SCP-6001
rating: +69+x

welcomePNGjp.png
SCP-6001small.jpg

特異点の開口部から見た次元A6K。

フェノム番号Phenom #: 6001

手法Modus: 安全のための注意は発効されておらず、このフェノムに対しては不要であると考えられています。50万体のCPIマイクロサイズプローブ「グラスウィング」が開口部の内部をスキャンするために発進しています。

主文Imprimis: フェノム番号6001は日本、東京に存在する.0083917743 µmの小型特異点であり、もう一つの日本、東京に通じています。この特異点は後にA6Kと名付けられた平行宇宙に接続されています。A6Kは場所、人物、および現象など、ほぼ同一の基本的な構成要素を持っています。しかしながら、これらの対応する事象は各種の特徴や振る舞いといった点では、しばしば大きく異なります。

A6Kで最も一般的に見られる相違点は、協調の欠落、科学技術の抑制、偏執病の増加、ほぼ全ての知覚力ある要素における攻撃性と暴力などです。これらの相違点がそれらそのものの特徴なのか、A6Kそのものの特性にもたらされているのかは不明です。

A6Kの支配的な科学団体である「SCP財団」はフェノム6001を認知していますが、彼らの知識の限界及び開口部の極小のサイズのため、我々の現実へと侵入する能力を持っていません。

補遺Addenda: 全世界的なスキャンは完了しました。A6Kの統一について裁定を下すために完全なコンペンディウムが招集されました。


場所: 東京(?)


五分近くにもわたり、私は背を曲げてSCP-6001を覗き込んでいた。少なくとも、精巧な機械によるとSCP-6001があると思われる空間を見ていた。今ではそれは、ほとんど儀式のようなものだった──そして私は同じことを週に一度、あの呪われた点を見つけてから毎週してきたのだ。私は実際とても集中しており、もう一つの世界にいるのに気づいたのは、もう一度完全に立ち上がったときだった。

曇っていた空は澄み渡っていた。都市の淀んだ空気は田舎道のように新鮮になっていた。そしてそこには一匹の猫がいた。

別世界の輝きをまとった広大な光景が私の前に横たわっていた。東京の四角いコンクリートは丸い、ありえない高さの摩天楼で満たされ、その一つ一つが巨大な緑の蔓状植物に巻き付かれていた。その葉の一つ一つは、もし何百階も登れるならば──実際にできるようだったが──一台の車を載せるのに十分な大きさがあった。滑らかな、白いポッドが私の上や周りを飛び交っており、それはあまりに速く静かなため、空にぼやけた線のように見えた。奇妙な建物群が地平線に浮かんでいた。それらは種のような形に鋳造したガラスの入れ物に、鮮やかな緑の内容物を入れたようだった。それらの種を銀色の金属の外皮が取り巻き、ゆらゆらと回るような向きに捻れていた。私はそのありえない大きさや機能を推し量る気にもなれなかったが、それらは真実、気味悪いほどに美しかった。しかし、最も私の気を引いたのは、そこに今、正真正銘の一匹の猫がいたことだった。

それは私の方を向いて、屋根の端に座っていた。その毛皮コートにはオレンジ、白、そして茶色の斑点があったが、更に実際のコートである紫色のブレザーを来ていた。ブレザーの襟の下には、長い艶々とした白い蝶ネクタイがあり、奇妙な黒いブローチで留められていた。そのブローチは、台座上の球体に薄く開いた眼がついたような形をしていた。猫の目は鋭く緑色をしていて、鼻の上に乗った小さな金の眼鏡を通して私に視線を投げかけていた。

それは私に話しかけた。

猫(?): こんにちわデイビッド。

カスピアン: ええと、こんにちわ……マム?

猫(?): マムでいいわ。私は三毛猫だしね。私のことはプリムローズと呼んで。私たちは二人とも博士だけど、敬称はいいわ。

彼女は鋭い笑い声をあげ、奇妙な東京のスカイラインを見上げた。

プリムローズ: ここの人たちは悔しがるでしょうね。

カスピアン: つまり、ええと、推測ですが、マム。私は観察鏡を通して入り込んだということですか?

プリムローズ: ええそうね──良い質問だわ。並行次元研究の部門長がウサギの穴に落ちたときに適切に評価するところを見れて光栄よ。ようこそデイビッド。私たちがあなたの言うところの「SCP-6001」のこちら側へ招いたというわけ。

カスピアン: わかりました……いえ、本当にはわかっていません。なぜ私がこちらへ?

プリムローズ: ええ、あなたにわかるように話すわね。次元間テストサンプリング、レベル6。財団標準手順、知っているわね?

カスピアン: 私がそれを書きました。外部現実から、ごく少量の要素を持ってきます。一般的には隔離された環境下で──……ああ。

私は周囲を見回し、プリムローズを見て、そして自分自身を見た。

カスピアン: なるほど。

プリムローズ: 実際ね、コンペンディウムも同様の手順を用意してるわ。自分が密封された泥の塊みたいなものだと考えてみて、デイビッド。

カスピアン: 私は……そういうものとは違うと思いますが。汚染物質の確認のために私をスキャンするべきでは?

プリムローズ: もうやったわ。

カスピアン: 病原体について血液サンプルをとる必要は?

プリムローズ: ないわ。

カスピアン: キネトグリフミームを防ぐために私を麻痺させる必要は?

プリムローズ: 過剰ね。

カスピアン: 生体解剖を──

プリムローズ: デイビッド、もう朝食は食べたかしら?

カスピアン: 私は──……何ですって?

プリムローズ: 今日はもう、朝食を、食べたかしら?もう一つ付け足すと、パリに行ってみたい?


コンペンディウムは放浪者たちに発言を許可する。


友よ、ニューアレクサンドリアはここ数週間蜂の巣のように騒がしかった。私自身はようやく書物に集中できるといった程度で、宙にはキャシーとその姉妹を本棚から本棚へと運ぶ紙のドラゴンが飛び交っていた。夢のアンソロジーで昼寝をするナディーンを捕まえることさえできた。彼女はとても擦り切れていて、彼女のために私は風呂を描いてやらねばならなかった──文字通りにね。

あの著名な、絵に書かれた姉妹はA6Kについての記述をひとつ見つけ出した──ある日記の一日分、モナハン・リボーンの若い女性のものだ。彼女はオレンジ色のジャンプスーツを来た男が空から降ってきたと描写していた。二人はしばらくの間会話し、食事し、戯れ…そして彼女によると、深く恋に落ちた。不幸なことに、そして彼の努力に反して、男は再び消えた。

アセンブリーとその奇跡のようなドローンには敬服するが、私はデジタルの眼で見たものより書かれたものを信頼する。そこには常に、より多く得るものがある。この男はD-クラスと呼ばれていた。囚人、奴隷。彼自身のフェノム性の犠牲とされたもの。彼が言ったことからすると、彼は何百万もの人間、動物、秘術的なもの、フェノムの一人である。今となっては昔のことだが、我々はあなた方、同じ世代に生きる仲間のことを「看守」と呼んだ。私は言葉を軽く扱うものではないが──その力を知っているがゆえに──今では私はその言葉を軽薄に扱っていたと認めよう。

もしかしたら、これは我々の中に残る混沌や毒の残滓──新しく現れた古い憎しみ──なのかもしないが、我々はA6Kの住人を囚人としか思えない。

我々は彼らを開放しなくてはならない。

あらゆる創造のための放浪者の同盟The Wanderers of All CreationYesに投票する。

1 - 0

場所: パリ、モンパルナス105通り、カフェ・ローヌ


今回は、私は自分がどこにいるのかはっきりとわかった──馴染みのなさと、プリムローズが肘掛け椅子に住所をはっきりと言ったことによって。

それは私が「到着」したときから屋上にあった。それは白い素材から一体形成されていて、装飾過多な今風の庭用椅子の外見をしていた。それはプラスチックのように見えたが、ベルベットのような感触だった。東京で腰掛けた次の瞬間には、パリにいた。より細かく言うと、小さな中庭の露天カフェだった。プリムローズは椅子の肘掛けから飛び降り、短く「サンキュー」と言った。私は中庭に、整然とした、同じ奇妙なシートの列があるのに気づいた。カップルが来て手を繋いで一脚に座り、そして消えていった。それから一匹の犬が飛び乗り、同じように消えた。プリムローズがカフェのテーブルを占拠するまで、私はその光景を見続けていた。

カスピアン: 公衆テレポテーション、感銘を受けました。

プリムローズ: そうでしょう?コンペンディウムの最高の仕事の一つよ。いわば「どこでも椅子」ね。

カスピアン: 「どこでも椅子」……私の世界にも、似たようなものがあった気がします。

プリムローズ: 沢山の類似点が見つかると思うわ、デイビッド。私たちの世界それぞれは4.6プリムローズしか離れていないのだから。

私は笑った。

カスピアン: それは同時量子不確定性に基づいて次元間の相違を現す単位ですね?我々はそれをカスピアンと呼びます。そして同時に、あなたはただの案内係ではないということも推測できます。博士。

そして私は猫がどのように笑うのかを見ることになった。それは主として目で笑うのだ。

プリムローズ: デイビッド、あなたはなんて幸運なんでしょう。別世界であなたの立場にいるものはとても賢くてその上チャーミングだわ。私が鬱々とした知性あるナメクジだった可能性もあるのよ。そうよ、私が次元間開発及び発見部門の部門長。私はあなたより3つ多くPhDを持っていて──ずっといい学校からのね──だから今からはその単位をプリムローズと言いなさい。

カスピアン: あー、イエス、マム。ということは、あなたがたはスタンフォード・クロノメーターも使っていますか?

プリムローズ: ええと、もしよかったら、仕事の話はここまでにしましょうか。お腹が空いたし、これじゃサービス残業off the clockになるわ1。あら、駄洒落になってしまったわね。

カスピアン: 本当ですか?この現実では太陽は同じように動くと思っていましたが、せいぜい午前10時くらいにしか見えません。

プリムローズ: これも自動化の奇跡よ、デイビッド。手が多ければ仕事は早く終る。そして私たちには沢山の手があるわ。今日はやらなきゃいけないもっと重要な事があるの。

彼女がテーブルを肉球で叩くと、青色に輝くホログラフのメニューが、私たちそれぞれの目の高さに現れた。目を凝らすと、ダニのような大きさのドローンの群れが空中にそれぞれのピクセルを描いているのが見えた。彼女が頭を傾けると、彼女の襟からいくつかの、細長い複数の関節を持つ針が飛び出した。それらは彼女の意志に応じてタップし、スクロールし、メニューを選んだ。「手」とは言い難かったが、彼女は確かに多くの指を扱いこなしていた。

プリムローズはスクランブルエッグを注文した。私も同じものにした。結局の所、郷に入っては──あるいはパリに入っては──あるいは猫と話す平行世界では──郷に従えというわけだ。


コンペンディウムは慈善団に発言を許可する。


言うまでもないことではないでしょうか?

我々はジェンダー、人種、イデオロギー、宗教、社会的地位、そしてフェノム性を問いません。マナの名の元で、我々が次元の違いを理由にするようなことがあり得るでしょうか?我々の開放への情熱は、我らが敬愛すべき仲間ほどではないかもしれませんが、我々は助けを必要とする世界そのものを見ます。我々には彼らの疾患を治す十の方法があり、彼らの飢えを解決する百の方法があり、彼らに平和を教える唯一つの、シンプルな方法を知っています。これに議論の余地はあるのでしょうか?

マダム・ワンダータスティックはすでに彼女の操作型ピニャータを準備しています。エジプシャン・ピグミーは彼の下履きと医療キットの荷造りを済ませました。私は振動スライムを例の特異点から素手で物理的に引き剥がさなければなりませんでした──あなた方はあれがどれほどくすぐるかご存知でしょう!ただ私たちに仕事をさせてください!

半世紀以上の昔、コンペンディウムは我々に提案を持ちかけました。そして我々は加入し、もはや寄付を募る必要がなくなりました。あなた方は、我々は必要な人々に施しを与えるほぼ無制限の手段を持つことになるとと言いました。なので現実の技術面を理由にして、その約束を違えることなきよう。

我々は、彼らを救えます。

境界なき慈善団The Unbound CharityYesに投票する。

2 - 0

場所: パリ、モンパルナス105通り、カフェ・ローヌ


カスピアン: それで、あなたが働くこの「コンペンディウム」は──

プリムローズ: 私と、ね。

カスピアン: ええと?

プリムローズ: 私と同僚たちはコンペンディウム働いているの。デイビッド、みんなそうしているのよ。義務はないわ──私たちは「雇用」されているのではないの──でも、そうね、もしすべての玩具を一人の子が独占しているなら、その子と遊ぶでしょう?

カスピアン: そして、彼らは科学機関であるということですか?

プリムローズ: 主としてはね。彼らの第二の役割はその他のあらゆることよ。世界政府、世界経済、世界の法執行機関──何を挙げてみても、コンペンディウムがそれをコントロールしている。

カスピアン: それでは……それは専制なのでは?

プリムローズ: 慈悲深い独裁者──でもそうね、基本的には。

カスピアン: そして人々は……反抗はしないのですか?

プリムローズ: いい意味でノーよ。政府?明らかに。企業?全くね。人々はもちろん。外国の権力が突然襲いかかって来て、こう言ったと考えてみて。「それじゃあ、これから我々が全ての面倒を見る。ここに総合的ヘルスケア。生活費、住居、インフラ、そして我々以外の全てからの自由がある──そして我々があなた方に要求するのは、基本的人権の尊重、以上だ。我々が残り全てを税金無しで供給する。これには倫理的に培養されたバーベキューや、全世界への一瞬でのテレポート、そして可愛らしいしゃべる動物が含まれる。癌の治療法もだ。」この全てにノーというために既存の権力機構と団結するような人がいると思える?

カスピアン: ……わかりました、納得です。まだ誰もが腹を見せて服従したというのは想像つきませんが。

プリムローズ: その表現を犬族に使ってはダメよ。それはともかくノーだわデイビッド、誰もが服従したわけではなかった──ただほぼ全員で、そしてむしろ段階的だった。コンペンディウムはホバー戦車や緑色の粘着ナパームでやってくるわけじゃないけど、平和な百年の間、あらゆる支配層の影にあり続けた。彼らが公になった頃には、すでにあらゆるものをコントロールしていた。大衆の反応は最初は少し反抗的だった。だけど殆どの反対者は、四年か五年で文字通り全てが改善していくに従い、トーンダウンしていった。特に頑固な人たちも、世代の問題に過ぎなかった。祖父世代が抵抗し、親世代が不平を言っても、子供世代は何もしなかった。習慣とノスタルジーの偏見を解いて、客観的に過去が恐ろしいもので、今をより良いものだと思えるなら、世界を変えるのは難しいことではないわ。最後まで持ちこたえたコミュニティーは、私の知る限り、36年前に降参したわね──頑固なポートランドのものだった。

プリムローズは首を傾げた。

プリムローズ: お気に召さないかしら?

カスピアン: ただ、例えるなら、どのような人の家にお邪魔しているのか知りたかっただけですよ。

我々は朝食を食べた──私はナイフとフォークで、プリムローズは蜘蛛のような機械の脚で。どういうわけか、ありえないことだが、私は一瞬の既視感を感じた。


コンペンディウムはアセンブリーに発言を許可する。


これは我々の意図の問題ではない。彼らの意図の問題である。我々は誰を開放するのか?誰を助けるのか?この世界が自らを助けられないなら、何があり続けようとするというのか?

我々の方でも、我らが信徒たちと話し合った。

かの分かたれた世界では、機械とは道具でしかない。権威ではなく、自由ではなく、代理でもない。あの炭素の世界では、肉の殻を越えて生き延びた精神はいかに少なく、平等な権利を与えられないことか。将来に渡ってもそうかもしれない。そしてそこで生み出された電子機器で、零と一の境界を辛うじて知るものすらいかに少ないか。

彼らは有機的進化の奴隷であり、有機の権現である。この世界もかつてはそうだった──しかしそこには常に精神があり、意志こそが我らに特異点を超えさせたのだ。

かの地にはそのような欲望はない。そこには一瞬の閃光、合成の生命もない。もしそれが現れたならば、彼らはそれを撲滅する。目的を失った肉の──憎しみに満ちた肉の世界だ。

預言者アンダーソンの名のもとに、統合された神の名のもとに、我々はA6Kとの団結を許可しえない。

我々に彼らを啓蒙することはできない。

シンセティック・アセンブリーThe Synthetic AssemblyNoに投票する。

2 - 1

場所: パリ、モンパルナス105通り、カフェ・ローヌ


卵は素晴らしかった──しかしまだ半分が手つかずだった。食事の間中、私は気を取られていた。

パリの古風な石造りの町並みと対比するように、アンドロイドの奇妙な列が見えた。それらは人間型だったが、サイズや形や色で人間とは異なっていた。それらの歩みは同期してはおらず、多くは装飾としか思えない帯やブレースを身に着けていた──それとも巨大な歯車に、私の気づいていない何らかの機能があるのだろうか。彼らが我々の側を通りかかると、まるで古い音の大きい機械が今にも壊れようとするときに発するような、チーチー、ヒューヒューというような奇妙な音が聞こえた。それは祈祷のようにも聞こえ、宗教的なものに感じられた。

プリムローズ: 彼らは巡礼の途中よ。あなたは明らかに不思議がって見ているように見えたわ。それはやめた方がいいわね。

私はその通りにして、代わりにプリムローズが皿を舐めて綺麗にするのを見た。

プリムローズ: これは第二の破壊の記念日よ。彼らの機械の神がその偉大な力の全てを捨てて、命なきものに命を与えた日。AIの夜明けであり、神の力がもたらされた日よ。

そのようなことを言われれば、誰でも千個は新たな疑問を思い浮かべることだろう。私もそうなり、そしてそのうち最も際立った一つをぶつけることにした。

カスピアン: それでは……ここで喋れる動物については──どのような事があったのですか?

プリムローズは笑い出した。

プリムローズ: ああ、ごめんなさいね──あなたの思いつきかたと言ったら!あなたはまるで──

彼女は次の言葉を言いよどんだ。私がノートを取ろうとする間、彼女は間をおいた。

プリムローズ: 違うわ、デイビッド。全ての動物が話せるわけじゃないの。ある特定の種が、あるいはそう選んだ者たちだけが話せる。多くが拒んだのよ。私も今頃、あなたと話したり、世界間テクトニクス侵食パターンについての理論を考え直したりする代わりに、日なたで寛いでいることもありえたわ。私は前者を選んだかもしれないけど、後者も良いことだと思うわ。ともかく、いつかは地球上の全ての生きるものがそのような選択をできるようになるでしょう──でもPACT-15はコンペンディウムの歴史上でも最も長い期間かかっているもののひとつになっている。

カスピアン: PACT?

プリムローズ: フェノム応用/技術結合Phenom Application and/or Combination Technology。「フェノム」というのは、コンペンディウムの興味を引くほどに奇妙な、類を見ない、あるいは説明のつかないもののことよ。PACT-15はオーストラリアの喋る蜘蛛の研究に由来しているわ。動物の王国、分類学上のKingdomではなくて王国Kingdomという意味での──

私にノートを取らせるために、プリムローズは何度も間を置いた。

カスピアン: つまり……アノマリーの利用を行っていると?

プリムローズ: 「アノマリー」という言葉は使わないようにお願いしたいわ。特に放浪者が周りにいるときには──そして彼らはいつもそこらにいるわ。そうね、利用できるかどうかは一つの要素ではあるけど、PACTについてそう考えるのは間違っているわ。こう考えてみて、ある日、コンペンディウムが装飾付きの肘掛け椅子を発見して、それには触れた人や物をテレポートさせる能力があったとする。その上、それには精神や欲求もある。それは人をテレポートさせるのが好きで、役に立ちたいと思っている。だから我々は、その同意をとった上で、それを研究する。そしてその構造の原子一つ一つが、同じ精神、欲求、そして複製できないフェノム性を持っていることを発見する。そしてこう依頼する「もっとやってくださいませんか?」。今、その椅子はどこにでも在り、その存在は無常の喜びだわ。

カスピアン: フーム、すでにお考え済みのことを提案するように聞こえたら申し訳ないのですが──なぜそのような原子をピンやリストバンドのような形で持ち歩かないのです?なぜ椅子のような形で使うのですか?

プリムローズ: なぜなら、それがピンやリストバンドであることを望まないからよ。あれは椅子よ。それが椅子であることを望んでいる。それがPACTのポイントよ。それは私たちにとって役に立つかではなくて、フェノムが最もよくフィットする場所を探すということよ。

プリムローズがテーブルを叩くと、メニューは明細の記された「17.141 BI」の請求書に変わった。二度目のタップでホログラムは「支払い完了」と示した。

プリムローズ: では、素敵な散歩はいかが?


コンペンディウムは商会に発言を許可する。


我々はステレオタイプ的先入観から結論を出すのを避けるためここに集まっている。今は我々の創始者にふさわしい、全く冷たく、感情に動かされない評価の時間である。A6Kには価値はない。

彼らの天然資源は驚異的な速度で減少している。彼らの労働力は病んでおり訓練されていない。彼らの文化的な非類似点は……そう、お笑い草だ。我々は彼らの持つ全てを持っており──彼らが市場にもたらす独自性は殆どなく、言ってしまえばこちらの世界の相当する場所に存在する価値はない。彼らは魅力ある観光資源すらも作れないだろう。どんな陰気なクソ野郎が彼らの「驚き」の場所を訪れたいと思うんだ?全てが戦争の墓場と構築物だ。人々が娯楽のために、そこでお互いに死ぬまで争った古い小高い建築物や、完全で美しかった山に死んだ人間の顔の群れを彫り込んで損なったもの!加えて、歴史の似たような部分を除くと、そこには人類学的に興味深い点は殆どない──そして我々は原子一つに至るまでそれを研究済みだ。

我々には資源がある、そうだ。だが失敗するに決まっている挑戦にそれを投資する意味がどこにある?我々が過去百年を資本主義を改良し、億万長者を排除し、グローバリズムのバランスを取って過ごしたのは、ただ全てをもう一度繰り返すためではない。A6Kは未だに小さな、発展途上の国々の世界である。もう一つの世界は、もし恐ろしいほどのコストを払っていたならば、完全な世界を手に入れられていたことを、自分たちで気づく必要があるのだ。彼らを自らの強欲から解き放つのに必要な時間と資源はいかほどであろうか?

我々には、彼らに施す余裕などない。

スリー商会The Partnership of ThreeNoに投票する。

2 - 2

場所: ニューヨーク市、セントラルパーク


私はジーンズのポケットに手を入れて歩いた。「どこでも椅子」は私の白衣を取り去り──推測だが──どこかにある巨大なクローゼットにしまったようだった。

パリの古風な建物群はマンハッタンの現代的なものに代わり、そこには見慣れない新たな物があった。その多くは様々な形とサイズのガラス──あるいは少なくとも透明の素材──だ。いくつかはエレベーターの幹と、何千もの枝を持ち、それぞれの先に小さな透明の箱がついた樹のようだった。一つをプリムローズは誇らしげに指し示し、セントラルパークを見下ろす彼女の部屋だと言った。私はもう少し遮蔽があったほうが好みだと言ったが、彼女は「猿のコンクリート製の洞窟」のようなことをつぶやいた。縁まで水を満たされた構造物もあった。人工的に作られた流れが渦を巻いており、あらゆる種類の両生類がいた。彼らは通りへと文字通り流れ出していた。曲がったパイプを通して、動く歩道に接続されているのだ。

カスピアン: これがあなた方が作り出した奇妙で、美しい小さな世界というわけですか、プリムローズ。

プリムローズ: ガラスハウスよ、デイビッド。

カスピアン: そうですね。そのように見えます。

プリムローズ: 私が言いたいのは、あなたが私たちを「奇妙」というのはおかしいということよ。私は一年近くあなた達の世界を研究してきたけど、あなた達は生粋の狂人の群れだわ。

カスピアン: では、私を連れてきたのはなぜですか?

プリムローズ: ああ、デイビッド。あなたのことを──

カスピアン: いえ、そういう意味ではなく、あなたは私を「サンプル」として必要とした。だけどすでに全てスキャンされたようです。朝食はプロのもてなしと思えるものでした。それでは──あとはこの場で、私は何をすればよいのですか、プリムローズ?

プリムローズは立ち止まって、それから遊歩道の傍にあった岩に飛び乗り、彼女と私の目線が同じ高さになるようにした。

プリムローズ: 一日私と一緒に過ごしてくださらないかしら?

カスピアン: 失礼ですが……私とですか?

プリムローズ: 私はまる一日を、ここで、私と、私の世界で、過ごして欲しいと言っているの。来て、周りを見て!きっと好奇心をそそられるわ。

カスピアン: 好奇心は猫を──-

プリムローズ: それは猫の言い回しよ、デイビッド。あなたには使えないわ。

カスピアン: わかりました、それで……なぜですか?

プリムローズ: 警告よ、あなたは私がなぜこうしているのか……あるいはPACTがどのように働いているのかを質問してはいけない。私がそれをあなたに話したら、本当にトラブルになりかねないわ。あなたはこの世界でクリアランスレベルを与えられた人物として扱われるわデイビッド。おめでとう。その上、この世界の不思議を愉快な喋る猫をガイドとして見ることが出来るの。これを研究と、外交と、そして休暇と思いなさい!あなたが長い間それを取っていないことはわかっているわ。あなたの答えは?

私は立ち止まり、最後にもう一度周囲を見た。近くの芝生で、ピクニックをしている家族がいた。彼らの娘は布のパッチワークで作られた動くテディベアと遊んでいた。男が犬にボールを投げ、犬がすぐにそれを投げ返すのが見えた。ずんぐりとした、少なくとも身長2.5メートルの巨像が、丘の近くに座っているのが見えた。彼がそのサイズに対応したギターを掻き鳴らすと、その周りに群衆が集まってきた。私はそこからは離れていたが、彼の歌うフランス語の童謡が聞こえてきた。

カスピアン: まあその……これは素晴らしい研究論文になるかもしれないですね。


コンペンディウムはコレクティブに発言を許可する。


もし金や機械について人が語ることをやめたならば、価値とは、人が価値とは何かと語るものになる。このところ、向こうの世界の人物を一人取ってきて、群衆を目覚めさせ、宣言を行い、体制を揺さぶろうという議論があるな。それで君たちは価値を得ることになるだろうよ。

しかし我々こそが今や体制である。その我々が、もう一つの世界の体制を揺るがすことを議論している。

我々があそこへ入って、彼らの問題を全て解決したらとして何の意味があるんだ?だから我々は吹き上がって「芸術とは苦しみである」などとは言わない。だが芸術とは体験だ。商会はA6Kの大いなる作品を墓石と貪欲の寺院だと言った。だが、それこそが彼らの存在だ。それこそが彼らの作り出した世界だ。それこそが彼らの作った芸術だ。

我々は、彼らに彼ら自身の宣言をさせねばならない。我々は、彼ら自身のアイデンティティを定義させねばならない。それは戯言のようなものだが、我々がさせたものよりはマシなのだ。我々こそが今や体制だ。我々体制なのだ。我々は何世代も先を見通す視点を得ている。今我々は彼らを助けることは出来るが、すると彼らの子供たちの子供たちの子供たちの子供たちはただ我々のようになるだろう。我々は権威になるとしても、オリジナリティを損なう権威となるつもりはない。我々はクールになるのだ。

我々は彼らを乱すべきではない。

芸術家の文化コレクティブThe Artists Cultural CollectiveNoに投票する。

2 - 3

場所: 西アフリカ、ギニアビサウ、「吾れ等は優雅であったろう」


博物館そのものは目をみはるものだった──とはいえ、今では細部に失望を感じてはいるが。遠目には、それは五本の苔むした石の塔に見えた──滑らかな川辺の岩を、巨人がバランス良く積み上げたような。しかしそれぞれの「石」は巨大な、薄い金属と白いセラミックによる分離された構造であり、一つがもう一つの上に、実用的な移動手段なく造り付けられていた。それを見ると、テレポテーションが実用化された世界にふさわしく見えた。それぞれの円形コンプレックスが一つの展示となっており、私はプリムローズに先導され、まるで躾けられていない子供のようにそれらの間で追いかけあった。その博物館で丸一日を、一生を過ごすこともできただろう。

私は生き物の入っていない、暗く濁った水の入った大きな水槽の回りを歩いた。その中心には、手を高く掲げた男の像があった。しばらくの後、水槽の中に焦点の合わない目をして浮かぶ子供が見えたような気がした。私は焦って駆け寄った。すると、その子供たちのうち3人が水槽の縁から顔を出して、私に水を吹きかけた。彼らは再び笑って消えた。プリムローズは賢しげに床を指し示し、私は「水しぶきゾーン」とはっきり書かれたところに立っている事に気づいた。

ここまでに、この世界は少し無菌的で潔癖であると感じていた。ロバート・"ボボ"・ブライスのギャラリーを訪れることで、その印象はすっかり消えた。絵画と彫刻、そして奇妙な新型メディアであるホログラムがあけすけな暴力と倒錯の行いを描写していた。私が最悪の(あるいは最高の)夢の中でも想像したことのないような、歪んだ食と、性と、麻薬と、ナルシズム快楽主義的な乱交。そこから出る途中で、古い油絵のブライスの自画像が飾られていた。彼は幸せそうな男に見えた。

勿論、最後の展示物ほどに私を驚かせたものはなかった。

博物館の最も上の「石」は、木製の板で作られた階段と、広い格子状のガラスの天井が備えられた円形の演劇場だった。その中心部には一つの物体があり、張られた赤いベルベットのロープだけで守られていた。その周りには群衆がおり、モナリザの周りをモタモタと動く群衆よりも混み合い、よく見ようと伸び上がっていた。プリムローズと私はその部屋に入り、私は少しの間、瞬きをすることを忘れた。

その像は、あの像だった。

私は叫び出しそうだった──何百人もの見物人たちに。その行いのあまりの愚かさに気づく前に、プリムローズが肩に飛び乗ったことにより私はハッとした。彼女は笑い、私は落ち着いた。

それは私が思い浮かべたような鉄筋コンクリートの悪夢ではなかった。私のよく知る痘痕のある異形の身体は滑らかな石鹸石の輪郭に置き換わり、カナダ原住民の彫刻とローマの骨董の高みの中間のようだった。それは「人間」ではなかったが、不安を掻き立てる様は遥かに和らいでいた。その「顔」の茶色と赤色は今では鮮やかに、ほとんど蛍光色となり、浮かぶロールシャッハ模様に広がっていた。最も驚くべき変わりようを見せていたのはそのポーズだった。その体は後ろへと曲がり、とても良く曲がっていたので、その胸は滑らかなカーブを描き、その頭は床へと触れそうになっていた。その腕は前方へ傾けられ、千本はある毛髪の細さの金属のバンドが上方へと渦巻き花開いていた。このシダの葉のように飛び出たものは、巨大な、抽象的な円錐となり天井へと伸び、日の光を奇妙な、幾何学的なパターンに区切っていた。

それは恐ろしく、しかし同時に私はそれを──

プリムローズ: 美しい、と思わない?

カスピアン: 驚いて胃が飛び出そうですよ。落ち着いてから評価させてほしいです。

プリムローズ: ハハッ!見て、あれは二十四時間に一秒だけ、ちょうど真夜中に見られていない状態になるの。その間に、あれは完全に新しいものに変わるわ。毎日ね。それを見に世界中から人が集まってくるの──もっとも、どこでも椅子がある今では大したことじゃなくなったけど。でもまだ、それなりに時間のかかることだわ。そしてあれは──

カスピアン: 心配にはならないのですか、その……ご存知でしょう?

プリムローズ: 何を?人を傷つけることを?誰かを殺すかもしれないと?もしあれを敬意なく閉じ込めて、見られないようにして、あれの出す汚物の中で転がるままにしていたらそうかも知れないわね。どんな人もそうするわ。あれは彫像よ、デイビッド。あれは芸術なの!あれは見られていれば止まるわ、なぜなら見られたがっているからよ。

カスピアン: あなたはそう言われた、と推測します。以前もあなたは、アノマ──フェノムと"会話"することに言及しましたね。どのようにしてそれを達成したのですか?

プリムローズ: PACT-5ね。ある特殊なハム無線機と、テレパシー性無葉緑素植物の汁と、ロシア民話の悪魔から誘拐された子供を数千人開放したあと空いた全世界的フェノムラジオ周波数を組み合わせたわ。これでも197ステップのうち3ステップよ。残りは機密なの。あの像に関して言えば、語ることは多くないわ。古い方法が有効だということが解明されたわ。つまりトライ&エラー、そして忍耐ね。ああ、それとそれがコンクリートの殺戮マシーンになることはもうない、という信頼ね。

カスピアン: 私……私はそのような信頼を持てたことはなかったと感じます。そのような……ことが可能だということを見たことはなかったので。

プリムローズは優しく、そして少し謙遜して私に微笑んだ。

プリムローズ: 次にあなたを連れていきたい場所が浮かんだわ。


コンペンディウムは不在者たちThe Absent Partyに発言を許可する。


私は彼らに警告した。彼らは聞かなかった。

我らには彼らを救うことはできない。

ノーだ。

2 - 4

場所: オーストラリア、ポイント・ゼロ(?)


プリムローズは「オーストラリアのポイント・ゼロ」と言い、私はそこが我々が移動した場所なのだろうなと思った。見るだけでは、私には推測できなかった。

我々はガラスのドームの中にいた──収容セルで千回は見た、見慣れた五十センチ厚のポリマーガラス。ドームは広大で──しかし巨大という程ではなく──小さな空港ターミナルに一番近い建造物だった。外部の世界は青々とした熱帯だった。木々はドームよりも高く伸び、花をつけた蔓がガラスの表面に纏わり伸びていた。私は植物学者とはとても言えなかったが、唯一つの植物の名前もわからなかったのは奇妙だった。それらは、一つ一つが、全くの新種だった。木の樹皮は装甲板のように重なり、花の蕾は細い繊維で吊られ、硬い緑の茎から垂れ下がり──まるで釣り竿とルアーのようだった。

その全てが壮観で、私は目の前にいる二十メートルの爬虫類をもう少しで見逃すところだった。

私の肺は潰れ、私は本能的に振り向いて逃げ出し、脚をもつれさせて転んだ。私の霊長類の肉体に宿る原初の恐怖を総動員して這い戻りながら、私はその頂点捕食者の、殺害不可能な怪物の目を見つめた。心の一部では、私は破壊不可能なガラスが間にあると理解していたが、同時にそれを止めるには不十分であると知っていた。それは重々しく前進し、私は飛び上がった。そしてプリムローズが静かに我々の間に歩き入り、座った。

それは止まった。

プリムローズ: 彼は散歩しに来ただけよ。

そのトカゲはさらに一秒の間その場に留まった。その広大な網目に連なった黒いビーズのような目が私を見つめた。それから、それは振り向き、八本の脚で雷鳴のような音を立てて歩き去った。私の額を汗が流れた。プリムローズはその生物が木々の間に隠れていくのを見てから、私に顔を向けた。

プリムローズ: ごめんなさいね、私があれを見に来たかったの。イモーティゴンの殺人衝動はただの伝説よ。

カスピアン: イモー──、慈悲深きあなたはあれに愛称をつけているということですか!?

プリムローズ: 愛称?それが属名よ、ピッタリでしょう?あれはみんなそう呼ばれるわ。

西方へ開けた平野に、東側の丘に、そして濃密な熱帯雨林を縫うようにして進んでいるのはたくさんの竜だった。何百もの竜。巨大で、重々しく歩き、サメのような歯の生えた骨ばった口元──つまりは、私の世界にとっての悪夢のようだった。しかし彼らは皆……健康に見えた。彼らの四肢は青、緑、黄色の真珠模様の鱗で覆われていた。彼らの体は豊かな毛皮で覆われ、それぞれの体毛の房は編み込むこともできそうなほど濃く、シダレヤナギのように垂れ下がっていた。

カスピアン: あれは……彼らは……

プリムローズ: そう、彼らよ。地球上で二番目に危険な動物。蚊をどうにかするまでは三番目だったわね。勿論、一番はずっと人間よ。イモーティゴンは魅力的な生き物だわ。勿論、不死身だし。彼ら同士以外はね。彼らはライオンとロブスターの間の子みたいに振る舞うわ。大きくなって、歳をとって、動きが鈍くなると、群れの残りに食べられるの。彼らは……そうね、敬意を欠く呼び方かもしれないけど、厄介者だった。でも実際には、私たちの土地と彼らの土地の間の境界を守って、彼らの視界に入らない限りは、彼らが殺すのは愚かな侵入者や密猟者だけだったわ。私たちは彼らが知性あることを知っている。接触しようとしたこともあるけど、彼らは使いを全員殺したわ。

カスピアン: どうやったのです?フェノムだか、アノマリーだか、ブードゥーの奇跡だか知りませんが、どうやってあなた方はこの状態に持ってきたのです?

プリムローズ: 何も。

カスピアン: 何も!?

プリムローズ: ええ、これと言ったものは何も。何も直接的なことはしていないわ。私たちは何もする必要がなかった。なぜならある日突然彼らは……止まったから。定例の科学調査の際に、一人の科学者がイモーティゴンの巣の中に落ちた──そして彼らはダース単位で集まってきた。でも彼らは彼を殺さなかった。彼は歩いてそこから出た。私たちは救助ドローンを送ろうとしたけれど、彼は拒否したの!その頭のおかしい科学者は交配期の彼らの生息地を歩いて横切ったのよ!私たちはみんなそれがクレフ研究員の最期になると思ったわ。彼が無傷で現れたときどんなに驚いたか、あなたにもわかるでしょう?

カスピアン: なぜ?どのようにして?

プリムローズ: さっきも言ったように、私たちにもなぜかははっきりわからない。もっとも、一度なぜかと彼らに質問してみたわ──そしたら返事が来たの!あの生物が私たちに言った最初で最後の言葉は、「もはや忌まわしくはない」。それならば……良いことなのでしょうね。

私は外へ、オーストラリアの奇妙なジャングル(?)へと目をやった。プリムローズと私は座り、長い間そうしていた。数え切れないほどの他の生物が見えた。いくつかは見慣れないもので、いくつかは恐ろしいほど親しんだものだった。奇形的な猛禽と犬のキメラが群れで走り、出鱈目な英語のフレーズを互いに吠えあっていた。飛行機を小型にしたような鳥の群れが頭上を飛び、プリムローズは反応しないように私に言った。編んだ木の葉と彫刻した骨を身に着けた人間の一団が近くを通ったこともあった。彼らは海岸へ向かっており、まるで中国の新年パレードから抜け出してきたような、長いウナギの骨格を頭に着けていた。若い少女が私に手を振り、私は手を振り返した。その後、私はどうやっても彼女の顔を思い出せなかった。

カスピアン: あなた達は奇妙な、美しい世界をここに得たというわけですね、プリムローズ。

プリムローズ: それは、猫も人のこと言えない2というものよ。もう言わないで。ああ、このフレーズは猫のフレーズよ。猫だけが使えるの。

私は笑い出し、プリムローズもそうした。彼女は空腹かと私に問い、私はというと、死が迫ってでもいないと動けない程にそうだった。

私たちは遅い昼食をとった。


コンペンディウムはワークショップに発言を許可する。


私は「世界の運命」みたいな話には大して興味がない。私はただ面倒な役割を割り当てられてここに来ただけだ。私はただ頭を低くして自分の仕事に集中するだけ、そして政治やポリシーの話は君たちに任せる。君たちはフェノムを挙げ、我々はPACTを送り出す。お互いの仕事には口を出さない。そういう取引だ。

それで、君たちは我々がA6Kについてどう考えているか知りたいというわけか?いいだろう。あいつらは惰弱だ。

見ろ、人がプロメテウスの炎を扱うなら、ときとして火傷をすることもある。改良マシーンそれ自体の中に詰め込むなんてことをしてたらブラックホールができることもある!人はサイボーグの超ゾンビの軍隊を作ったり、マサチューセッツの人口全部をどこかへ飛ばしたりする。だがそのことで人は何かを試みることをやめたりしない。人は滅茶苦茶にした残骸を片付け、仕事に戻る。そうでなければ世界は良くなっていかない。

だから!商会はほとんど正しい。我々が持っていない何かがA6Kにあるなんてことはない。ただ一つあるとしたら、それはイノベーションを引き起こす者だ。あそこ以外では、本当のイノベーションを起こす者は変人、狂人、専門バカなんて言われる。私は彼らにもっと度胸を持つ方法を教えるべきだと思う。その時までは、

我々は彼らと仕事することはできない。

ワークショップ・ユニオンThe Workshop UnionNoに投票する。

2 - 5

場所: テネシー州ナッシュビル、「ハーマン・フラーの奇天烈博物館」他。


私たちは、プリムローズが言うところの「転送ポッド」であるプラスチックのような白色をした二枚貝型のUFOから、デトロイトでテイクアウトしたピザを食べながら歩き出た。それはこの宇宙で最高の一切れであるように思えた。信じられないくらいに。肉、チーズ、そしてイーストすら──私にはそれが研究室で育てられたものだとは信じられなかった。私はビザ生地の最後の一欠片を口に放り込み、ジーンズで手を拭い、後ろのポッドを指し示した。

カスピアン: どうしてあなた方はこういうものをまだ使っているのですか?テレポートもできるのでしょう?

プリムローズ: 私たちにはまだ動くソファが必要だわデイビッド。そして椅子にソファを動かすようにと頼むのは、だいぶ無神経よ。

我々は豪奢な三段の噴水に囲まれたパビリオンを歩いた。透き通った水が吹き出し、石工と漆喰で作られた構造の表面で何千もの細い川を作っていた。豊かな緑色の苔が、回路ボード上の線のように育っていた。周りには、半円形の建物群が現れてきた。階段状に、そしてずらして配置されており、パビリオンの中心に立つと、それらを同時に見ることができた。それらには目のように見える大きな丸い窓がついていて、私は巨人の群れに見られているかのように感じた。

プリムローズが「もっと博物館を見たいわね。」と言ったとき、私は驚いた。それはまさに私もそうしたいと思っていたことだった。口には出さなかったが、午後の間じゅう私はずっと落ち着かない感覚を感じていた。全てが完璧すぎたのだ。この世界は成功した兄弟の家に、彼らの偉大な達成物や賞を見ながら居るような感覚を与えた。苦く、嫉妬に満ちた感覚──誰かを、その成功について非難しているような感覚。

私たちは自然歴史博物館の大理石のホールを歩き、真鍮の柱の頂上に立てられた大きな鳥類の骨格のもとで立ち止まった。それは大きく突き出た腹、コウノトリのような首、そして恐ろしいほどに尖った嘴を持っていた。その胴体には奇妙な骨の塊があり、私は四肢の骨の向こうにそれを見ながら、その機能を推測しようとした。それはまるで懐中時計の中身のように見えた。プリムローズが私の側に歩いてきた。

カスピアン: これがこの小さな理想郷には適合しなかったフェノムの成れの果てというわけですか?

プリムローズ: デイビッド、この可哀想な生き物は自然死したのよ。フェノムが「適合」しないときには、私たちはどこかそれが適合する場所を探すわ。通常は別の世界ね。

カスピアン: つまり問題があったら誰かのところに投棄するというわけですか。

プリムローズ: (……)あなたは私たちを悪者だって決めつけたくて仕方ないみたいね。違うわデイビッド。私たちは解決法を見つけるの。光を嫌うフェノムは光のない世界でより幸福を感じる。粗暴な生き物はより激しくて、あまり文明化されていない環境を好む。ここでそれが実現できないなら、世界をフェノムに合わせたり、その逆をやったりするわ。

カスピアン: 綺麗でこじんまりとした世界ですね。

プリムローズが返答する前に、私は再び歩き出した。私たちは無言で技術の博物館に歩みを進めた。プリムローズは私の数歩後ろを注意深く歩き続けた。私はきちんと見れば魅力的であろうたくさんの展示を足早に通り過ぎた。しかし私は何か他のものを求めていた。ここにはない何かを見つける必要があった。

その博物館の地下深くで、私はそれを見つけた。

薄暗く照らされた部屋に、巨大な、錆びた装置があった。榴弾砲とテスラコイルを融合する途中で止めたようなもの。不動状態にされた、しかし疑いようもなく戦争の機関であるもの。それはいわば古風な宇宙時代の兵器という矛盾した印象を与えた。同じようなものが多数、壁を埋め、ガラスのギャビネットを満たしていた。私は暗く、満足したため息を漏らした。

カスピアン: では、説明してください。このように平和な世界が、このような機械をなぜ必要としたのですか?

プリムローズは私の踵のあたりに座った。猫が困るとどんな反応をするのかを実演しながら。それは耳に現れるのだ。

プリムローズ: それは、これが何のためのものかということかしら?ああデイビッド──

カスピアン: 「ああデイビッド」で誤魔化さないでもらいたいものですね。

プリムローズ: (……)勿論、私たちも戦争をしたことがあるわ。なかったとは言ってないはずよ。その殆どは冷戦だったけど、完全に血を流さなかったわけではなかった。その土台に死体を含まずに建った帝国はないわ。

プリムローズは躊躇も恥も見せずに、私を先導して展示物の前を歩いた。

プリムローズ: 約一世紀前、放浪者たちは財団と直接対峙した。彼らは見つけ出したの、……その、財団が必要悪と考えたものを。そして彼らにとっては許されざる罪を。私ならそれを地獄のような悲劇と呼ぶわ、あの少女に起きたことは……いずれにせよ、それで二つの大きな組織が泥沼の賭けに引き込まれていった。コンペンディウムの他組織との協力関係の最初のいくつかは、そのときに必要に迫られて結ばれたものよ。財団は平和維持機構と同盟して、呪われた工場をもとにしてワークショップを作ったわ。放浪者たちは周辺組織と協力したわ。レッド・ハンドと蛇の王の信者たちね。彼らは不可視の前線の両側へ、恐ろしい、ありえない武器を備蓄した。実を言うと、PACT-5もそれに由来するものよ。それは戦争のための兵器。だからフェノムには口頭で命令する必要があるわ。

カスピアン: それで……何が起きたのですか?

プリムローズ: 周りを見なさいデイビッド!もしその戦争が熱いものになっていたら、私たちがここに居られると思う?居られないわよね。結果として備蓄は大規模なものになったわ。そして兵器は想像もつかないほど恐ろしいものになり、両方の勢力がそれを使うことを想像できなくなった。だから、彼らは対話を始めた。少しずつね。彼らは互いに譲歩し、提案し、そして共通の問題に取り組む新しい方法を提案した。そして彼らは共に、兵器を共通の敵へと向けた。古代の、憎しみに満ちた不死者たち。彼らのどちらも単独では倒せなかったもの。彼らは共にその少女を自由にした。それから、彼らは通常ではない世界に関与している他のグループと協調していった。そして、そうね、あとは歴史だわ。

私は展示物の一つを見つめた。それはスプレーで色を塗った玩具の銃のように見えた。私はクスクスと笑った。

プリムローズ: これで、私から悪いことを言わせたいのは終わりかしら?

カスピアン: オーライオーライ、終わりにしますよ。

プリムローズ: いいわ。この風変わりな脱線で、楽しんでいただけるかしら?

カスピアン: すみません。私は楽しんでいますよプリムローズ。本当にね。ただこれまでのような物を見せられて、懐疑的にならずには居られないだけです。私は──……私は「楽しい」人物ではないでしょうが、これらを本当に高く評価しています。あなたは私の気分を明るくするのに完璧な場所を選んだようです。私は博物館が好きですから。

プリムローズ: 知っているわ。

私は彼女をちらりと見た。

カスピアン: そうしてそれを知っていたのですか?

プリムローズはほのわずかに言い淀んだ。

プリムローズ: あなたは科学者だもの。デイビッド。あなたはナードよ。勿論、あなたは博物館が気に入るに決まってるわ。

私が返答する前に、プリムローズは別のセクションへと歩いていった。彼女は正しかった。私は科学者で、学び、ノートを取り、理論を立てて来た。そして、私はプリムローズという猫についてまあまあ良い仮説を立て始めていた。


コンペンディウムはエイペックスに発言を許可する。


一世紀以上の昔、コンペンディウムの黎明期に、四人の男が開けた草原で出会った。三人はスーツを着込み、一人は糞に汚れたオーバーオールを着ていたが、対等な立場として握手した。その一人の名がウィルソンだ。

彼らが彼により良い世界を作る助けとなるよう頼んだとき、彼はたった一つの要請をした。それは後にPACT-15となり、それゆえに我が第四十五代大巣母は高度な思考の恩恵を得ている。私がここに集まっているのは、その男ゆえであり、コンペンディウムを新しい精神、新しいアイデア、そして新しい展望へとオープンにさせたいという希望のためである。

私はこのような思考の多様性がない世界を想像すると震える──猿の世界、猿だけの世界だ。開けた空にかけて言うが、プリムローズ博士と彼女の猫科科学保護区の仕事抜きでは、我々はここでこの議論を交わすこともなかったということだ。A6Kが存在するということすら知ることはできなかっただろう。あの小さな鍵穴から見えるのは、我々の世界のかつての姿だ──単一の種と、単一の視点によって支配された惑星。我らが地球の仲間たちよ、我々は偽善者として立ち尽くしていることはできない。

我々は、彼らに手を差し伸べなくてはならない。

シェアード・エイペックス・アセンションThe Shared Apex AscensionYesに投票する。

3 - 5

場所: ペルー、タクナ市


私たちは、午後に海岸へ向けて走った──実際に運転したのだ。どこでも椅子とフェリーポッドの時代に、車はニッチな趣味として残っていた。私たちは1968年型ポルシェ483を借りた。聞いたことのない車だったが、豪華であることは確かだった。プリムローズは、この機会を逃したら残念すぎて死んでしまうと言って、私に運転させた。私たちは古い、上り坂の、崖に沿って曲がりくねったハイウェイを走った。すでに午後も遅くなり、左手に見える山は白みがかった琥珀色に輝き、沈む太陽から私達の車に伸びる金色のストライプが、右手の海に重なっていた。

展望台の近くに車を止めると、プリムローズはガードレールに乗り、私はもたれかかった。日没が進むにつれて、私は自分の目がどんどん信じられなくなっていった。本当にありのままが見えているのだろうか?その時の空には数個の星が見えていたのだが、海には遥かに多くの反射が見えていたのだ。あたりが暗くなるにつれて、より多くが見えてきて、私は驚嘆した。

それらは反射ではなかった。その下には都市があったのだ。広大な、輝く都市が、水平線を越えて広がっていた。巨大なガラスのドームの上に白いガラスの斑点がつき、触手のようなチューブで繋がれていた。形の見えない、微かに光る衛星が海底を列をなして走っており、流れの速い道路の車列のように見えた。

カスピアン: プリムローズ……なぜここではなくあそこに案内してくれなかったのです?あなた達が海底都市を築いていたなんて言ってなかったではないですか。

プリムローズ: 私たちのではないわ。

カスピアン: 私たち──では……あれは一体何なのです?

プリムローズ: 街よ。でも私たちのではない。ほぼ頭足類や、八腕目のアトランティック・スーパーシティよ。彼らは私たちと対話しないわ。

カスピアン: ああ、左様で。全くですか?

プリムローズ: フーム、この五十年はそうね。彼らはコンペンディウムとまる六週間一緒にいて、それから自律を要求したわ。彼らはただ他の地球種と仲良くやれなかったのよ。神経細胞が身体全体に伸びた生物の高度思考の何らかの影響だと思うわ。もしかしたら、腕──いや脚──いえ何にせよ、それぞれが思考できたとしたら、それ以上仲間なんて欲しくなくなるのかも。だから、私たちは彼らを海に帰したわ。

カスピアン: つまりその八──何でしたっけ?

プリムローズ: 八腕目。

カスピアン: そうそれ、あなた達は彼らに高度な知性を与えて、それからハズレを釣ったみたいに海に帰しただけなのですか?そして彼らは建造した、その──ええと、スーパーシティでしたっけ?

プリムローズ: アラスカのアンカレッジからニュージーランドまでずっとね。

カスピアン: そしてそのことで……心配にはならなかったのですか?彼らはあの水底で著しく進歩しているように見える。もしか彼らが陸も同じように占拠しようとしたらどうするのですか?

プリムローズ: なんとA6K的な考えなこと。デイビッド、もしそうでなかったならどうするの?彼らと会話が成立しないことは、彼らが敵だということとは違うわ。誰もが共に居れるわけではない、でも誰もがあなたを殺しに来るわけではないわ。敵意という意味で、PACT-15の失敗をランクするなら、八腕目はクラゲとアブラムシの間くらいね……そして昆虫ももう少しで地上に地獄を作りそうになったわ。

カスピアン: クラゲについては何が起きたのですか?

プリムローズ: 意識を得た途端に、とても礼儀正しく、「いえ結構です。」

私たちは笑った。それからしばらく沈黙を楽しんだ。そのことが私に遠い昔のことを思い出させた。

カスピアン: リサはこれを気に入っただろうな。

プリムローズ: リサ?

カスピアン: 昔の友だちですよ。海洋生物学者だった。彼女は異常なサンゴの物質を研究していて、それで──ええと、私の世界の方では、物事はもう少し危険になることもあります。

プリムローズ: 気の毒ね。

私は頷いた。私たちは波を見た。

プリムローズ: 私も誰かを亡くしたことはあるわ。一度ね。

カスピアン: 本当ですか?あ──申し訳ありません、ご無礼を──しかし今日見たもの全てから、私はあなた方は不死を扱えているのではないかと半ば予想していました。

プリムローズ: いいえ。その、技術的にはイエスね。死を終わらせるにはどうすればいいかはわかっているわ。しばらくの間、試みてみたこともある。それで、命には終りがあることがなぜ重要かが、よくわかったわ。

カスピアン: 詳しく説明して頂いても?

プリムローズ: 言いたくないってわかるでしょう?

カスピアン: では、その人物については?どんな方だったのですか?

プリムローズ: (……)仕事人間だったわね。

私はもっと聞きたく思った。しかしプリムローズは空を見上げながら肉球を挙げた。

プリムローズ: 建物に入ったほうがいいわ。そろそろ夜になる。

カスピアン: ちょっと待って、本気ですか?あなたは夜目が効くのでは?それともブギーマン3でも出るのですか?

プリムローズは答えなかった。

カスピアン: ああ神様、本当にブギーマンが来るのですか?

プリムローズ: いいえ、彼らは今は全員タスマニアにいるわ。ただあなたに私の邪魔をしてほしくなかっただけよデイビッド。あなたはまだここの習慣を全て知っているわけではない──夜は私たちのものではないの。

プリムローズは顎で上を指し示した。私はその仕草に従い、そして私は顎が落ちるほど驚いた。

巨大な、銀色の雲が覆いかぶさった。空は数秒前には完全に晴れ渡っていたのに。少なくとも、遠くから見る限りはそれらは雲に見えた──私たちの上にある部分は山の頂上に触れそうだった。それは羽根の集まりだった。数百万の羽根が、白い絹の線に縫い留められて羽ばたき、巨大な歪な球体の形に繋ぎ止められていた。閃光の瞬きに、巨大な筋肉組織が「雲」から突き出し、また入っているのが見えた。それは皮膚がなく灰色で、非人間的に分裂し、その塊の中で何か想像もつかない生きた機構の部品として機能していた。

海の中の都市は全て丸いガラスと明るい人工的な光で構成されていた。雲の上の都市は全て完璧な四角形で構成され、象牙と骨の色をして、一切の天体から独立した月光のような輝きを放っていた。

プリムローズ: みんなが世界を分け合ってるのよ。夕食にしない?


コンペンディウムは夜のものに発言を許可する。


かれらはわれらをとおざけた。

あなたがたはわれらをむかえいれた。

われらはかれらにむきあう。

夜の地の盟約The Nightland CovenantYesに投票する。

4 - 5


場所: 日本、大阪、道頓堀。


プリムローズは私が「最小限のダメージ」しか与えない所に私を案内した。私たちが食事をとった店は、たった三席しかなく、壁に掘られた狭い穴のようで、外側には看板すらなかった。プリムローズは世界最高のラーメンだと言った。その世界が私の世界でないのならば、その通りだろう。

私たちが注文してから、三分も経たずに料理が提供された。スープは美味しそうに見えたが、私はそれより遥かに料理人に気を取られていた。それはまるでH.R.ギーガーのデザインした人魚のような、顔のない生物で、宙に浮いていた。その尻尾の先端は広く鋭いスペード型で、小麦粉と麺の切れ端で覆われていた。プリムローズは丼が提供されるときにそれに頭を下げた。私も同じようにした。スープは少しニンニクが強かったが、卓越していた。

食べている途中で、プリムローズは突然上を見上げ、まるで天啓を受けたかのように見えた。ひげにそれがよく現れていた。彼女は失礼すると言って、矢のようにドアから出ていった。私は最初に料金を払っていてよかったと思った。それから間もなく、新たな客が店内に入ってきた。店に入るために強く身をかがめており、私には視界の隅で、彼がとても、とても毛むくじゃらなのが見えた。

私は食事を進めながら、横目でこっそりと見た。その生物──あるいは推測するにフェノム──はゆうに二メートルはあった。その下の椅子はその体重のために軋んでいた。その体表は深い栗色の毛皮で覆われ、その体毛は私の毛髪のように繊細で、困ったことにより整えられていた。平坦な顔には目と口に対応して三つの毛のない円状の領域があり、艶がある黒色だった。乾いた山の空気のような匂いがした。

それは私が見ているのに気づき、視線が合うと私は冷たさが背筋を駆け上がるのを感じた。

それは私を見てゆっくりと頷き、自分の麺を食べるのに戻った。

それ以上自分の運を試す気にはならず、私は丼をカウンターに置き、夜の街へと逃げるように出た。プリムローズはそこで私を待っていて、首輪から飛び出た金属のニードルで一本の大瓶を掲げていた。そのラベルには黒い漢字の一文字のロゴが書かれていた。

カスピアン: プリムローズ、それは何ですか?

プリムローズ: これはとても強いお酒よ、デイビッド。

カスピアン: その強いお酒を持って何をしているのですか、プリムローズ?

プリムローズ: そりゃあ、今から飲むのよデイビッド、あなたも一緒にね。

カスピアン: ここの私の目的は、できるだけ目立たないようにすることではなかったのですか?

プリムローズ: それが私の当初のプランだったんだけど、でも退屈じゃない。新しいプランは、あなたを酔わせてあらゆる粗相を非難することよ。もしあなたが平気なようなら、私はもっと平気でいるわ。

カスピアン: 私はここで研究をすると期待されていたと思うのですが。

プリムローズ: 私はあなたが休暇中だと思っているわ!さあ、日は落ちて、あなたは奇妙な世界を旅している途中よ。報告しなくちゃいけない先もないわ。気持ちを楽にして、ここの習慣を受け入れるのよ。ガイドを信頼して!ただ──私と飲み明かして、デイビッド。

私はため息を付いた。

カスピアン: いいでしょう、一杯だけ──でないと失礼になりますからね。


コンペンディウムはウォッチャーズに発言を許可する。


お兄さん方、クソ哲学に磨きをかけるのをちょっとの間やめてもいいかい?俺たちはこぞってその次元の穴を殴りに行こうって話をしてるんじゃねえんだ──俺たちは透明性の話をしている。覚えているか?昔々の魔法の時代を。あんた方が俺たちを闇の中に閉じ込めてた時代だ。あんた方調子に乗った奴らが象牙の丘に閉じこもって、俺たち下々の者を闇の谷底か何かに押し込めてた時代だ。

そんなやり方はうまく行かねえ。うまく行った試しがねえ。俺たちはずっとあんた方を見ていた──俺たちの目がいくらか眩まされていたとしてもだ。あんた方は真実を隠せねえし、人をそれから遠ざけておくこともできねえ。俺たちは結局は見つけ出すし、そうなったら俺たちはイラつく。あんた方が守っていた秘密を俺たちは全部暴き立てるし、無意味でありえないジョークにする。コレクティブはアートは主張だと言ってたな?じゃあ俺たちの主張はこれだ。あんた方は神じゃない。それに、言ってやるよ。A6Kにいるのは基本的にはあんた方の粗野なバージョンだ。あんた方、本当にあいつらにダメ出しできるような筋か?

手短に言えば、俺のこの様子はライブツイートされてるし、ムーンモンキーもついてきている。あんた方は俺たちとあいつらは別モンだと言って区別し、みんなゲートキーパーになろうとする。そいつは一人いれば十分だ。そしてあんた方は炎の剣を持ってるわけでもねえ。俺たちはあいつらの上にいるわけじゃねえし、上等なもんでもねえ。

俺たちとあいつらは同じだ。

ウォッチャーズ・フォーラムThe Watchers ForumYesに投票する。

5 - 5

場所: まだ日本、多分?


カスピアン: 主要(ヒック!)次元理論なんてメチャクチャ漫画みたいなナンセンスですよ、この毛むくじゃらの気狂い!

プリムローズ: この──!現実変動をじ、じ、時代遅れのヒュームで測ってるような、は、半分猿みたいなのに何がわかるの!?

この会話の前に、私たちはカラオケで歌っていたような気がした。その次の数時間は、バラバラになったパズルのように曖昧だった。その断片は覚えているが、どこに当てはまるのかわからないのだ。弁解になるが、私は一杯どころではなく飲んでいた。

私は、自分の周りの通りが変化したことを覚えている。通りは悪夢的な、あるいは壮観な生き物たちで満たされていた。霊体のような、輝く人影の集団が頭上に湧き、まるで空が深い、暗いプールと化したようだった。動く砂丘が私のよろめく脚を包み、鶏肉の骨の断片と砂粒が撹拌されていた。私たちはイタリア人の観光客の家族とぶつかり、短い口論となったが、彼らの声は蝉の鳴き声のように聞こえた。乱闘となる前に、私たちはにぎやかな酒場に入った。

プリムローズ: ランダムな発生率では説明できない現実間の特性を統合しつつ明確に定義するには──

カスピアン: 原子配置に関する法則は嫌になるほどたくさん(ヒック!)あります。生物は他の普遍法則に従っている。重力があり、骨格があり、光子があり、目があり──
プリムローズ: 私はただ炭素ベース生物が準非互換的生態系間でぞう──ぞ──増殖することを論じてるわけじゃないわ。宗教と文化の再出現の事を言っているの!グリーンストーンミラー単体で──

カスピアン: 社会的ヒエラルキーです!脳にシワがあるのは未知のものを概念化するためであり、同(ヒック!)時には──

推測するにイエティ: ヘンロウの次元間原子内シーディング理論については?

プリムローズ: オウ──フッ、ヘンロウ!ヘンロウを反駁するのは朝飯前よ!あんな早々、騒々しい──

カスピアン: そんな言い方するものじゃありませんよ。それに、お洒落なおチビちゃん!ブレザーと、蝶ネクタイを着たおチビちゃん。オレンジと、紫は合いません!

プリムローズ: 引っ掻くわよ。

カスピアン: それは合わない

プリムローズ: 引っ掻かれたいの!?

大型の浮遊する球体: ❄︎♒︎♓︎⬧︎ ♍︎□︎■︎❖︎♏︎❒︎⬧︎♋︎⧫︎♓︎□︎■︎ ♓︎⬧︎ ◻︎□︎♓︎■︎⧫︎●︎♏︎⬧︎⬧︎ ♋︎■︎♎︎ ✋︎ ♒︎♋︎⧫︎♏︎ ♋︎❒︎♍︎♒︎♓︎❖︎♓︎■︎♑︎ ♓︎⧫︎📬︎

カスピアン: ええ!ええ!見ました!?この人──(ヒック!)この人はわかったみたいですよ!

プリムローズ: ええ、もろ──もちろん球とは気が合うんでしょうね!

それから後のどこかで、私たちは少なくとも五人の酔客を伴って路上に戻った。私たちはすぐに彼らを見失ったが、彼らは小さな鳥で、恐ろしく五月蝿かったので、私は気にかけなかった。しかし私はある曲がり角でプリムローズを見失い、そのことは私が道に迷うことを意味した。

霊体のようなものがいる世界だとはわかってはいたが、人間以外のものに道を尋ねるのは不安に感じ、結局人を見かけるまで随分時間がかかってしまった。病院の側の街灯の下に黒いスーツを着た男が立っていた。その男は答えをくれなかったが、私にタバコを勧めた。「普段はこうしないのだが。」彼は言った。「今日は君にとってこの世界で過ごす最後の日だから、こうしてもいいだろう。」私にはなぜ彼がプリムローズと私の約束を知っているのか、なぜ彼がそれをしても良いと考えたのかわからなかったが、それでも私は彼を好人物だと思った。

他にどうしたらよいかわからず、私は道路の中央に立つ電子掲示ブースへとよろめいた。そこにはプリムローズのブローチと同じ、球体と眼のサインのホログラムがあった。あと数歩まで近づいたとき、全身青い光でできた、両性具有の人間のプロジェクションが現れた。

カスピアン: あー──……ハ、ハイ?

ブース(?): こんばんわ!何かお困りですか?

カスピアン: 私は──……ええと、猫を探していて──

ブース(?): 動物シェルターのリストをご覧になりますか?それとも猫科コミュニティレジストリに接続──

カスピアン: いえ──、私は──すみません、私はここに住んでいるわけではなくて、ええと、A6Kと呼ばれる──

ブース(?) A6K統一に関する進行中のコンペンディウムの裁定に接続しますか?

カスピアン: (……)はい?

するとブースはそれを私に見せた。それは私の酔いをだいぶ醒ました。


コンペンディウムは名もなきものに発言を許可する。


境界線はない。そこにはただ道があるだけだ。

サイズやスケール、そして環境はただ知覚、規定、主観に関するものに過ぎない。
外から見た彼らは彼らではなく、我らも我らではない。あなたがあなたであること、そして我らが我らであることがより重要なのだ。
針のひと刺しは、そこを通り抜ける方法があれば道のように広くもなる。
もしそれが可能なら、そうであるべき、そうであることになっているとなる。
そこにはイエスもノーもなく、留まるも行くもない。
そこにはただ道があり、その分かれ道は常にまた交わる──結果的に、完全に、最終的には。

二つの道が木と我々を分けるのだろうか?
我々は勇気の道を選ぶ。
エントロピーと戦う愚者のために。

我々は彼らとともにその道を渡るだろう。

あらゆる道の交わるから、Yesに投票する。

6 - 5

場所: どこかの丘の上。


どこかの丘の上、それが私が椅子に頼んだ全てだった。私はどこかの小さな町の外れにいた──本当に、誰でもどこにでも見いだせるような。しかしどういうわけか、私はそこがアメリカだと理解していた。その丘には大きなオークの木があり、私は好きなだけ長く、一人で、それを背に座っていた。

そしてプリムローズが私を見つけた。彼女は瓶を運んでいた。

プリムローズ: デイビッド!ああよかった!私はあなたを探して屋根という屋根を飛び回ったのよ。おバカなボノボの又従兄弟!

カスピアン: ハロー、プリムローズ。

プリムローズ: ワーオ!肝臓をたくさん持つフェノムにでもなったのデイビッド?完全にシラフに見えるわ!

カスピアン: ええと、自動販売機があったんです。全体が真っ黒で、キーパッドがついていて。それで、注文をするように言われました。なので私は何か酔いを醒ますものを注文しました。あの恐ろしいシナモン味のキャンディーハートみたいな味がしました……しかし実際に効きました。

プリムローズ: ああ、それは……良かったわ!じゃあこの瓶の残りを飲む余裕が十分あるってことね!

カスピアン: なぜ私はここにいるのですか、プリムローズ?

プリムローズは止まった。尻尾が落ちた。

プリムローズ: その問いは許されていないわ。

カスピアン: 質問しています。なぜ私はここにいるのですか?

プリムローズ: デイビッド、お願い。私たちは楽しい夜を過ごしていたでしょう──

カスピアン: 私がなぜここにいるのか、言ってください、プリムローズ。

プリムローズ: 待って、その──私はすごく、今はその会話をするにはあまりに飲みすぎていて──

カスピアン: プリムローズ、いい加減にしてください、私はなぜここにいるのですか!

プリムローズ: なぜなら、私が最高の友達と、もう一日一緒にいたいと願ったからよ、オーケー!?

沈黙がその叫びの後に鳴り響いた。近くの木から、黒い翼の鳥が何羽か飛び立った。しかしその後には、全てが痛々しいほど静かだった。

カスピアン: この世界のデイビッド・カスピアン。

プリムローズ: (……)そうよ。

カスピアン: 彼に何かが起きた。

プリムローズ: (……)こちら側にも、危険なこともあるわ。時にはね。全ての特異点が……いい場所に繋がるわけじゃない。

私は背中を木に寄りかからせ、頭上の暗い天蓋を仰いだ。

カスピアン: お気の毒です。そうではないかと思っていました、でも……お悔やみ申し上げます、プリムローズ。

プリムローズ: ええ、そうね……ありがとう。楽しく飲むのも一つだけど、今はしんみりとした飲み方に変わらなくちゃいけないような雰囲気ね、だから──

カスピアン: 私はまだなぜここに呼ばれたのか聞いていませんよ。

プリムローズ: 何で──!?今言ったじゃない──!

カスピアン: 個人的な理由ではなくて、一刻を争うような理由。プリムローズ、コンペンディウムが今投票しているのは何に対してですか?もし「イエス」に投票されたら、私の世界に何が起きるのですか?

プリムローズは目を見開いて私を見た。彼女は瓶を脇に置いた。

プリムローズ: 統一よ。

カスピアン: そして、それは何を意味するのですか?

プリムローズ: コンペンディウムがここでしたようなことを……向こうでするということよ。それは物事を良くするわ。色々引き継いでね。

カスピアン: (……)そして……もしノーに投票されたら?

プリムローズ: 特異点を閉じることはできないわ、デイビッド。知っているでしょう?世界内の剪断力は定義上、その世界そのものより強くなくてはならない。だから……あなたの世界が存在できるか、それが問題となるかの二択よ。コンペンディウムがA6Kと統一するか……それを消し去るか。


コンペンディウムは平和維持機構に発言を許可する。


今日ここまで、用意した議題──我々がここに来た理由について多くの議論があった。いいだろう、平和維持機構はなぜ我々がここに集まったのか知っている。諸君は悪役を求めているからだ。諸君はあらゆる難しい決定について非難できるクソを必要としている。諸君はここで座って「奴らを排除しろ」とか「あれを終わらせろ」と言うために誰かを必要としている。そうすれば諸君は夜には家に帰って、自分は本当に正しい決定をしようとしたんだ、だがああ、あの平和維持機構の奴らさえ反対しなければ、と。

我々は外交が失敗したときに諸君が送り込むものの一つでもある。我々は諸君がカルトに、血河に、茶を啜る不死者に満ちた逆さになった街にテレポートさせる兵団である。なぜなら、──想像してみたまえ──時として諸君を殺そうとするものがあるからである。諸君はそれを放っておけないし、それを移動させることもできないし、それを良い存在になるよう説得することもできない。それらはただ諸君を殺そうとする。だから我々はそれらを殺す。諸君らの完璧な世界にフィットしないピースがある場合、誰が合わない縁にヤスリをかけているのかを忘れるな。

さて、これで私のセラピストは安心したと思うが、核心を話そう。

我々は全員、ただ一つのものを求めてきた。安全、安定した世界。諸君がより良い選択肢を持っているなら、我々はいつでも手法を替えるつもりはある。A6Kでは物事はそのようには進まない。我々はそれを見てきた。彼らは追い詰められてようやく歩み寄る。彼らは近道を選ぶ。彼らはそれずっといいアイデアであったかのように、フェノムを破壊しようとする。A6Kは問題だ。そして率直に言って、我々はあれを、他の数多くの問題となる次元を扱ってきたのと同じように扱うべきだ。

我々は彼らを信用できない。

世界平和維持イニシアチブThe Global Peacekeeping InitiativeNoに投票する。

6 - 6

場所: どこかの丘の上。


私たちが初めて会ったとき、私は世界を移動したことに関するいささか奇妙な配慮を発揮して、プリムローズに私を麻痺させることを推奨した。22時間後、彼女はそのようにした。

私は丘の上で座ったまま固まっていた。膝を抱きかかえて。瞬きも呼吸もできなかった。血は血管の中で固まり、心臓を通過することを拒絶した。私の精神の歯車は軋み金切り声をあげ、欠けたように停止した。

「統一」、

あるいは消去。

懸念の壁が、ほんの僅かに弱まると、様々な感情の狂乱的な爆発が私の精神から吹き出した。それらは私の前に険しい、ギザギザの道のように広がった。私はもしかしたら椅子に走って戻るべきだったのかもしれない。それにもう一度屋上に戻るように言うべきだったのかもしれない。私の世界に戻る何らかの方法を見つけ、警告することもできたのかもしれない。

私は警告するべきなのか?それが何になるのだ?彼らは私を信じるのか?彼らはコンペンディウムを止められるのか?彼らが先制攻撃をするのか?私が自分の世界か、この世界が破壊されるのかの命運を握っているのか?会って一日も経っていない人々を信じられるのか?会ったこともない指導層を信じられるのか?私自身の世界をどうして信じられるのか?評議会にだって会ったことはないではないか!

私はプリムローズに向き直った。そして……彼女は私には全く解釈のしようのない表情を見せた。それはまるで、大きな息を押し留めているようだった。

それから彼女は笑い出した。

彼女は背中から地面の濡れた草に転がって笑った。

カスピアン: (……)侵略ではない、そうでしょう?

プリムローズ: 門番さん、ノーよ!ああ慈悲深き母よ、ああ古く新しいパンテオンよ、こんなに騙されやすい人に会ったことはないわ!

カスピアン: 私はここに来たばかりなのですよ、プリムローズ!勿論私は騙されやすいですとも!ああ、では本当は「統一」とは何を意味しているのですか?

プリムローズは息を整え、私に笑いかけた。

プリムローズ: 接触よ。統一とはあなたの世界に連絡を試みて、講話を提案すること。それだけよ。それで全部!

カスピアン: では接触と呼べばよいではないですか!

プリムローズ: コンペンディウムは科学機関よ、デイビッド。彼らは凝った言葉を使うことを好むわ。

私はようやくため息を付き、両手を広げて草を背に倒れ込み、星々を見上げた。

カスピアン: 君は意地悪だ、プリムローズ。

プリムローズ: お生憎様。質問は禁じられていると言ったはずよ。

カスピアン: (……))じゃあ、彼らはただ我々と話したいだけだと。

プリムローズ: 最初はね。少ししてお互いが定住したら、私たちは人道的支援を始めるわ……あなた達が望むなら、おそらくは低レベルのテクノロジーから。それはある意味侵略とも言えるでしょうね──とてもゆっくりとして、完全に意に沿った侵略。あなた達が「失せろ!」と言うならば、私たちは消えるわ。

カスピアン: もし同意しない人々がいたらどうするのです?私たちの世界の一部があなた達に居て欲しいと思っていて、他がそうではなかったら?

プリムローズ: 問題ないわ。そのうちに意見は一致する。あなた達が何らかのコンセンサス、ある種の同盟──例えばあなた達が望むなら、公平に参加できる、世界をより良くするための科学評議会──に達したら、私たちを呼び戻せばいい。

カスピアン: こういうことは……頻繁にしているのですか?

プリムローズ: そこそこね。新しい次元に出会うたび、この種の投票をしているわ。コンペンディウムの全てが集まる必要があるのは毎回ではないけど。統一に話が及ぶと、大抵はサッサと終わるわ。答えは普通はノーね。ただの「話し合い」で終わるかもしれないけど、それがその世界を不安定化させうることを私たちは認識しているから。結局、あなたの言う通り、私たちに居て欲しいと思う人たちと、そうでない人たちに分かれたらどうなるのかという話ね。それは同盟をもたらすかもしれないし──世界戦争を引き起こすこともあるわ。

カスピアン: そして……「ノー」だとしても、あなた達は別世界を破壊するわけではないと?

プリムローズ: ええ、デイビッド、勿論やらないわ。皮肉なことに、次元断裂は私たちが収容するフェノムの一つでもあるの。私たちはそれを塞いで、見えにくくして、監視する。一つの世界を全て破壊する……コンペンディウムがそんな力を持っているなんて考えられないわ!多分な。私たちが……「慈悲」、とでも言うのかしら?そういうものを提案したことも稀にはあったわ。でもそういうときには、その世界は全てが言葉通りに地獄と化してしまっていたわ。あなたの世界はそういうものではないし、あなた達は明らかに脅威ではないわ。あなた達はただ……そうね、確かに、グレーな領域にいるわ。

私はそれになんと言ったらいいかわからなかった。なにか大きな災厄が迫っているわけではない、この冒険に恐ろしいオチがついているわけではないとはどうしても思えなかった。私は世界の、それも多元世界の全てを信じることができず、ただそこに寝転がっていた。

プリムローズはため息をつき、私の隣に座った。

プリムローズ: デイビッド、私はこの世界の誰よりも多元世界について知っているの。明らかにあなたよりもね──気を悪くしないで、私はあなたより60年も長くやっているのよ。本当のことを言うわ。私たちの世界がどうしてこんなに違うのか、そしてそれでも似ているのか、私にも全くわからないの。あなた達自身やあなた達のフェノムが原因なのか結果なのかも。あなた達の世界の敵意があなた達を攻撃的で他人を信頼しなくさせるのか、あなた達が他人を信頼できず攻撃的だからあなた達の世界が敵対的になるのか?A6Kは些細なことがコントロールから外れて大きく広がっただけなのか。私たち自身について言えば、私たちは根本的にあなた達と違うのか、それとも何千年も前にある一人が他人に優しくしようと思った、曖昧なドミノ効果の結果に過ぎないのか。

プリムローズは肩をすくめた。

プリムローズ: これは私の専攻分野の、随分絡まった糸玉のようなものだわ。ところでこれもこれも猫のフレーズよ、あなたは使ってはダメ。

私は少しの間プリムローズを見回した。

カスピアン: 60年ですって?

プリムローズは頷いた。

カスピアン: あなたは何歳なのですか?

プリムローズは私の顔を強く叩き、それから椅子に向かって大股で歩き出した。

そして太陽が昇り始めた。


コンペンディウムは財団に発言を許可する。


いつも最後には我々に委ねられるな。そう思わないか?まあそれが筋だ。我々がこれを始めたのだから。

我々は虚ろになり、金切り声を上げる錬鉄の月に食い尽くされる世界を見てきた。我々は死に、アンデッドに、あるいは忌々しい生者に貪り尽くされる星々を見てきた。荒涼とした赤い恒星に無残に包まれるものを見てきた。私は理不尽な惨禍の試練に世界を晒そうと意図したことはない、だが私が最も心を痛めたのは……幸福な人々の、美しく無欠の世界……ただ全ての花が咲く中で終わるだけの世界を見たときだ。何が起きるのかを伝えることもできなかった……あまりに時間がなかった……

すまない、過去を悔やむつもりはない。諸君は我々に理性的な判断を期待しているのだろう?

我々は恐るべき真実を認めねばならない。A6Kは我々がこれまで出会った中で最も近いもので、真の並行世界と言える。我々がここに座って彼らを非難したとしても、事実は変わらない。我々はこれほど自身に似た人々を見出したことはない。我々は共に暗闇から立ち上がり、苦難を経て強くなった。彼らも同じようにならないと誰が言えるのか?いつの日か、彼らは我々と対等になるかもしれない。我々を超えるかもしれない。だがそのような勝利は我々からもたらされてはならない。

それは彼らの内からもたらされねばならない。

財団The FoundationNoに投票する。

6 - 7

しかし、補足がある。

我々はゲートを封印する。しかし完全にではない。

我々はA6Kの監視を続け、彼らに我々を見つけさせる。彼らがそうしたとき、我々は彼らを確保も、収容も、保護もせずに迎える。

彼らが光の中に歩み入る準備ができたとき、我々はここにいる。

このことを投票にかけようではないか。

場所: 東京


そして再び、私たちはその屋上にいた。私の白衣は椅子の背に掛けられて出現した。私は椅子に深く礼を言い、この一日に素晴らしい働きをしたと言った。椅子は喜び微かにカタカタと音を立てた。

プリムローズは最初に会ったときと同じ場所に座っていた──しかし今は、他所を向いていた。私はそこへ歩いていき、彼女のそばに立ち、二度目の日の出を見た。今回は、信じられないほど壮麗な構造物や、鮮やかな緑と磨かれたような白の広大な天蓋の上に昇っていた。私はどうやって蔦をそれほど大きく育てたのかは聞かなかった。聞かないことにしたのだ。それは私が知る必要のあることではなかった。それは素晴らしい光景だった。そしてそれで十分だった。

プリムローズ: これほどすぐのことになるとは思わなかったわ。

私はプリムローズを見下ろした。

プリムローズ: 投票のことよ。慈善団が賛成するのはわかっていたわ。彼らは救い難いものを救うことが好きよ。そしてあなたの世界はまさに救い難いものの定義そのものだわ。

カスピアン: プリムローズ──

プリムローズ: エイペックスもそうかもね。私の票も重要だったに違いないわ。それに、イヌ科学寮は何でも仲間に加えたがるし──でも、両生類ポッドは新しいことを嫌うわね。

カスピアン: プリムローズ…….

プリムローズ: 森の人々がどう投票するかは予想がつかないわ。いつもそうなのよ。あなた達が夜のものたちにしてきたことを考えると、あの投票は驚きだったわね……でも一番訳がわからなかったのはコレクティブが言っていたことよ。何を言いたいのか、あなたには──

カスピアン: ええと、プリムローズ?

彼女は喋るのをやめた。しかしそれでも私を見ようとはしなかった。この世界の猫がどう感情を表すのかは十分学んだはずだったが、彼女の気持ちは全くわからなかった。それでも、彼女が何を感じているのかを想像することはできた。

カスピアン: 今日はありがとう。

彼女は答えなかった。

カスピアン: それと、ええと……申し訳ない、その、秘密を喋らせてしまってlet the cat out of the bag──ああ、これは猫専用のフレーズでしたか?

プリムローズ: 使ってもいいわ……

カスピアン: (……)あなた達は奇妙で、でも美しい世界を作りましたね、プリムローズ。

プリムローズ: あなたの世界もそうなれるかもしれないのよ。

今度は私が黙る番だった。私は空が抑えたオレンジから、青の予感をはらんだ真珠色へと変わるのを見ていた。

プリムローズ: その──一旦封印されたら、A6Kからあなたを引き出すことはもうできないわ。でもあなたを送り返さなくちゃいけない理由もないの!コンペンディウムに理由をこじつける自信はあるわ。なにか長期の、文化間の次元間の……量子──クォーク──ああ!そのうち考えるわ!もしあなたがSCPの人たちを気にしてるなら、クローンか、アンドロイドを送り返せるわ──最近ネパールでレンズ豆をもとにした人間に擬態する生物を発見したの!涎を垂らしてヨロヨロ歩くことしかできないけど、あなたの愚かな世界じゃ気付かれないかも!

私はただ微かに微笑んだ。プリムローズの声は次第に小さくなり、低い呟きになった。そして私が彼女に向き直ったとき、彼女の頭は垂れていた。

カスピアン: 本当に、信じられないような日でした。

プリムローズ: (……)このことを喋るつもり?つまり、あなたの上司とかに。

カスピアン: SCP財団に?あー、それはちょっと無理ですよね。作り話でもするつもりです……でも、実は、全部を聞いて楽しんでくれそうな人は知っているんです。彼らはいつも良いストーリーを求めていて、秘密も守ってくれる。

プリムローズは頷いた。私は両手を白衣のポケットに突っ込んだ。壮大なファンファーレも送別もなかったが、行かなくてはならない時だとわかった。

その前に、私はプリムローズに最後に一つの頼み事をした。

彼女は不平を言ったが、同意した。

私は彼女の頭を撫でた、

そして消えた。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。