特別収容プロトコル: モーガン・ルウェリン研究員の通信は内部保安指令 LOCKJAW の下に監視されます。アンドリュー・ルウェリンに由来するものと断定された受信メッセージは標準的な手段で抑制されます。ルウェリン研究員が彼に連絡するための試みと断定された送信メッセージも同様に抑制され、その場合ルウェリン研究員は即時解雇の後、収容されます。
説明: SCP-7288は、アンドリュー・ルウェリンから、現在サイト-19の財団クラスF収容雇用プログラムに登録されている彼の夫 モーガン・ルウェリン宛てに送信された電子メッセージ (Eメール、テキストメッセージ等) を、財団内の検閲機能が一貫して抑制できない異常現象です。
背景: モーガン・ルウェリン博士はクラス3の奇跡術師であり、2014年2月25日、彼が反射的に能力を行使して職場 (カリフォルニア工科大学 ケック研究所) にセミトラックが衝突するのを防ぐ様子を映したYouTube動画の投稿に続いて、財団に捕捉、収容されました。動画は財団の標準的なウェブスクレイピング・プロトコルによって検出、削除され、全ての目撃者が記憶処理され、ルウェリンは収容下に置かれました。
ルウェリンの比較的従順な態度、容易に収容できる異常能力、科学分野での経験から、彼はサイト-19の発足間もない財団クラスF収容雇用プログラムの候補者に選ばれました。ルウェリンは、SCPオブジェクトとしての恒久的かつ正式な収容と、財団の研究部門の従業員として他のアノマリーの研究・実験を支援するクラスF収容の軽減版のどちらかを選択するように申し渡されました。彼は後者に同意し、サイト-19に移送され、プログラム管理官 ヴィンセント・テットの直接監督下に入りました。
カリフォルニア工科大学のシャーマン・フェアチャイルド図書館に勤務する司書、アンドリュー・ルウェリンは、夫が飲酒運転者との正面衝突事故に巻き込まれ、両者ともに死亡したと通達されました。必要な証拠が捏造されました。
その後1年間、モーガン・ルウェリンはサイト-19の様々な研究室で34件の研究プロジェクトに取り組み、監督者たちから常に肯定的な評価を受けていました。最初のSCP-7288事例は2015年2月28日、モーガン・ルウェリンの捏造された事故死からちょうど1年後に発生しました。サイト-19が外部とのインターネット接続をサポートしていないにも拘らず、以下の電子メールは自動的にモーガン・ルウェリンの私用メールアドレスから彼のSCiPnet用メールアドレスに転送されました。
ファイル 7288.01:
To: あなた 01:26AM
From: アンドリュー・ルウェリン <███████████?@gmail.com>
件名: よう
よう。久々だな。
こんなの本当に馬鹿げてる。どうしてだろう。数週間おきにお前の墓参りに行ってるのに。前は毎週行ってたけど、その後色々とあってさ、分かるだろそういうの。長い1年だった。ゴメンな。でも数週間おきに墓参りに行く時は、話すのが辛いと思ったことは無い。
マノーラ先生に、俺もこういう事をした方がいい、パートナーと死別した人たちが大勢これで救われていると言われた。手紙とか日記とかを、お前に話しかけてるつもりで書く。お前は手紙を受け取るのも、俺が買ってやった予定表を使うのも忘れてばかりだったと先生に言ったら、「じゃあ、メールはチェックしてた?」と訊かれた。それでこの形式になった。
お前が恋しい。この話は真っ先に片付けるのが正解だと思う。この取り組みはそういう気持ちを解消するためのものなんだから。お前がいなくて寂しいけどもうお前は戻ってこない、でもお前はいつも俺の一部としてここにいる的な、なんかそういう陳腐なのを受け入れるんだ。
でも、俺がこういう話をするのがド下手なのはお互い分かってるし、やめにしよう。俺が今月どんな感じだったかを話そうか。良い1ヶ月だったと思うよ。ゾロフトはレクサプロよりも効いてるから、明かりが眩しすぎるたびに吐き気を催すこともない。進歩だな。仕事も順調だ。
今は俺がドジャーを散歩させてる。最初の数週間はそんな事してなかったんだが、それでもあいつは6:00ピッタリにソファから飛び降りて、リードをくわえてドアの横で待つんだよ。俺も最後には、文字通りの子犬みたいなうるんだ目つきで座り込まれるのに嫌気が差しちまった。少なくとも、あいつはもうカーペットにクソすることはなくなった。
まぁ、俺はそんな感じ。お前はどうしてる?
相変わらず死んでる? ああ、そうだろうな。
何やってんだ俺
モーガン・ルウェリン次席研究員はメールを読んだものの、返信を許可されませんでした。4週間後、以下のメールが受信されました。
ファイル 7288.02:
To: あなた 02:13PM
From: アンドリュー・ルウェリン <███████████?@gmail.com>
件名: ゴメン
よう。この前は癇癪をおこして悪かった。マノーラ先生に話したら、大変だろうけど、やる価値はあると言われたよ。先生には分からないと言い返したら、彼女は夫を15年前に膵臓癌で亡くしてて、今でも毎年、結婚記念日に手紙を書いてるそうだ。おかげで自分がカスみたいな真似をした気分になった。きっと、これは俺の贖罪なんだろう。真摯に受け止めようと思う。
だから、うん。どうしようかな。まだ気まずい。こんなことを言うのは多分馬鹿げてると思う、結婚してる相手にメールを打ってるわけだし、そもそもお前じゃなくて自分自身のために書いてるんだから。
“してた”。ふと気づくと毎回同じ事をやってて修正しなきゃならない。“結婚してた”だ。この癖を直さないといけない。マノーラ先生は俺が前に進みたがっている証拠だと言うけど、正直なところさ、“結婚してる”って言うと、奥さんはどちらにいらっしゃいますかって訊かれるだろ、すると俺は「実は相手は男なんです」って言わなきゃいけなくて、向こうは「あぁこれは大変失礼しました。旦那さんはどちらに?」って返して、今度は俺は「実は去年亡くなりました」って言わなきゃいけなくて、相手は黙っちまうんだよな。配偶者が死んだって言われた時の標準的な反応なんて無い。だって、マノーラ先生が夫を亡くした話をした時、俺は固まっちまって、うっかり「俺もです」って言ったんだぜ。アホだろ。でも先生は笑ってくれたし、俺も笑ったし、お前も大概ユーモアのセンスがイカれてたから多分笑ってたと思う。
お前がいないとどうすればいいか本当に分からない。旦那さんはどちらですかと訊いてくる連中なんて、ほとんど俺の頭の中での妄想だ。ここだけの話、“俺たちの”友達の大半は、実際にはお前の友達だった。いや、あいつらも間違いなく努力はしたさ。俺を飲みに誘ったりとかしてくれたよ。でも俺はしょぼくれて断ってばかりいたから、とうとう向こうも誘わなくなったんだ。仕方ない。俺はもうあまり遊びに出かけることがなくなった。
“配偶者が死んだ時にありがちな事”スターターパックとか作っとくべきだと思うね。みんな重大な物事ばかり想像する。葬式、悲嘆カウンセリング、家事。ところが面白いもんで、そういう事のほとんどにはしっかり備えができているから、それで強く打ちのめされたりはしない。とにかく、俺はそうだった。俺を落ち込ませるのは些細な事だ。例えば、“デクスター”第4シーズンの見終わってないエピソードが、うちのNetflixの継続視聴リストに1年間入れっぱなしになってる。俺は夜更かしして最後まで観ようぜって言ったけど、お前は翌朝仕事があったから、2人で寝ただろ。そして次の日、お前はもう何処にもいなくなっていた。
そういう事が起こるってのを予め教わるべきなんだよ。お前の私物は今もクローゼットに入ってるけど、マノーラ先生は処分すべきだと言う。物理学の教科書はほとんど図書館に寄付した。ゴメンな。でも、ちゃんと理解できる人たちに使ってもらうべきだと思ってさ。俺に分かるのは表紙裏に書かれたお前の名前だけだ。
本の話題が出たついでだが、仕事は好調だ。ヴァネッサが切望していた助成金を得ることができた。金はたっぷり、本もたっぷり、きっと稀覯本セクションを少し拡張できると思う。俺のデスクには女の子を新しく1人雇った、名前はキム。気立ての良い読書家だ。よくアメリカのオカルト文献について雑談してる。いやぁ、俺は今まで自分に怪奇趣味があるとばかり思ってたが、あの子はレベルが違う。
あーあ。
思うに、俺が頭に来てる理由の一部は、自分がほぼ完璧にこの一連の出来事を乗り越えてきてるからなんだ。こう、パートナーの死がどれほど厳しいかという観点で見ると、俺は… かなり低い評価になる。お前の家族は全力で支えてくれたし、息子を失ったことにも向き合っている。俺の家族は… まぁお察しの通り、話すだけ無駄だ。俺は健康で、専門家の助けを得られているし、定職に就いてる。
それでもお前がいないだけでゴミみたいな気分だ。
今夜はこれで十分に内省できたと思う。これを習慣にするつもりだ。多分数週間おき。まだ分からない。おやすみ、モーグ。愛してる、お前が恋しい。
モーガン・ルウェリン次席研究員はメールを読み、返信を要請しました。この要請はヴィンセント・テット上席研究員に却下されました。
To: あなた 10:34AM
From: ヴィンセント・テット<vtet12@site19.scp>
件名: 要請#019
ルウェリン研究員、
君の境遇には同情するが、残念ながら要請は却下する。君の夫に返信すれば、君が依然として生きていること、君の異常な能力、ひいては財団の存在が明るみに出るだろう。いかなる職員にも、そのようなリスクを冒すことは容認できない。
ここでは、このような状況は珍しくない — 職員の多くは終身雇用者で、任務に全面的に専念できるように、かつての生活で縁があった人々には、彼らは死亡したと伝えられている。この業務は極めて重大、極めて肝要なものであり、ふと弱気になった瞬間にそれをリスクに晒すようなことがあってはならない。
これは君が今後行う中で最も重大なことなのだ。
安心してくれ、未だにメッセージが届く理由は見当もつかないが、バグの正体が何であれ、RAISAの技術者たちがパッチを当てようと懸命に取り組んでいる。それまでは、困難な状況に耐え忍ばなければならないことをどうかお詫びさせてほしい。
P.S: 次の四半期の配属先ポートフォリオを添付しておく。
敬具、
ヴィンセント・テット
CFCEプログラム管理官、サイト-19
この問題を解決するため、ルウェリン次席研究員の私用メールを無効化してサイト-19のメールサーバに置き換えるなど、複数回の取り組みがあったにも拘らず、アンドリュー・ルウェリンが送信したメッセージはそのまま届き続けました。RAISAの技術者たちはこの現象を正式にSCP-7288に分類しました。
その後2年間、メールはルウェリン研究員の受信トレイに蓄積され続けました。以下に抜粋が掲載されています。
ファイル 7288.05-19:
メール#05: ルウェリンの収容から1年4ヶ月3日後に送信。
ドジャーが今週ちょっと怖い思いをした。公園で別な犬に噛まれたんだ。獣医に連れてった。普段はお前がやってた事だから、案の定、お前の居場所を知りたがる獣医たちに調子を合わせる羽目になって、それから“なんてこった”と“本当にすまない”とその他諸々のお悔やみの言葉の逃れようのない一斉突撃を喰らったよ。
ただ、今回はほんのちょっぴり胸の痛みが軽かった。かなりマシになった、というわけじゃないぞ。こう、分かるだろ。ちょっとだけだ。でも気付くのには十分だった。良くなっているのかもしれないし、麻痺してきたのかもしれないし、マノーラ先生に薬の量を調整してもらう必要があるのかもしれない。結論はまだ出てない。
ちなみに、ドジャーは元気だ。知りたいだろうと思ってな。お前が恋しいよ、愛してる。
モーガン・ルウェリン次席研究員はメールを読んだものの、返信を許可されませんでした。
このほぼ同時期、ルウェリンの研究監督者数名が評価を提出しました — 彼らはルウェリンの業務の質がこの数ヶ月で着実に低下していることを指摘し、彼の精神状態に懸念を表明しました。標準プロトコルに従い、テット監督はルウェリン次席研究員にサイト内カウンセラーとの面会を勧めましたが、この提案は拒否されました。
メール#11: ルウェリンの収容から1年9ヶ月1日後に送信。
結婚記念日おめ!笑
少し酔ってる。ほんの少し。さっき花持って墓地に寄った。頭の中であ一通り考えがあったけど、墓地って不思議だよな。いざ実際に行って墓石の前に立つと、自分が岩に向かって放してるって事実を無視するのが難しい。どんなに愛情込めたって、言葉を帰さない岩に話しかけてることに気まずさやアホらしさを感じずにはいられない。まぁ俺だけかもしれない。
とは言え俺が今やってrのも同じ事なんだよな。知らん!書き出す方が声に出すより簡単だからかもしれないし、“送信中”の小さい輪っかがクルクルしてるのを見るとそれか何処かに向かってるような気がするせいかもしれない。でもこういうのを書いてると何だか。何だろう。お前の近くにいるように思える。お前を感じることができる。俺にとって良い事かどうかは知らんけど。不思議だよな。
俺たち2人のうち、死後の世界を信じてないのが俺の方だってのもおかしな話だよ。お前は物理学の研究者で、俺は文学部の出身だけど、お前はいつもこの人生の後に何かが続くはずだと言ってたっけ。俺はそんな話全然真に受けてなかた。
でもそれは世界最悪の事ってわけじゃあるまい。あー、そうとも。思うに、俺は世の中には理解できない物があるって考えに少しオープンになってきたようだ。キムが曽祖母さんの物だという魔導書をみせてくれた。蛇がどうこうっていう、韓国の自称魔術師の一派。図書館の稀覯本コーナーでその方面のを沢山読んでる。
俺はいまキムが誕生日にくれたバーボンのボトルとアツいデート中だから、そいつを飲み干して朝になったら後悔するよ。お前が恋しい、あいしてる
モーガン・ルウェリン次席研究員はメールを読んだものの、返信を許可されませんでした。
ルウェリンの業務は効率・質ともに低下し続けました。2015年12月27日、ルウェリンとテット監督との面談の場が設けられ、ルウェリンはそこで雇用契約の条項に則り、3四半期連続で否定的な評価を受けた場合、プログラムから除外され、サイト-17のヒト型生物収容棟に移送される旨を正式に通達されました。
ルウェリンは記憶処理療法の提案を拒否し、不十分な業務について謝罪し、今後同じようなことを繰り返さない旨を確約しました。
メール#18: ルウェリンの収容から2年0ヶ月1日後に送信。
2年。光陰矢の如しだな、ん?
嘆き悲しんでるのが許される期間ってのは限りがあると思うが、俺はそいつを見事なまでに通り越しちまったようだ。でも良くなってはいる。お前の家族がクリスマスに招待してくれた。本当に優しい人たちだ。お前が赤ちゃんの頃の写真を見たよ。マジでブサイクな赤ちゃんだった。色々と話もした。お前がスペースキャンプに参加してたなんてちっとも知らなかった。仕事終わりにお前の研究室で一緒にハッパ吸ってたらお前の教え子が1人入って来て、お前がビーカーかなんかにハッパを突っ込んだらそれが泡立ち始めて俺が危うく笑い死にしかけたあの事件の話はしないほうが賢明だな、と思った。
お前の弟も立ち寄ってくれた。きっとお前もあれを見届けたかっただろうな。当然、態度がいきなり変わったことに関してはあまり話さなかったけど、あいつは俺を抱き締めた。何はなくとも成長だ。おかしな回りくどい経緯ではあるが、お前はまだ生きていた頃より、いなくなってからの方が弟の成長を助けてる気がする。
とにかく、ここ数ヶ月は好調だ。かなり好調だよ。キムを — 消去法でいくと、今は親友と呼ばざるを得ないのかもな、ハハ。とにかく、彼女を家に招待した。お前が気にしないことを願ってる。本当に、本当に気にしないでくれると嬉しい。と言うのも、ウチにいる間に、キムはある物を見つけたんだ。お前の本、売らずにいたやつの1冊。本棚の一番下に置いてた皮張りの本だよ。実のところ、俺はずっとそいつを研究ノートかなんかだとばかり思ってたが、キムはまるで見覚えがあるみたいにその本を開いた。そして、本当に静かにそれを片付けて、いったい何を見たのか説明しようとしなかった。キムはその後、長居せずに帰った。
お前も元気だと良いんだがな。そっちでも相変わらず喧嘩とかしてるか? そうであってほしい。愛してる、お前が恋しい。
モーガン・ルウェリン次席研究員はメールを読んだものの、返信を許可されませんでした。
この頃までに、ルウェリンの業務の質は平均水準まで戻り、かつ向上傾向を示していたため、再び監督者から肯定的な評価を受け、プロジェクトへの集中力を称賛されるようになっていました。彼に対する懲戒案件は決着したものと見做されました。
ファイル 7288.24: 以下のメール2件は2016年6月31日に立て続けに受信されました。
メール#24: ルウェリンの収容から2年4ヶ月6日後に送信。
ジーザス、信じられないような1日を過ごしちまったぜ。
クソ。こんな話をお前に送信すべきかどうかすら分からないが、だったら他の誰に言えば良いんだ? 今日出勤したら、キムに見せたいものがあると言われた。ちょっと気味が悪かったが、いいだろう、それじゃ、ってんで俺はケイラー棟まで付いて行った。裏手の廊下を幾つか下って、だんだん不安になってきたあたりで、キムが見覚えのないドアの向こうに消えたから、俺はその後を追った。
あれをどう言い表すべきか分からない。そこは図書館だった。つまり、こう、正真正銘の図書館だった。何処にあるのか、どういう仕組みなのか、何なのか見当もつかない。ただ、巨大な円天井に幾つもの書架が並んでて、なんてこったい、って感じ。こっそりヤクでも盛られたかと思ってパニックになりかけたら、キムが隣に現れて落ち着かせてくれた。そして、俺はそこを歩き回る途轍もない化け物を見た。
俺の脳みそは考え事で一杯一杯になってる。未だにキムが一服盛ったんじゃないかとも疑ってる。でも神に誓って俺は見た… 歩き回る虫に、吸魂鬼ディメンターみたいな見た目の怪物、正気の沙汰じゃなかった。でも肝心なのは、最初のショックが薄れると、もう怖くはなくなったってことだ。そこは… 馴染みがあった。これまで入館してきた色々な図書館と同じだった。俺たちは何時間もあそこを見て回ったはずだ。どれだけ広いのかさっぱり分からない。キムは、自分もこの図書館がどういうものなのかはっきりとは知らないが、何代にもわたって家族が出入りしていると言った。
俺は歩きながら本を眺めていた。書架をじっくり品定めしてる他の化け物たちから目を逸らすには、そうするしかなかった。じろじろ見るのは失礼にあたると強く注意されたよ。イタリア史の本、量子物理学の本、魔術超構造体の本、死者の社会の本、カリコールKalikorとかいうよく分からないものの調剤の本、全て同じ書架に並んでいた。
今日見たものが何なのかは分からない。でも、お前にも一緒にいてもらいたかったな。
モーガン・ルウェリン次席研究員はメールを読んだものの、返信を許可されませんでした。
ルウェリンの通信を監視していたI/Oボットは、これをNx-001に言及している可能性が高いメッセージとしてフラグ付けし、アンドリュー・ルウェリンの収容と“道”の特定のために、機動部隊シグマ-3 (“書誌学者”) のGIGAS班を派遣しました。ある研究室収容違反演習 (実施を呼びかけた者は特定できず) によってGIGAS班の出動は数時間遅延し、彼らは現地時間17:46にカリフォルニア州パサデナに到着しました。
ルウェリンのアパートを捜索したところ、数時間前に放棄されたことが示されました — 数点の生活必需品が持ち出されており、アンドリュー・ルウェリンの姿はありませんでした。キム・テボクと特定された彼の知人も発見されませんでした。
調査が行われたものの、財団の襲撃前にルウェリン次席研究員が何らかの手段で夫、もしくはキム・テボクに警告したという決定的な証拠は確認できませんでした。
メール#24: ルウェリンの収容から2年4ヶ月7日後に送信。
よう。この先またお前にメールを送れるかどうか、まだはっきりしない。日記か何かに書き留めることならできるだろう。ここでは紙に事欠かない。それでも、やっぱり違う。
俺たちは図書館にいる。つまり、例の図書館。何が起きたか分からない。キムがアパートに来て俺を揺り起こし、逃げないといけない、奴らが来ると言った。奴らってのは何者なのか訊いて、落ち着かせようとしたけど、キムは構わず俺を階下まで引っ張っていった。俺が事態を掴みかねているうちに — 未だに掴めてないが — キムは図書館まで猛スピードで俺の車を飛ばした。窓をぶち割り、あのドアがあった所へ向かった。付いていくつもりはなかったんだ。でもその時、階段を駆け上がるジャックブーツとヘリコプターの音が聞こえて、俺もドアをくぐった。
もう既に1日ぐらい図書館で過ごしてるかな。キムはここなら奴らに捕まらないと言ってる。まだ詳しい説明は受けてないが、食料や衣類なんかは全部ここで手に入るらしい。
俺はいったいどんな面倒に巻き込まれちまったんだろう、モーグ。怖いよ。
何故かケータイはまだ使えるが、電波が途切れ途切れだし、ここでは充電器が見つからないんじゃないかとうっすら嫌な予感がしている。機会があればメールを書くが、しばらくの間、お別れということになりそうだ。愛してるぜ、お前が恋しいよ。
モーガン・ルウェリン次席研究員はメールを読んだものの、返信を許可されませんでした。
この事件以降、ルウェリンの研究監督者たちは、彼が業務を申し分無くこなしているものの、無感情かつ引きこもりがちになったようだと指摘しました。この態度は数週間後に薄らぎました。
その後、4年6ヶ月15日にわたって、SCP-7288関連メールはルウェリンに届きませんでした。
ファイル 7288.26: 2021年1月15日、アドレス <███████████?@gmail.com> からのメールがルウェリンの受信トレイに届きました。この頃までに、テット監督の下で数年間プログラムに参加し、SCP-7288の非活動が長期間続いていたこともあって、ルウェリンは一般研究員に昇進し、多数の特権 — 家具付きの独房から職員寮への移動、職員食堂での食事、Euclidクラス異常オブジェクトへの研究目的での制限付き接触 — を認められていました。彼は134件の財団の研究プロジェクトに参加し、取り組んでいました。SCP-7288の活動停滞と、過去の事案におけるルウェリンの率直な姿勢に鑑みて、彼のSCiPnetメールアドレスを監視するI/Oボットは、監視頻度を恒常的更新から1日2回のスクレイピングまでに落としました。その結果、03:46に受信された以下のメールは12:00まで検出されませんでした。
メール#24: ルウェリンの収容から6年10ヶ月22日後に送信。
よう。久々だな。
どう書こうかと考える時間はたっぷりあったのに、いざ実際に書く機会を得ると、どれも良いアイデアとは思えない。
よし、まず手始めはこうしよう。長い7年間だった。
最後にお前にメールを送ったのは、初めて図書館の中で過ごした時だった。当時の俺はあそこがどう呼ばれているかさえ知らなかった。ところが今や、俺は放浪者だ! 人生の成り行きってのは面白いよな。
ここ数年間は… 興味深い日々を送った。最初の数ヶ月は辛かったよ。財団から逃げ、図書館に安全な避難所を確保し、いったいこれからどうすりゃいいんだと頭を抱えた。でも、どうにかなった。コネを作った — オカルト社会のあちこちで、上層にも下層にも友達ができた。司書たち、放浪者たち、どちらでもない連中、その中間。俺はユーテックの摩天楼に立ち、スリー・ポートランドの路地を探検した。エスターバーグの石畳の街路やスロースピットの細道を見てきたし、アンダーベガスにだって遠征した。超常世界の隅々まで足を伸ばし、道中でかなりのトラブルに見舞われてきた。
キムは決して悪い旅仲間じゃない。ただ、お前と一緒に全てを見届けたかった。
そして、俺の心の一部はそれが不可能だと分かってる。どんな手段を使っても、人間を死から蘇らせることはできない。陳腐な言い草だが、俺がお前を覚えてる限り、お前はまだ俺と一緒にいる。
ただ、問題なのは俺の心の別な部分なんだよ。何年もの間、吸い終えた葉巻のケツを噛みながら、どうにも辻褄が合わないことを思い悩んでいた部分だ。
俺にとっての最初のヒントは、お前がよりによって放浪者の図書館の魔導書をクローゼットにしまってるのに、その話を一度もしなかったことだった。当時は気付かなかったが、今考えれば明らかにおかしい。“この妙な本を見てくれよ”どころか、お前は… 何一つ言わなかった。お前はあれを隠してたんだ。いや、それは許すよ、俺だってお前に随分と隠し事をしてきた。でも、あの本の正体を知らなければ、そもそも隠す理由が無いじゃないか?
オーケイ、そこで俺は、お前がある程度この魔法のデタラメに関わってたんだと悟った。ショックだったが、それよりもっとショックだったのは、世間の人々がお前を知ってたことだ。行く先々でモーガン・ルウェリンの名前が飛び出してくる。お前の両親を知っていた奴、それでお前が自分の家族を疫病みたいに避けてたことにも納得できた。ICSUTに通ってた頃の友達 (お前が本物のビーバーじゃないなんて信じられないぜ、この野郎!1) 。お前と一緒に呪文の証明に取り組んだのを覚えてて、お前を世界最後の聡明な魔術師の1人と呼び、お前の桁外れのパワーは重さ2トンの金属の塊から時速60マイルで突然ぶつかられても発揮されたはずだと断言した奴。
何処に行っても、そこにはお前がいた。俺にとってそれに越したことはない。
でも、パズルの最後のピースは、お前の魔導書を図書館に返却した時に見つかったよ。司書たちは喪失図書が戻ってくることにいつも感謝していて、俺にちょっとした豆知識を教えてくれた。曰く、図書館は墓の向こうに去った者たちの延滞を待たない。
それで全てが腑に落ちたんだ。遺体が都合よく、見分けも付かないほど傷付いていたこと。ほとんど、いや誰一人として、お前がその日出勤したのも、それどころか帰宅中に事故ったのも覚えていなかったこと。
まだ生きてるんだろ、大馬鹿の色男さんよ。
人生で初めて、お前が誰かに捕まったことを祈ってる。そうでなければ、お前は自分の意志で去ったことになっちまうし、そうなったら俺は立ち直れるか分からない。それか、お前は本当に死んでるのかもしれない。そっちなら立ち直れると思ってたが、どうやら俺はお前の死をそもそも信じちゃいなかったようだ。
待ってるぞ、モーグ。場所は分かるよな。愛してる。お前がとても、とても恋しいんだ。
モーガン・ルウェリン研究員は割り当てられた研究監督者の下へと出勤せず、サイト-19保安職員はルウェリンの寮室が内側から施錠されているのを発見しました。コンピュータログは、その数時間前に、ルウェリンがアクセス権を有していた魔力増強効果を有する低優先度の異常オブジェクトが多数、収容ロッカーから持ち出されたことを示しました。ドアを解錠した保安職員は、ルウェリンが全ての私物と共に消えているのを確認しました。
数時間後、1通のメールがヴィンセント・テット監督の受信トレイで発見されました。このメールは数分後に無効化された使い捨てメールアドレスまで追跡されました。
To: あなた 08:47AM
From: 不明 <████████@████████.uz>
件名: 無題
ヴィンセント・テットの発言:
これは君が今後行う中で最も重大なことなのだ。
違うね