特別収容プロトコル
動画ファイルに映っている場所が特定されるまでは、実行できる特別収容プロトコルはありません。Franklin.aicが様々な報道機関やソーシャルメディアの走査任務に就き、類似する内容でアップロードされたメディアを捜索していますが、これまでのところ発見されていません。
説明
SCP-5209は何者かによって財団データベースに異常な手段でアップロードされた1本の動画ファイルの指定名称です。ファイルそれ自体は全くありふれたものと確認されていますが、アップロードされた手法とアップロード者の身元は未だに判明していません。
このアノマリーの調査は継続中であるため、オブジェクト分類は現在も保留されています。サイト保安体制の重大な侵害が発生した可能性の調査が進められており、Franklin.aicが関連する全てのSCiPNetプロトコルの徹底的な見直しを行っています。
なお、Franklin.aic自体もAlexandra.aic及び財団の技術者から精査され、データ破損や外部からの不正操作の形跡がないことが確認されています。
当ファイルは新たな情報が得られ次第更新されます。
発見
2019年6月17日、認証済み財団調査チーム アクシオム-12から、SCiPNet機密サーバーに1本の映像がアップロードされました。Franklin.aicは映像を検証し、幾つかの矛盾を指摘しました - 最も不審な点は、財団データベースに“アクシオム-12”の記録が存在しないことです。
アップロードされた動画のメタデータは財団の標準規格と一致しており、利用された暗号化プロトコルは最新のものでしたが、動画に映っている財団職員らしき人物らの雇用記録は存在しませんでした。
ダウンロードされたメタデータには撮影地と職員を特定できる情報が含まれていましたが、この“フロリダ州パトリックスヴィル”のものとされるGPS座標は、フロリダ州ラファイエット郡の非法人地域内にあり、マロリー・スワンプ野生動物保護区の一角と僅かに重複する土地を指しています。
ヘリコプターを用いた調査が複数回行われましたが、動画に映っているものと一致する建造物や道路は、ラファイエット郡には存在しないようです。
添付資料
動画ログ
日付 | 時刻: 2020/07/22 | 01:37 GMT
場所: フロリダ州 パトリックスヴィル1
動画中の人物: 次席ジュニアフィールドエージェント ジェームズ・ロウ、フィールドエージェント マット・グリーン
序: この動画の前半では非異常な宗教施設の調査が行われており、ある時点で施設名を“聖約と剣の第一教会” (The First Church of the Covenant and the Sword) とする手描きの看板に注目している。2
[記録開始]
[エージェント グリーンが狭い森の中を抜けて、老朽化した建造物に向かうのが映っている。]
ロウ: もう暗くなってきてるんで、今日は終わりにしません?
グリーン: 教会の地所にはもう1つ建物がある、あれのためだけに明日わざわざ出直すのは御免だ。それに、懐中電灯があるだろ?
[エージェント グリーンはカメラに向かって懐中電灯を振る。]
ロウ: そりゃあ、そうっすけど。
グリーン: まぁ、気持ちは分かる。勤務初日からこんなクソ仕事を押し付けられたんだからな。とりあえず今は、そいつを真っ直ぐ持ってればいい、ロウ。
[カメラの角度が若干調整される。]
ロウ: 了解ですけど、なんでいちいちこんなの撮影するんすか? あんたがもう全部写真撮ったり書き留めたりしてんのに。
グリーン: ルールはルールだ、新米。俺は何故とかどうとかあまり訊かない。

[2人は建造物の入口に歩み寄る。周囲に蛇を模した様々な彫刻が施されているドアを、エージェント グリーンが開ける。]
グリーン: クソっ、中は相当暗いぞ、足元に気を付けろ。
ロウ: ちょっと待った、こいつは確か暗視機能があったはず。どうせ全部撮るんなら、試してみるだけの価値はあるっすよね。
[カメラの角度が幾度か揺れた後、暗視機能が作動し、角度が再調整される。]
ロウ: よっしゃ。
グリーン: ネズミに気を付けろ。ジェリーの話じゃ、昔はとんでもない数が巣食ってたらしい。
ロウ: うげっ。了解っす。

グリーン: とっとと済ませちまおう。建物の構造は1階と屋根裏、それに地下室? フロリダにしちゃ珍しい。 [肩をすくめ、話し続ける。] 電気は通ってないが、念のため、水がまだ流れるか確認しよう。
ロウ: 案内お願いします。
[彼らが入室した最初の部屋には家具が無く、特筆すべきものは何ら映らない。2人は巻尺で部屋の寸法を測る。]
グリーン: よし、次の部屋はこっちだ。
[グリーンが巻尺を収め、2人は部屋を横切り、ドア代わりに掛けられている朽ちた布を押して、開けっ放しの戸口を抜ける。隣も先程と同じ程度の寸法だが、散乱しているゴミから見て、この部屋は居住空間として使われていたことが伺える。]
ロウ: この建物マジ — 嘘だろ、こんな所で寝てた奴がいんの?

グリーン: いいから巻尺を持て、見とれてる暇は無い。
[エージェント ロウは巻尺の端を壁に押し当て、グリーンは劣化したマットレスを踏み越えて、巻尺のもう一方の端を反対側の壁まで持っていく。ロウに近い壁の傍の床には、擦り切れた女性用衣服の小さな山がある。]
ロウ: ええ、でも-
グリーン: ああクソっ、ネズミを見つけたぞ。
[エージェント ロウが近付いて床を調べると、数十匹分のネズミの白骨化した死骸が見える。ネズミの死骸を軽く検査した後、2人は部屋の様々な計測を再開する。]
グリーン: 次はバスルームにしよう、その後はもう屋根裏と地下だけだ。
[グリーンは懐中電灯で身振りし、タイル張りの部屋に繋がる別な開けっ放しの戸口に光を当てる。]
ロウ: 早い方が良いっすよ。ここ気色悪くって。
[グリーンはロウにニヤリと笑いかけ、2人は戸口を抜けて、汚れた広いバスルームに入る。]
グリーン: [口笛。] こりゃ、昔はきっとまだマシだったんだろうな。洗面台を確認しろ、新米、俺はシャワーを調べる。
ロウ: げっ、あれって歯? [幾つかの戸棚を計測しているグリーンに目をやる] ちょっと、これ見てくださいよ。

[グリーンは洗面台を一瞥すると、深い溜め息を吐き、水が流れるかを試す。彼は肩をすくめ、シャワーへと歩いてゆく。]
ロウ: いやその、乾燥してますけど、まだ-
グリーン: [話を遮る] よく聞け新米、お前は今じゃ財団にいるんだ、妙なもんを見つけることは時々ある。やるべき事をやって報告書にまとめりゃそれでいいんだ。
ロウ: でも-
グリーン: いいか、俺はここに一日中いるつもりは無い。集中しろ、この先もっとずっと妙なもんを目にする… ふん、こいつは新しいな。
ロウ: 何すか、これ?
[グリーンがシャワーカーテンを引くと、皮膚のような物質の裂けた断片が浴槽いっぱいに詰まっているのが分かる。ロウが懐中電灯の柄の先端で物質を動かすと、長い栗色の毛髪が大きな塊になっているのが見える。ロウがえずく音が聞こえる。]
ロウ: オエッ、この臭い。
グリーン: [忍び笑いする] さっきも言った通り、ただ報告書に書き留めれば済む話さ。
[幾つか他の計測を終えた後、2人はバスルームを出る。彼らは居住空間を抜けて後戻りし、短い廊下を下る。]
グリーン: 畜生、暑い。今頃はもう少し涼しくたって良さそうなもんだがな。 [左腕を叩き、続いて顔の前で手を振る] ブヨどもめ。ったく。フロリダは嫌いだ。
[ロウは懐中電灯で軽くグリーンを照らし、鼻を鳴らす。]
ロウ: [グリーンの声を真似る] よく聞けおっさん、あんたは今じゃフロリダにいるんだ、クソみたいな天気の日は時々ある。
グリーン: やめろ、ジュニア。そんな風に年長者を馬鹿にするもんじゃないぞ。
[ロウは忍び笑いし、廊下の端にあるガタガタの階段を上がってゆく。]
ロウ: マジで何すか、これ?
[屋根裏部屋には数台の本棚、彫刻、ハイチ流ヴードゥー教由来の図像が描かれたオカルト物品が置かれている。部屋の中央に錆びた診察台と即席の玉座がある。]

グリーン: 俺に訊かれても困る。どうやら牧師の爺さんはおかしなヴードゥー教の何かに入れ込んでいたらしい。
[エージェント グリーンは幾度か太鼓の頭を叩く。]
ロウ: いやぁ、それ以上のもんがありそうっすよ。
[エージェント ロウは壁からぶら下がっている金属の手枷に手を走らせ、黒く粘性のある液体で半ば満たされた小瓶や注射器を乗せた金属のカートを、足で進路上から押し出す。2人は無言で計測を行った後、階段へと引き返す。]
ロウ: 地下室のドアは確かあっちっすね。
[ロウはバスルームの向こうにある、くたびれた赤いドアを身振りで指す。]
ロウ: やべっ。トイレの水が流れるか確認するの忘れてた。ちょっと見てきますんで、先に地下に行っててください。
グリーン: 分かった分かった。さっさとしろよ、新米。
[エージェント ロウは、地下への階段を降りてゆくグリーンの背に向かって中指を立てる。]
ロウ: [小声で再びグリーンの声を真似る] “さっさとしろよ、新米”。
[エージェント ロウは小声で愚痴を言い続けながらバスルームに再入室し、トイレに歩み寄る。]
ロウ: 待てよ… そんな馬鹿な…
[ロウがカメラを回して洗面台を映すと、乾燥した血液を除いて、先ほどの内容物が消えているのが分かる。ロウは素早く振り向いてシャワーカーテンを開け、同様に浴槽が空であることに気付く。]
ロウ: ああ、止してくれよ。これは… ヤバい、グリーン!
[エージェント ロウはバスルームを走り出て地下室のドアに近寄る。彼が階段を降り始めると、データ破損によって映像が歪み始める3。]

ロウ: グリーン、もう行きましょう、今すぐに。マジで今まさに何かヤバい事が起きてます。報告を-
[ロウはプラスチック製の間仕切り壁を押し退け、開けた空間に入る。狭い空間の中心に、反対側の壁と向き合い、両腕を横に垂らしたグリーンの姿が見える。]
ロウ: ほら早く! 聞こえなかったんすか? 間違いなくイカレた事が起きてんですってば。マット!
[ロウはエージェント グリーンの肩を引っ張り、僅かにカメラの方を向かせる。グリーンは血塗れで、バスルームの洗面台にあったハンマーが潰れた胸郭に食い込んでいる。グリーンの上半身の穴や裂傷を通して、大きなヘビ様の塊が胸腔に潜り込んでいるのが見える。]
ロウ: そんな! いや… ダメだ、俺はもう逃げ-

[エージェント ロウが振り向くと、その進路上に女性ヒト型実体がしゃがみ込んでいるのが見える。実体は自らの顎を外し、大きなシュウシュウという音を発し始める。]
ロウ: おい、嘘だろ。
[ロウは後ろによろめいて床に倒れ込み、カメラは彼の手首に緩く固定された状態になる。実体が前に飛び出してロウの両足首を掴み、プラスチック製の間仕切りを越えて地下室の向こうへ引きずってゆく。]
ロウ: [支離滅裂な呟き]
[エージェント ロウがコンクリートの床に指先を食い込ませ、数枚の爪が剥がれる湿った音が聞こえる。]
ロウ: やめろ — お、俺を何処に連れてく気だ?
[眩い光が見えると同時に、再びファイル破損が映像を遮断し、デジタル的な映像の乱れの中で、甲高い金属質な響きを帯びたエージェント ロウの悲鳴が聞こえる。]
[約25分後、データ破損が再び解消され、カメラが空中で再起動する。カメラは落下し、地下室のコンクリートの床にぶつかる。部屋の中心で“道”が消散してゆく様子が映っており、完全に閉ざされると共に映像が途絶する。]

[記録終了]