特別収容プロトコル: SCP-5616の所在はサイト-43の異常文書廃棄チャンバー(Anomalous Documents Disposal Chamber: ADDC、使用停止中)に制限されます。このチャンバーは封印を保たれなくてはならず、構造の完全性は常に監視されなくてはなりません。
SCP-5616はADDC内に存在するあらゆる物品との相互作用を許可されます。この許可は形式的なものであり、実際上ADDC内でのSCP-5616の行動に干渉することはできません。
SCP-5616は文書を要請することができます。これは、ADDCの外部窓を通して提供されます。
アップデート1944/10/19: ADDCの外部窓を通して、1日に10分以上の人間との接触をSCP-5616に経験させなくてはなりません。この任務は、希望する職員全てが持ち回りで担当するべきです。
アップデート1949/12/31: SCP-5616は1日に1時間の心理学的カウンセリングを受けなくてはなりません。
アップデート1957/01/05: 現在より、SCP-5616の要請に応じて、文書はADDC外部窓に投影されます。
アップデート1970/01/01: SCP-5616を常にカメラにより監視しなくてはなりません。SCP-5616の自傷の試みの可能性がある場合、即座に心理学・超心理学セクションの適切な技能のある職員がADDCの外部窓に呼び出されなくてはなりません。
アップデート1972/04/15: SCP-5616のレベル-3セキュリティクリアランスが回復されました。SCP-5616のデータベースファイルは以降、彼女を参照する際に、中性代名詞の使用を行いません。
アップデート1975/03/01: SCP-5616は週に1度、財団の職員にリモートで講義することが許可されます。
アップデート1989/11/10: SCP-5616はADDCの外部窓に面して設置された音声操作できるコンピューター端末の使用を無期限に許可されます。
アップデート1997/04/01: SCP-5616はADDCの外部窓を通じて、1日に1時間以上人間との接触を行わなくてはなりません。この任務は、全ての希望する職員が持ち回りで担当するべきです。
アップデート2004/02/14: SCP-5616は1日に2時間以上の心理学的カウンセリングを受けなくてはなりません。
アップデート2016/08/10: SCP-5616は、サイト-43における全てのチーム編成と再構成の活動に、リモートで自己裁量で参加することを許可されなくてはなりません。
説明: SCP-5616はサイト-43の玄妙除却セクションと記録・改定セクションの上席研究員であるイルゼ・レインデルス博士です。彼女は反時間物質の過飽和のため、玄妙除却施設AAF-Aの異常文書廃棄チャンバーに囚われており、当該物質は彼女の存在に部分的に浸透しています。この浸透の最も著明な効果は、肉体的に加齢しないことです。加えて、SCP-5616は食事、飲水、休息、排尿、排便、その他衛生を保つための行動を必要としません。実際上のあらゆる点において、彼女の肉体は1943年12月のある瞬間に固定されています。彼女が自身の外見や肉体に加えるあらゆる変更は1分以内に復元されます。彼女の精神と運動機能は、この現象に影響されていません。従って、SCP-5616は基底状態の人間と同様、移動、会話、思考、学習し、感情を抱くことが可能です。
SCP-5616は収容下で複数の科学研究を行って過ごしてきました。それにより、明白に、サイト-43にて最も知識を身に着けた人物となっています。彼女は分析化学、核物理学、深遠化学、歴史学、無機化学、文学、医化学、分子物理学、有機化学、粒子物理学、光学、物理化学、高分子化学、理論化学、毒物学の学位を持っています。。SCP-5616は現在129歳であり、肉体的にはおよそ30歳に見えます。
補遺5616-1、現象論的概観: レインデルス博士の状況は、異常との相互作用で負の影響を受けた財団の研究者にとって、象徴的なケースとなっていたことから、彼女は1981年に、指導に使用できる入門書を執筆するように指示されました。その入門書である「鏡ガラスの反対側で、イルゼは何をしたか」の抜粋が以下になります。
私が初めてSCP財団と出会ったのは、それが私の姉を殺した時だった。
リズ・レインデルス博士は、優秀な若い歴史学者として、オランダの私たちの家から、シンプソン政策センターというカナダのシンクタンクに移った。両親は決して彼女を許さず、私はただ困惑していた。
それは1910年のことだったので、私たちは手紙で連絡を取った。彼女は、文書の分析をしており、とても魅力的な仕事だと、もっと詳細を話せたら良いのにと語った。私は文学を研究するつもりだと言ったが、彼女はそれはバカバカしいと考えていた。一つの家族から娘が二人も大学に行く!勿論、私たちが初めてというわけではなかったが、その頃はまだとても珍しいことだった。
1917年、彼女が死んだとき、私はちょうど修士課程を終えるところだった。元日に、ヴィヴィアン・スカウトと名乗る、とても礼儀正しく深刻な面持ちの科学者が、帽子を手に持って私の寮に現れ、私にそのことを告げた。私はほとんど彼に縋り付いた。次の学期がそろそろ始まるところだったが、そのことを考える気にはならなかった。私にとっては、世界は終わっていた。三年間の戦争の後、地平線についに光が見えたところだったが、姉の光は何の説明もなく消えてしまった。
彼はそれがどうして、どのように起こったのかは言わなかったが、責任を感じているように見えた。彼は私を大学の医療センターに連れていき、手当てを受けさせた。そして後に知ったことだが、彼は代金を払い、私の成績を調べた。だから彼は、次に私が、まだショックを引きずりながら彼に会ったとき、私に修士号を取ったあとどうするつもりか聞いたのだ。
私は質問をはぐらかした。私は彼に、姉が何をしていたか明かすことはできないか尋ねた。
彼は私に、まずは卒業すれば、財団が私を雇うだろうと言った。私はシンプソンセンターに入り、そして実際にはそこが、歴史研究グループCLIO-4であることを知った。姉は、財団が収容すべき異常な危険性を調査するために古い文書を調べていた。そして彼女は自らがアノマリーに、文書によって感染する疾患に出会い、数カ月後に無惨な死を遂げたのだ。
私は魅了された。そのような魅力は、あなた方が嫌悪するようなものにしか、あなた方の人生の質を永遠に減ずるようなものにしかあり得ないものだ。
1922年に、私は文学研究で財団博士号を取り、CLIO-4でのスカウト博士の補佐となった。他の人は全員、未だに手がかりを求めて文書を調べていた。だけど私は、どうすればそれを破壊できるのかを突き止めようとしていた。私たちは常に、目にしていない間に変化するファイルや、読んだことが発生するファイル、内容について考えた者を傷つけるファイルなどに出会っていた。そのうちいくつかは破壊不可能だったけど、実際には問題にはならなかった。それを燃やすことが、例えば、ポリエチレンより危険だなんて、誰がわかるというのだろう?
私は財団では二つの世界に住んでいた。半分の時間は歴史について働き、さらに一つの博士号を得た。もう半分の時間では興りつつあった玄妙除却、異常な廃棄物を分解する秘密の科学の深妙の分野で働いた。1942年に、暫定サイト-43の建設が始まったとき、私はこれらの分野を横断する第一人者だった。誰もイルゼ・レインデルス博士よりも、魔法の紙を燃やす方法について詳しい者はいなかった。
私たちが最初に建てた建造物は玄妙除却施設AAF-Aだった。私はそこでほとんどの時間を過ごし、姉の死は奇妙な事故に過ぎなかったと確認することにより、姉についての記憶を美化していた。私たちは複雑な隠秘焼却炉を作り、そしてそれは機能した。私は何年もの間、自分こそがそのシステムの唯一のオペレーターであると主張できるように、自らを沢山の有害な文書に晒した。なぜ他の誰かを危険に晒すことができるのか?
その後何十年かの間、少し慈善の気持ちが衰えた時には、もう少し他の人に任せればよかったと考えることもあったことは認める。
1943年12月31日の出来事の幾つかは、水晶のようにクリアに思い出せるけど、それ以外のことは全く思い出せない。私はついに、姉を殺した文書を突き止めた。それは彼女の骨を燃やし、彼女を内側から焼いた。よりよい事に、私はそれを無力化する方法を知っていた。私は残ったもの──ただの非異常性の新聞紙の切り抜き──を、彼女の命日である、まさにその次の日に燃やすつもりだった。なので、私が異常文書廃棄チャンバー(Anomalous Documents Disposal Chamber: ADDC)に向け、最後の運命の移動をしたとき、それは私の白衣のポケットにあった。
私の研究助手は外部の窓から私が危険な文書の束を台車に載せるところを見ていた。そこからは、彼の証言だけが唯一の記録である。その頃には監視カメラはなかった。彼によると、文書焼却炉は、現在の比較的新しい状態と、何十年も使われていないひどく錆びた外観の間を移り変わり始めたという。さらに彼が言うところによると、私は混乱して後ずさった──そこは私も覚えている──そしてそれから焼却炉は爆発した。
プロトコルに従い、ADDCは直ちに封印された。それは完全に封印された。あなたの心配するように──換気も含めて。私はおそらくは意識を失い──それは後に皆がそう結論した。私が息をしていないのを見たときには、彼らは私が死んでいると結論した──床に倒れた。直径約1メートルほどの、反射性の物質の球体が、焼却炉の残骸の上に浮かんでいた。その表面が溶けたクロムのように波打つたび、反射は瞬いていた。
誰もどうすればよいかわからなかった。チャンバーの封印を解くことなく、その物質を除却する方法はなかった。そして施設内の全員が死ぬ、あるいはもっと悪い事態を招くことなく、封印を解くこともできなかった……。健康・病理学セクションがすぐに、酸素がないにも関わらず、私が酸欠していないことに気づいた。それが良い兆候だったとしても、小さなものだった。
1944年10月12日、レインデルス博士は突然覚醒しました。スカウト博士は偶然にもADDCを視察するために移動している最中であり、彼女が呼吸しているのを発見すると外部窓に駆け寄りました。それに続く彼女らの会話が以下になります。
インタビューログ
日付: 1944/10/12
調査担当者: V. L. スカウト博士(暫定サイト-43共同管理官)
[レインデルス博士は宙に浮いた反射性の球体を眺めている。スカウト博士は拳で外部窓をノックする。彼女は気づいたように見えない。彼女は古く劣化した新聞紙を一片ポケットから取り出し、宙に放つ。それは彼女の指を離れた瞬間、空中で停止する。彼女は眉をひそめ、チャンバー内の損傷を調べ、結果として窓を見る。彼女の目は見開かれ、スカウト博士と会話するため駆け寄る。]
[レインデルス博士は話そうとするが聞こえない。スカウト博士は彼女の唇を読もうとするが、動きが速すぎてできない。スカウト博士は抗議のため手を挙げ、彼女も反射的に手を挙げ、ガラスに押し付ける。そうすると、彼女の声が小さく聞こえてくる。]
レインデルス博士: ──こえる?
スカウト博士: ああ!ああリズ、聞こえるよ!
[スカウト博士は笑う。]
スカウト博士: 聞こえるよイルゼ、すまなかった。
[レインデルス博士は微笑む。]
レインデルス博士: それで、この状況が気になって見に来たわけね?
[スカウト博士は答えない。]
レインデルス博士: 笑ってよヴィヴィアン、私はまだ生きているわ。
スカウト博士: どれくらい長く意識を失っていたかわかるかい、イルゼ?
レインデルス博士: 全くわからないわね。なぜ意識を失ったのかもわからないのだから。
[レインデルス博士は窓から手を離す。彼女は話し続けるが、聞こえなくなる。スカウト博士はそれを身振りで示す。彼女は窓に再び手を当て、再度聞こえるようになる。]
レインデルス博士: こうすれば聞こえる?
スカウト博士: ああ、しばらくを手を当てておいてくれないか。
レインデルス博士: 人生には不思議なことがあるものね。
スカウト博士: 君の人生は特にな。文書の破棄で何かトラブルがあったようだ……
[スカウト博士は、部屋の反対側にあるリサイクルシステムの操作パネルを指差す。]
スカウト博士: あそこに行って、値を読んで、私に伝えてくれないか?
[レインデルス博士は頷く。彼女は部屋を横切ってパネルに行き、1分ほど注意深く見る。彼女は目を落としながら窓に戻ってくる。]
スカウト博士: どうだった、イルゼ?
[レインデルス博士は答えない。]
スカウト博士: イルゼ、知る必要があるんだ──
[レインデルス博士は目を上げる。彼女は手を窓に当てる。]
レインデルス博士: ここの空気の組成は100%不明な物質で構成されている。
スカウト博士: そうか。
レインデルス博士: この部屋は封鎖されているということだわ。
スカウト博士: そうだ。緊急システムが自動的にそうした。
レインデルス博士: そこまで厳重なら、私は今なぜ呼吸できているの?
スカウト博士: 分からない、分からない……
レインデルス博士: 何ですって?
スカウト博士: 君が呼吸する必要あるかどうかもわからないんだ。
レインデルス博士: 何ですって?
スカウト博士: 気を失っている間、君は呼吸していなかった。君は全く動かなかったんだ。全く。
[沈黙。]
レインデルス博士: なぜそんなことができたの?どれだけ長く気を失っていたの?
[沈黙。]
レインデルス博士: ヴィヴィアン、私はどれだけ長く気を失っていたの?
サイト-43共同管理官及び玄妙除却部門主任であるウィン・リーゼレッハ博士は、即座に部下の研究者にレインデルス博士の状態を継続的に調査することを命じました。レインデルス博士は睡眠を必要としておらず、ADDC内部の異常な物質を精力的に調査しており、その質量がゆっくりと減少していることを突き止めました。彼女はまた、自らに割り当てられた臨時のチームに実験を指示しました。それによると、彼女は物体と相互作用し移動させることはできますが、彼女が手を離すと、それらは空中で停止します。この原理により、彼女が窓に手を当てることにより発声できることが説明できます。この研究から3週間後、リーゼレッハ博士はADDCの窓においてレインデルス博士と会話しました。
インタビューログ
日付: 1944/11/03
調査担当者: W. リーゼレッハ博士(暫定サイト-43共同管理官)
[レインデルス博士は机を文書でいっぱいにしている。その上さらに、周囲の空中に浮かんでいるものもある。彼女はそれらに取り組んでいるが、リーゼレッハ博士が到着するとすぐに顔を上げる。彼女は窓から差し込む光の僅かな変化にも敏感になっているようだ。彼女は紙を一束すくい上げ、彼との会話に加わる。]
レインデルス博士: ノートを採っていたわ。
[リーゼレッハ博士は微笑む。]
リーゼレッハ: そのようだね。その紙はどこから手に入れたものかな?
[レインデルス博士はリーゼレッハ博士に紙の束を見せる。それらは新聞紙や印刷されたものだ。]
リーゼレッハ: 異常な文書の裏に書いているのでなければよいのだが。
レインデルス博士: ADDCに白紙が貯蔵されているわけないでしょう?それはともかく、私はあのお友達の反射を研究しているの。
[レインデルス博士は深妙物質に身振りする。]
レインデルス博士: これは正確な間隔で周期しているわ。1つの変化あたり1分。でもそれを見るにはとてもよく見ないとならないわ。これは今この瞬間と、過去1分の時点の間で周期しているから。
リーゼレッハ: それをどうやって見分けるんだ?
[レインデルス博士は微笑む。]
レインデルス博士: そうね、幸運なことに、バックアップ焼却炉の運転ライトが反射している。それは17秒ごとに点滅するから、突然の変化を記録しやすくなっている。
リーゼレッハ: そんな方法でしか測定させてやれなくてすまない、イルゼ。
レインデルス博士: 気にしないで。それで、このことと私が呼吸する必要がないことが、なぜ関係するかわかる?
[沈黙。]
リーゼレッハ: わからない。
レインデルス博士: 反射は時間の速度に合わせて変化する。
[沈黙。]
リーゼレッハ: 時間の速度とは、一体何だ?
レインデルス博士: 任意のものよ、勿論!例えばあなたがある時間間隔を選んで、自分をそれに当てはめる。するとあなたは自分に独自の時間系列を与えたことになる。あの物質は1分ごとにカチコチと鳴っているようなものね。それはクロノロジックな一定の周期があるものよ。
リーゼレッハ: クロノロジックな一定の周期がある。
レインデルス博士: もっとも、アナクロニックな通常の時間からは外れたものだけど。私が燃やしていたファイル……それと、どれだけかわからないけど過去に燃やしてきたファイル……その文章か、紙か何かに、時間アノマリーが含まれていたに違いないわ。私たちが気づかず、試験しようとも思わなかったもの。そしてそれはADDCの中で何週間も、もしかしたら何ヶ月もかけて構築された。
リーゼレッハ: そして君がラクダの背に最後の一筋の藁を載せたというわけか。なんてこった。
レインデルス博士: まだもう1つ、重要な示唆があるわよ、ウィン?
リーゼレッハ: ……ADDCの中には時間が存在しないが故に、君は今呼吸する必要がない。あの物質が流れを無効化している……焼却炉が爆発した瞬間に、君は留まっている。ならば……
[リーゼレッハ博士は頭を振る。]
リーゼレッハ: 君は不死身なのか?
[レインデルス博士は笑う。]
レインデルス博士: それを突き止める時間はたっぷりあるようね。そうでしょう?
続く8ヶ月の間、レインデルス博士はADDCの包括的な研究を主導し、異常な質量が減少し続けていることを詳細かつ正確に記録しました。この問題に対し、応用隠秘学セクション及び玄妙除却セクションの資源が過大に費やされていることが明らかになるにつれ、スカウト、リーゼレッハ両博士とO5司令部の間の緊張が高まりました。そのためリーゼレッハ博士は自ら計画の指揮を執ることに志願し、この問題を管理官権限下で追求することを確約しました。一方レインデルス博士は化学と光学に関する資料を要求し、彼女の現在の状況を説明できる時間理論を立てました。彼女は以下のインタビューの抜粋のように、共同管理官と継続的に発見を議論しました。
インタビューログ
日付: 1945/07/18
調査担当者: V. L. スカウト博士(暫定サイト-43共同管理官)
[スカウト博士が到着したとき、レインデルス博士はすでに窓のそばにいる。彼女は空白のクリップボードを持ち、考え込んでいるように見える。]
スカウト博士: イルゼ、ウィンはもう何週間も研究室を離れてないよ。だから代わりに私が君と話しに来たのだが、なにか進捗はあったかね?
レインデルス博士: なぜ私のことを「リズ」と呼んだの?
スカウト博士: 何だって?いつのことだ?
レインデルス博士: 私が目を覚ましたときよ。なぜ私を「リズ」と呼んだの?それまで、あなたが私たちの名前を混同したことはなかったはずよ。
[沈黙。]
レインデルス博士: あなたが姉と働いたのは5年間?だったわよね。でも私とは何十年にもなるはずよ。そしてあなたは一度も私と彼女を取り違えることはなかった。
[スカウト博士はため息をつく。]
スカウト博士: 私はいたんだ。その……彼女が死んだときに。
レインデルス博士: もちろんそうでしょうとも。彼女はシンプソン・センターにいたんだから。
スカウト博士: 違う、そうではなく、その場にいたんだ。ガラスを挟んで、それが彼女を終わらせたときに。
[沈黙。]
スカウト博士: 大晦日の一日、私はそこにいた。共にいたんだ。私は君が送った手紙を彼女に渡した。そこには小さな……
[スカウト博士は窓に身振りする。]
スカウト博士: 小さなスロットがあった。水や食べ物や、小さな物のための。私は君も……
[スカウト博士は頭を振る。]
レインデルス博士: 球体はまだ縮小を続けているわ。
スカウト博士: 本当か?
レインデルス博士: 本当よ。
[レインデルス博士はクリップボードを放る。それは彼女の前の空中に浮かぶ。]
レインデルス博士: だけど時間は加速していない。
スカウト博士: どんな理論が考えられる?
レインデルス博士: それは除却されてはいない。それは染み出しているわ。
[沈黙。]
スカウト博士: 実験を続けてくれ。
レインデルス博士: イエッサー。
レインデルス博士の精神状態はその後の年月で悪化し、時間理論の研究の進捗は極めて遅くなりました。彼女は、非異常性の研究者に比べ3倍の仕事時間を活用し、関連分野の内部博士号の取得を試みはじめました。1951年までに、彼女はサイト-43における3つの科学分野の最も優れた専門家となっており、財団外には存在しない2つの分野の基礎に多大な貢献をしました。サイト-43における彼女の学術的重要性を鑑み、リーゼレッハ博士は彼女の状態についての研究を続行することを許可されました。ADDCの窓には、彼女の声を適切に増強する装置が設置され、彼女はサイトのすべての部門の職員から、頻繁に相談を受けました。以下のインタビューに示されるように、彼女の置かれた状況だけが、彼女の有能さの障害となっていました。
インタビューログ
日付: 1951/04/29
調査担当者: W. リーゼレッハ博士(暫定サイト-43共同管理官)
[リーゼレッハ博士は直近の玄妙除却部門の会議の内容をレインデルス博士に説明している。彼女は他のことに気を取られているように見える。]
リーゼレッハ: これが現実的かはわからないが、こういった理論がある。もし我々が安定的なバブルをチャンバーの周囲に設置し、ゆっくりと押し入れることができるなら……勿論、ADDCの膜を透過するのは容易ではないだろう。だが──
レインデルス博士: 私の収容プロトコルはもうできているの?
リーゼレッハ: 何だって?
レインデルス博士: 聞こえたはずよ。
リーゼレッハ: 君はSCPオブジェクトじゃない、イルゼ。あの球体こそがオブジェクトだ。
[レインデルス博士は深妙物質に身振りする。それはバスケットボールほどのサイズに縮んでいる。]
レインデルス博士: じきにあの球体もなくなるわ、ウィン。あれと私との間に大した違いはないわ。時間も動き出してはいない。私はここに来て以来、1日分も歳をとっていない。
リーゼレッハ: それは重要じゃない。あの物体が見た目の大きさ以上に拡散したはずはない。
レインデルス博士: あるいは、私の肌に染み通っているのかも。私はすでに時間を超越した実体だから。
[沈黙。]
リーゼレッハ: 説明してくれ。
レインデルス博士: 私は1892年生まれよ。焼却炉が爆発したとき、私は51歳だった。
リーゼレッハ: それで?
レインデルス博士: 私が51歳に見える?
[リーゼレッハ博士は肩をすくめる。]
リーゼレッハ: 私は60代後半だ。君にとって私はそう見えるか?見た目の年齢には個人差がある。
レインデルス博士: 私は30代以降変わっていないわ、ウィン。異常な文書をじっくりと読むようになって、10年が経った頃かしらね。
リーゼレッハ: つまり……
レインデルス博士: つまり、なぜ焼却炉が爆発したのかわかったということよ。それは私が持ち込んだ文書のせいじゃない。臨界質量に達した最後のひと押しはそれじゃあない。私が持ち込んだ私の中にあるアナクロニック・エネルギーよ。
[沈黙。]
レインデルス博士: もし私がSCPオブジェクトじゃないとしても、そうなるべきよ。
リーゼレッハ: 君は我々のチームの一員だ。君は──
レインデルス博士: 私は怪物よ。もし私がすでにガラスの箱に入ってなかったら、あなたが私を詰め物をした箱に入れていたわ。あなたもその通りだとわかっているはずよ。それがプロトコルだから。
[リーゼレッハ博士は頭を振る。]
レインデルス博士: あの出来事以来、私は外の人全てにとって、本当の人間ではなくなったのよ。
[リーゼレッハ博士は片手をガラスに当てる。]
リーゼレッハ: そうじゃない。ヴィヴィアンにとっても、私にとっても。
[レインデルス博士はリーゼレッハ博士の手を見る。しかし同じようにはしない。]
リーゼレッハ: 我々は君をここから出す。その方法を考える。
[レインデルス博士は頭を振る。]
レインデルス博士: 私はただ、手遅れにならないうちに変化に気づいて、それに何かをしたいだけよ。
リーゼレッハ: どのようなものだ?
[沈黙。]
リーゼレッハ: イルゼ?何についてだ?
1966年11月14日、リーゼレッハ博士は行方不明になりました。深妙物質への長期の暴露が彼の身体及び精神的構成を変え、そのことを隠すために、サイト-43地下に建設された異常な玄妙除却施設に自分自身を追放したことが明らかになりました。スカウト博士はこの知らせをレインデルス博士に伝えようとしましたが、すでに彼女は別の理由によりショックを受けた状態にありました。
インタビューログ
日付: 1966/11/16
調査担当者: V. L. スカウト博士(サイト-43管理官)
[レインデルス博士は過呼吸に陥っているように見える。]
スカウト博士: イルゼ、大丈夫か?
レインデルス博士: 息ができない。
スカウト博士: 息が……?
[レインデルス博士は両方の手のひらを窓に当てる。]
レインデルス博士: わかってる、私は呼吸する必要はない。呼吸する方法も思い出せない。だけど呼吸できないことが苦しい。空気はすぐそばにあるのに、ここにはない……ここにあるのは澱んだものだけ。
[レインデルス博士は笑う。彼女は静かになり、それから再び、1分以上笑い続ける。]
スカウト博士: イルゼ、しん……
レインデルス博士: 深呼吸?
[レインデルス博士は笑う。彼女は静かになり、それから再び、1分以上笑い続ける。]
レインデルス博士: オーケー、オーケー、気が楽になったわ。
[レインデルス博士は頭を振る。]
レインデルス博士: ずっとこの……この広い空間で過ごしてきたわ。でもここは閉じた空間よ?私はただ……衝撃的な瞬間を、ある埃っぽい時間を、何度も何度も、永遠に再現しているだけ。
スカウト博士: 換気装置でもあればよかったのだが。
[レインデルス博士は頭を振る。]
レインデルス博士: もし外に出ていけないならば、大邸宅に居たって気が滅入るわ。そして私は外に出ていけない。でないとあなたたちはみんな死んでしまう。
スカウト博士: 君がまず死ぬ。わかっているだろう?
[レインデルス博士は反応しない。]
スカウト博士: イルゼ……
レインデルス博士: 何を心配しているの?私は不死身よ。好きなだけ自殺願望を抱ける。
スカウト博士: イルゼ……
レインデルス博士: 何?
スカウト博士: ……ウィンがいなくなった。
レインデルス博士: 何ですって?
スカウト博士: 彼はサイトの地下に潜った。我々は彼を発見できなかった。彼が取り組んでいた物質の何かが……
[スカウト博士はため息をつく。]
スカウト博士: 彼は注意が足りなかったんだ。それが彼を変えた。彼は……彼は変わった自分を私に見られたくなかったんだと思う。だから彼は行ってしまった。
[沈黙。]
レインデルス博士: 何てこと。
スカウト博士: 我々は彼を連れ戻しに向かう。その間、応用隠秘学のアイザック・オコリーに君を担当させる。
レインデルス博士: 何てこと……ウィン……そんなつもりでは……
スカウト博士: 君たちはどちらも大丈夫だ。そこで、気を確かに保ってくれ。
[レインデルス博士は反応しない。]
この時点まで、スカウト博士はレインデルス博士に、卓越した研究者としての助言を得るためと、彼女の社会参加を維持するために、毎日面会していました。しかしながら、1969年12月31日、彼が面会できなかった日に、レインデルス博士はADDCの主要焼却炉の中に残っていた尖った残骸を用いて自己に身体的傷害を与えようと試みました。しかしながら、あらゆる傷害が急速に復旧するため、永続的な変化をもたらすことはできませんでした。保安・収容セクションの職員が、要注意人物の捜索中であったスカウト博士に連絡をとり、彼は即座にサイトに戻り、レインデルス博士と面会しました。
インタビューログ
日付: 1969/12/21
調査担当者: V. L. スカウト博士(サイト-43管理官)
スカウト博士: 話す気になったかね?
レインデルス博士: 愚かな質問ね。
スカウト博士: なぜ愚かな質問なんだ?
レインデルス博士: 私の存在は悪いジョークで、それなのに全てが上手くいっていることを少しでも想像してみて。あなたがいない間、私は手首を切って床に血を流したわ。でもあなたができることは何もない、なぜなら私は死んでいるからと想像してみて。
スカウト博士: イルゼ……
レインデルス博士: 違うわヴィヴィアン、想像して。私は今日、とても、とても死にたくなったから死んでいるの。想像している?私が死んでいると想像している?
スカウト博士: ……そんな事はできない。
レインデルス博士: できるはずよ。あなたはもうしているんだから。私は死んでいて、床は血の海。お気の毒、悲しいことね、でもそれが私の望んだこと。他の誰が私の手首を切るというの?これは助けを求めてるんじゃないわよ。だってまたしてもあなたは私を助けられないんだから。そして私はそれが理解できる程度には賢いわ。
スカウト博士: 私たちは君を助けようとしているんだ、イルゼ。
レインデルス博士: あなただけは違うわ。私は死んでいるんだから。私は自分を殺したんだから。なぜこれがあなたの質問への答えになるんだと思う?
[沈黙。]
レインデルス博士: 想像もつかない?
スカウト博士: 君が自分を──
[レインデルス博士は窓に拳を打ち付ける。スカウト博士は驚いたように見える。]
レインデルス博士: 私が死にたくなったということは、何も喋りたくなかったということよ。
[沈黙。]
スカウト博士: いなくてすまなかった、イルゼ。
[沈黙。]
スカウト博士: いつからこうなったんだ?
[沈黙。]
スカウト博士: リズの時からか?
レインデルス博士: 彼女は私の姉よ。
スカウト博士: ……すまない、私は……
レインデルス博士: ……あなたは悪くないわ。簡単なことじゃないとわかってる。わかっているわ……あなたに何が見えているか。あなたがこの窓を通して何を見ているか。
スカウト博士: 私は君を見ている、イルゼ。
[沈黙。]
スカウト博士: 君を見ているんだ。
スカウト博士はそれ以降、1996年までの全ての大晦日をレインデルス博士と過ごしました。
1971年に、彼はO5評議会に、レインデルス博士はサイト-43における財団の主要な研究資源であると主張するようになりました。彼は、彼女が新任および既存の職員に対しリモート講義を行うように取り計らい、彼女のレベル3セキュリティクリアランスを復帰させる嘆願を成功させました。彼女は特に、リーゼレッハ博士(現在はSCP-5520に分類されており、解離状態でサイト-43と無線通話しています)により収集された情報を解読することに長けていました。1976年には、レインデルス博士は忠実な応用隠秘学任務部隊を指揮下に置きました。しかしながら、以下にあるように、下位の研究者との交流は頻繁ではありませんでした。
インタビューログ
日付: 1978/07/22
調査担当者: I. オコリー博士(応用隠秘学主任)
[ADDCの外部窓はレインデルス博士のメモ書きで埋め尽くされている。異常性を持つ側は内部に向けられている。]
オコリー博士: レインデルス博士、そこにいますか?
レインデルス博士: ええ。
[レインデルス博士の指が2つのページの間に見え、窓ガラスに押し付けられる。]
オコリー博士: あなたに頼まれていた論文を持ってきました。内部に映しますか?
レインデルス博士: いいえ、後で読み聞かせてちょうだい。今は量子方程式をやっているところだから。
オコリー博士: 何に対する計算ですか?
[沈黙。]
オコリー博士: すみません、静かにしていま──
レインデルス博士: 新しい玄妙除却の主任は誰?フォルカークでなければいいけど。
オコリー博士: まだ誰も任命されていません。
レインデルス博士: ……何ですって?
オコリー博士: 誰もリーゼレッハ博士の代わりにはなれません。もしかしたら……いえ、確実に、あなた以外には。永遠にいなくなる前に、彼らはメッセージを残しました。玄妙除却を応用隠秘学に併合するように。
[沈黙。]
オコリー博士: レインデルス博士?
レインデルス博士: ウィンからはこれまでにどんなデータが送られてきているの?
[オコリー博士はため息をつく。]
オコリー博士: 我々が彼の件について取り掛かれるようになった頃に、彼から生物医学的なデータが送られてきましたが、辻褄が合いませんでした。彼は、我々になら酵素をデザインできると考えているようです。
[沈黙。]
オコリー博士: 聞こえていますか?レインデルス博士?
レインデルス博士: 聞こえているわ。
オコリー博士: わかりました、静かに──
レインデルス博士: ちょっとだけ静かにしてて。今酵素を設計しているから。
[オコリー博士は笑う。]
[沈黙。]
オコリー博士: 待って、本当に?
レインデルス博士は財団における新たな科学的アプローチを生み出し続けました。魔術的思考に対抗する科学的思考の普及のため、その結果の一部は選別され、非異常の世界に開放されました。コンピューター技術、特に音声操作の出現は、彼女の生産性を大きく向上させました。インターネットの出現は彼女を一人でシンクタンクに匹敵するものにしました。彼女は、自身の時間についての統合理論の研究を続けましたが、その進捗は次第に遅くなっていました。
V.L.スカウト博士は1996年4月1日に財団から引退しました。引退の日、彼はレインデルス博士を訪問しました。
インタビューログ
日付: 1996/04/01
調査担当者: V. L. スカウト博士(サイト-43管理官)
[ADCCの明かりは消されている。レインデルス博士は机の上に浮かんでいる古い新聞紙を眺めている。]
レインデルス博士: ついに時間に追いつかれたようね、ヴィヴ?あなたでさえも。
スカウト博士: 私でもな。
レインデルス博士: あなたは永遠に生きると思っていたわ。
スカウト博士: まだわからんさ、だがここでではないな。
レインデルス博士: 妬ましいわ。
スカウト博士: そうだろうな。一緒に外の空気を吸えなかったのが残念だ。
レインデルス博士: そういう意味じゃないわ。
[レインデルス博士はスカウト博士を考え深げに見る。]
レインデルス博士: ヴィヴ、あなたは幾つになったの?
スカウト博士: 120歳だ。
レインデルス博士: O5の魔術を少し使ったみたいね。そうでしょ?あとどれ位続くと思う?
スカウト博士: それほど長くはないことを祈るよ。
レインデルス博士: もう疲れた?
スカウト博士: 私は……苛ついているんだ。
[レインデルス博士は頷く。]
レインデルス博士: 私もよ。でも試みてくれたことには感謝しているわ、ヴィヴ。あなたは本当によくやったわ。いい友達だった。
[スカウト博士は窓に手を当てる。]
スカウト博士: 君を見捨てていくような気がする。
レインデルス博士: 53年は、儚い希望を追うには長すぎるわ。
スカウト博士: 自分のことを諦めないでくれ。
[レインデルス博士はため息をつく。]
レインデルス博士: もう受け入れてしまっているような気がする……そのことが怖い。確かに、これは私が自分で選んだことじゃないわ。でも誰だって……誰だって、何もかも望んだ通りの人生を歩んでるわけじゃないはずよ。
[レインデルス博士は浮かぶ新聞紙に手を伸ばし、それを広げようとする。彼女は考え直し、代わりに白衣のポケットに手を入れる。]
レインデルス博士: 全て自分で選んだ環境で生きている人なんていない。得られたものを最大限活用するだけよ。でないとただ何もせず、後悔だけを募らせることになる。
スカウト博士: 君との間に窓がなければと考えずにいられないよ。
レインデルス博士: 誰もがガラス越しよ、ヴィヴ。
[レインデルス博士は窓を軽く叩く。]
レインデルス博士: たまたま、私には自分のが見えるだけ。
スカウト博士は1年後に自然死しました。リモート出席技術は未だ十分に進歩しておらず、レインデルス博士は彼の葬儀に出席できませんでした。
彼女の理論的な成果はミレニアムを過ぎて増え続け、応用隠秘学セクション全体を合わせたよりも多くの科学的著作を生み出す様になりました。彼女はサイト-43において、3つの新しい研究及び実験サブセクション(アナクロニック研究、波動粒子研究、そして深遠光学Abstruse Optics)と1つのセクション(量子超力学Quantum Supermechanics)の設立に直接関与しました。彼女の時間そのものに関する潜在的な物理に関する急進的な理論は、財団内で世界レベルでの議論を引き起こしました。しかしながら、彼女の科学的な仕事の質の向上と同時に、精神状態は悪化し続けました。
インタビューログ
日付:2003/11/03
調査担当者: U. オコリー(応用隠秘学研究員)
[レインデルス博士は著しい苦悩を示しつつ、床に積み上がった幾つもの紙の束の間で寝ている。オコリー研究員は彼女を宥めて窓に来させるまでに数分を要した。]
レインデルス博士: ああ神よ、ああ神よ、彼らは壁の中にいるわ。
オコリー研究員: 誰が壁の中にいるのですか?
レインデルス博士: 壁じゃないわ、本当は、要石の中、おお神よ。
[レインデルス博士は笑う。]
オコリー研究員: 落ち着いてください博士。何が起きているのか説明してください。
[レインデルス博士は気を取り直そうとしているようにみえる。彼女は不思議そうにオコリー博士を見る。]
レインデルス博士: あなたは誰?
オコリー研究員: ウド・オコリー、配属されたばかりです。
レインデルス博士: ああ!あなたは……アイザックの娘ね。
[オコリー研究員は微笑んで首を振る。]
オコリー研究員: いいえ、アイザックは私の祖父です。
[沈黙。]
オコリー研究員: どうしましたレインデルス博士?何か失礼でも……?
レインデルス博士: 気にしないで。
オコリー博士: 私は──
レインデルス博士: 聞いて。今まさに、何かがおかしくなっている。何かがとても。サイトが、サイト全体が。集中すると、私には見えるわ……それから……私にはあなたしか見えない。何かがおかしい。
オコリー博士: 何についておかしいのですか?
レインデルス博士: 時間についてよ。
この新たなパラノイア的な状態は、レインデルス博士の基底状態となりました。彼女は現在、複数の矛盾したタイムラインセットを経験できることが判明しました。並行タイムラインの生成を引き起こす反復性の局地的異常イベントであるSCP-5243が発見、分類されたことで、この現象の説明が可能になりました。複数の措置を組み合わせて適用することで、これらの追加の認知を無視することが可能であるものの、レインデルス博士は極度に苛立ち、うつ状態、狼狽を呈するようになりました。心理学・超心理学セクションが彼女のケアにあたり、数名の職員が彼女を更に定期的に訪問し、規定現実に集中することを助けました。
彼女の音声コントロールコンピューター端末のさらなるアップグレードが必要となった際に、本人確認・技術暗号セクションの新主任代理M. ヴルーム博士は必要な作業を自ら行うよう指示されました。これは、彼がレインデルス博士と同様の背景を持つため、彼女の感情的安定性に寄与することを期待されてのものでした。
インタビューログ
日付: 2021/01/14
調査担当者: M. ヴルーム(本人確認・技術暗号セクション主任代理)
[ヴルームが入ってきたとき、レインデルス博士は端末で作業している。彼女は髪を引っ張りながら悪態をついている。髪の毛は次第に元のカールに戻る。]
ヴルーム: おはようございますレインデルス博士。
[レインデルス博士は彼に気づいたように見えない。彼女は端末を見ている。]
レインデルス博士: スクロールして、スクロールして……(オランダ語で)クソ!
ヴルーム: (オランダ語で)なにか問題でも?
[レインデルス博士は驚いたように見える。彼女は目を見開いてヴルームを見る。]
レインデルス博士: あら!いけない。こんにちは新人さん。
ヴルーム: これはしばらく前のものですが、使えているようで何よりです。
[レインデルス博士は微笑む。]
ヴルーム: I&Tから来ました。マックス・ヴルームです。
[レインデルス博士はぽかんと口を開ける。彼女はオランダ語で喋り始める。]
レインデルス博士: <あなたはオランダ出身なの!?>
[ヴルームは笑う。]
ヴルーム: <ええ、今まで私の名前を聞いて笑わないものはいませんでした。>
レインデルス博士: <オランダのどこ?>
ヴルーム: <ゾイドホルンです。>
レインデルス博士: <ゾイドホルン!私はフローニンゲンよ。>
ヴルーム: <世界は狭い。>
[レインデルス博士は彼を睨む。]
ヴルーム: <……ああ、その、すみま──>
[レインデルス博士は笑う。]
レインデルス博士: <私は他人の精神的な健康を吸っているのよ。あなたのほうがそれを簡単に補充できるでしょうから。>
ヴルーム: <確かに、公平ですね。>
レインデルス博士: <それで、なぜI&Tから人が来たのかしら?イライラさせるような音声コントロールを直しに来ただけではないでしょう?>
ヴルーム: <時間異常部門があなたの申請書を読みました。それがO5に上がって、許可が降りました。>
レインデルス博士: <冗談でしょう?>
ヴルーム: <私があなたの端末に、タイムラインに関連した項目についての暫定的レベル5アクセスをアップグレードします。シャンク博士に修正案を送ることもできるようになりますよ。>
レインデルス博士: <誕生日でもないのに、大したプレゼントね。>
ヴルーム: <いつが誕生日ですか?>
[レインデルス博士は考え込む。彼女は眉をひそめ、肩をすくめる。]
レインデルス博士: <……私のパーソナル・ファイルを見ればいいんじゃないかしら?>
ヴルーム: <あなたのパーソナル・ファイルを見る許可をくれるのですか?>
[レインデルス博士は笑う。]
レインデルス博士: <ここに新しい人が来ることはめったにないことだわ。わざわざ怖がらせるのはもったいない。>
ヴルーム: <ええ、何か助けられるhelp outことがあれば言ってください。>
レインデルス博士: <私を出す助けhelp outをして。>
ヴルーム: <そういうつもりでは……>
レインデルス博士: <できるとしたら、私自身でしょうね。いつの日にか。>
[レインデルス博士は頷く。]
レインデルス博士: <いつもそうしてきたんだから。>
続く2ヶ月の間に、レインデルス博士は9本の総説と43本の科学論文を書き、長く待望された、新しく完成された時間物理学の理論の概要を描き出しました。彼女はヴルーム主任と一度打ち合わせたのみで、2021年3月11日にこれらの文献を査読のためにSCiPNETにアップロードしました。
インタビューログ
日付: 2021/03/10
調査担当者: M. ヴルーム主任(本人確認・技術暗号)
[ヴルーム主任が入室すると、レインデルス博士は微笑んでいる。彼女は興奮しているように見える。]
ヴルーム主任: レインデルス博士、その……今朝は、調子が良さそうに見えます。
レインデルス博士: どう聞こえるかわかった上で、言い終えることにしたのは満点ね。
ヴルーム主任: 早速ですが、何がそんなに愉快chipperなのです?
[レインデルス博士はADDCを指し示す。]
レインデルス博士: ゴミ処理機chipperがアイデアをくれたの。
ヴルーム主任: 何について?
レインデルス博士: オーケー、考えてみて。この部屋の1インチごとに、アナクロニックな物質が充満している。それは完全にある時間に凍りついている。
ヴルーム主任: そうですね。
レインデルス博士: いや、違うわ、それは凍りついているのでは無くて、それは……非時間un-timeで赤熱している。ここでは、時間はただ止まっているんじゃない。今まさに窒息している。CK-クラス現実再構成イベントでもそれには影響できない。それが、私が別のタイムラインを見ることができる理由よ。ADDCは1つしかなく、私も1人しかいない。私は、時間的に完全不活性だわ。
ヴルーム主任: ジーザス。
レインデルス博士: でも、それは固形物質にしか影響しない。それは質量のあるものにしか影響しない。光、音、電気はまだ作用できる。私は一定量の異常作用を持っていて──私はまだ歩き回れる。おそらく以前に暴露されていたから──でもここを離れることはできない。時間慣性を溜めすぎたから。私は1943年以来歳を取っていない。したいと思ったときにしか呼吸してこなかった。私の筋肉は80年近くの動きを一瞬で受けている。これら全てが私に追いついてくる。私は塵になる。
ヴルーム主任: そうなってほしくはないですね。
レインデルス博士: じゃあ、何をすればいいのか?明らかに、私たちは時間を変数として個別に扱わなくてはならない。時間こそが問題よ。時間のない空間では──時間が止まった空間ではなく、反時間の空間ではなく、時間がただ問題とならない空間では──伸びたゴムが弾けるような効果はない。止まっていた分急に老けることはない。もし時間的に中立になれるなら、私はADDCを安全に離れることができる。
ヴルーム主任: でもそれはできないでしょう?我々はあなたのためにそこに何かを入れることはできない。そしてあなたには何かを作るための道具がない。もしあなたが何を作るべきかをわかっていたとしても。
レインデルス博士: 何を作るべきかはわかっているわ。それを描き出すために人生を費やしてきた。概要は私のコンピューターにある。声だけで書き上げるのは地獄のように骨が折れたわ。
ヴルーム主任: 何ですって?
レインデルス博士: ここに十分な設備がないことは確かよ。だけど簡素な観察システムを作り上げることはできたわ。そして予備の焼却炉で、たまに異常な文書を燃やして、その効果を観察してきた。
ヴルーム主任: さらに魔法の紙を燃やしてきた。
レインデルス博士: 科学とは、再現性に説明を加えたものよ、マックス。私は自分をケーススタディとして、時間延長が人体にどのような影響を及ぼすかで、15本の論文を書いてきた。粒子としての時間の組成について18本の論文を書いてきた。クロノンよ。
ヴルーム主任: クロノンは……架空のものでは?
レインデルス博士: 理論上のものと架空のものは違うわ。
ヴルーム主任: なるほど、しかしそれはまだSFのようなものでは?
レインデルス博士: 違うわ。それは私が提唱しているものよ。私はあなたが生まれるより前からその理論を作ってきた。私は例のアナクロニック球体を十分な時間をかけて調べてきた。そしてそれが周期的に切り替わることを突き止めたわ。あれには周期がある。私はその周期を注意深く記録し続けた。なぜなら……そうね、それが重要になるとは思っていなかったけど、その球体は永遠に存在するわけじゃないと思っていたから。再現できない実験だったというわけ。
ヴルーム主任: そして、それによって何がわかりましたか。
レインデルス博士: 当時は、時間に関連した球体とルームシェアしているということがわかっただけだった。今なら、アナクロニック粒子──アナクロノン──の凝縮された質量を介して進んだ時間は遅くなり、歪められるということがわかる。
[レインデルス博士は笑う。]
レインデルス博士: あの記録を廃棄しなくて良かったわ。
ヴルーム主任: このことを量子超力学の職員に話すべきですね。
レインデルス博士: 量子超力学は私が作ったのよ、マックス。そしてそれによると、時間には粒子と波動の二重性がある。それは物質を透過するし、物質にもなれる。更には物質を通して動くこともできる。その透過の実例として、私が加齢しないこと、手を離しても物体が落ちないことがあるわ。あなたがそこで2021年を過ごす間、私は1943年に留まっている。それが動く様子は……そうね、私には見えるわ。あの球体を通してゆっくりと動いているのが。
[レインデルス博士は深く息をつく。]
レインデルス博士: 時間的に通常のchrononormal環境で時間が動いたり、透過する原理は私にもわからない。でもADDC、そして私の中で、時間が動いて透過する様子なら、とても正確にわかるわ。私はそれに関してメモとシミュレーションと計算を積み重ねてきた。
[沈黙。]
ヴルーム主任: そしてそれを元にして……あなたは何をするのですか?
[レインデルス博士は微笑む。]
レインデルス博士: 組成と波長、そして波動粒子の状態がわかれば、私はそれを複製できる。
ヴルーム主任: ……つまり……
レインデルス博士: つまり、逆の効果を複製することもできるということよ。適切な設備があれば、この部屋の反クロノンを検出してマッピングでき、クロノンを使って打ち消すことができる。
ヴルーム主任: それは、単純にADDCを開放して通常の時間を流し込むのとは違うのですか?
レインデルス博士: 違うわ。これは深海に潜水したあとに減圧病を避けるためにゆっくりと減圧するようなものね。この場合の減圧病は、私を塵にしてしまうわ。
[ヴルーム主任はため息をつく。]
レインデルス博士: 何?
ヴルーム主任: そこでは設備を作ることはできません。どうにもならないでしょう?
レインデルス博士: ここで作る必要はないわ。
[レインデルス博士はガラスを叩く。]
レインデルス博士: 波よ。さっき言ったでしょう?
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