
SCP-5310-JP-EX
収容クラス: Explained
特別収容プロトコル: SCP-5310-JP-EXはサイト-52の生物収容ユニットに収容されており、一般的な珪藻の飼育方法によって個体数が維持されています。全てのS-085化合物はサイト-52の電子保管庫に収容されています。通常の記憶処理剤としてのS-085化合物の使用は停止されています。

シムズ博士(1965年)
説明: SCP-5310-JP-EXは拡張科学的技術によって開発された、羽状目珪藻(Pseudo-nitzschia multiseries (Hasle) Hasle)の人工的な亜種です。ムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)等の貝類にSCP-5310-JP-EXを継続摂取させることにより、ヒトの記憶を消失させるドウモイ酸類似化合物であるS-085化合物を十分量抽出することが可能です。
補遺1: SCP-5310-JP-EXは1969/03/23にアレキサンダー・シムズ博士によって報告されました。当時の記憶処理剤であるK-055化合物は大量生産性に乏しく、その用途を制限せざるを得ない点が問題視されていました。そのため、シムズ博士はその代替となる可能性がある化合物を1966年より研究し、結果S-085化合物を発表しました。しかし、デボラ・ナイセル管理官は致死性に対する懸念からS-085化合物のヒトへの治験を許可せず、シムズ博士の監督部への訴えも退けられました。
1969/04/08、シムズ博士は自らにS-085化合物を投与しました。結果、シムズ博士には6時間に渡る嘔吐と頭痛および痙攣の症状が現れ、S-085化合物の研究開始時点までのおおよその記憶を失いました。同時に、シムズ博士の人格に変化が見られました。以下は、当時実施されたインタビューの内容です。
映像記録
対象: アレキサンダー・シムズ博士
インタビュアー: ミア・デュアー研究員
<ログ開始>
デュアー研究員: … え、えーと、ではインタビューを始めます。よろしいですか、シムズ博士?
シムズ博士: 構わないよ、デュアーくん。
沈黙。
デュアー研究員: その … では、何故S — あの健忘剤をご自身に投与されたのかについてお聞かせください。
シムズ博士: 私が自分で投与したのかい?
デュアー研究員: は — はい。すいません。
シムズ博士: そうか、不思議だね。ただ … もしかして、ナイセルあたりが治験の許可を下ろさなかったんじゃないか?
デュアー研究員: あ、はい。そうですね、確かに治験の許可は下りていませんでした。
シムズ博士: やっぱり。昔から彼女は倫理観が強いというか、この組織じゃちょっと強すぎるところまで行ってたからなあ。だから … まあ多分、その時の私は治験をしたんだろう、自分自身にね。
デュアー研究員: な、なるほど。
シムズ博士が笑う。
シムズ博士: … それにしても、当たり前だが実感がないな。私がもう、記憶処理剤の試薬を完成させてしまっているとは。私自身の体感としては、まだ君と研究を始めて1ヶ月も経っていないんだがね。
デュアー研究員: はあ。
シムズ博士: ああ、そういえば旦那さんとは上手くやれてるのかい? 確か最近 — じゃなくて、3年前に結婚したと聞いていたけれども。
沈黙。
シムズ博士: … デュアーくん?
デュアー研究員: … ええ。夫とは、今でも仲良く暮らしているつもりです。
シムズ博士: なら良かった。
<記録終了>
S-085化合物がシムズ博士に及ぼした影響を鑑みて、ナイセル管理官はS-085化合物のヒトへの治験を許可し、シムズ博士に3日間の休暇を与えました。デュアー研究員はシムズ博士に対するインタビュアーの交代を申請しましたが、ナイセル管理官はデュアー研究員がシムズ博士を除いて唯一のSCP-5310-JP-EX研究チームメンバーであることを理由に却下しました。
補遺2: Dクラス職員を用いた治験の結果、S-085化合物には以下の特性が認められました。
- 摂取後1時間程度で吐き気・嘔吐・腹痛・頭痛・下痢の症状が現れる。その後、人格の変化が確認される。
- 過剰量の摂取により、長期間の記憶喪失・混乱・平衡感覚の喪失・痙攣の症状が現れる。
- 個人差が大きいものの昏睡状態に陥る場合があり、死亡事例も1件記録された。
- 記憶喪失以外の症状は、重篤化しなければ対症療法により改善・治癒する。人格の変化は最も治癒までに時間を要する症状であり、個人差が大きいものの最短でも7日は必要である。
- 記憶喪失の影響は不可逆である。
S-085化合物に認められる副作用の多さから、K-055化合物に対する即時の代替利用は実施されませんでした。現在、シムズ博士に対する人格変化を含めたS-085化合物の症状の治療が進行中です。SCP-5310-JP-EXの研究主任であるシムズ博士が回復し次第、S-085化合物およびSCP-5310-JP-EXの改良研究が開始される予定です。
以下は、経過観察のために実施されたシムズ博士へのインタビューの内容です。
映像記録
対象: アレキサンダー・シムズ博士
インタビュアー: ミア・デュアー研究員
<記録開始>
デュアー研究員: … では、インタビューを開始します。シムズ博士、その … あれから、体調面などはいかがでしょうか?
シムズ博士: 個人の主観としては、ほとんど問題ないと感じているよ。吐き気とかはとっくに消え去っているし、胃腸の調子もだいぶ戻ってきたしね。本音を言えば、今すぐにでも研究に復帰したいところだが … 未だに復帰させてもらえないところを見るに、私個人にはわからないところに症状が残っているんだね?
沈黙。
デュアー研究員: … ええ、まあ。
シムズ博士: そうか。いやあ、もどかしいよ。本当に、体感じゃあ元気すぎて困るくらいなんだがね。まあ、どこがとは言わないけども — なんて。
シムズ博士が笑う。
シムズ博士: それに、何より君のことが心配だ。私の代わりに、美人な顔に濃いクマが残るくらい頑張ってくれているんだろう?
デュアー研究員: そ、そんなことは …
シムズ博士: あまり無理はしないほうがいい。何か困ったことがあれば、遠慮なく私を頼りなさい、ミア。
シムズ博士がデュアー研究員の肩に触れる。デュアー研究員が反射的にのけ反る。
シムズ博士: ミア?
デュアー研究員: … ありがとう、ございます。
シムズ博士が笑う。
<記録終了>
補遺3: 1969/04/15、シムズ博士がサイト-52の併設職員宿舎の自室にて、盗み出されたS-085化合物の過剰摂取により死亡しました。発見された証拠は、デュアー研究員がS-085化合物を盗みシムズ博士に投与したことを示しています。以下は、デュアー研究員に実施されたインタビューの内容です。
映像記録
対象: ミア・デュアー研究員
インタビュアー: デボラ・ナイセル管理官
<ログ開始>
ナイセル管理官: … さて、デュアー。本題に入るけれど、何故あなたはシムズを殺害したの?
沈黙。
ナイセル管理官: あなたが彼を殺害したのは明らかよ。あなただって、我々にばれていることなんてわかっているのではないの? 大した後始末もしていなかったわけだから。
沈黙。
ナイセル管理官: … 私相手だと話しにくいかしら? ならば別の誰か — そうね、監察官でも連れてきてインタビューを —
デュアー研究員: ち、違います。私は — その …
嗚咽。
ナイセル管理官: 無理はしなくていいわ、デュアー。自分のペースで話してくれていいから。
嗚咽。
デュアー研究員: … S-085は — S-085は、私の研究成果なんです。
ナイセル管理官: 何ですって? あなたの?
デュアー研究員: はい。あの珪藻はいちから私が考案して、遺伝子を組み替えたものなんです … そ、その、信じてもらえないでしょうが。
ナイセル管理官: … 流石に根拠なしで鵜呑みにはできないけれど、まあ取り敢えずあなたの言う通りだとしましょう。では、それをシムズが自分の研究成果としたと?
デュアー研究員が首を縦に振る。
デュアー研究員: あいつは … あいつは、本当に酷い人でした。「女の研究成果など注目されない」、「俺がこれを世紀の大発見にしてやる」、とか言って。健忘剤の名前に自分のイニシャルまでつけて、さも自分ひとりの力で得たものかのように … でも、正直その暴挙にあまり驚きはしませんでした。
ナイセル管理官: どうして?
デュアー研究員: … 普段から、あいつは最低な人間でした。ニタニタと、悪意の満ちた笑顔で「ブスでも尻は安産型だな」なんて言って … 研究中の私の身体を、汚らわしい手で … 「旦那にばれたくないだろう?」「研究を続けたいだろう?」なんて脅してきたから、私は抗えなかった。だから — だから、トイレに連れ込まれた時も、私は —
嗚咽。
ナイセル管理官: あー、大丈夫。それ以上言わなくていいわ。つまり、それが犯行の動機というわけね?
デュアー研究員が首を横に振る。
ナイセル管理官: 違うの?
嗚咽。
デュアー研究員: … それでも。それでも、耐えることはできて。どんな地獄でも、私は耐えられていた。成果なんて出せなくてもいい。付きまとわれていてもいい。夫との生活を保てるなら、ここで研究ができるなら。でも …
嗚咽。
デュアー研究員: 記憶喪失に加えて人格まで変わって、あいつはいなくなったのに。ただの無害な老人になったのに。あの時は「デュアーくん」呼びだったのに、だんだん下品な言葉やスキンシップが増えて、私のことも前みたいに「ミア」って。何が「困ったときは頼りなさい」よ、何が「美人な顔」よ。こんな、こんな —
デュアー研究員が両手で顔を覆う。
デュアー研究員: … いなくなってくれたはずの悪魔が戻ってくるなんて、あんまりじゃない …
デュアー研究員が泣き崩れる。
<記録終了>
デュアー研究員は研究員職を解かれ、サイト-52の懲罰房に収容されました。シムズ博士の行為については、当人の死亡および証拠不十分のために懲罰は行われませんでした。S-085化合物およびSCP-5310-JP-EXの研究再開は、デュアー研究員への懲罰や当人の精神状態を考慮して保留されています。