呆れるのではないかと不安だからです。
サラ: フランク人! あたしも今まで微妙な当て擦りを色々受けてきたけど、“フランク人”ぐらい失礼なのは流石に無かったわ。ウチの国はフランスと戦争してるのよ。
マバッド: 失礼しました。我々からすれば、あなた方は皆フランク人なのです。我々が皆サラセン人であるように。
サラ: それはあんたたちが皆似てるからだとずっと思ってた。
マバッド: いや、それは違います、お嬢さん。似ているのはあくまで上辺のみ。あなたは我々を蛮族とお思いでしょうが、我々にもまたあなた方と同じく、数多くの繊細さや微妙な差異があることは大丈夫保証します。ですがそれらは異なる枠に嵌め込まれ、我々の感情表現もまた異なるので、あなたはそれを見落としていらっしゃる。違う物だけを見て取り、似ている物は決して目に映らないのです。
サラ: じゃあ、似てる物って何?
二人は井戸に辿り着き、その縁に腰かける。
マバッド: 細部は違えども、我々はどちらも同じ神を信仰し、同じ騎士道精神に従います。どちらにも法と紳士的な所作の制度があります。恐らく、唯一の違いは、我々が異なる歴史を歩んできたことなのでしょう。或いは、お互いの差異など大した問題ではなく、我々は隔たった存在ではないのでは — おや、あれは一体?
空の端が後ろ向きに剥がれ落ち、二人に向かって万物を折り畳んでいくように見える。迫り来るオーベルマイヤー・ホールの巨体が太陽を遮っているように見える。サラ: あらやだ、まただわ。
マバッド: こういう出来事は、あー、イギリスでは普通なのですか?
サラ: ねぇお願いがあるの、マバッド。井戸を覗いて、何が見えるかをあたしに教えて。
マバッドが井戸を覗き込む。
マバッド: そうですね、私自身が見つめ返すのが見える気がしますよ。生垣迷路のような場所に居るようですが-
サラ: 糞。
サラが井戸に飛び込む。マバッドは目線を上げて彼の母親を、オアシスの街々の傍の砂地を、彼のことをどう考えているか定かでないイギリスの領主たちの顔付きを思い返す。大理石がマバッドの頭上へ落ちてくると、彼は井戸に飛び込み、別な通路を歩いている彼自身の反射像に向かって落ちてゆく。
そして目覚めた。塹壕は閑散としていた。頭上には鵜の目鷹の目でオカルティストの気配を探す飛行船の明かりが見えた。何かしらの逃れ得ない力のように、そいつらから凄まじいサイレンが響き渡った。俺が呻き声を上げ、のろのろと立ち上がって見ると、誰も敢えて守備に就いてなどいなかった。進軍は何マイルにもわたって続き、歓喜と流血沙汰への飢えに満ちた叫びを上げていた。
俺が敵陣に目をやった時、絶叫が聞こえてきた。ギアの上の車輪の上の歯車の上の歯車、寄せ集められた十九箇所の次元の残骸が、破滅的な確実性と共にせり上がった。俺たちは今まで、教会が神を再構築できないのは、神の部品があらゆる時間と場所に散乱しているからだとは考えてもみなかった。だが奴らはそれを成し遂げ、そいつは俺の目の前に立っていた。ホールドブライン湿地帯ほどもある顎、理解を拒むほど巨大な指。その目は青い炎で燃えていた。
人間がその全体像を見ることなどできないはずなのに、その出鱈目な怪物は、精神の容量を超えたそいつの姿を知覚することを俺に強いた。俺はその場に崩れ落ち、すすり泣き、目に留まらないことを願った。だがどうして見つからないはずがあるだろう? こいつは飛行船の明かりに照らし出されたもう一人の血肉を備えた人間ごときを気にするような存在じゃない。自らの周囲の世界を捻じ曲げる存在だ。そいつの四肢を形作る石炭工場のそれぞれに百人の従業員が勤めていて、そいつの何十本もの腕の何十本もの指の一本にある金属の関節を崇めながら百回も生きては死んでいった。脳を構成するぜんまい仕掛けの猿の群れが、現実と知性のシミュレーションを猛然とタイプしていた。
俺たちは何になってしまったんだ? 俺たちは何を鍛造した? 俺はそいつが鎚を振り回し、境界線を切り裂いて百の次元を打ち砕くのを凍り付いたまま見ていた。その刹那、浜辺が見えた
第3章: ぜんまい仕掛けの鏡
蝋燭は大分短くなっていたが、ヨハネスは一向気にせずに寛いでいた。メアリーもジョンもオリビアも、紙に落書きをしたり、本を読んだりと、皆同じように憩いの時を過ごしていた。外では風が荒れ狂っていたが、炎は弱々しくも彼らを暖め続けていた。
「思ったのだけれど」 とオリビアが呟き、他のメンバーたちは物憂げに顔を振り向けた。オリビアは最年長だが、この小さな集まりの中では一番の新顔で、年がら年中タートルネックと厚縁眼鏡を着こんでいる。勿体ぶった作家として振る舞うのは、他の面子よりも上手いように見えた。
「浜辺があるとしましょうか - 例えば、ここを下ったすぐの所にあるあの浜辺。ある日、ガラス瓶に入ったメッセージがそこに現れ始めるの。何百本もの瓶が、浜辺の至るところにね」
メアリーが呻いた。「またマジックリアリズム? そのうち別なジャンルの本も読みなさいよ、あなた」
「少し我慢して聞いて頂戴。瓶の中のメッセージは全部他所の世界、他所の宇宙から来たものなのだけれど、意味を成さないの。異質なエイリアン世界の断片というか - ここで言うエイリアンは不可知という意味よ。例えばペルシアとか中国とかインドシナとかの人々は、皆それぞれ物の考え方も、過去に歩んだ歴史も違うでしょう」
「OK」 ヨハネスが呆れ顔で言った。彼は以前似たような話を聞いたが、あまり深く考えなかった。「それで? その後何が起こるんだい? 掴みは良いけど、そこからどう話を進めるつもりか分からないね」
「そうね - 灯台守がいるとしましょう。この灯台に、私たちの代わりにね。彼は瓶を拾って中身を読むことしか考えない - 理由は知らないけれど。とにかく彼はその考え、枝分かれし続ける道筋についてのたった一つの考えに憑りつかれてしまう。ある道を通ったか通らなかったかで決まる全ての世界、何らかの究極の目的からの逸脱や方向転換、ホイッグ主義者とマルクス主義者、その他色々」
ジョンは顎を掻いた。「だとしたら、どうして浜辺なんだ? そいつは一体何なんだ? 宇宙の残骸が浜辺に流れ着くって? なかなか良い比喩だがジョーの言う通りだ、もっと深みが無くちゃな」
「深みなんて無いと思うわ。そこは観察者が住むような場所なのよ。あらゆる種類の瓦礫が永遠に流れ着き続けて、観察者はただ - ただそこに居て、観察しながら待つの。SCP財団の知り合いから聞いた話によると
門をくぐった。既に夜、寒い夜も相当更けていたが、約束は守らなければならない。何処かに避難する必要があった。
僕はノッカーをドアに打ち付けた。灯りが点くのを見届け、足音を聞きながら、アルフレッドが正しいことを祈った。やがて、錠がパチリと外れて、大いに戸惑った様子のオーベルマイヤー卿が目の前に現れた。
僕は手を振って彼の問いかけを遮った。「マバッド・イブン・オマール。ヘリオスの民。四ツ冬協定に則って、正式に第九特使館の庇護を求めます」
オーベルマイヤーは瞬きし、笑みを浮かべ、僕を引き寄せて抱きしめた。「塹壕の別な生存者に出会うとは思いもよらなかった。さぁ、付いてきたまえ」
彼の家は小さくも瀟洒だった。財産を失っても趣味や教養は失わなかった男に相応しい家だ。彼はこの場所のために生まれたかのようだった。本は整然と、しかし慌ただしく並べられており、落ち着きなく興奮した心が編み出した狂的な風水を思わせた。彼はランタンを掲げ、僕たちは薄暗い廊下を抜けて、蝋燭が照らし出すダイニングルームへ、そしてドアへと移動した。オーベルマイヤーは鍵を開けて微笑み、まず僕から入室するように身振りで促した。
そして全く突然に、僕は地面に大の字に倒れ込んでいた。十フィートはあろうかという急な段差が、暗闇の中に隠れていたのだ。僕は生垣に - いや、生垣の迷路に囲まれていた。見上げると、オーベルマイヤーはずっと下方から向けるような目つきで見つめ返してきた。彼の目は黒く、哀れみを湛えていた。
「マバッド・アル・ジュハニは人間には完全なる自由意思があると信じ、しかしイブン・オマールは正統派の見解を擁護した。俺としては、君と同名のこの二人のうち、後者の方が優れた考えの持ち主だったと思う。即ち、俺たちには自由意思があるが、その選択の結果は既に知られ記されているというものだ。目を閉じる時、俺に見えるのは唯一つの目標、Mekhaneに至る究極の意図だけだ。もし君が真に俺たちの信者なら、どの道筋が究極の終焉に繋がり、またどれが他の結末へと至る誤った道かを見分けることができるだろう」
オーベルマイヤーは微笑んだ。「仮に失敗しても、君の選択にはそれ相応の理由があると信じているよ」 僕の延々と続く罵りを遮るように、彼はドアを閉め、明かりが消えた。
壁を登ろうとして数分、生垣を突き破る試みにまた数分を費やした。僕は最終的には諦めた - 必ずこの試験に合格してやる。
エッシャーの騙し絵めいた在り得ない曲がり角を数回通過した後、中心に噴水がある八角形の広場に辿り着いた。塹壕の上空と同じように、星が頭上で輝いていた。Mekhaneの栄光を目の当たりにして絶叫したジョーンズのことを考えた。僕の信仰がこれほど強くも確かでもなければ良かったのに。今となってはジョーンズの人生の方が幸福に思える。
通路の一つを選んで歩き始めたが、僕の目に見えたのは、何処かの庭にある井戸が際限なくそれ自体の中へと折り畳まれていく光景だけだった。次に見えたのは四ツ冬だ、何度も何度も繰り返し、僕の友人が絶叫している。薄暗い灯台に集う人々、浜辺に流れ着く百枚の紙片、雪に覆われた暖炉から僕を見つめる男。
正しい道筋はどれだ? 一つの道を下り始めた僕はまたしても交差点に辿り着き、どの分かれ道もそれぞれの真実に通じていた。敗北した雪、征服した雪。Mekhaneの崩壊、或いは勝利。僕はこれらの未来、これらの宇宙を知らなかった。迷路が未来の周囲に建造されたのだろうか、それとも迷路のために未来が作られたのだろうか。
空を見上げても、星々は答えなかった。アヴィセンナのレンズと北欧王子の青硝子を通して、その先の無限を見てきても尚、僕は一介の人間に過ぎなかった。夜空は依然として古き神秘、古き恐怖を抱いている。僕はこれらの道筋を歩いているのだろうか? これらはそもそも道なのか、それとも絵画の一部に過ぎないのか?
何処へ行くのか、何処から来たのかも分からずに、僕は彷徨い続けた。
オブジェクト番号: SCP-████
アイテムレベル: Ma'rifa Neutralised
確保封印プロトコル: SCP-████は終了された。これを引き起こした手段と方法は判明していない。事後発生物についての議論はSCP-4779の文書を参照されたし。
概要: SCP-████は9819年から9821年にかけて発生した第812次オカルト戦争中の一連の出来事である。具体的には、SCP-████とは様々な時間、空間、次元に起源を有するSCP-4779文書を、次元173-Cの浜辺に継続的に出現させていた現象を指す。
SCP-████の正確な構成要素は依然として不明である。現在提案されている主な理論には以下が含まれる。
- ノーサンブリア、オーベルマイヤー・ホールの庭園で発生した、2つの鏡面宇宙の突然の激しい衝突。
- 四ツ冬の戦いにおけるMekhaneの鎚の活性化。
- 海賊十一師団が存在した期間中のSCP-2000の略奪。
- オーベルマイヤー卿の冬の邸宅における“生垣破り”として知られる潜在的事象。
- バベルの図書館とマーティン・フィエロの酒場を繋ぐポータルの開通。
- 第93次元のスーフィー首長シャイフアル・カーシム・アル・ムタジラが達成した、神格との超越的結合。
- バンド “ティラノサウルス・フレックス”の1980年の公演。
- ニューヨーク・シティの暗い嵐の夜。高層ビル群は君を圧して高みから見下ろし、遠くで鳴り響くサイレンの音はどういう訳か全てをより静かに、より不動にしているように思える。君の足音が歩道に響く。そして君は色彩の復活を希い、祈るが、その願いが叶うことはない。君の名はマーフィ-
- ラッセルのティーポットが沸騰しかけている。
- 降雪。
- 2036年のブロードウェイにおける“キャッツ”の再演と、それが引き起こしたオレンジ・ジェリコー事件。
- 全く沢山あるものだ。君が座ってページを見ていると、これらの言葉と概念は君から流れ出してゆく。全てが真実かもしれない。どれ一つ真実ではないかもしれない。それぞれ独自の登場人物を添えて複製された、君の人生が辿り得たかもしれない一千の道筋。君は浜辺に座り、流れ着く瓶を見つめ、メモを集め、それらが最早存在しない、或いは初めから存在しなかった場所からのカビの生えた不毛な言葉としか読み取れないのはどういうことかと疑問に思う。正義や苦痛を叫ぶ魂によって紡がれたこれらの声が - 君はサイト-248の小部屋に座って考える - 途絶えるのはいつだろう。私は君が平-
- -穏を見出せることを願う。心からそう願う。あれは改装された灯台だったね? 君とメアリーとジョンで夜通し作業に耽り、仲間意識や君が直面したアノマリーの物語を交わし合い、緋色の王たちや作者の死について語り合った。君は此処が好きだ。君はガラス瓶が決して途絶えないことを、友人たちが決して他所へ配置換えされたり、立ち去ったりしないことを願う。風吹きすさぶ灰色の浜辺で、語りかけ一緒に酒を飲み本音で話し合える友人たちと共に、君は完全な孤独を感じている。君は若く飢えている、そして決して終わりが来ないよう願ってはいても、もし終わりが来る時には何か貴重な物を手に入れられると知っている - 人生の終わりに思い返して、幸せを感じられる思い出。
- SCP-3999による現実の崩壊。
- 第5次オカルト戦争中の出来事。
- しかし、メアリーとジョン - 彼らは何者だ? 此処には君しか居ない。他には誰もいない。ただサイト-248の夜だけが君と一緒だ。君は浜辺を見渡し、他には何も無いのだと思い出す。ただ浜辺と、瓶と、薄暗い電球と、君の目的だけ。君は研究者だ。些細な実験で単純な過ちを一つ犯した、ただそれだけで君はこの浜辺に送られた。死んだ世界が後に残した小石を拾う役目。ともかく、君は喜んでいる。思い出には残らない仕事だろうが、その必要は無い。何か他の物を好きになれるのと同じくらい、君は孤独も好きなのだ。君は水辺をそぞろ歩き、職務を果たす。それは君に存在意義を与えてくれる。君は幸せだ。君は常に此処に居たし、今後も常に此処に居るだろう、リンパと血と肉で出来た存在として。水面を見つめると、時計仕掛けの顔が見つめ返してくる。これが君の顔か? それが何か問題か? 君はそもそも存在するのだろうか、それとも君は単なる機能なのか、生垣の間を通ってきた道筋が至る必然的結果なのか、機械ですらなく文書を収集し分析するためのプロセスに過ぎないのか、カチッカチッカチッ、先へ、先へ-
- サイト-248の瞬間的な崩壊と、それを口語的に“狼の時間”と呼称するという総意。
雪。
雪は足首に噛み付いてきたが、どうにか帰宅した。自分の義務は分かっていたが、どうでもよかった。俺は目を固く閉じ、魂に喰らい付く雪の言葉に耳を傾けるのを止めた。
雪が人々を連れ去り、拭い去り、初めから居なかったかのように時間を改変する世界を想像してほしい。人々が皆その忘却に魅了されている世界。何処もかしこも死にかけているもう一つの世界。かつて生まれたものの、これから生まれるはずのものの、存在したりしなかったりする人々のあらゆる可能性がただ消えてゆく。
宇宙をある程度長く存続させると、あらゆる可能性が一つ残らず実現する。意味不明の単語やフレーズの羅列が有効なSCF文書を構成する宇宙だって生まれる。その時代特有の文化や文脈では、それは道理に適っている。
雪が俺を呼ぶ声が聞こえる。奴は無を望んでいる。奴は無になりたがっている。もしかしたら奴はある種のパターン・スクリーマーかもしれないし、財団の実験の一つの産物かもしれないし、他の何かかもしれない。きっと容易く済むに違いない。奴の手中に落ちる。降雪が俺を綺麗に擦り落とし、俺の選択肢を、俺の働きを奪うのを待つ。
俺は炎を見つめた。引出しから包丁を取り出し、掌を深く切り付け、ドアを開けた。全身にできる限り血をなすり付けた。雪はこの辺りで強く吹き付けるのを止めたが、もう与える血はそれほど残っていない。
遠い昔、俺は庭に立ち、井戸に映る生垣迷路を見つめていた。俺は井戸に落ちていき、若く艶めかしい少女は荒れ狂う吹雪の中の頑健な男に変わった。遥か以前に作られた十万本もの道筋の産物だ。俺は重い足取りでキャビンに入り、血を流した。今は火を覗き込みながら、そこを通り抜けてボヘミアン・アーティストたちの部屋へと入る様子を思い描いている。それでも、まだ落ちてくる空のことを考えている。
ノーフォークの浜辺に流れ着き、小石を肌で感じたい。死んでもう一度生まれ、別な場所と時間で、新しい法則と新たにやるべき事を抱えて、全てをもう一度やり直したい。一つ一つの世界に死んでほしい、そして俺のためにもう一度存在し直してほしい。でも俺には不可能だ。俺たちはたった一つの道筋に沿って夜を歩くしかない。自分を消すことなどできず、持っているランタンに従うしかない。
俺たちが目にする機会こそ滅多に無いが、時々、ごく偶に、狼たちが外に出て高原で歌う時間を感じられることがある。他と同じように一つのイメージに過ぎないが、言葉にできない何かを感じさせてくれる。いつの日か、俺はそれを見つけ、瓶に詰めて流すだろう。それを見た誰かがこの瀕死の、この恐るべき現実を理解できるようにと。
空が落ちてくる。心地良い。