SCP-511-JP
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じょうじゅうえくう

記録511-JP_3を参照

アイテム番号: SCP-511-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-511-JPは現在サイト-8142の収容ロッカーに保管されています。外部への持ち出しは禁止されており、研究目的での再生等には担当職員2名以上の許可が必要です。

説明: SCP-511-JPは、1993年7月22日に福岡県鞍手郡の民家から発見されたビデオテープです。発見の前日、先述の民家ではそこに住む一家の失踪事件が起こっていたため、何らかの異常現象の発生を危惧し複数名の財団エージェントが派遣されていました。エージェントが家宅捜索の過程で回収したビデオテープを再生した際に後述の異常性が発覚し、SCP-511-JPへのナンバリングと現行の収容体制の確立が為されました。

SCP-511-JPの異常性は、そのビデオテープを再生した際に生じます。再生中、ビデオの映像及び音声には不定期なタイミングで数秒間のノイズが発生し、不明瞭な画像と音の断片が挿入されます。発生のタイミングは再生の度に不規則に変化しており、このノイズは他の映像記録媒体に複製したときには発生しません。ビデオテープの分析によると、磁気情報には通常の経年劣化以外の変化は全く見られず、先述のような形式でのノイズが発生する明確な原因は確認できないことが示唆されています。

再生中に挿入される先述の画像と音声の両方を同時に視聴した場合、その視聴者は幻覚・幻聴を伴う可逆的な不安障害を発症します。症状としては急性期の統合失調症に類似していますが、薬剤による対症療法の効果が薄く、EDMRやECT、或いは記憶処理によっての快復効果が顕著に見られることから、SCP-511-JPにより発生する精神的影響は視聴者の側頭連合野、及び海馬をはじめとする記憶領域に未知の影響を与えていることで発生しているとの仮説が立てられています。この異常性の為、SCP-511-JPに記録された内容を視聴する際には原則として複製されたものを用いるか、映像と音声のいずれかを出力しない状態で視聴することが義務付けられています。

SCP-511-JPに記録されている映像は、主に中年の女性とその子供と思われる女児の2名を撮影したものが複数個、時系列に沿って数分おきに切り替わる形式で構成されています。いずれも映像の劣化が激しく、確実な特定には至っていませんが、この2名はSCP-511-JPが発見された民家に在住していた皮田 シズ(失踪当時で37歳)、及びその娘である結名(失踪当時で8歳)であると推測されています。

記録511-JP_1

SCP-511-JPの再生時に挿入される画像及び音を視聴することにより生じる幻覚と幻聴は、多くの場合でそのノイズの形式に類似したものとなります。個人差はありますがそれらの症状は概ね3時間に1回程度の頻度で起こり、そのために罹患者は激しいストレス反応を示します。
再生中に挿入されるものの詳細については、記録511-JP_2及び記録511-JP_3を参照して下さい。

記録511-JP_2

1993年7月27日、SCP-511-JPの映像に挿入されるノイズ音を録音・解析する作業が行われ、その結果として、多くの場合でノイズ音の中に共通して人の声らしきものが混在していることが判明しました。この音声は極度に圧縮し或いは引き延ばされ、且つ再生する度に内容が変化していると推測されており、そのために詳細な文字起こしや声の主の特定といった作業は難航しています。

以下に添付するのは、同日に行われた再生において09:07から09:08までの約一秒間に挿入されたノイズを解析し、そのノイズ音の部分を抜き出した音声ファイルです。音声の判別及び可聴性の向上のため、財団の音声解析チームによってピッチや速度に編集が加えられている事に留意してください。

記録511-JP_3

SCP-511-JPの再生時、ノイズ音と共に挿入される画像は再生する度に変化しています。いずれも通常時の映像と同様に色相等に経年劣化の兆候が見られています。通常時の映像では恐らくVHSビデオカメラで撮影されたために記載されていると考えられる撮影日時の情報が画面左下に表示されているのに対し、挿入されている画像はこのような表示は見られません。
再生日時 通算再生数 再生時間 内容
1993/7/26 4 00:41 床の間のような場所で正座し、合わせ目が逆になった着物を着て微笑している老婆。
1993/7/26 4 05:12 布団に寝かされた成人男性。目と口を大きく開いて笑っている。
1993/7/26 4 09:05 笑顔の男児。場所が何処であるかは不明。両方の手の甲を打ち付けるようにして拍手している。
1993/7/27 7 03:48 恐らく男児を象っているとみられる、微笑した日本人形の首。
1993/7/27 7 09:07 笑顔の女児。場所が何処であるかは不明。両方の手の甲を打ち付けるようにして拍手している。
1993/7/29 12 07:17 和室の欄間に結び付ける形で吊るされた白提灯。その房は一般的な総角結びではなく、縦方向の蝶結びに結われている。
1993/8/2 14 06:27 畳の上に置かれた、来迎図の描かれた屏風。屏風は上下逆に立て掛けられており、その向こうには僅かに布団の端のようなものが見える。
1993/8/2 14 09:05 笑顔の男児。場所が何処であるかは不明。両方の手の甲を打ち付けるようにして拍手している。
1993/8/3 15 04:39 床の間に立てられた姿見。鏡面ではなく、背面を向けている。
1993/8/3 15 09:07 笑顔の女児。場所が何処であるかは不明。両方の手の甲を打ち付けるようにして拍手している。
1993/8/5 18 09:06 笑顔の女児。場所が何処であるかは不明。両方の手の甲を打ち付けるようにして拍手している。
1993/8/6 20 09:05 笑顔の男児。場所が何処であるかは不明。両方の手の甲を打ち付けるようにして拍手している。

記録511-JP_4

記録者: 中山博士

付記: 中山博士は、SCP-511-JP発見当時の家宅調査に同行していた財団職員の一人です。九州地方の民俗学を研究しており、財団における社会学第三調査班の主任を務めています。

(以下、記録の抜粋)

あの場所に対しての違和感の様なものは、麓で車を降りたときから感じていた。
元々その家の位置している集落自体が山あいに在るのだが、その中でも特に……殆ど「隔離されている」と言っても差し支えないような、立地や往来の不便さといった面でも其処に家を建てて住まうという事自体に違和感を覚える場所に、その家は建っていたのである。
舗装もあまりされていない道路を何時間か走り、そしてこれ以上は車で行けないという段になってからは、前もって案内を頼んでいた近隣住民の先導での歩きに切り替えることとなった。高く伸びた竹林の所為で真昼だというのに足元が覚束なくなるほどに暗く狭い山道を20分ほど歩き、道が右手側に少し開けたところに出た。漸くその家に着いたのかと少々安堵して、視線をそちら側に遣ったとき、私は愕然とした。

確かに、我々が目的としていた皮田家は其処に在った。10帖程度だろうか。瓦葺の、平屋の、いかにも昭和の古民家然とした外観である。家は右手側に曲がってから更に40mほど先に在り、その一帯があまり除草されていない事もあり、詳しい様子を此処から伺い知ることは出来なかった。
しかし、問題はそこではない。家の外観を詳しく見ることが出来なかったのは、それだけが理由ではなかった。家と我々の間を隔てる、その40m程度の空間。欝蒼とした竹林の山道を通った先に、それがあった。

まず手前側に、小さな鳥居。高さは170cmくらいだろうか、神明鳥居といわれる直線的で装飾の少ない形をしたもので、貫がやや低い所に取り付けられていることを考えると大人は多少屈まなければ潜ることは難しいであろう。苔生して多少は風化していると思われる石造りの鳥居は、しかし著名な神社にあるような立派なものではなく、所々にでこぼことした突起があり、仮漆の塗装もされていないのか或いは既に剥がれてしまったのか、石質はざらざらとしていた。そして、その鳥居を潜った三、四歩先には。

数十……いや数百といった数で、所狭しと地蔵が転がっていた。高さは異なるが大体は大人の膝くらいまでで、体格としては三頭身にも満たない程度のものである。微笑を浮かべたその表情は一つ一つばらつきがあり、恐らくはこちらも手作りであるようだった。勿論高度な彫刻作品といった印象ではなく、切り出された大きな石に顔の造形だけを彫ったといった感じの、寝袋を着た人のような造形である。
通常、地蔵には地蔵墓といわれる薄い板の様な墓石を附ける。例えば戒名などを彫る際、そのまま地蔵に文字を彫るわけにはいかないため、また別の石を用意してそちらに戒名や真言といったものを刻み付けるのだ。しかしそれらは違った。
よしこ、けいた、ゆき、じろう、まゆこ、ゆうじ、そういった名前が、お世辞にも上手とは言えない平仮名で、地蔵の胴の辺りに直接彫りつけられていた。

我々が呆然と立ち尽くしていると、それまで先導していた住民の方が、皮田はこの先に見えますあちらの家です、この仏さんは大丈夫なものですけん上ば歩いてってください、では私はこれでと言い残して山道を下りて行った。我々もここに居ては埒が明かないと先へ進むことにしたが、私の申し出で鳥居を潜って直線的な道のりで家まで向かうのではなく、周囲にある竹林の中から回り込むようにして歩いていくことになった。

地面にぎっしりと転がった地蔵を踏み越えて進むことは道義的に、そして単純に足場としても危険であったこともだが。あれらを見たとき、私がそれまで感じていた違和感が一気に膨れ上がり、少なくともあの鳥居は潜らない方が良いと直感的に判断するに至ったからである。

「注連縄」……拝殿や鳥居に掛けられる、あの絡み合った二本の縄の出自を知っているだろうか。起源は日本神話においての岩戸隠れ、天岩戸から出た天照大神が再び岩戸に籠ることの無いように結界を張った謂れであるとされているが、民俗学的には所謂カガチ信仰、一対の蛇の交尾を表わしたものとも考えられている。北東の方角、つまりは鬼門ナメラスジで結び目を作り、不浄なものとの結界を形作る。
最初は、鳥居に右綯えの注連縄が掛かっているのだと思っていた。しかし、それをよく見た時……正直に申し上げると、私は戦慄した。

結び目は燃やされ、ぞんざいに貼り付けられた紙垂は向きが逆になっており、そして。
二本の縄だと思っていたものは赤茶けた髪の毛だった。

(記録ここまで)

記録511-JP_5

SCP-511-JPは発見当時、市販のビデオテープケースに収納された状態で居間の机の上に置かれていました。中にはSCP-511-JPに指定されるビデオテープと共に一枚の紙片が入っており、これには特筆すべき異常等が確認されない事がのちの調査で推定されたため、現在はサイト-8142内の非脅威的関連資料室に保管されています。紙片は和紙の上から油性インクで文字が書かれており、その書き振りから九州地方に在住していた経験のある人物が書き手であることが推定されていますが、その書き手の特定には至っていません。

以下はその紙片の複写と、一部の表現に対し中山博士が附した注釈です。
ふあん

「はらかいた(はらかく)」: 福岡地方における、「腹を立てる」を意味する表現。

「ほがされた(ほがす)」: 九州地方全域において「穴を開ける」、「穿つ」という意味で使用されている。しかし小笠原地方では「散らかす」といった意味で同様の表現が見られる。

「ねまとった(ねまとる)」: 不明。しかし「ねまる」という表現であれば九州地方で使用されており、その場合は腐った肉が粘り付く事を意味する「ねばる」から転じて「(料理、食べ物などが)腐る」事を指してこのように表現する。この文章では度々、意図してのものかは判断しかねるが促音を表記しない部分が多々見られるため、「ねまる」を九州地方の方言文法で過去進行形にした際の表現「ねまっとった」からひとつ促音を抜かした結果「ねまとった」という表現になったと考えるのが自然ではないか。

「かわたのゆな」: これが「皮田の結名」を表すのか、それとも「カワタの湯女」を表すのかは不明。

記録511-JP_6

以下は、SCP-511-JPの映像記録の抜粋です。

映像記録


[記録開始]

[00:01]: (映像は桜並木を映している)

[00:06]: 声1: はあい、もう恥ずかしがらないの、出てきて。お母さんに見してよ。

[00:10]: (一本の桜の木の向こうからランドセルを背負った女児が現れ、カメラに向かって歩み寄る。)

[00:14]: 声1: ふふ、よくできました。ゆうちゃん、初めてランドセルしょったけど、どう?

[00:21]: 声2: なんかねえ、思ったよりおっきくて、びっくりした。

[00:26]: 声1: あはは、そっかあ。

わくごっく

00:23

[00:30]: 声1: ゆうちゃんお友達出来そう?頑張れる?

[00:37]: 声2: うーん、わかんない。でもねえ、よしちゃんもゆきちゃんも、まゆちゃんもいっしょのクラスだったからねえ、いっぱい遊ぶの。

[00:48]: 声1: そうなの、みんな一緒のとこだったんだねえ。でもね、知らないお友達とも、沢山お話ししないとだめだよ?

[00:54]: 声2: わかったあ。

[00:58]: 声1: はあい、いいお返事。ねえ、これからどこいこっか。今日はお祝いだからね、何か美味しいもの食べに行く?

[01:06]: 声2: ほんと?じゃあねえ、ハンバーグがいい。

[01:11]: 声1: ええ、またあ?もうお母さん、またゆうちゃんが食べきれないって言っても食べてあげないよお。

[01:18]: 声2: あれはまだちっちゃいときだもん、もうお姉ちゃんだからそんなこと言わないもん。


[01:37]: (画面が切り替わり、日本家屋の居間と思しき場所を映す。1カメラは机上に置かれた小さなフルーツケーキとその上に立てられた「8」という数字の形をしたキャンドル、その後に向かい側の椅子に座る女児を映す。)

[01:42]: 声1: ゆうちゃん、準備はいい?

[01:45]: 声2: うん、いいよお。

[01:49]: 声1: よおし、お母さんが歌ったげる。

[01:53]: (カメラが机上に置かれる。声1の主が、手拍子をしながら「ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー」を歌う。)

[02:11]: 声1: ハッピバースデートゥーユー。おめでとおー。あ、待って待って。

[02:19]: (カメラがぶれ、再び元のアングルに戻る。)

[02:21]: 声1: はい、いいよお。消して。

[02:24]: (向かい側に座る女児が、キャンドルの火を吹き消す。)

[02:28]: 声1: わー(拍手の音、同時にカメラがぶれる)、おめでとう。

[02:35]: 声2: ねえ、食べていーい?

[02:38]: 声1: うん、いいよお。

[02:40]: (女児がキャンドルを皿の外に置き、ケーキを食べる姿を映す。)

[02:51]: 声1: おいしい?

[02:53]: 声2: うん、おいしい。お母さんにもあげるー。

[03:02]: 声1: え、本当?嬉しい。じゃあさ、あーんってして食べさせてよ。

[03:08]: 声2: えー、わかったあ。じゃあお母さん、あーん。

[03:14]: (女児がテーブル越しに、ケーキの欠片を乗せた子供用スプーンをカメラの方向に向けて差し出す。カメラが一瞬大きくぶれ、天井を向く。)

[03:17]: 声1: あーん。んー、美味しい。ゆうちゃんありがとう。

[03:22]: (カメラは暫くの間、ケーキを食べる女児を映す。03:51以降から時折、鼻を啜る様な音が聞こえ始める)

[04:15]: 声2: あれ、お母さんどうかしたの?お腹痛いの?大丈夫?

[04:26]: 声1: いや、大丈夫。大丈夫だよ。ごめんね。

[04:36]: 声2: ほんとに?

[04:38]: (声1の返事は無く、啜り泣き、しゃくりあげる声のみを漏らしている。)

[04:59]: 声1: ねえ、ゆうちゃん。

[05:03]: 声2: なあに?

[05:11]: 声1: ごめんね。

[05:16]: 声2: いいよ。

[05:20]: (カメラが再び机の上に置かれる。声1のくぐもった泣き声が一層大きくなる。)

[05:54]: 声2: お母さんのせいじゃないもん。


[06:13]: (画面が切り替わる。撮影場所は神社の中であると思われ、葬場祭らしき儀礼が執り行われている様子を俯瞰視点で映し出している。ただしその参列者らは喪服を着ているものの一様に笑顔を浮かべており、何処からか節を付けた祝詞らしき詞と「越天楽」と思われる雅楽が聴こえる。)

[06:40]: (カメラが動き、参列者ではなく前方にある祭壇と棺、神主を映す。神主の姿はカメラからは背面しか映らないが、祝詞奏上の儀を行っているように見える。)

[06:59]: (カメラが棺と祭壇の方向にズームする。祭壇に遺影は無く、本来遺影が置かれる場所には玉串が置かれている。玉串に複数結びつけられた紙垂には全て文字が書かれているが、映像の劣化からその判読は困難である。)


[07:13]: (画面が切り替わり、SCP-511-JPの発見場所である家屋の外観を映し出す。)

[07:15]: 声1: ここが、今日からのお家だよ。

[07:20]: 声2: うん。

[07:24]: 声1: 意外と綺麗な見た目だね。もっとぼろぼろなのを想像してたけど、意外と何とかなるのかもね。

[07:36]: 声2: うん。

[07:40]: 声1: 入口の準備はしたし、お世話になった方々の挨拶にも行ったし、皆の分のお地蔵さんも置いたし、これでもう大丈夫だよ。

[07:49]: 声2: うん。

[07:53]: 声1: みんな、笑って送り出してくれたもんね。ちっちゃい頃からゆうちゃんと仲良しだった3人も、学校で新しくお友達になったけいちゃんもじろうくんもゆうくんも、みんな、頑張ってねって、言ってくれたもんね。

[08:11]: 声2: うん。

[08:16]: 声1: ゆうちゃん。

[08:21]: (カメラが右方向を向く。恐らくは「ゆうちゃん」であるとみられる女児がカメラの方向を向いている様子が映し出される。女児は髪を全て剃り落としている。)

[08:28]: 声1: あ、恥ずかしがらないね。ああ、もうお姉ちゃんだもんね。ゆうちゃんは、偉いねえ。まあ、お母さんもおんなじだもんね。お母さんも、もう大丈夫だよ。

[08:42]: (「ゆうちゃん」が微笑する。カメラがぶれ、再び家の方向を映す。)

[08:50]: 声1: それじゃあ、行こっか。早くしないと来ちゃうかもしれないし。

[08:56]: 声2: ねえ、お母さん。

[09:00]: 声1: ん、何?ゆうちゃん。

[09:07]: 声2: うしろ、もう

[記録終了]

記録511-JP_7

1896年、郡制の施行により再編された福岡県鞍手郡では、20年後の1916年に大幅な人事再編の行われた郡役所において郡長が「郡史記錄編纂委員會」を設置し、現在の直方市にあたる直方町やその周囲にある新入村、犬鳴谷村といった地方の民俗誌を編纂する事業を発足させました。当時は日本民俗学の開祖である柳田國男が高木敏雄と共に刊行した民俗学誌「鄉土硏究」の影響で民俗研究が各地で盛んに行われていたこともあり、郡史は3年ほどで完成し、刊行に至りました。

以下は、その時実際に作られた鞍手郡の民俗誌「鞍橋くらじ紀要」における記述の抜粋です。

亥鳴ノ村ニ傳ヘラル逢魔ノ亊

西方ナル亥ノ子塲ニテハ、山神ノ類在リト云フ。山譽ヤマボメトハ異ナリテ、人人ハ手作タヅクリノ罠ヲ用ヒテ神ヲ捕フルトゾ傳ヘラル。

賽ノ河原ニテ悲泣シタル水子地藏ヲスサマシク穢シ、其ノ泣聲ヲ聞タル山神ハ地藏ノ許ヘ行クガ故、オビカルゝ其ノ者ヲバ封ズルニ能フト云フ。

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