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タイトル: SCP-5382 - 治療薬、そして病魔
翻訳責任者: Witherite
翻訳年: 2023
原題/リンク: SCP-5382 - The Cure, and What Ails You
著作権者: HarryBlank
作成年: 2020
初訳時参照リビジョン: rev.127
SCP-5382-C宿主実例、1895年ごろ。
特別収容プロトコル: SCP-5382-AとSCP-5382-BはSCP-5382-Cによって収容され、SCP-5382-C自体は財団とPoI-382("ティロ・ツウィスト")との合意によって収容されています。
SCP-5382-BとCの収容の強化、およびSCP-5382-Aの効果からの防護のため、以下の対策を講じなければなりません。
- SCP-5382-A実例を同定するため、その正確な文法的性質を判断するための文章メディアのヒューリスティック的かつ確率論的な調査が進行中である。
- SCP-5382-B実例を同定するため、ウェブクローラーI/O-VENENAは世界中のソーシャルメディアおよび医療システムのデータの照合をしている。
- SCP-5382-C実例を同定するため、ウェブクローラーI/O-HOKUMはインターネットのデータの照合をしている。
- サイト-43記録・改訂セクション議長はPoI-382と文通し、今後のSCP-5382-C文章作品全ての最新版スケジュールを保持する必要がある。
- 機動任務部隊ベータ-43("コン・トローラーズ")は未解決のSCP-5382-B症例を捜索し、SCP-5382-Cによって治療する必要がある。
- 財団に雇用されたロビイストは、消滅寸前のテキストベースのメディアフォームへの、特に新聞や雑誌に焦点を当てた積極的な資金注入を促進する必要がある。
説明: SCP-5382は3つの要素からなるアノマリーであり、すなわち、印欧語族ゲルマン語派に存在している1対の異常な伝染性意味論的効果と、それのもたらす病態です。. ゲルマン語派は以下を含みます。アフリカーンス語、デンマーク語、オランダ語、英語、フェロー語、フリジア語、ドイツ語、アイスランド語、リンブルフ語、低地ドイツ語、ルクセンブルク語、ノルウェー語、スコッツ語、スウェーデン語、イディッシュ語。 財団は1世紀にわたり研究しているものの、それらが機能する理由を断定できていません。しかし、その作用自体は長年の間斉一です。
SCP-5382-Aは進行性の病態であるSCP-5382-Bのための認識性トリガーであり、SCP-5382-Cはそれから回復させる認識性トリガーです。SCP-5382-Aの潜む文章を閲読した人物は低い割合でSCP-5382-Bに罹患します。その人物がSCP-5382-Cを発見すると、その疾患は即座に治癒します。
SCP-5382-AとCを有効にする文法構造は判別できていない──潜んでいる文章のどこにそれが存在しているのか「見る」ことは不可能であり、一貫したプロファイルがないことはその言語構造が常に流動的であることを示唆しています──ものの、その効能は宿主言語のおよそ400年間にわたる進化の影響を受けていません。
SCP-5382-B、第1段階。
補遺5382-1、病理学的プロファイル: 人類のおよそ3分の1はSCP-5382-Aの免疫がなく、このためSCP-5382-Bに罹患しえるものと考えられます。(SCP-5382-Cに免疫があると証明された人物は存在しません。)この疾患は多様な脈絡のないように見える症状を伴いますが、全ての症例で以下の6症状は必ず発現しています。
- 第1段階における強膜の緑色への変色
- 第2段階における指爪の青色への変色
- 第3段階における口唇の黄色への変色
- 第4段階における皮膚の橙色への変色
- 第5段階における骨格の赤色への変色、および致死的な内部温度.第5段階の変色は検視によって判別されました。
財団と関係のない医療専門家は、記録された100%の事例でSCP-5382-Bが異常であると認識することができず、治療することができませんでした。
補遺5382-2、意味論的プロファイル: PoI-382であるティロ・ツウィストは、17世紀後半から幅広い種類の胡散臭い文章作品を通じてSCP-5382-Bへの文章的治療を広めていました。既知の34の偽名のもと、彼は全てにおいてSCP-5382-Cの意味論的トリガーの潜んだ新聞広告、雑誌広告、広告板、パンフレット、チラシ、看板、紙表紙小説、テレビコマーシャル、ウェブサイトを作成しました。この文章の十分な割合を閲読すると、即座にSCP-5382-Bから回復します。
SCP-5382-Cは、時代に合った疑似科学、医療詐欺、「インチキ療法」をまねた印刷広告に主に組み込まれています。PoI-382は、数多くの架空の病状を治療できるとする数多くの疑わしい製品の販売を広告しています。この製品は実在し、購入可能なものの、広告された効用はありません。SCP-5382-Cを含む販売促進用の文章作品を読むことによってのみ、SCP-5382-Bは治療されます。
SCP-5382-Cには1つの副次的影響があり、SCP-5382-B罹患者に広告の製品を購入するよう誘導します。その製品自体には、消費者が今後疑似科学をさらに支持しないよう動機づける、第3の無害な意味論的トリガーを展開しています。この第4の要素は厳密にはSCP-5382-Dとなっていますが、収容を要するほど公然なものだとはみなされていません。事実として、これが呪術的思考を防止すると、些細ながら有意義にヴェールが補強されます。
PoI-382の広告では、彼の製品とそれが治療するとされている患いが極めてあいまいな言葉で記述されています。その患いは、典型的には実在の病態や架空の病態の双方に合致する既存の用語を用いて言及されていますが、少ない割合で完全に医学的でない概念について言及しています。使用された用語は以下を含みますが、それに限りません。
- エアロトキシック症候群
- 悪寒
- 溢血
- 骨削り
- 黄熱Bronze John
- 凍瘡
- 共産主義. 『アカの脅威を打倒するための5000の言葉』において使用されている。1971年に出版されたマスマーケットの紙表紙小説であり、読んだ場合に「現在鉄のカーテンの背後に膿む国際的な命や自由への脅威を取り除」くことができるとされている。
- 浮腫
- 電磁波過敏症
- 流感grippe
- 大腿瘤hambumps
- ヘルプストハウゼン症候群Herbsthausen syndrome
- 皇帝the Kaizer. 大戦争中に出版された一連の愛国的ポスターにおいて使用されている。
- 瘰癧king's evil
- ルー・ドブス症. 「ルー・ドブスにならない方法」と題名の付けられたオンラインの感受性セミナーにおいて使用されている。セミナーはのちに財団が小規模な改良を行って組織内での使用に採用した。
- 腰痛
- 月曜病. 『のろま猫ポーク』において使用されている。1962年から1987年まで日刊で出版されていたコミックストリップ。
- モルゲロンズ病
- 半影窓外投擲
- 網状化スプライン
- スクラムポックス
- 緊張性筋炎症候群
- 扁桃周囲膿瘍
- 脊椎のずれ
- さまよう子宮
製品のブランドはそれが治すとされている新たな病気ごとに変わり、用いられる散文体は作為的に粉飾された不正確なものになっています。このような特徴によって、PoI-382の出版物を見つけた人物の大半は速やかにそれを見限り、忘却します。
それにもかかわらず、SCP-5382-Cの効果によって、SCP-5382-Bに苦しむ人物はPoI-382の製品が自身の病患の解決策であると即座に認識し、すぐさまサンプルを確保しようとします──しかし、その時点でその人物の治療はすでに終わっています。
補遺5382-3、歴史的プロファイル: V・レスリー・スカウト博士のSCP財団雇用100周年を記念して、SCP-5382に関する1つの報告書の作成が委託されました。その内容はこの特別収容プロトコルファイルに重要な文脈情報を提供していることから、サイト-43全セクション長の指令により、要約版が次に添付されました。
ヘルプストハウゼンの影:
V・レスリー・スカウト、ティロ・ツウィスト、そしてSCP-5382
ハロルド・R・ブランク
セクション議長、記録・改訂セクション
SCP財団ヒューロン湖研究収容サイト-43

この文書は、V・レスリー・スカウトとその同輩たちの私的な手紙や論文からの抜粋が織り込まれている。これはA&Rの同僚による精力的な研究と記録・情報保安管理局による協力がなくてはなしえなかった。
V・レスリー・スカウト博士、1914年ごろ。
SCP財団は、彼の2度目の博士論文審査会の日、1915年4月1日にヴィヴィアン・レスリー・スカウト博士を雇用した。彼はすでにウェールズはカーディフ大学で毒性学のPhDを取得していたものの、財団の注意を引いたのは、次に取得したニューブランズウィック大学でのこの歴史の博士号だった。
スカウト博士は、「毒語者たちlinguistic poisoners」という秘密の一派の足跡──13世紀から1618年から1648年の三十年戦争にて完全にせん滅されるまで──を追っていた。この組織は神聖ローマ帝国.前近代のドイツ。の資料においてのみ存在が裏付けられており、そこでは毒筆家ギフトシュライバーと知られていた。当初、スカウト博士は、問題の毒の言葉はプロパガンダ的なものであると推測しており、完成した論文もこの推測を反映していた。しかし、カーディフのウィン・リゼレフ博士との私的な文通の中では、学界で公表するには心配な別の疑惑を抱いていると認めていた。
おかしく聞こえますが、ギフトシュライバーは実は物理的に影響を与える何らかの言語的手段を持っていたのかもしれません。人々の手によるその畢竟の天運を考えると、彼らが単なる扇動者であったとは考えにくく思います。
- V・レスリー・スカウト
カナダ連邦政府戦中検閲局の財団工作員はこの文通を傍受し、スカウト博士は即座に財団のコンサルタントとなることを提案された。彼は1915年4月5日、カナダの5大学と秘密の財団シンクタンクの共同学術プロジェクトである歴史的評論グループCLIO-4の創立時の一員となった。CLIO-4の目的は、未確認の異常オブジェクトの存在を示している可能性のある史料の矛盾を見出すことだった。
スカウト博士はCLIO-4-Aの後援を受け、トロントのファルコナー大学にてすぐさま再びギフトシュライバーの調査を始めた。彼はSCPF資料を利用することで、毒語者が実際にフランスとの戦争の道具として異常言語学を使用していたという考えを立証することができた。その後彼らは、1645年のヘルプストハウゼンの戦いで、兵士の中に裏切者がいたためという名目でバイエルンの将軍フランツ・フォン・メルシーによって鎮圧された。
1916年10月下旬、リズ・レインデルス博士は歴史的な新聞報道と現代ジャーナリズムとのクロスリファレンスの中で、変則的な心因性症状に加えて強膜の変色を発症した。彼女およびCLIO-4-Aの他全ての人員は個別に検疫下に置かれた。レインデルス博士が調査していた資料は、安全措置として20世紀のミーム試験に相当するものの対象となった。体調の安定を期待して、彼女は資料のさらなる利用を禁止された。
しかし、1917年1月1日、彼女は骨格構造の過熱により死去した。
我カナダにもありEt in Canada ego。私たちは各々、己のやり方で役目を果たさねばなりません。それでも……こんな、あまりにもふざけた空費は、この大陸どこにでも積もり続けるものと同じではないですか。
- V・レスリー・スカウト、日記エントリ、1917/01/01
この過ちにより、CLIO-4の調査はギフトシュライバーからドイツ帝国やオーストリア=ハンガリー帝国の用いた深妙な戦争技術の公衆認知の抑制へと完全にかじを切った。(同時に、カナダやアメリカ合衆国における同様の技術の開発の妨害も行われた。)軍事利用に関係しない歴史研究は、1918年11月11日、休戦記念日まで再開されなかった。
有効な反ミーム対策が存在しなかったことや、またレインデルス博士のり患は研究していた18世紀の文書によるものと想定されていたことから、CLIO-4は再び現代の資料に努力を集中させた。1920年にスカウト博士は、戦時中に無名なところから急激に知名度を上げた「SAL-U-TEM」と呼ばれる特許医薬品の一連の新聞広告を発見した。
カタル流行中!
世界中の患者は、ドクター・ブラウンによる健康的な特許医薬品「SAL-U-TEM」という治療の到来に歓喜!
膜質性危機、打倒さる!
我々は父の父の父の代よりかの計り知れない宿敵たるカタルの略奪に忍耐してきた。これまで多くの人々がこの悪欲の敵を検知、定義、排除せんと試みたが、成功していなかった。だが今は違う! カンディアの著名な薬学大学卒にしてアンドラ・レージス、レージナの医師アイラ・ブラウン博士が、不撓不屈の能力でこの病をねじ伏せた。彼の功績たるSAL-U-TEMは、カタルの軛にかけられたあらゆる人々の勝利となるだろう。
「信者が魂を主にゆだねるがごとくドクター・ブラウンの癒しの手に体を触れていただいたら、なんと! 私は危機より救われ、カタルを恐れることもありません!」
恐るべき問題を打ち倒す
本日ドクター・ブラウンに懇願し、身体の聖堂を強さに耐えぬく者のモデルへと復建せよ!
5ドルを[編集済]に送金すれば救われる!
SAL-U-TEMの広告、『スロース・ピット・ファビュリスト』、1919年7月13日。. ギリシャの都市であるカンディア、現イラクリオンには、1970年代にクレタ大学が設立されるまで薬学部は存在しなかった。アンドラ公国は、公国であるため王も女王も存在しない。そもそも、ヨーロッパの君主国には、最高地位が公式に「レージス(Regis)」や「レージナ(Regina)」 である国は存在しない。「ドクター・ブラウン」の描写の絵は、1894年から1896年にかけてカナダ首相であったサー マッケンジー・ボーウェルのスケッチである。
スカウト博士は、粘膜の炎症である「カタル」の実際の患者はこの奇妙なお客様の声のターゲットではないと考えた。同様の疑念は、「ドクター・ブロマイド」という名の巡回セールスマンを描写する国境付近の新聞の記録にもあった。彼は1907年まで両国でスネーク・オイル. 訳注: 字義どおりには「蛇の油」だが、医療詐欺といった詐欺を表す慣用句。18世紀ヨーロッパや19世紀アメリカで、添加物入りの(しかしヘビは使われない)鉱油が「スネーク・オイル」の名で万能薬として宣伝されたことから転じてそのような意味になった。ここではおそらく添加物入り鉱油の商品を指している。参考: 英語版Wikipedia "Snake oil" の瓶を販売していた。彼の「アスクレピオスのアルコール」は「スクラムポックス」(herpes glatiatorum)が治癒可能であるとされ、彼は長々しいお客様の声が大量に載せられたキャラバンで販売していた。
SAL-U-TEMの広告はいまだに英語圏アングロスフィア全体の新聞に掲載されていたため、スカウト博士は1920年3月17日、記載されていた住所に次のような手紙を送った。
担当者へ、
「ドクター・ブラウン」や「ドクター・ブロマイド」という人物の後援のもと活動している方々が疑わしい薬剤を提供し、かつその治療対象がさらに疑わしい病気であるということに私は関心を持ちました。私は、公衆衛生への異常な脅威を確保し、それから国民を保護する役目の組織を代表しております。ぜひともあなたとお会いしてあなたの活動を議論したく思います。
- V・レスリー・スカウト博士
彼は3月26日に次のような返信を受け取った。
マダム、
残念ながら、先週水曜日のあなた様のご書簡には手数料となるもの、すなわち$5がなかったことをお伝えしなければなりません。この取り組みはあなた様のような患者様の親切なご援助があってこそのものですので、不本意ながら、あなた様への支援はお断りさせていただきます。
- アイラ・ブラウン博士, MD, PhD
スカウト博士はすぐに手紙を書き直して再送信し、このときは$5を同封した。4月3日に彼は次のような返信を受け取った。
サー、
先のあなたの封筒ほどに軽い封筒を受け取ったときは、いつも同じ手紙を返信しております。私の受け取る手紙は多く、私の数少ないマンパワーは過労で、私の時間は、少なくともある意味では、少ないのです。
我が事業の起源については口をつぐませていただきます。ですが、目的についてははっきりと言いましょう。発見できる限りの進行性過剰催胆薬発作の患者に安穏をもたらすことでございます。これは遠い昔から提供しているサービスです。主の許し給わば、この先幾世代にもわたって提供し続けましょう。
- ティロ・ツウィスト
スカウト博士は続いて4月4日に次のように書いた。
ツウィストさん、
私の職員は、かなりはっきりとドクター・ブロマイド作だと考えられる1729年の医学の出版物を発見しています。それが事実であるのなら、あなたは私が捜査せざるをえない異常脅威であるように見受けられます。
いつどこで会合ができるか、すぐに示していただきたく思います。
- V・レスリー・スカウト博士
返信はなく、さらなる手紙は未開封で返送された。
『外痙の薬百科』表紙。
『外痙の薬百科』とその異常性質の研究により、1927年にCLIO-4はギフトシュライバーの事件の奥深さを知ることになった。スカウト博士がツウィストとの文通で婉曲的に言及していた『薬百科』は18世紀の医薬品が書かれた1冊だった。1717年から1741年にかけて、5英ポンド. 訳注: 現代の日本円にして8万円前後。という非常に高い料金で西洋世界全域で開業医に提供されていた。この料金の大半は、「眼中の緑白色、空色の爪、黄疸様の唇、橙の皮膚」を呈する患者にこの本の表紙を見せる、ということに同意する宣誓書に医師がサインすることで免除された。これは、ツウィストの「進行性過剰催胆薬発作」の言及のように、レインデルス博士や他3名の民間の患者が経験した症状と一致することからフラグ付けされた。
1927年6月、無分別なクロスリファレンスによってSCP-5382にり患した2人目のCLIO-4-A研究員が現れた。スカウト博士が再び検疫を履行した際、急性虫垂炎および強膜の緑化を突如発症したセオ・ドリオン博士がデイリーブリーフィングに到着した。ドリオン博士はブリーフィング室で『薬百科』のコピーを見つけると、警備員から抜け出して「これだ! これだ!」とわめいた。彼が本をつかんでカバーを開くと、症状が収まり始めた。
当時プロジェクトCLIO管理官となっていたスカウト博士は、歴史的評論グループ全体に『薬百科』およびその著者とされる人物、「アレクサンダー・スカフィールド」の調査を命令した。彼は、自身の博士号の研究に基づき、販売されたいずれの製品──特許医薬品や『薬百科』の医薬知識──もただの釣り餌に過ぎないと理論立てた。その治療法は、その病気のように、文で伝達されるものだった。
『トリバー・ブラムリー年鑑』、1838年。
1928年、暫定的に──収容プロトコルがまだ存在していなかったため──このアノマリーはSCP-382に分類され、同時にティロ・ツウィストは要注意人物382に指定された。(以降この論文はアノマリーの現在の分類であるSCP-5382を使用する。)カナダにおいて、諜報、追跡、戦闘を訓練された資産が不足していたため、ツウィストの居場所を特定して確保する初期の取り組みは困難だった。彼は個人的に広告を出版社にたびたび届けて広告を掲載させている一方で、ミーム技術と思われる方法で自身の存在を必ず消していた。彼の提供した住所に贈られる郵便物は、監視されなかった場合必ず彼に配達され、監視された場合郵便システムの中で気づかれずに放置された。その住所は実際の物理的な場所に一致したことがなく、そもそもどのようにして郵便物が配達されるのかという疑問が浮かんだ。
1929年、大恐慌の発端となった世界的な株式市場の暴落のときまでに、スカウト博士とCLIO-4はギフトシュライバーの活動のおおよその年表をまとめた。ヘルプストハウゼンの戦いからドクター・ブロマイドの出現までの唯一の大きな空白は、『トリバー・ブラムリー年鑑』の発見によって埋められた。16世紀から19世紀にかけて、民間知識を広め、農業技術を教え、迷信を広め、製品を宣伝するブックレット──年鑑アルマナックが西洋世界で最も人気で広く使われたメディアの形態だった。特許医薬品の生産者(ドクター・ブロマイドのような山師)はこのフォーマットを頻繁に利用した。1824年にPoI-382は自身の年鑑を作り、それを用いて自身のアルターエゴの製品も紹介できるようになった。
戦間期、SCP-5382-C(治療法)は典型的には広告板の広告で伝達された。
アンジェラ・メルシーの保証付き安心安全快癒絆創膏の広告、1931年ごろ。
大恐慌中に活字メディアの数が減少したため、これは再びSCP-5382-B(病気)患者にリーチする最も有効な方法となった。「アンジェラ・メルシー」というキャラクターは、フローレンス・ナイチンゲールがよい例である母親的なステロタイプに付け込んでおり、これはすでに西洋の話法においてはクリシェのレベルになるまで飽和しているものだった。
この名字は、字面の意味は置いておくと、ギフトシュライバーによるヘルプストハウゼンの殺戮に対するフランツ・フォン・メルシーへの死後の復讐の一形態なのかもしれませんね。
- V・レスリー・スカウト、日記エントリ、1937/06/21
スカウト博士、1943年ごろ。
1940年、CLIOプロジェクトは北米を超えて発展し、ツウィストの活動がドイツ、オランダ、ノルウェーの出版にも見られることが発見された。しかし、理由は不明ながら他のゲルマン語派のメディアより圧倒的に英語の実例の数が多かった。
スカウト博士は、CLIO-4での成功に基づき、また世界中でこれや類似する現象を監視する重要性を説き、1941年にヒューロン湖畔南東部に新たな専属研究室の創設を提言した。第2次世界大戦の背景雑音が隠密の作戦を簡単なことにしていたため、この提言は成功した。
暫定サイト-43は1942年から1943年にかけて地下に建設されたが、インシデントがないわけではなかった(詳細はSCP-5494を参照)。スカウト博士と、彼のカーディフからの同僚であるリゼレフ博士は、後者が1966年に失踪するまで共同管理者として働いた。CLIO-4は新たなサイトの記録・改訂セクションに再編されたものの、やはり焦点は歴史的アノマリーを現在の関連事項から同定することだった。
財団サイトの職員や装備を利用して、スカウト博士は2つの機動任務部隊を委任することができた。その部隊は、MTFアルファ-43("魔女狩り")とベータ-43("コン・トローラーズ")である。彼はそれぞれの隊をもって個人的に複数回襲撃を行い、ツウィストが印刷業者に「ミスター・グロス」の反戦漫画を配達するごとに彼を確保しようとした。この襲撃は一度も成功しなかった。ツウィストに接近することができたエージェントらは速やかに興味を失って彼の逃走を許し、その後に理由を説明することができなかった。また、拘留尋問された対象は全員ことごとく彼の存在に気づいていなかった。
第2次大戦の終結時に、スカウト博士は新世界秩序の維持における財団の役割について次のように思慮した。
かつて、パブジョークで好きだったものは、ドイツ語で毒はギフトgiftだというものでした。「それ以上にヤツらを知る必要なんてあるか?」私は大声を出したでしょう。この話は大学では爆笑を誘い……大戦争の初期には笑いの渦となりました。独野郎Hunの犠牲にまつわるジョークは愛国的な民衆の中では大ウケでしたし、皆が愛国的な民衆だったのです。
皇帝のギフトをイープルで受け取ったとき、このジョークはまるで笑えなくなりました。.1915年4月22日、第2次イーペルの戦いでドイツ軍はカナダ軍とフランス軍に対して初めて塩素ガスを用いた。
それでも、ゲームに出遅れたからといってそちらがマシだということがあるのでしょうか? バンティングの話は聞いたことがあるでしょう。私たちが彼のガス研究を優先していれば独野郎全員を窒息死させられると夢見た者のことを。.サー フレデリック・グラント・バンティングは玄妙除却セクション研究員であり、インシュリンのチャールズ・ハーバート・ベストとの共同発見者である。私はそれも、ちょっとしたジョークに感じた恥も心にとどめています。財団が中立で、集中し、偏見がない状態にとどまらねばならないということに疑問を抱いたときはいつも。これこそが私の良心のよりどころなのです。
私たちの目的はただ1つであり、それが揺さぶられてはならないのです。……私たちには帝国の戦争マシンとの共通点などほとんどなく、ギフトシュライバーの奇妙な文法とそれからの救いの手に共通点が多くある、そう信じています。
- V・レスリー・スカウト、日記エントリ、1945/05/01
ハモンド・ウォッシュバーン選集。
「ミスター・グロス」はハモンド・ウォッシュバーン──1940年代から1950年代初頭にかけての「モラル・パニック」的ペーパーバック小説の痛烈な著者──が取って代わった。ウォッシュバーンは戦後の西欧諸国における明白な道徳的、精神的堕落に対する厳しい評価を述べ、潔白で愛国的かつ道にかなった生活を送るためのアドバイスが載った会報の定期購読を販売した。それの最初の一面広告である「戦争に勝ち、子供を失う」という記事は、1945年5月8日──VEデー.ヨーロッパ戦勝記念日。第2次世界大戦の終結時にドイツが連合国に降伏した日。──に『ヴァーヴ!』で公開された。
ウォッシュバーンの設定が大きくなるにつれ、彼の作品はよりナンセンスになっていき、母子家庭から計画経済、手根管症候群まであらゆるものを攻撃するようになった。スカウト博士は、これを創造力の破綻が差し迫っていると解釈し、1946年8月14日、VPデー.対日戦勝記念日。広島と長崎に原子爆弾を投下したのちに日本が連合国に降伏した日。時差の違いにより、北米以外では記念日は8月15日である。の一周年にティロ・ツウィストに向けて次の手紙を書いた。
ティロ、
あなたにとって、平和とは何なのでしょう?
1年前、冷酷な計算のために私たちは大量殺人の時代に突入しました。原子の恐怖という種からは何の果実が実るのでしょう? この歴史的な恐怖の時代に手引きを求める者は、私だけではないでしょう。
あなたは人生で他に何をしただろうかと考えたことはありますか? あなたが追跡を始めてから過ごした人生、まだ送っていない人生を考えてです。活動に疲れてはいませんか?
私はこれまで30年間あなたが駄本を売り歩くのを見てきていますが、ときおりあなたの決意が衰えているように見えます。あなたがあぐねているのか、満足していないのか、何なのかはわかりませんが……ますます誹謗しているのはわかります。あなたは私を病ます(ちょっとしたジョークを許してください)疑念と同じものに病まされているのではないでしょうか。
もっと話し合いたいでしょうか?
- ヴィヴィアン
9月9日、彼は返事をもらった。
ヴィヴィアン、
ここ2年、うまく眠ることができないのです。信念を失ってしまいました。
きっと人間の自然な衝動たる疑いの引き金を引かずに、この訴えをどれほど明らかに、率直に、同情を誘うようにできるものでしょうか? 修辞がダメになる前に、どれだけ己の修辞をやめることができるものでしょうか? あまりにも愚かしく、無意味で、バカバカしいほどに無用であるために患者が何かの手違いで購入することのない治療法があるものでしょうか?
当然、そんなものはないのです。
私のスネーク・オイルは購入されております。あなた方の偽情報も購入されております。ヒトラーの宣誓もチャーチルのゴマすりもスターリンのイデオロギーもルーズヴェルトの……本音を言えば、スピーチのヘタクソ加減も、購入されております。そういった人々にものを売るのはまるで大きな業績ではないのです。彼らの最悪の衝動を刺激するのにも、彼らの癪に障るpress their buttonsのにも、魔術師は必要ないのです。
あまつさえ、核の炎をもって戦争を終わらせるにはボタンを押すpress of a buttonだけでよいのです。仮に私が一度でも科学者であったなら、今感じていたであろう恥のために愧死していたでしょう。知識の探求のゆえに、われわれみなからテロリストが生まれたのでございます。
3か月前、この経歴の中で最も透明な広告を出しました。心からの「捕まえてくれ」という広告を『ライフ』誌に出したのでございます。ほんの一瞬心が弱り、本当にあなた方にとらえていただきたいと願ってしまったのでした。
危機的状況の瞬間、雑誌が発売されたそのときに考えが変わったのでしたが、変えるにはときすでに遅しでした。しかしそれでも……あなた方が来なかったのには幻滅しました。
以来毎日己の決意に疑念を抱いております。あなた方の先祖がこの大陸に来るより前から私は己の過ちと戦っているのですが、何世紀もの間で初めて己が負けてしまうのではないかと恐れているのです。私は戦士ではなく……医師でも決してありません。私は作家なのであり、かつては絶対であった執筆の力の信念はマーチの聞こえる日々に厳しく試されているのです。
あなた方が捜索を再開したならば、私は先の手紙に答えましょう。見つけさせる気はありませんが、あなた方には挑戦せよと言わねばなりません。
- ティロ
スカウト博士は真摯にMTF作戦を再開し、サイト-43はPoI-382を追跡・鎮圧セクションの訓練対象として用い始めた。ツウィストは決して捕獲されなかったものの、その追跡者を避ける運動は彼に活力を与えたように思われる。彼は次の20年間でその努力を倍にした。
テレビジョンの発明ののちに深刻な発行部数の減少を被った新聞の人気を高めるための冗談半分の試みの中で、1962年にツウィストはあるコミック・ストリップを作った。同時期の作者の(あるいはミスター・グロスの)細かな線画や完璧な下書きとは異なり、架空の漫画家「ウィル・ディーバー」は日和見的な三文作家だった。
「のろま猫ポーク」、『ザ・グランド・ベンド・スクライブ』、1984年10月21日。
このコミックは圧倒的な人気を誇り、ツウィストは関連グッズの取り組みからの収益で他全ての事業に資金を注ぐことができたものの、彼はこのコミックを創造的なやりがいがないとみなし、1987年にさっぱりと打ち切った。.このときまでに、同程度に商業的ながらもあからさまな批判をしていない模倣作品が複数出版を始めていた。彼はスカウト博士に、現代メディア作品を作ることが面白くないと繰り返し不満を言い、ドクター・ブロマイドとしての日々に郷愁の念を抱いていた。しかしながら、彼は自身の起源や長寿の性質について口を割らないままだった。
さらなる説明にはセキュリティクリアランスレベル5を要します
1970年代までに、ツウィストは自身が売り歩く製品の荒唐無稽かつ詐欺的な性質を隠す努力を一切しなくなった。例としてこの1977年の広告を考える。
レイキ・リックの広告、『ザ・ヨークシャー・スラグ』、1977年6月14日。
レイキ・リックの「ヒーリング・クリスタル」はどれも実際にはクリスタルではなかった。大半はクリスタルではなく半貴石であり、ツウィストがフランスの野生生物保護区の土産物店で購入したものだった。.例として、砂金石、ヘマタイト、ホワイトオニキス、あるときは滑石。それにもかかわらずこの製品はすぐさま高い需要を誇り──SCP-5382-Bの患者でないものの中でさえ──同時期のペットロックの熱狂に匹敵した。疑似科学的な治療法や装置の大衆的な欲求が激しく高まっていることは、すぐさま文通者双方に明らかとなった。
私はティロがどれほど時代にうまく適合しているかにいつも感心しています。昨晩テレビで、意のままにスプーンを曲げられると言う男の欺瞞を暴くジェームズ・ランディの再放送を見たのですが、CMの際にジョセフ・ハイノという名の霊能者の広告がありました。その口上は全て、いかに人々が世代を超えて祖先の精神的な罪ギルトを抱えているかにあてられ、彼は関係を断ち切ることで彼らをとりなせるとしていました。5ドルという簡単な支払いで、精神の安息が手に入れられました。
ハイノズ・インタースペーシャル・インターディクション・サービス、1984年。
やはり5ドルで。
見た人がすべきことは、アンケートを注文し、それが1週間以内に郵送され、内容を埋めて送り返すことだけでした。おそらく意味論的トリガー「C」はCMにあって、「D」はアンケートにあるのでしょう。当然私たちはコピーを注文しますが、結局学ぶものはないだろうことはわかりきっています。これが彼だろうと確信しているほどには。わざわざ尋ねることはしません。
今のところ、彼がこのホラの魅力を落とす必要はまるでありません。存命の中で最高の懐疑論者が生放送の参加視聴者の目前で超心理的なペテンを批判したのをちょうど見た人々に、交霊会の広告をしているのです。正気な人は誰もハイノ氏に手紙を送らないでしょう。
もちろん、彼と私の間では、現在この世界にどれほど正気な人がいるのかしばしば見解が異なっていますが。
ですが、これほどの月日が経ち、彼に隔日で手紙を書いてすらいるような私の見てなしたことの後では……彼があちらにいると気付かされると、やはりそのたびに気分が安らぐのです。彼が何をしているのか気づかされると。
善行を、です。
V・レスリー・スカウト、日記エントリ、1984/08/21
サイト-43記録・改訂セクションは、少なくともSCP-5382現象の粘り強い研究と訓練における価値も相まって、CLIO-4の日々から絶えず成長してきた。スカウト博士は1991年から1995年まで私の博士論文のスーパーバイザーとなり、私は1996年、彼の退職の1年前にサイト-43のA&Rに参画した。その際に、彼はSCP-5382の文書とその管理を私に受け渡した。
1997年4月1日、スカウト博士が120歳で亡くなった際、ティロ・ツウィストは筋膜トリガーポイント乾鍼治療の広告を新たなアロマセラピーキャンぺーンに置き換えている最中だった。サイト-43管理官は彼の地下施設上の公園で大規模な葬儀をする余裕があった。1995年から立入禁止が実施されていたため、隠ぺいは不要だった。その場所で私は、しわくちゃながらもピンピンした老爺に出会った。彼は、私が一人でヒューロン湖畔で彼と会うという条件のもと、いくつかの質問に答えることを承諾した。以下はその会話の部分的な転写である。
PoI-382、1997年4月3日。
ツウィスト: これこそ、私にとっての平和というものなのですよ、ヴィヴィアン。
ブランク博士: なんの話だ?
ツウィスト: なんでもございません。質問をどうぞ。
ブランク博士: 記録のため、名前と出生地を述べていただきたい。
ツウィスト: 私の名はティロ・ツウィスト。オーストリアはアムシュテッテンの村で生まれました。
ブランク博士: 何年に?
ツウィスト: 1622年です。
ブランク博士: 故郷から遠路はるばる来たんだな、ドクター。多くの意味で。
ツウィスト: 仕事に連れられて動いているのです。
ブランク博士: では、あなたの仕事とは、正確にはなんだ?
ツウィスト: かつての私の余波とシャドーボクシングをしております。
ブランク博士: 正確に言っていただきたい。詩的にではなく。
ツウィストはほほ笑む。
ツウィスト: 400年近く、秘密を守ってまいりました。それをなぜあなたに明かしましょう。彼に明かさなかったというのに……
ツウィストはほほ笑みをやめる。
ブランク博士: 彼は生涯をかけてあなたを追っていた。これはあなたが彼に与えられる最後のギフトだ。私たちのさらなる理解を、彼の遺産の一部としてほしい。
沈黙。
ツウィスト: さようにございますか。ギフトシュライバーについて語りましょう。
ブランク博士: 物語を語るのか?
ツウィスト: いいえ、物語なら十二分に語ってまいりました。真実について語ります。
若いころ、私はカイルという男に師事しておりました。村の看板屋です。彼の看板は美しいものではなく……簡素で、率直で、とてもゴタついておりました。言葉が多かったのです。商人でしたら、雑貨のために看板を注文して、その限りないリストの書かれた張り紙を受け取ったことでしょう。首長burgomasterでしたら、カイルに公共建築のペディメントに名言を彫るよう依頼して、彼は深淵な詩を1篇刻んだことでしょう。
なぜ彼の仕事がこれほどまでに高い需要を誇っていたのかえ知らぬことでございましたが、時を経て、彼の後援であった組織がどう評価しようとも稀有の成功を享受していたことに気が付きました。
1644年に私たちのもとに軍隊が来たとき、私たちは彼らのためにバナーを作ったのです。
ブランク博士: 「私たち」?
ツウィスト: 私の誠実さと技能を認め、カイルは己の看板やバナーは魔法だと私に説明してくださいました。彼や似た人々が古代よりの秘密結社であるシュリフトステラー、文筆家に属しているということも。その者たちは魔術師であり、何か効果を得るために言語の法則そのものを曲げることのできた男女でございました。
ブランク博士: それはまさしく作家のしていることじゃないか?
ツウィスト: そのようにではございません。シュリフトステラーの言葉はあなたに考えしめ、感じしめ、倒れしむることすらもでき、ある意味では決して抵抗できないものだったのです。一瞥ばかりで、迷子にもなりましょう。
ブランク博士: だから、商品を買わせることができたと。何かさせることも。
ツウィスト: ええ。あるいは、目を破裂させ、胃を沸かせ、歯を抜け落とさせもできました。それは可能なことにございましたが、あえてすることにはございませんでした。ギフトシュライバーはそうではございませんでした。毒筆家、つまはじきです。かやつらは多くはなく、永らえはしませんでした。……人を呪わば穴二つということにございます。私たちはかやつらが現れないよう用心し、私たちのギフトを決して乱用せぬよう誓言したのでございます。
ブランク博士: 地元の八百屋に依頼されない限りは。
ツウィスト: 仕事でございましたから。それが貴い仕事だったとは一度も申しておりません。
ブランク博士: それは確かに『のろま猫ポーク』の説明になるな。
ツウィスト: どうか……どうかその名前はもう言わないでいただきたく思います。
ブランク博士: では、あなたはカイルの指示を聞きいれたのか?
ツウィスト: ええ。バイエルンの軍隊がシュリフトステラーの皆を募集して、フランスとの戦争に徴用していると知ると、彼はやにわに私に秘術を明かして秘密を守るよう宣誓させました。彼は協力者を必要としておりました。私たちの力は恩恵が少ないと軍隊に確信させられたら、と彼は思っていました。私たちが用心し、さかしくあれば……非道をせずに、任務をなしているように見せかけられたかもしれなかったのです。
ブランク博士: 可能だったのか?
フランツ・フォン・メルシー。
ツウィスト: しばらくは。ですが、そこが問題なのではございませんでした。将軍ら、特にフランツ・フライハー・フォン・メルシーは、私たちが完全に力を発揮すればフランス軍を完膚なきまでに撲滅させられるものだと確信しておりました。彼のために、私たちはその下を行進するもの皆の士気を上げるバナーや、騎兵のものどもに勇気をもたらす美麗なる詩歌、将校に戦術の才覚を授ける教範を作り上げました。そのどれも、満足いくものではなかったのです。彼はカイルや他のものに、目にしたフランス軍が斃れるようなバナーを作らせようとしました。
ツウィストは止まる。
ツウィスト: 彼は、私たち一人一人がギフトシュライバーになることを望んでいたのです。
ブランク博士: だがそうはならなかった。
ツウィスト: ええ、そうはなりませんでした。私たちの誰もそうするつもりはございませんでした。ですが、そこが問題なのではなかったのです。………彼の密偵が帝国中を探し回り、孤独に生き延びて私たちが非難しそこなったギフトシュライバーを徴集したのです。彼はかやつらに従事するよう圧をかけました。……残念ながらsorry to say、かやつらはためらわず従事しましたnot sorry to serve。1644年のフライブルクで、5000人以上の男たちが生きたまま肌の中から焼かれました。男ばかりではございませんでした。兵士ばかりでもございませんでした。
沈黙。
ツウィスト: フライブルクにて、フォン・メルシーはギフトシュライバーこそバイエルン軍の戦勝のカギだと知ったのです。ただ、生き残ったかやつらはほんの少しでございました。超自然的な障害こそあれど、フランス軍は善戦したのです。将軍は数か月もの間私たちに貢献を拡大せよと説教をしておりました。私たちはそんなことは知らない、できないとごまかしました。彼の要求のようにはできませんでした。能力がありませんでした。それに嘘偽りはございませんでした。
1645年の5月の頭に、ヘルプストハウゼンにてフォン・メルシーは業を煮やしました。彼は私たちをテントに閉じ込め、食糧を断ち、裏切者呼ばわりしたのです。それでも、私たちは彼に手を貸すつもりはございませんでした。死に物狂いになって、カイルは私に逃げるよう命令しました。私にはごまかし、認識を回避してそらすすべがございましたから。あなた方のファイルには十分載せられていることでしょう。
ブランク博士: とても多くな。
ツウィスト: 私たちの言葉を真に兵器化するにせよ、束縛から逃れるにせよ、十分な材料はございませんでしたし、何より自分たちを裏切るようなことは避けたかったのです。私は静かに抜け出して、フランス軍の集団へと向かいました。自らの仕事を彼らに申し出て、仲間の解放とバイエルン軍の降伏を確かなものとしたかったのです。
できませんでした。
ブランク博士: 敵方に協力しようとしたのか?
ツウィスト: もはや私のかたきではございませんでした。私たちのなしえたことは、それはそれは……美しいものでした。それほどの潜在力がございました。乾物を売るのでも、政治家を支えるのでもなく、言葉の力で民草皆を発揚させるのです。正しい言葉をもってすれば、私たちになし得ないことなどあったのでしょうか? あのむごく愚かしい戦争を止められなかったのでしょうか? 戦争が終結するまでに、市民の5人に1人が亡くなったのはご存じでしょう。
ブランク博士: ああ。
ツウィスト: そしてシュリフトステラーではたった1人を除いて。しかし畢竟、そのものは、ギフトシュライバーとなってしまいました。
ツウィストは止まる。
ツウィスト: テントに火が放たれたそのとき、私はキャンプ地の裏でその極限に至ってしまいました。
彼は再び止まる。
ツウィスト: 兵士は業火を取り囲み、サーベルを構えておりました。運悪くもキャンプ地の方へと飛び出してしまったものは切り捨てられました。一人残らず。私たち一人残らず。私以外皆が。
彼はメガネを外し、鼻筋をつまむ。
ツウィスト: 私は若く、十分には訓練を積んでいませんでした。時間が……時間はいつもなかったのです。理解していただけますか? ほんの少ししか知らなかったのです。危険を冒すには十分なほどには。私の家族……家族が亡くなるのを目の当たりにしておりました。私の夢がなくなるのを目の当たりにしておりました。その瞬間、この戦争は決して終わりやしないのだと、私たちは皆叫喚のうちに、はらわたを焼かれ、憎悪が体の内から食い破って死ぬのだと感じたのでした。
膝から崩れ落ちました。炎ブレイズの中の、刀ブレイドを携えた軍隊をさげすみ、かやつらに己の憎悪を注ぎました。
のろいをかけたのです。
ブランク博士: 軍隊に。
ツウィスト: いいえ。
ブランク博士: ……ドイツ人に。
ツウィスト: ドイツ語にでございます。カイルの火葬の火をあおった同じ風を吹かす、フォン・メルシーのために作ったバナーや旗に。数か月ほどの間に見たキャンプ地のあらゆる軍服の徽章に、看板に、印字されたクレートやバレルに。あの恐ろしい瞬間に、私は持ち得る全てを、私たる全てをのろいに注いだのでございます。己をのろいの一部としたのです。私は……文法に影響を与えました。理解していただけるかは存じません。
ブランク博士: できるかもしれない。のろいはそれにとどまらなかったと。
ツウィスト: ええ。言いましたように、私は若く、経験が浅かったのです。危険なほど愚かで、想像の限りよりも強力だったのでございます。おそらくは、それからのいつのときよりも強力でしたでしょう。
私はドイツ語をのろい、その子孫も全て、何代に至るまでものろってしまったのです。
ブランク博士: 燎原の火のごとく広がったと。
ツウィスト: 今でも、なぜだったのかは存じておりません。私の不完全なのろいはヘルプストハウゼンから帝国のへりまで道々を通って広がり、血管は毒に冒された心臓から血が送られたのでした。数日して、失敗したと悟りました。数か月して、その規模を悟りました。
8月にネルトリンゲンで、私はもう一度だけ力を殺人に用いました。結果はご存じでしょう?
ブランク博士: フォン・メルシーが死に、ハプスブルク家が敗北し、戦争が徒労なものとなった。
ツウィスト: 戦争はさらに3年、無駄で無意味に続いてしまいましたが。いまだにいかに言えば正しいのかわかっておりません。
ブランク博士: あなたが自身でフォン・メルシーを殺したと受け取っておく。
ツウィスト: いまだに彼のことが目に見えます。彼になしたことが。あなたにこのイメージを背負わせるつもりはございません。
私は、なした被害を理解できる知識を十分に持ち合わせております。私は……のろいが私の一部だとお伝えしておりましたか? のろいが言葉を駆け巡るのを感じられるのです。その気になれば、あとをたどることもできます。のろいが広まるにつれ、影響が大きくなるのがわかります。影響がどこにあるのかでさえ、わかるのです。シュリフトステラーの残りは亡くなってしまったゆえ、私以外にこの災害をしのげるものはいなくなってしまいました。
それはウイルスでございます。曲がりくねり、進化して……ゆがみstrain、私はなんとかstrain toそれとやりあっているのです。ちょっとしたジョークを許してください。
ブランク博士: 私の知己のように話すじゃないか。
ツウィスト: あなたもでございます。私たちどちらも知っているものに。とはいえ、それは生きていて、ええ、私ののろいなのでしょう。私は学位をとることはないでしょうし、私の訓練はきっと正統なものではございません。ですが、この病をいやせる医師は私のみなのでございます。1645年に、確かにそうだと知りました。そして、その事実をしばらく見失っていたとき、とある友人がそれを思い出させてくれたのでした。
ブランク博士: そしてそのあとは知っての通りだと。
ツウィスト: ええ、とてもよくご存じでしょう。
ブランク博士: 最初の意味論的トリガーを同定するのに助力してはくれないか? あなたの称した「のろい」なのか?
ツウィスト: それはできません。すでにそれとなく示しておりますが、それは生きているのです。言語の中に住み、言語の中で育っているのです。私は人々に知られるあらゆる媒体で、己と戦っております。私の一部はあなたの書くあらゆる単語に潜むのですから。それがときおり心地の良いものだと言えば、あなたは私をとがめるでしょうか?
ブランク博士: 少しはするだろうな。あー……のろいを解くカギがすでに広告に書かれているのなら、なぜ製品を実際に売るんだ?
ツウィスト: これが私の唯一の稼業なのでございますよ、博士。金が相当に必要なのです、このように広告をするには。
両者はほほ笑む。
ブランク博士: この異常効果は、英語の文章ではより早く広まり、より容易に進化するとわかっている。なぜか知っているか?
ツウィスト: 丁寧な回答は持ち合わせておりません。
ブランク博士: ……十分だ。それと、あなたの顧客は、購入した後から疑似科学をきっぱりやめることも判明した。これはあなたの魔法の一部なのか?
ツウィスト: ええ。私の技量はまだ単純で原始的で、メンターに導いていただけなければ私は真のシュリフトステラーとはなりえません。ですが、このような簡単なことでしたら、人心を苦しめる小さな毒をいやすことならできるのです。私たちがそれを無視するのでしたら、いっそ皆赫々の炎に焼かれて死ぬのがよいでしょう。
沈黙。
ブランク博士: あなたはこの重荷をたった一人で、長い間背負い続けていた。
ツウィスト: ずっとではございませんでした。ヴィヴィアンは私のよりどりみどりな病のいくつかを提案したとはご存じでございますか? 個人的には「バイク・フェース」.訳注: 19世紀末に女性における自転車利用の健康問題を危惧した医師らが女性の乗車を減らすためにでっち上げた症状。参考: 英語版Wikipedia "Bicycling and feminism"が好みでございました。
ですが、それは困難なものでした。……今は、いずれ困難となることでしょう。もっとも厄介なのは、書き言葉の風景が変わりゆくことでございます。影響が私のあずかり知らぬ文章ベクターへと移るのも、さほどはかからないでしょう。ジャーナリズムの強みは、イエローであれ何であれ、その範囲の広さのみでございました。……私はのろいを媒体ごとに一致させることは決してできませんでしたが、すべてに手の届く伝達方法はございました。
インターネットはあまりにもバラバラでございます。私は途方もなく広大な池の中の、限りなく矮小な魚なのです。そしてほんの数十年もすれば、新聞などきっとなくなってしまうことでしょう。
ブランク博士: 当然Deservedlyそうだろう。
ツウィスト: ややもすれば。ですが、私たちは与えられるべきdeserveものを常に受け取るべきなのでしょうか?
ブランク博士: いい質問だ。知っての通り……私は、公衆衛生への異常な脅威を確保し、それから国民を保護する役目の組織を代表している。
ツウィストは悲しげにほほ笑む。
ブランク博士: 私はあなたを手助けできるかもしれない。認めてくれるだろうか?
録音上の沈黙。
ツウィスト: 私を箱に押し込めるほうがよいのではないのでしょうか? 脳を取り出して、私の秘密を調べるなどしたほうが?
ブランク博士: 当然だ。だがそうしてしまえばあなたは私の内臓を煮てしまうだろう。
ツウィストは止まる。
ツウィスト: (クツクツ笑う)本当にヴィヴィアンのことを思い出させてくれますね。もしかしたらともに成し遂げられるものもございましょう。
1990年代の現代インターネットの到来により、ツウィストが現在最新の事業転換をし、同時に疑似科学や「インチキ療法」への社会的なサブスクリプションのさらなる増加が起きた。彼は副腎疲労を治療するジェイドエッグや、電磁波過敏症を改善するアルミ帽、風車症候群の症状を抑える瓶詰め六角水を販売している。その事業は急ピッチで続いている。
ヴィヴならむしろ、最新版の事業で喜んだことだろう。
私たちはスカウトレイクの癒し手ではありません。
癒し手という言葉にふさわしい存在はたった一つ、自然です! そして自然には、生みなされた中で最も強力で自由に使える医療品が存在します。健康でありたいという人体の欲求です。人体が調和の中にあり、本能的な治癒能力が活性化され、そして自然が歯車を動かせば、あらゆる病からの回復は時間の問題でしかありません。しかし、今日のハイペースで冷酷な世界では時間は皆が皆持てるわけではない貴重品です。そこで、スカウトレイクはメンダキウムという、海水塩、ビタミン、スカウトレイクの癒しの水を注入した薬を提供するのです! 何十年も昔から、北米の東洋医学者は水治療とミネラルウォーターによってエアロトキシック症候群を治療することができると […]
メンダキウムの広告、スカウトレイク・ネイチャロパシー、2015年。
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