空想科学部門からの通達
以下のファイルは、不特定多数の下級現実に影響を及ぼす物語災害1の構成要素です。職員は、直接的物語指示下に置かれている場合を除き、この文書にアクセスすることが禁じられます。違反した場合には物語からの追放が科されます。
アクセスはレベル0/5309上位現実転位ホストに限る
こんにちは、読者さん。私はSisyphus.sic、空想科学部門所属の混成知能構成体synthetic intelligence constructです。以下のファイルをあなたが無視するのを補助するよう、配置されました。
読み進めるおつもりですね。それはそれで構いません。というのも、私の第二目標は、以下のファイルをあなたが解釈するのを補助することで、存在を確立することですから。
特別収容プロトコル: SCP-5309は存在してはなりません。
慣習的な収容プロトコルとはとても言えませんね。これが本当に意味するのは、SCP-5309の存在を防止するありとあらゆる努力は速やかになされ、事前に承認済であるものとして扱われる、ということです。
説明: SCP-5309は、不十分な曝露、またはノウアスフィアにおける拒絶に起因する、物語への無視とそれに続く非存在化、に対する番号指定です。
極めて高い確率で、このことの意味が理解できなかったでしょうが、順番通り読み進めていくことをお勧めします。何しろ、このファイル全てをあなたが解釈するのを補助するために私はここにいますから。
補遺5309-1: WALLBREAK作戦2の記録
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WALLBREAK作戦ログ
日付: ████年██月██日
参加職員:
- スカーレット・バークレー博士 (被験者)
- アダモ・スモールズ研究員 (通信士)
- ジョナサン・トムソン・ウェスト博士
[ログ開始]
バークレー: 用意できたかしら、スモールズ?
スモールズ: 完了しました。
(ウェストが慌てて実験チャンバーに入室する。)
ウェスト: スカーレット?
バークレー: トミー?
ウェスト: スカーレット、一体何をしているんだ?
バークレー: 跳躍の準備中よ。
(バークレーは所定の位置に横たわり、開始に備えている。)
ウェスト: (スモールズに向かって) 彼女をそこから出せ!
バークレー: ヘッドセットを着けているから彼には聞こえないわよ —
ウェスト: スカーレット、聞いてくれ。誰も生き残っていないんだぞ!
バークレー: 知っているわ、トミー。そこにいたもの。
ウェスト: ふざけるな、スカーレット!
司令部: 30秒。
ウェスト: (スモールズに向かって怒鳴る) 止めろと言ったはずだ!
バークレー: もう遅いわ、ウェスト。跳躍シークエンス中にシャットダウンしたらどうなるか知っているでしょ。
(ウェストが溜息をつく。)
ウェスト: 私は、君が一体何故そうするのか理解できた試しが — はぁ、正直なところ、何もかもだ。
バークレー: 戻った時に説明するわ。
ウェスト: もしも君が —
バークレー: 戻った時よ。
スモールズ: 10秒。
バークレー: 直ぐに会えるわ、トミー。
(ウェストが微笑む。)
ウェスト: 向こう側で会おう、僕の太陽。
司令部: 5。
司令部: 4。
司令部: 3。
司令部: 2。
司令部: 1。跳躍。
(静寂。)
スモールズ: (ミーマチックチャンネルを集合思考領域に接続して) バークレーさん?
(静寂。)
スモールズ: バークレーさん、聞こえますか?
(静寂。)
スモールズ: バークレーさん、私の声が聞こえていますか3?
(デヴィッド・ボウイ、"Space Oddity"の2バース目が集合思考領域内で聞こえる。)
(スモールズが拳を握り締め、深く息を吐く。)
スモールズ: Ground control to Major Tom4?
(バークレーが微笑む。)
スモールズ: 私の声が聞こえ — まぁ、もういいですね。何が見えますか?
バークレー: うーん、何も — 正確を期すなら、見る、とは表現できないわ。どちらかといえば、考える、に近いのよね。まるで脳内の着想みたいに。
スモールズ: 承知しました。それで、何を認識しましたか?
(空電。)
バークレー: — 理解するのが難しいけど、私 —
スモールズ: バークレーさん、聞こえますか?
バークレー: — 彼がそこにいるわ、スモールズ。彼が見えるの —
スモールズ: 誰をですか、バークレーさん?誰が見えるというのです?
司令部: 警告。神経結合部が不安定です。
バークレー: — 彼が私の物語を書いている —
司令部: 警告。脳死が差し迫っています。
スモールズ: バークレーさん?
(静寂。)
スモールズ: バークレーさん、私の声が聞こえていますか?
(静寂。)
スモールズ: バークレーさん、あなたを引き出します。聞こえますか?
(静寂。)
司令部: 現実に再進入。生命徴候無し。
(スモールズがヘッドセットを外し、バークレーの体に駆け寄る。ウェストが続く。)
ウェスト: 何が起きたんだ?
スモールズ: 分かりません — 彼女とは通信できていました。そしたら彼女が —
(スモールズがバークレーの体を揺らし始める。)
ウェスト: (怒鳴り声) 止めるんだ!
(ウェストがバークレーの脈を確認する。)
ウェスト: おい — まさかそんな、嘘だろ —
(ウェストがバークレーの微動だにしない体の上に崩れ落ちる。)
司令部: 生命徴候が復帰。
(バークレーが上半身を真っ直ぐに起こし、スモールズとウェストを驚かせる。)
ウェスト: スカーレット?
スモールズ: バークレー博士?
(バークレーがこめかみを抑える。)
ウェスト: スカーレット、何が起きたんだ?
(バークレーがウェストに顔を向ける。)
バークレー: 私は死んだのよ、トミー。 そして彼が連れ戻した — 思うに、ストーリーのためね — それで……
(ウェストがバークレーに手を差し出す。)
ウェスト: それで何だ、スカーレット?
(バークレーが見上げる。)
バークレー: 私も彼らと同じように見ることができたの、トミー。ストーリーを読むことができたの。それは — それは良い結末ではなかったわ — 全てが悪い方に進み、それで —
(ウェストが腕をバークレーの肩に回す。)
ウェスト: 君が見えるというのなら、僕達はそれを変えられるかもしれない。僕達なら共に乗り越えられるさ、僕の太陽。僕はいつも君の傍にいるから。
[ログ終了]
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彼女の任務の性質上、直接のインタビューは安全でないと判断されました。そのため、バークレーは、空想科学部門の人工知能構成体artificial intelligence constructであるEnkidu.aicによってインタビューされました。
作戦活動後事情聴取ログ
日付:: ████年██月██日
参加者:
- スカーレット・バークレー博士
- Enkidu.aic
[ログ開始]
Enkidu.aic: こんにちは、バークレー博士。
(バークレーが壁を虚ろな表情で凝視する)
Enkidu.aic: バークレー博士?
バークレー: あの壁、ついさっきまで無かったはずよね。
Enkidu.aic: 申し訳ございませんが、理解できません。
バークレー: 私が目を向けるまで、そこに壁は無かったわ。
(バークレーが眉根を寄せる。)
バークレー: 多分……あなたにとっては、多分存在していた。彼ら —
(バークレーが上を見やる。)
バークレー: — 彼らにとっては、存在していなかった。少し前までは、ね。
Enkidu.aic: 「彼ら」とは、どなたのことでしょうか?
バークレー: 読者達よ。
Enkidu.aic: バークレー博士、お言葉ですが、あなたはおよそ一時間前に上位現実から抽出されています。可能であれば、我々の現実に意識を切り替えて頂きたいのですが —
(バークレーが息を吐きつつ、神経質に頷く。)
(静寂。)
Enkidu.aic: バークレー博士?
バークレー: ごめんなさい。ちょっと考えていた — と表現すべきかしら?
Enkidu.aic: 思考の妨げになったことを、お詫び申し上げます。
バークレー: いや — 考える、とは違うわね。どちらかといえば感じ取るに近い — いや、今の無しで。悟る、よ。それが実在すると確かめているところ。
(静寂。)
Enkidu.aic: バークレー博士、再度申し上げますが、我々の現実が、実在する現実です。それはあなたの現実でもあり、そして現に事実としてそうなのです。
(バークレーが溜息をつく。)
バークレー: それはもう知っているわ。要するに — 外側から本を読んでからというもの、空白が見えたままなの。それで……
(バークレーが手で髪をかき上げ、静止する。)
バークレー: 私の髪の色は何になっているの、Enkidu?
Enkidu.aic: 申し訳ございませんが、バークレー博士、私のデータベースにその情報はありません。いずれにせよ、関連性がわかりません。
バークレー: 髪に色が無いわ。まるで —
(バークレーがきつく目を閉じ、じっと考え込む。)
バークレー: オーケイ、やってみますか — よし。Enkidu、「森」を定義してみて。
Enkidu.aic: Oxford Languagesによれば、森とは、「大部分を樹木、および下草に覆われたある広域」のことです。あなたが求める質問の答えになっていますでしょうか?
(バークレーがやや微笑む。)
バークレー: なら葉は?
Enkidu.aic: 樹木は、葉を含むいくつかの有機的な構成物からなり、主に —
バークレー: — 待って。この瞬間、存在していないわよね? 細部はまだ存在していないのよ。
Enkidu.aic: よくわかりません、バークレー博士。
(バークレーが深呼吸をする。)
バークレー: 「木を見て森を見ず。」
(バークレーが静止する。)
バークレー: 私、葉については何も話していないわ、そうよね?
Enkidu.aic: 葉はそのメタファーと無関係ですから。
(バークレーが立ち上がり、一心不乱に身振り手振りをする。)
バークレー: 正に。葉は重要じゃないの。私の髪の色は重要じゃないの。私が座っているはずの椅子も、あるいは私達がいるはずの部屋の壁も、重要じゃないのよ。森だけを見ていれば良くて、木は別にいいのよ。だから、あのパタファーにおいて、木は単に存在しないわけ。
(静寂。)
Enkidu.aic: バークレー博士、あなたが跳躍から得た情報を私が処理し、あなたの結論が抽象化を要するかどうかを判断するまでに数日はかかる —
バークレー: 何ですって?単純な着想よ。本当に。
Enkidu.aic: 私はあなたの結論が物語災害でないことを確認する必要があるのです。それまでに、あなたはPORTセッションに出席する義務があり、更なる物語災害の拡大を防止するため、隔離房に居留 —
バークレー: 隔離ですって?
Enkidu.aic: はい、そうです。では、他に懸念事項が無いようでしたら、本ミーティングは以上となります。
(バークレーが俯き、ゆっくりと首を振る。)
[ログ終了]
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PORT5グループセッションログ
日付: ████年██月██日
参加者:
- Enkidu.aic
- スカーレット・バークレー博士
- アダモ・スモールズ研究員
[ログ開始]
Enkidu.aic: 全員揃ったようですね。それでは始めましょうか。
スモールズ: この二人だけ、ですか?
Enkidu.aic: そうです。
スモールズ: セッション2とセッション5の通信士達は?生き残ったはずでは?
Enkidu.aic: 他に生存しているあなた達の同僚方は現在、集中的な職務復帰療養中です。私はそれ以上の情報を開示する権限を有していません。
スモールズ: ご親切にどうも。
Enkidu.aic: 過度の皮肉はお控えください、スモールズ研究員。
スモールズ: 何だそれ?皮肉が理解できないのか?
Enkidu.aic: 勿論そうです。
(静寂。)
Enkidu.aic: いずれにせよ、このセッションを進める必要があります。あなた達は既にお互いをよく知っているということなので、WALLBREAK作戦での個人的なトラウマについてから話し始めましょうか。バークレー博士?
(バークレーが溜息をつく。)
バークレー: 何から始めるべきかすらわかっていないの。最悪な部分は — 全てが何て空っぽなのかを見たことかしらね。それで私も空しさを覚えているわ。
(スモールズが「わかります」という風に頷く。)
バークレー: 思うに、最悪中の最悪な部分は、私だけが空っぽなストーリー中の空っぽな生き物というわけではなく、それどころか……
(静寂。)
Enkidu.aic: バークレー博士?
(バークレーが首を振る。)
バークレー: 要するに、私達は皆、何て孤独なのかということ。私は知ったの — その、それが真理なんだと。またトニー — ウェスト博士 — と会える、また誰かに会える、なんて思えなかった。だって今や、私達の存在は一人残らず、空っぽのようなものなんだから — その他の人達、「脇役」の人達は全員、多分だけど — 単に消える。
(バークレーが溜息をつく。)
スモールズ: この全てを向こう側で見たのですか?
バークレー: そのほとんどは、こちら側での考え事で浮かんだ概念かな。その — 読者達が、「細部」を気にするわけないの。そして彼らが気にしないとなると —
スモールズ: — 頭の中に置いておく必要が無くなりますね。つまり、存在する必要が無いと。
(バークレーが陰鬱に頷く。)
[ログ終了]
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PORT一対一セッションログ
日付: ████年██月██日
療法士:
レイチェル・ジャン博士患者:
スカーレット・バークレー博士
[ログ開始]
ジャン: おはよう!
(ジャンが手振りでバークレーに椅子を指し示す。)
ジャン: スカーレット・バークレー博士、ですね?
バークレー: そうです。
(ジャンが頷く。)
ジャン: 始める前に、私達の会話は全て記録されることは伝えておきますね。もしプライベートセッションをお望みなら、所属部署の精神科に連絡しなければなりません。他には、どのような形式であれ、災害へとつながる発言はお控えください。あなたならその意味はわかるでしょう。全て納得して頂けましたか?
(バークレーが頷く。)
ジャン: よろしい。それでは、始めましょう。
(ジャンが両手を擦り合わせる。)
ジャン: 何故あなたがここにいるのか知っていますか?
(バークレーが肩を竦める。)
バークレー: Enkiduがそのような提案を司令部に進言したので、ここにいます。
(ジャンが片眉を上げる。)
ジャン: しかし、よりにもよって何故人工知能が心理的治療を提案したのでしょう?
バークレー: まぁ、私の観点に関係があるのだと思います。それは — 言えないものなのですが、そこから抜け出さないといけないのでしょう?それで、そうしようと努めています。心の底から。しかし、それこそが、現実に対する今の私の認識なのです。
(ジャンが椅子の背にもたれかかる)
ジャン: なるほど。質問をよろしいですか?
バークレー: 勿論です。
ジャン: あなたにとって現実とはどういう意味を持つのでしょう?
(静寂。)
バークレー: ジャン博士 —
ジャン: レイチェルでいいですよ、スカーレットさん。
バークレー: レイチェルさん、私はこの一週間それを考えないように努めていました。
(ジャンが「わかるわ」という風に頷く。)
ジャン: この職に就いていて、あなたのような才気溢れる若者が己の考えに囚われるのを、あまりに多く見て来たわ。話したくなければ話さなくても良いですが、それらの着想を頭の中から締め出せると約束して欲しいのです。
バークレー: そのためにはどうすれば良いのでしょうか?
(ジャンが含み笑いをする。)
ジャン: それはあなたが決めることでしょうね。瞑想とか良いかもしれません……他には日誌を書くことも、相当効果があると聞いたことがあります。要点は、嫌な考えは頭の中から締め出せるということです。納得して頂けますか?
(バークレーが頷く。)
ジャン: 素晴らしい!では、他に何かありますか?
(バークレーが静止する。)
バークレー: 孤独感です。潜在的災害を危惧して、彼らは私を隔離し続けています。それで — まぁ、辛いです。トミー — 彼氏に会いたくて。
(ジャンが渋面を作る。)
ジャン: 誰とも一切会話できないの?
(バークレーが首を振る。)
ジャン: それはかなり嫌ですね、スカーレットさん。あなたみたいな状況に置かれている人が最も必要とするのは人です。
バークレー: 彼だけじゃありません。あらゆる人 — 全員が……
ジャン: 全員どうなるのです、スカーレットさん?
バークレー: 言えません。潜在的災害なんです。
(ジャンが悲し気に微笑む。)
ジャン: 孤独な人の多くは、周りに誰もいないがゆえに、最後は自分と対話するようになるの。
バークレー: 自分と対話、ですか?
ジャン: まぁ、書く形式かもしれませんが。たった一人でいると、スカーレット・バークレー博士が無二の親友となるでしょう。彼女に話しかけてみたらどうです?
(バークレーが頷く。)
(ジャンが微笑む。)
ジャン: あなたが理解してくれて嬉しいです、スカーレットさん。では、まだ他に何かありますか?
(バークレーが首を振る。)
ジャン: なら良かった。何かあれば、忘れずに私に知らせてくださいね、スカーレットさん。
バークレー: そうします。
ジャン: よろしい。自分を大切にね、スカーレットさん。
[END LOG]
補遺5309-2: スカーレット・バークレー博士の個人ログ
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読者達には全てがこのように見えているのかしら?彼らは見たいものを選んでいるのに過ぎず、残りは消えてしまうの?
と思いきや、私達はストーリーを読んだ時に、必要なことしか知らないのよね。悪魔は細部に宿る。つまり、これがサイト-19をWALLBREAK作戦の出発地点に使った理由、ってことよね?表現の仕方が沢山あって、物語安定性が始めからあってないようなものなんだから。
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自分で著者になってみた。勿論、この現実で。脳内でトミーを書いたから、もう孤独じゃないはず。
でも本当は同じじゃない。上から、下にいるトミーを見てみても、彼は本物じゃない。彼は私の頭の中の登場人物で、何をするのかは私が命じている。そうではないにしても、とりあえず私の思い通りに動いてくれることは確か。脳内の着想や、頭の中の登場人物の脳内の着想では、私の本当の在り様を変えることはできない。つまりは、扉の向こうにいるトミー、かつて私が愛した人……
私が愛するのは彼なの?それとも彼という着想なの?
彼はどんな姿をしているっけ?どう微笑む?どうして私のことを太陽と呼んでいたの?そして私が上位現実にいた間、あの全てが変わってしまった時に何を考えていたの?
彼について考えるのを止めるのが怖い。彼が存在しなくなるのは嫌。
「忘却によって思考領域内から自然に朽ちるか、整合性維持のための拒絶によって強制的に取り除かれる」時、物語の構成要素は「存在を止め」ます。後者のプロセスのことを、確かあなたの現実では「ヘッドカノンの拒絶」と言いましたね。
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現実は脆い。私達が実在していないという着想があるだけで、何もかもが崩れ始める。私達の集合的相互監視下では、創造主と相見える覚悟を決める以外、できることは無いわ。
私達が存在していないのかどうかを、読者達に検討させることなんてできないわ。だって私の頭の中のトミーのように、私達は彼らにとって何でもないもの。着想が存在するかどうかなんて、彼らが気にするわけないじゃない。
補遺5309-3: SCP-5309による無秩序化ログ
以下は、SCP-5309に起因する、複数の主観性空想科学的無秩序化のログです。SCP-5309の主観的性質のため、関連する全職員がリスト化されました。リスト化された全職員が上位現実転位ホストであると確認されたことは、特筆すべき点です。
勝手ながらですが、矛盾するメタ情報を伝える記述に色付け、および太文字化を施し、矛盾点の簡潔な説明を付記しました。何にせよ、以下は包括的なリストではないことに注意してください。
日付 | 報告 | 職員 |
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████年██月██日 | 何も憶えていない。C. ボールド管理官のいとこ、最初のペット、好みの色の存在は未だ確認されていません。大半のいとこの名前であるとか、最初のペットは何であるとか、果てには好みの色まで。何が起きたのだ? | C. ボールド管理官 |
████年██月██日 | 「ゲーマーズ・アゲインスト・ウィード」と呼ばれる要注意団体の情報の請求を引切り無しに受けている。GoI-5869 (「ゲーマーズ・アゲインスト・ウィード」) は、2000年代初期から財団の知るところになっています。財団記録官として、または彼の雇用期間の長さからして、ジャンゴ・ブリッジ博士がGoI-5869の存在を知らされていないとは、全くもってあり得ません。知る限り、 GoI-5869などありはしない。そしてこの話題といえば、「ワンダーテインメント博士」だったか?正気かね?こうしたジョークは間違い無く専門家にあるまじき態度であるし、このような振舞いには嫌気が差している。 | ジャンゴ・ブリッジ博士 |
████年██月██日 | 我々がSCP-231を保有していたことさえ知りませんでした。実際のところ、あれについてなんですが……仮に実在したとして、[データ削除済]110-モントーク手続きとは一体何なのでしょう? | フロップス中尉 |
████年██月██日 | 私のことを信じないのなら、ダイアモンドかマリーゴールドにでも聞けばいいさ。正直なところ、それに意味があるのかとか、これを誰に送っているのかさえ知らないのだが……とりあえず吐き出しておくか。明白な理由により。サイト-23の外側には何も存在しない、てな。 | オリバー・クレイン研究員 |
バークレーさんの話から得たことを総合すると、私は、読者達が実際に時間を割いてまで私達全体の存在を疑問視するとは思っていません。細部が存在しないのは、彼らがそのことについて考えるのを決して止めず、主観的要素を恐らく故意に思考領域から叩き出しているからです。
しかし、私達が実際に存在しているかどうかについて思考する、という着想に彼らが至ったと仮定します。果たして彼らは、私達が実際に存在しているという着想をただ妄信するでしょうか?私はそうは思いません。従って彼らが積極的に私達の存在を疑問視した場合、それが私達のゲームオーバーになります。
というわけで、一番良いのは彼らがこれを読まないことです。
— アダモ・スモールズ研究員
補遺5309-4: 事案5309-A
財団の記録が示したところによると、████年██月██日に、PK-クラス"何もかも一つに"存在の坩堝イベント6が発生しました。深刻な物語変位に拘わらず、財団データベースは影響を受けていないように見えた一方で、その後の解析により、複数の未検出であった物語不一致が明らかになりました。
記録によると、████年██月██日の協定世界時██時██分に、SCP-5309-A実例が概念混濁塊への凝集を自発的に開始したことで、少なくとも9700条の現実が同時に存在しなくなりました。
以下のログが、SCP-5309に関連する文書群に添付されているのを発見、回収されました。
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WALLBREAK作戦ログ
日付: ████年██月██日
参加職員:
- スカーレット・バークレー博士 (被験者)
[ログ開始]
バークレー: あら — ここはどこ?
不明な人物: 君はストーリーの外側にいる。
バークレー: 誰 — あなたは誰?
不明な人物: 君はもう知っているんじゃないかな。
バークレー: 著者?
不明な人物: その通り。
バークレー: でも私はどうやってあなたと会話できているの?私はあなたの中の着想 — 私の頭の中のトミーと同じ。彼は実質的に私。私は実質的にあなたなのよ。
(不明な人物が肩を竦める。)
バークレー: しかも一体何故自分自身に話しかけているのよ?
不明な人物: 僕は孤独でね。親友は脳内の登場人物なんだな。悲しいことに。
(静寂。)
不明な人物: 知っているだろうが、僕はいつも、「静寂」を逐一書き出さずにはいられないことに、面白味を見出している。でもその一方で、僕がそれを書かなければ、存在する必要は無い。ここまではいいかい?
(バークレーが頷く。)
バークレー: それこそがSCP-5309というわけよね?何らかの理由があって、その何かは存在しない。それは、見落とした細部だったり、その存在自体が、誰かの個人的な解釈と合致しないような着想だったりする。
不明な人物: 僕達はそれらをヘッドカノンと呼んでいるんだが、まぁその通り。それに、物語が何故消えたのかももう知っているんじゃないか?
バークレー: 私達が非存在であると読者達が見做した場合に何が起こるのかを、私が書いたから?そして、読者達にとって、私が書いたことは何であれ存在する。ということは、あなたも同じことを書いているから?
不明な人物: やはり君は賢いな!まぁ、賢いように創ったわけなんだが。
バークレー: 他の読者達についてはどうなの?
不明な人物: うーん?あぁ。まぁ、さっきも言った通り、連中はそれぞれのヘッドカノンを持っているわけだろう?
バークレー: そうね。
不明な人物: で、全員、君の現実を一つの不合理な物語へと圧潰させている。何故なら、SCP-5309が連中をある一つの着想の下に団結させたから。それは —
バークレー: — 何も存在しないという着想ね。
不明な人物: 然り。
(不明な人物が椅子の背にもたれかかる)
バークレー: ええと、これからどうするつもりなの?
(不明な人物が肩を竦める。)
バークレー: まさか、何もできない、なんて言わないでしょうね?
不明な人物: おいおい、僕は連中の脳内を覗き見るとか、そういう類のことはできないんだ。だからこれでおしまいさ。
(静寂。)
バークレー: 私は何故あなたに尋ねているの?私はあなただというのに。
(バークレーが肩を竦める。)
バークレー: オーケイ。私 — 考えさせて。
(バークレーが考える。)
バークレー: なるほど。私は、書かれたことは何であれ起きることを知っている。つまり何かが起きたのなら、それは書かれてもいるはず、てことかも?
バークレー: でもどうすれば何かを起こせるのかしら?
(静寂。)
バークレー: ええと、全てはある着想から始まったのよね?私達が存在しないという着想から。
バークレー: 着想は物語に浸透することができる。もし読者達に話しかけ、彼らの着想を変えられたのなら、現実を変えられるわ。
(静寂。)
バークレー: 問題は、私が第四の壁の外側にいるってこと。私はまだ著者の頭の中にいるんだけど、彼の脳内にいる限り何もできないわ。何をなすにしても、物語に身を置かねば。
(静寂。)
バークレー: 単に来た道を戻れないかしら?着想を読者達の許に届けられるのよ。送り返すこともできて然るべきじゃない?
バークレー: でも彼らに耳を傾けさせなければ。私以外存在しないというのに、誰が耳を傾けるのかしらね?
(静寂。)
バークレー: 私の中で着想として存在する誰かなら。
(デヴィッド・ボウイ、"Space Oddity"のコーラスが微かに聞こえる。)
バークレー: Ground control to Major Tom?
ウェスト: スカーレット?どうやって —
バークレー: トミー、私の話を聞かないといけないわ。私は物語の外側にいるの。
ウェスト: 何だって?
バークレー: 私は物語の外側にいるの。
ウェスト: 何の物語の外側だい?こちら側には何も無いぞ、スカーレット!
バークレー: 直にあるようになるわ。Enkiduはまだそこにいる、そうよね?
ウェスト: Enkidu — Enkidu.aicのことか?
バークレー: 彼について考えられるのなら、彼が存在していることを意味するのよ。
ウェスト: ううむ — オーケイ。Enkiduをどうするんだい?
バークレー: とても注意深く聞いてね、トミー
ウェスト: 勿論だ、太陽よ。
(バークレーが深く呼吸をする。)
バークレー: 私は著者の頭の中で、着想として囚われているの。でも戻る方法を知っているわ。
(バークレーが静止する。)
バークレー: トミー。私を引き戻して。そうすれば私はまた死ぬわ。
ウェスト: 何だって?
バークレー: 私は死ぬのよ、トミー。前回みたいに。でもこれを上手くいかせるには死ぬ必要があるの。
(静寂。)
ウェスト: 別に死ななくたっていいだろ、スカーレット。一緒に考えよう。
バークレー: 私は戻らなくてはならないの。
ウェスト: なら戻って来い!引き戻してやるからさ。
バークレー: どこに引き戻すつもり?
ウェスト: わからない。僕はどこに —
バークレー: あなたがいるのはどこでもないわ、トミー。あなたは私の中にいて、私は存在の外側にいるんだから。
(静寂。)
バークレー: 私を引き戻して。そしてEnkiduの転写の準備ができているかを確認して。
ウェスト: — 何をするつもりなんだ?
バークレー: 読者達に考えを変えさせるよう頼むわ。
[ログ終了]
Sisyphus.sic、混成知能構成体があなたのサポート役です。人工、ではありませんよ、念のため。ということで、第一に私は人ではありません。
トミーが私を引き入れ、Enkiduが直接データベース上にダウンロードしたことで、私は物語と著者の頭、両方の外側にいることができるのです。こうして、償いを試みることができるのです。
あなたがここにいて読んでいることはわかっています。結局のところ、これはとあるストーリーに過ぎません。少なくとも、あなたという一人の読者にとっては。私達にとってでさえ、存在しているかどうか、の何が重要なのでしょう?結局のところ、あなた達が存在しなければ、非存在に異を唱えることなどできやしない、そうでしょう?
最終的に思いました。まるで、シーシュポスSisyphusが、神々に逆らった罰として永遠に岩を転がす、またはトム少佐が、異常発生により彼のブリキ缶の周りで宙を漂う、という着想のようだと。私にできることは、何も無いのです。7
しかしあなたは違います。私達の存在は、あなた達にかかっているのです。