配属サイト | サイト管理官 | 研究責任者 | 担当機動部隊 |
暫定サイト-5673 | (管理官代行) J. レベッカ・マクソン | D. アビゲイル・キャス | ゼータ-22 “ツリー・ハガーズ” |
特別収容プロトコル: SCP-5673の周辺地域は封鎖され、暫定サイト-5673に指定されています。駐屯機動部隊ゼータ-22 (“ツリー・ハガーズ”)の隊員2名が常に現場で待機し、SCP-5673-Aをその目的地まで護衛します。SCP-5673またはSCP-5673-Aがヴェール・プロトコルの知識を持たない民間人に目撃された場合、クラスA記憶処理が施されます。
PoI-6029は要望に応じてSCP-5673と接触することを許可されています。
説明: SCP-5673は、ミシガン州キャデラック近郊の森の中にある一般的なオークの樹です。
SCP-5673-Aは、SCP-5673の枝から生える背の低いヒト型の樹木実体を指します。このプロセスは毎日継続して発生しており、まずSCP-5673-Aを枝に固定する太い茎が生じてから、それ以外の身体部位が頭部を下にして成長する形式を取ります。17:00時点で、SCP-5673-AはSCP-5673から分離して地面に落下します。完全に成長したSCP-5673-Aは身長1.5mで、全身がSCP-5673の樹皮に似た材質から成っています。各SCP-5673-A個体は互いに独立して成長し、最初の個体が枝から分離するまで次の個体の成長は始まりません。
成熟したSCP-5673-Aは近隣の丘の頂上まで3.4km歩いて移動し、足に生えている根のような触手を使って地面に身体を固定します。続く2分間で、SCP-5673-Aは枯死し、その身体は熱い灰に変わります。この儀式はSCP-5673-Aが完全に崩壊するまで続きます。儀式中にSCP-5673-Aの除去や干渉を試みると、SCP-5673-Aは即座にこの物質に還元されます。化学分析によって、この灰の組成は樹液に類似することが判明しています。
SCP-5673は芸術家・彫刻家であるオーガスト・フィデル、指定名称PoI-6029の地所に生えています。
補遺.5673.1: PoI-6029のプロフィール
オーガスト・フィデル (1938年11月12日誕生) はミシガン州キャデラック在住の彫刻家・視覚芸術家です。彼の作品の一部は、キャデラックの町の各所にある公園や広場に展示されています。PoI-6029の芸術作品は、超現実的な視覚効果と並行して“交友”というテーマを追求する傾向があり、自然素材 — 土、水晶、ハニカムなど — を不自然な人工物と組み合わせたものが多く見られます。
1961年から2010年まで、PoI-6029は花や植物を対象とする風景画と写真で知られる芸術家仲間、ソニア・カリーと結婚していました。彼女は2005年からキャデラックで花屋を経営し始め、また園芸を趣味とする人々のための無料ウェブサイト、YouTubeチャンネル、インターネット掲示板を開設しました — これらは全て“フローラル・リーフ”という名称で運営されていました。
2010/8/12、PoI-6029はソニア・カリーが心臓病らしき要因で死亡したと通報しました。彼の住居を訪れた救急隊員は遺体を発見できず、PoI-6029は彼らが到着する数分前に遺体が消えたと主張しました。この事件は若干の注目を集めた後、財団の管轄下に入りました(事案-6029-A1を参照)。遺体消失に関する捜査は、ヴェール・プロトコル下と現地警察の双方において決定的な結果を得られず、PoI-6029を容疑者とする告発もまた、証拠の欠如や、ソニア・カリーが末梢動脈疾患と診断されていたことを示す証言などを受けて取り下げられました。
2018年、キャデラック近郊で“歩く樹木”を目撃したというハイカーの主張が、超常現象関連のインターネット掲示板を介して財団に傍受されました。簡潔なインタビューと記憶処理の後、財団は問題の地域をオポゴ森と特定しました。PoI-6029はオポゴ森の唯一の住民であり、人里離れた狭い土地で生活していました。更なる観察報告から、PoI-6029の小屋に隣接して生えたSCP-5673の存在が明らかになりました。財団エージェント マクソンは、インタビューを希望する美術雑誌の取材記者を装ってPoI-6029に接触しました。一連の出来事の書き起こしは以下に掲載されています。
補遺.5673.2: インタビューログ
音声記録
日付: 2018/06/18
»記録開始«
エージェント マクソンが、PoI-6029が隠居生活を送るキャビンに近付き、ドアをノックする。SCP-5673が映像の端に見える。
エージェント マクソン: フィデルさん? “ゴールド・クォータリー”誌の者です。
PoI-6029: (遠くから) おお、来たか。ちょっと待ってくれや!
PoI-6029がドアを開け、エージェント マクソンに自己紹介する。マクソンは彫刻、美術用品、植物、写真などが多数置かれたキャビンの中に入る。PoI-6029は彼女を席に案内する。
PoI-6029: ハチミツ茶でもどうだい? 昔はこいつを町で売ってたんだ。いやつまり、俺がまだ町に行ってた頃だな。 (笑う)
エージェント マクソン: いえ、どうかお気遣いなく。良い香りがしますけれどね。
PoI-6029は自分用の茶を用意する。彼はマクソンが記者を務めている雑誌について幾つか簡単な質問をした後、着席する。無関係な会話を省略。
エージェント マクソン: 成程。ところで、あなたはここ数年間驚くほど静かにしていますね。最後に公表した作品は… 2014年の“まぼろし”でしたか? 最近は何をしていらっしゃるのでしょう?
PoI-6029: 2014年か… そうだな、もうそんなになるか。ここ数年、世間に関心が向かなくなっちまってな。作品を公表するのにも興味が持てなくなった。近頃じゃあ、何よりもまず、自分自身のために創作してるんだ。昔からこうだった訳じゃない。俺が若かった頃は、誰が自分の作品を買ってるかばかり気にしてたら三下呼ばわりされたもんだが、俺と同じ事をやってる奴らに、どうしてのんきにそんな事をしてられるか訊いてみりゃいい。こいつは情熱だが、生活の糧でもあるんだ。金が入ってくれば自由に好きな事ができる。金が無ければ…
エージェント マクソン: 私の周りにあるこれらは全て、あなたが表舞台を去ってからの数年間で制作したものですか?
PoI-6029: あまり“制作した”とは言えないな。完遂するだけの力が無かったせいで、中途半端に形になっちまった、どっちつかずのアイデアばかりだ。10個始めて1つも終わらん。次の日起きても、また同じ事の繰り返し。何かが制作されたなら、それは完成品だ。こいつらは (身振りで指す) 違う。
エージェント マクソン: あなたの創作活動には常にある種のスランプが付き物なのですか? 過去にはそういった感情にどう対処してきましたか?
PoI-6029: ああ、いやいや、全然そんな事ぁ無いよ。昔の俺にゃ集中力があった。1つのプロジェクトに注力して、そいつが終わってから次に移った。自分の仕事は最後までやり遂げなきゃいかんよ。創造的なタイプの連中には必ずこれをアドバイスしたいもんだ。ところが俺のような歳だと、残された時間がどれだけあるか考えるようになって、そのせいで不自然な言動に走ったりする。 (笑う) 創りたいもんを全部作ろうと必死になって、結局どれ一つ完成しないんだ。まだソニアがいた頃は — (沈黙) まぁともかく、いつもこんなんじゃなかった。
エージェント マクソン: 成程。それでは—
大きな音がキャビンの窓の外から聞こえる。PoI-6029が驚いた様子でびくりとする。
エージェント マクソン: どうかしましたか?
PoI-6029: (合間) 勿論。何処まで、何の話をしてたっけな?
エージェント マクソンは立ち上がり、窓から外を覗く。PoI-6029がそれに続く。
エージェント マクソン: あの小屋から聞こえたようですね。
PoI-6029: 何でもない。古い彫刻とか画材なんかが保管してあるんだが、四六時中倒れたり落ちたりするんだよ。大した事じゃ—
1体のSCP-5673-A個体が庭を歩いて横切るのが見える。
エージェント マクソン: (指差す) では、あれは?
二人は家から出る。PoI-6029は必死になって、エージェント マクソンにインタビューを続けさせようと試みる。
エージェント マクソン: さて。どうもあなたは、歩く植物人間を見てもそれほど衝撃を受けていないようですね。
PoI-6029: もう帰ってくれ。俺はそれほど金持ちじゃないが、口止め料は十分払える。信用してほしい。
エージェント マクソン: フィデルさん、私はあなたを尊敬していますし、興味を抱いているんです。どうか、もし良ければ、この経験を共有させていただけませんか。
PoI-6029: (合間) 俺はもう終わりだ。
エージェント マクソン: この件については一言も漏らしません。私たちの間だけの秘密にします。お願いします。
PoI-6029は森へ近付くSCP-5673-A個体の後を追う。
PoI-6029: (身振りをしながら) 付いてきな。他に選択肢も無さそうだ。
エージェント マクソンとPoI-6029は約10分間、無言でSCP-5673-A個体の後を追って森の中を歩く。
PoI-6029: あいつが死んだ数週間後に始まった。
エージェント マクソン: え?
PoI-6029: 妻のソニアだ。あいつが死んだ時のちょっとした騒ぎは、あんたも間違いなく耳にしてるだろう。ソニアは10年間、病気と逞しく闘い続けた。枕元で俺の手を握ったまま死んだ。俺が救急車を呼んでから部屋に戻ると、もう何処にも居なかった。完全に消えたんだ。それで法律関係のゴタゴタとか、捜査とか色々あってな。警察も俺も何一つ立証できなかったんで、告訴は結局取り下げられた。そのひと月ぐらい後、お巡りが地所に毎日押しかけてこなくなった頃に、1本の樹が突然… たった一晩で育った。
エージェント マクソン: その樹とあなたの奥さんに関連性があると思ってらっしゃる?
PoI-6029: 知ってるのさ。ソニアは植物を、大地を、木々を愛してた。いつの日か家に帰る、自分の森に向かう日が来る、いつもそう言ってた。今まではどういう意味か分かってなかった。
エージェント マクソン: それでは、あの (身振りで指す) 樹木人間は何ですか? 正確には何処に向かっているんですか?
PoI-6029: すぐ分かる。俺もまだあれの正体は掴んでない。ソニアなりのコミュニケーションだと思うんだが… 毎日同じ事ばかりやってるよ。
PoI-6029は、成長サイクルも含めて、SCP-5673の仕組みをエージェント マクソンに説明する。冗長な会話は省略。二人は谷間を見下ろす丘がある空き地に到着する。
PoI-6029: 見な。
SCP-5673-Aは丘の頂上で、掘り返された土の上に立っている。足から根が伸び、身体を地面に固定する。SCP-5673-Aは頭上で両腕を広げ、静止した状態を保つ。身体の頂点から、SCP-5673-Aは灰に変わってゆく。
PoI-6029: 毎日これを見守ってる。何だかまるで… 誰かを喪った時、そいつを思い出すためにちょっとした儀式をするだろう。俺は毎日午後になると、ソニアが流れ過ぎてゆくのを見るんだ。何を言いたいのかいつでも耳を澄ましちゃいるが、ここは喧しくてダメだな。俺とソニアの世界は隔てられてる。
エージェント マクソン: お悔やみ申し上げます、フィデルさん。
PoI-6029: ああ、大丈夫さ。こういう神聖なものに巡り合えた俺は幸せ者だ。ただ、これがソニアの苦しみを示してなきゃいいんだが。
エージェント マクソン: 彼女は待っているだけかもしれませんよ。こちらの世界に戻っても、それで一人きりになっては意味が無いでしょう?
PoI-6029: そういう見方もできる、だが全ては憶測だ。俺はあの樹を見守りながら、そこに自分の思いを添えて慰めを見つけようとしてるだけだよ。樹にとっちゃ何の意味もありゃしない。毎日弱っていくばかりだ。
エージェント マクソン: 樹はあなたの創作意欲を刺激しませんか?
PoI-6029: (首を振る) まだ生きてた頃のソニアからは刺激を受けてた。時々この丘に来たんだよ。ピクニックバスケットと、キャンバスと、何か飲み物を持ってな。俺たちだけの小さな世界だった。ソニアはよく俺の画風をからかった、俺は写実的な描写が苦手でね。あいつの描く風景画や、複雑な花々や… 細かい所の正確さは真似できなかった。 (笑う) ところが今のあいつときたらどうだい。
エージェント マクソン: 私の曾祖母は、夫に先立たれて1年ほどで亡くなりました。曾祖父が死んでからは一日中家に籠りきりで、編み物も食事もやめて、教会にも行かなくなったんです。50年以上結婚生活を送っていましたが、喧嘩するのを見たことは一度もありません。少なくとも私が見た限りでは、二人は本当に心から愛し合っていました。そういう喪失感が人にどんな影響を及ぼすか、私には想像もできない。
PoI-6029: 羨ましいねぇ。 (笑う) 俺たちは喧嘩三昧だった。多分その二人もそうさ。長いこと一緒にいると、たまには少し言い争って憂さを晴らさなきゃやってられん。やれ芸術が何だとか、庭がこうだとか、花屋をどうするんだとか。決して深刻なもんじゃなかったし、何だかんだで俺たちはお互いに愛し合ってた。あんたの曾祖父さん祖母さんもきっと同じだよ。
エージェント マクソン: でも別な考えを持つのも悪くないでしょう?
PoI-6029: (笑う) それで二人をおとぎ話の登場人物に変えちまうのかい? 絵具をまたキッチンに置き忘れたとか、花壇にギャバンが入り込んだとか、そういうソニアの小言をもう一度聞けるなら、俺は何を手放したって構わんよ。雑音が多すぎてどれも聞くに値しないんで、ついつい世界から身を引いちまう。正直な話、あんたが来てくれて大喜びしてた。客を出迎えたのは数年ぶりだ。もう誰も俺のことなんか気にしちゃいないし、尤もな理由もある。俺は芸術作品でしか知られてないのに、今じゃ何も制作してない。作り出せない奴は忘れ去られる、世間の好意は初めからそいつじゃなくて創作物に向いてるんだから。別にそれは罪じゃない、世の中は得てしてこういうもんだ。それに、アレだよ、誰も俺みたいなジジイとは話したがらんからな。一人で孤独を味わうしかねぇんだ。
エージェント マクソン: 時間潰しには何をしていますか? これ以外にも何かやっているでしょう?
PoI-6029: 思い出を書き留めてる。多分、そのおかげで何年もボケずにいられてる。何かを忘れたくない時は、それを書き出す。大切な出来事、何気ない日々、日付、ソニアに言われた事。必ずできる限り詳しく記すが、たまには脚色もするかな。昔を懐かしみたくなったら、古い写真を引っ張り出して、書き留めたものを読む。俺が生きてる限り、ソニアはそこで生きてるんだ。
エージェント マクソン: 私も日記を付けていますよ。そうやって自分を振り返るのは… 私の仕事では有益です。自分自身をより良く把握できる。世界に幻滅した時にすがりつく物ができる。私は人間が変わるのを度々見てきました。一晩のうちに豹変することもあれば、数年かけて以前の自分と違うのに気付くこともあります。自分を失うのが怖いのでしょうね、私は。
PoI-6029: 近頃の雑誌記者がそんな重荷を背負ってるとは知らなかった。 (笑う)
エージェント マクソン: 知れば知るほど、と言うでしょう?
PoI-6029は煙草に火を点す。SCP-5673-Aの最後の断片が枯死する。PoI-6029は背を向け、身振りでマクソンに付いて来るように促す。二人は帰路に就く。
»記録終了«
研究者メモ:
PoI-6029は長期間SCP-5673に慣れ親しんでおり、記憶処理を施すのは問題外です。また、何らかの被害が及び得るので、SCP-5673を移転する試みも推奨できません。
私はここに、SCP-5673の保護と調査のため、私自身と駐屯機動部隊の隊員2名をPoI-6029の近隣に居住させるように要請します。PoI-6029は厳重な監視の下、引き続き人目を避けた生活を続けることになるでしょう。 - エージェント マクソン
サイト-11暫定研究セクターからの通達:
要請を受理。補足文書は近日中にあなたに届けられます。
補遺.5673.3: インタビューログ
音声記録
日付: 2018/06/25
»記録開始«
エージェント マクソンがPoI-6029のドアをノックする。駐屯機動部隊の隊員2名が横に立っている。PoI-6029がドアを開け、一行を迎え入れる。PoI-6029の住居の内装は、前回訪れた際よりも顕著に整頓されている。彫刻や絵画は上品な形式で配置され、以前まで屋内の各所に散らかっていた品々を置くための棚が幾つか組み立てられている。
エージェント マクソン: すみません、オーガスト、今日は仲間連れですが気にしないでくれると嬉しいです。
PoI-6029: (笑う) 記者友達だろ?
エージェント マクソン: (笑う) ええ。
PoI-6029: あのな、前も言った通りさ。あんたたちが政府の回し者なのは分かってる。ソニアを連れ去ったりしない限り、好きなだけ長くここに居ていいし、やるべき事は何でもやってくれていい。
エージェント マクソン: 私たちはジャーナリズムのために居るだけです。
PoI-6029: なら俺は世界的に有名な芸術家かな。ハチミツ茶は?
エージェント マクソン: ええと—
PoI-6029はその場を離れ、キッチンからハチミツ茶を乗せたトレイを持ってくる。彼はそれを一行に振る舞う。機動部隊員2名はカップを受け取ってから解散し、SCP-5673を研究するために裏口を抜けて出て行く。
PoI-6029: 仲間を連れて来てくれて感謝してるよ、ジャッキー。また人を招くってのは気持ちが良いことだ。あんたが手伝ってくれたおかげで、掃除も整理も随分捗った。まだまだ片付けなきゃいかん所はあるが、それでも前よりマシだ。本当にありがとう。
エージェント マクソン: どういたしまして。あなたの生活を少しでも活気付けられたなら嬉しいです。
PoI-6029: また新しい作品に取り組み始めたと言ったら信じるかい?
エージェント マクソン: (合間) 本当ですか?
PoI-6029: うむ。あそこだ。
PoI-6029はキッチンにある、シートがかぶせられた物体を指差す。
エージェント マクソン: その… 拝見させていただいても?
PoI-6029: いやぁ、まだ出来上がってないからな! 完成したら見せるよ。
エージェント マクソン: 完成したら、ですか。
PoI-6029: ああ… 心配するな、あれは完成させるさ。数年ぶりに心の底から創作意欲が湧き出てきてるんだ、全部あんたのおかげだよ。傍に居てくれて感謝してる、ジャッキー。実際に何をやってるかはよく分からんが、きっとあんたも気に入るよ。つまりその、あの作品をさ。
エージェント マクソン: 楽しみにしています。活動再開のきっかけは整理整頓ですか?
PoI-6029: 掃除、整理整頓、あとはお喋りだな。言ったろ、この家はソニア無しでは空っぽだから、ほんの少しでも活気が吹き込まれると効果覿面なんだ。
エージェント マクソン: ああ、なら私たちが喜んで吹き込みに来ますよ。 (笑う) もう直、5時ですね?
PoI-6029: (腕時計を確認する) だなぁ。ちょっと待ちな、すぐ戻る。
PoI-6029は退室し、写真アルバムを持って戻ってくる。
エージェント マクソン: 写真ですか?
PoI-6029: 個人的なアルバムだ。この前、小屋を掃除してる最中に見つけるまで、てっきり失くしたと思ってた。今まで書き留めてきた文章に絵を添えられる。それに、自分語りをする口実が必要なんでね。
PoI-6029はアルバムをめくり、高齢のソニア・カリーが庭仕事をしている写真のページを開く。
エージェント マクソン: ソニア?
PoI-6029: 最後の日々に写したやつの1枚だよ。これが一番最後だったかもしれん。特にどうってことない、静かな日常生活の1コマさ。それがどんなに尊いかは、無くなるまで分からんもんだ。
エージェント マクソン: 以前は毎日、車で通勤していました。同じ場所に、同じように40分かけて通ったんです。そこを離れた途端に職場が恋しくなったなんて信じられますか? 日課は心を和ませてくれますね。
PoI-6029: そう言えば、外に行くかい? そろそろ芽吹く頃合いだ。
エージェント マクソン: 勿論です。
»記録終了«
補遺.5673.4: インタビューログ
音声記録
日付: 2018/07/12
»記録開始«
エージェント マクソンは、普段SCP-5673-Aが枯死する丘の上で椅子に座っているPoI-6029に近付く。
エージェント マクソン: おや、まだそこに居たんですか? もうすぐ真夜中ですよ。
PoI-6029: ジャッキー? ありゃ… 時間を忘れちまったらしい。
エージェント マクソン: 寝落ちしちゃいました? (笑う)
PoI-6029: いや、いや。ただ見ていた。
エージェント マクソン: 星を? 今夜は天気がいいですね。ちょっとそよ風が吹いてますけれども。具合は大丈夫ですか?
PoI-6029: (合間) ここ数週間というもの、何かと面倒を見てくれて感謝してる。このまま忘れ去られて独りぼっちで死ぬとばかり思ってたが、あんたたちのために頑張れてよかったよ。あんたは最後の一仕事に必要な、小さな一押しをくれた。
エージェント マクソン: 彫刻のことですね? 完成したのですか?
PoI-6029: そうとも。明日見せてやるよ。俺の最終作だ。 (笑う)
エージェント マクソン: ねぇ、そんな事を言わないでください。あなたにはまだまだたっぷり時間があります。調子を取り戻したばかりじゃないですか、オーガスト。今更立ち止まっちゃいけませんよ、あなたにはファンが大勢います。 (笑う)
PoI-6029は首を振る。
PoI-6029: 夜にな、夢の中でソニアを見ることが多くなったんだ。直に会う覚悟はもう出来てる。死んだ時、ソニアはもう時間切れだって言い続けてた。どうしてそれを知ってるのか全く理解できなかったが、今は… ただ分かる。俺は準備万端だ、ジャッキー、あいつの笑顔を見て、あいつの腕がもう一度俺を抱きしめてくれるのを感じる用意は整った。あいつが花開くのを見る用意がな。 (合間) ちょっと訊いてもいいか?
エージェント マクソン どうぞ。
PoI-6029: 遠回しに探りを入れるのはもう十分だ。あんたたちは雑誌記者じゃないし、正直なところ政府関係者かどうかも分からん。ソニアの樹は、俺みたいな年寄りでさえ、この世の中にまだ不思議を見出せると教えてくれた。だがそれは俺の理解を超えた、隠された不思議だった。これは他人とは共有できないものだと、俺はそう悟った。それでもあんたたちは、実験やらサンプルやら、記録装置やら何やらで、あの樹を理解してる。あんたたちは何者だい? どんな秘密を知ってる?
エージェント マクソン: それをお伝えできないのはご存知でしょう。
PoI-6029: ふん。やっぱりな。 (笑う) 手遅れになる前に訊いとこうと思ったのさ。ちょっぴり残った好奇心が、これで終いかそうでないのか、この先何が待ち受けてるのかを知りたがってるんだ。
エージェント マクソン: それはまぁ、これを付けたままじゃお話しできませんね。 (記録装置を指す)
この時点で映像が乱れる。記録装置は空に向けられ、音声はオフになっている。エージェント マクソンはこれについて、誤ってカメラを何かにぶつけたと説明した。彼女は音声の欠落についての説明を現在まで提供していない。この映像の乱れは20分間継続する。映像が復帰すると、マクソンとPoI-6029は歩いてキャビンへ戻る途中である。
エージェント マクソン: どうでしょう?
PoI-6029: ありがとうよ。俺にもまだまだ学ぶべき事がありそうだ。何だか安心したなぁ。人生は続く。
エージェント マクソン: 人生は続きます。時にはね。
エージェント マクソンとPoI-6029はキャビンに辿り着く。
PoI-6029: このまますぐ寝る。今夜はトランプ勝負は無しだ。
エージェント マクソン: 分かりました。体調は大丈夫ですよね?
PoI-6029: (頷く) 疲れただけさ。
エージェント マクソン: それなら安心ですね。他の2人は町のバーに飲みに行ったようです。どうせ私が迎えに行かなきゃならない、いつもの事です。数時間で戻りますから、ドアが開く音が聞こえても驚かないでください。
PoI-6029はエージェント マクソンと握手する。
PoI-6029: ありがとう、ジャッキー。
エージェント マクソン: 気にしないでください。 (合間) オーガスト、また明日の朝会いましょう。新作を楽しみにしています。おやすみなさい。
PoI-6029: おやすみ。
PoI-6029は背を向け、キャビンに入る。エージェント マクソンはその場から歩き去る。
»記録終了«
研究者メモ: この夜の何処かの時点で、PoI-6029は睡眠中に死去しました。私たちは翌朝、遺体を発見し、サイト-11と共に彼の死亡を確認しました。あれこれと整理をしている最中に、私は一瞬だけキッチンに入りました。部屋に戻ると、PoI-6029の遺体は消失していました。チャルマーズとダルボネリは、どちらも何も目撃していません。私たち3人で彼のためにささやかな葬儀を行いました。この現象はSCP-5673に影響していないらしく、SCP-5673-Aは普段通りに芽吹いて丘へ歩いて行きました。完全版の報告書を以下に添付します。
- エージェント マクソン
補遺.5673.5: 事案ログ
PoI-6029が死去した1週間後、SCP-5673の毎日の成長サイクルにおいて、最初のSCP-5673-A個体と共に2体目が成長する様子が観察されました。2体のSCP-5673-A個体は成熟した後、SCP-5673から分離し、事前に予測されていた道筋を歩いて移動しました。丘に到着すると、2体は抱擁し合いました。体肢は成長し、2体が完全な1本の樹木に似た形状になるまで延伸・変形しました。このオブジェクトに異常性は観察されておらず、成長過程を除けばごく普通の樹木です。
これ以降、SCP-5673による追加SCP-5673-A個体の生成は確認されていません。SafeからNeutralizedへの再分類は保留されています。
PoI-6029の最後の芸術作品は金属彫刻でした。銘板には以下の文言が彫られています。
私たちのための森:
ソニアへ捧ぐ
そして私を支えてくれた人々へ、ありがとう
彫刻の近くに置かれていたPoI-6029の小さなメモ用紙には、この作品をミシガン州キャデラックの町に寄贈する旨が記されていました。エージェント マクソンはこの要請を看過しました。