タイトルカード: あなたの映画
主演: ████ ███████
[B研究員が再生を一時停止する。]
B研究員: 妙ですね。私の名前です。
[B研究員は試験室内の固定電話でサイト管理官を呼び出す。]
B研究員: どうも、管理官。ミーム部門のBです、新しい映画系のアノマリーを審査中なのですが… そうです、SCP-5479です。その、実はですね、タイトルカードに私が主演だとあるのですが? これはどういう-
[B研究員は数分間話すのを止める。]
B研究員: 分かりました、最善を尽くします。
[B研究員は受話器を置き、映画を再開させる。]
[黒い画面に白文字が重ねられる: “2011年6月18日、月曜日。”]
SCP-5479の一場面。サイト-19 Dクラス棟アルファが映っている。
[映像がサイト-19のDクラス棟アルファに切り替わる。B研究員がタブレットを見ながら検問所で待機している。ジェフ・ブリッジスがナレーションを開始する。]
ジェフ・ブリッジス: ████ ███████は、審査すべき未処理のミーム異常を幾つも抱え込んで、これから長い一日を過ごすことになる。しかし、まずは被験者を迎えに行くのが先だ。居心地の良さそうな生活環境ではないか?
[カメラはDクラス居住ユニットに隣接する通路2本の片方を見下ろすように旋回する。サイト-19の保安職員がD-17568をB研究員の下まで護送してくる。]
保安職員: D-17568、今からB博士と共に試験室へ向かい、彼女の指示に従え。
D-17568: はい、サー。
[B研究員はタブレットから顔を上げずに頷き、反対方向へ歩き去る。D-17568がすぐ後ろを付いていく。]
ジェフ・ブリッジス: 心配しなくていい、直にあなたも彼女を気に入るだろう。
[映像が切り替わり、B研究員とサラ・ポランスキー次席研究員 (彼女の同僚) が、観察窓から試験室ガンマを覗いている様子が映る。D-17568はミームフィルターの実例を評価し、その有効性を試験している。]
ポランスキー: オーケイ、D-17568、その写真を見て何を感じているか教えて。
D-17568: 眩暈がする、熱いシャワーを長く浴びすぎたような感じだ。もう目を逸らしていいか?
[B研究員は首を横に振る。]
ポランスキー: まだダメよ、でも変わったことがあったら知らせてちょうだい。
[ポランスキーはB研究員に向き直り、彼女からコーヒーを受け取る。]
ポランスキー: ありがとう。
B研究員: ベニングがまた何人か欠員を出したのは聞きましたか?
ポランスキー: そんな! ホントにマヌケな奴。もっとしっかり訓練できないのかしらね?
[B研究員は肩をすくめる。彼女は窓越しにD-17568を見て、観察記録メモを取る。]
B研究員: 私に分かるのは、近いうちに彼がクソのような業務に配属されるだろうということだけですよ。
ポランスキー: [笑う] あー、成程ね。
[ポランスキーはコーヒーをすすり、観察窓から試験室を覗く。]
ポランスキー: あっ、ヤバ。
[B研究員が窓の向こうを見る。カメラは彼女の視線を追い、D-17568が机に突っ伏しているのを映す。ミームフィルターが表示されているタブレットは床に落ちている。]
B研究員: 嘘っ! 何時間もかけてエンコードしたのに!
[B研究員は試験室に入り、タブレットを拾い上げるが、ミームフィルターがオフになるまでは注意深く目を逸らしている。彼女は少しの間、診断プログラムを実行している。]
B研究員: ああ、良かった、無事でしたよ。
ポランスキー: 医療班を呼ばなくちゃ。
B研究員: [溜め息] そのようですね。
ジェフ・ブリッジス: ここSCP財団では、このように病人への接し方も一般的な収容所とは大きく一線を画している。
[映像が暗転する。]
[画面は黒いまま、白文字が表示される: “2011年6月19日、火曜日。”]
[この章は、後ほどサイト-19の報告室ベータと特定された広い講堂型の会議室から始まる。B研究員は聴衆の1人として座っており、HMCL管理官 ヒューズが話し続けている。]
ジェフ・ブリッジス: レベル3研究員にとってはごく普通の一日だ。しかし、財団での生活は平凡とは程遠く、官僚機構さえも犠牲を払っている。
SCP-5479の一場面。サイト-19 HMCL委員会会議の様子が映っている。
ヒューズ管理官: 173の収容でまた3人のDクラスが死亡した。こんなのは馬鹿げている。何が必要か、あのふざけた像にどう対処すべきかは分かっているんだ。ベニング、どうして昨日また3人も死んだか教えてくれないか?
ベニング研究員: [咳払い] ヒューマンエラーです。彼らは過去2回、清掃業務に携わっていました。
ヒューズ: ふざけるな! Dクラスは大切な資産だぞ。それとも今度からは君が収容室のクソと血をホースで洗い流すかね?
[ベニングは応答しない。ヒューズは机の上、ノートパソコンの横に腰掛ける。]
ヒューズ: 君たち全員に一つはっきりさせておく。我々は無制限にアノマリーに死体を食わせてやることはできない。Dクラスがいるのは当然だと思うんじゃない。彼らは消耗品disposableかもしれないが、他の資産と同じように温存する必要がある。
[集まった研究者たちはヒューズを見つめている。]
ヒューズ: 続けて復唱したまえ、“Dクラスは、有用な、道具である。” [溜め息] ベニング、いずれにせよ、像周りのシステムは変え時だ。自動化できない理由はあるまい。そして他の皆も覚えておくように。Dクラスは君たちが使うためにいるが、せめて賢く使ってくれ。
[B研究員は同僚たちと共に退室する。彼女がミーム研究室ガンマに向かっていると、警報が鳴り始める。彼女は研究室に駆け込み、ドアを封鎖し、自分の机の引出しからルガー9mm拳銃を取り出す。彼女は机の後ろで床に座り込み、銃を固く握り締める。]
ジェフ・ブリッジス: “彼女はこんな目に値するような事をしたのか?”と思うかもしれない。しかし、現実は厳しい — この世に自業自得というものはなく、ただ人々は得るだけだ。
[施設の遠くから爆発音が聞こえる中で、研究室のドアが叩かれる。何者かがドア越しに叫んでいる。B研究員は床に膝を突いたまま、机の上で両腕を組み、ルガーを封鎖されたドアに向けている。ドア越しの叫び声は理解できない。]
ジェフ・ブリッジス: 彼女の心臓は激しく鼓動し、背中には汗が流れている。こんな風に研究室のドアを叩くのは何者だ? 誰が考えられるだろう? 最後に射撃場に行ってから随分経っている彼女は、何ヶ月も銃を撃っていない。
[遠くの爆発音が一瞬収まり、ドア越しの叫び声が鮮明になる。]
D-17568: B博士、中に入れてくれ! ここは正気の沙汰じゃない!
インターコム: 緊急事態。収容違反が進行中。保安職員以外の者は持ち場に戻り、封鎖手順を実行せよ。これは演習ではない。
[研究室のドアが金属質の物体で2回激しく殴打される。B研究員が首を横に振る。]
ジェフ・ブリッジス: どういう種類の収容違反だろうか? もしこの声がDクラスではなかったらどうする?
D-17568: 頼む、頼むよぉ、入れてくれぇ!
[金属のぶつかる音が高まり、遂に電子錠が破壊されて、Dクラスがドアをこじ開ける。継続している警報に加えて、封鎖中のドアが破られたために研究室特有の別な警報が鳴り始める。D-17568は机の後ろにいるB研究員に向かってよろめきながら近寄る。彼は頭皮の傷から出血している。]
D-17568: 助けてくれ!
[B研究員は激しく首を横に振る。]
B研究員: さっさと出て行って!
D-17568: ここから出たら死んじまうよ!
ジェフ・ブリッジス: 今、彼女は深刻な道徳上のジレンマに直面している。彼は収容違反中に封鎖された研究室に押し入った。しかし、彼は負傷しているし、Dクラスなのだから封鎖手順について知らないかもしれない。それに、保安職員はほぼ毎週のようにDクラスの記憶を弄っている。
B研究員: 出なさい! 最後の警告です!
D-17568: 嫌だ、嫌だぁ!
[D-17568がB研究員に僅か1mの距離まで近付き、彼女の手を掴もうとする。B研究員は拳銃をD-17568の胸部に向けて2回発砲する。D-17568は後方にのけ反り、研究室のタイル張りの床に倒れ込む。B研究員は急いで彼を回り込み、ドアを勢いよく閉め、スツールを押し付けて封鎖する。彼女はD-17568に向き直り、腕を振るわせながら彼が死ぬのを見つめる。]
ジェフ・ブリッジス: さぁ、どうだろうか? “D”の意味がはっきりしてきたようだ。
[映像が切り替わり、研究室を清掃する保安職員と、ドアを修理する整備員がモンタージュ技法で示される。B研究員は持ち場の近くに立っており、拳銃は彼女の目の前の机に置かれている。彼女は拳銃にも死体にも目を向けない。倫理委員会による小規模な公聴会の場面に変わり、着席した倫理委員会メンバー2人の前に、B研究員が無言で立っている。]
倫理委員会メンバー1: 状況を考慮すると、我々はあなたが立派に行動したと考えている。あなたが何よりも優先したのは、自分の身の安全と、持ち場である研究室の保安体制であり、これは全て収容違反等の緊急事態が発生した場合のプロトコルに準拠したものだ。
倫理委員会メンバー2: 我々は皆、収容違反を経験したことがあり、その恐ろしさを知っている。しかし、D-17568は今回の収容違反から影響を受けていなかったことが確証された — 収容違反の性質については今日は触れない。
[B研究員は身体の前で手を固く握り合わせる。彼女の腕は細かく震えている。]
ジェフ・ブリッジス: おっと。どうやらマズいことになりそうだ。
倫理委員会メンバー1: だが結局のところ、あなたにD-17568が影響されていたか否か、そしてどのようなアノマリーが収容を破ったかを知る術はなかった。あなたの証言によると、自分の生命と持ち場の保安体制が脅かされることに恐怖していたそうだが、これは監視映像でも裏付けられた。従って、D-17568の死は悲劇ではあるが、彼自身の行動の結果だと本委員会は判断した。B研究員、あなたに業務上の過失は無い、従ってD-17568の死についての責任も無いものとする。他に何か質問はあるか?
B研究員: わ… 私は人を殺しました。なのに罰を受けないのですか?
倫理委員会メンバー2: あの状況でか? そうだ。
倫理委員会メンバー1: 機密扱いのセラピーを紹介することもできるが、正直なところ、君が記憶処理を受けたほうが関係者の負担は減るだろう。何かそれに問題があるか?
[B研究員は首を横に振る。]
[医療職員が入室し、記憶処理薬をB研究員に投与する。画面が暗転する。]
ジェフ・ブリッジス: よく言うように、終わり良ければ全て良し。今回の教訓だ! 勿論、彼女はその教訓を思い出せないだろう。しかし、それでどうということも無い。大体、あの男は何が起こると考えていたのだろう? 彼は財団の理想を最優先に考えていなかった — それは破滅が待つ道だ。
[B研究員が再生を一時停止する。]
B研究員: なんてこと…
[試験室内の監視映像は、B研究員が頭を下げ、両手で支えながら独り言を呟いている様子を示す。]
B研究員: あんな事は起きてない… ですよね?
[試験室内の電話が鳴る。B研究員は受話器を取る。]
B研究員: 管理官? 何でしょうか?
[彼女は少しの間沈黙し、やがて首を横に振る。]
B研究員: いいえ、ミーム的な効果は全く無いようです。ただ、他に適当な言葉が無いのですが… 私はどうもこれを上手く受け止められません、自分が記憶していない行動を取っている様を見せられています。気掛かりです。
[彼女は話すのを止め、電話に耳を傾けている様子を見せる。]
B研究員: 話を遮って申し訳ありませんが… つまりその、これは実際に起 — [合間] 分かりました。ありがとうございます。続けます。
[B研究員は受話器を置き、映画を再開させる。]
[暗転した背景に白文字が表示される: “2011年6月20日、水曜日。”]
SCP-5479の一場面。サイト-19 ミーム研究室ガンマにいるポランスキー研究員とB研究員が映っている。
[映画のこの章はサイト-19のミーム研究室ガンマから始まる。カメラは空間を見渡した後、B研究員とポランスキー研究員を画面内に収める。Bはカメラに背を向けているが、ポランスキーはカメラがある凡その方向を向き、ほとんどアイコンタクトを取るような素振りを見せてから目を逸らす。2人とも笑っている。]
ポランスキー: それでね、あいつ、電子レンジからマグカップを出した後、怯えたふりをしながら“コーヒーは認識災害だっ!”て叫んだのよ。
[B研究員が笑う。]
B研究員: カートったら、底抜けに馬鹿なんですから。
ポランスキー: それで、昨日は何処にいたわけ?
[B研究員がポランスキーに向き直る。]
B研究員: どういう意味ですか?
ポランスキー: 朝は研究室にいなかったし、警報が鳴った時もお昼を食べに来てなかったじゃない。その後はもう封鎖だし。
B研究員: ああ… 昨日は… 朝はHMCL委員会に出席して、その後は幾つか雑用を済ませていました。
ポランスキー: ふーん、じゃあ、何が起きたか聞いた?
[B研究員は首を横に振りながら、身を屈めて持ち場にある何かを検査している。]
ポランスキー: どういう種類のかは知らないけど、収容違反があって、この研究室でDクラスが1人死んだのよ。
B研究員: えっ。本当ですか?
ポランスキー: うん。何かがあって違反に巻き込まれたんでしょうね。それが実は何度かあたしたちと一緒に作業してた奴だったのよ。D-17568。
[B研究員は肩をすくめる。]
B研究員: いちいち番号を覚えている暇なんかありませんよ。
ジェフ・ブリッジス: 私は一介のナレーションに過ぎないが、もし画面内にいたら、きっとカメラに真面目な顔付きで目配せをしているだろう。
数分後、保安職員が呼び出され、B研究員は連行された。倫理委員会メンバーは、B研究員に記憶処理を施し、SCP-5479を視聴した記憶を忘却させるのが最善の解決策であると判断した。B研究員は翌日、通常業務への復帰を認められたが、人事ファイルには機密扱いの減点評価が記録された。
ムース管理官は、Dクラスとの接触経験や、その他の倫理的に困難かつ繊細な責任がある立場の研究員がSCP-5479を調査していることについて、O5評議会に懸念を報告した。特別収容プロトコルはそれに伴って改訂され、将来的に同様の問題が起こるのを回避するために、SCP-5479はDクラス職員のいないサイトへ移送されることになった。