クレジット
翻訳責任者: Yukth
翻訳協力者: hitsujikaip /
uud_5w6 /
oplax-counterpoint
翻訳年: 2025
著作権者: HarryBlank
原題: Ȝ is for Ȝesundheit
作成年: 2022
初訳時参照リビジョン: 26
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/scp-7291
ベラルーシ、ピンスク湿原
アイテム番号: SCP-7291
オブジェクトクラス: Pending
特別収容プロトコル: SCP-7291は封鎖されており、決して封鎖状態を解いてはいけません。当該地所への進入口から半径1km範囲内は立入禁止区域に指定されます。認証情報やセキュリティクリアランスの有無にかかわらず、戦術神学部門からの明示的な許可書状を付帯せずに区域内へ侵入した個人は即座に処分されます。
説明: SCP-7291はベラルーシのプリピャチ川沿いのピンスク湿原に位置する墓所です。以下の簡略地図および構造概説は、インシデント7291-1を経て、ドローン技術者であるD. ダ・コスタ技師の記録ファイルより回収されたものです。
件の墓はそのまるごとが地中に構築されている。その進入口は1つの岩石で隠されており、人目を避けるように作られている。主要構造は基盤岩を掘削して形成された区画が複数連続したものであり、区画には何らかの器具による掘削痕がはっきりと残されている。これは人間、または人間に準ずる存在により掘られたことを示唆する。これらの区画へと至るための下りトンネルはマクラナの白大理石で形成されており、湿原の土壌自体は実質的には掘削されていないと推量される。この大理石はベラルーシで自然に採れるものではなく、インド亜大陸から輸入されたものに違いない。マクラナの大理石は非多孔質であり、また、基盤岩も硬岩ではあるが、そのどちらも墓を囲む湿原からの水の流入を完全に遮断できるものではない。にもかかわらず、水溜まりの1つも、壁からの水漏れの1つもこの墓には見受けられない。
SCP-7291(初期調査により判明した構造配置図)
以下に墓の構造配置を記す。
- つづら折りと見通しの悪い曲がり角を複数有する下りトンネル
- 墓所本体へと続く入口を備えた広間 (Forecourt)
- 外郭前室 (Outer Chamber)
- 外郭埋葬室 (Outer Burial Chamber)
- 内奥前室 (Inner Chamber)
- 内奥埋葬室 (Inner Burial Chamber)
- 広域に及ぶ相互に接続したトンネル群 (Tunnels)
最終項にあたるトンネル群の探査は未完遂である。これまでにマッピングした限りでは、トンネルは20キロメートル以上に及ぶことが判明してる。
各埋葬室は凸凹を有し、かつ粗く削られて形成された構造を有する。埋葬室内部には装飾のない石棺が1つと漆喰で不均一に塗り固められた壁龕が複数設けられている。副葬品が納められている可能性については肯定も否定もできない。外郭埋葬室の石棺は財団がSCP-7291を発見する以前に暴かれていた。内奥埋葬室の石棺は蓋が床面と面一になっており、こちらも続けて暴かれた。
財団記録・情報保安管理局より通達
当該ファイルに対する研究チームの任命が新規になされるまで、ないし、総務部門によるインシデント7291-1・-2の調査が完了するまでの間、SCP-7291の異常性の記述は保留とさせていただきます。
— RAISA管理官、マリア・ジョーンズ
補遺7291-1 発見・探査・インシデント: 2022年9月、プロの考古学者であるバリス・サラヴェイ博士による常軌を逸した一連の行動を受けて、SCP-7291は財団の注意を引きました。2010年にベラルーシ・ミンスクの建造物的遺跡において異常な遺構を発掘したことを受けて、サラヴェイ博士は財団の監視リストに登録されていました。反復的に記憶処理を施したにもかかわらず、監視してからの11年間、主流の考古学界ないし財団でも認知されていない秘教的遺物をサラヴェイ博士は断続的に発見し続けました。しかしながら、SCP-7291の発見以降、サラヴェイ博士は奇矯な行動を取るようになり、終身在職権を有していなかったが故にベラルーシ国立科学アカデミーから除籍されるに至りました。問題行動は以下の通りです。
- 事前通知なしの常習的な長期有給休暇の取得
- 自身の学術論文からの引用文献部の削除
- ピアレビューにおける情報源の秘匿
- 同僚17名が剽窃行為を謀計したとする告発
- 他の研究者からの研究資材の窃盗
- ベラルーシ国立美術館からの遺物の窃盗 (うち数点がアノマリー起源の物品と後ほど判明した)
聴取のため、サラヴェイ博士はエリア-06に拘留されました。専門的知見に精通していることを理由に、財団の考古学部門に所属するゲルハルト・ネラー博士がサラヴェイ博士への第1回聴取の担当役として選出されました。
<サラヴェイ博士とネラー博士が1台の聴取用テーブルに揃って着席している。サラヴェイ博士が落ち着かない様子を呈している。ネラー博士と目を合わせようとせず、視線は絶えず動き回っている。また、定期的に引き攣った笑みを浮かべたり、突如として何かを理解したかのように1人で頷いたりしている。>
ネラー博士: またお目見えできて嬉しいよ、バリス。
サラヴェイ博士: そりゃあ、嬉しいだろうな。
ネラー博士: 2012年のポラツク会議で顔合わせしたのだが、覚えているかね?
サラヴェイ博士: ああ、記憶してる。もちろん、アンタを記憶してるぞ。今になってようやく全て理解できた。
ネラー博士: どういう意味かね?
サラヴェイ博士: あの時が全ての始まりだった。盗み取りだ。だけどそれで俺を止められるもんか。そうだ、アンタらにはヤツらを止めることも無理だ。ヤツらはこちらに這い寄ってきてる、過去から少しずつ、まさしく1インチずつ。
<沈黙が記録される。>
ネラー博士: バリス、私の立てたインタビュー予定をずいぶんと前倒ししてくれたようだ。構わないがね。はっきりとさせておこうか、君が言うところのヤツらとは何者かね? そいつらは… なんだ、我々へ向かって過去からやってくると、そう言いたいわけだな?
サラヴェイ博士: んなこと、アンタらもよく知ってるだろうに。はっきり言ってやる。ダエーバイトの連中だ。
ファイル承認済み:
要注意団体プロファイルより要約 "ダエーバイト帝国" (GoI-140)ダエーバイト帝国は、13世紀に滅亡するまで、シベリア中南部および近隣領土の広範な一帯を支配していた軍国主義的・帝国主義的な神権国家であった。ダエーワたちが奇跡術・儀式主義・奴隷制度・人身供犠・カニバリズム・現実改変能力を行使・従事することはよく知られていた。ダエーバイト文明の考古学的遺跡は帝国本来の版図を越えて今なお発見されており、これは帝国の征服活動の試みまたは政治的勢力の隆衰を示している。当該の遺跡群はほぼ例外なく異常性を帯びており、人間の生命に対して有害に働く。しかしながら、ダエーバイト文明の遺物において厄介の最たるものは、20世紀に作成された、彼女たちの社会政治史を記述した歴史的モノグラフであるSCP-140 (ダエーワ年代記) である。当該の書物は相当量のインク (またはインクの機能を代替する液体) へ曝露された際、ダエーバイト帝国が滅亡したと推定される時点よりも後にも帝国の物語が存続するように遡及的に自身を改訂する。これらの改変内容によりベースライン現実は書き換えられ、帝国の歴史が現代に向かって拡張されていくこととなる。この実存的脅威のため、財団により発見された全てのダエーバイト文明の遺跡・遺物に対して早急に分析を行うことは最優先事項とみなされる。
ネラー博士: その言葉をどうして知っている? ダエーバイトについてだ。
<サラヴェイ博士が声を上げて笑う。>
サラヴェイ博士: アンタらは俺の記憶を盗み取った、だがね、取り戻したのさ。暗闇の中で見つけた、記憶を、俺自身を、俺が成すべきものを。それに関してだけはアンタらに感謝を伝えておくべきか。どこかに失われた時間に、どこかに消えた研究結果の束に、アンタらのせいでぽっかりと穿たれた俺の人生の空白ってやつか? そいつが、それまでは知りもしなかった衝動に俺を駆り立てた。飢えってやつだ。ネラー、俺は記憶してるぞ、例の会議の時に見たアンタを。痩せこけて、飢えて、餓死する間際だったアンタの姿を。この衝動をアンタも感じてたんだろう? そして、アンタは何一つとして成果を得られちゃいなかった。
<ネラー博士が身を強張らせる。>
サラヴェイ博士: まぁなんだ、俺だって何か成し遂げたわけじゃあない。だが、そんなことは俺にとっては取るに足らないことだった。1人の呑んだくれがどこぞのオープンバーによろめき入ってった、俺にとっての考古学はその程度のものだった。屋外で時間を過ごせて、骨の折れる作業は他のヤツにやらせる、そんな仕事を求めてこの世界に潜っただけ。どうだってよかったんだ、ミンスクより以前はな。アンタとお仲間が重大事にしでかすまでは。だが、そんなのも大したことじゃなかった、あの地の奥底で発見した物に比べれば…
<サラヴェイ博士が首を横に振る。>
サラヴェイ博士: アンタに言って聞かせたくて堪らない。こいつは悪魔みたいな秘密で、それで、俺の脳ミソの奥底でのたうち暴れ続けてる。だが、アンタが知ることはない。これは俺のもの、俺だけのものだ… こいつが俺ら全員に帰属するまではな。
ネラー博士: 君は、堂々巡りをしてるようだね。
サラヴェイ博士: 俺がアンタを堂々巡りに導いてやってるんだよ、現にだ、堂々巡りの俺の後ろをアンタはついてきてる。これまでもそうだったしな?
<ネラー博士は返答しない。>
サラヴェイ博士: そうだろうがよ。なぁ、ネラー、アンタが俺の踵に齧りついて引っ付いてきたところで面白いところには辿り着きゃしないぞ。俺を貶めたってアンタの功名が立つことはない。
<ネラー博士が立ち上がる。>
ネラー博士: 君の仕事の成果を調べた後にまた話をしようじゃないか、バリス。
サラヴェイ博士: そんなもの見つからねぇさ。それに、たとえ見つけたって、アンタらは理解なんてしない — アンタらが破りもしない規範コードの内にそれはあるからな、今はダエーワたちの時代でもない。それに、このことだけは俺の言い分を信用していいと思う。頼むから聞いてくれ。
ネラー博士: 何だね?
サラヴェイ博士: アンタはアレを理解したくもないんだろう、ってことだよ。
機動部隊ロー-57 ("押込み強盗"House Breakers) は、サラヴェイ博士が最後に居住していたとされるピンスク市内の邸宅内部を捜索しました。簡易の自家製トラップによる軽傷と短時間の探索の末、機動部隊は研究資材の隠し場所の発見に成功しました。発見されたファイル群には明確に暗号化が施されていましたが、RAISAの暗号学者による短時間での復号により、直近のサラヴェイ博士が未申告で調査した不詳の考古学的遺跡の位置を特定しました。ドローンによる短時間の偵察が行われて主要な墓所区画のマッピングがされましたが、埋蔵室の先にある隧道網の調査までには至りませんでした。結果、当該のアノマリーはSCP-7291に分類されました。
収容部門への複数回の要請が認められ、最終的に本プロジェクトの統括にはネラー博士が任命されました。ネラー博士は下記に示すチームを速やかに編成し、ピンスク湿原への移動手配を行いました。
SCP-7291研究&収容チーム
考古学部門 (ARCHAEOLOGY : ARC)
- ゲルハルト・ネラー博士 — チーム統括
歴史学部門 (HISTORY : HIST)
- アウグストゥス・ブース教授 — 東ヨーロッパの社会/文化の専門家
- レジナルド・ハフ教授 — 東ヨーロッパ/ユーラシア圏の民俗学的慣習の専門家
- イネス・プレシュコ博士 — 古代ダエーバイトの社会/文化の専門家
戦術神学部門 (TACTICAL THEOLOGY : THEO)
- フィデーリア・キハーノ博士 — 体系化された宗教における慣習の専門家
- マキシモ・キハーノ博士 — マイナー宗教における慣習の専門家
エンジニアリング・技術サービス部門 (ENGINEERING AND TECHNICAL SERVICES : ENG/COMM)
- イングヴァル・ストランド局長 — 構造エンジニア/爆破解体専門家
- クリストファー・ジル技師 — 通信技術者
- ジョシ・リズワナ技師 — 機械技術者
ロジスティック部門 (LOGISTICS : LOG)
- ハーフェズ・エル=アミン — 物資調達補給役
地球物理学部門 (GEOPHYSICS : GEOPHYS)
- ディオゴ・ダ・コスタ技師 — ドローン技術者
医療部門 (MEDICAL : MED)
- マリスカ・ラウエルス医師 — 衛生兵
機動部隊部門 (MOBILE TASK FORCES : MTF)
- レベッカ・キャシディ隊長 — 機動部隊デルタ-82 ("墓地のポリ公"Grave Coppers) 指揮官
- エージェント・ミクローシュ・ドボシュ
- エージェント・エドゥアルド・パノシアン
- エージェント・ロゼッタ・ルーセル
- エージェント・イシドロ・ヴァレンティ
財団公認の奇跡術師をチームに編成するというネラー博士からの申請は、霊魂憑依により壊滅的被害が生じる恐れがあることを理由に監督司令部により棄却されました。また、スクラントン現実錨の配備は、現実錨に類する機材の使用によって同種の考古学的遺跡へ修復不可能な損傷がもたらされた事例を根拠としてネラー博士自身により棄却されました。
墓所のエントランスへと接続する地上の進入口に仮設されたベースキャンプにて、チームメンバーはボディカメラと無線送信機を装着しました。第1回のドローン調査結果を確認したうえで第2回が実施され、その後にメンバー全員がSCP-7291への進入を始めました。
本ファイルに書き起こされた以降の記録全てはインシデント後の遺跡から回収された複数のカメラ映像を基として統合されたものです。
<隧道は急勾配の下り坂であり、頻繁に折り返すジグザグ構造だが、頭上には十分な空間があり、3人が並んで歩ける横幅も存在している。空気中に大量の埃が舞っている。ブース教授が自身の鼻と口にハンカチを当てている。>
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: ここって、本当に絶対に安全なんですかね?
(MTF) キャシディ隊長: 何言ってんだ? もちろん、そんなワケないだろ。
(ENG) ストランド局長: 自分で操作してたドローンの映像を見てなかったのか? トンネルの構造は安定している。洞窟崩落の心配はない。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: 崩落については心配してませんよ。気がかりなのは—
(COMM) ジル技師: ミイラだろ。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: 違いますってば。自分はそんなバカじゃないです。俺が言いたいのは—
(COMM) ジル技師: じゃ、ドラキュラだ。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: 黙ってろよ。言いたいのはですね…
<ダ・コスタ技師がくしゃみをしそうになる。>
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: ほら、この埃の量見てくださいよ! マスクするべきなんじゃないですか?
(HIST) ブース教授: であるからに、ポケットチーフを忍ばせずに外へ出かけるようなことを私は決してしないのですよ。
(MED) ラウエルス医師: 悪影響の恐れはないですね。ドローンが持ち帰ったサンプルトレイをレビューしました。ここは完全に無菌です… 言うまでもなく、それこそが懸念でもあるんですけど、何しろここは湿原の真ん中に当たるはずですから。
(COMM) ジル技師: それが確かかはわからんでしょうに。
(MTF) キャシディ隊長: おい、その話はもう済んだことだろ。アタシたちは先発隊で、ここの脅威をすぐに排除しなくちゃいけないって、そう了解しただろうが。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: ですけど、一度の先発隊でこんなに多くの専門家をリスクに晒すのが賢明とは思えないんですよ。
(ARC) ネラー博士: 専門家を送らずのままの方が、それこそが危険なのだ。この遺跡は非常に貴重であり… 非常に潜在的な不安定性を抱えてもあり… 無知な者がこの地下道を彷徨い歩くようなリスクは避けなければ。万が一に備え、的確に対処できる君たちが必要だった。
(HIST) ブース教授: だから、今回の秘境探求に際してこの素晴らしいエキスパート諸君を揃えたというわけですか。考古学の者はおりませんがね、尊厳者アウグストであるあなたご自身を除いては。
(ARC) ネラー博士: アウグストゥス、あなたも多少の考古学の手解きを受けていたのでは? ともかく、この場ではプレシュコ博士が指揮を執る。ダエーバイト帝国の研究役というものは往々にして広範に渡る知恵者でもあるからな。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: どういう意味です?
(HIST) プレシュコ博士: ダエーバイトにとって信仰と慣習との間には閾というものが存在しないためです。彼女たちの建築やアーティファクト、宗教儀礼、政治、魔術… それら全てが結びついているのです。包括的に考えなければ理解するには及ばないでしょう。このような機会を見越して、私は何十年と訓練してきました。
(ARC) ネラー博士: 私も同じく、だ。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: それじゃ、ここがダエーバイトのものだって、かなり確信してるってことですか?
(ARC) ネラー博士: サラヴェイはその様子だったがね。
(ENG) ストランド局長: トンネルの構造的特徴も合致している、まぁ… 大まかに、だが。
(HIST) プレシュコ博士: 非常に大まかに、ではあります。これは帝国最盛期のものではないというのは確かです。随分と急拵えで用意されたものと思われます。
(ENG) ストランド局長: インドから石を運び込んで、地殻まで掘り進めたというのに? それで「急拵え」と言ったか、そんなもの聞いたこともない。
(HIST) プレシュコ博士: 絶えず技術水準を発展させ続けてきた当時の彼女たちにしては、という意味です。彼女たちは地殻の掘削に熟達しており、そして地中深くを好んでいましたから。
<チームが下り道の終端へ到達し、広間区画に進入する。広間は立方体と呼べる大きな空間である。南端にのみ装飾が施されており、エントランス区画に続く華美な意匠があしらわれた門が1つ置かれている。>
(ARC) ネラー博士: とはいえ、それも全て推測に過ぎない。ダエーワから学んだ技術を使って地元住民たちが建設した、という可能性も十分にある。
(HIST) プレシュコ博士: あまり考えられないことですね。ダエーワが自分たちの技術を教示するということはありませんでしたし、奴隷の識字率を高めるようなこともしませんでした。彼女たちが情報の伝達者として優れていたとはとても言えたものではありません。ただし、彼女たちはどうやら… メッセージを残すことを… 好んでいたようですね…
(ARC) ネラー博士: どうした、プレシュコ博士?
(HIST) プレシュコ博士: 議論はこれで決着すると思います。
<プレシュコ博士が岩石でできた門のまぐさを指さす。表面に碑銘が刻まれているのが確認できる。>
(ENG) ストランド局長: あんなもの、最初のドローン映像にはなかったのでは。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: それなら、そこに急に現れたってことです。自分はきちんと確認しましたよ。
(ENG) ストランド局長: 誰もお前の作業に粗があったとは言ってない。
(HIST) ブース教授: その繋がりの意図するところを理解するには遥かに及びませんが、私の半人前の見識からしても古代ダエーバイト文字に見えますな。
(HIST) ハフ教授: その気取った物言いをやめろ、アウグストゥス。ここは英国放送協会BBCじゃないんだぞ。
(HIST) ブース教授: レジナルド、BBCについて君が何を存じてると言うのです?
(ARC) ネラー博士: 2人とも、黙っててくれ。それでだ、プレシュコ博士、アレはダエーバイトのものなのか?
(HIST) プレシュコ博士: 確実に。翻訳しましょうか?
(HIST) ハフ教授: やめろ。
(HIST) ブース教授: 絶対におやめなさい。
(ARC) ネラー博士: ふむ。安全に思えるか? どうだ、イネス?
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: 安全じゃないかもって、どうして思うんです?
(ARC) ネラー博士: ダエーバイトというのは彫刻に呪いを仕込むくらいは平然とやる連中だからな。
(HIST) プレシュコ博士: 彼女たちにとってはどんなことも造作ないことでしたから。ですが、安全だと私は判断します。この土地は帝国の中心から遥かに離れて位置しているうえに、遥かに長い年月が経過しています。外気に晒されて少なくとも1年は経過しているのでしょう、サラヴェイ氏の記録が正しければ、ですが… 仮に呪いが込められていたのだとしても、効力は既に失われているでしょう。
(ARC) ネラー博士: ドローンのオリハルコン・コアに割れは? 無かったよな?
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: まぁ、無かったですけど…
(ARC) ネラー博士: というのなら、エントランス付近には強力な奇跡術の行使はないと見てよいだろう。
(COMM) ジル技師: 何で今この場で命懸けすることになってんだ?
(ARC) ネラー博士: 翻訳を許可する、プレシュコ博士。
(HIST) プレシュコ博士: 記されている内容を読み上げます。
An omen of warning for those who would steal
The secrets sequestered behind the black seal
Naught here will you find but what others have lost
Your vessels be emptied, and sanguine the cost
黒き封印の幽影に隔てられし隠秘いんぴ
その掠奪を企てし者に凶兆の訓詞くんし
汝が此地で得る物は無し 在るは異人ことひとの失いし物のみ
汝が器を虚ろと為すべし 為すは紅色あかいろの鮮血を代償に
(COMM) ジル技師: ワクワクさせてくれるねぇ。
(HIST) ブース教授: 心配で堪らないよ、私は。
(MTF) キャシディ隊長: 大げさだな。こんなの、「入るなかれ」系の、いかにもブキミなおハカって感じのものじゃないか、そうだろ?
(HIST) ブース教授: 私が心配と言ったのは、我が尊厳に値する同輩の1人が古代ダエーバイト語を即興でごく自然に翻訳できるという事実についてだよ。そのうえでさらに心配で堪らないというのは、その翻訳が我らが母語で韻を踏んでいるからね。
(ARC) ネラー博士: なるほど。
(HIST) ブース教授: 彼女らの言語ではなく、我々の言語で、ですよ。
(ARC) ネラー博士: あー。うむ、それは—
(HIST) プレシュコ博士: 事実を申し上げると、彼女たちの言葉でも韻が踏まれてます。
(HIST) ブース教授: おや! なるほど! それはさらにさらに厄介です。全くもって喜ばしい話ではないですね。
(ARC) ネラー博士: 確かに奇妙な兆候ではある、が、それでも探査を進めなければ。キャシディ隊長とエージェントたちには引き続き厳戒態勢を維持してもらうが、探索を続行すべきと私は思っている。意見は? 主にこの場にいる専門家諸君に問うているのであるから、念のため。
<ダ・コスタ技師とジル技師が小声で不満を漏らす。>
(THEO) F. キハーノ博士: この碑文に仄めかされていることは明白と思われますわ。この墓所の中には新発見があり、そしてそれはわたくしたちにとって好ましいものではないのでしょう。
(THEO) M. キハーノ博士: また、死に瀕する危険があるという含蓄も甚だしく明白ですね。
(ARC) ネラー博士: その程度の話なら既にサラヴェイから聞いてる。
(THEO) M. キハーノ博士: 加えて言わせてもらえれば、中に在る物から盗掘人の方を守るべく封印されたという忠告でもあるように思えます。盗まれないように、ではなく。
(COMM) ジル技師: ワーオ、いかにもありえそうな話っすね。
(HIST) ハフ教授: ベラルーシの民間伝承には『黒き封印』に関するものはないぞ、参考になるかは分からんが念のためにこの情報は伝えておく。
(HIST) ブース教授: 幾許も有益とは言い難いものですが、とはいっても感謝の念を君に伝えておきますよ。
(HIST) プレシュコ博士: ダエーバイトの文化においては『黒き封印』に類するものが少なくとも6例は思い浮かびます、すぐ思いついただけでこれだけありますからね。
(HIST) ブース教授: 今この劇的な場面タブローに至っても、真に『黒き封印』が如く事物の一切が現れていないのは傾注に値するかね。
(HIST) ハフ教授: あぁ、そいつは確かに懸念すべきだな。
(HIST) プレシュコ博士: ですが驚くには値しません。サラヴェイ氏がご執心であったことはこちらの知るところです。当然、彼は封印を破って内部へと押し入ったのでしょう。
(COMM) ジル技師: わざわざ封印にお名前付けちゃってる時点でな、ぶち破ってくださいって言ってるようなもんだし。
(ARC) ネラー博士: サラヴェイの振る舞いから判断するに、彼は何らかの呪いの影響下にあった可能性が高い。おそらくだが、件の封印を破ったことによるものだろう。
(HIST) プレシュコ博士: 同様にその解呪法も碑文にあるのかもしれません。『汝が器』というのは恐らく私たちの肉体のメタファーであり、それが『虚ろと為す』のでしょうね。
(MTF) キャシディ隊長: つまり何だ? モツを吐き出すことになるってかい?
(HIST) ブース教授: ダエーバイト的思考が不足しておるよ、君。一層に可能性が高いのは、何者かに君の臓腑が引き摺り出されるということだ。
(COMM) ジル技師: ご丁寧に解説どうも。
(HIST) ブース教授: どう致しましての至りだね。
(HIST) ハフ教授: 自分というものが完全に場違いな存在に感じられてきた。今回の調査に貢献できることが自分にあるのか判然とせんぞ、見るからにダエーバイト関れ—
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: おいおいおい、こんにちはだなこりゃ。
<1匹の茶トラ猫が出現している。猫は門の下で寛いだように寝そべり、チームを凝視している。機動部隊隊員たちが銃器を構える。>
(MTF) キャシディ隊長: ダエーバイト・キャット・モンスター、なんてのはいるのか?
(HIST) プレシュコ博士: 樹木の怪物なら。イエスです。当然ですが、土塊の怪物も。ですが、キャット・モンスターというのは絶対にありえません。ダエーバイトにおいて猫は忌み嫌われる存在でしたので。彼女たちは猫を生きたままに煮て、石切り場には何百匹もの死体が積まれたのです。古代ダエーバスタンでは猫が1匹残らず殺された、というのが伝え聞くところです。
(MTF) キャシディ隊長: なるほどね、なら新たに1匹くらい積み重なってもどうってないわけか。
<キャシディ隊長が狙いを定める。>
<猫がくしゃみをする。>
<キャシディ隊長は驚き、発砲が逸れる。猫が墓所の内奥へと再び姿を消す。>
(COMM) ジル技師: まぁなんだ、ネコ騒動は一段落ってわけだな。誰も死ななかったしな。
(ARC) ネラー博士: あれはサラヴェイの猫だったのだろう。彼のメモ書きにもそう書いてある。どうやら「アイツらのために俺をスパイしてやがる」と確信したからにトンネルの奥に追いやったらしい。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: 勘弁してくれChrist。
(THEO) F. キハーノ博士: お待ちなさい、口を慎みなさいな。
(COMM) ジル技師: だな、どこぞの神サマも本日のパーティーにご招待するつもりないしな。
(ARC) ネラー博士: いずれにせよ、先へ進んでよい頃合いに思う。外と内、どちらかの前室にキャンプを設営することになる。状況次第だ。諸君、引き続き、墓所のモンスターにはくれぐれも警戒してくれたまえよ。
<ストランド局長がくしゃみをする。>
(ARC) ネラー博士: ゲズントハィトGesundheit。
外郭埋葬室の石棺 (外観)
外郭埋葬室の石棺 (内部)
内奥埋葬室の石棺 (外観)
エンジニアリング・技術サービス部門から派遣された第2チームはチームの装備と一連のモジュール式パーティションを外郭埋葬室へと搬入しました。その後、SCP-7291への潜在的な曝露者数を限定するため、第2チームの人員は直ちに撤退して当該地所外での隔離措置を受けました。探査初日の残り時間は内部ベースキャンプを新たに設営する作業に充てられました。設営対象には以下の構造物が含まれます。
- 機密通信・計算機器用の間仕切り型気密性クリーンルーム (チーム各員のボディカメラ用の遠隔モニターを含む)
- 間仕切り型気密医務チャンバー
- 開放型仮設宿舎および集会室
- 間仕切り型洗面所設備群 (深層掘削により地下水を使用)
技師たちおよびにストランド局長が機器の設定・動作試験を行っている最中、学術チームは5つの主要区画を徹底的に探査して遺物を回収しました。短時間の探査により、鋭利な短刀3振り・大型の肉斬り包丁1振り・槍2本・装飾芸術に使用された種々の破片多数が発見されました。プレシュコ博士により各種の遺物はダエーバイト起源であることが同定されました。ネラー博士はこれら遺物の一纏まりを「ごくありふれたbog-standard副葬品にすぎない」と称して不服を表明しました。この発言を受け、遺跡の湿地bog的環境と掛けて揶揄したジル技師とネラー博士との両者間で瑣末な口論が発生しました。
開封された石棺内には遺物や遺骸が一切存在しないことが確認されました。これに関して、恐らくはサラヴェイ博士により価値ある物品が持ち去られたためというコンセンサスが得られました。また、ネラー博士は「もう一方の暴かれていない石棺を調査しないことにはこの遺跡の本質が何も詳らかにされない」とする見解を示しました。この意見を巡って数時間に渡る激しい議論が発生しましたが、午前0時直前に消灯命令が出されたことで当該の議論は終了しました。
2日目の朝、ストランド局長により未開封の石棺に対するX線スキャンが実施されました。結果、石棺内部が空である、またはX線が遮断されていることが判明しました。キハーノ博士夫妻が両石棺に対して一連のアキヴァ放射・EVEエネルギー測定を実施したところ、いずれの石棺においても未改変のベースライン現実と完全に一致するシグネチャーが検出されました。
前述の結果を受け、両石棺に対するRAISR装置 (応力均等式複合リフティング機構群) の設置および操作試験がネラー博士からリズワナ技師に指示されました。開封済みの石棺側の装置を介して、訓練データの収集を目的とした蓋の開閉操作が繰り返し行われ、もう一方の石棺の開封で作業にできるだけの重量および材料組成のプロファイルが作成されました。リズワナ技師は未開封の石棺の蓋を問題なく移動させることが可能と判断し、この時点でネラー博士は試行命令を下しました。
<リズワナ技師がクリーンルーム内からRAISR装置を遠隔操作している。インターカムを通じて他のチームメンバーと連絡を取り合っている。他のメンバーは、外郭前室のキャンプに設置された壁掛け式モニターで様子を見守っている。剥奪吸収シートと不透性反奇跡的アンチタウミック硬質セロファンシートとを交互に重ねたものと、RAISRケーブルとで外郭埋葬室は厳重に封鎖されている。>
(THEO) F. キハーノ博士: やはり蓋を動かすのは性急ではなくて? 無思慮のまま、神への冒涜に猛進するのは不穏当なものですわよ。
(ARC) ネラー博士: 危険を冒さねば、なんとやらともあるぞ。.訳注: Nothing ventured, nothing gained. (危険を冒さなければ何も得られない。= 虎穴に入らずんば虎子を得ず。)
(HIST) プレシュコ博士: ダエーバイトの遺跡に留まれば留まるだけ、悪影響を受けるリスクも高まります。可能な限り迅速に、できる限りの量のデータを集め、状態評価の基準を設ける必要があります。それが任務遂行の唯一の方法です。
(HIST) ブース教授: 墓荒らしの現行犯真っ最中ではありますがね、謙虚であることの重要性というものを強く主張させていただきますよ。儀礼的なお祈りの1つ2つでも唱えるとしますか、レジナルド?
(HIST) ハフ教授: うむ。コホン。
<ハフ教授が大きく息を吸う。>
(HIST) ハフ教授: 壊すなよ。
<一同が笑い声を上げる。>
(ARC) ネラー博士: ありがたいお言葉だ、ハフ教授。用意はどうかね?
(ENG) リズワナ技師: システム、オールグリーン、兆候チェックアウト、全計器出力正常を確認、入力遅延はほぼゼロ。凪いだ航海日和ってところです、博士。
(ARC) ネラー博士: よし。始めろ。
(ENG) リズワナ技師: 了解です、始めま… は—
<リズワナ技師が大声を発する。>
(ARC) ネラー博士: 今のはどうした?
(ENG) リズワナ技師: すみません、博士。手を洗わないと。
(ARC) ネラー博士: エアロックを解除して空気循環させないと外に出られないんだぞ、そして正直なところ、我々にそのような時間はない。なぜ—
(COMM) ジル技師: おいジョシ、お前まさか、クリーンルームでくしゃみしたなんて言わないだろうな?
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: うわ、最悪だなfucking hell。
(ARC) ネラー博士: ゲズントハィトGesundheit、くそったれめGod dammit。
(THEO) F. キハーノ博士: 二度目ですわよ、皆さん、どうか自制というものを—
<マキシモ・キハーノ博士が妻の肩に片手を添える。フィデーリア・キハーノ博士が溜息をつき、首を横に振る。>
(ENG) リズワナ技師: 本当に、今すぐに手を洗わなくてはいけないんです、博士。
(ARC) ネラー博士: おい、君は手に向けてくしゃみをしたと言うのか?
(ENG) リズワナ技師: 違います、博士、ただ—
(ARC) ネラー博士: 君のその両手が鼻水でヌメヌメになって、操作盤を握ることも適わないというわけか? あたかも君はチビのお子様のように何もできやしないんだと、そう言いたいのか?
(ENG) リズワナ技師: 肘の内側で抑えてくしゃみしました、博士。ですが—
(ARC) ネラー博士: モニター一面にくしゃみをぶちまけて、粘性物質による不透過層ですっかり覆い尽くしてしまったと、それで計測器の数値の数々も見えないと言うわけか? それともなんだ、剥き出しの配線に向かって直接くしゃみを浴びせかけたとでも言うのか? いいかね、いいか、リズワナ技師、今この瞬間に君の職務遂行能力が物的に阻害されてでもいない限り、頼むから、君のそのシステムに影響がないままであることを確認したまえ、その… 鼻腔の発露ネイズル・アウトバーストからの悪影響を受けていないことを。そしてその忌々しいクソGod-damnな蓋をこじ開けろ。
<沈黙が記録される。>
(ENG) リズワナ技師: 全システム良好、博士。作業開始します。
(ARC) ネラー博士: よろしい。
(HIST) ハフ教授: ところでだ、ちょっち待たんかい。どうしてお前さんは手を洗いたかったのだ?
(ENG) リズワナ技師: 気にしないでください。さっさと終わらせちゃいましょう。
(HIST) ハフ教授: だがね—
(ARC) ネラー博士: 技師に自分の仕事をさせてやってくれないか。彼は訓練を受けたプロフェッショナルなんだ。
<リズワナ技師がコンソールにコマンドを入力する。ロッドとジョイントの構成物18基の集合体が石棺を取り囲むように地面に設置され、それらが展開・延伸してプロテクトシェルを形成して蓋を囲み始める。第2ジョイントから伸びた小型ロッドが石棺の陥没痕や傷痕を精査する。機械応力による微小な裂け目を補修しながら密閉部からロッドが内部へと滑り込んでいく。蓋全体が支持・固定されたことを確認し、リズワナ技師が溜息を吐く。>
(ARC) ネラー博士: 問題は?
(ENG) リズワナ技師: ないです、博士。音頭をお願いします。
(ARC) ネラー博士: 歴史に残る偉業を成し遂げようじゃないか。
<RAISR装置により石棺の蓋が持ち上がりだす。新たに繋がった石棺内外の空間には目に見える気体の相互流動は確認されない。複数のロッドが自動圧力センサーに応じて屈曲する。訓練データとリズワナ技師からのコマンドに従ってロッドが動作する。>
(ENG) リズワナ技師: おや、こいつは… いえ、すみません。本当にこの負荷データが正しいのなら、応力亀裂が大量に存在するみたいです。中のものは亀裂とヘコみでひび割れてるに違いないです。本来ならX線で引っかかって然るべきでしたのに。
(ENG) ストランド局長: 私がX線で三重チェックしたんだぞ。それを否定しようとでも言—
<再び、リズワナ技師が先程の一声よりも大きな声を発する。操作レバーが勢いよく一方向に引かれる。明らかにこの入力に応じた結果、装置の支柱となるロッドが急速にしなって石棺の蓋がずらされる。蓋の一角が石棺の内空に向かって落ちていく。それに続き、大きな亀裂音が連続して鳴る。石棺の底部全てが大きな破片群となって砕け散り、轟音と共に崩壊する。>
<沈黙が記録される。>
<ハフ教授がくしゃみをする。>
<マキシモ・キハーノ博士がネラー博士の方を見遣る。顔を紅潮させたネラー博士が身体を震わせている。>
(THEO) M. キハーノ博士: ゲズントハィトGesundheit、お二方とも。
ラウエルス医師およびにキハーノ博士夫妻は反奇跡セロファンシートの再検査を実施しました。一方で、本インシデントを受けてネラー博士は臨時ミーティングの招集を行いました。
<外郭前室に設置されたベースキャンプ中央に集められたチームメンバーにより雑な円陣が形成されている。ネラー博士を除いた全員が着席している。ネラー博士は落ち着かない様子で行ったり来たりを繰り返しながら腕を振り上げている。>
(ARC) ネラー博士: 君は湿地にアレルギーでもあるのか、リズワナ?
<リズワナ技師が俯いて地面を眺めだす。>
(ENG) リズワナ技師: いえ、博士。
(ARC) ネラー博士: では、リズワナ、ホコリにアレルギーがあるのか? それとも逆に、あの完璧な作業環境のホコリのなさにアレルギーがあるというのか? 君のために多大な費用をかけて設けたのだが。
(ENG) リズワナ技師: いえ、博士。自分はそんな—
(ARC) ネラー博士: じゃあ何かね、科学的探究の精神、そのものにでもアレルギーがあるのかね?
<沈黙が記録される。>
(ARC) ネラー博士: どうなんだ? これまで絶え間なく進歩し続けてきた我々人類の形勢を解き明かそうという高尚なる共同プロジェクトに君はアレルギー反応を起こしてるのか? だから、君はクシャミをしでかしたというのか、それも2回も、しかも作業の真っ最中に…
<ネラー博士はそれ以上に言葉を発することができない様子を呈する。>
(ENG) リズワナ技師: 手を洗わさせてもらえればよかったんです。
(HIST) ブース教授: 是非聞かせてほしいものだよ。
(HIST) ハフ教授: そこのところについてだが、私が力になれるかもしれん。
(HIST) ブース教授: それはなんとだね、初耳だ。
(HIST) ハフ教授: こいつは驚きだ、アウグストゥス。アンタほどの自惚れ屋が知らんとはな。全ての文化にはくしゃみに関するそれぞれ独自の迷信が存在している—
(HIST) ブース教授: おぉ、主よ、我らをお守りくださいpreserve us。
(HIST) ハフ教授: —し、リズワナ技師がヒンドゥー教系の生まれであると確信を以て推測しているからに—
(HIST) ブース教授: おいおい、自分が何を宣ってるのか顧みたまえよ。
(HIST) ハフ教授: —1つ妥当な仮説が立てられる、事をしでかしたそのはずみで想起したのだろう、噴嚏ふんていの直後には重要な作業を始めてはならないという戒めを。
(COMM) ジル技師: ふん…? なんつった?
(LOG) エル=アミン資源補給役: くしゃみのことだ。
(HIST) ハフ教授: インドではくしゃみをしたら手を洗うのが習わしとなっている。そうしなければ不幸が訪れるとされている。
(HIST) ブース教授: 君はそんな言い振りをしておきながら、この私のことを勿体ぶったBBC野郎BBCスピーク呼ばわりしていたわけか。
(ARC) ネラー博士: アンタ、本気で、そんな戯言を宣ってるのか?
<沈黙が記録される。>
(ARC) ネラー博士: リズワナ、このチームを選抜する際、私は各員の履歴書を細心も細心を以て確認した。もしも君の履歴書に『アホ』とでも書かれていたなら、まず見落とさなかったはずだ。
(ENG) リズワナ技師: そんな迷信、真に受けてません、博士。ですが、緊張する場面では念には念を入れたくなるもので—
(ARC) ネラー博士: なら君は気を取られたわけだ… その、アホの考えファンタジーに。そしてダメにした、貴重な古代考古学の一欠片を完全に台無しにしたのだ。
(HIST) ブース教授: 実際には、中世のものですがね。
<ブース教授の発言をネラー博士が無視する。>
(ARC) ネラー博士: 君の神々もこの上なくお喜びだろうな。
(ENG) リズワナ技師: お言葉ですが、博士。自分は特定の信仰を持っておりません。
<ラウエルス医師とキハーノ博士夫妻がグループに合流する。>
(THEO) F. キハーノ博士: 遅れたことをお詫びしますわ。皆さん、重ね重ねのわたくしからの忠告を無視して、厚顔無恥にも神々を謗っている最中というわけですか? そうなのですね? それは素晴らしい限りですわね。
(ARC) ネラー博士: 信仰なき者との話し合いはもう終いだ。信仰ある者たちから良い知らせを聞きたいものだな。
(THEO) M. キハーノ博士: 霊柩からはアキヴァ放射も奇跡的放射も一切検出されませんでした。計測を阻害するような超自然的なものがあったようにも思えません。ひょっとすると、最初から何も中に無かったのかも。もう一方の柩と同じく、ずっと空のままだった可能性があります。セロファンシートはきれいな状態を維持しています、こちら側から確認できる限りは、ですが。シートには摩耗も変色もなく、なおも計器は正常値を指しています。
(COMM) ジル技師: ここいらでベッドシーツのジョークの1つでも言えそうだけど、今はやめとく。
(MED) ラウエルス医師: 新種の病原体も確認されませんし。もしもあの石棺で埋葬が行われたとするなら、何か見つかると期待できたんですけどね。もっとも、瓦礫をどかしてみなければ確実なことは分かりません、ですけど…
(LOG) エル=アミン資源補給役: 拒否する。
(HIST) プレシュコ博士: それは、完全に『Dクラス』案件そのものですね。
(THEO) F. キハーノ博士: あら、確かに。ダエーバイトの環境に奴隷を投入したがるだなんて、いかにも貴女らしい考えですわね。
(HIST) プレシュコ博士: すみません、どういう意味です?
(THEO) F. キハーノ博士: いえ… こちらこそごめんなさいね。少しの間でいいから、わたくしのことは気にしないでちょうだい。
<フィデーリア・キハーノ博士が両手でこめかみを摩る。夫のマキシモ博士が明らかに心配そうな様子で彼女に視線を遣る。>
(ENG) ストランド局長: 呪われた石片どもを動かした結果どうなるかなんて、想像するに心躍るものではないな。
(COMM) ジル技師: つまり、外注しましょう、って感じすか。
(THEO) F. キハーノ博士: わたくしは… ただ、この場が神学的に意味しているところを本当に、本当に憂慮していますわ。
(HIST) プレシュコ博士: 貴方らしい考えですね。
(THEO) F. キハーノ博士: そうですわね。あぁもう、その言葉を受け入れますからわたくしの言うことに耳を傾けなさいな。物理的に何かしらの害悪がないとしても、新しい脅威が推し量ることができないとしても、かつてのどなたかにとってこの場が神聖とされていたのは確かな事実です。なぜなら、ここは霊廟そのものなのですから。神聖視されているのです。どなたにとっての神聖だったのかはわたくしたちが知る由もありませんわね。わたくしたちの内の誰かが、何でしょう? 何か碑銘などを新たに見つけていなければの話ですけれども…
(HIST) プレシュコ博士: もし、誰かさんがその何かを見つけたというのなら、このダエーバイト帝国に詳しい専門家に言わずに隠し続けてるというわけですね。
(THEO) F. キハーノ博士: …それに、その何かが自身の霊柩を粉々にされることを快く思う存在だなんて、とてもそうは思えませんわ。
(ENG) リズワナ技師: あなたたち、まるで俺がわざとやったみたいにさっきから言ってますね。
(LOG) エル=アミン資源補給役: 君が自分の意思ではなーんにもできやしないこと、それをあの証跡が強く物語ってるけどな。
(THEO) M. キハーノ博士: わかりましたから、いい加減にしてくださいよ。
(LOG) エル=アミン資源補給役: いい加減にするのは君だろ、狂信者の牧師サマが。
(THEO) M. キハーノ博士: 僕が "狂信者" ?
(LOG) エル=アミン資源補給役: もうこの非数量的なアホ概念qualitative nonsenseにはうんざりなんだよ。君担当の計測は済んでる、リアルの数値も異常なし、なら何が問題なんだ。次に進もうじゃないか。
(THEO) M. キハーノ博士: なんだか、意図しない冒涜行為が神の機嫌をどれだけ損ねるものなのか、その科学的な尺度を未だに用意できていないことを情けなく思うよ。これに関してはできるだけ早く良い知らせを君にもたらすさ、約束する。
<F. キハーノ博士が夫の腕を軽く叩く。>
(THEO) F. キハーノ博士: いつか、あなたの名前がSI単位になる日が来るわよ。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: あのぉ、まだ道は閉ざされてないんですよね? だったら離脱の一手じゃないですか? それで、よくは分からないですけど、ダイナマイトでここらを吹っ飛ばすとか。
(LOG) エル=アミン資源補給役: ダイナマイトはわんさかあるしな、どなたさんが扱い方を心得てるし。
(ENG) ストランド局長: 歴史的遺跡の破壊行為の主犯にはなりたくないものだがな。導火線への火付け役の身として、私は反対票を投じさせてもらう。
(ARC) ネラー博士: 監督司令部からのクソ直々の特許状持ちの私から一言いいか。そもそも、君達には投票権などない。
<沈黙が記録される。>
(ARC) ネラー博士: これからやることを説明する。ジルと私は監督司令部への無線連絡を行い指示を仰ぐ、その際にDクラスを要求するつもりだ。
(LOG) エル=アミン資源補給役: それは自分の管轄に思えますけど、博士。
(ARC) ネラー博士: 誰の領分かなど、もはやどうでもいい。前回とは違い、今回こそきちんと事を進めたい。君は備品の管理をしていろ。それから、件のシート類は再度三重にチェックすることを要求する。他の者達は引き続き、発掘品の探索かここの構造分析を続けろ。私が許可するまでは誰一人として地上に戻ってはならない。民間人に気付かれて、遺構そのものが滅茶苦茶にされるのだけは御免こうむる。
(MTF) キャシディ隊長: 博士、地上のベースキャンプはよく隠蔽されてる。民間人に見つかる確率なんて—
(ARC) ネラー博士: 黙れ。私の指示に従え。
<沈黙が記録される。>
(ARC) ネラー博士: ここは今なおベラルーシで最高級の超常考古学的遺跡だ、紳士淑女の諸君。それを手ぶらで後にするくらいなら、三度でも祟られるthrice-God-damned方がまだマシだぞ。
その後、差し当たっては遺跡内部に留まりネラー博士の指示を遵守する旨の通達が監督司令部から送られたことを、ネラー博士はチームに対して報告しました。すなわち、アクセス可能な区画への探査と監視を継続し、反奇跡セロファンシートを越えて区画を移動する試みはDクラス職員の到着を待ってから行うこととなりました。この夜、3名のメンバーが十分な休眠を取ることができないと報告し、ラウエルス医師により鎮静剤が投与されました。
翌午前1時32分、メンバーの大半が外郭前室で就寝している最中、激しい爆発に起因して墓所全体が揺さぶられました。また、これに起因して墓所のいたるところに砂埃と小石が堆積しました。間仕切り壁により洞窟天井が支えられていたためにクリーンルームおよび医療チャンバーへの被害は免れましたが、その他の設営区域では著しい機材損傷が発生しました。負傷者は報告されなかったものの、空気中の粉塵濃度が著しく上昇しました。
キャシディ隊長が爆発源の調査を行った結果、広間区画が突破不可能な瓦礫の壁で塞がれており、瓦礫の下には地上キャンプに繋がる通信ケーブルが確認されました。瓦礫には発破用火薬とその残留物による痕跡が認められました。この発見を受けて、直ちにミーティングが開かれました。
<メンバー全員がメインキャンプに集合している。リズワナ技師・ストランド局長・ハフ教授は昨夜早くに鎮静剤を投与されていたため、疲弊した様子を見せている。ブース教授が深呼吸とポケットハンカチで鼻を摘まみ揉む動作とを交互に繰り返している。>
(ARC) ネラー博士: まず初めに。通信はどうだ?
(COMM) ジル技師: あー、歴史と風情に溢れるマクラナ大理石の山が上に乗っかってますから、うちのケーブルは完全にダメっす。信号ゼロ。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: あぁ、神よgod。
<明らかに、F. キハーノ博士が反応しそうになるのを我慢している様子を呈する。>
(LOG) エル=アミン資源補給役: その石の山には、酸素が十分なだけ供給され続けるような隙間は空いてんのか?
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: ああ、神様god、勘弁してくれoh god…
(ENG) ストランド局長: 黙ってろ。それについては問題ないと思う。加えて、関連して良いニュースもある。昨日の夕刻、アクセス可能な区画の隅々まで調べ尽くした。それでだが、まず間違いなく、区画の対角線にあたる部分に幾つか小さな孔が開いてるのを確認した。どういう理屈で沼の土壌を貫通しているのかはわからん。だが、もしも基盤岩まで達してるようならザルの如く水が漏れてくるはずだ。しかしそうはなっていない。つまりだ、より分かりやすく言うなら、あれらの孔は換気口というわけだ。いくつかは開いたままに思えるし、大丈夫だろう、多分… 永久にここに留まり続けるわけでもなければ。
(LOG) エル=アミン資源補給役: 永久滞在はもとよりありえない話だ。物資はたんまり残ってるが、永久というのは "たんまり" よりずっと長大だからな。
<猫がベースキャンプの広場区画側に現れる。チームメンバー1人1人を凝視している。>
(MTF) キャシディ隊長: リベンジマッチか。
(ARC) ネラー博士: やめろ。今ある空気を不必要な発砲で浪費するのはよせ。我々の安否に対して、あの生き物がリズワナの無能以上の脅威をもたらすとは思えない。
<区画の片隅で不貞腐れて会話を無視しているリズワナ技師は反応しない。>
(MTF) キャシディ隊長: ま、もっと危険な獲物もいるわけだしな。
(HIST) ブース教授: 具体的に、何を指しているのかな?
<ストランド局長が猫に歩み寄る。猫が警戒しながらその様子を見つめている。ストランド局長が膝をつき、その脇腹を撫でる。即座に猫はゴロゴロと喉を鳴らし始める。>
(MTF) キャシディ隊長: つまり、具体的に、誰かが火薬を使って入口を爆破したってこと。そしてそれをやった誰かは、今このキャンプにいる可能性が非常に高いってわけだ。
(HIST) ブース教授: だが、何故かね? 君たちの多様で華やかな同行を不愉快に思っている、というわけではないよ、ご友人諸君。だがね、家族にはない、ご友人にのみ存在する枢要なる美点とは好きな時に関係を断ち切れるところにあるわけです。言うなれば、誰でも好きに立ち去る自由があるというわけですな。
(THEO) F. キハーノ博士: もしかして、脱出を望まない人がこの中に—
<猫がくしゃみをする。ストランド局長が驚いて飛び上がる。>
(HIST) ハフ教授: 彼奴きゃつを捕まえろ!
<沈黙が記録される。ハフ教授がストランド局長を指差している。>
(MTF) キャシディ隊長: スマン、なんて?
(HIST) ハフ教授: このバカたれめ! 彼奴は気がそぞろだった。分からないか? あいつの仕業だ!
<ストランド局長がゆっくりと立ち上がる。>
(ENG) ストランド局長: 失礼、どういう理屈だ?
(HIST) ハフ教授: 爆薬を仕掛けたのはお前だ。爆破解体の専門家だからな! 他の連中は爆破の基本のキすら知らん。我々のほとんどが書類仕事しかしない事務方だ! そして、お前さんだけが洞窟全体を崩落させることなく壁だけを崩せる人間だ。我々をここに閉じ込めたかったわけだ、生け捕りのままに。
(MTF) キャシディ隊長: 教授、別に話を促すよう援護するわけじゃないんだけど… けどたしかに、ストランド局長、昨晩にアンタを寝床で見かけたか思い出せないんだわ、具体的に。
(ENG) ストランド局長: やれやれだな、ちゃんといたぞ。タイムカードの打刻システムでも導入しておけばよかったか、隊長さん。始めにそう言ってくれていたらな。
<ストランド局長がハフ教授を指差す。>
(ENG) ストランド局長: どういう理屈で私が唯一の脱出口を爆破するのか、あんたの考えを訊こうか?
(HIST) ハフ教授: 私が思うに、理由なぞ、無いようなものだ。もはや、お前さんは道理の向こう側にいってしまったのだろう。
(HIST) ブース教授: 一体全体、何を言わんとしてるのです、レジナルド?
(HIST) ハフ教授: くしゃみだ。
<沈黙が記録される。>
(COMM) ジル技師: 教授、その発言、アンタが期待してたほどの啓発をもたらすようには思えないけどなぁ。
(HIST) ハフ教授: くしゃみだ、くしゃみ! 分からないか? 最初はリズワナがくしゃみをして、それからすぐさまにポカヨケされてるはずのシステムでやらかして石棺を壊した。そして、そこから宙に解き放たれたのが何なのかは神のみぞ—
(THEO) M. キハーノ博士: 神性も瘴気ミアズマも、何も検知されませんでしたよ。
(HIST) ハフ教授: お前さんたちには計測できん何かが出てきたんだ! 賭けてもいい、2回目のくしゃみは目くらましだ、芝居、はったりだった。リズワナはくしゃみをして、そしてわざと封印を破り、我々全員を不滅の危機に晒したんだ!
(ARC) ネラー博士: 全く話についていけないな。
(HIST) ハフ教授: そしてお次はストランドだ。最初の大失敗の後にくしゃみをして、それから数時間後に何が起きた? 彼奴は手ずから更なる大惨事を引き起こして我々をここに閉じ込めた、リズワナが解放したおともだちだか何だかと共に生き埋めだ。
(ENG) リズワナ技師: すみません、たった2回くしゃみしただけで、今や悪党にまで自分の扱いが上がったんですか? ここは埃まみれだっていうのに。あの猫畜生ですらくしゃみしてるのに。何が問題だっていうんですか?
(HIST) ハフ教授: ベラルーシの民間伝承に『黒き封印』についてのものはないかもしれない、だが、くしゃみに関してはどうだ? 先に述べた通り、どこの文化にもくしゃみにまつわる独自の迷信がある。ポラツク公国のスウツクに根差す神秘家アルチョムのカルト教団.訳注: ポラツク公国(the Principality of Polotsk) はベラルーシに実在した国家、スウツク(Sluck) はミンスクから南方に位置する実在する都市、神秘家アルチョム(Arciom) は実在しないが オンガード43 のtaleで言及がある。(Off Track)では、冒涜された場所でのくしゃみは悲惨な最期を遂げた祖先の霊魂に憑依されることを意味するらしい。
(HIST) ブース教授: 確か記憶に正しければ、そのポラツク公国のスウツクに根差す神秘家アルチョムのカルト教団とやらでは、猫の尿が強力な鎮静薬とも宣ってましたね。レジナルド、鎮静剤のおかわりが心底必要というのですか? そうでないのなら、深く内省して正気に戻ってもらえないものだろうか?
(ENG) ストランド局長: 悪魔だ。
(THEO) F. キハーノ博士: なんですって?
(ENG) ストランド局長: くしゃみをすると、悪魔が入り込むんだ。我々の中に。ばあ様がいつもそう言って聞かせてくれた。
(THEO) M. キハーノ博士: ああもう、頼みますから—
(THEO) F. キハーノ博士: イングヴァル、よくお聞きなさいな。それは愚かな迷信old wives' taleに過ぎませんわ。そのような記録、聖書正典には—
(COMM) ジル技師: なんだ、父なるなんとやらの戯言old husbands' talesで落ち着かせようってか?
(ENG) ストランド局長: そうなんだな? 悪魔がいるんだ、ばあ様の言ってた通りに。ダエーバイトは悪魔崇拝の奴らだったしな。
(HIST) プレシュコ博士: それはまた酷い決めつけですね。
(THEO) F. キハーノ博士: やはり、またダエーバイトの肩を持つというのですわね。
(HIST) プレシュコ博士: 彼女たちにはもう持つ肩なんてありませんよ、牧師様。彼女たちは滅亡したのですから。
(ENG) ストランド局長: 私は悪魔に取り憑かれたのか。そうなのか? 悪魔に?
(THEO) F. キハーノ博士: わたくしは牧師ではありません、博士号持ちですわよ。
(HIST) プレシュコ博士: ですが、それは神学の博士号でしょう。そして今のところ、その博士号も私たちの魂を癒やすには見事に役立っていないようですけれど、その威圧的な態度と言葉狩りのせいで。
(THEO) M. キハーノ博士: あの、そろそろ止—
(MTF) キャシディ隊長: さてと、アタシはまず誰を撃つべきかしら?
(HIST) ハフ教授: ストランドを撃て! 彼奴はもう手遅れだ、それにリズワナもだ! イネス、イネス! あの門戸の上にあった詩句を覚えているか?
(HIST) プレシュコ博士: 「汝が此地で得る物は無し、在るは異人の失いし物のみ」ですか?
(HIST) ハフ教授: 「汝が器を虚ろと為すべし、為すは紅色の鮮血を代償に。」そう。それだ。全て繋がった。
<リズワナ技師が墓所の壁際にゆっくりと後退する。>
(HIST) ハフ教授: 命を失ったダエーバイトの祖先たちの霊魂でこの地はぎゅうぎゅう詰めというわけだ。どの魂も必死こいて手に入れようと手を伸ばす。我々は今や誰も住まう者のいない不動産そのものであり、石棺を破壊したその時から魂を失って空っぽだ。くしゃみがその決定的な証拠スモーキングガンなのだ。
(THEO) F. キハーノ博士: 教授、相応のことでわたくしが神への冒涜を抱くことはありませんけれども、とうとう貴方はやってくれましたわね。在るべき場所にわたくしの魂はきちんと在りますし、ありがたいことに、貴方の魂もそれは同じですわ。
(HIST) ハフ教授: いや、違う、すべてがぴたりと符合する。だから眠れなかったんだ。私は空っぽだ。お前も空っぽ。そしてお前も!
<ハフ教授がストランド局長とリズワナ技師を指差す。リズワナ技師はクリーンルームに向かって壁沿いに少しずつ移動する。>
(HIST) ブース教授: レジナルド、頼む。君の論理は筋が通ってない。魂を失ったから君はくたくたなんじゃないのか? なのにくしゃみをしたらダエーバイトの霊魂が我々に入り込むというのかね? それは両立する論ではないぞ。君自身もくしゃみしてたじゃないか。
(HIST) ハフ教授: む… いいだろう。くしゃみとは関係ないのかもしれん。リズワナは古の石棺に長いこと機械を向けて訓練学習させていたから、恐らくは… 恐らくはそのせいで魂が抜かれたんだ。それで我々を始末するべく石棺を壊して—
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: 隊長!
<突然、リズワナ技師が走り出す。クリーンルームへ掛け込む。キャシディ隊長が武器を構えると同時に扉は閉められて中から施錠される。その場の気が逸れている間に、ストランド局長がエージェント・ドボシュから携行銃器を奪い、腹に肘打ちを食らわせる。>
(ENG) ストランド局長: 近寄るな! 誰も—
<エージェント・ドボシュがストランド局長にタックルを仕掛け、内奥へ向かってよろめきながら後退する。立て続けに2発の銃声が鳴り響く。ストランド局長が泣き声をあげながら外郭埋葬室から逃げる。エージェント・ドボシュが地面に倒れ、ラウエルス医師が駆け寄る。エージェントは大量に出血している様子である。>
<ビニールが裂ける音とストランド局長のパニックじみた悲鳴が遠くから聞こえる。>
(ENG) ストランド局長: 悪魔だぁ!
<沈黙が記録される。>
(COMM) ジル技師: はぁ?
ラウエルス医師による懸命な処置にもかかわらず、ストランド局長の逃走から数分と経たずにエージェント・ドボシュが死亡しました。ラウエルス医師およびにキハーノ博士夫妻が破損した反奇跡術セロファンシートの状態を評価しましたが、新たな発見を得ることはできなかったため、もはや外郭前室にチームを隔離する必要はないと判断されました。キャシディ隊長は残されたエージェントたちと共に墓所内奥の隧道の入口へ緊急の警備体制を敷きました。リズワナ技師はクリーンルームの扉を開けることを拒否しました。(断固たる態度で首を振る姿が窓越しに確認されたことによりそう判断されました) また、明示的な書面指示およびに、キャシディ隊長による具体的かつ視認できる形式での示威行為があったにもかかわらず、インターコムが応答状態になることはありませんでした。ダ・コスタ技師は内奥にある隧道のドローンマッピングを再開し、代替となる出口・ストランド局長、双方の所在確認を試みました。
当日の深夜、この日の出来事を引き起こした事物について議論するべく、ブース教授により再度のミーティングが行われました。
<残りのチームメンバー (エージェント・パノシアン、ダ・コスタ技師、リズワナ技師を除く) がベースキャンプに集合している。ネラー博士は学会へ提出予定の原稿を精査しており、チームに背を向けている。>
(HIST) ブース教授: 皆さん、お集まりいただきありがとうございます。
(COMM) ジル技師: いやまぁ、俺たちは洞窟に閉じ込められてるからお集まりも何もなんですけど。
(HIST) ブース教授: それは百も承知の上です、講義を始めるに当たっての挨拶として他に何と言えばよいのやらでしてね。
(MTF) キャシディ隊長: これから講義しようとしてるってのか? 必要とされるのは行動計画だろうが。それに、なんでアンタが会議を招集した? ネラー博士はどうした?
<ネラー博士は反応しない。>
(HIST) ブース教授: 今はそっとしておきましょう。レジナルド、君にこのプレゼンのお手伝いをお願いしたいものですが。
<ハフ教授は虚ろな目をしている。肩をすくめる。>
(HIST) ブース教授: まあ、意見があれば申し出てほしい。君の助けがあれば嬉しい… というのも、今回の講話には些か浅薄な解釈があるからね。
(LOG) エル=アミン資源補給役: 代わりにプレシュコがご意見番にならないのは何故だ? ダエーバイトの専門家だろう。
(HIST) プレシュコ博士: 私はまだ仮説を構築している最中です。
(LOG) エル=アミン資源補給役: ああ、そりゃ素晴らしいね。仮説構築中か。すンごく素ン晴らしいな。
(COMM) ジル技師: 見事にダ・コスタの役を引き継いだな、チームのイーヨー.訳注: Eeyore、『くまのプーさん』のキャラクター。悲観的な性格。口癖は「私はどうせ、こんな性格なんです。」役ってわけか。
(LOG) エル=アミン資源補給役: 黙っとけ。お前はもうここでの役割すら失ってるくせに。
(HIST) ブース教授: とにかく、本ミーティングの要するところはですね、段々と無作法になりつつある諸君、我々に何が起きているのかについての当面の枠組みフレームワークを構築することです。
(MTF) キャシディ隊長: 酸素不足だろ。
(MED) ラウエルス医師: それはなさそうですね。今なお、深呼吸できてる。CO2濃度も変わりないですし。恐らくストランド局長の空気穴の推測は的中してるんでしょう。爆発で壊れなかったのはめちゃラッキーdamn luckyでした。
(HIST) ハフ教授: ラッキー。
(MTF) キャシディ隊長: あぁ、その通りだ。むしろ、爆発を起こしやがった時、ストランドは空気穴が壊れないって知ってたんじゃないか。
(THEO) F. キハーノ博士: 公正を期して言えば、やったのが彼だとは断定できませんわ。
(THEO) M. キハーノ博士: そうかな? 女性を撃ったばかりだろう、彼は冷徹cold bloodにも—
(HIST) プレシュコ博士: 悪魔がどうとか叫んで、怯えながら逃げたのは "感情に任せて"hot blood のように思えますが。
(THEO) F. キハーノ博士: でしたら、貴女は情緒hot bloodに詳しい専門家だ、とでもいうわけですの?
(HIST) プレシュコ博士: えぇ、その通り。
(HIST) ブース教授: では、相応しくも最初の厄介な難題ジレンマに話を移しましょうか。不本意ながらも、鼻腔の発作によりストランド局長は悪魔に取り憑かれたのだろうか?
(THEO) M. キハーノ博士: うっ。
(THEO) F. キハーノ博士: うちの亭主は悪魔を比喩として捉える性質たちですので。
(MTF) キャシディ隊長: 比喩じゃ引き金は引かれない。
(HIST) ブース教授: 全く以てそのとおり。ストランド局長に変調を来した何かは、甚だしく具象的な影響をもたらした。
(LOG) エル=アミン資源補給役: ちゃんとした説明があるって見做していいんだよな? その… 長ったるい前置きの後に。
(HIST) ブース教授: 少なくとも、候補が1つあるとも。プレシュコ博士、このベラルーシのいち地域とダエーバイト帝国との関係はどのようなものかね?
(HIST) プレシュコ博士: 12世紀、彼女たちはこの地で最大1年ほど滞在していました。しかし、祖国たる帝国で大規模な内乱が発生したことで軍を退けたのです。この内乱は彼女たちが滅亡するに至った原因となる数多の出来事のうちの1つであり、SCP-140による共同起稿化によりタイムラインが再度先延ばしされるより以前から存在した確定事項です。彼女たちがベラルーシを放棄したのは経済的な理由によるものだ、というのが主流となる理論です。ベラルーシに残ることは過剰なコストが掛かるわりに得られるものがあまりに少なかったのです。ここは帝国の周縁部から離れた地域に当たり、既に彼女たちも豊富に有している資源だけが存在していました。奴隷用や、彼女たちの食欲を刺激するような生贄用の人間すら不足する有様でした。
(THEO) M. キハーノ博士: 神よJesus。
<F. キハーノ博士が夫の後頭部をピシャリと打つ。>
(HIST) プレシュコ博士: それから、彼女たちは損切りして撤退し、目立った痕跡も特に残していきませんでした。ここまでが現在の定説です。これまでに発見されたのは、主要となる人工密集地に点在する野営跡だけです、ミンスクやピンスクでサラヴェイ氏が発掘されたものに示されるような。
(HIST) ハフ教授: 時間の無駄。
(MTF) キャシディ隊長: アタシもその意見には賛同する、だが、今のアタシたちには無駄にしても余りあるだけの時間ばかり残ってるからな。それで… その定説には納得していないって理解したが、あってるか? ブース?
(HIST) ブース教授: えぇ、得心していません。ダエーバイト帝国というのは何かから撤退するような集団ではない。絶対に。そのような言葉は彼女らの辞書に存在しなかった。
(HIST) プレシュコ博士: ダクDaku、があります。
(HIST) ブース教授: 今のは比喩的な意味だよ、訂正ありがとう。つまりだがね、彼女らの歴史は前進あるのみの歴史だったということを伝えたかったわけです。よほどの鹹鹵でもなければこの地を放棄するとは信じ難い。使い物にならなくなっただとか、居住不可能だとか。もしや、彼女らの共同体が手を引かざるをえないほどの災厄がこの地を中心に発生したのかもしれない。
(COMM) ジル技師: 墓を掘ろうとして、何か別のものを掘り起こしたって言いたいのか?
(HIST) ブース教授: もしかしたら、もしかしたらだがね。もしくは、この墓を掘り、彼女ら自身が思い描いていた神の幾柱に捧げたはいいものの、それが想定以上の存在だったと思い至ったとか? さらになお恐るるべきは、この土地に在る力が彼女らの聖別を妨害し、この空間を自らの物として主張すべく声を荒げた可能性があるということだね。この地球上に神聖が全く存在しない土地などありはしないからね、ご存じのとおり。
(THEO) M. キハーノ博士: プレシュコ博士、これは妥当ですか?
(HIST) プレシュコ博士: 可能性はあります。多少の訂正は必要でしょうが。あの門の上の銘文も、災厄の後に追加されたものかもしれません… 飾り立てようとして。守護の呪いが掛けられた墓であるかのようにこの地を偽装して… 墓荒らしを誘い込んだ、とかでしょうか? ダエーバイトが目覚めさせてしまった恐怖の存在を盗掘人たちに処理させる。または、それより悪い…
<プレシュコ博士が笑う。>
(COMM) ジル技師: :「より悪い」って自分で言っといて、自分で笑ってるんだけどこの人。
(HIST) プレシュコ博士: 「ひらめき」ユーレカ!の瞬間とでも呼んでください。もしも彼女たちが故意にこの場所を呪ったと仮定したら? 誤解を招くようなラベルを付けて、彼女たちがいなくなった後に恩知らずの被支配民が踏み抜くように残していった地雷だとしたら? この類のものが彼女らの手により湿原へ数多く撒かれた可能性があります、今のところ、私たちはそのうちの1つを見つけただけに過ぎないというわけです。
(THEO) F. キハーノ博士: つまり…
(HIST) プレシュコ博士: えぇ。
(HIST) ブース教授: 墓ではないのです、ここは—
(HIST) ハフ教授: 罠。
<ブース教授がハフ教授の背中に軽く叩く。ハフ教授は反応しない。>
(HIST) プレシュコ博士: そして今、私たちはその罠を踏んで足が抜けなくなってしまったと、そういうわけですか。
(MTF) キャシディ隊長: ストランドのおかげでな。
(ARC) ネラー博士: いや、私のせいだ。
(LOG) エル=アミン資源補給役: ゲリー、こいつはアンタの非じゃない。誰にも予想できな—
(ARC) ネラー博士: 私が入口を爆破した。
<沈黙が記録される。>
(MTF) キャシディ隊長: もう一遍、仰ってもらっていいですかねぇ?
(ARC) ネラー博士: 私が入口を爆破した。フィデーリア、脱出を望まない者がこの中にいると君は言ったが、君は正しかった。そいつは私だった。出たくなかった… いや、出ていくなんて私には出来なかったんだ。何も… 何一つとして得られないままでいるなんて、もう御免なんだ。
<沈黙が記録される。>
(ARC) ネラー博士: 34年、私は考古学部門に所属してきた。一度たりとも指導的ポジションに選ばれたこともない。十数本と誰にも読まれることのない研究論文を書き、二十数人と私の年齢の半ばで私を追い越していった博士たちを指揮し、夥しい数の発掘現場を管理してきたが、誰にとっても何の価値の無かった。そして… そして此処以上に申し分のない遺跡を私は見たことがない。これ以上ないほどに証拠が揃っている。君達は石棺の中がどちらも空だと言っていたな? それは否定させてもらう。サラヴェイは1つ目の棺で何かを発見していた。それなら、私はもう一方の棺から何かを見つける運命にあるはずだった。中には神秘があったんだ。そして、まだ完全には消え失せちゃいない。我々を待ち構えている。この毒された土壌には希望が満ちている。ここは私のキャリアを築く遺跡だった、そうだろう? 私の偉業となるはずだった。もしも解き明かすことができれば、この地の—
(MTF) キャシディ隊長: くしゃみしたか?
(ARC) ネラー博士: 何だ?
(MTF) キャシディ隊長: くしゃみをしたか? ここに下りてきてからだ。
(ARC) ネラー博士: いや、私は—
<キャシディ隊長が携行銃器を引き抜き、ネラー博士に照準を向ける。>
(MTF) キャシディ隊長: くしゃみを、したのか。してないのか。
(ARC) ネラー博士: いや? していない。一度もだ。チェックしてみればいい… 私の分のカメラ映像で確認できる。
(COMM) ジル技師: おっと、俺らが確認できやしないってあんた知ってるでしょうに。クリーンルーマニアって国に映像は飛んでってるんですよ、もはや入国拒否状態のね。
<インターコムが起動する。>
(ENG) リズワナ技師: チェック中です。
(HIST) プレシュコ博士: ずっと聞いていたのですか?
(MTF) キャシディ隊長: 扉を開けやがれってんだよ!
(ENG) リズワナ技師: 残念だけど、クリーンルームは魂持ち込み禁止なんで。ここは自分みたいな虚ろな器のみに許されてるからね。
(HIST) ブース教授: その冗句ジョーク、これまでに提示されたどの体系スキームとも整合しないと思えるがね。
(THEO) F. キハーノ博士: 受け止めますわ、まあ、心乱される新発見ではありますけれど—
(LOG) エル=アミン資源補給役: アンタ、俺らを殺したも同然だぞ、自覚してるか?
(ARC) ネラー博士: ハーフェズ、私は—
(LOG) エル=アミン資源補給役: アンタのプロジェクトに携わって20年だ、俺の人生の最高の時間を賭けた、だのにその報いがこれか? ここで何が起きてるか、この場にいる全員が知りたいと思ってなかったとでも? 俺たちが素直に踵を返してただ帰ろうとしてたとでも? アンタは… アンタは、俺たちがここに残りたいかどうかすら、それすら訊こうとしなかったじゃねぇか!
(ARC) ネラー博士: 私が聞いていなかったとでも? ダイナマイトでこの場所を吹き飛ばそうとしていただろう、君は。君はこの仕事における信念faithを失った、だから私も君への信頼faithを失った。申し訳ない、だが、これは部分的には君たちの責に—
(LOG) エル=アミン資源補給役: へぇ、アンタの懺悔の時間はそう長く持たないんだな? ご自身が可哀相で仕方なくって、俺らへの申し訳なさは5分と持たずに吹っ飛んじまったってか。
(ARC) ネラー博士: 自分のした行為について、私は裁かれることになるだろう。しかし、その行為の意義を定めるのは歴史が—
(MTF) キャシディ隊長: 黙りな。ストランドの荷物入れから1つ空にして、アンタをそこにぶち込んでやるよ。
(THEO) F. キハーノ博士: それは些か… やり過ぎではなくて?
(THEO) M. キハーノ博士: いや、どうかな? この人は僕たち皆を殺しかけたんだし。爆破技術もないっていうのにさ!
(COMM) ジル技師: それにこの男を甘く見ちゃいけない。まだ俺ら全員殺そうとなさってるかもしれませんし。まだ脱出の計画最中だってのにさぁ。
(HIST) ブース教授: 心乱される新発見ではありましたが…
<ブース教授がF. キハーノ博士に相槌を打つ。>
(HIST) ブース教授: まあ、これで事態はますます混迷を極めたというわけですな。もしも、古代の呪いの恩寵もなしにネラー博士が例の… 篤信の技法を行動に移したのであれば、ストランド局長の突発的な暴走も一時の弱気が原因である、という可能性が持ち上がりますな。
(MTF) キャシディ隊長: "一時の弱気" だぁ?!
(ARC) ネラー博士: 聞いてくれ、監督司令部が別の指示を出すまでは、私は—
(MTF) キャシディ隊長: アンタはもう口開くな。今この瞬間から、発掘遺跡での指揮はアタシが執る。アタシたちはここに辛抱強く留まって、このキャンプで待機することになる。HARMAがDクラスを連れてやって来るから、エントランスが崩れてるのを見つけてアタシたちを掘り出してくれるはずだ。
(ARC) ネラー博士: いや、残念ながらそれはないだろう。
<沈黙が記録される。>
(HIST) ブース教授: 更なる新発見でもあるのですか、ネラー博士?
(ARC) ネラー博士: 誰も来ない。このスキップを隔離するよう、私は監督司令部に要請した。異常ナシの通信があるか、あるいは30日が経過するまで誰も寄越すなと。補給物資の量もそれに合わせてある、君たちも知ってるだろう。
<沈黙が記録される。>
<多数の声が一斉に上がる。内容は判然としない。>
(ARC) ネラー博士: 本当に申し訳ない。心から申し訳ないと思ってる。
(LOG) エル=アミン資源補給役: てめぇ、このクソ野郎が!
<エル=アミン資源補給役がネラー博士を突き倒す。ネラー博士は座ったままの状態で、把持していた研究論文を落とす。エル=アミン資源補給役がそれを一瞥する。論文 (『ヤズィーディー巡礼史跡における増分分析』ゲルハルト・F・ネラー) と書かれている。>
(LOG) エル=アミン資源補給役: この、バカが…
(ARC) ネラー博士: その通りだな。
(THEO) F. キハーノ博士: 皆さん、落ち着いてくださいまし。
(MTF) キャシディ隊長: あぁ、アタシ以外の全員が落ち着くべきだ。
<キャシディ隊長が武器ロッカーへ向かい、ポンプアクション式ショットガンを1挺取り出す。>
(MTF) キャシディ隊長: 群衆制御のやり方は訓練されてるからな、アンタらもやっとくべきだ。
<ネラー博士が立ち上がる。自身が座っていた長椅子の下へ、片足を使って研究論文を押し込む。>
(ARC) ネラー博士: 誰が何をするかじゃない。重要なのは理由だ。今この瞬間に我々皆が同じものを求めているはずだ。この墓地の中で何が起きているかを知り、その作用を知り、そしてどう対処できるかを知ること。秘密を解き明かすことと、これからの4週間を生き延びること、これらは同じことで—
<キャシディ隊長がショットガンをポンプする。ネラー博士が黙る。>
(HIST) ブース教授: 私は完全にお株を奪われたと、そう認めざるをえませんね。しかし、本ミーティングの当初の意義は変わらずに好い状態を保っていますな。私の同輩が仰った通り、我々は理解せねば—
<ネラー博士がくしゃみをする。>
(MTF) エージェント・ルーセル: 隊長! 撃て!
(THEO) F. キハーノ博士: 誰も撃っては—
<ネラー博士が痛みとショックから大声を上げ、額を押さえたまま後方へ転倒する。頭が打ちつけられて長椅子の縁が破損する音が立つ。血液と毛髪が長椅子に付着する。そのまま石の地面に打ちつけられ、長椅子に打ちつけられた際よりも顕著に柔らかく湿った音が響く。ショックを受けた様子のキャシディ隊長が構えていたショットガンに視線を落とす。彼女は発砲していない。>
(LOG) エル=アミン資源補給役: ゲルハルト!
(ARC) ネラー博士: 誰か… 祈ってくれ… 健こgesund…
<ラウエルス医師が救急キットを持って傍に駆け寄り、ネラー博士を調べる。>
(MED) ラウエルス医師: … もう、死んでいる?
(LOG) エル=アミン資源補給役: そんな! なぜだ?!
(MTF) キャシディ隊長: アンタが心発作させやがったんだろうが!
(LOG) エル=アミン資源補給役: 俺?! 俺がやったのか…?! ショットガン構えてやがったのはそっちだろうが!
(MED) ラウエルス医師: 心臓麻痺じゃないですね。頭を押さえていましたから、胸じゃなくて。動脈瘤が破裂したのだと思います。
(THEO) M. キハーノ博士: くしゃみの後にね。
(MTF) キャシディ隊長: なにぃ?
(THEO) F. キハーノ博士: わたくしも聞きましたわ。叫ぶ前に、くしゃみをしていました。
(HIST) ブース教授: さらなる証拠ですか、恐ろしいものです。
<エル=アミン資源補給役が目を見開き、ブース教授を見つめる。>
(LOG) エル=アミン資源補給役: そいつはどういう意味だ。
(HIST) ブース教授: ネラー博士は若くありませんでした。もしや、此の地に満ちた悪性の影響を有する何かが彼の一時の弱気を突いて入り込もうとして、それは彼の身体には随分と手に余るものだったのかもしれませんね。可哀相な我らが同朋はショックのあまり死を迎えたのでしょう。
(MTF) キャシディ隊長: ドクター、見解は?
(MED) ラウエルス医師: 死んだのが悪魔に憑りつかれたことへの拒絶反応によるものか、診断しろって言ってます?
(THEO) F. キハーノ博士: 戦術神学部門にはそれ用の機器がありますわよ。持ってきていたなら、そう思わずにいられませんわね。
<エージェント・パノシアンとダ・コスタ技師がキャンプに戻ってくる。>
(MTF) エージェント・パノシアン: 何が起きてる? 叫び声が聞こえたぞ。
(GEOPHYS) ダ・コスタ技師: おいそれ、ネラー博士か?!
<エージェント・パノシアンがくしゃみをする。首を振り、意図的に、無理やりに再度くしゃみをする。>
<沈黙が記録される。>
<キャシディ隊長がエージェント・パノシアンを銃床で殴打する。気絶して倒れかかるエージェントを受け止める。>
監視のため、エージェント・パノシアンは医療チャンバー内に隔離されました。ラウエルス医師により鎮静薬を使用した医学的昏睡状態が誘導されました。後ほど、当該の薬剤はチームの大多数へと夜間の睡眠導入用に処置されました。
ネラー博士のボディカメラ映像を確認したリズワナ技師により、当夜のミーティング以前にネラー博士がくしゃみをしていた証拠が発見されなかった旨が報告されました。加えて、他のメンバーからの映像も確認している最中である旨が報告されました。
エージェント・ドボシュとネラー博士の遺体は内奥埋葬室の先に位置する隧道の行き止まりの1つに置かれました。また、ネラー博士の遺体運搬作業の最中、ダ・コスタ技師がドローン制御装置とともにその行方をくらましました。これ以降、"二人一組"バディ・システムを原則として隧道を探査するというキャシディ隊長からの命令により、更なる失踪への対抗措置が取られました。この命令にはハフ教授以外の全員が従いました。ハフ教授は独自に隧道内を彷徨い、自らの意思のみに従って帰還しました。ハフ教授との会話の試みはほぼ無反応に終わりました。
<外郭前室キャンプのほぼ中央に設置された折りたたみ式テーブルの上座にブース教授・ハフ教授・ラウエルス医師が座っている。他のメンバーはその周囲に散らばって座り、会話内容への傾聴具合は各人で異なる。>
(HIST) ブース教授: 我々が主張するのはですね、くしゃみが災厄を引き起こす、というこの概念は第一印象ほどそう突飛なものではないということです。つまるところ、件の迷信は此の地、ないしは類する他の地に由来する可能性があるということですね。その地をダエーバイト鼻腔戦争の前哨地とでも呼称しましょうか。
(MED) ラウエルス医師: それと、私が声を大にして主張したいのは、その情報は大して役に立たないってことです。私たちが知るべきなのは、なぜくしゃみが起こるのか、そして、それをどう防ぐかであって、証明できもしない仮説で貴重な空気を無駄にすることじゃありません。
(HIST) ブース教授: うちのお医者様は君から提供された貴重な民間伝承にさして価値を見出してないようだね、レジナルド? 何か言い返したいことがあるのではないかね。
<ハフ教授が肩を竦め、そっぽを向く。>
(MED) ラウエルス医師: くしゃみとは反射的体動です。刺激に対する自動反応、不随意のものです。ただし、誘発も抑制も、可能ではあります、限度はありますけど。急激な温度や明るさの変化、そのどちらも避けるべきです。特に、くしゃみを起こすという観点においては急に強い光に当たるというのは危険なものとなりえます。
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: 前にも言ってたことなんだが、マスクした方がいいんじゃないか?
(MED) ラウエルス医師: 他の条件下なら肯定するところです。が、今回は違います。示唆されるところによれば、くしゃみはその当事者だけが抱える厄介事なだけで、感染するような空気中の粒子が原因ではなく—
(HIST) ブース教授: 忌々しいdeucedことに、ここは既に息苦しいものですからねぇ。
(MED) ラウエルス医師: えぇ。
(MTF) キャシディ隊長: それにだ、マスクをされてたら誰がくしゃみしやがったか分かりにくくなる。
(MED) ラウエルス医師: その通りです。では、くしゃみを防ぐ方法についてです。もし来そうに感じられたら舌で口蓋を舐めてください。普段であればくしゃみをガマンするのは推奨しません、身体的なダメージがありえますからね。最悪の場合、シンプルに鼻を摘まんで抑えるというのも手です。
(HIST) ブース教授: 鼻腔から発生する何かが、または侵入する何かかな、その何かが鼻腔を介在して作用影響をもたらすと仮定するならば抑えるというのは有効かもしれません。ですが、呼気はどうなります? とどのつまりは吐き出さなければならないわけで、いずれにせよ、中世ヨーロッパにおいて信じられていたのは… ふむ、レジナルド、どう信じられていたのでしたっけ?
<ハフ教授が再び肩をすくめる。>
(HIST) ブース教授: …まあよいでしょう。何か歪みの発生した標識サインがくしゃみだとするのなら、形として表出したそのサインを抑止してしまうというのは得策なのでしょうかね?
(HIST) ハフ教授: それで、アンタはずっとハンカチで顔を隠してるのか? でもって、くしゃみをしたことを悟らせないようにしてると?
<沈黙が記録される。>
(HIST) プレシュコ博士: 一理ありますね。貴方を見張りますよ、知識溺れのジントニック教授。
(HIST) ブース教授: ダエーバイトの専門分野アリーナでの競争相手を蹴落としたいというわけですか、親愛なるイネス。我らが歴史学部門の "現実改変性文明学"Ontokinetic Civilizations の適性試問に、私は棒にも箸にもかかりませんでしたからその心配は無用ですよ。
速やかに出口を発見する必要性が高まったことを受けて、本腰を入れての隧道群探索が継続されました。
<F. キハーノ博士とキャシディ隊長が遥か向こうまで暗闇の続く隧道に沿って進んでいる。進行に伴って、キャシディ隊長が壁面に小型の丸型作業灯を設置していく。>
(THEO) F. キハーノ博士: くしゃみすると心臓が止まる、という考えはルネサンス期まで遡りますの。「お大事に」God bless youと口にするとき、いうなれば、わたくしたちは心臓に向かって唱えているのです。
(MTF) キャシディ隊長: その情報、アタシ求めてないんだけど。
(THEO) F. キハーノ博士: 実は黒死病の流行期から始まった習慣だ、なんて説を唱える方もおりますけれど、わたくしは信じてはいません。黒死病へのトラウマから、あの時代で人々の信仰心が失われたとも高められたとも言われていますし、どちらの説にもそれなりの説得力がありますし、どうにも史料が断片的ですのよね。
(MTF) キャシディ隊長: アタシが、何か求めてるように見えてんなら—
(THEO) F. キハーノ博士: 当時は、くしゃみをしたその本人が十字を切るというのがスタンダードな慣習だったそうです。教皇であるグレゴリウス3世の布告として。
(MTF) キャシディ隊長: おい、キハーノ博士。
(THEO) F. キハーノ博士: ごめんなさい。でも、先ほどのブース教授の話を聞いてからどうしても考え込んでしまって、この疑問に取り掛からなければって。学術的厳格さにあれほどまでに身を浸していたネラー博士が完膚無きまでに迷信へ斃れることになったのか、不思議でありませんこと? 今際の際の彼は自分の健康good healthを祈るように求めていました — ドイツ語だと、ゲズントハィトGesundheitでしたか。あれは特に宗教的な意味を持つ言葉ではなくて、単なる魔術的な思考なんですのよ、それで—
(MTF) キャシディ隊長: 宗教と魔術的思考とはイコールだろ。
<沈黙が記録される。>
(MTF) キャシディ隊長: 言い返す言葉が思いついたんなら、お願いだから、アタシの反応を想像するに留めておいてくれないか。
<M. キハーノ博士とエージェント・ヴァレンティが著しく埃が舞っている隧道を探索している。作業灯を設置するに際して、払い落とさざるをえないほどに壁面へ埃が重なり付いている。>
(THEO) M. キハーノ博士: それでも、僕たちの認知してないこの土地特有の引き金的な何かが一連の現象を引き起こしてるんじゃないかって、心配してるんです。ハフ教授のお知恵を借りられてたら良かったんですけど。
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: 今朝の早くに、トンネルのここらであいつを見かけたぜ。何も無い壁をじっと見つめてたからさ、「せめてもうちょっと面白げのあるもんを見つめに出かけろよ」って言ったら、「何もかもが面白くない」だとさ。
(THEO) M. キハーノ博士: 自分には魂がないって完全に信じ込んじゃってますね。
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: まあ、俺も似たようなもんかな、理由は違うけど。
(THEO) M. キハーノ博士: 魂を信じてないと?
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: うん、特別には信じちゃいない。
(THEO) M. キハーノ博士: 理には適ってます。
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: おや、意外だな? あんた牧師様じゃなかったか?
(THEO) M. キハーノ博士: 誰ですか、僕たちを牧師だなんて言って回ってるのは? ともかく、ハフ教授を見捨てちゃいけない。それは他の誰に対しても同じです。五里霧中のままですけど、僕たちなりに探っていけばそう遠くないうちに解決策に突き当たるはずです。
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: おー、確かにな。こんな事態に及んでもまだ脱出できるんだって、俺もそう思いたい。
<エージェント・ヴァレンティが微笑む。>
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: だってさ、あの猫くしゃみしたろ。
(THEO) M. キハーノ博士: どういう意味?
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: ミーティングでは言えなかったけどさ、言い出すのがバカみたいなことだし。でもさ…
(THEO) M. キハーノ博士: 言ってくれないかな?
<エージェント・ヴァレンティが気恥ずかしそうな様子を呈する。>
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: 猫のくしゃみは縁起がいいんだぜ。
(HIST) プレシュコ博士: これは… たまげました。
<プレシュコ博士とエージェント・ルーセルは分岐した隧道の終端に立ち竦む。目の前の行き止まりには化石化した植物で埋め尽くされた大空洞が広がっている。地面から遥か上方の天井にまで、大量の絡み合った根や捻れた幹が伸び広がり、それら全ての上に厚い埃の層ができあがっている。>
(MTF) エージェント・ルーセル: これ、何です?
(HIST) プレシュコ博士: それは…
<プレシュコ博士が自身の鼻をつまむ。>
(HIST) プレシュコ博士: …あぶない、ここは埃が酷いですね。それは、ツリー・ゴーレムの小規模軍勢の残骸ですよ、エージェント。それは "手" です、私たちの進んできたトンネルを掘ったのはそれです。そもそも人の手によるものではなかったと。是非とも脱出したいものですね、そしてうちのサイトまで標本を持ち帰って適切な明度の下で調査できたら良いのですけれど。
<エージェント・ルーセルが自身の携行鞄から作業灯を1つ取り出す。>
(MTF) エージェント・ルーセル: 照らすことができるかも、少しなら。
(HIST) プレシュコ博士: ダメ、やめ—
<エージェント・ルーセルが空洞の中に数歩入り、壁面に作業灯を設置する。灯りが点き、エージェント・ルーセルの足音で舞い上がった埃の幕が照らし出される。ほこりでカメラの映像が遮られる。>
<続いて、大きな一声が上がる。>
<沈黙が記録される。>
(HIST) プレシュコ博士: 待っ—
<もみ合う音が聞こえる。>
<くぐもった悲鳴が上がる。>
<1発の銃声が鳴る。>
<沈黙が記録される。>
<カメラ映像が終了する。>
片腕の脱臼・目に見える肌の防御創を伴った状態のプレシュコ博士がキャンプに戻りました。くしゃみをした直後のエージェント・ルーセルがプレシュコ博士の首を絞めようと試みた旨がプレシュコ博士の口から述べられました。プレシュコ博士は自衛のために抵抗せざるをえず、結果、エージェントの銃器を奪取して発砲しました。発砲直後にエージェントが逃走したため、彼女の生存状態が不明であることも述べられました。この揉み合いの際にプレシュコ博士のボディカメラが損傷し、これ以降は機能不全の状態となりました。
ネラー博士とエージェント・ドボシュの遺体からカメラを回収する指示がジル技師に出されました。結果、両カメラが紛失していることが判明しました。続けて、エージェント・パノシアンのカメラも同様に盗まれていることがラウエルス医師から報告されました。キャシディ隊長はリズワナ技師へ、クリーンルームから出てボディカメラを手渡すように要求しましたが、リズワナ技師はこれに応じませんでした。続いて、キャシディ隊長は、全員のボディカメラを回収して隧道の探索時にのみ貸与する運用を行う旨をチームへ要求しました。しかし、至急で実施された票決により当該の提案は棄却され、キャシディ隊長からの脅しにもかかわらず現状の運用を維持することとなりました。これ以降、プレシュコ博士が隧道へと進入する際、正常なボディカメラを装備した他のメンバー最低1名の同行が義務付けられました。プレシュコ博士はこの規則を快諾するとともに、依然としてストランド局長とエージェント・ルーセルの両名が潜伏していることに恐怖している旨を発言をしました。
全てのボディカメラを正常な動作状態に保ち、設定変更を一切禁止することがキャシディ隊長により命じられました。これにより、何らかの機器的故障が発生した場合にはその持ち主が即座に銃殺されることが示唆されました。
エル=アミン資源補給役が発掘品保管庫を定例点検した結果、ダエーバイトの大型肉斬り包丁と儀式用短剣を1振りずつ紛失していることが発覚しました。
4日目の午後、ラウエルス医師はミーティングのためにメンバーを招集しました。
<プレシュコ博士とエージェント・ヴァレンティは隧道入口を警戒中、M. キハーノ博士は洗面所を使用中、F. キハーノ博士は内奥区画から戻る途中である。当該のメンバー、およびに負傷・死亡しているメンバーを除いて全員がキャンプに集合する。>
(MED) ラウエルス医師: 私の医療キットから補給品が無くなってます、医療品保管庫からも。
(MTF) キャシディ隊長: どういう類の薬品なんだ?
(MED) ラウエルス医師: 鎮静剤と、緊急時にその効果を反転させる用の興奮剤です。手元に置いていたものでした。それらが全て。
(COMM) ジル技師: そりゃいいや。眠る必要なんてないもんな? サイコーだな。
<ラウエルス医師が区画内の隅に置かれた長椅子を指し示す。エージェント・パノシアンが仰向けで眠らされている。>
(MED) ラウエルス医師: あの人を眠らせたままにするのはこれ以上はできないでしょう、ですので、皆さんの目が届くように開いたところに置き直しました。でも、心配です。なぜ注射器を? 何の目論見で—
<F. キハーノ博士がキャンプに戻ってくる。>
(THEO) F. キハーノ博士: 亭主が見つかりません。
<キャシディ隊長がクリーンルームの窓へと歩み寄る。窓を1回殴りつけ、F. キハーノ博士を指さしながら大声で叫ぶ。>
(MTF) キャシディ隊長: こちらさんの相方はどこ行った?
(ENG) リズワナ技師: ここ10分は便所のドアにカメラが向きっぱなし。よほど考え込んでると見える。
<キャシディ隊長が洗面所の間仕切りに向かう。ノックする。反応はない。>
(ENG) リズワナ技師: 映像から聞こえるのはノックの音だけだぞ、隊長さんよ。
(MTF) キャシディ隊長: ファック。
<キャシディ隊長がベルトからカードキーを取り出す。仕切り間のカードリーダーに通す。ドアが開く。内部を確認する。>
(MTF) キャシディ隊長: ダブル・ファック。
(THEO) F. キハーノ博士: いないんですの?
(MTF) キャシディ隊長: カメラを壁に引っ付けてやがった。アタシらが探索で外に出てた最中にやったに違いない。リズワナ、お前どうして気付かなかった?
(ENG) リズワナ技師: クシャミ生成工場のフロアを散策してるあなたたち大勢が、クシャマりやしないか監視するのでこっちは精一杯ですよ、隊長サマ。
(HIST) ブース教授: 質すのに躊躇うのですが、キャプテン・オーツ.訳注: Lawrence Oates(ローレンス・オーツ)イギリス軍大尉、テラノバ遠征(1912)の分隊メンバー。南極点への行軍の最中、自身の脚の凍傷により分隊が行程遅延・食糧不足に陥ったため、他メンバーの重荷とならないように自らの意思でテントを離れて凍死した。チームの任務を優先して自らの命を捨てたこの行為は自己犠牲の鑑として叙勲されている。最期の言葉は "I am just going out. I may be some time."然として振る舞った可能性は?
(THEO) F. キハーノ博士: そんな。絶対に、絶対にありえ—
<ラウエルス医師がくしゃみをする。全員が動きを止める。>
(MED) ラウエルス医師: 下がって。
<ラウエルス医師が医務区画へ飛び込む。>
(MED) ラウエルス医師: 近づかないで!
<ラウエルス医師がドアを閉鎖する。キャシディ隊長が再度カードキーを取り出すが、ブース教授がその袖を掴む。>
(HIST) ブース教授: 彼女は医学のプロです。
(THEO) F. キハーノ博士: 今回の現象全てに生理学的な解釈が存在すると、何か考えがあるに違いありませんわ。
(COMM) ジル技師: 自主隔離してるってわけか。
(MTF) キャシディ隊長: 隔離ってよりかは、医療品ども全部と一緒に立てこもってるって感じだがな!
<沈黙が記録される。>
(MED) ラウエルス医師: たった今、こちらでストックしていた薬品全てを開封してひっくり返しました… 本当にごめんなさい、だけど、どのみち汚染されてましたし、皆さんがこちらに入ってくる原因になるだけでしょうし。
(MTF) キャシディ隊長: 汚染されてた? 何にだ?
<沈黙が記録される。>
(MED) ラウエルス医師: 救助隊が来たら、伝えてください… 完全装備のHAZMATチームを連れてくるように伝えてください。
<チームの中から、また別のくしゃみがする。メンバーは医務用区画から振り向き、互いに顔を見合わせる。>
(MTF) キャシディ隊長: さて、白状しな。
<沈黙が記録される。>
(MTF) キャシディ隊長: なら、勝手にしろ。
<キャシディ隊長がポンプしてショットガンに弾薬を装填する。>
(COMM) ジル技師: 俺だ。
<沈黙が記録される。>
(COMM) ジル技師: ちょっと… 外に出るわI… am just going outside。このセリフで合ってるよな?
<ブース教授が頷く。ジル技師が外郭前室の内奥へと歩いていく。>
(COMM) ジル技師: しばらく時間もらうぜI may be some time。
<振り返ることなく、ジル技師が隧道へと消えていく。>
健康かつ汚染されていない状態のメンバー6名により隧道の探索が継続されました。この時点でハフ教授は時間の大半を放浪に費やすようになり、5日目の消灯時にはキャンプに戻ってきませんでした。キャシディ隊長はエージェント・パノシアンを拘束し、キャンプが無人の最中にエージェントが目覚めた場合には自身へ知らせるようリズワナ技師に要請しました。リズワナ技師はこれに同意しました。
湿原の下へと延び続けている隧道からは出口の兆候が発見されませんでしたが、6日目の探査において、ブース教授とエージェント・ヴァレンティがある事実を発見しました。
<エージェント・ヴァレンティが隧道の壁面にライトを取り付けている最中、ブース教授が講義している。>
(HIST) ブース教授: それから、お互いの目的が食い違っているという厄介な点もありますね。
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: 確かにそうだ、続けてくれ。
(HIST) ブース教授: 混沌ケイオスを除いて、説明に適うような単一の行動指針アジェンダというものを思い描くことが私にはできませんでした、憑りつかれた… という考えにこそ憑りつかれた彼らが取った行動全てを説明しうる行動指針を、です。彼らは何らかの同じ到達点ゴールへと至るべくして行動しているわけではないのです。その元凶となる影響物が何であれ、皆が異なる影響を受けて行動している。可哀相なレジナルドは殆ど罹害ないように見受けられる。ケンブリッジにいた頃より、幾分か気難しくなったくらいです。
<エージェント・ヴァレンティが悲しげに微笑む。>
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: もしかすると、ご先祖の魂たちって学者先生たちみたいなものかも。
(HIST) ブース教授: その心は?
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: 先祖の魂たちも、学者先生たちも、どちらも皆して仲が悪い。
<ブース教授が笑う。>
(HIST) ブース教授: 祖先をステレオタイプで一括りにする不公正さというところについては考えもしたことがありませんでした。その行いはどちらかと言えば考古学の範疇かもしれませんね。
<エージェント・ヴァレンティが笑う。唐突に立ち止まる。>
(MTF) エージェント・ヴァレンティ: 何か臭わないか?
<警戒した両者が隧道の次の曲がり角を曲がる。小さな洞穴へ歩み入る。切り刻まれた死体が1つ転がっている。死体は裸であり、洞穴の奥には血塗れの屑片の山と化した衣服が積まれている。頭から爪先までの全ての皮膚が剥がされており、胸部中央は抉られて空洞となっている。多数の内臓と血管とが文字を連想させる見慣れぬパターンを成して地面に並べられており、黒ずんだ血液で丁寧に描かれた線でそれらは繋がれている。>
<即座にエージェント・ヴァレンティが嘔吐する。ブース教授がハンカチを顔に押し当て、しばらくの間、この劇的な光景を観察する。>
(HIST) ブース教授: これは恐らくは—
<探査初日に発見されたダエーバイトの肉斬り包丁がブース教授のカメラ映像に映り込む。暗闇で線を描くように宙を裂き進み、嘔吐してうずくまっているエージェント・ヴァレンティの頭上を通り、ブース教授にかすり傷を負わせる。映像では詳細を確認できない。ブース教授が痛みに呻き声を上げてよろめく。放物線を描いて跳ね返った包丁は元より壁に存在した亀裂へ突き刺さる。洞窟が低い轟音を立てると同時に、天井から大量の岩石が崩れてくる。先述の内臓を踏みつけたためか、ブース教授は転倒し、天井の崩落に巻き込まれる。>
この時、メンバー全6名は二人一組体制で隧道の調査に出ており、キャンプはメンバー不在の状態でした。リズワナ技師がエージェント・ヴァレンティとブース教授が襲撃を受けた旨を無線で報告しました。キャシディ隊長とF. キハーノ博士はすでに振動を感知しており、事態の確認のために現場へと向かっていました。エントランス区画が塞がれたのと同様に、動かすことのできない落石が隧道を阻んでいることを確認し、教授とエージェントの2人組は行方不明となりました。
メンバーはキャンプに帰還し、エージェント・パノシアンも同様に所在不明となっていることが判明しました。
<キャシディ隊長がクリーンルームの窓を殴打する。F. キハーノ博士が洗面所の仕切りを再確認している。>
(MTF) キャシディ隊長: 一体どういう了見だ、眠ってやがっただと?!
(ENG) リズワナ技師: あぁ、それに眠るのは今回が初めてじゃない。アンタたちが何かやらかしちゃいけないから、見張りのためにできるだけ起きてたんだ。そんでガタがきた。1人で店番してる時しか休めないんだよ、アンタがずっとショットガン振り回して—
(MTF) キャシディ隊長: こんなふうにか?
<キャシディ隊長がショットガンの銃口を窓ガラスに押し付ける。リズワナ技師が身をかがめる。>
(MTF) キャシディ隊長: お前の、たったひとつの、役割だったろうが!
<キャシディ隊長が窓を再び殴りつける。>
(MTF) キャシディ隊長: たった、ひとつの、役割だろうが!
<プレシュコ博士が息を切らしてキャンプに戻ってくる。>
(HIST) プレシュコ博士: QMは戻ってきてますか?
(THEO) F. キハーノ博士: 貴女たち、一緒でなくて?
(HIST) プレシュコ博士: はぐれました。何かに追われていた気がして。
(ENG) リズワナ技師: 映像を確認する。
(MTF) キャシディ隊長: お前のクソな映像フィードにはもううんざりなんだよ、リズワナ。
(ENG) リズワナ技師: へーへー、そりゃご立腹だろうさ。
(MTF) キャシディ隊長: 何が言いたい?
<エル=アミン資源補給役が入口に現れる。>
(LOG) エル=アミン資源補給役: どこ行ってたんだ? アンタ、急に走り出したりして。
(HIST) プレシュコ博士: 貴方、本当に何も聞こえなかったのですか…? わざと遅れて来たわけじゃないですよね?
(LOG) エル=アミン資源補給役: さて、そりゃあどういう意味で—
(THEO) F. キハーノ博士: ちょっと。
(HIST) プレシュコ博士: トンネルに潜んでいるものを恐れようともしないのは何か理由があるのでは、と言っているんです、QM? 事態をお分かりですか、いく—
(THEO) F. キハーノ博士: 貴方たち!
<沈黙が記録される。>
(THEO) F. キハーノ博士: 臭いますわよね?
<チームが医務区画に顔を向ける。>
(MTF) キャシディ隊長: いいだろう、新ルールだ。トンネルのチェックに行くのはアタシ1人だけ、他の奴らは誰ひとりこのキャンプから出るな。ゴチャゴチャ言うなよ。アタシが戻ってきた時にここにいなかったら、その時には問答無用で射殺リスト入りだ。
キャシディ隊長は隧道のさらに内奥へと照明を設置し続け、地図情報をリズワナ技師へ逐次伝達しました。リズワナ技師は外郭前室の出入りを監視することに同意しましたが、報告に値する変化はありませんでした。 翌朝、キャシディ隊長が探索から戻ると、残る3名のメンバーをミーティングに招集しました。
<F. キハーノ博士は落ち着いた様子で長椅子に腰掛けている。エル=アミン資源補給役は外郭埋葬室の入り口に立ってプレシュコ博士を凝視している。プレシュコ博士は地面に座ってネラー博士が所持していたサラヴェイ博士のメモの写しを調べている。キャシディ隊長は区画の中央に立ち、そわそわと落ち着かない様子を呈する。>
(MTF) キャシディ隊長: もうじき終いだ。
(THEO) F. キハーノ博士: 出口を見つけましたの?
(MTF) キャシディ隊長: 違う、ただし、少なくともアンタらの中から1人と、お別れ間近ってことだ。
(HIST) プレシュコ博士: というのは…?
(MTF) キャシディ隊長: 昨晩と今日とで、PDAで何枚か写真を撮った。何か心当たりがあれば申し出てこい、さぁ。
<キャシディ隊長が1枚目の画像を選択し、PDAを掲げてグループに見せる。岩石の崩落現場近くに置かれた、エージェント・バレンティとブース教授に発見された切り刻まれた死体が写る。>
(HIST) プレシュコ博士: 死体が1つ分、といったところでしょうか。
(MTF) キャシディ隊長: そりゃご慧眼だ。他には?
(HIST) プレシュコ博士: 興味深い点はありません。もちろん、儀式をしているのでしょうが、私が判断する限りでは意味の無い儀式です。ハフなら違う見解だったかもしれませんが、今や何処へいるのやらです。
(MTF) キャシディ隊長: そうだな、アンタはそう言うだろうって、言われた通りだ。
(HIST) プレシュコ博士: 言われた? 誰に—
(MTF) キャシディ隊長: これはエージェント・ルーセルだ、博士。アタシは確認に戻ってたわけだ。
<沈黙が記録される。>
(HIST) プレシュコ博士: それで? 推測するに、私が与えた怪我によって死亡した彼女をストランド局長がズタズタにしたか、あるいは私が仕留め損ねた分も彼が仕事を全うしたか、そのどちらかでしょう。
(THEO) F. キハーノ博士: これが包丁を使った仕事とは、とてもそうは見えませんわね。
(MTF) キャシディ隊長: あぁ、そうだな、だよな? こっちこそが包丁捌きでやった仕事だ。
<キャシディ隊長が2枚目の画像を選択する。バラバラにされた死体が写る。手足は無造作に切断されて隧道の地面に四散しており、血液と内蔵とで混ぜ合わされた塊や堆く積まれた臓物で地面がてらてらと光っている。逆さまに立てられた左脚と右腕に挟まるようにダ・コスタ技師の頭部が置かれており、その視線はカメラに向けられている。>
(THEO) F. キハーノ博士: うっ、かG—
<F. キハーノ博士が咳払いをし、顔を背ける。>
(MTF) キャシディ隊長: 推測するに、さっきとの違いは言うまでもないだろう。
(HIST) プレシュコ博士: つまりは殺人鬼が2人いると、そういうわけですか。なるほど、容疑者が多いですね。
(THEO) F. キハーノ博士: ハフ教授は魂を失ったと思い込んで好き勝手に出歩いてますし。バレンティに、ブース教授に、パノシアンに、ジル技師も、皆が行方不明ですわね。
(HIST) プレシュコ博士: それに、貴方のご亭主も。
(THEO) F. キハーノ博士: お黙りなさい。
(MTF) キャシディ隊長: パノシアンじゃあない。
<3枚目の画像が表示される。死体はこれまでと異なる様式で切断されており、死体の置かれた石の面に様々な形の印章シジルが描かれている。所在不明のエージェント・パノシアンだと辛うじて判別できる。>
(MTF) キャシディ隊長: それに、ジルでもない。
(THEO) F. キハーノ博士: むごい。
<4枚目の画像にはジル技師が写される。胸腔からは完全に内蔵が取り除かれており、内臓は同じ印章を三度繰り返すように地面に並べられている。>
(MTF) キャシディ隊長: この字の意味が分からないって、もう一度言ってみろよ。
(HIST) プレシュコ博士: 分かりません、意味するところが本当に理解できないの。
(MTF) キャシディ隊長: そりゃ残念極まりないな。でも、さぞかし偉くなった気分だろ。このダエーバイトの墓で、ダエーバイトのクソどもについて理解してる唯一の生き残りってわけだもんな?
(HIST) プレシュコ博士: 何を言ってるのです?
(MTF) キャシディ隊長: 別の専門家の意見セカンド・オピニオンが貰えればどんなに良いことか、そう思ってたんだ。
(HIST) プレシュコ博士: もう一度写真を見せてください、私には—
(MTF) キャシディ隊長: どうだい、ブース教授?
<キャシディ隊長がPDAのボタンを押下する。スピーカーから劣化した音質の録音が再生され始める。>
(HIST) ブース教授: いやはや… いやはや、どれも酷い作品だ。最初の1枚については見覚えあるような気がします… あの包丁が鳴音を携えながら宙を裂き、私の腕をも餌食にしたあの瞬間に…
<ブース教授の声は疲弊している。>
(MTF) キャシディ隊長: 続けろ。重要なことだ。
(HIST) ブース教授: えぇ、そうでしょうな。1枚目の画像に置かれた内臓は「ボティアクス」Botiáksと読める形に並べられています。意味は「収穫」。この文脈コンテキストでは、慣用的には人の生贄のこととするのが妥当だね。
(MTF) キャシディ隊長: なら、こいつは?
(HIST) ブース教授: 「ターオ」Ṭao。意味は… ふむ。
<ブース教授が含み笑いを漏らす。>
(HIST) ブース教授: これも「人の生贄」だよ。
<沈黙が記録される。>
(HIST) ブース教授: 人間の生贄を指す彼女らの言葉は、それはもうたくさんにあったのです。えぇ、全くもって本当に。
(MTF) キャシディ隊長: よし、最後の1つだ。
(HIST) ブース教授: 「ラエクス」Raex。当ててごらんなさい?
(MTF) キャシディ隊長: 人間の生贄とかの類か?
(HIST) ブース教授: ご名答。とりわけ、宗教的含意を伴う人間の生贄です。我々の中に潜んでいる芸術家さんは、自分のメッセージを確実に伝える火急の必要性に憑りつかれていたと、そう思われるね。
(MTF) キャシディ隊長: それは誰へ?
(HIST) ブース教授: ダエーバイトの神々パンテオンに向けてだろう、論理的な仮定に基けば。これらはダエーバイトの言葉だからね。
<キャシディ隊長が録音の再生を止める。携帯電話をポケットにしまい、プレシュコ博士にショットガンを向ける。>
(MTF) キャシディ隊長: 嘘つきめ。
(HIST) プレシュコ博士: こんな場面で、そんなことで時間を使いたいというわけですか? キャンプで私たちを分断させて? 互いに罪を擦り付け合うように煽って? 呆れました、一体何度くしゃみしてしまったらそんな風になれるのですか?
(MTF) キャシディ隊長: 遠回しな嘘はもういい、はっきり言ってくれませんかねぇ。こっちは1日と付き合ってはられないからな。
(HIST) プレシュコ博士: 私は誰も殺していません。いい加減にしてください、こんな陳腐な展開クリシェ、どうしたら発想に至るのですか? ダエーバイトの専門家を型通りに嵌めようとしていますね。斬新さゼロ! 多大な時間を費やしして邪悪な帝国の研究をしているようなら同じく邪悪になっちまってると、なるほど? 誰がそんなことを信じるのでしょうか? 貴方が説得すれば良いのはお人好しのクリスチャンが1名と馬鹿でもできる書類仕事をやってる人が数名だけ。とんだ難題ですね。正気の正常な人間がまた1人、貴方の痴呆染みた儀式の生贄にされるというわけですか。
<エル=アミン資源補給役は内奥前室の入口に立ち尽くしている。その脇をF. キハーノ博士が通り抜ける。外郭埋葬室へと移動する。>
(MTF) キャシディ隊長: 本当にそいつで全力か? そいつがアンタの全力の反論か? 読み方を知ってるはずの文字を、連続して、3回も、分からなかったっていうのにな。
(HIST) プレシュコ博士: 私は学者です、戯けた臓物占いの易者ではありません!
(MTF) キャシディ隊長: アンタはルーセルを殺し、その体を切り刻み、その内臓で以て神の連中へのメッセージを描いた、おそらくは数世紀は前におっ死んだ神に向かってな。くしゃみしたアンタはそれをチクられないようにルーセルに手を掛けた、そうだろ? 揉み合いでカメラをぶっ壊された、つってたな。それもアンタが自分でやったんだ、自由に動き回れるように。
<インターホンが起動する。>
(ENG) リズワナ技師: そいつはバカげた話だ、よくもそんな言葉がその口から出てくるな。
(MTF) キャシディ隊長: お前のクソみたいな戯言にはもううんざりって言ったろ、リズワナ。
(ENG) リズワナ技師: ああ、俺のクソもアンタにはすっかりうんざりだとさ。カメラ映像を全て見終わった。
(MTF) キャシディ隊長: だから何だ?
<F. キハーノ博士が音もなく区画に戻ってくる。自身の使用する寝台へ向かう。ジャケットを手に取り、羽織る。>
(ENG) リズワナ技師: 善なるキャシディ隊長サマは、エージェント・ドボシュとストランド局長がいなくなったその数時間後にカメラをオフにしてるんだよ。一瞬だった、1人で行動してたときだ、すぐに付け直したけどな。こんな芸当は他の奴らにはできやしない。特殊ポリ公のマル秘術ってやつか。
<キャシディ隊長がショットガンをポンプする。>
(MTF) キャシディ隊長: リズワナ、どちら側かに付くつもりなら、ショットガンを持ってやがる側に付きたくなるだろうな。
(ENG) リズワナ技師: アンタは数で負けてるし、自分はロックされたドアに隠れてる。悪くない賭けだ。それに、くしゃみが出そうになったアンタは絶対にカメラをオフにしてる。
(MTF) キャシディ隊長: 黙れ。
(ENG) リズワナ技師: 映像の欠けはほんとに僅かだった、アンタのカメラ映像が数メガバイトだけ小さいことに気付かなかったら何とも思わなかっただろう。数日は前のことだろ? ここに下りてきてまる7日が経過したわけだ。俺たちはアンタをずっと信用してたっていうのに、さも羊を加工場へ連れて行くみたいにアンタは俺たちを誘導してたってわけだ。
(MTF) キャシディ隊長: 黙れって言ってんだ!
<内奥埋葬室側のドア方向からくしゃみの音がする。キャシディ隊長が振り向きショットガンを撃つ。飛散した弾丸の大半を受けたエル=アミン資源補給役の顔面が吹き飛ぶ。石の地面に体が倒れる。跳ね散った頭蓋骨と脳組織の多くが傍の壁に塗れて付着している。>
<彼の背後にいた猫が飛び退き、驚きから鳴き声を上げて威嚇する。猫は再びくしゃみをし、暗闇に逃げ去る。>
<キャシディ隊長が虚空を一瞬だけ見つめる。それから再びショットガンをポンプする。クリーンルームのドアに向かい合う。ドアのロック機構に発砲する。散った火花と金属片とで自分の防弾ベストに傷が付く。それを受けてキャシディ隊長は顔をしかめる。>
(HIST) プレシュコ博士: ここから、逃げなくては。
<エル=アミン資源補給役の残骸の横を通って2人が逃げる。プレシュコ博士は外郭埋葬室の石棺の更に向こうへと駆け抜ける。一方で、F. キハーノ博士は歩みを緩めて、プレシュコ博士が消えるまで外郭埋葬室に留まる。2発目のショットガンで金属と金属とがぶつかり合う音が響く。それと同時に石棺から1本の腕が宙に伸ばされる。F. キハーノ博士はその手を掴み、夫の上半身を起き上がらせる。>
(THEO) F. キハーノ博士: 気分はどう?
(THEO) M. キハーノ博士: まるで誰かに生き埋めにされてた気分。いや… 死んでた。間違いなく死んでたねあれは。
<F. キハーノ博士が外郭前室を覗き込む。覗き込むと同時に4発目のショットガンの銃撃が鳴り、クリーンルームの窓の内側で血肉が爆ぜる。F. キハーノ博士が振り返り、意識朦朧の夫が石棺から這い上がるのを手伝う。>
(THEO) M. キハーノ博士: いったい何の騒ぎなんだい?
(THEO) F. キハーノ博士: 時間ないから、起きなさい!
<夫の腕を自身の肩に回し、誰もいない内奥前室まで2人揃ってよろめきながら進む。もう一方の崩れた石棺が位置する内奥埋葬室へと辿り着く。背後ではキャシディ隊長がショットガンを再装填する音が聞こえる。>
(THEO) M. キハーノ博士: 何だか、凄いものを見逃してるって感じかな。
(THEO) F. キハーノ博士: 逃したのは、数日分の時間と半ダース分の食事よ。大丈夫。ラウエルスの興奮剤の残りであなたを覚醒させたんだから、数時間もしたら貨物列車みたいに効いてくるでしょう。
(THEO) M. キハーノ博士: どうして僕はぶっ倒れてたんだ?
(THEO) F. キハーノ博士: 私が薬を盛ったの。
(THEO) M. キハーノ博士: 君が、薬を、盛った。
(THEO) F. キハーノ博士: それと、埋めもしたのよ、古の王族みたいにね。くそったれなGod-damnダエーワの王族みたいに。
<F. キハーノ博士が笑う。>
(THEO) M. キハーノ博士: …どういうわけで?
(THEO) F. キハーノ博士: あなたを愛してるからよ、マックス。レム睡眠中には絶対にくしゃみしないの。医学的事実よ。
<2人が隧道の最初の角を曲がる。同時に遥か後方でショットガンの発砲音が響く。銃弾の当たった壁の一部分が小さな破片となり、飛び散り地面に四散する。距離がありすぎるために対した損傷は与えられない。>
(THEO) F. キハーノ博士: 走れる?
(THEO) M. キハーノ博士: よろける、なら。何とか。
<およそ5分間、2人が急ぎ足で隧道を進む。前方から足音が聞こえてくる。立ち止まって耳を澄ませる。>
(THEO) M. キハーノ博士: まだ残ってるのは誰だっけ?
(THEO) F. キハーノ博士: プレシュコ、キャシディ、ハフ教授、もしかしたらブース教授も。ほかは分からないわ。
(THEO) M. キハーノ博士: クソッChrist。
(THEO) F. キハーノ博士: その声が届いてるといいけど。
<足音が止まる。かと思いきや唐突に近づいてくる。正面に拳銃を構えたプレシュコ博士が角を曲がって現れる。キハーノ博士夫妻を視認してホッとした様子を示し、銃を下ろす。>
(HIST) プレシュコ博士: キャシディはまだ、後ろのどこかに?
(THEO) F. キハーノ博士: えぇ、ですけれど、撒いたようですわね。
(HIST) プレシュコ博士: ショットガンよりも厄介なものを手に取りに、武器庫へ向かったのかもしれません。
(THEO) F. キハーノ博士: あるいは発掘品保管庫かしら。
(HIST) プレシュコ博士: ありえます。長い年月を経た今もなお、あれほどにあの短剣が鋭利なものとは、驚かされました。
(THEO) F. キハーノ博士: 本当かしら?
<プレシュコ博士が溜息を吐く。>
(HIST) プレシュコ博士: もう誰もいないんです。フィデーリア。今こそ、互いを信じるということに取り掛かるべき時ではないですか?
(THEO) M. キハーノ博士: 実際のところ、取り掛かるには最悪のタイミングのようにも思えますけど。
(HIST) プレシュコ博士: 貴方、その人をどこに、隠し… くし…
<プレシュコ博士がくしゃみする。>
<沈黙が記録される。>
(HIST) プレシュコ博士: 本当に、ごめんなさい。
(THEO) F. キハーノ博士: 本当に、そう思ってる?
(HIST) プレシュコ博士: 勿論です。好きで私がこんなことをするとでも?
(THEO) M. キハーノ博士: こんなことって?
(THEO) F. キハーノ博士: 人を殺して解剖することです。
(THEO) M. キハーノ博士: 参ったな、凄い何かを見逃してんだな、僕って。
(HIST) プレシュコ博士: 私が手にかけたのは2人だけです。見つけた時のジルは死ぬ寸前でした。だから印章を幾つか作成したんです。頭から足まで捌いたのはストランドです、資源を無駄にするなど恥ずべきことで…
<プレシュコ博士が突如として振り返る。嘔吐する。後方によろめきながら速やかに拳銃を構え直す。>
(HIST) プレシュコ博士: あぁ、もう。サイアクdamnです。あれにはそうそう慣れることはできませんね。
(THEO) F. キハーノ博士: でしたら、なぜ続けるのです?
(HIST) プレシュコ博士: 必要だからです。ここで死ぬわけにはいきません。今回の件で、私が一番に気の毒に思っているのが誰か、お分かりでしょう? ネラーです。彼の心境が思い起こされるのです。年老いて、自分が発見者となる功績が何も無く、神秘を理解することもせず、それが意味するところを理解することもない。彼と同じ立場になった自分が想われるのです。20年後、地上で最後に残された命綱にしがみつくように、発掘のチャンスに必死で執着する姿の私が。しかし、誇れるものが何もないまま生き長らえることより、それよりも最悪なのは誇れるものが何もないまま死ぬことです。ここには神秘が横たわっています、彼が言っていた通り、あのサラヴェイ氏が述べていたように。私はその神秘を、そしてここからの脱出の道のりを見つけるつもりです。そして、今回の惨劇ホラーショーのいずれも意義あるものとするのです。
(THEO) M. キハーノ博士: 僕たちを殺さなきゃいけないことの説明に、全然なってないんじゃないかな。
(THEO) F. キハーノ博士: 彼女は自分のご意向を説明したわ。それに、彼女がしたことを私たちは知ってる。
(THEO) M. キハーノ博士: でも、僕らの他の人は知ってないんじゃないかな? どうしてですか? プレシュコ博士、どうして殺したんです?
(HIST) プレシュコ博士: まず第一に、キャシディの言ったことは正しい。私は既に何度か盛大にくしゃみをしてしまっています。重度の埃アレルギー持ちですから。その上に、ここは埃まみれ。このトンネルを下り進んできたときに吸い込みすぎたとは承知していました、ですが、思案していました…
<プレシュコ博士が溜息を吐く。>
(HIST) プレシュコ博士: 貴方たちが脱出できるように手助けできるかもと、そう本気で思案していました。それで、キャシディと私とどちらの言い分を信じるかの単純な事態になるだけかと。エル=アミンが撃たれたのを貴方たちも見たでしょう? それから、恐らくはリズワナも。違いますか? 私たち3人がここから出られた暁には、彼女はサイト-06の深遠に棄て遣られて終わりになるでしょうね。
(THEO) F. キハーノ博士: 貴女には… やらない、という選択肢もありますわよ。やったところで何かが得られるだなんて、そんな道理ありえませんもの。
(HIST) プレシュコ博士: 賛成しません、あまりに多大なリスクを冒します。
(THEO) F. キハーノ博士: 自分の魂が失われる、そのリスクは考えませんでしたの?
(HIST) プレシュコ博士: もしもハフの考えが間違っていたとして、あの忌々しい棺を破壊したことで魂が失われていないとして… それでも、今の私には魂が無いというのはクソほどに間違いありません。
<プレシュコ博士が埃の上に唾を吐く。>
(HIST) プレシュコ博士: それに、魂が惜しいものともさして思えません、赤裸々に言ってしまえば。
(THEO) M. キハーノ博士: ここまでの理解が不足していて申し訳ないんですけど、どうか訊かせてください。どうして誰か殺さなきゃいけないんですか? あなたがくしゃみをしたという、ただそれだけで。言い分も狂ってるようには聞こえないんです。むしろ… 悲しんでるみたいだから。
(HIST) プレシュコ博士: 嘘を吐きました。
(THEO) F. キハーノ博士: いつかしら?
(HIST) プレシュコ博士: 古代ダエーバイトにくしゃみの迷信は存在しないと言ったときです。正直、誰からも、特にブースに、指摘されなかったのが驚きでした。ご存じの通り、彼女たちはありとあらゆる事物と迷信とを結び付けていましたから。古代ダエーバイトにとって、くしゃみとは選択への対峙を意味するものでした。殺るか殺られるか、どちらが生贄とされるかの2択です。私以外の皆さんは外側の文化に起因する思い込みを背負ってここまでやって来ました。ですが、一点の曇りもない明瞭な指令を携えて、私は降りて来たのです。信じたくありませんでした、それに従ってあんなことを望むだなんて、さほども思っていませんでした。ですが、ルーセルのあの表情を目にした時、私に引き金を引こうとしていると悟った時… 事に及ぶのは容易いことでした。
(THEO) F. キハーノ博士: すぐにキャンプに戻って、リズワナが眠っている間に、パノシアンを引き摺りだしてバラバラにしたというのですわね。
<プレシュコ博士が背中に手を回し、ダエーバイトの短剣を取り出す。作業灯に照らされてぎらりと光る。>
(HIST) プレシュコ博士: あれには難儀しました。切りだした途端に目を覚ましたので。彼の出したあの声は一生忘れることがないでしょうね。
(THEO) F. キハーノ博士: 同じく、わたくしたちの声も忘れられないものになるでしょうね。
(HIST) プレシュコ博士: ずっとまし、ネラーが味わったものよりかはずっとましですよ。だからある意味で貴方たちは—
<儀式用の槍がプレシュコ博士の左肩を貫通して突き出てくる。穂先はプレシュコ博士の血液に塗れている。前方に姿勢を崩しながら不慣れな手捌きで拳銃を取り出そうとする。ハフ教授がプレシュコ博士を隧道へ押し戻す。>
(HIST) ハフ教授: 走れ!
<ハフ教授が槍でプレシュコ博士を突き飛ばすと同時にキハーノ博士夫妻が走る。プレシュコ博士が悪態を吐きながら倒れる。拳銃を掲げて自身の敵対者に目掛けて2発撃つ。3人はすぐ傍の角を曲がる。銃弾の1発が天井に埋まり、轟音と砂埃が発生する。>
<プレシュコ博士が再びくしゃみをする。頭上の洞窟が崩れ落ちると共に彼女の悲鳴が響く。>
<生き残った3人が崩落を見遣る。隧道が完全に塞がれている。ハフ教授が前屈みとなり、息を切らしたように胸を押さえている。>
(THEO) M. キハーノ博士: もう戻れないね。
(THEO) F. キハーノ博士: ネラーにエントランスを塞がれたときから戻る道なんてなかったわよ、マックス。
(HIST) ハフ教授: まぁまぁ、気をしっかり持て。お前さんたちはもうひと踏ん張りのところにある、今さら信心を失うこともないだろう。
<キハーノ博士夫妻がハフ教授を見つめる。>
(THEO) F. キハーノ博士: 魂を失った、という割にはずいぶんと明朗ですわね。
(HIST) ハフ教授: ああ、あぁ、取り戻したからな。
<沈黙が記録される。>
(HIST) ハフ教授: ベラルーシの古い言い伝えを思い出した、くしゃみについてのな。今の我々の状況に甚く的確な言い伝えだ、スウツクのアルチョムが金言の1つ。彼はこうも説いていた。冒涜された場所から離れ、自然的または神聖な場でのくしゃみとは、魂を、その者の真なる魂を肉体に戻す手段であると。出ていくんじゃあない! 戻ってくるんだ!
(THEO) F. キハーノ博士: それで…
(HIST) ハフ教授: それで、私はできる限りまで歩いていったわけだ、埃のない場所へ、その時分には死臭と腐臭とでこの石造りの小径は満ち始めていた。遠くに鳥の囀りが聞こえるような場所まで、自らの忍耐の限界まで歩き通し、それから…
<沈黙が記録される。>
(HIST) ハフ教授: くしゅん、だ。
<突然、ハフ教授が怪訝そうに2人を見る。>
(HIST) ハフ教授: お前さんたち、くしゃみしてないだろうな?
(THEO) F. キハーノ博士: 寝ぼけてでもありえませんわ。
(THEO) M. キハーノ博士: 自分は… してたとしても、夢の中でですかね。
(HIST) ハフ教授: それでいい。それでいい。うむ、先がどれだけかは分からないが、お前さんたちならきっと成し遂げるさ、確信してる。
(THEO) F. キハーノ博士: 貴方は?
(HIST) ハフ教授: いや、私は無理だろう。74の老齢だ、それに、どうやら撃たれたらしい。
<ハフ教授が胸に当てていた手を退ける。腹部に受けた銃創を見せる。>
(THEO) F. キハーノ博士: あぁ、教授… そんな。
(HIST) ハフ教授: レジナルドと呼んでくれ。レジナルドと、私の友人たちはそう呼んでくれる。それにだ… もう少しだけは一緒に進もう。お別れはそれからだ。
<3人は30分ほど進み続け、洞窟の壁に背を預け崩れたブース教授を発見する。右腕から胸部まで不規則に付けられた深い切創を理由に失血死していると判断される。微笑みを浮かべている。カーネーションを持つかのように、自身のボディカメラを右手の人差し指と中指とで挟んでいる。>
(HIST) ハフ教授: こいつを持って行ってやってくれ、どうか頼む。私の記憶が確かなら、ここはもう映像の送信圏外にあたるはずだ、だが…
(THEO) M. キハーノ博士: こういうときのために、カメラには6時間分のフラッシュメモリが積んであるんです。
(HIST) ハフ教授: 重畳だな。何か録画してくれてるのは疑うべくもない、自身の最期に。此奴といえど、誘惑には抗い難かったと… いつだってドラマチックの目利きが効いてた奴だったからな、そりゃあBBCに持て囃されたのも不思議ないわな。
<F. キハーノ博士がブース博士の手から慎重にボディカメラを外す。ジャケットのポケットに仕舞ってジッパーを締める。ハフ教授が同僚の隣に腰を下ろし、目を閉じる。>
(THEO) M. キハーノ博士: 残りほんの少しかもしれません。あなたも脱出できるかもしれない。
(HIST) ハフ教授: 私にペース合わせてちゃ、誰も生きては出られんよ。お前さんたち2人で行きなさい。私はここに残ってアウグストゥスと最後の討論ディベートでもすることとする。今度こそは、私が勝ってみせるさ。
<ハフ教授が掠れた笑い声をあげる。>
(HIST) ハフ教授: 陽の光に向かえ。そして、ここで起きたことを伝えてくれ。頼むぞ? 絶対に、何が何でも。出版せよ、さもなくば滅びよpublish or perish、というやつだ。
<ハフ教授はそれ以上何も言わない。暫くした後、2人が彼を残して歩き始める。>
<以降、1時間以上を2人が無言で歩き続ける。壁に取り付けられた作業灯はまるで設置されたばかりのように明るく照っている。歩みにつれて隧道内の空気が澄んでいき、湿度が増加する。地面も緩やかな上り坂になっている。>
<猫が後方から現れて駆けてくる。2人を追い越し、振り返る。>
(THEO) M. キハーノ博士: 忌々しいfuckingくしゃみは禁止だよ。
<F. キハーノ博士が笑う。2人が猫を追い越して歩く。猫が2人に並んで歩き始める。>
(THEO) M. キハーノ博士: このチビ助が厄介事になると思うかい?
(THEO) F. キハーノ博士: どうして、なるっていうのよ?
(THEO) M. キハーノ博士: だって、こいつくしゃみしたじゃないか。3回だっけ?
(THEO) F. キハーノ博士: でも、普通の猫と悪い猫、どうやって見分けるの?
<M. キハーノ博士が笑う。>
(THEO) F. キハーノ博士: あぁ、クソChrist、ようやく理解したわ。
(THEO) M. キハーノ博士: 冒涜的な口の利き方について?
(THEO) F. キハーノ博士: それはもう把握済み、あなたが聞き逃してるだけで、じゃなくて… あぁもうdamn、何が起きたのか理解したって言ってるの。もちろん、ここまで離れられてようやく気づけたんだけど。
(THEO) M. キハーノ博士: どういうこと?
(THEO) F. キハーノ博士: 考えに至ったきっかけはハフ教授の言葉、それからこの猫も。くしゃみで魂を無くしたと思い込んで、当てどなく彷徨って、そして今度は同じくしゃみで魂を取り戻したと思った。私たちの危機を救おうと助けに馳せてきたわ、まるで調子を取り戻した様子で。だからスウツクの古のアルチョムとやらが彼を窮地から救済したのはまず間違いないわね。
(THEO) M. キハーノ博士: だね。
(THEO) F. キハーノ博士: それで事の始まりに戻るのよ。リズワナはこう信じていた、くしゃみをしたら—
(THEO) M. キハーノ博士: くそっFUCK!
<F. キハーノ博士が笑う。>
(THEO) F. キハーノ博士: 気付いたみたいね。
(THEO) M. キハーノ博士: くしゃみした後に手を洗わなければ、さもなければ惨いことが起きると、柩の蓋を退かすときのリズワナはそう思い込んでたんだな。
(THEO) F. キハーノ博士: 可哀想なネラーはくしゃみの後にお大事にゲズントハィトと誰かに言われないと、さもなくば健康が害されると信じてた。
(THEO) M. キハーノ博士: ストランドは悪魔が頭に入り込むって思って、そしたら…
(THEO) F. キハーノ博士: 悪魔が入り込んだわね。言葉通りに。
(THEO) M. キハーノ博士: つまり、これは罠トラップだったんだ。
(THEO) F. キハーノ博士: 妄執狂の落とし穴パラノイア・トラップ.訳注: paranoia trap、パラノイア(偏執病/被害妄想)にある人間が陥る状態。根拠のない疑念や妄想に囚われた主観に基いて周囲の出来事が連関するものと誤って判断し、自身の妄念を確信して、事態をより悪化させる。、ただそれだけ。日和見性のものよ。私たち、クソshitほど運が悪かったのね。一番初めの異常性発露があれほどに不条理なものだったなんて。
(THEO) M. キハーノ博士: でもプレシュコ博士は? 彼女は正気の境界にいた。やってたことはおぞましいものだったけど、狂気じゃなく何か規範に従っての行動だった。彼女は何が違ったんだろう?
(THEO) F. キハーノ博士: ダエーバイトの専門家だからよ。長い時間を掛けて邪悪な帝国を研究してるのなら、とっくに邪悪に染まってるに決まってるじゃない。
<F. キハーノ博士が笑う。>
(THEO) F. キハーノ博士: あら、そうだった。あなたその場面も見逃してたわね。
以下は、キャシディ隊長のボディカメラによる最終送信から、重要とされる映像詳細を抜粋したものです。
<キャシディ隊長がクリーンルーム内でカメラ映像を確認している。時折振り返り、リズワナ技師の死体を一瞥する。胸郭があるべき部位にはぽっかりと穴が穿たれているのが映る。自身のカメラ映像履歴の削除・進行中の録画の停止・サーバー全域の初期化を思案した様子を一瞬示すが、いずれも実行には移さない。キハーノ博士夫妻からの映像をスクリーンに展開する。映像は断続的かつ極低のビットレートで送信されている。信号が完全に途絶するまで、2人が隧道を脱出する様子を見守る。>
<キャシディ隊長が封鎖されていた医療区画を開ける。ラウエルス医師の死体が映る。身体一面に発生した腫瘍と膿胞は破裂している。キャシディ隊長は区画を再封鎖し、ドアにバイオハザード警告を掛けて立ち去る。>
<キャシディ隊長が内奥隧道の入口に直立している。最初に設置した作業灯が次々と明滅を繰り返す様子を眺めている。目の前に延びる隧道に設置された灯りの一部が消える。遠方に1つの人影が確認できる。消え入りそうな灯りの傍に立つキャシディ隊長の方へ、人影が近づいてくる。人影が握る金属的な物体に反射する灯りが揺らめいている。>
<キャシディ隊長がショットガンを構える。人影が歩みを止める。>
<20分余り両者は動かずに対峙を続ける。やがて人影は踵を返し離れていく。キャシディ隊長はそのまま4分間ショットガンを構え続け、それから後退を始める。>
<キャシディ隊長が外郭埋葬室に進入する。地面に棄てられた注射器複数とリズワナ技師のデータトレーニング用RAISR装置の制御装置を確認する。制御装置を拾い上げ、開かれた石棺を跨いで内部に入る。身を横たえ、天井に向けてショットガンを構える。>
<11分が経過する。キャシディ隊長はショットガンを下ろし、制御装置を手に取る。操作により石棺の蓋がゆっくりと閉じられ始める。60cmほどの隙間を足元に残したところで操作を停止しする。再びショットガンを隙間に向ける。>
<37分が経過する。キャシディ隊長は再びショットガンを下ろす。制御装置を操作して蓋が完全に閉じられる。>
<通信信号が途絶する。>
キハーノ博士夫妻 (およびに猫) は8日目の早朝に隧道の出口へと到達しました。
<壁には地衣類が繁茂しており、地下隧道の入口で確認されたものと同様のマクラナの大理石で壁が構成されている。登り道は徐々に規則的なジグザグ構造となっていき、作業用ライトの間隔も広がっている。>
(THEO) F. キハーノ博士: なんだか、沼みたいな臭気が感じられるわね。
<最後の作業用ライトには目もくれず、キハーノ博士夫妻が通り過ぎる。>
(THEO) M. キハーノ博士: それに、聞こえてきた。温度も上がってきてる。まるで、次の角を曲がればそこに—
<2人が角を曲がる。突如として、石造りの洞窟の出口上端から遮るものもなく差し込んでくる夕陽に包まれる。日没とともに2人が隧道から脱出する。>
<M. キハーノ博士が光に目を細めて瞬きを繰り返す。>
<くしゃみをする。>
(THEO) F. キハーノ博士: お大事にGod bless you。
<沈黙が記録される。>
(THEO) M. キハーノ博士: 頼むから、そのセリフで大丈夫になるんだって言ってちょうだいよ。
(THEO) F. キハーノ博士: 大丈夫よ。
(THEO) M. キハーノ博士: 本当に?
(THEO) F. キハーノ博士: 本当に!
<彼女は彼にキスする。>
(THEO) F. キハーノ博士: だって、大丈夫って私たちが信じてるんですもの。
SCP-7291 (隧道出口)
脱出から数分と経ずにキハーノ博士夫妻は遺跡から救出されました。エージェント・ヴァレンティは同様のルートを用いて約20分前に脱出済みであり、墓所への主要入口に位置する隔離拠点まで帰還して無線交信の確立に成功していました。緊急医療処置と隔離措置のために生存者3名全員が病院へと搬送されました。
F. キハーノ博士の聴取終了後に猫は彼女の保護下に置かれました。
SCP-7291の再開放と再収容は主に遠隔操作により実施され、これにより以下の追加発見がもたらされました。
- ストランド部門長の死体 (脱水症状による死亡)
- ハフ教授の死体 (銃創の化膿による死亡)
- キャシディ隊長の死体 (窒息による死亡)
- プレシュコ博士の死体 (落石により両脚が圧壊、ダエーバイトの儀式用短剣で自らの胸腔を刺突したことによる死亡と判断される)
F. キハーノ博士は大陸間の航空移動に堪えうるだけ回復した時点で聖遺物エリア-27へ召喚され、戦術神学部門長ヨッサリアン・レイナー博士による聴取が行われました。以下はミーティングからの抜粋です。
<レイナー博士がデスク向こう側に座り、F. キハーノ博士はその対面に座っている。>
レイナー博士: 願わくば、マキシモが滞りなく回復しているとよいのだが。
F. キハーノ博士: あのケミカルカクテルはマキシモの体にとんでもないhell of負担をかけました、けれど、それでも試す価値があったのは確かでしたわね。
レイナー博士: 暫く見ない間に、君の言葉遣いは随分と下品カラフルになったようだね。
F. キハーノ博士: 冒涜の階調たちグラデーションを間近で見てきましたもの。以前でしたら気に掛けていたような些末なことも今では恐ろしく思えませんわね。
レイナー博士: そんな形で学ばざるをえなかったとは、心苦しく思うよ。
F. キハーノ博士: わたくしもそう思います。ですが、他の皆さんの方がもっと気の毒です。
レイナー博士: それで、妄執狂の墓所パラノイア・トゥームというわけか。
F. キハーノ博士: その通りです。
レイナー博士: 現実改変があったのか。
F. キハーノ博士: もしくは現実改変能を付帯させるものだったのかもしれません、内部にいる者に、内部にいる間だけ。そのどちらかでしょう。知覚される現実世界、その人と為り、そして恐らくは確率にも影響を与えていました。ネラー博士とラウエルス医師は病状を自ら引き起こしましたし、そして… エージェント・ヴェレンティはくしゃみした猫が幸運だと信じていたからこそ、あのトンネルから抜け出すことができました。
レイナー博士: 腹立たしいと言っていいほどにはありえない話だな。
F. キハーノ博士: あの場での全てが不快なものでしたわ。信仰という概念が根底から辱められました。
レイナー博士: そして他のものも辱められた。
F. キハーノ博士: えぇ、それは色々と。
レイナー博士: 君からの報告に目を通す限り、最も散々な目に遭ったのはエージェント・パノシアンに思われる。アルメニアの習わしでは一度目のくしゃみによる凶運は二度目のくしゃみで打ち消されるらしい。彼がそれを信じていたのは自明であり、無理くり二度目のくしゃみをしていたのだから本来であれば助かっていたはずだった。
F. キハーノ博士: 博士、一等賞を取ったのはラウエルス医師と思いますわ。彼女が腺ペストで亡くなったのはおそらく、小さい頃に校庭で遊んだ歌を思い出した、ただそれだけでしょうね。
レイナー博士: ハクション、ハクションA tissue, a tissue。
F. キハーノ博士: みんなで転ぼうWe all fall down。.訳注: 『リング・ア・リング・オー・ローゼズ』Ring-a-Ring-o' Rosesからの引用。『かごめかごめ』のような輪遊び唄。歌詞の内容はペスト流行や五月祭を示唆するものとする風説があるが真偽は定かでない。
<沈黙が記録される。>
F. キハーノ博士: 今回の件を抱えて生きていくのは、辛いです、博士。14人が死んでしまった、その内の数人が運悪くくしゃみしたというせいで、わたくしたちはただ… どういうわけか、くしゃみが人間性を消し去るというあやふやな概念を中心として色とりどりの唯一無二スイ・ジェネリスなミニカルトを1つ作り上げてしまいました。ただのくしゃみだというのに。そして、それは本当のものとなってしまいました。
レイナー博士: 遺族に死因をひた隠しにする方針が財団全体で取られている、その理由がようやく理解できたのではないかね。
<F. キハーノ博士は首を振る。>
レイナー博士: 訊くのに憚れることなのだが、決着をつけるべき不明点が1つある。
F. キハーノ博士: あら。何です、博士?
レイナー博士: どうして君だけが、17人のメンバーでただ君だけが、埃まみれの墓に1週間もいながら一度もくしゃみをしなかったんだ?
<F. キハーノ博士が自身の鼻を指で軽く叩く。>
F. キハーノ博士: できないのです。神経が傷付いていて。
<レイナー博士が微笑む。>
レイナー博士: ところでだ、こちらでブース博士の最期のメッセージを確認した。回収してくれて感謝する。
F. キハーノ博士: せめてこれくらいはさせていただきますわ。皆のために。
レイナー博士: ゆくゆくは全てを聞いてもらいたいものだが、今はその一部分だけで十分だろう。
<レイナー博士が自身の作業デスクのボタンを押下する。>
ブース教授: ここで迎える終焉に当たって… 私の歴史学者としての直感、そして迂遠な結末を切望するこの心のせいで、無情にも事の始まりに引き戻されてしまいます。バリス・サラヴェイ。この場所を去ったときの彼は別人となっていました。その変貌は彼に深く焼き付いた。何かが彼から掠奪され、彼にはその何かを取り返すことも能わず… いや、もしくは、奪われたのではなく、贈り物を授かったということなのかもしれない、どれだけ欲していたのか彼自身も理解していなかった贈り物だったのでしょう。ある目的が贈られた。不可解で、画期的で、破滅的な、ある目的。かつて彼の魂が位置していた胸の奥底の洞には火が灯された。魅惑という名の炎です、彼がこの墓で体験した事物に潜む意味に対する探求心。もはや、この墓は私のものにもなりつつありますがね。
<ブース教授が笑う。呼吸が苦しげになる。>
ブース教授: ああ。最後に1つだけ疑問が残ります。この副作用について、古代ダエーバイトの謀略に対する、この鋭敏が過ぎる執着フォーカスについてです。それを、私は同輩諸君の中に見てきました、ネラーがサラヴェイに見出したのと同じように。それは皆の中で成長していった、まるで芋虫の体内で成長するリンゴの樹のように。それは、古代ダエーバイトが意図したものか、はたまた偶然の産物か? これは本当に、抱えられるだけの財宝を — 言わずもがな、財宝が彼女らへ愉悦を与えた時間はそう長くなかったでしょうがね — 帝国が持ち去った際に撒かれた、辺境の地の侵入者たちの肉体と精神を打ち砕くための撒き菱カルトロップに過ぎなかったのでしょうか? それとも、この墓石に込められた呪いに彼女らの抱く一層に邪悪な意図が潜んでいたのでしょうか? 彼女らは、踏み入れた者皆を焼き尽くすことを望んだのか、それとも… その炎で鍛え上げられる者が現れることを望んだのでしょうか? バリス・サラヴェイ、そして彼の記憶からの抹消を試して、試し、我々が試し尽くしたとある民族に対する取り除くことのできない妄念。その妄念は彼の魂そのものに深く焼き付き、記憶処理でも届かぬ所へ刻まれて、ただ満たされることでしか癒されることがないのです。
<数秒に渡って咳き込む。>
ブース教授: これは本当に単なる偶然の産物だったのか? それとも、これこそが本当に狙っていたことなのか? もちろん、私が知ることは決してないでしょう。誰かが辿り着くことを強く願っています、そしてその代償に血が払われないようにとも。
<くしゃみをする。>
<静かに笑う。>
ブース教授: 信じるものを持たない、全くもって心から信じ切らない、というのは存外悪いものではない。時折、私はそう思うのです。懐疑主義スケプティシズムは相応に報いむ、とね。
<沈黙が記録される。>
ブース教授: しかし、物事の締まりには、やはり… 知ることが、できたのならば… 芳しい、と、思う…
<録音がフラッシュメモリの容量一杯になるまで続く。以後の音声は記録されていない。>
レイナー博士: 彼が安らかにあることを願うよ。
F. キハーノ博士: 皆がそうあることを願いますわ。
レイナー博士: しかし、君はどう思う? あれに意図があったのか、彼の言ったことが正しい可能性があると思うかね?
F. キハーノ博士: 分かりません。滅亡した人々の胸中や心理を正確に測るだなんて、そんなものまず不可能ですもの。彼女たちへ問うことはできませんし、可能なことは使われていた言語におおよその当たりを付けることだけ。ラテン語本来の発音すら正確には分かりませんのよ? ダエーバイトとそのダエーワは異星人エイリアンのようなものかもしれません。彼女たちにとって、過去とはまるで別の惑星のようなものだったのでしょうね。わたくしたちの… あの取るに足らないくしゃみ騒ぎを彼女たちが想定できていなかったのは確かです。サラヴェイの執着心が予見されていただけでなく、彼女たちによって意図してあの事態が引き起こされたとするのは些か飛躍しすぎとも思えますわ。
レイナー博士: ネラーも執着した。プレシュコも。
F. キハーノ博士: うぅん。ですが、仮に彼女たちがその事態を望んだとして、それで何が得られたのでしょう? 結果は、収容セルの外へ出ることも一生叶わない失脚した考古学者が1人に、研究者と技術者とエージェントの死体の山に、そして、"ダエーワ" という単語やその派生語を二度と耳にしたくないと思っている健やかな人間が3人だけです。
レイナー博士: それと猫が1匹。
F. キハーノ博士: そうですわね。あの猫も忘れちゃいけません。
レイナー博士: 名前はつけたのかい?
F. キハーノ博士: ええ、ゴサGosa.古ダエーバイト語。口語: くしゃみをするスニーズ 文語:息を吹くハフ にしましたわ。
補遺7291-2 追加インシデント: レイナー博士が聴取が執り行った当日、サラヴェイ博士がサイト-06から不詳の状況下で脱走しました。翌日、F. キハーノ博士が夫を迎えに前哨基地-7291へ戻りましたが、M. キハーノ博士はサラヴェイ博士と同じく不詳の状況下で医療施設から消息を絶ちました。さらに2日後、サイト-76で火災が発生し、古代ダエーバイト帝国関連のアーティファクト複数が破壊されました。
2022年10月9日、スペイン バレンシアに位置するキハーノ邸に以下の手紙が届きました。
フィデーリアへ
すまないと思ってる。君は理解もしないだろうし、もちろん、このことを酷く辛く受け止めるだろうし、だけ
すまないとは思ってない。そう思うべきだとは、頭では理解しているよ。でも、そう感じられる部分は僕からすっかり無くなってしまったんだ。もしかしたら、後悔を感じることのできる自分というものがどこかに残されてるのかもしれない、けれども、遥か遠くにそいつを置き去りにしてしまったみたいだ。今なお果てしなく暗がりを増していくあのトンネルの中で、未だにそいつは叫び続けているのかもしれない。最後の作業灯の揺らめきが消えるのを心待ちにしながら、無数の魂の1つとして虚ろな器を求めて彷徨っているのかもしれない。あるいは、君が愛したあの男はベラルーシの陽光を一身に浴びて跡形もなく消失してしまっただけなのかもしれない。
君にかけられる慰めは — それは薄弱とした、慰めと呼ぶのも憚れるものかもしれないのだけど — ただ1つだけ。僕たちは遂に掴もうとしている、これまであまりに沢山の、夥しい、数多のものを犠牲にしながら僕たちが追い求めてきた答えを。僕たちは知ろうとしてる、ダエーバイトがあの墓を掘った理由を、あの墓にあんな恐ろしいことを施した理由と方法を、それによって彼女たちが成し遂げようとした祈念を。
その答えは信仰なんかに頼らない形で得られることになる — そのことに安心したよ、君も今になって気付いたかもしれないけれど、そもそも、強い信仰心というものが僕にはありはしなかったから。君は、僕が信仰心を持っているって信じていたかったし、それに、僕もそうありたかった。君にとって信仰がどれだけ大事なものかを僕は理解していたし、君が信仰を大事に想うのと同じくらいに僕は君を想ってた。だから僕は、僕の抱く単なる学術的好奇心を心の底からの信仰に幻影化して誇張して見せかけたんだ。それの… どこが悪かったと言えるんだい。
言うまでもなく、僕たちは思い知ったよね。君のために、あの祝福blessingが働いていたらよかったのに。可哀相な君のために、ようやく全てが上手くいったんだって感じたあのとき、洞窟の出口から伸びてきた影が僕を君から奪っていかなかったらよかったのに。邪悪に対峙しても断固たる態度で立ち向かっていれば大丈夫だって、君がそう考えてたあの時に。
君が間違っていたあの時に。
だけど、君にはきっと喜ぶべきことが訪れる、そう約束するよ。サラヴェイと僕、そして同じ志を持つ者たちと共に、今は亡き同朋たちが盲目的な恐怖の中で徒に藻掻き掴もうとしても得られなかった答えを、僕らは手中に収めようとしている。ダエーワの神秘を完全に解き明かそうとしている。憶測も、理屈も、抽象的なトリビアの切れ端を繋ぎ合わせた物もいらない。過去を弄ぶのはもう終わりだ。今度こそ、直接にその根源と対話するんだから。
彼女たちに訊くつもりだ。
— マキシモ
補遺7291-3 更新: 火災により破壊されたと思われていた、現在では盗まれたと見なされる物品群の1つにサイト-76で保管されていたSCP-140のコピーが含まれています。









