SCP-608-JP(発見当時)。床は著しく変形している。
アイテム番号: SCP-608-JP
オブジェクトクラス: Euclid Keter
特別収容プロトコル: SCP-608-JPが発見された家屋を含む、集落全域がレッド・ゾーンと指定されており、接近した民間人は拘束後、クラスA記憶処理を施し解放されます。当該地域は地図上から抹消され、カバーストーリー「消滅集落」が適用されます。SCP-608-JP-1、及びレッド・ゾーンへ配置される全職員は、K-10ミーム媒介を接種している必要があります。探査・観測で得られたあらゆる情報はレベル4機密として扱われます。SCP-608-JPが連鎖的活性状態へと陥った場合、プロトコル"忌み詞"が実施されます。
追記: レッド・ゾーンへ配置される全職員は、声帯が麻痺した状態で職務を遂行する必要があります。
説明: SCP-608-JPは、あらゆる要素が曖昧化し常時変動している殺人現場、あるいは自殺現場です。位相・室温・材質をはじめ、死者数・重力加速度・摩擦係数といった要素も変動しています。例外として、文書であるSCP-608-JP-a(後述)は位置や媒体こそ変動しますが、文章自体は不変要素として固定されている事が判明しています。
SCP-608-JPが有する異常性は、自身と関連する情報が「特定語句」を含む形で口述/記述された際活性化します。活性状態へ移行したSCP-608-JPは断末魔と形容される異音を発し続け、自身が有する要素を一つ以上曖昧化させ不活性化します。対象とされる要素が値であれば幅が生じ、種別や特徴といった要素であれば複数要素が混在する状態へと変化します。一度曖昧化した要素が再度対象とされた場合、幅/混在要素はより増大します。
SCP-608-JP-1は、増減する死亡者として絶命と蘇生を繰り返す集団です。SCP-608-JP-1は記憶を保持していますが、近隣住民である31名は「第一発見者」として矛盾した証言をするため、事件発生当初がどういった状況であったかは判明していません。SCP-608-JP-1をあらかじめ死亡させる試み、およびSCP-608-JPから離脱させる試みは全て失敗しています。「死者数」が増加する際、SCP-608-JP-1は死因が刻一刻と切り替わる死体へと変化します。これは可逆的変化であり、「死者数」が減少する際、あらゆる損傷・症状から回復した状態で蘇生します。SCP-608-JP-1が蘇生する際、発声および記述する行為自体を抑止するミーム媒介は効力を喪失します。これを受けて、特定語句排除へと特化したK-10ミーム媒介が開発されました。
付記: SCP-608-JP調査記録より抜粋
変動要素一覧(一部抜粋)
構成要素 |
最小値 |
最大値/混在要素 |
全高 |
0.3m |
19.5m |
室温 |
零下109℃ |
130℃ |
出入口数 |
0 |
14 |
死者数 |
1 |
38 |
床材 |
- |
畳、コルク、大理石、コンクリート、氷、ビスケット、血液、[編集済] |
用途 |
- |
居間、書斎、寝室、応接間、浴室、映写室、アトリエ、心臓、胃、副腎 |
死因 |
- |
服毒、窒息、失血、爆発、低体温、感電、圧潰、消化、石化 |
探査記録 608-JP-3 日付████/██/██
監督者: ██博士
編成: D-60813、D-60814
装備: CCDカメラ、無線装置、GPS追跡装置
<記録開始>
██博士: では、扉を開けてください。妙だと感じた点があれば欠かさず報告を。
[重い金属音]
D-60813: ……あー、コレは……今開けた扉はどう見ても木製だったと思うんだが、聞こえた通り……音はまるで鉄製だ。
██博士: 結構。それでは探査を開始してください。
D-60813: 了解……コイツは……霧か?視界が真っ白だ。しかも床が凍りついてやがる……気を付けろよ。
D-60814: 分かった……おっと、全く……足場がデコボコして歩き辛い。
██博士: 視界不良で映像は得られず……と。湿度が変動した結果か、もしくは……よろしい、暫く待機を。
(10分経過。)
D-60814: ……いつまでこうして待機を?相変わらず霧は深いし、もう蒸し暑くて蒸し暑くて……息が詰まりそうだ。
██博士: D-60814、床は凍ったままですか?
D-60814: えっ?……ああ、凍ってるよ。
D-60813: ……こっちは床がブヨブヨしてやがる。気味がわりぃが……触って調べてみるか。
██博士: ブヨブヨ……?D-60813、触れる際は手袋を──
D-60813: 湿ったか[特定語句]!
[持続する悲鳴]
D-60814: おい!悲鳴だ!悲鳴!部屋中から聞こえる……どうすれば良い?!
██博士: こちら██。D-60813が特定語句を発しました……ええ、素手で床材と接触し……恐らくは感触を口述する際……痛みから不随意で発声を……
D-60813: クソッ、指が焼けるみてぇだ……さっきからギャーギャーうるせぇし……勘弁してくれよ畜生!
D-60814: おい!指示をくれよ!鼓膜が破けそうだ!
(悲鳴が途絶える。)
D-60814: やっと鎮まったか……ん?……クラシック?
(無線マイクは断片的ではあるが音楽を捉えており、分析した結果、ドビュッシー作『アラベスク第一番』であると判明した。)
██博士: D-60813、D-60814、探査は打ち切ります。至急脱出してください。
D-60813: ありがてぇ。クソッタレ屋敷とは一刻も早くオサラバしたかった所だ。
D-60814: ……さっきより霧が薄い。ただ時々視界が赤く……奥で赤い照明が点滅してるようだ。
(3分経過。)
D-60814: ……どう考えてもおかしい。入る時通った扉はどこへ消えた?そもそも……これだけ歩いたらいい加減突き当たるはずじゃあ……
(4分経過。)
D-60814: 寒い……さっきから動きも遅い……まるで水中を進んでるみたいだ。
D-60813: いいいつまでこここうしてと[特定語句]えも屋敷をた[特定語句]っぐすりゃいい[特定語句]あよ!
[持続する悲鳴]
D-60814: クソッ、まただ!出口はどこだよ?!
D-60813: ここはマジジでさっさ寒い[特定語句]ようご、うごか、口がううまくく……
██博士: D-60813!声を出してはいけません。両名とも発話を控えてください……はい、SCP-608-JPが再度活性化を……言及する際、生理的振戦で偶然発声された場合も条件を満たすようです。想定外でした……人員を用いた探査は今回で最後でしょう。
D-60814: 博士!見てくれ、床が……脈打ってる!……水……血、血だ!わぶ[不明瞭]めろ!へ[特定語句]からだしっ[不明瞭]ごろさべっ……
D-60813: たすっ、熱い熱いあづいあぢっぢがっ[絶叫]
██博士: D-60813!D-60814!応答を!……
(D-60813、D-60814が死亡。部屋は縮小し、心筋と思われる組織で覆われていた。)
<記録終了>
K-10ミーム媒介は特定語句を語彙から排除しますが、「舌がもつれる」、「体が震える」といった外的要因が絡む発声を防止できません。上述した事案を受け、SCP-608-JP-1が外因的発声へと至る事態を防止すべく、「声帯を麻痺させる」・「SCP-608-JPを真空状態で隔離する」といった手法が考案されました。しかし、SCP-608-JP-1が蘇生する際健康体へと回帰するため、数分間隔で処置を必要とする麻痺案は却下されています。また、SCP-608-JPが「気圧」を変動させる際空気を大量供給するため、真空状態を維持する術はありません。長期的視点では活性化が不可避であると判明したため、SCP-608-JPはKeterクラスへと再分類されました。
████/██/██、ドローンを用いた探査が実施され、居住者が作成したと思われる遺書、あるいはダイイング・メッセージ(SCP-608-JP-a)が発見されました。SCP-608-JP-aは「特定語句」を含んでいますが、音読や筆写といった行為が活性化を誘発した事例はありません。
SCP-608-JP-a全文
名をば捨て 吾にもあらず 去ぬれども 忍び音聞こゆ 心の亡しにや
補遺:
我々は今、一万語を超える「特定語句」を回避しつつSCP-608-JPを収容している。SCP-608-JPが僻地で発生したという事実は、まさしく奇跡と言う外あるまい。万が一、都市部で発生していた場合、SCP-608-JPは恐るべき速度で活性化を繰り返していただろう。もはや活性化条件を特定する機会は与えられず、やがて全人類が増減する死者数へと計上され、世界はコールドケースとして在り続けただろう。
「一万語」と表現したが、「特定語句」はたった五種類であると言う方が正確だろう。SCP-608-JP-aが示している、捨てられ、在らず、去り、潜み、死した言葉。K-10ミーム媒介が作用している間は語彙から除外されているが、「た行」と「は行」はある行を、ある五文字を挟んでいる。それこそが、それら一つ一つが、SCP-608-JPを活性化させるキーワードだ。最終手段であるプロトコル"忌み詞"は、連綿と続く文化を根底から破壊し、再構築し、「特定語句」を世界から削除する。"五十音"が生まれた日と同様、我々は再び音を葬り去る。幸い、我々が掲げるモットーは「特定語句」とは無縁であった。
確保、収容、保護。 ──████博士