SCP-7303


評価: +36+x
warning.png
アイテム番号: 7303
レベル2
収容クラス:
keter
副次クラス:
none
撹乱クラス:
vlam
リスククラス:
danger

Xray.jpg

無症候性肋骨骨折と診断されたX線写真。骨格が損傷していないことに注意。

特別収容プロトコル: SCP-7303の発生例は、医療関連のシステムやプロバイダーのネットワークに組み込まれた財団のスパイウェアや、病院・診療所などの医療施設に設置された秘匿監視装置によって監視されています。現在のところ、SCP-7303を予防する手段は判明していません。

説明: SCP-7303は医療従事者、最も一般的には医師が、患者に対して実在しない疾患の診断を下す行動的現象です。具体的には、医師はある疾患の (実際には存在しない) 無症候性の変種であると診断します。

影響を受けた医療従事者は自らの診断に強く固執するため、その判断が正確ではなく、治療が不要であると説得することは不可能です。SCP-7303の影響者は、異常なまでの説得力の向上を示します — これによって、影響者は自らの行為の有効性を、患者や他の医療従事者に納得させることができます。治療の記録には、SCP-7303の影響下での行為に対する質問や反論を抑止するミーム的な効果があります。

影響を受けた医療従事者が治療は完了したと判断するまで、SCP-7303は持続します。この異常現象は早期終結に向けた財団のあらゆる努力に対する耐性を持ちます。これには記憶処理、脅迫、再プログラミング、電気けいれん療法が含まれます。

ごく稀ではあるものの、医療従事者が繰り返しSCP-7303の影響を受ける事例も確認されています。


補足資料 001: SCP-7303の具体的事例

Dockery.jpg

ヘンリー・ドッカリー医師。

診察: 001

ストッカリー診療所

序: 以下のSCP-7303事例はイギリス、マンチェスター、ストッカリーにある診療所で記録された。患者のアンドリュー・ホイットフィールド (36歳) は、左手の裂傷の経過観察のため、ヘンリー・ドッカリー医師 (医学士、英国家庭医学会会員) の診察を受けていた。診察の終わり頃、次のような会話が交わされた。


ドッカリー: さて、アンドリュー、最後にもう1つ診ておきたいことがあるんだ。シャツを脱いでもらえるかな?

ホイットフィールド: はい、でも… それと私の手にどういう関係が?

ドッカリー: 近頃、呼吸の調子はどうだい?

[ホイットフィールドがシャツを脱ぐ。ドッカリーは背後に回り、聴診器のチェストピースをホイットフィールドの背中に当てる。彼はホイットフィールドの呼吸音を聞き始める。]

ホイットフィールド: 好調ですよ? 特に何も気づきませんでした。

ドッカリー: 息苦しさは? 咳は?

ホイットフィールド: いつもと同じです。どう-

ドッカリー: シーッ、ちょっと待った… よし、そのまま普通に呼吸し続けてくれ、今から軽く背中を叩くよ。

[ドッカリーは拳を握り、ホイットフィールドの肩甲骨の間を殴る。]

ホイットフィールド: あうっ!

ドッカリー: オーケイ、これで終わりだ。アンドリュー、帰る前に幾つか検査を受けてもらいたい。詳しくは看護師に言っておく。受付に伝えてもらえれば、後は看護師が引き継いでくれる。

ホイットフィールド: 何か心配な事でも?

[ドッカリーは微笑む。]

ドッカリー: とりあえず検査を済ませてしまおう。



診察: 002

ストッカリー診療所

序: 以下は、前回のやり取りから数週間後、ホイットフィールドが検査結果報告のためにドッカリーの下を訪れた際の書き起こしである。


ドッカリー: 実はね、アンドリュー — こんな事は言いたくなかった。悪い知らせがある。

ホイットフィールド: …はい。ど- どんな知らせですか?

ドッカリー: 君は癌だ。

ホイットフィールド: 癌? つ- 妻に電話します。

[ホイットフィールドは上着ポケットの携帯電話を探りながら、椅子から立ち上がろうとする。ドッカリーはこの行動に気付く様子を見せない。]

ドッカリー: 君は非常に稀な種類の癌に罹患している。正確には、無症候性肺癌だ。一般的な癌と同じくらい危険だが、前兆症状がほとんど現れない。発見できたのは運が良かった。

[ホイットフィールドは身動きを止める。]

ホイットフィールド: どういう意味です? 普通の癌とどう違うんですか?

[ホイットフィールドは携帯電話をポケットにしまい、椅子に座り直す。]

ドッカリー: 説明しよう。私が疑いを抱いたのは、君が前回診察に来た時、咳込んでも血を吐いていなかったからだ。無症候性肺癌の典型的な兆候だよ。症状の出る肺癌は血痰、喘鳴、息苦しさを伴なう。対して、この無症候性の変異型は非常に見つけにくい。名前が示す通り、症状が出ないことでしか診断できない。私はこの分野の経験があり、以前は癌専門医として訓練を受けていたが — 他の医者だったら君の病状を見抜けなかったかもしれないね。

ホイットフィールド: でも、もし症状が無いなら別に-

ドッカリー: 違う! とんでもない。君の体内には積極的に拡大している癌があるんだぞ。

ホイットフィールド: でも、症-

ドッカリー: もし今この部屋から出たら、君は死ぬぞ。死んでしまうんだ、アンドリュー。これは深刻な状況だ。

[ホイットフィールドは呆然とドッカリーを見つめる。]

ドッカリー: すぐ奥さんに電話した方が良い。



診察: 003

ストッカリー診療所

序: 初期診断の後、ドッカリーとホイットフィールドは再び面会し、SCP-7303の診断に対する治療法について話し合った。


ドッカリー: アンドリュー! さぁさぁ、座ってくれ。

ホイットフィールド: おはよう、ヘンリー。調子はどうですか?

ドッカリー: ドッカリー先生と呼んでくれたまえ。さて、今日話し合うべきことは…

[ドッカリーはコンピュータのキーボードをタイプし始める。]

ホイットフィールド: 私の、その、癌ですよね、先生。

ドッカリー: そう! 君の癌についてだ。

[ドッカリーはオフィスチェアを回転させ、ホイットフィールドに向き合う。ホイットフィールドは鼻をすする。]

ドッカリー: 普通の癌、一般的な種類の癌であれば、全身に腫瘍が生じる。雑草のように育つ。主な治療法の一つは手術で、体から癌を切り取り、摘出するというものだ。

ホイットフィールド: は- はい。

ドッカリー: しかし、君の癌に対してはそれができない。無症候性だから腫瘍が無いんだ。だから別な手段を検討する必要がある。

[ホイットフィールドの鼻をすする音は、静かな泣き声に変わる。]

ドッカリー: ほらほら、そう気落ちしちゃいけない。闘うことはできるんだ。手術は無理なので、化学療法と放射線療法を併用するのが一番確実だろう。化学療法では各種の抗癌剤を注射し、放射線療法では大量の放射線を制御しながら身体に照射していく。癌が広がる前に早く始めなければならない。しかし、これらの治療には副作用が伴う。脱毛、吐き気、嘔吐、疲労感などだ。

[ホイットフィールドの鳴き声が激しくなる。]

ドッカリー: 待合室で読める資料を幾つか持ってくるよ。



診察: 007

ストッカリー診療所

序: ホイットフィールドは“無症候性肺癌”の病状に関する最新情報を得るため、ドッカリーと面会した。彼には妻のヘレン・ホイットフィールド (書き起こしでは“H-ホイットフィールド”とする) が同伴した。


ドッカリー: アンドリュー、よく来てくれた。

[アンドリューとヘレン・ホイットフィールドが、ドッカリーの診察室に入室する。]

ホイットフィールド: 先生、こちらは妻のヘレ-

[ホイットフィールドは途中で言葉を切り、急ぎ足で退室する。彼は診療所のトイレに入り、激しく嘔吐する。]

H-ホイットフィールド: 夫は近頃、治療で苦しんでいるんです。これでもう3回も-

ドッカリー: そのお話は、患者がここに戻ってくるまで待ちましょう。

H-ホイットフィールド: ええ… 分かりました。

[ドッカリーはコンピュータに顔を向け、メールを確認し始める。ヘレン・ホイットフィールドは無言で診察室のドアの近くに佇んでいる。4分後、アンドリュー・ホイットフィールドが戻って来る。]

ドッカリー: また挨拶から始めようか? ヘレン、お会いできて嬉しいです。アンドリューからお話は常々伺っていますよ。

[ヘレン・ホイットフィールドは夫をオフィスチェアまで誘導する。ホイットフィールド夫妻は着席する。]

ドッカリー: ヘレンから治療の話を聞いた。近頃は苦労しているそうだね?

[ホイットフィールドは化学療法の点滴挿入口に巻かれた腕の包帯を弄る。]

ホイットフィールド: 職場の病気休暇を使い切ってしまったんですよ。貯金はありますが… なかなか厳しいです。

ドッカリー: 成程。

[沈黙。]

ドッカリー: では、君の癌について話そう。無症候性の癌が進行して末期になると、実は症状が出始める。そして、君にはその症状が幾つか現れ始めている。脱毛。吐き気と嘔吐。疲労感。ステージ3無症候性肺癌の典型例だ。

[ホイットフィールド夫妻が手を握り合う。]

ドッカリー: もう1つ話さなければいけない事がある。直近の検査結果が届いているが、君の尿サンプルからは何も検出されなかった。血液も、タンパク質も、白血球もね。

H-ホイットフィールド: ああ、それは良いお知らせですね。

ドッカリー: 最後まで話を聞いてください。私はね、アンドリュー、君の肌の色にも気付いていた。まるで黄色味がかっていない。強膜も同じく、雪のように白い。

H-ホイットフィールド: どういう意味ですか? 良い事みたいに聞こえますけど。そうよね、アンドリュー?

[ヘレン・ホイットフィールドは夫に向き直り、腕をさする。]

ホイットフィールド: ヘレン、こうなるかもしれないと予告されてはいたんだ。

ドッカリー: 癌が拡散しています。アンドリューは今、無症候性肝臓癌と無症候性腎臓癌にも侵されている。病院に連絡して、治療薬の投与量を増やすように手配します。

[ヘレンは椅子から立ち上がり、夫を抱擁して頬にキスする。]

H-ホイットフィールド: あなたなら打ち勝てるわ。きっとよ。

ドッカリー: もっと良い知らせをお伝えできたらと、心からそう思っています。



診察: 012

ストッカリー診療所

序: 以下はホイットフィールドの治療が始まってから数ヶ月後の診察である。彼はドッカリー博士の監督の下で数回の化学療法を受けていた。


ドッカリー: 直近の検査結果が戻ってきたので、目を通したよ。残念だが、癌は更に進行している。

[ホイットフィールドは両手で頭を抱える。彼の両掌は、治療によって禿げた頭を覆うバンダナに当たっている。]

ホイットフィールド: そうですか。

ドッカリー: ここで諦めてはいけない。まだ幾つかの選択肢が-

ホイットフィールド: 止めたいです。

ドッカリー: 何だって?

ホイットフィールド: 治療を止めたいんです。もしそうなら… これで終わりなら、自分らしく死にたい。こんなのは嫌です。

ドッカリー: アンドリュー、まだチャンスは残っているんだ。君にはチャンスがある!

ホイットフィールド: 割に合いません。私にとっては、そこまでの価値はありません。ここ数ヶ月は苦しいばかりでした。何もかもが痛みます。どうせ残された時間が僅かなら、楽しみたいんですよ。こんな状態では楽しめません。

[ドッカリーは沈黙している。]

ドッカリー: 諦めるのか?

ホイットフィールド: え-

ドッカリー: 折角ここまで来て、無我夢中で戦ってきたのに、ゴール寸前で投げ出してしまうのか?

ホイットフィールド: それは医者としての立場を踏み越えては-

ドッカリー: そうとも。君に過ちを犯してほしくないからだ。奥さんとはこの問題を話し合ったか?

ホイットフィールド: いえ、まだ-

ドッカリー: 彼女が聞いたらどう感じると思う? 君の子供たちは、父親が自分たちの未来のために闘ってくれないと知ったらどう感じると思う?

[ホイットフィールドは返答しない。]

ドッカリー: 私は君の人となりを知っている、アンドリュー。私たちはこの道を一緒に歩んできたじゃないか。君はそこまで自分勝手じゃない。何もかもを投げ出したりはしない。

ホイットフィールド: そ-

ドッカリー: 私は自分が何をしているか分かっているよ。確かに癌は進行しているが、君にはそれを押し戻すことができる。もっと頑張ればいいだけだ。私が信用できないか?

ホイットフィールド: そうじゃないんです、私は楽しみたいだけで-

ドッカリー: 人生を謳歌したいか? だったら方法は1つしかない。

[ホイットフィールドは沈黙している。]

ドッカリー: 続けよう?

[ホイットフィールドは頷く。]

ドッカリー: 良し。今週火曜日にまた予約を入れておく。手帳に書いておこうか?

ホイットフィールド: その日は娘の学校行事があるんですが、振り替えは可能ですか-

ドッカリー: 生憎、その週は他に都合が付かないんだ。だが治療を遅らせたくは無いだろう?

ホイットフィールド: …いえ。あなたの仰る通りです。

ドッカリー: 宜しい! ではその時にまた。

[ホイットフィールドは立ち上がり、診察室の出口に向かい始める。]

ドッカリー: 最後にもう1つだけ、アンドリュー!

[ホイットフィールドは立ち止まり、ドッカリーを振り返る。]

ドッカリー: 君は正しい選択をした。

ホイットフィールド: ありがとう。先生を信じます。

ドッカリー: 任せてくれ。この部屋にいる2人のうち、私は医者なんだ。必ず君を治してみせる。



診察: N/A

ノース・マンチェスター総合病院

複数回の化学療法を続けた後、ホイットフィールドは治療に起因する深刻な中毒症状を起こし、意識不明で卒倒した。治療のため、彼はノース・マンチェスター総合病院に搬送された。入院から3日目、ドッカリー医師はホイットフィールドを訪問した。


[ホイットフィールドは病院のベッドに無意識で横たわっている。彼は入院して以来、意識を取り戻していない。経鼻胃管、点滴、心拍計、人工呼吸器が装着されている。彼は機械に囲まれており、断続的にビープ音が鳴っている。]

[ドッカリーが入室する。彼はベッドに歩み寄り、ホイットフィールドを見下ろす。]

ドッカリー: 約束する。

[ドッカリーは言葉を切り、跪いてホイットフィールドの耳に口を近付ける。]

ドッカリー: できる限りの力を尽くしたと、約束するよ。

[ドッカリーは5分間、無言でホイットフィールドの近くに立っている。]

[彼は退室する。]


結: ドッカリーの訪問から4時間後、ホイットフィールドは死去した。

現在の財団の推計によると、全世界の医療従事者の82.1%は職歴の過程でSCP-7303を経験している。SCP-7303事例への積極的介入が医療サービスに及ぼす影響と、予防的収容措置に必要とされる財団リソースの規模を考慮して、倫理委員会はSCP-7303事例を正常性からの許容可能な逸脱だと見做している。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。