クレジット
SCP-6005: カスカディア(Cascadia)
著者: Tufto作。これはSCP-6000コンテストのエントリー作品です。この著者の他の作品はこちら。
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ガブリエル博士: 名前、階級、任務を述べてください。
エージェント・ハーレイ: クソが。
ガブリエル博士: 名前、階級、任務を述べてください。
エージェント・ハーレイ: 何が目的なんだよ?お前らは俺をDクラスに降格かアリゾナ送りにする気なんだろ。どっちにしろ、俺の寿命はあと一か月だ。
ガブリエル博士: 名前、階級、任務を……
エージェント・ハーレイ: これだけはどうも分かんねえんだ。今度は誰を騙すつもりだ?バンクマンか?あのクソバカ野郎は任務には向かねえな。それとも、もしかしてカーターか?思うに、オレゴンで確実に一番腐りきったエージェントを探してんだろ?
ガブリエル博士: 今更あなたが気にすることではありませんよ。あなたはチャンスを持っていました、そしてあなたはそれを無駄にしてしまった。
エージェント・ハーレイ: どうやって?財団のポリシーと矛盾することなんてした覚えはないぞ?
ガブリエル博士: それについては後で説明します。ともかく今は、名前……
エージェント・ハーレイ: 分かったよ。ダグラス・ハーレイ、レベル3エージェントで、SCP-6005の任務に就いている。アラバマ州のガルフ・ショアーズの生まれで、社会保障番号は215の……
ガブリエル博士: 十分です。本日、なぜここにいるのかは分かりますか?
エージェント・ハーレイはため息をつくと、椅子にもたれかかる。
エージェント・ハーレイ: 正直言うと、こんなクソみたいな目に遭う心当たりなんかないな。
O5評議会命令
次のファイルはレベル4/6005に分類されています。
不正アクセスは固く禁じられています。
アイテム番号: SCP-6005 | Level 4/6005 |
オブジェクトクラス: Keter | 機密指定 |

カサンドラ・"キャッシー"・ヒギンズが最後に目撃された、ワシントン州コロンビア川峡谷のドッグ山。
アイテム番号: SCP-6005
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-6005の収容計画は、サイト-64を拠点とするエージェント・ダグラス・ハーレイ、ジョン・バンクマンによって現在調査中です。要旨を以下で詳細に説明しますが、概念的な再調整プロセスであり、25/12/12に完了予定です。
SCP-6005-1によって苦痛を与えられている対象はサイト-64に拘留され、尋問されます。その家族に対しては、対象の精神が衰弱状態にあり苦痛を感じているため、治療目的で州外に搬送したと伝えてください。被験者は一か月弱拘束され、記憶処理の後解放されます。被験者は研究目的で必要な場合は拘留されます。
SCP-6005の疑いがある事象は地元メディアによって隠蔽されます。事象に関する適切なカバーストーリーが被害者家族に流布され、必要に応じて記憶処理が適用します。家族へのカウンセリングと支援は地域の医療サービスと連絡、連携を通じて行われます。
サイト-1015に関する全ての記録は、エージェント・ハーレイの管理下に伝達されます。現在、サイト-64のE棟にある証拠保管室5Cに保管されています。

カスカディア生命地域の衛星画像
説明: SCP-6005は1985年から現在までにおける1,943人がカスカディアの生命地域の深い森林で失踪した事例です。失踪者のいかなる痕跡もこれまでに発見されていません。
SCP-6005は生命地域の周辺に住む人物に様々な範囲で影響を及ぼしています。被害者の性別、年齢、人種、政治的見解、その他社会的要因に相関関係は見受けられません。唯一明確な共通点は、被害者が精神衛生上の問題を抱えている割合が非常に高いことです。その結果、SCP-6005事象の予測に成功したことはありません。
SCP-6005の異常指定は、極めて多くの失踪事件が、被害者が一人で近辺の森に出かけるという、あらゆる点において同様の方法で発生していることに起因しています。この外出はメモやその他説明もなく、被害者はいかなる物資も所持しません。SCP-6005事象の映像記録はこれまでに回収されていません。異常性を含まない真相解明の試みは、どれも適切であると判断されていません。
SCP-6005は1992年に財団初期の解析AIが異常なほど高い失踪率を検出したことにより初めて発見されました。被害者家族と地元メディアへ異常性の漏洩を防ぐため、適切な隠蔽と記憶処理を行いました。その後、SCP-6005は収容のためサイト-64へ割り当てられました。しかし、研究者やエージェントは研究や収容へいかなる進歩もしていません。
ガブリエル: まさにミステリーのようですね。
ハーレイ: 言葉は嘘をつける。俺らのクリニカルトーンや客観的な中立性が、一種のバイアスだなんて誰も分かっちゃいないんだ。
ガブリエル: 何をおっしゃりたいのか分かりませんね。
ハーレイ: そのことについて配属されたエージェントは皆すごい無能だったってことだ。誰も詳細なんか欲しちゃいない。魅力的でもなければ、だれが見ても分かるような手がかりすらなかった……クソ、どいつもこいつも、最初は異常だとすら思わなかったんだよ。
だから、クリアランスレベル2の不正行為野郎と定年間近の肥えた不正行為野郎どもがお払い箱になったんだ。サイト-64は名門だ、なんも驚くようなことじゃない。監督官とその取り巻きどもは、O5の気を引くためにスリー・ポートランドでの大規模な見かけ倒しの調査や、シアトルを襲撃して法外な異常芸術作品を取り寄せたりしている。試用段階のAIが子供が何人か行方不明になったと騒いだところで、誰も気に留めやしなかった。そんなもんがどうして何年もファイルに残ってたのかなんて、分かりそうにもない。
ガブリエル: あなたは我々の組織に対して、明るいとは言えない印象をお持ちなのですね。
エージェント・ハーレイ: 博士サマよ、冗談はよせよ。奴らは俺をどうする気なんだよ?どうでもいいこととは思うけど、俺はどうやって死ぬのかは知りたいな。
ガブリエル: それについては本当に……
ハーレイ: そうか、分かった。一日中腕組んで座ってられるよ。インタビュー終了まで俺のことをどっかに連れてくってのは出来ないか?
ガブリエルはため息をつき、ペンをテーブルの上に置く。
ガブリエル: 私も知らされていないのでお話しできません。権限外のことなのです。正直に言うと、私がここにいる理由は、記録のためだけです。
ハーレイはガブリエルを見つめると、一瞬だけ笑みを浮かべる。
ハーレイ: そいつは素晴らしいこった。
ハーレイはガブリエルを見つめたまま、煙草を取り出して火をつける。
ハーレイ: 分かったよ、博士サマ、あんたのゲームをやってやる。失うもんは何もないしよ。ゲームが終わって、カーテンが閉まったとする。その時にお前は何を知りたい?
ガブリエル: 最初に知りたいことですか?あなたがこの状況に置かれた詳細な理由ですね。あとは、あなたがそのことをどう感じたのか。
ハーレイ: 正直に言ってやるよ、博士サマ、この任務に就いた理由は、バカな俺が利口な考えを持ったからさ。
補遺1: 18/12/23、内容は、アドラー監督官はハーレイが新たな調査として、太平洋北西地域の様々な精神科患者に夢分析を実施し、共通項を特定するというものを提案した後に、エージェント・ハーレイをSCP-6005の詳細調査に任命しました。ハーレイはSCP-3007の夢分析により得られた結果の有用性を指摘し、この研究が軽視される可能性についても指摘しました。
アドラー監督官はハーレイに2人のエージェントと3人の研究員からなる機動部隊を与え、サイト-64で2か月間活動させることとしました。有益な結果が得られた場合、延長される可能性もあります。
1か月後、ハーレイとその機動部隊は150人の中から5人の夢の間に強い相関関係があることを発見しました。これらの夢は全て繰り返されており(多少の差異は存在するが)、森や木などに関係した自然界を主題としていました。次の表は、被験者が経験した夢の例を示しています。
夢を見た日時 | 被験者 | 被験者詳細 | 夢詳細 |
---|---|---|---|
19/01/06 | 6005-23 | オレゴン州ポートランド出身の33歳女性。中心的なものではないものも含む異常芸術家コミュニティに関係していた経歴あり。 | 被験者は「マツの匂いがする」深い森の端に立っていたと報告した。森のさらに奥には大きな山が見えたが、被験者は山に恐怖を感じ反対方向へと走った。しかし、走る前と比較して森の奥深くにいることに気付く。被験者は木に覆われ、山が見えなくなったことで安心感を覚えた。 |
19/01/12 | 6005-142 | アイダホ州レイタ郡出身の44歳男性。過去に異常実体への関与なし。レミントン猟銃を所持。 | 被験者はまばらに木の生えた森林地帯の中を鹿を追って進んでいくと、徐々に森は深くなっていったと報告。鹿を撃つためにライフルを構えるが、枝がライフルに絡まり、鹿を逃がしてしまった。 |
19/01/18 | 6005-203 | ワシントン州スカマニア郡出身の78歳女性。過去に異常実体への関与なし。 | 被験者は熱帯雨林で野生のベリーを摘んでいたところ、そのベリーが急速に膨張したと報告。夜、誰もいない空き地に両手を頭の上に乗せた状態でいたとも報告した。被験者は妄想症のような症状を急に感じるようになったとも話した。 |
19/01/19 | 6005-02 | ワシントン州シアトル出身の24歳男性。地元で有名な異常芸術家で、Are We Cool Yet?の一員であるとされている。 | 被験者は夢の中で木の枝に住むカブトムシになっていたと報告。中年の男が銃を振り上げると、突然周囲の枝がねじれた。被験者は銃口に這うようにして近づき、長時間凝視していた。 |
19/01/21 | 6005-09 | ブリティッシュコロンビア州ハイダ・グワイ出身の19歳男性。著名な芸術家で、ファースト・ネイションの活動家であるノラ・イヴァノフの甥である。過去に異常実態への関与なし。 | 被験者は木々の間から太陽を見つめており、それが大きな痛みを引き起こしていたが、目をそらすことはしなかったと報告。数分後には、太陽を木々が覆いはじめ、被験者は痛みや不安を和らげることができた。 |
次の音声ログは、エージェント・ハーレイ、6005-9間のインタビュー記録です。
日時: 19/01/22
質問者: エージェント・ダグラス・ハーレイ
第二監督エージェント: エージェント・ジョン・キャスパー
<記録開始>
エージェント・ハーレイ: ……っと、準備完了。オーケイ、これはダグラス・ハーレイとトム・イヴァノフ、正式には6005-09と指定されている人物とのインタビュー記録です。
6005-09: あなたは、あー、えっと
エージェント・ハーレイ: すまない、少し待ってくれ、少年。レベル3として、自分自身を監督官に任命します。副監督官はエージェント・キャスパーです。彼は今シアトルにいるし、役に立ちそうにもないがな。日付は1月22日、ああだこうだ言わなくても、後は分かるだろう。
録音機器がテーブルの上に置かれる音がする。
エージェント・ハーレイ: よし、少年、時間をたくさん取らせるつもりはない。君の見た夢について教えてもらいたい。
6005-09: ええっと、あー……
エージェント・ハーレイ: 質問にだけ答えてくれ。1日も待ってられないぞ。
6005-09: ……分かりました、えっと、あの夢が始まって、僕を悩ませるようになったのは数か月前でした。大学が再開したばかりの頃だったので……9月だったかと。とても楽しい時間を過ごしてたとも言えなかった時で、なので……
エージェント・ハーレイ: 分かった分かった、お前の生活はホントに哀れだな。夢の方はどうなんだ?
6005-09: そうですね、森にいます。様子は何度も変わりますが、毎回森にいるんです。それで、僕は太陽を見てる。
エージェント・ハーレイ: そいつはやめた方がいいんじゃないか?
6005-09: 良いですか、あなた、これは夢なんです、現実ではなくてですね……
エージェント・ハーレイ: 分かった、分かった、落ち着いてくれ。それは、あー、どんなもんなんだ?
6005-09: 恐ろしい。なのに見るのをやめられないんだ。僕はずっと太陽を見つめていないとダメなんだ。僕が子供のころ、ウォルターという子がいました。彼は一度だけ僕にさせたんです。太陽を見るようにって。
エージェント・ハーレイ: 木はどうだった?
6005-09: ゆっくりと、木はやってきたんだ。僕は動けなくて、ただ見つめ続けるしかできなかった。10分くらいだったかな。僕は動くこともできず、考えることもままならなかった。そんな時に葉が、太陽を覆い始めたんだ。
エージェント・ハーレイ: 葉は木についてたのか?
6005-09: ええ。その時は本当に良かった。真っ暗だった。
エージェント・ハーレイ: うーん、君を恐怖に陥れたのは太陽そのものなのか、それとも光か?
6005-09: 分かりませ……光、だと思います。たくさんの人に見られているみたいに感じるんです。
エージェント・ハーレイ: 森は安心できるところだったのか?
6005-09: はい。あの場所は安全です。見たところ誰もいなかったですし。ただただ木があって、苔の匂いがして、湿った台地があって。遠くに鹿がいるのも見ましたよ。ブドウの木も。それらはどんどんと暗くなっていって、やがて光は消えてしまいました。
何かが揺さぶられているような音が響く。
6005-09: ほら、僕は行かないといけなくなりました。やることがあるんです。
エージェント・ハーレイ: 今日は1日中自由だとエージェント・ジョーンズに言われているだろう。
6005-09: はい、ですが……そうです、僕は出る必要があるんですよ、分かります?
エージェント・ハーレイ: 森についてはどう思っている?君はよくハイキングに行くようだな?
6005-09: 何ですか?いいえ、そうでもありません。叔母のノラと一緒の時はそうでしたが……
エージェント・ハーレイ: ノラ・イヴァノフ?ああ、彼女の情報もある。彼女は今アラスカにいるね?
6005-09: 叔母の情報まであるんですか?
エージェント・ハーレイ: 質問にだけ答えてくれ。
6005-09: いいえ、彼女はそこにはいません。姿を消してしまった。
エージェント・ハーレイ: 興味深い。我々が最後に聞いたのは、彼女は活動家集団のサーとともに国境を越えたというものだ。ノームに身を隠しているとか。
6005-09: いいえ、確かに彼女はそちらに行く予定だったのですが、その1週間前に行方不明になりました。どうしてあなた方は彼女の情報を持っているんですか?
エージェント・ハーレイ: 大変興味深いな。
ペンで素早く何かを書く音がする。
エージェント・ハーレイ: 分かったよ、いいか……君をしばらくの間ここに滞在させないといけなくなった。
6005-09: 何で?どうして?僕は行かないと……ここから出ないといけないのに。
エージェント・ハーレイ: 医学的なものなんだ。君には流行している精神的な症状が出ている。すまないな、少年。親御さんたちにも知らせておくから、心配はいらないよ。
6005-09: 嫌だ。外に行かせてくれ。森に行かせてくれ。
長時間の沈黙がある。
エージェント・ハーレイ: 落ち着いたか?
エージェント・ハーレイは録音を終了する。
ハーレイ 俺はあのインタビューについて考え続けている。あの時には分からなかったんだ。
ガブリエル: 何が分からなかったのですか?
ハーレイ 俺はただ、あれがどうやって繋がっていたのかを知りたかったんだ。それと失踪が関係してるのか、全部異常性によるものなのか。俺は聞いてなかったんだ、彼の教えてくれたことを。
ハーレイは煙草を切る。
ハーレイ: 彼はその日の夜、外に出ようとしたんだ。木についての話を続けたんだ。俺らは彼を再び拘束しないといけなかった、それに俺は……ええっと、彼をもう一回だけ見たんだ。お前ならすぐに到達できただろう。でも何か月も長引いてたから、特異的な睡眠習慣の少年のためにセル空間を確保するなんて無理だった。だから……
ガブリエル: だからあなたは彼を行かせてしまった。あなたはそうするべきではなかった。れっきとしたプロトコル違反です。
ハーレイ: ったく、お前の考えてることはそれだけか?それはアドラーの決めたことだ、俺じゃあない。彼は結果を望んでたけど、それが貴重な収容区域を失うもんだって分かってたら、そうでもなかっただろうに。行方不明者のファイルが届くまでに一週間もかからなかった。俺はそいつに期待していたんだ。
その時に彼は、事の重大さに気付いたんだ。150人のうち6人が同じ夢を見ていて、その上1か月でそいつら全員失踪しているときた。もしそいつが全地域に拡大されたら……
ガブリエル: 少なくとも、1000人は。
ハーレイ そうだ。しかも俺らにはそいつらが精神患者なのかさえも分かんねえ。何を以って精神疾患と定義するのか?本当に、ちゃんと、治療に役立つ方法はねえのかよ?何千人、何万人もの人が森の中をさまよって、二度と出てこねえかもしれないってのに。
ガブリエル: それは恐ろしいものでしょうね。
ハーレイ: 迷惑だよ。
ガブリエル: まさにそうですね、やれやれ、なんてこった、そんな風に思ってませんか?私たちは人を助ける存在であるべきなのですよ。
ハーレイは笑う。
ハーレイ 私たちは?お前いくつなんだ、博士サマよ?俺からは50代に見えるぜ。もしかしたら60かもな。長いこと財団とともにあったんだろ。お前は財団がどうして存在してると思ってる?人々を助けるためか?
ハーレイは椅子にもたれかかり、首を横に振る。
ハーレイ: 俺らはドラゴンが存在しうるような厳しい世界に生きてんだ。あいつらは山ん中や紙箱の中に隠れてやがるが、必ずそこに存在している。俺はそんな世界のすべてを知りたかったんだ。パズルのもう半分が見たい、どうして物事がそうなっているのかというものを理解したいと思ってたんだ。ドラゴンは隠されていたのに、腐敗が他へと広がっちまったのか。
ガブリエル: それがあなたの財団に加わった理由ですか?
ハーレイ 多分違うな。もう忘れちまったよ。
ガブリエルは後ろに身を引くと、こめかみを擦る。ハーレイは二本目の煙草へと火をつけた。
ともかくだ。人々は森の中で姿を消した。今回の少年も森に行きたがってた。幸せで安全な場所だからって言ってよ。その後の数か月でもっと多くの情報が得られた。人々は森に一人で行って、そこで静かに姿を消すことを夢見てたんだ。
ガブリエル: それは意図的なものでしたか?異常芸術計画が上手くいかなかったのでしょうか?
ハーレイ いや、そいつは目立つようなもんじゃなかったからな。気づけたのは俺らだけだった。ランダムだし、標的を絞ってる感じでもない。誰しもが苦しめられたり、恐怖におびえたり、トラウマになったりしている。俺はどうしたら良いのか分からなかった、あれ以外は……
ガブリエル: あれ以外?
ハーレイはゆっくりと笑みを浮かべ、煙草を深く吸って堪能する。
ハーレイ 前にこんな話を聞いたことがある。数年前に、サイト-1015の機能を落とした共通の夢の話だ。
ガブリエル: サイト……サイト-1015?あそこは何年も前に閉鎖されていますよ。
ハーレイ そうさ、俺が生まれるよりも前にな。だが俺の知り合いのクリストフって奴があのサイトの閉鎖で異動になったんだ。俺は彼にそのことについて尋ねてみた。そしたら彼は解明することのできなかった精神的な症状について話してくれたよ。彼らは檻の壁をゆさぶって庭について叫ぶ連中を収容し続けていた。
ガブリエル: 庭?
ハーレイ ああ。彼らはその症状を引き起こしている原因を解明できなかった。しかし何が起こったのかも公言しなかった。彼はその後すぐに自殺しちまった。それでも俺は考えるのをやめられなかった。それで思ったんだ。彼らが森に関する夢を見始めた時、サイト-1015での出来事と繋がってるんじゃないかって。
ガブリエル: それで何をしたんですか?
ハーレイ 1015のファイルを調べたよ。記録自体が消去されちまってて、何もなかったけどな。
ガブリエル: な、なんですって?ファイルは編集済みだったということですか?
ハーレイ そうじゃない、抹消されてたんだ。あそこには何もなかった。項目はあれどファイルはない。
数秒間の沈黙が流れる
ガブリエル: サイト-64にはそんなことする方はいないでしょうね。あらゆるプロトコル違反に抵触しますから。
ハーレイ それで?お前いくつだ、50?60か?ここがかつてどんな場所だったのかは覚えてるだろう。俺が入った頃も同じだった。誰かがしくじって、異常なもんを世界に解き放って、記録は缶詰の中。それがこのゲームの進み方だよ。
ガブリエル: まあ、そのくらいにしておきましょう。その何かは重要なものでしたか?我々が今頃には気づいていたかもしれません。
ハーレイ 重要じゃなかったと思う。多分大したことない。悪夢を見る子供が何人かいたところで……それって何か重要なことか?誰も気づくとは思えないし、気づいたところで引退して久しい監督者を疑うやつはいないだろ。俺はあんまり興味がなかった。だがそれが導くもので、それが重要だったんだ。
ガブリエル: なんてこった、まったく、自分以上に他人のことなんて気にしますか?
ハーレイ 簡単なことだよ、博士サマ。俺は朝起きて、コーヒーの香りを楽しむ。そしたら仕事のために適当に着替える。それが世界なんだよ、灰色のオフィスビルに科学洗剤の匂いがする、ね。
ともかくだ、俺は童心にかえってたんだよ。彼を外に逃がしちまう前の話だがな。俺は戻って、眠れる熊をつついてみようって思ったんだ。
補遺2: この作戦の成功を受け、エージェント・ハーレイはワシントン州南部にある閉鎖されているサイトであるサイト-1015との関連性に関して調査を開始しました。エージェント・ハーレイは数年前にサイト-64で発生していたサイト-1015でも同様の事例が発生していたという「噂」を想起しました。しかしながら、さらなる調査の結果、サイト-1015の記録はいかなる説明もなく削除されており、オハイオ州の安全な施設に定期的なメンテナンスのために持ち出されていることが発覚しました。
噂に庭についての言及があったことを想起し、ハーレイは一連の調査のさらなる追求を求め、6005-09に二度目のインタビューを行いました。
日時: 19/04/12
質問者: エージェント・ダグラス・ハーレイ
第二監督エージェント: エージェント・ジョン・キャスパー
<記録開始>
エージェント・ハーレイ: やあ、トム。調子はどうかな?
6005-09: 家に帰りたいです。
エージェント・ハーレイ: 我々は君を信じられないんだ。すまないな、少年。しかし、君を森へ行かせる気だけはないよ。
6005-09: お気になさらず。ここに僕を留めようなんて出来ませんから。
エージェント・ハーレイ: 俺らにはできるし、そうさせてもらう。だが俺の質問に答えないなら、君を外に出すことはできないよ。とにかく収容区域が必要になるな。
6005-09: ……分かりました、良いですよ。何でしょう?
エージェント・ハーレイ: 庭について、夢で見たことを覚えてるか?
数秒間の沈黙が流れる。
6005-09: いいえ、見てません。あれは森です。いつも森の景色でした。僕が……僕が前にお話しした通りです。
エージェント・ハーレイ: 本当か?トム。
エージェント・キャスパー: 簡単さ、ダグ。
6005-09: 知らないって言ってるじゃないですか。
紙を無造作に混ぜる音が響く。
エージェント・ハーレイ: 結構だ。滞在を楽しんでくれ、少年。
椅子を動かす音が聞こえる。
6005-09: 待って、僕は……待ってください。
椅子を動かす音が止まる。
エージェント・キャスパー: 何か思い出したのかい?
6005-09: 僕は庭を見てはいません……が、何かあったんです。何個かのものが。そこにあるべきではないもの。あるはずが……ないもの。
エージェント・ハーレイ: あるはずがない?どんなもんなんだ?
6005-09: それは……そこにあるべきではないものでした。飾り物の壺に、落ち葉かきのレーキ、それに花壇があったんです。僕はそれらを見たんだ……ただただ座って、僕は観たんだ、それらは汚物に覆われてて、僕は……
エージェント・ハーレイ: 汚物?
数秒間の静止がある。
6005-09: 悪いものだったんです。見えますか?あれらは森を汚していた。自然由来のものじゃないんです。あれは人間のものだ、加えて彼らは森に属していない。彼らは外に属しているんですよ、太陽の下で。いいです?分かりますか?
エージェント・ハーレイ: ……いや、分からんな。
椅子を動かす音が再び鳴る。
エージェント・ハーレイ: じゃあ、それらはどっから来たと思う?
6005-09: ……外から。どこから来たのかまでは、知り、知りません。あれらは森の一部ではありません、良いですか?あれらは外から持ち込まれたんです。それ以外は知りません、誓います。外に連れてってもらえますか?
エージェント・ハーレイ: それについてはまだ……
エージェント・キャスパー: ああ、トム。外に行っても構わないよ。ありがとう。
<記録終了>
このインタビューに続き、ハーレイは他の4人の被験者に再インタビューを行い、夢の中に庭や園芸器具、人工的な景観に関連するモチーフやオブジェクトが出現してないか尋ねました。4人の被験者はこの質問に非常に悩まされている様子でしたが、列挙したモチーフの一例は以下の通りです。
被験者 | 夢に出現した要素の詳細 |
---|---|
6005-23 | 被験者は何度も繰り返し見る夢の中で、山がしばしば19世紀イギリスの典型的な庭園風景であるロタンダに変化すると主張した。その際に、木に覆われて見えなくなった大理石の割れる音が聞こえた。 |
6005-142 | 被験者は鹿を狩る手を休め、林床から出入する多数の鯉を撃っていたと報告。水の流れる音を聞こえたという。被験者は一種の暗闇の静寂が終わる前に鯉を全て撃ち倒した。 |
6005-203 | 被験者は前回の例と類似する夢を報告したが、空き地ではなく荒らされた花壇にいると述べた。この話をしている際の被験者は過度なストレスを味わい、インタビュー室を退室せざるを得なかった。 |
6005-02 | 被験者は前回の夢で言及していたライフルに撃たれると、大きな湖の中におり、周辺には鯉の死骸が浮いていたと報告した。被験者は極度の苦痛は感じたが、溺れることはなかった。 |
これにより、エージェント・ハーレイは現存する資料が調査に利用可能かを確認するため、旧サイト-1015の調査を決定しました。19/04/19、エージェント・ハーレイとエージェント・キャスパーはこの区画の調査を行いました。
>記録開始<
二人のエージェントは森林内の開けた場所に立っている。数百メートル先には、廃墟となった巨大なコンクリート製の建物が見えている。
司令官: オーケイ、記録を開始します。名前を記録のために述べてください。
エージェント・ハーレイ: 了解した。こちらはエージェント・ダグラス・ハーレイ、補佐のエージェント・ジョン・キャスパーとともに現在、旧サイト-1015の近辺にいる。俺らの前方にある、カメラに映ってると思うが、俺らの前にある建物ははっきりと見えている。ほかに何かあるか?
司令官: 遠征許可を示す文書の番号をお願いします。
エージェント・ハーレイ: くそっ、ここ最近いろいろあるってのに……ジョン、これ持っててくれ……
ハーレイはキャスパーに懐中電灯を渡すと、リュックサックの中を探る。
エージェント・ハーレイ: あったあった……4666266だ。これでいいか、それとも俺の血液型でも必要か?
司令官: 私にすぐ怒らないでください。あなたはこれを基地でやるべきでしたよ。それにこの前のインタビューでも適切な手順を怠った。
エージェント・キャスパー: 彼の言うとおりだ、ダグ。
エージェント・ハーレイ: んだよ……さあさあ、任務遂行だ。
二人のエージェントは主要な建物へと近づいていく。建物は明らかに放棄されており、老朽化しつつある。大半の窓は割れているか、壊れている。瓦礫や植物が建物の外壁には散乱している。
エージェント・キャスパー: 緊張してるか?
エージェント・ハーレイ: まさか。お前は?
エージェント・キャスパー: してないさ。
二人は中心の扉に近づくと、それを押した。外側の鍵は完全に壊れているようで、前後に揺れる扉を開けると、破壊されたロビールームが現れる。大きな天窓は砕かれ、硝子の破片が丸い木製のテーブルに散乱している。小さな木などを含む植物は、剥がれたコンクリート製のタイルの隙間から伸びていた。いくつかの扉は廊下へと繋がっている。
エージェント・キャスパー: ここで何が起こった?旧サイトは取り壊されるってことになってたはずだが。それか必要最低限で保護下に置くか、他に何かあったか?
エージェント・ハーレイ: 良い質問だ。
司令官: 異常実態の残っていない旧サイトは放置されることもあります。経費削減にもなりますし、カバーストーリーを用意すれば、森の中に一つコンクリートブロックがあることくらい実のところ問題はない。
エージェント・ハーレイ: だがここに落書きはないようだぜ。ここには誰も来てないらしい。
司令官: 人口密集地から離れていますからね。
エージェント・ハーレイ: まあ。そうだな。
エージェント・キャスパー: 異常は何もなかったよな?
司令官: はい。
エージェント・ハーレイ: らしいな。
コマンド: はい。陰謀論的でナンセンスなことを終わらせたらすぐに退出してくださいね、ダグ。私もやりたいゲームがあるので。
エージェント・ハーレイ: 分かったよ。
ハーレイは先頭に立つと、横の扉を開ける。
エージェント・キャスパー: これで本当に大丈夫か?
エージェント・ハーレイ: 最初の扉を左に曲がって、2番目の扉を右に曲がって5階分階段を下りる。全てはそこにあるはずだ。ジョン、懐中電灯を点けてくれ。
懐中電灯を点けると、二人はハーレイの指定した道を進んでいく。建物は老朽化しているが、構造に問題はないようである。外装はおおかた剥がれており、コンクリートの大半が露出している。
廊下を進んでいき、階段を下りると、二人は地下の小さなオープンオフィスビルの扉を開ける。そこには光源はなく、全ての備品は取り外されていた。
エージェント・キャスパー: そうだな、これは期待できそう。
エージェント・ハーレイ: 黙れ。周りを見てみろ。まだ何かあるかもしれないだろ。
二人のエージェントは部屋を見回すが、一番奥に赤い扉があるということ以外は何も見えない。足元には黄色と黒のテープが丸まって落ちており、ハーレイはそれに近づく。
エージェント・ハーレイ: これは、これは、これは。
エージェント・キャスパー: それ何?
エージェント・ハーレイ: ここに入ってほしくないって思ってる誰かがいるらしい。
ハーレイはドアノブへと手を伸ばす。
エージェント・キャスパー: ちょっと待って……
ハーレイは扉を開ける。その向こう側には大きな何もない保管室が見える。
エージェント・ハーレイ: クソ。
司令官: あきらめる気になりましたか?
エージェント・ハーレイ: いいや。
ハーレイは部屋の中に入っていくと、懐中電灯で表面部分を照らしていく。ある一角では天井が崩れ落ちており、その残骸の下に何かが見えていた。ハーレイはそこへ向かい、懐中電灯で照らす。それは段ボール箱であり、上から紙が出ているのが見えている。
エージェント・ハーレイ: 大当たりだ。
エージェント・キャスパー: どうして彼らはそれを見つけられなかったのだろう?
キャスパーは懐中電灯で部屋を照らし始める。
エージェント・ハーレイ: 良い質問だ。とても良い質問だ。この天井は最近落ちてきたに決まってんだろ?とても便利な場所だ。もしも……彼らが去った時に、すでに崩れ落ちていなければな。
ハーレイは瓦礫の中から段ボール箱を引きずり出す。キャスパーは懐中電灯を照らし続けていたが、そうすることをやめる。
エージェント・キャスパー: ダグ?
エージェント・ハーレイ: どうした?
エージェント・キャスパー: そこに壺ってあったっけ?
ハーレイが急いで振り返ると、キャスパーの指さす場所へと目を向ける。部屋の反対側には、高さ1メートルほどの庭園で飾られるような壺がある。
エージェント・ハーレイ: いや、なかった。司令官、見えてるか?
司令官: はい。訓練を思い出して、落ち着いてください。今の段階ではこのことに対する備えは出来ていません。現在、そちらで発生した非現実的事例を緊急対策部に連絡しています。
エージェント・ハーレイ: 感謝する。俺たちはこの箱を持って戻る。
エージェント・キャスパー: 了解。
ハーレイとキャスパーは箱の方へと向かうと、瓦礫の中から箱を引きずり出す。キャスパーが箱を持ち、ハーレイは壺のある方へと懐中電灯の光を照らす。ケルビムが描かれた小さな彫金が見えるようになる。
エージェント・キャスパー: 何だよ。
エージェント・ハーレイ: よし。こいつは危険そうにないな。
エージェント・キャスパー: 今までに危険じゃなかったことなんてあったか?
エージェント・ハーレイ: その通りだな。
ハーレイとキャスパーは部屋から出ると、急いで扉の方へと向かう。ハーレイはその前に引き返すと、赤い扉へと光を当てる。
人間のような何かが赤い扉の前にたたずんでいる。その大きさと体型は10代後半の女性のようであるが、髪の代わりに葉が生えており、全身は木で構成されている。その顔は葉に隠されていた。
エージェント・ハーレイ: やあ?
その人型実体は頭を上げる。その顔は彫刻であった。その人型はハーレイの方へと手を伸ばす。その声は歪んでおり、増強させて初めて理解が可能となった。
人型実体: ここはある時廃墟になったのです。
人型実体は一歩前へと歩みだす。
人型実体: あなたは……天使様なのですか?
天井から大量の水が流れ落ち、たくさんの枝が運ばれてくる。それが人型実体に当たると、実体は崩壊し、大量の水がエージェントの方へと向かい始める。
エージェント・キャスパー: くそ。
ハーレイとキャスパーは階段を駆け上がり、廊下へと出る。水は彼らを追ってくる様子はないが、波が動いている音は聞こえている。コンクリートの部分が木で構成されていくが、侵入の障害になるわけではない。ロビーを横切っていくと、巨大な木がドアをふさいでいた。
エージェント・キャスパー: クソがよ。
エージェント・ハーレイ: 黙れ。司令官、他の出口はないか?
司令官: 入ってすぐの右側の四番目を左にのところに、非常階段があるはずです。
エージェント・ハーレイ: 行くぞ。
ハーレイとキャスパーは廊下へと向かう。花が咲いている大きな噴水が見える。
エージェント・キャスパー: あれって何だと思う?
エージェント・ハーレイ: さあな。止まらず走れ。
エージェント・キャスパー: あの壺が現れたのか、俺たちが気づかなかったのか……
エージェント・ハーレイ: 言っただろ、止まらずに走れ!
二人のエージェントが左に曲がると、非常階段が見える。歌声が聞こえてくるが、内容は不明瞭である。
エージェント達はドアを開け、外へと出る。さらに100メートルほど走り、木に囲まれたところまで走ると、立ち止まった。
エージェント・キャスパー: ったく。
エージェント・ハーレイ: それ以上はやめろ。司令官、俺らは安全か?どう思うか教えてくれ?
司令官: 了解。現在回復中です。情報は得られましたか?
エージェント・ハーレイ: キャスパーは箱を落とさなかった。
エージェント・キャスパー: 箱持ってるの忘れてたよ……
エージェント・ハーレイ: もちろん、彼がプレッシャーの中で模範的に仕事を為したということだ。
司令官: 分かりました。採取まであと少しです。
<記録終了>
この遭遇の後、サイト-1015はサイト-64の機動部隊により保護下に置かれました。しかし、調査時以上の異常な活動は検出されていません。エージェント・ハーレイは回収された文書の整理を開始しました。文書は雑多なものが多く、乱雑な状態ですが、これまでに関連文書が一枚のみ発見されています。
文書 6005-01: 被験者6005-436の手記
目を覚ます、部屋を歩き回る。窓が高いところにあって、月を見ていられる。でも不親切な部屋と言いたいんじゃない。十分な配慮が足りていないだけだ。
彼らは疲れ果ててしまっている。そして私を見透かしている。でも不親切だからではない、彼らには活力が足りていないだけだ。自分たちのために作ったコンクリート、もう見えないものを守るためのコンクリートから、それがにじみ出ている。
そして昨夜、私は再び庭を訪れた。
そうしないようにと言われていたことは知っていた。彼らが我々に何をするよう言ったのかも知っていたが、私は自分ではどうすることもできなかった。花壇はひっくり返されてしまっていた。しかしまだ土はあり、草の上に散らばっていたのだ。私は土をもとの場所に戻した。おそらく、他の人は気づかないでしょうけど。
その景色は初秋のようだった。私はノラの作ったナイチンゲールを目にした。彼女が歌ってくれたので、私も歌い返す。空から太陽が隠されても、秋の雲は雨の兆候を見せはしなかった。雲は淀んだ都市に見られるものと同じであったが、この場所の雲の方が良い、庭の雲だ。庭のために作られた雲。他にこのようなことが出来る者がいるだろうか?
私は丘を登り、見下ろす。丘はのこぎりの刃のようにぎざぎざとしていて、まるで山のようであった。ロタンダがその中へと沈んでいっていたので、元に戻しておいた。大理石の感覚を指に感じる。中を覗いてみると、大地から岩を取り出し、岩から銀を掘り出して作られた銀製の墓があった。しかし、私たちは岩の形を変化させ続け、戻した後に銀製の根を入れるのだ。
ニューヨークに庭はあるのだろうか?路地は庭と言えるのだろうか?ボルチモアの雑草地帯はバーブルの墓と同じくらいに緑が広がっているのではないだろうか?サイレンの元で、高層ビルの間に差す日光を盗み出すのだ。
私は、交差する小道を見下ろした。砂利が散らばり、一つ一つの石を置いた場所だ。それも友人たちが愛を込めた。そうする意味がないことは分かっているが、私は元に戻した。噴水や四つ葉の庭、八角形の墓、その向こうに見える遠いカスカディアなど、全てを少しずつ元に戻した。それらは光の中で青みを帯びていた。
一瞬にして、自然が戻ってきたかのように思えた。そうあるべき姿、常にそうあるべきであるという姿だ。ポートランド全域が草に覆われ、人々は横になり蓮の葉を食べて、赤と白の空を描いている。シアトルからバンクーバー、ハイダ・グワイ、そしてトリンギット海岸にまでカスケード山脈の聳え立つ遠方の渓谷の焚き火の煙を昇らせているのだ。
そして、私は再び見下ろす。そこには違和感を感じた。全てがコンクリート製のものになっていたのだ。正しくないということは分かっていたが、天使がそう仰った、マリア様に遣わされた大天使様が緑が残っているのは遠くの木々がある場所だけであると仰られたと思ったのだ。
後戻りをすることはできない。かつては夢を見ていたというのに、今では目覚めているこの世界が夢であるかのようだ。彼らが私に何をしたのかは頭では理解できる。しかし私はもう戻れないのだ。この場所はまさに廃墟だ、監獄だ、灰色の壁が守るべき中心へと繋がっているだけだ。
力、それは常に力に帰結している。
ハーレイ: あれを読んだとき、事は横へと方向転換した。彼女はうまいこと書いたな。
ガブリエル: あなたはあれらに執着するべきではありませんでしたね。
ハーレイ: お前頭大丈夫か?やさしさについて話して……
ガブリエル: ハーレイ、あなたはあれが脱走したら何が起こるかなど、見たことはないでしょう。私はもともとサイト-19に勤務していました。我々の知識欲を満たすために、数百ものDクラスが喉を折られるのを見ていました。
ハーレイ: つまりは、お前も彼女のように迷ってるってわけだ。美しいもんだと思わないか?
ガブリエル: 詳しくお願いします。
ハーレイ: この世界の全て、調和のとれた世界、い……一種の協調性さ。誰しもが、その断片が、全て一つになっているんだ。それでも、部分的には維持されている。これこそすべての人が望んでいるものじゃないのか?
ガブリエル: 私は望みませんね。自然的なものとそうでないものの違いを知ってますから。
ハーレイ: だが、それって一体どういうことだ?たまに俺はハイキングに行く。西の方角にな。カスケード山脈を見上げる、そして、そうだな、その名の本来の意味は何であるのか。目を凝らせば、お互いが全て混ざり合っているように見える。山と山がぶつかり合って、大地を切り裂き、目もくらむほどの高さにまで上昇していくんだ。
ガブリエル: とても詩的ですね。しかし異常性が何であるかを変えることはできません。
ハーレイ: なんてこった、博士サマ、財団のプロパガンダを鵜呑みにしてんのか、どうなんだよ?
ガブリエル: プロパガンダではありませんよ。真実です。仮に精神に関係するネットワークが太平洋岸の北西部を荒らしまわったとしたらどうなるのかご存じないのですか?カスカディアの小さな庭が、我々のこれまでに作り上げてきたものを粉砕してしまうかもしれません。
ハーレイ: 知らないんだな。お前はただなんも分からないまま仮説を立ててるだけだって。俺だって分かんねえよ、博士サマ。人生はそういうもんだって気がしてならねえ。自然と、そうではないものを決めるなんて無理だ。
ガブリエル: できないでしょうね。
両者が何もしないまま数秒が経過する。
ガブリエル: 野心というものは危険性を秘めているのですよ、エージェント・ハーレイ。それが人を腐らせるのを見たことがあります。
ハーレイ: 野心は人間をより良くすんのさ、博士サマ。それ以外に何ができるっていうのさ?何が正しくて何が最善か、どうして分かるってんだ?俺らは何千年もの突然変異の結果でここにいて……なぜ俺らは次の段階へ行けない?どうして俺らは収容対象とそれ以外っていう風な線引きをしないといけないんだろうな?俺らには物事をより良くすることができる。その力がある。
ガブリエルは自身の時計を確認する。ハーレイはため息をつくと、椅子にもたれかかった。
ガブリエル: その後はどうなったんですか?
ハーレイ: ああ、博士サマ。それが問題なんだよ、ほら。その時によ、俺の真下に穴が空いたんだ。
補遺3: その後数週間、ハーレイの調査は回収された文書の分類に焦点を当てていました。その中で、調査上特に重要とされた2つの資料を以下に記載します。
文書 #1: 1984年に、カストロ博士と6005-435間で行われたインタビューの音声記録です。
<記録開始>
カストロ博士: やあ、6005-435。
6005-435: 私の名前はキャッシーだよ。
カストロ博士: 君に指定された名称は6005-435なんだ。始めようか。
6005-435: ……分かった。
ノートに何かを記述する音が数秒間聞こえる。
6005-435: 私は……
カストロ博士: すまない、少し待ってくれ。
急に音がやむまで、ノートに何かを記述する音が数秒間続いた。
カストロ博士: それでは始めましょう。昨晩何を見ましたか?
6005-435: ……森です。
カストロ博士: それだけですか?
6005-435: はい。
カストロ博士: 私にはそれが本当のことには思えません。
6005-435: 私は真実を話しています。
カストロ博士: あなたは[編集済]に何と言われたか覚えていませんか、キャッシー?他の場所についてとかは?
6005-435: 覚えています。
カストロ博士: 彼は何を伝えましたか?
6005-435: それは……それは、不自然なものでした。そこは私たちの頭の中にある場所で、そこは私たちを傷つける。それはまさに……それはまさに悪いものです。
カストロ博士: もっと、もっと話してくれ、キャッシー、それで全部じゃない、そうだろ?彼は君にどうして君にそれを教えたんだ。
数秒間の沈黙の後、カストロ博士はため息をつく。
カストロ博士: 私たちはそちら側にすでに行ってしまったのだと思えました、6005-435。
6005-435: そんなの私の名前じゃない。
カストロ博士: あなたに指定された呼称なのです。あの庭が自然に反しているのは人類が自然にしてきた暴虐的な振舞ゆえなのでしょう、覚えていますか?あれらは自然の恵みを食らいつくし、燃え盛る木々を作り出すのみ。彼が何を見せたのか思い出せませんかね?木についてのこともですか?
6005-435: でも……でも、そんな場所を見た気はしなくて……
カストロ博士: もちろんそんなものは存在しない。あったこともない。キャッシー、これはとても重要なことだ。君はこういう傷つけられるような夢は見ていない、良いね?君はあの場所のような傷つけられた森も見ていないんだ。君が何をしたのかを考えるんだ。
6005-435: は……はい。すみません。
カストロ博士: 良い。最初の段階でのことは謝罪しよう、許してほしい。
椅子の動く音が聞こえてくる。
カストロ博士: 次の期間中に何か進展が見られると良いんですけどね、キャッシー。[編集済]には大変失望したよ。
6005-435: 彼は……彼はここに?
カストロ博士: 今日はいません、残念ながらね。でも彼はそのうち戻ってくるでしょう。
6005-435: ……分かりました。
<記録終了>
文書 #2: 1984年付の、SCP-6005の原本のファイルです。
O5評議会命令
次のファイルはレベル5/6005に分類されています。
不正アクセスは固く禁じられています。
アイテム番号: SCP-6005 レベル5/6005 オブジェクトクラス: Keter 機密指定
![]()
1984/06/09、検体6005-435に対するヴァルパイン計画収容イベントの行われた地点
アイテム番号: SCP-6005
オブジェクトクラス: Keter Euclid
特別収容プロトコル: SCP-6005の現段階での収容はプロジェクト・ヴァルパインによって無期限かつ確実に自己収容されます。しかし、SCP-6005-B事例が定期的に捕獲される場合はサイト-1015で除去し、確実にSCP-6005-C事例への変換を成功させます。
説明: SCP-6005は精神感応力のある空間であり、現段階で10,000以上の対象を収容しています。SCP-6005は外部からの干渉なしで自然に形成されていると思われ、太平洋岸北西部とアイダホ州に広がっています。
SCP-6005の被害者(以下、SCP-6005-B事例)は、夢を通してのみアクセス可能な共有環境、以下、SCP-6005-Aを作成しました。 プロジェクト・ヴァルパイン実装の成功以前は、SCP-6005-Aは精巧な庭の形で、複数の形式を取り入れており、夢の世界の太平洋岸北西部の大部分を覆っていたと思われます。
SCP-6005の複合的な精神感応力は、基底現実に大きく影響を及ぼしました。 SCP-6005によって促進された環境変化と大規模な社会調整が報告されました。 そのため、SCP-6005は基底現実に対する重大な脅威を表しています。
ハーレイ: それを見つけたのは夜だったな。太陽も沈むような。その箱の中はクソみたいなもんでいっぱいで、俺らがサイトで異常が一部でも漏れた時に備えて、最後の書類までの全部をすごく慎重に分類していく必要があったんだ。俺はそこでキャスパーと向かい合って座ってた。空が赤く染まると、俺の心も感性の中に落ちていくようだったよ。
ガブリエル: それはどういう意味でしょう?
ハーレイ: どういう意味かって?博士サマ、どういうことかわかってないのか?俺らはやったんだ。何が起ころうと、俺らはやってのけたんだ。
ガブリエル: 彼らには彼らなりの理由があったことは分かります。収容は気の抜けない仕事ですからね。
ハーレイ: 気の抜けない……お前一体なんのこと言ってんだ?今庭が作られたと思ったら、もう進行したトラウマに苦しんで、森の中に消えちまいたいって考えるようになってるんだ。あんなもん収容じゃねえ、あれは……あれは虐殺だ、博士サマ。
ガブリエル: それは違う、間違っていますよ。私たちは……財団はそのようなことはしなかったでしょう。あなたの言うものは収容なのですよ。
ハーレイ: これは計画されてたんだ。失踪は計画されたもので、財団が忘れちまうほど暗いところに葬り去られたのさ。
俺はこの話をアドラーに持って行った。俺らが見つけたものも彼に見せた。あいつは納得してないみたいだったな。魅力的な謎を解決するときってのは毎回楽しくてゲームでもしてるみたいだったけどよ、彼の表情が全てを教えてくれたんだ。「ここには何もない」彼は言ったんだ。「あなたをこの件から外します」書類はキャスパー、あの金がなくて、なよなよしい最低な奴、あいつが「もっとふさわしい誰か」を見つけられるように渡した。彼の声は口先だけのもんだったな。
ガブリエル: あなたは彼の言うとおりにするべきでしたね。
ハーレイ: 何でだよ?博士サマ、冗談はよしてくれ。あなたは人間だ。ロボットじゃあない。あのDクラス達が首をへし折られるべきだと思ってんのか?データ収集は収容プログラムの一環じゃないって思ってんのかよ?
ガブリエル: そうは思いません。私は19になるまで別の場所に居ました。そこで必要な犠牲というものを見てきました。必要な犠牲というものは価値を伴います。
ハーレイ: 彼らがか?彼らが何で犠牲にされたんだよ?正常性?それってもうどういう意味になってんだ?現実の終わりと非現実のはじまりは何で決まってんだ?どうやってそれを定義してんだよ?
それは財団だから、だ。博士サマ。キャッシーが言いたかったことだ。それは全て力なんだ、何が正しくて何がそうでないかを定義づける力、壁と線を隔てる力、意味もなくて、どこにも繋がんないような道徳規範の全てだ。財団の存在理由はたった一つだ。自らを保護し、自らを前進させていく。そしてその理由や目的を覚えている者は、誰もいない。
ガブリエル: 自分の運命を確定させるおつもりですか、ハーレイ?このことは反逆行為ですよ。
ハーレイ: まだそんなことを考えているのか?この話を聞いた後でか?何千人もの人について聞いた後で……行ったのか?
ガブリエル: はい。昔から。
ハーレイは椅子にしっかりと座りなおすと、ガブリエルをじっと見つめる。
ハーレイ: 博士サマ、お前が19になる前にいたサイトはどこ、どこだったか?
ガブリエルはハーレイを数秒間見つめると、その後ゆっくりと笑みを浮かべていく。
ガブリエル: その文書には補遺があったと思いますがね。
補遺 6005-1: プロジェクト・ヴァルパインの説明
プロジェクト・ヴァルパインは、[編集済]によって組織された大規模な心理学的再配向プロジェクトです。[編集済]はSCP-4321の収容成功時に夢分析が使用されていたことに気付き、SCP-6005-Bの認識と用途を変更するため、大規模な夢操作の使用を提案しました。
SCP-6005の基本的な構成要素はSCP-6005-Aであり、その構築と使用により相互満足感と前向きな人生経験が生じます。その為、プロジェクト・ヴァルパインの主要な目的はSCP-6005-AとSCP-6005-Bの間に否定的な関連性を作り上げ、SCP-6005の自己収容が出来るよう別の概念領域を作成します。
「庭」は自然と調和して存続しているのではなく、積極的に自然へ苦痛や害を及ぼす人間の要求であり、庭の創造あるいは相互作用のあるいかなる活動も庭の動植物へ積極的に外野苦痛をもたらす、と投薬、心理的トレーニングを経て植え付けることに成功しました。
主な「庭」のモチーフは「森」のモチーフに置換されます。このモチーフは夢の風景を「弱肉強食」の側面を持った森の生活を重点にし、森に発達させてくこと、侵入することを助長しており、森林の人工的な位置づけで協調能力を欠落させるように設計されています。SCP-6005-B事例は孤独、暗闇、広大な森林が広がっている様子、生存、倫理的な生活においてきわめて重要な他の事例を避けるようになります。
副作用とし多くのてSCP-6005-C事例に共通してトラウマが発生し、次第に鬱、PTSDが一般的には発生します。少数の倫理委員会の構成員はこの風潮によって関係していますが、少数の倫理委員会の構成員はこの傾向に懸念を抱いていましたが、SCP-6005の潜在的な脅威と他の収容手段の失敗が指摘されると、異議の取り下げをしました。
一度発生すると、この考えはSCP-6005全体でミーム的に再現することが可能です。84/09/20現在、SCP-6005は完全に自己収容可能であるとみなされています。SCP-6005は現在、危険な存在としては事実的に無力化されたものと考えられており、その影響を受けた人物が重大な脅威を引き起こす可能性は低いです。
補遺 6005-2: 変換プロセス中のSCP-6005-B事例とのサンプルインタビュー
[編集済]: こんにちは、キャッシー。
6005-435: こんにちは、先生。
[編集済]: 今日の調子はどうです?元気にしていますか?
6005-435: もちろんですよ、先生。
[編集済]: 彼らから、あなたはあまり食べていないと聞いています。もう変わっていることを願っているのですが。
6005-435: ちょっとはね、先生。
[編集済]: 良い。良いですよ。
椅子の動く音が聞こえてくる。
[編集済]: 今から、聞いてください、キャッシー、これは重要なことです。最近、事例が何回か発生しているらしいですね。
何も反応を示さない。
[編集済]: また庭を訪れたのですか?
6005-435: ……そんなことないよ、先生。
[編集済]: 私に嘘をついていませんか、キャッシー。
別の椅子が止まる。
[編集済]: 分かりました。何でも質問してください。なぜ私がここにいるのか。あなたはここにいて安全なのか。あなたは ……
6005-435: 子ども扱いして話さないで頂戴。私は17なの。
[編集済]: キャッシー!
わずかに足を引きずるかのような音がする。
[編集済]: 君は我々を信用する必要性があるんですよ、キャッシー。我々は助けを求めています。それが我々の存在理由です。人々を助けることが。
6005-435: それって……
[編集済]: なんでしょう?
6004-435: 私には何が不自然なのかが分からないんだ。私たちは自由の光を作ったんだ。美しい、ね。私たちは何が起こっても涙を流すことはなかった。私たちは……私たちは幸せだったんだ。ナイチンゲールの鳴き声なんて今まで聞いたことがなかった。
[編集済]: ナイチンゲールも森にいますね。
破裂音が鳴り響く。
6005-435: 私は森になんか行きたくなかった!元に戻りたいよ!腕をいっぱいに伸ばして、小道を歩きたいよ、私は……どうして?なんで私たちは……私たちは……
6005-435は泣きじゃくりだす。
[編集済]: ああ、キャッシー。君には失望したよ。このことについては前に話しただろう。
6005-435: 分かってます、私はただ……私は……
[編集済]: 私はあなたに大いに驚きを覚えています、本当に。あなたは賢い少女です。また忘れていただけでしょうね。彼らがどれだけ絶叫していたのかお分かりですか?どこで成長し、どこで生きるのか、それを伝えるのはあなたの出る幕ではないのです。それは彼らの決めるべきなのですから。彼らの成長したいようにするでしょう。
6005-435: し……知ってるよ、でも感じられないんだ、ただただ感じられないんだ。
[編集済]: 本当に忘れてしまったようですね。思い出しませんか?
6005-435: い、嫌だよ、お願いだ、先生、もう二度と……
[編集済]: 君は理解しないといけないんだ、キャッシー。
6005-4335: やる、やるから、本当だよ……
[編集済]: 私には嘘をついているようにしか思えませんね。
バッグをがさがさといじる音がする。
[編集済]: もう一度聞かなければならないようですね、キャッシー。彼らの痛みについて。楽しいものではありません、しかし君が彼らに何をしているのかは知る必要があります。彼らは抑制できないのですから。ただの木ですし。
6005-435: お願いだ……
[編集済]: 私が前にここに来た時、何を尋ねましたか?他の人々は何と言いましたか?
6005-435: ……あなたは、天使様なの?
[編集済]: <笑い声>そうですね、もちろん、正しいことではないというのが事実です。私は名前をあるものと共有しています。大天使とです。マリア様のもとに表れ、彼女に何をすべきだったのか、何が真実であるかをお告げになった方です。なので、私は今ここにいて、あなたに何が正しいのかをお告げしているんですよ、キャッシー。
6005-435: ごめんなさい。
[編集済]: 大丈夫ですよ。我々は助けるためだけにここにいるのですから。いつでも力になりますよ。
<記録終了>
ハーレイ: 「そして六か月目には、天使ガブリエルは神によりガリラヤの都市であり、ナザレと呼ばれる町に遣わされることとなりました」
ガブリエル: 私は誇大な妄想を行うような人間ではないのですよ、ハーレイ。私はただの医者ですから。私はするべきことをしたまでです。
ハーレイ: ああ。適切で最善の収容だった、そういうことだろ?
ガブリエル: 倫理委員会は私の行動に対して問題がないとしました。
ハーレイは大きく鼻を鳴らす。
ハーレイ: お前にはまだ選択肢があった、ガブリエル。今でも、違うことが出来ただろうな。
ガブリエル: それで?あなたと私は何が違うのでしょう?あなたは財団のエージェントとして何年もいるでしょう。あなたもまた共犯者なのですよ。
ハーレイ: 俺らは皆同じだ、平凡だ。だが、保護されて、幸運に恵まれ、世界中の暗闇を避けることができたら、そして、権力に立ち向かうことが出来たら、選択肢をお前は得られる。キャスパーやアドラーみたいに、頭を下げて、空は黒く染まり、建物が灰色になっていようが、気にならないかのように、一切問題がないというように装うことだってな。もしくは、俺がやったみたいなことだって出来る。
ガブリエル: ほう?で、君は何をしたのかい?
ハーレイはゆっくりと笑みを浮かべる。
ハーレイ: いつも、一つだけ気になっていることがあったんだ。俺らは庭に対する良い説明が見つけられなかったんだ。いつも話には出るけれど、それがどんな風に見えてるかまでは分からなかったんだ。横になって、雲を眺めるのに一番いいのはどこだったんだろうな。
ガブリエル: それが気になっていることなのですか?期待外れだな!なぜ彼らが消えたのか、お前は全く分かっていなかったんだからな!
ハーレイ: ああ、結局のところ、それなら簡単だったよ。
ガブリエル: 簡単だった?
ハーレイ: カスカディアって何か知ってるか、博士?生命地域か?
ガブリエル: 環境保護には興味ないですね。
ハーレイ: コンセプトはシンプルなもんだよ。人々の生活システムであるコミュニティが、ある環境ゾーンと結びついたとき、より意味をなした環境地域となるんだ。興味深いアイデアだ。より調和のとれた生き方だ。この地域全体は山と森があって、周囲の世界を利用した相互接続されたコミュニティによって運営されてるんだ。
ガブリエル: 興味深いですね。で、それは何の関係があるのでしょう?
ハーレイ: 何が言いたいかっていうとな、おろかでクソ野郎なお前が、一体何してたかってのを分かってなかったってことだな。
ガブリエル: そんな言葉は必要ないですね。私は財団の博士として、職務を遂行したまでです。
ハーレイ: そうだな、埋めて隠さないといけないほどに彼らにとって不名誉な機能だ。テレパシー的なネットワークもまたネットワークだと忘れていたようだな。システムだ。本質的に相互接続されて、互いに繋がっている何かだ。お前は精神的なエネルギーを内側に向けたんじゃない、より都合のいいところに隠したってだけだ。
ガブリエル: 何が言いたいのか分かりませんね。
ハーレイ: 違う、そういうことじゃねえと思うぞ。お前は人々というものがどんなんか分かってねえだろ?お前の小さな研究室で、数字を全体として押し進め、アイロンかけされた良いスーツを自分のものとするんだ。力がお前に何を与えたか分かるか?それとも、昔からこうなのか?
ガブリエル: そうですね。もしあなたが私に手を貸さなかったら、我々はここでおしまい、と私は思っています。私の想像ですが財団はこんな風にアリゾナ送りにするんじゃないですかね。
ハーレイ: だから何なんだよ?言った通り、なんでここにいるのか手がかりがない。
ガブリエル: ご自身で言ったはないですか。私たちには力がある、あなたにはない。そして、我々はあなたをどこかに追いやりたい、と。
ハーレイ: えっとだな。うーん、それも答えへの一つの手段だ。だが、一個だけちょっとした質問がある、博士サマ。
ハーレイは立ち上がる。
ハーレイ: お前はどこにいると思っている?
ガブリエルは辺りを見回してみる。彼とハーレイは深い森の中におり、彫刻の彫られた木製のテーブルに座っている。夕方前で、この日は曇っているようだ。
ガブリエル: な、何が起こっている?
ハーレイ: テレパシー的エネルギーを内側に向けられたんじゃないってだけだよ。こいつは絶対に消えない。煮えたぎり、燃えて、新たな道を見つけ出すんだ。お前はそれが森になるって言ったな、だから俺はそれを見つけ出した。ユーコンからケープ岬までな。
ガブリエル: 私たちはどうやってここに来たんでしょうね?
ハーレイ: お前を薬で朦朧とさせて、ここまで連れてきた。それに木々は永眠している。テレパシーの影響下だって人々は気づかないなんて驚いたもんだな。ああ、一度だけ、部屋の隅にあったでかい壺を見落としていたことがある。
ガブリエル: 分かりません、私は……一体何が起ころうとしているのでしょう?
ハーレイは思い切り笑う。
ハーレイ: 言葉だよ、博士。彼らにお前のことを話したんだ。お前が何をしたのか、をな。彼らは皆ここにいるよ、博士。お前の古い友人皆が。お前が彼らに言ったようにな。
木々の間から人型実体が出現する。その実体は10代後半の女性のような大きさと身体的特徴を有しているが、全身は木で構成されている。彼女の顔は静的に見える彫刻でできており、サイト-1015の人型実体と同一であると同時に、キャッシー・ヒギンズが失踪する以外の選択肢を失った時に着用していた服と同一のものを着用している。
ガブリエル: 誰で……何ですかこれは?何の冗談です?
ハーレイ: いいや、博士。冗談なんてもんじゃない。彼らはお前のしたことをちゃんと知っている。彼らが何を失ったのかも。彼らには他の選択肢が残っていなかったんだ、だからここへ来て、自分というものを失ったんだ。
木製の手が近くの木より出現し、ガブリエルの肩を掴む。
ガブリエル: は……離してくれ!この馬鹿め、ハーレイ、離してくれ!
ハーレイ: 何でだ?力の行使をしているだけじゃないか。どんな欠片も再利用してやるよ。竜が再び咆哮するからな。
木と大地から無数の手が出現し、ガブリエルの手足のうちの1つを掴む。彼は手を振り解こうともがくが成功する様子はない。ハーレイは再び笑い出すと、煙草を取り出した。実体はそれを、静かに見ている。
ガブリエル: あなたにこんなことできる筈ないじゃないですか!できないにきまっている!私は私のすべきことをした、私は……
数多の手はガブリエルを木の方へと引きずっていく。樹皮には、亀裂が入りだす。
ガブリエル: お前……こいつらを止めてくれ、ハーレイ!こんなのは間違っている!君は言わなかっただろう、何が自然で何がそうでないかなんて!
ハーレイは体の向きを変えると、ガブリエルの顔へくっつきそうなほど近くに顔を近づける。
ハーレイ: お前でもないんだ。
ガブリエルは絶叫する、そしてもがくのを続けた。数多の手は彼を木へと引きずっていく。ハーレイは煙草を下に落とすと、穏やかに口笛を吹きながらどこかへと歩き出した。実体は口笛の音を聞いている。
その日の午後になると、雨が降り始める。煙草はぼろぼろになって溶けてしまった。煙草の葉は地面へとこぼれ、そのまま見分けがつかなくなり、雨に濡れていく。