Item #: SCP-4850 | Level 2/4850 |
Object Class: Keter | Classified |

雪の中に寝転がる単一のSCP-4850実例。
特別収容プロトコル: バイカル湖全域をSCP-4850の収容エリアとして扱います。SCP-4850にはバイカル湖を離れることを嫌がる習性があるため、収容のための努力は主に偽情報の拡散とSCP-4850の存在の隠蔽に焦点が当てられます。ロシア政府は地域の穏便な退去プログラムの実行を容認しなかったため、財団はSCP-4850への致死的な接触を避けなければなりません。
機動部隊ラムダ-21("湖の怪物")は全ての既知のSCP-4850の群れと、そのリーダーを監視する任に当たります。報告されたあらゆるSCP-4850の集まりは解散されなければなりません。バイカル湖周辺の行方不明者の統計は、SCP-4850の関与がないか注意深くモニタリングされます。あらゆる新たに観察されたSCP-4850の能力は速やかに報告されなければなりません。もしもSCP-4850がアインシュタイン-ローゼン橋の生成に成功した場合、当該区域は橋が閉じるまで隔離され、その間橋の反対側の入口を発見する努力がなされます。
説明: SCP-4850は、バイカルアザラシやネルパとしても知られるPusa sibiricaの総称です。SCP-4850は世界で最古にして最深の湖であるバイカル湖の固有種です。SCP-4850は最小のアザラシの純種であり、また唯一の既知の淡水に生息するアザラシです。成体は基本的に体長1.1mから1.4mであり、体重は63kgから70kgです。SCP-4850の寿命はおよそ50年です。SCP-4850の餌はほとんどがゴロミャンカ1ですが、軟体動物やカジカ、端脚類の動物も捕食することが判明しています。SCP-4850実例は80,000から100,000体生息しています。
SCP-4850は自らの周囲の時空間を操作・ワープしたり、重力を変化させたりする能力を有します。この能力は様々な方法で顕現し、効果の種類は区域2内のSCP-4850実例群の数に応じます。この能力は実例の脂肪層3を燃料として行使されています。
SCP-4850実例数 | 記録された効果 | 観察された、或いは仮説上の能力の用法 |
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1〜3体 | 実例は自らの重力場を操作し、特異な増強された時間拡張効果を作り出すことができる。結果として、SCP-4850実例は周囲よりもいくらか速い、または遅い時の流れを経験することができる。 | 夜間の狩りで使用された。より速く動くため時間を加速したり、より長時間水面下にいることが出来るように時間を減速したりした。 |
4〜20体 | SCP-4850実例は自らの重力場を弱い赤方偏移を引き起こすように変化させることが出来る。これにより、実例は周囲の光の振動数を落とし、波長を長くすることが出来る。 | SCP-4850実例は周囲の赤外光をマイクロ波光に変異させる。これにより、SCP-4850は体温を維持したり、氷穴内でも息をすることが出来る。 |
20〜35体 | SCP-4850実例は時空を加重し、測地的効果を引き起こす。これにより効果範囲内では僅かに光が湾曲し、電磁気及び電波信号は干渉される。4 | 何のためにこの能力が使われているかは不明であり、SCP-4850の別の能力の副次効果ではないかという仮説が立てられている。 |
36体以上 | 集合したSCP-4850実例群は、ワームホールとしても知られるかつて理論立てられていたアインシュタイン-ローゼン橋(ERB)を作成できるようになる。この構造は時空の二点間を繋ぐ。ERBへの侵入口は光と空間の球状の乱れという形で現れ、四次元のチューブに繋がっている。SCP-4850は四次元空間を通過することが可能である。SCP-4850実例は侵入口を反重力場を形成することで維持している。ワームホールの開通には最低30体のSCP-4850実例が必要だが、その維持には20体のみが必要である。実例群は後ろに下がり、ワームホールを通過する実例のためにそれを維持したり、ワームホールを通過した実例が逆側からワームホールを維持できるようになるまでそれを維持したりする。この能力の行使は多大なエネルギーを要するため、ほとんど使われない。 | "セルーンタンガラグ博士のSCP-4850の起源に関する理論"と"セルーンタンガラグ博士のレポート1からの抜粋"を参照のこと。 |
SCP-4850は収容以前何十年もの間知られており、地域の人間により長年狩猟されていました。科学的に種名を同定されたのは1788年のことで、ヨハン・フリードリヒ・グメーリンによります。バイカル湖は海から遠く隔てられた位置にある湖であったため、どうやってSCP-4850がここに辿り着いたのかは不明でした。民間の科学者は、明確な証拠は無かったにもかかわらず、SCP-4850は氷河湖か平野を通って来たのだと理論づけました。1991年、財団の超常海洋生物学者のサルナイ・セルーンタンガラグ博士は地域の生物学的調査中、SCP-4850がアインシュタイン-ローゼン橋を作り出しているのを目撃しました。彼女は暫定的にSCP-4850を異常存在に認定し、18ヶ月間SCP-4850のコロニーを観察しました。彼女の提出したレポートにより、ほぼ完全なSCP-4850の生態や能力とSCP-4850に関連する地域の歴史が目録化されました。当該レポートはSCP-4850の考証兼収容の指針となっています。彼女は観察期間中に、SCP-4850の起源についての理論を提出しました。
集まるSCP-4850群。
サルナイ・セルーンタンガラグ博士は当該区域の氷河の記録を分析しましたが、有意な氷河運動仮説を裏付ける重要な証拠を発見することは出来ませんでした。彼女はその後別の仮説を提示しました。
二百万年前のSCP-4850の祖先は北極圏に生息するワモンアザラシの一種でした。地球が温暖な気候ではなくなり極圏が生存に適さなくなるにつれて、SCP-4850の祖先はより快適な生育圏を探しました。ある時、SCP-4850の祖先の大群は集まって、群れ全体がバイカル湖に移動出来るほどの大きさのワームホールを作り出し、それが新しい種に分化して現在のSCP-4850になりました。
デカルト地図作成機5を用いた定期検査のデータから、セルーンタンガラグ博士はバイカル湖内に三箇所現実強度の弱まっているポイントを特定し、そこを過去に作成されたワームホールの出口であると突き止めました。バイカル湖と北極圏から出土するの化石の関連性やセルーンタンガラグ博士のレポート6にまとめられたその他の証拠から、ワームホールを通じた移住の理論はSCP-4850の起源を説明する理論として最も有力視されています。
録音記録1 92/2/3 7:36
Baina uu?動いてる?直ったかしら。ったく、そうじゃなきゃ再収録出来てるわけないもんね。記録によると、私は財団の異常生物学部門のサルナイ・セルーンタンガラグ博士で、ついでに言うとくたびれたレディよ。これは18ヶ月に渡るバイカル湖への遠征中最初のレポート。私が去年観察した、Pusa sibiricaことバイカルアザラシが行っていた異常な活動に関する追加調査よ。これを聞いてる人は皆前に例のことを見るか聞くかしたことはあると思うし、今や古代の歴史みたいなものだけど、自分でも情報を整理してみるのは大事でしょ?これを転写することになる不運な下っ端ちゃんは私がボイスレコーダーを使ってるのにうんざりしてるかもしれないけど、何しろマジで暇が無いの。今までインシデントが起きてなかったりだとか例のアザラシは湖を出て行かなかったりだとかでこの任務は低優先度ってことになってて、だから私がたった一人でアレが収容に値する存在なのか品定めしにここに来てるわけ。もし私が生産的な人間ならお上は研究助手でも送ったんでしょうが、ともかくやって来たのは私で、今はこの率直に言ってすっごく素っ晴らしいロシアの片田舎を薄汚いトラックで走ってるわ。私のこれから書く日誌は皆ぐちゃぐちゃになると思うけど綺麗に書き直す時間はないでしょうね。私のこれからの予定は、ほとんどの観察を記録しながら行って、もうちょっとちゃんとしたレポートをだいたい月一で送ること。任務はあの動物達が実際のところ何が出来るのかを解明することだから、トランクにはありったけのカメラとか、測定器具とか、服とかその他諸々を詰め込んだわ。ここにはしばらくいることになってて、んで残念なことにその間ホテルに泊まれることはほとんどない。ああそうそう、ここへのフライトの間に読んでたこのクソデカい物理の教本も持ってきたから、どんな物理学的な現象も正確に報告できるんじゃないかしら。私の学部レベルの物理学の知識が通用するならの話だけど。それじゃあ- バァン!
車両が急停止した際のタイヤの音が聞こえる。
クッソ、たった今馬が道を横切ってったわ。こういう時は大抵事故るもんなんだから、そうしたくないなら集中しなさいよ、サルナイ……なんてったってもうあのクソみたいな街からは出ちゃったんだから。湖に着いたらレポートを送るわ。
録音記録2 92/3/3 18:58
あー、ただ今湖岸付近の小さな町に着いたところ。歩き回ってみたけど、レトロでこじんまりとした所ね。いい感じの魚市場があったから後で見に行きたいかも。4分ほど前にここから二ヶ月間の任務全てを受領した。私は今からここにひと月滞在して、備蓄を用意したりコネを作ったりする。それから、二ヶ月間観察することになるコロニーのあるオルホン島にフェリーで向かう。キャンプ。一人で。どっちも気乗りしないわね。ちゃんと荷造りするにはもうちょっと原動力になるものが欲しいわ。その後は調査のためリストヴァンカに六週間滞在して、理論を作り上げてレポートを書く。宿が近くなってきたから、チェックインしてから興味深かったものを全部報告する。録音終了。
録音記録6 92/4/13 9:34
よし、現在私の探索の11日目の朝。備蓄品は一緒に持ってきた。基本的なキャンプ用品、水を浄化するやつ、私の装備類、馬一頭溺れさせられるぐらいあるスープの缶詰、魚市場で買ってきた塩漬けのオームリが少々、お土産屋で買ったいい感じのキルト、それにすぐ溺死出来そうな量の虫除けスプレー。もうちょい大きい馬も溺死させられるかも。あと目的地にもうちょっと追加の物資があるはず。私は今埠頭にいて、湖を横断するフェリーを待ってる最中。島に上陸したらキャンプ予定地までハイキング、さっき追加の物資があるはずって言ったところ。キャンプの準備が整ったらまた報告するわ。
録音記録7 92/4/13 11:06
この記録は絶対に必要なものじゃないけど、共有したいことが見つかったからやっておく。フェリーはただ今アンガラ川を航行中。水は水晶みたいに澄み切っていて、水中をほとんど見通せる。川底を這いまわってる蟹とか沈泥を突っ切って泳ぐ魚を見れるぐらいよ。川が湖に合流するへりが本当にはっきりと見える。信じられない。ほんっとに信じられないわ。
録音記録8 92/4/13 21:34
ジッパーと生地の擦れる音。
さて!ようやくオルホン島のキャンプサイトに到着したわ。いい点と悪い点がある。いい点はここが辺鄙な所だってこと。平和に調査を終えられそう。例のアザラシの繁殖地のあるビーチにも近い。徒歩10分くらいね。群れもすぐ見つけられるでしょう。悪い点はここがマジで辺鄙な所だってこと。店なし、コンセントなし、電気なし、人もいない、ただの大規模な行軍訓練と変わらない。お上は大量の物資を運ぶはぐれ者の研究者じゃなくて機動部隊の隊長でも求めてたんじゃないかと思うけど、まあそんなこと考えたところでこの任務を放棄していい訳もなく。思ったよりひとりぼっちになることは気にはならないわね。お上はイルクーツクのサイト管理官と繋がる双方向ラジオをキャンプサイトに置いていった。彼女は無事かどうかの連絡を取ってきて、何か問題が起きたら助けるために機動部隊を送ってくれるらしい。調査本番は明日から。とりあえず寝ることにする。夜だし。
録音記録17 92/4/23 16:21
群れを見つけてから6日経った。今ちょうどアザラシ本体からサンプルを取ったところで、ちょっと前には水のサンプルを取ったから、今は直接観察に集中する。今のところ異常な能力が二回行使されたのを見たけど、まだ露骨なのは確認できてない。未成熟の個体が、ほとんど光で遊んでるくらい。前に立ててみた仮説は合ってるみたい。報告されてる異なる能力は、同じ時空に関する操作能力の現れであるってやつ。彼らの力の全貌をもう見きったとは思わないから、近距離からの観察を続ける。新しい能力とか振る舞いを確認したら報告する。
録音記録24 92/5/2 14:23
何となく群れの原動力が分かってきた気がする。見たところ大体30から40体ほどいる。群れの長は大きくて年寄りのアザラシで、殆どのより大きい。多分10才ぐらいじゃないかと思うけど、確かめる機器を持っていない。私は彼をデデューシュカと名付けた。私のおじいちゃんを思い出させる感じがするし。彼は大体4家族を見守っていて、その中には3体年をとった雌がいる。 ゼムリャ、ネベサとヴォディ。群れは大体は繁殖地か、日光浴のために岩の上にいる。正午には、群れの若い連中は普段何時間か魚を取るか幼体を見守ってる。彼らがどうやって狩りをするのかが本当に気になってる。明日観察のために潜水するつもり。彼らに能力を使わせることが出来れば、もっとよく彼らのことを知ることが出来るはず。早朝に群れの所に向かって、多分レポートも書く。明日はすごい日になるわよ!
録音記録26 92/5/3 17:46
成功よ!実験は上手くいった!ボートで湖に出て中心に向けて50メートルくらい航行したの。群れを見つけたから遠くから近寄って、湖底の裂け目の辺りまでもっと近付いたところでスーツを着て潜水したの。太陽はまだ昇ってなかったからゴロミャンカの群れは端脚類を食べるため水面近くに浮上していた。アザラシたちはゴロミャンカを追い始めて、能力を使って捕まえようとしていたところで、私は小型の音波砲を使って魚の群れを散らして湖底の裂け目の底に帰るように仕向けた。近場に同じ魚群を狙っていた群れもいて、その2つの群れが協力しているのを見たわ。湖の底まで泳げるほどの息は保持できなかったからか、彼らは集まって小さなアインシュタイン-ローゼン橋のようなものを作ったのよ?水中では輝く球状の乱れのように見えて、それが開いた時、湖底の裂け目からの閃光を見たわ。何体かのアザラシがそれを抜けていって少ししたら、彼らは裂け目の底からいくらかの魚をとって帰ってきたの!やっと!能力の実用的な使い方を確認した!彼らが狩りに能力を使ってるだろうとは思ってたけど、こんなすっごい規模でだとは思わなかった!あと、別の群れがいるって言ったこと覚えてる?そっちもワームホールを開いたの!全部の実例があの能力を保有してる!計画の展望は一気に広がった!この群れのことも結構知ったことだししばらく密着して研究するつもりだけど、まずはレポートを提出して収容スペシャリストの連中がこのアノマリーの規模を理解してるのか確かめないと。レポートにしないといけないことが沢山あるから一旦ここで調査を終えるけど、もう最高の気分!今日の出来事は……勉強になったわ。
録音記録27 92/5/4 3:12
アザラシの群れの一匹がこっちをじっと見てくる。そいつの眼の奥を見てるとなんか変な感じがする。
録音記録31 92/5/14 13:56
SCP-4850の群れについて気付いたことがある。ある地点でハウリング・アウト7すると、その周囲の時空間は有意に希薄になるみたい。さっき群れが測地的な効果を帯びていたのを確認したけど、それじゃこの現象は全然説明できない。本当に意味が分からないわ!これのどこが一
セルーンタンガラグ博士の声は次第に小さくなり、2時間23分に渡り黙る。波風とSCP-4850の音のみが聴こえる。この間、不明な発生源からの安定して重い息遣いがその音を何度もかき消すのが聞こえている。
一ちゃんとした能力の使い方だっていうの?それどころか周囲の現実性のおかげで危険でさえあるのに。いった、急にひっどい偏頭痛がきた。それに凍えるように寒い。病気にならなきゃいいけど。
録音記録39 92/5/22 23:43
小虫がテントにもう14回もよじ登った。何かがおかしい。
録音記録47 92/6/11 15:31
先週から嵐が湖で大暴れしてる。魚の所在はてんでばらばらになって、SCP-4850の狩りの縄張りには殆ど泳いでない。群れは餓死の際にあるって時に新たな振る舞いを観察した。群れは一箇所に集まって別のアインシュタイン-ローゼン橋を開いたの。何体かが入っていって、大体4分後にワームホールはもう一度開いた。実例群は小さな山になった魚と共に帰還。大量の魚がタグ付けされてたから研究用のトロール船から取ってきたものらしいわ。すごい所はそのタグが1973年のものだってこと!これであのアザラシたちは空間と同じように時間でも二点間を繋ぐことが出来ることが分かった!能力の起源を解明するまでもう少しだと思う。
録音記録49 92/6/12 9:42
さっき脂肪層のサンプルを送った研究者から電話が来た。あれの構成要素は本当に奇妙だったわ。脂質は小型の特異点みたい。折り畳むには四次元構造が必要なタンパク質も存在した。 これが何を示唆してるのかはあまり考えたくない。
録音記録50 92/6/13 23:43
何か……とても妙なことが起きた。私は眠っていて、レム睡眠状態の時に夢が突然切り替わった。何でか違和感を感じた。もちろんまだ夢の中ってことは分かっていたけど、まるでちょうど目覚めたかのように意識はハッキリしてた。私は虚空に浮かんでいて、その真っ暗な空間を見つめていた。耳のただ中に囁いて揺さぶってくる声が聞こえて、気が付いたら場面が切り替わってた。私は繁殖地にいて、波が満ち干きするのを見つめていた。あらゆる物が違って見えた。いや、全部そのままなんだけど、でもみんな……もっと見えたの。見るもの全てがまるで実は何かでフィルターを掛けられていたみたいに元よりもっと見えたのよ!何もかもそこにあるけど無くて、脈打ってるようでも静かで、全てが同時にありうる全ての状態でありながら全く何も変わってないの!意味分からないこと言ってるって分かってるけど、これ以外に私の見たものを説明できる言葉が見当たらない。私が何とか理解出来たもの、私を悩ませるものは、全く夢じゃないと分かった。
私は周りで起こる何もかもに完全に圧倒されながら、この奇妙な世界を歩き回ってた。結局テントに着いて、そこで私はそれよりもっと変なものを見る。私は自分自身がテントの中で寝てるのを見る。自分が地面に転がってるのを見てるんだから当然怖くなって、でも興味も湧いている。寝ている自分がこの周りの奇妙な状態より一層違って見える。自分の表面は例の変な状態にあるんだけど、内面は違うの。内面を見ると、私は半透明の殻で、私の中で渦巻く光る濃密な煙によって輝いている。私は自分とその内側の奇妙な煙を見ていて、それから別の私が喘いで目を覚ます。そして夢の内容を飲み込む前に、雑音を聞くの。
寝袋の足元にはヴォディが立ってた。雌のSCP-4850実例の一体。驚愕しながら彼女を見つめたわ。怖かった、だってあの悪夢に加えて、テントはちゃんと閉じられててどうやって彼女がここに入ってこれたのか分からなかったんだもの。彼女のことを少しの間、機微を読み取れるまで黙って見ていたわ。彼女は瞳を見るに腹を空かしているようだった。これ以外に説明しようがない。憐れみと、好奇心と、何かもっと暗い気持ちが混ざり合わさったようだった。何かが起きる前に、私は市場で買った塩漬けのオームリを引っ張り出して彼女にやった。すぐにいつものふざけたがりな性格に戻ったように思えた。彼女がよたよたと繁殖地に戻っていくのを見ながら、私は彼女の身に何が起きたのか考えた。何が起きたのかを説明出来る論理的な結論はまずない。嘘偽りなく、本っ当に混乱してるわ。
録音記録62 92/6/19 23:43
もう無理。どうしようもない。疲れた。どこに行っても何かに見られてる気がする。常に怖くて仕方がない。うちの限られた資金を考えたら、どのインシデントも恐ろしくはあるけど、うちの部門にも悪いし、頭の固い役員共からしたら遠征を切り上げる理由にはならなかったようだし、この遠征をまだ終わってないのにやめるのはどうかと思ってた。でもそれももうおしまいよ。あれの食生活とか、生まれ育ちとか、社会階級とか、出会ってみてとか、合計54回の異なる異常な振る舞いとかはもう文書化した。サンプルも大量に取ったし理論もすごい量提出した。その一つはあれの起源についてでさえある。もう十分よ。私は研究者である以前に一人の人間なの。今夜管理官に機動部隊を送るよう要請する。それで限界。
録音記録64、日時不明
残響音が聞こえ、その後衝突音が響く。数秒後、セルーンタンガラグ博士の息も絶え絶えな声が聞き取れる。
やっちゃった。そんなつもりじゃなかったのに。入っちゃったのよ。(笑い声) 入っちゃった!まだ行けてない、思い直したの、まだ行けてないわ。私は、また行かなくちゃいけないところに行った。奴らが私にそうさせた。最初は行きたくなかった、事故だった、だけどまたあれを見つけないといけない。すごく寒い。私は何を見たの?あんなの見たくなかった。帰りたい。本当に(嘔吐き、少しの間言葉が止まる。)本当に寒い。
セルーンタンガラグ博士は嘔吐する。
また会わないと。あそこに行かないと。さようなら。
録音機から歩き去る足音が聞こえる。残響音が再度記録される。
録音記録65 92/8/24 15:31
あー、アルファ、聞こえるか?何か見つけた。通常規格のボイスレコーダーのようだ。例のノイズについて調べてたんだが……これ彼女のか?(不明瞭な無線音声)了解。区域を調査する。
二分間ほど足跡が聞こえる。
おいマジかよ。アルファへ、こちらガンマ。彼女を発見した。裸で完全に霜に覆われてる。8ビーチから1マイルくらいの地点だ。脈を測る。(数秒の間) まだ生きてる!医療部隊を速やかに送ってくれ、心拍が非常に遅い。思うに-うわぁ!なっ、なんてこった、腕が砕けちまった!さっさと部隊を送ってくれ!
録音記録66 92/9/4 15:31
えー……こちら、セルーンタンガラグ博士。えっと、この記録はアノマリーのファイルのメインに収められるだろうから、事の顛末を記録しておきたくて。何が起きたのかを整理する。ここ二ヶ月の記憶がない。全く。管理官が言うにはある日までは普通に毎日の連絡を行っていたらしい。ある日連絡が途切れて、機動部隊を送ったけど私はいなかったんだって。到着して数時間後、ビーチで裸になって霜に覆われてた私を見つけた。彼らは私がワームホールに落ちたと思ってる。そうかも。色々とめちゃめちゃだし。一体全体何がどうしたのか見当もつかないけど、事故だったんでしょうね。悪意ある何かの仕業って証拠はなかった。認識災害の検査は全部陰性で、元気に戻ったわ。片腕しかない状態でどうやって生活してけばいいのかは別問題だけど。いい感じの義腕を作ってくれるらしい。いいわね、そういうのが欲しかったのよ。アノマリーは最小限の被害で記録に収められた。そろそろ移動の時間ね。楽しかったわよ、ちっちゃなボイスレコーダーちゃん。じゃあセラピーで会いましょう。
2019年11月28日、セルーンタンガラグ博士は突如失踪しました。彼女のデスクトップパソコンに以下のメモが発見されました。SCP-4850への言及があるため、当該文書はここに格納されています。
関係者各位へ、
誰が読むかは分からないけど、少しは事の結末を記録する必要がある気がしたからこれを残す。あなたのためじゃないとしたら、私のために。最近いつもあのバイカル湖への探索のことを考えてる。本当に考えすぎ。あれは私の心を重くして、影響内に留めようとする概念かそんな感じのものよ。あのことを考えれば考えるほど、別のことを考えられなくなるの。仕事に影響する前にやめる必要があった。だから私は自分の古い音声ログエントリを全部確認した。アーカイブ化した人たちはちゃんと仕事したらしく全部のエントリがきちんとファイリングされてて、だけど何かが変だった。行間に集中すると、まるでシステムの故障みたいに別のエントリが見えて、それは実在したりしなかったりしてた。あんな感じのこと言った覚えは全くない。あのエントリはどう考えても規約違反の書き換えなのに、うちの管理官は誰もそのことに言及さえしてなかった。何が起きたのか分からない。だけど思い出したこともあった。誰にも伝えてないことがある。管理官にも、クソセラピスト共にも、あいつらが私から真実を引き出せるって信じてたテストにも。
ワームホールのことを覚えてる。現実味のない現実に放り出されたことも。四次元ってのは何を意味するのかを。全と無の一部に同時になったことを。そして、あの奇妙な存在を見たことを。まるで虚空そのものと目線を合わせたみたいに。私達がその側面をデータベースに厳重に保管していることは分かってるけど、そんなの私の見たものに比べたらほんの一部に過ぎない。その記憶の中のほんの一部の経験から思い出した。私は変わった。これだけ年月が経った今、私は自分が痛烈に感じている結論への欲に答える必要があることが分かった。休暇を取って実家に帰るふりをして、財団の手の外に出るやいなや、私は戻った。あの湖へ。SCP-4850の生じた地点へ。私は時空間のほつれの前に立って、必死に答えを探した。見つけなければよかった。深淵を覗き込むと、私は自分の奥深くにあのワームホールと同じ強烈な寒さを感じた。あれは前思ったみたいに北極海に繋がってなんかなかった。これは橋の名残。私を高次元に連れていった橋と同じもの。SCP-4850の起源への橋。あのクソアザラシのことじゃない。何かもっと大きなもの。私達の世界の何かに擬態してる現実に空いた五次元の穴を何ヶ月も見ていた。それは私を見返してきた。私達の現実が侵されている。今や、今やあれが私のことを知ってしまったことが分かる。もうすぐそこにいる。きっとこれが書き残せる最後。ここでの時間が終わるのが怖い。
現在まで、一切の体組織は見つかっていません。