SCP-500IX-JP
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※サイト様との協議により、当ページのタイトル: SCP-5009-JPは投稿された記事との検索時等の競合を回避するための変更が行われました。


 やったぜ。

 エス (S) 君は遂にその扉 (これが当テキストで言及するアノマリーである) と相対した。
「ようやく見つけたよ。こいつこそ、秘密の世界への扉だ」
 この時点で彼は既に、この物語において現代の一般人が持ち得ることのない知識“ダークマター”を、あるいは少なくともその“ダークマター”が存在しているという事実を、知っているということになる。

 気圧差からか、力の抵抗を感じるドアノブを後ろに引くと、向こう側からの空気がなだれ込んでくるのをエス少年は感じた。彼は期待と、この先にあるものへの信頼の念をもって思い切り扉を解放した。

(──この先に、俺が待ち望んだ世界がある)

 さて……。当テキストは呪いの「逆」のようなものを意識して書いている。これは、希望の物語なのである。 
 西暦20XX年現在、シリーズJP-Ⅵ (5000-JP-5999-JP) が執筆および閲覧可能になった時代におけるサイト読者の皆々様は、投稿された真のSCP-5009-JPが、当テキストの内容とは何の関係も無いオブジェクトであったことを、既にご存知のことだろうと思う。
 ここに書かれているのは、それとは全くもって無関係の……嘘っぱちの物語だ。

 きっと、そうなるに決まっている……私のような者が思い描いた未来など、来るはずが無いのだ。……


 それはまるでつまらない風景だった。だが、そいつが今ほど俺の心を躍らせたことは無かったんだ

 扉の先にあった世界。それは一見すれば特に何の変哲も、「異常」も無い光景が広がっていた。「あの頃の」エス君が、そしてこの物語で表社会の一般人が暮らしている世界と、変わらない外観の風景。
 だがエス少年にとってそれは、想定の範囲内だった。
 というより、扉の先に現実世界と変わりのない世界が存在していた時点で、

「“ビンゴ”、だ。
 此処こここそが、まさしくこの俺の目的地だ」


 未来を的確に思い描くことは難しい。当テキストが執筆されている2020年現在、戦後から少し経っただけの頃に予想されていたような銀色の全身タイツとかはべつだん流行っていないし、空を飛ぶ車や民間の宇宙飛行が日常に組み込まれるのは、まだまだずっと先のように思われる。
 「パトレイバー」「エバンゲリオン」によれば、巨大ロボットがビルを壊しながらプロレスをしていたっておかしくない年代のはずだが、そんな様子は微塵もない……ただ、かつて立像りつぞうであったお台場の等身大ガンダムは、最近になって歩き始めたらしい。

 「VR」は大衆への普及が進んでいるが、一般に流通しているものは「ヘッドセット」で頭 (ヘッド) のみをVRの世界に連れていき、さらに現実世界の空間上で体を、すなわち自分の頭の位置を動かして、VRの世界を移動することが必要になる、「ヘッドトラッキング」と呼ばれる形式のものが殆どである。
 「ドットハック」や「ソードアートオンライン」等で……より古くは、例えば1989年の「クラインの壺」の頃から提示 (期待) されている、全身すべてを現実上で一切動かすことなく、そして全身すべての五感で異世界の空間を体感しながらそれを往き来する「フルダイブ」と呼ばれるVRを大衆が手にするようになるのは、これもまた随分と先のことのように思われる……恐らくは。……


 外見上ここは普通の世界と変わりはしない。だがここにいるって事は、もう油断はできねえ

 エス君の目的を次の段階へと推し進めるためには、「エージェント・スミス」 (何とも月並みな言葉タームである) と接触する必要があった。
 エス君は街道を行き交う雑踏に紛れて、慎重に歩みを進めた。「こちら」の世界に足を踏み入れた時から彼は、この日常的な空気に紛れている異物感のようなものを仄かに直感していた。

 やがてエス君が彼の求める存在とのコンタクトに成功したとき、その“エージェント”たちは特に抵抗や疑念を感じることもなく、普通に彼を受け入れることだろう。──きっと如何いかにして彼がこの世界にやってきたのかという点についても、興味を持たれることは無いのだろう。

「ああ、扉を開けた時にちょっとだけ空気の入れ替えはあったな。だがそれが何だっていうんだ? 大体の“エージェント”はそうやってここにやって来たんじゃねえか」


 もちろん一部の優れた学者や作家は、今のインターネットの在り方やスマートフォン、電子化、IOT等々の現状を、何年から十何年も前に見事に言い当てたりもしている。
 しかし私のような凡愚には、かれらのような発想も、そこに至るための教養も持ち合わせてはいない。それに恐らくは私だけでなく数多くの一般市民にとっても、かれら賢明なる者たちによる予想の、その鋭さを (他の凡百の予想と比して) 理解することは、難しいことだろうと思う。

 さて……そのように、数十年前に大衆の大多数が漠然と思い描いていた未来と現在との間には、様々な乖離が存在しているわけであるが……
 現代における探求心を持つ人びとの一部は、今のこの状況を踏まえた上で、改めて、遠い未来にこの世界は一体どうなるのかを予測しようと、果敢にも試みている。

 ……そうして新たに思い描かれた未来予想図のひとつに、「ミラーワールド」という考え方がある。

 情報化社会は今なお目覚ましい発展の最中にあり、コンピュータがデータを保存、処理する能力の上昇に伴って、より多くの個人情報や、あるいはヒトに限らない様々な現実世界の情報が、次々にデジタル化されている。
 それらは個々人の端末 (ローカル) に保存されるのみならず、クラウド……一般人がアクセス可能なインターネット (WWW、ワールドワイドウェブ) という巨大な共通のネットワークに接続している、様々な「サーバ」へと集積されていく……その構造は、ただの一般人の利用者から見れば、非常に巨大 (ビッグ) な単一のデータベースが全ての情報を網羅しているようにも、見えるかもしれない。
 そしてスマートフォンは最早ただの携帯電話ではなく、様々な情報処理と任務をこなす電子端末として、多くの国で人びとの生活必需品となっている。更にこの「スマートデバイス」は、腕時計になったり、眼鏡になったりと、更なる携行の利便性を高めて、より日常的な身体との結びつきを強める方向性での開発が進められているという。

 「ミラーワールド」というのは、この「情報化」 (社会) と、人びとがいつでもどこでも、まるで身体の一部と化した情報端末からデジタルの情報にアクセスし、処理できるような技術の発展とが、行き着くところまで行ったその果てに、この世界……この星人びとそのものが、丸ごと全てデジタル化されるかもしれない……というような考え方である。そうしてデータベース上にコピーされた世界の完全な「鏡像」に対して、現実の人びとは自由にアクセスできるようになるだろう、というわけである。

 既にグーグルが成し遂げている、ある時点における地球のほぼ完全な姿 (外見) のデジタル化というのも、一種のミラーワールドと捉えることもできるかもしれない……しからば、今日こんにちの「ミラーワールド」予想というのも、決して無理筋なことを言っているわけではないように (少なくとも私は) 思う。
(……勿論、グーグルアースやストリートビューといったものは、ミラーワールドと言うにはまだまだ非常に物足りない存在である……真に「ミラーワールド」と言えるようになるには、特定の時間に限らない、少なくとも常にその時点での映像を、そこに住む・そこを往く人たちの姿を含めてデジタル化するくらいのことは、必要となろう)

 このミラーワールドが役に立つ分野は、VR (バーチャルリアリティ) 、すなわち電子化された現実世界に態々わざわざ自分から出向いてアクセスしに行くようなことよりも、むしろAR (アーティフィシャルリアリティ) だとか、MR (ミクストリアリティ) のように呼ばれる分野が、主流になると言われている。
 「その未来」では、街行く人々が身に着けている端末が、そこにある現実の街と、完全に電子化されて、役に立ちそうな情報をすぐに出してきたりするミラーワールドの街とを、常に重ね合わせ続け、人びとが認識している現実の街並みの上に、店の名前や人気の程度だとか、その地点の天気予報なんかを、颯爽と表示させてくるわけである。
 ……実際にミラーワールドがどう役に立つのかまだピンと来ていない方は、私のようなネットの路傍の石が話す、休むに似たる戯言なんかよりも、有名なWIRED (ワイヤード) 社が本を出したりネット上で記事を公開しているので、それを参照してみてほしい。

 また、一方でVRは、確かに今はまだ「フルダイブ」型の実現には遠く及ばないように思えるものの、その境地を果敢にも目指すような、色々な技術が開発されてもいる。都合により此処ここでは詳しくは話さないが、いつか……それは遠い将来になってしまうかもしれないが、いつか、全身 (あるいは、ほぼ全身) を「感覚ごと」仮想世界に持っていく、あるいは仮想世界と同調させるようなことも、実現されるかもしれない。

 「アップロード」という、海外の連続ドラマがある。お金持ちの老人は、自身を完全にデータ化したものを電子化された現実世界にアップロードして永遠の生命を手に入れ、死後も家族と触れ合うことができるようになる……という話だ。
 電子化された人間と本物 (オリジナル) との同一性をどう判断するかは、恐らくそのドラマの中でも何らかの結論を出すだろうし、小難しい論文やらSF小説を読まずとも数多くの「攻殻機動隊 (ゴーストインザシェル) 」ファンの論者や作家の方々が、漫画やアニメや、ライトな感覚で (それもきっと、Web上で、無料で) 読める小説において凡人にも分かりやすいように解釈してくれるだろうから、このテキストでは深く追及はしない。
 ともかく、わざわざ現実世界を電子化したミラーワールドに、生きた人間がVR化して訪問するというメリットというのはにわかには考えにくい……が、そのミラーワールドに現実で生きていた頃そのままの死者を暮らさせて、生者は死者とのコミュニケーションのためにそこへ行く、ということならば、少なくとも私は、その意義や有用性について、ある程度の納得は行く。
 それに、そのような死者との交流を、あるいは、死者自身の生活についても、より現実に近い、快適で違和感のないものにするためには、その世界……ミラーワールドを、細部の省略された現実世界のための便利ツールとしてだけでなく、一見役に立たない情報や要素を、それに「体感」をも含めて、限りなく現実世界に近づけてVR化した空間にしておく必要がある、というのも、 (これまた少なくとも私には……) うなずける話である。……


 順風満帆だ。俺は「エンジニア」の即戦力として採用された。

 エス君は果たして「エージェント・スミス」との接触に成功し、彼らに迎え入れられた。エス少年にとって、あの扉に独力で到達するまでに費やした努力に比べれば、扉の向こう側の「この世界」で、彼の「宝」を探すために行動を進めることについては、そこまでの苦労は無かった。何しろこの世界は──元いた世界と、表向きは、大した違いは無いのだから。

 ついに出会った“エージェント”たちに案内され、そして、いずれはエス君もまたその傘下に加わっていくことになるであろう、その組織 (あるいは、彼らは自分たちを「組織」と呼ぶことは避けるかもしれない、その程度の、繋がりの緩い人びとによる“集い”) こそ、その名も、“SCP財団”、では無かった。
 SCP財団は、彼らと彼らが関わっているものの一部でしかない。とはいえその一部の割合は決して小さなものではないし、彼らの行いの一部については「財団」の活動と共通しているところも、ありはするのだが。

 そして、エス君が追い求めてきたものについても「SCPオブジェクト」だけに留まらない。
 エス君が、出会ったエージェントたちにいざなわれて、そして遂に自身の知覚範囲に収めることができた“ダークマター”は、それは彼がたった今まず始めに観測した、ほんの片鱗だけと思わしき内容ですら、それはもう随分と、データが破損していた。
(ふうむ。矢張やはり、か)
 そしてこの事態もエス少年にとってはある程度、想定済みではあった。そう、20XX年に投稿された真のSCP-5009-JPというオブジェクトについてもこの物語では焚書を免れることに失敗し、現在のデータベース上では、空白のデータ領域となっていたのである。
 あるいは其処そこは、現在のエス君やエージェントたちの目には、例の「扉」 (ゲート) を超常現象 (アノマリー) と見做してその情報を入力し、管理しておくのに都合の良いデータスロットのように、映っているのかもしれない。


 “ミラーワールド社会”は、その成熟期の過程で、あまり想定されていなかった方面からの大きな「問題」に直面することとなった。

 ミラーワールドは……多くのイノベーションがそうであったように……先述の「ワイヤード」のテキスト上においても、その普及にかかわる様々な問題が発生するだろうと、予測されてはいた。権力の集中、独占、広告の……富のかたより、監視社会、それにミラーワールドにはインターネット同様の……というかミラーワールドはインターネットに構築された仮想世界 (のひとつ) であるわけだから、インターネットの誹謗中傷、デマ、荒らし等の危険は、無論、ミラーワールドにも及ぶのである。
 これらの懸念や脅威は勿論、常に警戒され、対策を考えられていたし、その「穴」をついたような……あくまで、前述した問題の範疇での……事件が起きた場合は、たちどころに議論が巻き起こって、ぐさま新たな対抗策が施行された。

 ……だが、現実にミラーワールドが運用され、それを大衆の大多数が受け入れ、その円滑な活用法を習得し始めたころに起きた「それ」は、まさしく予想の難しかった……何なら、ただのインターネットの時代には起こり得なかった、寝耳に水のような出来事であった……らしい。

 ミラーワールドとは、現実世界 (といっても地球周辺であるが) の写しを、インターネット上に持ってくるということである。インターネットのデータベース上に創られた世界のミラーは、単なる現実の模型ではなく、現実の人びとをより豊かな生活に導くための「インターネットの」ツールとなるために、途方もなく膨大な (メタ) データを、主にインターネット上から、その仮想空間へと (再) 入力する必要があった。
 飲食店ではレビューサイトの評価、その店の公式HPに掲載されたメニューと価格表等を取り込んだり、あるいは客がSNSにアップロードしたフォトグラメトリによる3D料理画像を、卓に並べたりもした。
 街をゆく人びと1人1人の仮想の鏡像 (ミラー) に対して、その人物が公開しているブログやSNSでの自己表現、あるいは他者の書き込みによる評価も交えて解析し、その人物のよりリアル……客観的な、趣味趣向・主義主張が再現されたAI (人工知能) が、生成された。
 そのとある「街」で主に活動する人々の……AIの多数の集合体を、どこかの企業は「顧客ペルソナ」の類型として観察し、次の販売戦略を練ったりもするのである。 (勿論、こんなプライバシーの塊を権力が悪用したら、大変なことになるのは想像に難くない。……この観点から、ミラーワールドには「監視社会」の危険性も、事前に予想されていたのである)

 ミラーワールドへそのようなデータを万遍なく登録し、その世界を「豊か」にしていく工程は、とてもじゃないが人力ではやってはいけない。コンピュータが……インターネットの膨大な (ビッグ) データについて、それを保存するサーバとは別に設けられている、ビッグデータを深く (ディープ) 洞察し、解析して、学習 (ラーニング) する処理サーバが、ずは自動的な猛スピードによって、データの海の構成要素を「仕分け」する。そしてその結果を、仮想の現実空間に適合した現実的 (リアル) な形態へと組み立てて、ミラーワールドへ次々に現出 (リアライズ) させていくのである。

 ミラーワールドは、現実の本当の「ガワ」だけを持ってくるのではなく、インターネット上の情報を参照して、その「肉」付けを補強し、そして利用者にとって現実世界の利便性を補強する、有用な「ツール」となっていった。
 それは、インターネット (の「資源」) に基づいて、そして、コンピュータによる判断で、進められていったのである……


 かつて俺が生まれたところは、本当に何もないところだった。世界中この星全体が、何もない無味乾燥なものに見えていたんだ。

 それで結局のところ何があったのか、この物語tale世界 (時代) の主人公たるエス君には──少なくとも今のところ、殆ど何も分かっていない。
 権力が、それも「公」にせよ「私」にせよ大きな力を持つものたちすべてが、関連する情報を何もかも軒並み削除してしまったからである。
 それだけの規模の「データ削除」が円滑に執り行われたのは、その権力の介入に対して一般の民衆すらも大多数が殆ど諸手を上げて賛同したからであるらしい、という噂は、エス少年の耳にも届いていた。

 完全にアクセスができなくなったとなると、一部の人間、例えばエス君のような者にとっては逆に、その真実を見たいという好奇心が強く刺激されてしまうものである。
 だからエス君は、既に扉の向こう側へ行った者たちの多くと同じように、密かに探求の旅路を歩み始めたのだった。

「最初の頃にやらかしてやった『イタズラ』の中に、お偉いさんたちの密談を盗聴するっていうのがあった。“万全”のセキュリティ下で、俺みたいなやつが聞き耳の『穴』を空けてるってことを分かっているはずもないのに、奴らは妙に怯えながら、まるで言ってはいけない言葉みたいに『その名前』を慎重に口にしていたのが印象的だったんで、よく覚えてる。
 その禁じられた言葉、『クリーピーパスタ』ってのは、一体何なんだ?」


 インターネットに書かれた現実世界に関する情報を、コンピュータはミラーワールドの補強に利用する。
 そもそもミラーワールド以前に、インターネットはそれ自体が仮想上あるいは電子的な「世界」であり、そしてミラーワールドは、そのインターネットの世界におけるデータの一部に過ぎない。しかし、ミラーワールドは世界のほんの一部でありながら、かつ (その設計目的上、) 現実世界そのもの、でもあるのだ……少なくとも利用者が、その世界を現実世界と同じであると見なすべき、世界なのである。
 コンピュータがミラーワールドの利便性向上に有用と判断したインターネットの情報は、ミラーワールドに取り込まれて、そして「現実世界の物事である」ということにされて、そのミラーされた現実世界上へと創出されることになる。コンピュータの審査を通ったならば、インターネットの、どんな情報であっても、「現実世界の物事をミラーしたもの」……本当のこととして、ミラーワールドに組み込まれるわけである。

 その仕組みが進められる中で起こった、予想外の問題とは……クリーピーパスタ (ネット怪談) が、「本当にあった」話としてミラーワールドに組み込まれてしまった、らしい……というのだ。

 クリーピーパスタ……日本発のものでは「洒落怖」だって、それに含まれる……それは読者を怖がらせるために、さも本当のことであるかのように、できる限り現実性 (リアリティ) を感じさせるようにする語り方で、時にはわざわざ「これは本当にあった話です」という枕詞すら添えて書き残されていく、インターネット上のテキストデータである。
 時にそれは物語調の文章だけではなく、リアルタイムで怪異や異常な隣人に襲われる掲示板上の……あからさまに住所を推測できる情報を、随所に散りばめたような……書き込みや、形なき悪いものやストーカーに心を蝕まれてゆく個人ブログのような形式をとることもある。
 そして、それらの面白おかしい物語は、本気で個人や団体を誹謗中傷する目的で綴られた悪質なネットのデマとは違って、「創作だ」「あり得ない」等とわざわざ対抗、反発するようなコメントが投稿されることも、そうそう無い……そういうのは「野暮」だと (少なくとも「当時」の) みんなは判っていたからである。もちろん、商業出版された怪談本のように“この物語はフィクションです。”という但し書きがつけられることもない。

 そんなクリーピーパスタを、ミラーワールドの肉付けを行うコンピュータが、現実に起きた物事だと勘違いしてミラーワールドに輸入した、というのである。
 ……うむ。私自身、書いていて非常に無理矢理な、論理の飛躍した話だというのは思ってはいるが、そうはいっても、この物語 (tale) では、本当にそのような何かが起きてしまったらしいというのだから、仕方がない。それも、沢山の大きな権力が動いて、対抗手段としてクリーピーパスタの一斉削除が行われて、更に当時の民衆が、その巨大な規制と検閲に賛同したほどの、それこそ「死ぬほど洒落にならないくらい」の、何かが……。
 それはよほどの、大規模な障害・被害を出した事態だったのだろうか。人死にがあったとして……少量の死者が出た程度では、 (不謹慎ではあるが) そこまでの大事おおごとには、ならないだろう。

 ともかく、「この」 (物語の) 世界では、……「SCP」で言うところの、「プロトコル“焚書”」が、本当に行われた、というわけである。……


 今の「世間」がどんだけ刺激が無くてつまらねえのか、俺なんかの貧弱な語彙ではその一端すら満足に言い表すことができない。

 呆れたことに世界の権力は、エス君が生きている今の (物語の) 時代においても、検閲とそして焚書とを、未だ続行しているのだという。ミラーワールドのコンピュータは今でも、危険な怖い話に限らない、あらゆる現実でない話=フィクションを、現実と混同しかねないという脆弱性を、消去しきれていないのだそうだ。
 昔の荒唐無稽な自己啓発本の電子書籍版に書かれた、セックスをすればするほど沢山の良い脳内物質が分泌されて、大金持ちになったり人生の成功者になりますよ等とのたまう文言を、悪意ある者がミラーワールドへの現実化 (リアライズ) プロセスの中に挟み込んでしまったというただそれだけで、ただちに現実 (本物) の人間や脳に影響はしないにせよ、人間を仮想化したミラーワールドのAI人間 (NPC: ノンプレイヤーキャラクター) たちには、どんな悪影響があるか分からない、というのである。

 そのような状態であることが判明した時には──もはや世界人類にとってミラーワールドは生活に欠かせない基盤 (インフラ) となってしまっており、手放すことは事実上不可能になってしまっていた、ということらしい。
 “ガファム”のどれかだったかがかつて試験的に一般公開した自己学習型AIを、それが危険思想に取りつかれた直後にすぐさま取り下げることができたのは、それが試験段階だった (そこでリスクを発見することができた) が故なのである。

 「表世界」がそんな有様になっている状況で、エス君は「扉」をくぐって、“ダークマター”──今やSCPどころかクリーピーパスタだけに留まらない、かつての世界が持っていた、忘れようとされている遺産を、「サルベージ」する集団に、くみすることになったわけである。

「既にサルベージされたデータを読んだり、あるいは俺の持ってきた技術で新しく発掘されたダークマターを復元したり、あるいは、そんな暮らしの中で、“この場所”についての様相を理解していくたびに、俺は、かつて大発生したという『インシデント』ってやつがどういうものだったのか、何となく察せるようになってきていた、そんな気がしていたんだ。
 だが俺の興味の焦点は、その大異変自体には向いていなかったのさ」


 ところで、なぜ、この物語の前半において、扉の先にあった、いわゆる「裏」の世界 (あるいはダークウェブに相当するもの) が、それまでの「表」の世界……ミラーワールドと、全く変わらない外見や様相であるかのように描写されていたのか……
 何故なにゆえこの物語の主人公は“ダークマター”の (繰り返すが、テキストデータが基本であるはずの) 知識に触れるために、わざわざミラーワールドにVR (仮想) の自分を生成 (ジョイン・イン) して、扉を開けてくぐり、その先の、前と似たような三次元の電子空間へ行くというプロセスを、経る必要があったのか……、というと……

 その理由わけは、……ええと、その……頭の足りない私は、当テキスト冒頭より繰り返し描写されている、「表」と「裏」の世界が表面上は全く変わらないものとした文学的表現 (描写) について、説得力を持って論理的に説明する術を持っていない。
 なので……この物語では「フォーマット」というフワッフワした言葉をもって、詳しい説明に代えさせてもらいたい。

 ミラーワールドの「裏」側もまた、ミラーワールドと同様の形式で構築させられていなければならなかったのには、フォーマットの問題があった。
 マイクロソフトがインターネットエクスプローラーのサポートを終了してエッジへの切り替えを強制したように、アドビがHTML5の時代になったとか何とか言ってフラッシュを強制的に使えなくする (した) ように、商業的権力はしばしば、より大きな長期的利益が見込めるイノベーションが発生すると、利用者の取り扱うフォーマットについて、そのイノベーションに対応する新しい物を使用する以外には、選択の余地が無いようにしてしまう。

 この物語の世界においても……きっと、物語の主人公であるエス君が生まれるよりもずっと昔から、大衆がインターネットにアクセスする手段 (ブラウザ) および入口 (ポータル) は、ミラーワールドあるいはそれに準ずる3D仮想空間の中を動くような形式 (フォーマット) のものに、限定されてしまっていたのだろう。
 ……これも我ながら無理のある話だとは思うが、まあ、この物語ではそうなっているのだから、仕方がないわけである。

 そういうわけで、過去に仮想空間上で実体化した (これも変な表現だがお許し願いたい) かもしれないクリーピーパスタの物語たちの、有志による復元任務が行われている、この扉の裏の世界もまた、表の世界……ミラーワールドと同じ形態 (フォーマット) を取らざるを得なかったのである。
 このミラーワールドと地続きの、同じフォーマットの世界で、クリーピーパスタが復活している……ということは、当然この世界にもまた、物語上のお化けが、世界を構築するシステムの誤判断により、ここの「住人」 (NPC) として生成されている可能性も、やはり、存在しているということになる。

 ……この影のミラーワールドの、どこかには……本当にSCP財団がいて、人知れず「オブジェクト」を収容しているかもしれない。そして特にSCP財団の感知していないところで、姦姦蛇螺 (かんかんだら) は近隣地域の住民によって、パズルのような特別の収容方法で封印されている、かもしれない。
 八尺様はまだ、語り部の男を探し続けているか……あるいは、あの物語が語り終えられた時点の存在としてこの世界に生成され、そして遂には語り部のNPCとの邂逅を果たし……今は新たな出会いを探して、彷徨っているのかもしれない。
 この世界のどこかで、くねくねは踊り狂い、アクロバティックサラサラは髪をたなびかせており、ヤマノケやら言葉の不自由なピンポンダッシュ少年やらが、山地の傾斜を猛スピードで昇り降りしたり、しているのかもしれない。さらに、人気ひとけの無い何処どこかでは……コトリバコとリンフォンが、次なる持ち主を待ち侘びながら、ひっそりと放置されているのだろう……、かもしれない。……


 データだけで腹いっぱいだよ。“生” (ナマ) はガキの俺にゃまだ早いのさ

 エス君は──少なくとも、この組織の中で、このエス少年に関しては、この世界にサルベージされたクリーピーパスタの、実際の本文テキストを読んで知的好奇心を満たすことだけが望みであって、その余波としてこの世界に現れたかもしれない「実体」 (エンティティ) を探してみたり、接触を試みたりといったことをするつもりは無かった。
 この“世界”すなわちこの社会全体が成立した背景から察するに、そいつらが本当に発生して、それに接触したりしたら、そいつらは、この世界にいるバーチャルのエス君を介して、「今」のエス君が利用している、スマートデバイス──遥か未来の身体装着型電子端末 (ウェアラブルデバイス) に対して、そして、ひいては実在のエス君自身に対して、どんなことを引き起こすのか、全く予測がつかないからだ。

 ウェアラブルデバイス……前半で述べた通り、ミラーワールドの技術は人々が携行する端末=デバイス越しに現実世界を観察し、その世界の像にミラーワールドの像 (データ) を重ね合わせるARやMRの分野において、役に立つと言われている。
 現実と非常に類似した、高度なミラーワールドが活用されている世界ならば、そのミラーワールドを利用するためのデバイスもまた高度な発展を遂げ、まるで現実と遜色の無いくらいの「感覚」や、あるいは「空気」すらも、ミラーワールドから受容できるようになっていることが推測される。

 ……2020年現在において実際に開発されている、バーチャルから現実に知覚、感覚、体感等をもたらす「デバイス」の技術としては、例えば、各所に小型の振動スピーカーが付いたジャケットを着込んで、FPSゲームで撃たれた部位に相当する箇所に疑似的な衝撃を与える程度の着衣型装置 (ハプティクススーツ) であったり、あるいは、「デバイス内に搭載された香料が、アプリの指示で使用者に匂いや疑似的な味を提供する」だの、「特殊な手袋で味玉を舐めても味がせず、その後に口から味玉を出して手袋のスイッチを切ると、電気的に抑制されていた味覚の化学反応が行われ、何も食べていないのに味がする」……だのと、結局は匂いや味の再現に、有機的な実物を必要とする装置であったりと、まだまだデジタルと現実との大きな差が感じられるようなものばかりが、……ざっくりググった範囲では……、ヒットする。
 だが、高度なミラーワールドが実用化されて久しいこの物語の未来においては、現代の技術水準からは想像もできないような、デジタルからの実在的 (イマーシブ) な体感の実現が、きっと果たされていることだろう。

 ……そのようなデバイスを身に着けた人間が、デバイスによって常にミラーワールドと重ね合わせられ続けるこの物語の世界で暮らす中で、もし、ミラーワールド上で意図せず発生した、クリーピーパスタの怪物が生成された座標に、足を踏み入れてしまったとしたら……
 もしもデバイスがミラーワールドの管理・制御システムと同様に、クリーピーパスタの出来事を事実と混同して、装着者に……拘束された状態で深い古井戸に突き落とされる、全身打撲の感覚を与えてきて……それでも装着者が、動けないながらも何とか意識を取り戻して、辺りを見回したときに、デバイスが……全体的に白くてのっぺりした頭部に、単純な「あな」が開けられているだけみたいな顔を持つ、人型の存在どもが装着者を取り囲んできている様子を、視覚情報として提供してきたとしたら……
 あるいは、他の「裏社会の制裁」系の怪談としては、例えば、もしも「小蟹ドラム缶風呂」や「アクリル板グロ圧殺機」なんか (その凄惨さ故に詳しい説明は避けるが……) がもたらしてくる苦痛・苦難・苦悩を、デバイスが正確無比に、装着者へ伝達するようなことがあったら……そのとき、一体なにが起こるというのだろうか。
 あるいは……、そんな風に「ミラーワールド上の」自分が惨たらしく殺されるようなことがあったら、高度なウェアラブルデバイスは、現実の装着者は生きているどころか意識や呼吸もはっきりしているにもかかわらず、緊急救命用の電気ショックを全身に浴びせ続けるようなことだって、あるかもしれない……

 しかもこの未来社会の人々は、ミラーワールドとそのウェアラブルデバイスとを、完全にかれらの生活基盤 (インフラ) に組み込まれた必需品としてしまっているのである。
 この世界の人々は、前述のような状況に陥ろうとも、その怪異に巻き込まれている「ウェアラブル」 (wearable) デバイスを、そう易々と身体から引き剥がすことはできない……この未来ではもしかしたら、その「デバイス」は全身にまとって、ほぼあらゆる感覚を現実化 (リアライズ) する上下一体型の薄い肌着 (インナー) のような形態をしていて……ひょっとしたら、それは銀色をしているのかもしれない! ……あるいは、そのデバイスはウェアラブルどころか、外科手術によって体内に移植されているという可能性すらも、考えられるのである。

 エス君は前述のような突拍子もない想定を、割と真剣に警戒するようになっていた。
本気マジで勘弁しろっての、糞ったれが。今じゃもう、常飲薬のセレニカまともに飲めないようになっちまった。お陰で仲間とのコミュニケーション中に躁状態が暴走しないように自分を抑えるのが大変なんだよ」

 ……人造のミラーワールドから、モンスターが襲いかかってくるかもしれない世界……まさか「仮面ライダー龍騎 (ドラゴンナイト) 」の世界観が未来予想になり得たとは、当時の制作していた方々も、思わなかっただろう。

 ……とはいっても、ここまでに述べられているのは所詮、仮想世界の化物による被害でしかない。そいつらは結局デバイス越しにしか攻撃をすることができず、生身の人間を直に傷つけることはかなわない。
 であるならば、さほどの脅威にはならないのではないか、と考える人も多いだろう。

 ……だが、逆に言えば、仮想世界の怪物は、仮想世界の生命にとっては、直接的 (ダイレクト) な脅威となるのだ。

 例えば、……そこのあなた。あなたは死後、ドラマ「アップロード」そのままに、ミラーワールド上に仮想 (デジタル) 化されて、遺族や友人とコミュニケーションを取っているとする。
 しかし、その「あなた」は、実はバックアップから復元された「二代目」以降の存在であり、かつてこのミラーワールドに新たな生を受けた、以前のあなたは……永遠無限のトンネル滑り台の中で、他の人間と共に、前から後ろからぎゅうぎゅう詰めに圧迫され続けている、かもしれないのである……今も、そして、これからも。
 先述の「裏社会の制裁」とは違って、死から解放されているあなたは……そこで死ぬことすら、もう許されないのである。あなたがその異次元に囚われていることを誰かが気づいてくれるか、あるいはミラーワールドの電源が落とされるまで、永遠に……

 あるいは、こんな例え話はどうだろうか。
 もし……、この物語の時代が、遥か未来の22世紀 (ドラえもんの時代) だったとして……その途方もない技術によって作られたミラーワールドは、 (その時代における) 現代だけでなく、懐古趣味を満たすためのタイムトラベルを可能にする、21世紀以前の各時代における、地球まるごと1つ分をも (あるいは宇宙すらも) 内包しており……
 例えば、その中の、2020年の分として作られた地球のミラーワールドにおいて、やはり、現実と怪談との混同が巻き起こって……そのミラーワールドの地球上に住む、当時生きていた人々から再現されて、その世界で暮らしているデジタルの住民が、怪物の毒牙にかかったとき……彼らに、身を守る術はあるのだろうか。
 あるいは、そのミラーワールドの神である運営担当者ないしはコンピュータは、実在の顧客ではないその彼らに、救いの手を差し伸べてくれるのだろうか?
 哀れにも彼ら、その「2020年」 (頃) の住民は、人間としての自己同一性を持ち、かつ、自身がAI (NPC) だと気づかないままに、日常を過ごしているというのに……、……おや。……ちょっと待った。そこのきみ……きみは今、いったい、何を想像したんだい?

 さて、と……この物語の執筆が進められている主な時期は、2020年の12月だ。 (改稿を頑張っていたら投稿は年をまたいでしまうかもしれないが) 折しも、この物語の世界も、クリスマスシーズンの真っただ中だった。

 エス君たちは、彼のいる「ミラーのミラー」ワールドで、大幅な (NPCの) 人口の低下を観測した。
 そして、どうやらそれには、トナカイの代わりにオモチャ怪獣に乗って子どもをさらってオモチャ人間にしてしまうサンタ気取りの怪人やら、通行人を誘い込んで行方不明にする狂乱クリスマスパーティーの「大騒ぎ一家」やら、サンタクロースの無残な死体とトナカイのバラバラパッチワーク死体を引っ張るソリに乗った物体 (プレゼントボックス) やら──その物体についても、いくら捨てても溢れないゴミ箱だとか、あるいはまばたきと物音の両方に反応して高速移動する自動販売機だとか、様々な証言がある──ともかく、そういった存在が関与しているらしいとかいう情報についても、彼らは入手することができた。

 だが、そのような事態を知ったエス君とその同僚たちのリアクションは、
“meh (ふーん) ”
 などと、皆一様に無感動な二つ返事を述べるのみだった。

 この「被害」に遭っているのは、まず、血の通った人間でもなければ、表のミラーワールドでツールとして有効活用されているNPCでもない。
 死んだ (データがロストした) ところで何ら価値の損失になるわけでも無いし、逆に生きていたとしてもやはり何の価値も意味もない、仮初かりそめの人生を過ごしているだけの奴らだ。
 それに、だ。エス君らは、この時期になってもダークウェブ世界に入り浸って怪談を発掘し続けている、根暗の集まりなのである。
「このシーズンに精神的な負い目を感じずに日常を送っているリア充どものために、俺たちが重い腰を上げてやる義理が、どこにあるっていうんだ?」
 “ニック”とかいう奴が秘密組織であるはずのエス君たちの存在を突き止めて、助けを求めてきたが、あいつもどうせAIだろうというのは分かりきっていたので、エス君たちは無視を決め込んだ。やがて、そいつはエス君たちのことを血の通ってないだのと様々に中傷した後、それ以降は、アクセスしてくることは無くなった。

 そして、それと同じように──きっと、エス君と彼の組織は、たとえ表のミラーワールドのAI人間や、あるいは本物の人間が、クリーピーパスタからどのような被害を被ったとしても、自分たちがやっていることを止めるつもりは、無いだろうと思われる。
 前にも書いたように、エス君は今の「仕事」を続けていく内に、表の社会で過去に引き起こされた事態の真相について、ほんの少し、察しがつくようになっていたのだが、その小さな推察から来る小さな懸念が、自身の知的好奇心を満たすための行動を躊躇ためらわせることは、全く無かった。
 エス君たちは、まだ「アポリオン」の「SCP報告書」 (スペシャル・コンテインメント・プロシージャ・レポート) だとか、「収容違反」や「K-クラスシナリオ」の「tale」およびそれに類する規模の怪談を掘り当ててはいないので、かつての「事態」がどれだけ危険であったのかの実感をまだはっきりと持っているわけではなかったし、仮にそれらを知ったとしても──恐らく、エス君たちは世界の裏を探索し続けることを、やめないだろう。

 この点が、エス君たちと「財団」との、大きな違いである。エス君たちの組織は怪異を研究してその情報を入手するが、それを「収容」はしないし、その危険性から世界を守ろうという意思は微塵も有していない。
 この組織を、より正確に言い表すならば──焚書と検閲を続ける秩序 (コスモス) への敵対・抵抗のみを目的とした、反乱軍 (インサージェンシー) とのように呼ぶのが、適しているだろう。

「棄てられた価値あるものを復元しているうちに大災害カタストロフィが再発したら誰が責任を取るのかって?
 そんなの聞くまでもねえだろ? 検閲をした奴が悪い。それだけさ」


 かくして……この物語で示された未来では、コンピュータのネットワーク上に構築された現実世界の鏡像と薄皮一枚を隔てて、かつて人びとによって語り継がれ、そして人びとが自ら手放したふるきものたちが復活して跋扈しているかもしれない、“ミラーのミラー”……まるで魑魅魍魎の総合商社 (デパートメント・オブ・アブノーマリティ) のような世界が存在し続けている、というわけである。
 ……そして、その薄い膜には時々、穴が開くのだ……失われたものへの好奇心を抑えられない、探求者によって。

 ……何ともはや……ああ……何という、無茶苦茶な話であろうか。まさしく休むに似たる、愚図そのものみたいな奴が考えたような、未来の姿である。

 ……しかし、私、soilenceは、私のような阿呆アホウの考えたこんな未来の物語が、取るに足らない価値しかないということを分かっていながらも、どうしても、このテキストを投稿せずにはいられなかった。 (こんなだらだらと同様の話を繰り返すような駄文の投稿を踏みとどまれないくらいに、私はとてつもなく意志薄弱な人間だったということでもある)
 ……正直、このページがこのサイトで低評価削除されたとしても、それはそれで構わない。そうなったら、ほとぼりの冷めたころに、小説家になろう等の他の小説投稿サイトに、ひっそりと置いておくだけである。 (そうなったら残念ではある、が……心おきなくSCP-5009-JPというタイトルを使えるということでもある。勿論CC3や4のBY-SAライセンスを正しく適用する必要はあろうが)

 別に、SCPのサイトでなくても構わない。肝要なのは、このテキストをインターネット上に残すことだ。

“……クリーピーパスタ…… (略) ……それは (略) さも本当のことであるかのように (略) 書き残されていく、インターネット上のテキストデータである。……”

 あまりにも弱虫かつ怖がビビり極まるこの私は、以上のような筋書きストーリー……ミラーワールドと高度なウェアラブルデバイスが実用段階になった時、そのミラーワールド上で、お化けが3Dホラーゲームの敵キャラクターみたいに襲ってきて、デバイス越しに苦痛を体感させてきたりしたらどうしよう、などという不安を胸に抱いた時、そのどうでもいい心配を解消するにはどうするか、この足りない頭で、色々と考えを張り巡らせていた。

 そんな中で、この私が思いついた、まさに阿呆のような発想が……数十年前の一般大衆が漠然と想像していた未来予想図の多くが、現在において的中していないことをヒントに……、私という、一般大衆の、 (あるいはその域にすら達していないかもしれない、) その中でも特に愚鈍な、カスみたいな存在が、この心配を未来予想として表明することによって……その予想は、外れるに違いない、という考えである。

“……そんなクリーピーパスタを…… (略) ……コンピュータが、現実に起きた物事だと勘違いして……”

 こんな私が、「未来はこうなるだろう」等とほざいた……ならば、未来はきっと、そんなことになるはずはない。全くもって、無用な心配になる、というわけだ。
 ……すなわち、当テキストは呪いの「逆」のようなものを意識して書いている。これは、希望の物語なのである。

 ……けれど……

“……本当にそのような何かが起きて…… (略) ……沢山の大きな権力 (略) クリーピーパスタの一斉削除が行われ……”

 けれども、もし……もし本当に、この予言 (提言) が、当たってしまったりしたら……ないしは、似たような事が、起きてしまったら?

 このサイトの「スワン実体」同志諸君は、あくまで作り話であるあなた達の自著に登場する化け物が、もしも、現実世界……に限りなく近い世界に、本当に現れて、その仮想世界から遠隔 (リモート) で、人を本当に傷つけたりしてしまうようなことがあったとして……
 あなた達は、喜びや名誉のような不謹慎な感情を持つことは、かけらも無いと、言い切れるのだろうか。……微塵も、そんなものを感じることは無い? 全くもって、1ミリも? ……本当に?

“……まあ、そうなっても、このテキストについては……”

 ……まあ、とか何とか言ったって、やっぱり現実には、デジタル化された現実世界で、科学法則に縛られないのを良いことに、クリーピーパスタの怪物がその世界に顕実化して、デバイスを経由して、本物の人間に危害を加える……などというトンデモな未来など、そうそう来るはずが無いだろう。お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ。

 SCP財団……Wikiは、都市伝説及び現代ファンタジーをテーマとした共同創作サイトで、超常の物品・存在を収容し、人々の目から遠ざける秘密組織「SCP財団」 を舞台としたフィクションです。
“……思い切って「クリーピーパスタ」“タグ”は付けちゃったけど……”
 そう、これは嘘っぱちの物語だ。SFの素養も教養も無いこんな私が創った、エス君たちの……君たちの物語 (ユアストーリー) なんぞ、嘘に決まっているのだ。あれも嘘、これも嘘。みんな嘘。

 この物語はフィクションです。“……この通り「おまじない」も付けたことだし、
まあ、低評価削除されるならそれは仕方のないことだけど、……”
 ……だからといって、それが絶対の安全を保障するというわけじゃない。
“……検閲はされないだろ、多分……”


ただまあ、実際のところ、※スポイラー:

コンピュータが当テキストの現実と虚構をどう判断して何をミラーワールドに採用するのかについては、別に私の知ったことではない。

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