
SCP-5844から抽出された液体のサンプル。
特別収容プロトコル: 民間の医療記録はSCP-5844の症状への言及が無いかを監視されます。感染が確認され次第、罹患者は財団エージェントによって秘密裏に拉致されます。その後、SCP-5844膿瘍を排出する外科手術が行われます。事案5844.1以降、この手術は全面的に自律型手術ロボットが実行するものとします。手術中は如何なる人物も手術室への立ち入りを認められません。
説明: SCP-5844は、罹患者の皮膚の下に大きな膿瘍が生じる特発性疾患です。この膿瘍は本質的に異常であり、内部寸法は外見から推測できるものより遥かに広大です。
SCP-5844の発症は、上背部や頸部の硬直と不快感で特徴付けられます。とりわけ、僧帽筋の繊維には触れると張りつめた感触が生じます。圧力を加えると、筋肉は膿瘍の中に溜まった液体を中心に起伏します。
4~6日後、罹患者は発熱し、約3cm幅の膿瘍が皮膚を貫通して突出します。この段階の後、膿瘍は更に成長を続け、観察記録上の最大幅は9.8cmに及びます。
膿瘍には未だ同定されていない黒色の粘性液体が充満しています。液体は強い臭気を帯びており、曝露した人物らは“悪臭”や“腐臭”と表現しています。予備解析でこの液体は有機物だと判明しているものの、研究は液体のミーム的効果によって妨げられています。液体への曝露は心理的解離、不規則言動、不潔恐怖症マイソフォビア1の発症を引き起こします。影響の強さは曝露の程度に比例します。
補遺001: 事案5844.1
序: 収容プロトコルによって、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴの住民、ジョン・ストレイカー (32) が進行したSCP-5844感染の状態にあることが判明した。地元病院での外科手術を装って、ストレイカーは財団エージェントに拉致され、サイト-81へと移送された。
サイト-81では、研究及び収容目的で、サイト直属外科医のマイルズ・カートライト博士が、アビゲイル・ガードナー博士の補佐の下、鎮静状態のストレイカーの膿瘍を排出する手術を行った。医療チームの若手職員であるファム・ヴァン・ダン博士が彼らの作業を観察していた。
(ガードナーとカートライトは手術室に待機し、標準支給品の職員用陽圧防護服を着用している。手術室は調査手術のために通常の隔離プロトコル下に置かれ、エアロック・ドアは密閉されている。ファムは手術室の上の観察室から処置を見ている。)
(麻酔をかけられたストレイカーが手術台に横たわっており、背中が露出している。大きな黒い膿瘍が複数、ストレイカーの皮膚から突出している。)
カートライト: これは比較的単純な切開・排液手術となる — はずだ。メスを取ってくれ。ファム博士、もし何か思うことや疑問があれば是非とも聞いてほしい!
(ガードナーにメスを手渡されたカートライトは、膿瘍の1つに直線状の切り込みを入れる。黒い粘性液体が高速で内部から噴出され始める。液体が観察窓に飛び散ち、ファム博士が不快感を声で表す。)
カートライト: ぐっ、なんて悪臭だ。すまん! 君を狙ってまき散らしたのではないんだよ。
(ファムはより良い視点を確保するために動きつつ、インターコム越しに応答する。)
ファム: あなたの射撃場での実技を見てますから、ちゃんと分かってますとも。
(カートライトは笑い、2つ目の膿瘍の切開に着手する。1つ目からは依然として液体が噴出しており、2つ目も同様の勢いで開く。液体は壁を流れ落ち、床の排水溝から流れ出していく。)
ガードナー: これは… 凄いわね。 [えずく] 防護服の中でも匂う。
(切開された膿瘍はどちらも排液処理の途中だが、カートライトはまたしてもメスを構える。)
ファム: カートライト博士、ペースを落としてはどうでしょうか-
(カートライトが切り込む。噴出した液体がガードナーの防護服に正面から当たる。彼女は再びえずく。)
ガードナー: ううっ! この後でまた身綺麗にするのが待ちきれないわ。
(この時点までに、推定200リットルの液体が膿瘍から放出されている。床の排水溝から液体が逆流し始める。)
ファム: 切開のペースを緩めるべきです。床を見てください!
(カートライトがファムを振り向く。彼の足が嵩を増す液体をかき分ける際、バシャバシャという音がする。)
カートライト: 遅らせれば、切除する前に腐敗が再生してしまう可能性がある。このまま続行する。
ファム: しかし-
カートライト: 私は君の上司だ。私は感染が拡大するのを見過ごさない。私は続ける。
ガードナー: 彼の言う通りよ。切り取らなきゃいけない。
(カートライトは更に5つの膿瘍を切り開く。彼が切開を終えるまでに、液体は膝の高さまで達しているが、最初に切開された膿瘍からの漏出は止まっている。)
ガードナー: 全て切り取らなきゃいけない。例え私たちが溺れても。
(ファムは立ち上がり、観察室の反対側にある緊急通報用電話に駆け寄る。)
ファム: 緊急メンテナンスを要請する — 第4手術室の排水が機能していない、今すぐ調査してもらいたい。
(カートライトは手術台を回り込んで、最初に切開された膿瘍へと向かう。ガードナーが過呼吸を起こし始める。)
カートライト: 深淵を排出する準備が整った。
ガードナー: 今何て言ったの? しゅ、集中できない、集-
カートライト: 黙って膿瘍を排出しに来い!
(ガードナーは腰の高さまで達した液体をかき分け、膿瘍から残りの液体を抜き始める。カートライト博士は最後の膿瘍を切開し、手術台から後ずさる。彼はえずき、少量の嘔吐物が防護服の前面に付着する。)
カートライト: 我々は汚穢をかき分けて清らかにする。浄化する。
(ガードナーは息を呑み、排液処理用のパイプを液体の中に落とす。彼女はこれに気付いた様子を見せない。彼女は手術台の上に屈み込み、膿瘍を左手の人差指で突く。彼女はそのまま人差指を、続けて中指を、更には拳全体を膿瘍の中へと挿入する。)
ガードナー: ああ、大変。これは… これを全て無くさなきゃいけない。腐敗を感じる。感じる。この傷を見てちょうだい!
(カートライト博士は不透明な液体を見つめる。)
カートライト: 私にも見えるぞ。見えるし、心底から君に賛成する。これは我々を蝕んでいる。
ガードナー: 私たちを蝕んでる。
ファム: [電話口で] 東棟の事情なんか知るか! 今すぐメンテナンスが必要なんだ!
カートライト: 全て抜く必要がある。全てだ。感染の再発は許されない。ガードナー、骨鋸を取ってくれ。
ガードナー: 私たちを再び清らかに。
(ファムは無線を置き、手術室に注意を戻す。液体は胴体の半ばまでの高さに達している。幾つかの膿瘍が散発的に残った液体を噴出している。1つの膿瘍からはまだ液体が力強く流れ続けている。ガードナーとカートライトの防護服は液体に覆われ、2人はフェイスパネルを時折ぬぐっている。水位が上昇した結果、液体は手術台に打ち寄せている。)
ファム: なんてことだ! すぐ手術を止めて患者を高い位置に上げてください! 顔が水没する寸前ですよ! 何故… その鋸で何をする気ですか?
カートライト: 清めるには深く切り込まなければならない。早く切除しなければ、深淵が我々全員を吞み込む。
(カートライトは鋸をストレイカーの首に添える。ファムは立ち上がり、観察室から走り出る。ストレイカーの顔面は既に黒い液体に沈んでいる。しばらくの間、液体の中からは気泡が生じているが、やがて収まる。)
ガードナー: あれが防護服の中にいる気がする。
(カートライトが鋸を引く。血液が室内に飛散し、黒い液体の上に落ちる。血液と黒い液体は混ざらない。)
ガードナー: 防護服の中にいるのが分かる。私が深遠に触れた時、深淵も私に触れた。あれは私を見ることができる。
(ガードナーは嘔吐する。鋸を動かし続けるカートライトの手が震え始める。間もなく、ストレイカーは断頭される。ストレイカーの頭部は手術台から転がり落ち、液体の上に浮かぶ。ガードナーが叫び始める。)
ガードナー: 捕まった、マイルズ、あれに捕まった! どうか助けて、私のことも清めて。ああ、お願い、私を清めて!
(カートライトは液体の上に浮かぶ手術器具トレイに向かう。彼は電動の振動鋸を取り上げる。)
カートライト: 腕を広げろ。まだ君を救う猶予はある。
ガードナー: 腐敗を取って、お願いだから腐敗を私から引き離して!
(手術室のエアロックから物音が聞こえる。カートライトは全身を震わせながらガードナーに歩み寄る。彼は立ち止まり、液体を見下ろして涙を流し始める。少し間を置いて、ガードナーも共に泣き始める。)
カートライト: しかし、本当の意味でこれが消え去ることはないのだろうな。腐敗は内部にある。内部には腐敗しかない。人間のDNAには悪臭を放つ後悔が混ざっている。
ガードナー: お願い。これを私から取ってよ、お願いだから。
(ガードナーが両腕を前に差し出した時、エアロック・ドアから物音が聞こえる。陽圧防護服を着たファムが隔離手順を省略してドアを開放しようと試みている。ガードナーの泣き声は慟哭に変わる。)
カートライト: 馬鹿な! 私からこれを奪わせはしないぞ!
(カートライトは電動鋸のスイッチを入れ、自らの防護服に無造作に突き刺す。彼は鋸を下に動かし、垂直な裂け目を作る。ファムがエアロックに侵入する。)
カートライト: 私は我が身を明け渡す。我が汚れを消し去り給え。我が濁りを消し去り給え。我が穢れを消し去り給え。
(手術室のドアが開き始め、液体がエアロックに流れ込む。カートライトが跪き始める。)
カートライト: 浄化し給え。
(液体がカートライトの防護服の中に流れ込む。彼が身を屈めるにつれて、液体が防護服の中で上昇し、彼の顔を不鮮明にするのが分かる。)
カートライト: ありがとう。
(カートライトは液体の中に沈む。)
(ファムが手術室に入り、液体をかき分けて部屋を横切る。彼はガードナーを掴んでエアロックへと引きずり始める。ガードナーは腕を振り回して抵抗する。)
ガードナー: あなたには私からこれを奪う権利なんか無い!
(ガードナーが振り上げた脚が手術台に当たる。断頭されたストレイカーの遺体が液体の中に落ちる。)
ガードナー: こんな形で存在するなんて耐えられない、私の中から腐臭がするの、清めきゃいけない! 私は汚染されてる!
(ファムはガードナーをエアロックに押し込み、後ろ手にドアを閉めるが、ガードナーはファムを押し退けて手術室に戻ろうとする。)
ガードナー: 私を清めさせてよ!
結: 手術室を出た後、ファムはガードナーを鎮静させて医療職員の下へと連行し、警備員に状況を知らせた。数日後に意識を取り戻したガードナーは当該事案のことを全く記憶していなかった。彼女は現在、精神療法を受けている。ガードナー博士の命を救ったことに対して、ファム博士は医療チーム研修の進路から現場任務に移る機会を与えられた。彼はこの提案を受け入れた。
SCP-5844液体が完全に排出された後、サイトの警備員が手術室に入った。排水システムの不具合の原因は未だ明らかになっていない。
空になったカートライト博士の防護服が、手術室の床の上で発見された。彼とストレイカーの遺体の行方は現在不明である。