クレジット
タイトル: SCP-647-JP - 子憂ふ母に芳醇なる忘憂を
著者: ©︎moririn5963
作成年: 2019
アイテム番号: SCP-647-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-647-JPはサイト-8163のBSL3防疫区画に設置された特殊排水システム搭載型標準防水収容コンテナ(S3D2-C)内に収容されています。回収したSCP-647-JP-Bは一度大型イノックスタンクに貯蔵され、Cクラス有機廃液処理プロトコルに基づいて廃棄されます。
説明: SCP-647-JPは高さ900mm、中央直径790mm、容量228Lの木製洋樽です。遺伝子情報解析の結果、一般的なワイン樽とは異なりザクロ(学名:Punica granatum)に由来する材木で構成されていることが判明しました。
SCP-647-JPは如何なる手段を用いても破壊することは出来ず、また内部温度を38.0℃に保つ高い恒温性を有しています。
SCP-647-JPは醸造イベントを通じてSCP-647-JP-A及びSCP-647-JP-Bを生成します。醸造イベントはSCP-647-JP内部で行われるためその直接的な観察は不可能ですが、超音波やMRIを初めとする非破壊検査によって間接的に調査することが可能です。SCP-647-JP-AはSCP-647-JP内部に発生するヒトの胎児型存在です。初期のSCP-647-JP-Aは胎芽状態で、その成長に伴って一時的に内臓組織やヒトを構成する器官を発達させますが、内部骨格やそれに準ずる器官は存在せず、細胞膜や皮膚によってのみ形状を維持していると考えられています。
SCP-647-JP-Aはおよそ280日の成長期間を経て成熟し、その後SCP-647-JP-Bへと変化します。SCP-647-JP-BはSCP-647-JP-Aが崩壊して生じたアルコール度数18%の醸造酒です。僅かに濁った赤色で芳香を放っており、ザクロ由来の成分とヒト由来のタンパク質や脂肪を多く含んでいます。SCP-647-JP-Bは特筆すべき物性を有してはいませんが、嚥下した対象に酩酊感を与えると共に嬰児の泣き声に似た幻聴を引き起こします。幻聴は20~90秒間持続しますが、この時間は対象がSCP-647-JP-Bの後味を知覚している時間とほぼ同一であることが判明しています。
SCP-647-JP-Aの崩壊から24時間後、SCP-647-JPの蓋部分には小規模な裂傷が発生し、それに伴ってSCP-647-JP-Bがオブジェクト外部に流れ出します。一連の醸造イベントはSCP-647-JP-Bの流出をもって完結し、72時間に及ぶ裂傷の自己修復の後、自発的に反復されます。
補遺1: SCP-647-JPは、████/10/14に京都市伏見区[編集済]の酒蔵で発見されました。同年10/7、酒造業を営む藤原██氏が行方不明になったという通報を受けた京都府警が失踪事件として捜査中、藤原氏が従業員である櫻井█氏に対し“秋津”と名乗っていたことが判明しました。このことから同氏と“石榴倶楽部”との関連性が浮上したために財団による更なる調査が実施され、当オブジェクトの発見に至りました。なお、その後大規模な捜索が行われましたが同氏の発見には至っておらず、未だ消息不明です。
エージェント・菻によって行われた櫻井█氏に対するインタビューの結果、以下の証言が得られました。
以前、私はある男性と婚約していました。学生のころから付き合っていた彼はとても優しい方で、結婚した直後は絵にかいたように幸せな新婚生活を送っていました。それからしばらくして子供を授かりましたが、その赤ちゃんは元気に生まれてくることが叶いませんでした。
初めての流産に嘆く私を、彼は気遣い励ましてくれました。そのあと様々な治療を試してみましたがどれも上手くいきませんでした。染色体異常があるとかで、何度身籠ってもすぐ流れてしまうんです。何度も何度も試してみましたが上手くいかず、そのうちに彼はその責任を私に押し付け、暴力を振るうようになり、ついに私は家から追い出されました。お腹には新たな命が宿っていましたが、その日の夜、彼と私の間に残された最後の繋がりは、何の救いもなく産まれる前に流れ堕ちました。
あの夜のことは今でも鮮明に覚えています。ドロリとした赤黒いそれは、ヒトを成していませんでしたが、まだじっとりと温かく確かに私の赤ちゃんでした。そしてその子を掬い上げたとき、私はこの愛おしくてたまらない我が子を食べてしまいたいと思いました。
それは無邪気な女の子でした。口に含んだとき、彼女は私の鼻孔をくすぐり、舌を掴んで離しませんでした。彼女は朗らかで可愛くて、それでいて柔らかく優しい味がしました。私は口の中で少しじゃれついた後、なだめるように彼女を飲み込んであげました。するとその時、その子が産声を上げたんです。そんなことはあり得ないとわかってはいます。でも確かに聞いたんです。やっぱり女の子の声でした。かわいい声でした。私はその夜、我が子と一つになりました。これからは2人で一緒に生きていくんだと確信しました。
ですが、身寄りもなく、住む場所もお金も失った私たちはすぐに路頭に迷い、宛もなくふらふらと京の町を徘徊していました。そんな時に秋津さんが声をかけてくださったんです。ひょろりと背が高く、お洒落な燕尾服に身を包んだ彼は、みすぼらしい私たちを暖かく迎え入れてくださいました。
私はすぐにこの酒造で働き始めました。がむしゃらに仕事をするうち、秋津さんは私に一つの樽を預けてくださいました。それは普段扱っていないワイン樽で、曰く仕込みをせずともお酒が産まれる摩訶不思議な樽なんだそうです。さらに秋津さんは「その樽を毎日愛情をこめて撫で、優しく話しかけておやりなさい。」とおっしゃいました。私は半信半疑ではありましたが、言われるがままに毎日樽を撫で、声をかけるようになりました。
樽を任されてから10か月ほど経った頃でしょうか。いつものように撫でてやっていると、突然蓋に亀裂が入って中のお酒が溢れ出してきました。驚きながらも、樽から溢れ出し、床に滴り落ちるそれを掬い飲んだ私は、甘美で鮮やかなザクロの香りと共に再度我が子の産声を聞きました。
涙が止まりませんでした。いくら望んでも届かなかった願いが遂に叶ったのです。目で、鼻で、舌で、耳で、全身で。我が子を感じ、愛することができたのです。
ゆらゆらと微笑む子供たちは一口愛するたびに違う顔を見せてくれます。無邪気に香る女の子の顔、おとなしく甘えん坊な男の子の顔。みんな私のかわいい子供たちです。ですが私もいつかは子離れしなくてはなりません。愛情をもってひたむきにお酒を造ることこそが杜氏として、何より母親としての私の務めだと思うのです。うちの子たちにとっての最大の幸福は、秋津さんやそのご友人方のように、深い愛情をもって味わっていただける方に飲んでいただくことだと思いますし、その方がうちの子たちもきっと喜ぶことでしょう。
秋津さんには感謝してもしきれません。私の身体は普通の女性のように子を成すことができませんが、私には、私たちには我が子のように愛情をかけて育てたこのお酒があります。 秋津さんがいなくなった今、この子たちを育てられるのは私しかいないんです。
貴女もいかがですか?個性豊かで手間のかかる子たちですが、きっとみんな貴女に飲んでほしいと望んでいるはずです。さぁ。
…どうですか。うちの子、美味しいでしょう?
遺伝子検査の結果、SCP-647-JP-Bと櫻井氏の間には遺伝的共通点が確認されました。また精密検査により櫻井氏には卵巣の欠損が確認されましたが、その他の現実的・生物学的異常性が認められなかったためクラスB記憶処理を施し解放されました。
補遺2: 藤原氏の自宅から、ボトリングされたSCP-647-JP-Bが計12本発見されました。ボトルには『Carol di prosperità』と印字されたラベルが貼っており、それぞれにNo.109~No.120までの数字が割り振られていました。SCP-647-JPの容量と収容以前に発生した醸造イベント数から推定して、最低███本のSCP-647-JP-Bボトルが現存すると考えられていますが、未だそれらの発見には至っていません。
ページリビジョン: 8, 最終更新: 21 Feb 2024 12:29