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タイトル: SCP-6173 - 芸術 - 原点
著者: Karathh ,
ponhiro
訳者: ponhiro
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SCP-6173.
特別収容プロトコル: 現在確認されているSCP-6173の分化済個体はサイト-173の大容量収容チャンバー#1~#20に、未分化個体は#21~#25に収容されています。その異常性の発現を防ぐため、SCP-6173研究チームは24時間体制での監視を行ってください。チャンバーには出来る限り死角が出来ないように複数の監視カメラが配置されます。
説明: SCP-6173は、起源不明の異常な実体群です。SCP-6173は未分化の個体と分化済の個体に大別されます。
未分化のSCP-6173個体は基本的に灰色の肌を有する、複数の脚部を持った全長0.7m程度の生物としての姿を見せますが、後述の異常性によって、姿形は多種多様で一貫性がありません。未分化個体は長時間のあいだ生物から視認されていないと、不明な要因によって肉体が流動化し、形態が変化します。個体によって変化する速度や変化する形状も異なり、その変化に制限は無いものと推測されています。
未分化のSCP-6173個体の主な異常性はヒト(以下、観測者とする)によって直接・間接的に関わらず初めて視認されることによって発動します。視認後、観測者はSCP-6173に対して何らかの感情1を抱いた後、その正体に関する考察への執着を始めます。観測者がその正体に関する自分なりの解釈を導出すると、SCP-6173に対する感情は緩和され、執着心も喪失します。その代替として、そのSCP-6173個体は観測者の解釈に沿った特性を獲得します。この状態は永続し、それらの個体は分化済個体に区別されます。
尚、分化済か否かに関わらず、SCP-6173は長時間のあいだヒトから視認されていないと、稀に肉体を分裂させ、未分化個体を生成します。
SCP-6173の正確な個体数は不明です。現在財団が発見・収容しているSCP-6173個体の総数は206体ですが、これは実際に存在するSCP-6173個体数の1%にも満たないと財団研究チームは推測しています。
補遺1 - SCP-6173の例
民間人によってTwitterに投稿されたSCP-6173-73、-79、-83のスケッチ。このスケッチと投稿者の証言によって収容済。
番号 | 詳細 | 解釈 |
---|---|---|
SCP-6173-1 | 未分化個体の基本的な形態に類似した高さ0.8mの実体(最上部画像右)。周囲10mの気温を-3℃以下に保ち、雪を発生させる。日本の茨城県にて発見。 | 雪の妖精 |
SCP-6173-17 | 未分化個体の基本的な形態に手を模したような突起が生えた高さ1.5mの実体。不明な方法でピアノの音を鳴らす。日本の端島にて財団職員が発見。 | 楽器 |
SCP-6173-42 | 不定形な流動体。不明な方法で周囲の生命体を感知し、変形・硬化によって攻撃する。フランスのアルデッシュ渓谷にて発見。 | 不明 |
SCP-6173-73 | 上部にサボテンの一種(Echinopsis pachanoi)を生やした実体。サボテンを育てるような行動をとる。バーモント州のストーで発見。 | 自律して動く植木鉢 |
SCP-6173-79 | 四肢を模したような突起を持つ、縦に細長い高さ10mの実体。周囲に存在するヒト1人を目標にその背後に高速で近付く。電柱や木に擬態することが確認されている。バーモント州のストーで発見。 | 擬態して標的を待ち伏せ、驚かせることを目的とした存在 |
SCP-6173-83 | 上部に殻のような器官を備えた実体。ヒトが近づくと当器官を鳴らす。自律的に60km/hの移動が可能。活発であり、収容チャンバーを動き回る様子が確認されている。バーモント州のストーで発見。 | 殻を鳴らすことで敵を威嚇する非力な存在 |
SCP-6173-101 | 100本以上の小さい脚を持つ、少なくとも全長30m以上の横に細長い実体。ドイツのシュヴァルツヴァルトにて発見。 | 不明 |
補遺2 - 増殖記録
以下はSCP-6173を利用した実験の際に試行された、増殖プロセスの記録抜粋です。
実験方法: 実験用チャンバーにSCP-6173-83を運ぶ。SCP-6173の異常性により、直接的な目視や通常のカメラを用いた撮影では増殖プロセスを観測出来ないため、財団が開発した特殊な観測計器S-ENOMで撮影、記録する。
補足: 特殊観測計器S-ENOMは、視認や認識によって特性が変化するようなアノマリーの増加によって開発の必要性が生じたために2018年に開発されたビデオカメラです。このカメラそれ自体に複数の異常性質が付与されており、この性質によってカメラでの撮影は"視認されている"と見做されない状態になります。
[記録開始]
[01:16] 実験が開始される。SCP-6173-83はチャンバーの中を不規則に動き回っている。
[01:34] SCP-6173-83の動きが鈍くなり始める。
[01:37] SCP-6173-83の動きが完全に停止する。
[01:38] SCP-6173-83の肉体が液状化し、1つのスライムのような形状にまとまる。
[01:39] SCP-6173-83の肉体は徐々に左右に分裂していき、3分程度で完全に2つに分かれる。以下、この2つのSCP-6173個体をそれぞれSCP-6173-84、SCP-6173-85と呼称。
[01:42] SCP-6173-84、SCP-6173-85は数十秒ほどスライム状のまま停止しているが、その後、それぞれの速度で肉体を形成し始める。特筆すべき点として、形成は脚部から行われているようである。
[01:46] SCP-6173-84の肉体形成プロセスが完全に終了する。
[01:48] SCP-6173-85の肉体形成プロセスが完全に終了する。SCP-6173-84はSCP-6173-85の前に立ち、3本の脚部を不規則に動かす。恐らくコミュニケーションの一環と思われる。
[記録終了]
補遺3 - 歴史
SCP-6173関連記録 - 歴史
SCP-6173に関して、各国の歴史資料の中にはSCP-6173がある特定の文化の形成や自然環境の形成に関わっていたことを示唆するものがありました。
この事からSCP-6173は人類史や地理にも密接な関わりがある可能性が発露したため、SCP-6173の研究に割り当てる人員を増員し、調査に当たらせました。
調査の結果、SCP-6173との関連性があることが判明した事象が多数発見されたため、以下にそのジャンルごとの代表例を記載します。
#1
地点 - フィンランド
フィンランドはサウナの発祥の地であり、自家用のサウナが設置されている家宅が多い。また、自動車やバスの内部をサウナに改造したり、多種多様なサウナの開発など、他国とは異なる発展の仕方をしている。
その中でも特にラッピ県において未分化の、特にSCP-6173-73の形状をした個体に酷似した形状の大釜をサウナ室に配置し、その窯の中にサウナストーンを入れてロウリュ2を行う文化が存在する。この文化の正確な起源は不明だが、窯の形状はムーテラMooterraと呼称される、その地域に伝わる未確認生物の形状を模したものとされている。複数の歴史資料により、この未確認生物の特徴は未分化状態のSCP-6173と合致する。
#2
地点 - 日本
古来日本では、アニミズム3に基づくコミュニティの形成や文化の創出が行われてきた。
その中でも生物に対するアニミズム文化は文字の発明と共に急激に増加し、その余波でSCP-6173に対する信仰も構築されたと推測される。SCP-6173の特性から、SCP-6173の存在は穢虞手あぐつと呼ばれ、その人が最も恐れるものに変身して襲う妖怪として恐れられていた。
日本における信仰文化の衰退によってその文化はほぼ消滅したが、一部の地域では残っていることが確認されている。
+その他、31の地域で89件の実例
補遺4 - 分析
SCP-6173関連記録 - 分析
SCP-6173が全世界的に分布しており、人類史や自然史に多大な影響を及ぼしていることが判明したため、調査や研究は更に大規模なものとなりました。その調査には財団の内部組織やアノマリーにも含まれており、その結果として、財団が所有する複数のアノマリーの起源がSCP-6173である可能性が発露しました。
以下の資料は、SCP-6173が関係していると推測されるアノマリーに関する研究員の会議記録の抜粋です。
会議記録
2021/04/20
メンバー
- SCP-6173 研究チーム主任 ミア・アンドリュース 博士
- SCP-6173 研究チーム補佐 瀧 宗一 研究員
- エージェント・マシュー・カーペンター
[記録開始]
[無関係な会話を省略]
ミア博士: …それで、カーペンターさん、本題に入りましょう。"あるアノマリーがSCP-6173に関連している可能性がある"とはどういう事です?
Agt.カーペンター: はい、博士、SCP-████をご存じでしょうか?
ミア博士: はい。先日ファイルを拝見しましたが ― 確か、インドネシアで発見された、その地域の神として言い伝えられている巨大ヤモリでしたかね。
Agt.カーペンター: そうです。あれの異常性は、"新月の夜に地上に姿を現し、それを見た人間の持つ悩みを解決させる"事です。が、それ自体はさほど重要ではありません。問題は、その歴史です。その地域に言い伝えられている伝説によると、SCP-████の姿や性質は後天的なものであり、元の姿は違ったそうです。
瀧研究員: まさか、その元の姿というのが、SCP-6173に酷似している?
Agt.カーペンター: …はい。7本の脚、灰色の胴体を持っていたらしいです。そして、当時の長老がそれを見て神の啓示を受け、その生物はその啓示通りの姿に変わった、と。それが今のSCP-████です。これは ― この神の啓示というのが、"SCP-6173を解釈する"事なのではないかと思うのです。
ミア博士: [ため息をついて]分かりました。もしSCP-6173と同一であることが証明されたら、SCP-████は6173にリネームされるでしょう。他に報告することはありますか?
Agt.カーペンター: いえ、報告は以上です。ありがとうございます。…その、気分を害しましたか?
[沈黙。]
ミア博士: いやその ― 貴方は悪くないのですけれど、こういった報告が最近増えてきたので、少し辟易しているところです。
Agt.カーペンター: ああ、そういう事でしたか。なんだか申し訳ないです。
瀧研究員: お気持ちは分かりますよ、博士。これで ― 10件目ですか?
ミア博士: ええ。先日もSCP-███とSCP-6173の関連性がある事が判明してリネームしたし、既存のオブジェクトの起源がSCP-6173だった実例はもう11件、起源がSCP-6173かもしれない実例は17件。ああ、今18件に増えたのでした。全く、とんでもないオブジェクトの研究チームに配属されてしまったと思いませんか?
瀧研究員: アノマリーの根源に関わっているようで、私は楽しいですがね。…それにしても、SCP-6173の正体は ― 何なのでしょうね?
ミア博士: ガーゴイルと同じようなものなのでしょう。ガーゴイル、知ってます?
瀧研究員: 雨樋の事ですか?
ミア博士: ええ。ガーゴイルは元々、雨樋に芸術性を求めて出来たものです。形も様々で、動物や人を模したものから悪魔や怪物を模したものまでありました。その中でも悪魔や怪物を模したガーゴイルが多く、その禍々しいガーゴイルに後世の人々は恐怖しました ― もしかしたら動き出すのではないのか、と。そうした恐怖から生まれたのが怪物としてのガーゴイルなのです。つまり、人間の想像が生み出した怪物、という事です。
瀧研究員: なるほど。SCP-6173も、人間の想像から性質が生み出されますね。SCP-6173は…人に自身に対する想像を強制させ、そしてその通りの性質を獲得します。その意味は果たして何なのでしょう?SCP-6173は人とどのような関係があるのでしょう?
[無関係な会話を省略]
[記録終了]
アノマリー関連記録 - 知性
2021/05/02、Dクラス職員を被験者として人間から一切の感情や知性を喪失させる実験を行っていた4際、SCP-6173が関連するインシデントが発生しました。以下は実験記録の抜粋です。
実験記録
担当サイト | 実験監督者 | 被験者 |
サイト-205 | ジェームズ・ライス | D-50090 |
[記録開始]
2021/05/02
[15:59] 実験が開始される。D-50090は実験用チャンバーに設置されたイスに縛られている。
[16:00] チャンバー内に情動抑制を引き起こすガスが散布される。
[16:03] チャンバー内に設置されたテレビ画面が、複数のミーム画像を映す。ミーム画像は急激に知能を低下させる効果があり、それを視認したD-50090は副作用によって痙攣する。
[16:05] 特殊な電磁波を利用した情動攪乱によって、理論上D-50090は一切の感情表現が不可能となる。
[16:19] ミーム効果を有する7分半の音楽がチャンバー内に設置されたスピーカーから流れる。
[16:27] 音楽・電磁波・ガス・ミーム画像が全て停止される。
[16:30] 実験担当職員がチャンバー内に入室し、簡単な知能テストと感情のコントロールに関する実験を行う。D-50090は知能テストでも非常に低いスコアを出し、感情の喪失が確認された。
[16:34] 一日目の実験が終了され、D-50090は専用の収容チャンバーに収容される。
2021/05/03
[04:20] 睡眠中のD-50090の肉体に何らかの異常な効果が発生する。D-50090の肉体は痙攣し、眠りから覚める。D-50090は絶叫する。
[04:21] D-50090は前日に感情を喪失したにも関わらず、強い恐怖の感情を示して錯乱状態に陥る。その後、右腕を噛み切り、出た血でシンボルマークのようなものをベッドシーツに描く。D-50090はベッドシーツを細かく破り、それを組み合わせて複雑な形状の物体を作りだす。D-50090はそれを見て笑い、"芸術だ"と発言する。
[04:22] D-50090は自身が作った物体に向かって祈り、何か言葉を喋っている。内容は聞き取れない。
[04:23] D-50090が作った物体が不明な要因によって動き出す。D-50090は叫び、逃げようとする。物体は頭部のない人型の彫刻のような形状に変化し、D-50090に近付いて首を潰す。D-50090は死亡する。D-50090の血が監視カメラのレンズに飛び散り、カメラ映像はチャンバーを映せない状態になる。
[04:25] 2名の財団職員がD-50090が収容されていたチャンバーに到着する。チャンバーの中には未分化のSCP-6173個体が2体存在している。2人の職員はそれを視認した事により異常性の影響を受け、考察を開始する。
[04:27] 2体の未分化個体がそれぞれ分化する。両方とも危険な異常性を持たない実体に分化したため、職員はそのまま確保する。
[記録終了]
補遺5 - 結論
前述の補遺資料や更なる研究の成果により、SCP-6173の起源や性質については以下のように結論付けられました。
結論
2021/05/20
結論から言うと、SCP-6173の本来の姿は"概念"であったと推測される。補遺5に示したインシデントを詳しく精査した結果、D-50090が目覚める直前、何らかの実体がD-50090の肉体に侵入していた事が確認された。この実体がSCP-6173である。D-50090は知性や感情を喪失していたが、SCP-6173が取り憑いた瞬間に元の知性と感情を取り戻しているように見えた。D-50090は何かを強く恐れていた。昔から、恐怖という概念は芸術として形而下に落とし込まれるのが定番である ― つまり、D-50090もその恐怖を形にしようとしたのだろう。そうして作り出した物体に向かってD-50090はこう呟いた ― "芸術だ"と。D-50090は安心したが、その芸術作品はD-50090を襲う彫刻となり、結果首を潰された。そしてそのままその彫刻は増殖を実行し、2つの未分化個体を生み出した。
我々の予想では、SCP-6173は"感情"と呼称されるものに最も近い概念なのではないかと推測されている。知性や感情に乏しい生物に取り憑き、強い情動を発現させ、その情動を形あるものとして出力させる。その形はSCP-6173が概念から形而下に落とし込まれる媒体であり、SCP-6173が種として増殖するための媒体であるのだろう。
つまり、今収容されているSCP-6173は、全てのSCP-6173の1%どころか、0.01%にも満たないだろう、という事である。人がいる限りSCP-6173は形而下に落とし込まれ、増殖し、人類史に影響を与え続ける。
人間がなぜ昔から"理解できないもの"を"理解できるもの"にしようとするのか。その文化には、SCP-6173が大きく関わっているのだろう。彫刻、音楽、映画、演劇…そういった形で、自然災害などの未知なる恐怖や、怪物や悪魔といった害を与えるものに対する恐怖を理解できる媒体に変えようとする。その背景にはSCP-6173が居て、感情を形にさせようと誘導していたのかもしれない。
形のないものを形にしようとすること、感情を形にすること、表現したいものを表現しようとすること。
これを我々は、"芸術"と呼ぶのだろう。
サイト-173 SCP-6173担当主任
ミア・アンドリュース博士