SCP-7427


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夜風が吹き荒れ目もくらむような雪が舞い散る中、あなたは丘の斜面を疾走する。周囲のツンドラ地帯は柔らかな白さで覆われ、真珠のような柔らかな雪があなたのスノーモービルの後を追って舞い上がる。眼下に広がる静かな谷は月の光に照らされて輝いている。思わず立ち止まってその美しさに浸ってしまうほどだ。

だが立ち止まることはできない。今立ち止まることは死を意味する。寒さはすでに、指先、つま先、歯にまで入り込み、何も感じられなくなるまで刻一刻と忍び寄る。あなたは両手でハンドルを強く握る。もはや感覚などないにも関わらずあなたは両手が反応すると固く信じているようだ。

前方の施設に照準を合わせる。そびえ立つ、残忍主義的な施設がそこにある。何百マイルも続く中で唯一の人間による建造物、除外サイト-16。その施設は形成された荒野から凸凹と突き出ている。大地の傷痕。驚異的なテクノロジーと禁断の魔法が組み合わさった奇跡の緊急シェルターだ。

人類ではなく、情報を守るために作られたシェルター。時の流れに抗い、現実そのものの改変に抵抗できるように設計されている。虚偽に対する防壁であり、その中には財団だけではなく人類全体の完全な記録が収められている。

足元は荒れた地形から舗装路のような滑らかなものへと変化する。新雪に覆われた、もう使われなくなった滑走路だ。この様子ならサイトを維持している精鋭職員共skeleton crewも生き残って籠城出来ている可能性がある。

あくまで可能性だが。

入り口に近づいてエンジンを切ると近接ライトが作動する。いつもなら雄大な鋼鉄扉程度にしか感じなかっただろうが、今となってはそれが頼もしい。ドアの横にあるキーカード・リーダーが、あなたの身分証明書を受け取る。記録・情報保安管理局、レベル5アクセス。

あなたは灯りのない玄関に避難し、フロントデスクを回ってその先のホールに足を踏み入れる。完全なる静寂だ。いくつかの部屋をざっと見たが最近活動した形跡はない。生存者の気配もない。あなたはリュックサックから小さな吸入器を取り出し、呼吸器に装着して顔に当てる。吸入器から紫がかったミントのような靄が吹き出し、半透明のマスクに充満する。あなたはクラスW記憶補強薬を深く吸い込んでいく。それがもたらす明瞭さがあなたの心を強くする。

エレベーターは機能しているようだ。あなたは乗り込んで一番下のボタンを押す。あなたは数分間降下する — 財団に関する記録は施設の最下層に保管されている。エレベーターの静寂の中、強力な記憶補強薬の影響で、あるSCPのファイルを思い出した。実に鮮明な記憶であり、まるで実際に目の前に存在するかのようだった。





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データ消失

アイテム番号: SCP-7427

オブジェクトクラス:Keter

特別収容プロトコル: 本報告書執筆時点では、財団職員以外の生存者の数を特定することは不可能であり、この目的のための捜索救助活動は停止されています。SCP-7427の影響の性質上、全ての人員は自己隔離をせねばなりません。気象、対抗概念、反ミーム、情報災害に関するアノマリーの収容経験がある職員とチームは、SCP-7427の影響を無力化または逆転させることを目標に、SCP-7427の研究を進めます。残りの職員は生存に専念してください。

SCP-7427との接触が予定されている職員は、それがテスト目的であるか、或いは単にアノマリー内部を通過するのみかにかかわらず、クラスQ以上の記憶補強薬を服用することが推奨されています。

追記: 記録・情報保安管理局RAISA-レベル5クリアランスが全職員に付与されました。移動可能な生存者は、SCP-7427の出現に関連するファイルを再発見するため、除外サイト-16、-38、-47に移動するよう指示されています。これらのファイルの内容は作戦目標に不可欠であり、サイト-41の職員に伝えられねばならないものです。

説明: SCP-7427は、現在地球全体を覆っている異常気象現象です。SCP-7427はその気象システムを維持するものが存在しないにもかかわらず持続する吹雪として物理的に出現し、世界全体の平均気温を-8℃にまで低下させ、さまざまな生態系を破壊する原因となっています。SCP-7427の直接的な結果として、120000以上の属が絶滅に至ったと推定されています。

SCP-7427の個々の結晶は、空中に浮遊して移動している間に選択的に非物質化することが確認されています。目視可能な状態では、結晶は人や建造物を貫通して落下します。SCP-7427による降雪と強風は、既存の存在する概念にとって有害な追加効果を示します。これらの効果は以下を含みますが、それに限りません。

人の消失

孤立している者は存在消失の影響を受けやすくなる。この効果は単に視線が向けられていないだけの場合など、物理的な距離に関係なく発生する。基本的には屋外で発生するが、7週間前に発生したISS乗組員全員の一斉消失の例から、SCP-7427の降雪への直接的な曝露は必要ない事が証明された。ISS乗組員は未だ帰還していない。

場所の消失

人口密度の高い都市や100人以上を収容できる建物など、密度の高い場所は完全に消滅し、SCP-7427の風による浸食で粒子状となり、大気中に霧散する。記念碑、文化的に重要な建築物、墓地もこのような影響を受ける。多くの人工建造物が現存しているが、それらは通常の場合は無人であり、文化的意義が存在しないものである。

これらの人口の限界の財団における例外は、反ミーム部門の本部であるサイト-41、平均認識災害抵抗値18.5を誇るサイト-87、そして記憶補強薬の主要生産所である施設-Q13である。

情報の消失

SCP-7427の出現と同時に財団のデータベースや物理的な保管場所にある無数のファイルが消失した。この影響は映像、音声、印刷物を含む全てのメディアに及んでいる。この消失はあたかも情報が記録されていなかったかのように、完全かつ不可逆的な消去として現れる。ハードドライブは消去され、本は白紙になり、レコードは溝を失う。残されたデータストア、RAISA職員の証言、人工知能徴募員AICの記録を相互参照した結果、SCP-7427が出現するまでの数時間に、特に3つのSCPファイルに必要不可欠な構成要素が過去にさかのぼって存在しないというフラグが立てられていたことが判明した。


SCP-087
学校の構内にある、どこまでも続く暗い階段。そこには瞳、鼻孔、唇のない白い顔として表れる恐怖の象徴と、小さな子供の泣き声が存在する。影響を受けたファイルは4度に渡るDクラスによる吹き抜けた階段の探索の記録の最後、文書087-Ⅳである。

SCP-783
イギリスのテンビー市に12年おきに出現する、一晩中一人きりの市民を屋内に閉じ込め、つきまとい、変形させる攻撃的な存在。町の地下に埋められた犠牲者の集団墓地は、この地域の空間的に異常なレプリカへの入り口となっている。影響を受けた文書はラファイエット博士によるテンビー市のレプリカの探索を詳述した記録、SCP-783-L3である。

SCP-610

南シベリアの広大な地域に蔓延する伝染性、変異原性の皮膚ウイルスで、その範囲内に存在する全ての生命体の感染、変異、死を引き起こす。罹患生物は全ての生命体に対して全般的に敵対的であり、SCP-610をさらに増殖、拡散させようとする。影響を受けた文書は感染者との交戦中に離れ離れになった突撃隊員の視点からSCP-610の発生源の調査を撮影したビデオ映像、SCP-610-L6である。


私の仕事では行間を読むことについて多くのことを学びます。もちろん文字通りの意味ではありませんが、研究対象の性質が能動的に知覚を拒み、そう在るものと在らざるものの理解を拒むようなものの場合、我々は回りくどく考えることが出来ねばなりません。最後の部分は文字通りの意味です。言い表せないものを説明することは不可能ですが、適切な角度から見さえすれば、その輪郭を思い浮かべることは出来ます。

私たちのチームは解析部門とともに、SCP-7427の影響を受けた地域、人物、情報、出来事を調査してきました。その結果、SCP-7427の二次的影響は無差別に発生するものではないという結論に達しました。歴史的記録の空白を調査し、統計データを見直し、影響を受けた地域の衛星映像をまとめることで、SCP-7427の影響を受けた概念の大まかな輪郭が構築されました。

パターンがあるのです。1人の人間から家族や仲間へと流れ、共通の体験から歴史的な出来事を狙い、それを足場にして地理的な場所を消去する。その選択性は典型的な情報の捕食パターンを模倣しています。我々は以前そういう事象を乗り越えて見せました。

SCP-7427は一見すると乗り越えられない壁のようですが、遍在していることによって精度が失われているという利点があります。SCP-7427が何を消去しようとも、記憶に影響を与えるほど徹底したものではありません。もしそうであったなら、このファイルは存在しないでしょう。我々は悲鳴を上げることもなく、問題が起きたことすら全く知らぬままに死ぬことになるでしょう。アノマリーが人間の精神と相容れない事は我々に有利に働いてくれています。

認識をもって現実を定義する。それこそが我々の奥の手です。記憶補強薬の投与を受けることで自らを定義する能力を高めて意識的な観察者としている職員に対してSCP-7427は影響を与えることが出来ません。記憶と経験の強固な網で自我同一性を束ねる事。それこそが内なる語りを確固たるものとするのです。

我々はSCP-7427の正体を解明し、その源を抑える必要があります。元となった概念を特定できれば、対抗ミームを作る事が可能となり、最終的にこの騒動に幕を下ろすことができるでしょう。

快晴はもはや我々の目の前です。

シンシア・サマー博士
反ミーム部門 - 上級研究員






エレベーターのチーン!という柔らかい音が、あなたの集中を乱す。あなたは薄暗く、じめじめする控えの間に到着する。向こうにドアが1枚立っており、細く開いている。その横の壁に貼られた鉄板には" ファイル: SCP-002 - SCP-999 "と書かれている。

敷居をまたぐと、あなたは古い紙と調湿された空気の黴臭い香りに襲われる。ここにあるファイルたちは財団の歴史上最も古いもので、デジタル化されてSCiPNETが登場するよりもずっと前の物だ。ありがたいことに、財団の記録保管庫の1つに入っていれば、あなたはそれら全てを見ることができる。あなたは時折クモの巣を払いのけながら、床から天井まである無数のキャビネットを通り抜け、部屋の奥へと一直線に進んでいく。あなたが見つけるべきファイルはただ1つ。それこそがこの嵐に終止符を打つための鍵となるかもしれないのだ。

奥の壁に並ぶキャビネットには002から099までのSCPのファイルが収められている。"080-089"と書かれた引き出しに梯子をかけ、少なくとも1メートルほど引き出して、中身を調べ始める。SCP-081のゲノム配列、SCP-082が書いた戯曲の写し、キャシーへのインタビュー……。

引き出しの奥であなたはようやくそれを見つける ─ SCP-087とその関連ファイルだ。最初のいくつかは平凡な物、例えば実験に使われたDクラスの犯罪履歴や民間人の記憶処理記録、支出報告書などだ。スタックの最後には、SCPファイル自体の手打ちコピーがある。そこには探査ログ Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ…そして本来そこにあるべき物、即ち最後のログが添付されている。

あなたは文書087-Ⅳのページをめくり、それを読み始める。




文書087-Ⅳ


文書087-Ⅳ: 探査 Ⅳ

D-7219はスポーツマン体型の26歳の男性です。対象はヨセミテ公園のウィルダネス・サーチ&レスキューチームのボランティア・プロを数年間経験しています。D-7219はレスキューハーネス、予備のランプ、緊急照明弾、丸1日分の行動を維持する為の食料を支給されています。降下の様子はハンズフリーの監視装置によって管制室に放送されています。

映像はD-7219の背後でドアが閉められ、金属音が吹き抜けた階段の古びたコンクリートの壁に反響している場面から始まります。入り口の踊り場はドアの横の照明器具で照らされています。それはSCP-087に内蔵されている唯一の光源です。D-7219が階段に近づき、黒い金属の手すりに手をかけます。ドア脇の照明器具は一段目より先の範囲を照らすことができず、光が途切れた先には濃い闇が広がっています。

D-7219が照明の当たっているエリアから手を伸ばすと、手首から先が虚空に消えたかのように視認できなくなります。

D-7219: [口笛] なあ、あんたらこのクソのための分け前はちゃんと払うんだろうな。

██████博士: D-7219、降下の準備はできているか?

D-7219が手すり越しに吹き抜けを覗き込みます。擦れるような激しい雑音と共に、配信映像が照明弾の燦然と輝く光で一瞬見えなくなります。彼が照明弾を落とすと、その光の軌跡は瞬く間に闇に吸収され、すぐ下の階段さえ照らすことができません。

D-7219: [指示を無視して] 利益分けとかはやってんのか? あんたらの視力保険と歯科保険、特に歯科保険を見てみてぇ。そんなにガチのやつじゃなくても —

██████博士: D-7219! 降下の準備はできているか?

D-7219: 分かった、分かったって。全く…冗談の通じねぇ奴だな、あんた。

そう言うと、D-7219はヘッドランプを作動させます。暗闇が遠のきます。前方の階段のおよそ半分が視認できます。D-7219は最初の数歩を慎重に、足を踏み出すたびにちらちらと下を見ながら、手すりに手をかけています。2階の踊り場が見えてくると、D-7219は手すりから手を離し最後の数段を駆け下ります。階段の吹き抜けに足音が響きます。

D-7219: もしやこのまんま一直線に進み続けるんじゃねぇかって思ったね。けっつまづいて無限に階段を転げ落ちるなんてクソ間抜けな事はごめんだ。

██████博士: 了解した。続けてくれ。

D-7219が3階へと下り始め、途中で突然立ち止まります。手すり越しに下の暗闇を見つめています。

D-7219: なんてこったい。おい、聞いてるか?[叫ぶ]もしもし? おい! おい、ケガはねぇか?

D-7219: [声を抑えて] 下からガキの声が聞こえる。反応がねぇようだが。助けんのか?

██████博士: 君が今聞いているものは、以前の被験者の報告と一致している。続けてくれ。

D-7219: "今までの奴らと一緒"か、分かったよ。俺はそいつとリアルで話せんのか?

D-7219は3階の踊り場に到着します。この時、録音機器は奥深くから発せられている子供の泣き声を拾いました。

D-7219: 何にせよ、ガキはあんま落ち込んでるようには聞こえねぇな。あんたら、これがどんくらい深いか分かってるのか?

██████博士は返事をしません。D-7219の動きに合わせてカメラの映像が揺れ動くと、すぐ上の暗闇に青白い顔、SCP-087-1が浮かび上がります。D-7219はそれを見ることなく通り過ぎます。

D-7219: もしもし?

██████博士: 私たちは、えぇっと — すまない。それはまだ分かっていないんだ。君がその答えを出すことに協力してくれることを望んでいるよ。自分のペースで進んでくれていい。変わったことがあれば記録する。

D-7219: 変わったこと? やれやれ、そうだな… [叫ぶ] 暗いぜ、クソみてぇにな!

██████博士: 頼むから集中してくれ。

D-7219: へへ。今、笑ったろ? 声に出てるぞ。おい! 認めろって!

D-7219は何の反応も得られず、ぶつぶつ言いながら下降を続けます。それから15分間、D-7219は51階目の踊り場で立ち止まり、周囲の階段と壁の損傷 — これまでの調査と一致しています — に気づきました。その後、探査Ⅲで初めて記録された89階目の踊り場にある1メートル幅の穴で再び立ち止まります。それ以降は、96階目の踊り場まで黙々と降下し続けます。

D-7219: で、そのガキが誰なのかは分かってるのか?

██████博士: レスキューハーネスを持たせたのは、迷子の子供が下に存在する可能性があるからだが、現時点でその確証は得られていない。

D-7219: ああ、じゃあ…録音とかか? あるいは、ガキの声のように聞こえる何かとか? 何だったっけ…模倣mimesisってやつか?

██████博士: 後者の可能性はあるな。映像を分析したが、単に録音のループというには言葉遣いやトーンにあまりにも多くの乖離がある。あと、君が探している言葉は擬態mimeticじゃないかな。

D-7219: は?

D-7219は97階目の踊り場を通過し、各階を勢い良く進んでいます。

██████博士: どちらも語源は同じで、"演技者mimos"だ。"擬態"は通常、生物学的な意味で使われる。"模倣"は同じ意味で使われる事もあるが、どちらかというと芸術的表現に関係している。絵や詩などの媒体を通して、生命や自然を模造することを指すんだ。

D-7219が手すり越しに階段の吹き抜けを覗き込みます。

D-7219: 分かったよ、相棒… ドク? 先生? "模倣"に期待しようぜ、え? 見つけるなら…人のふりをした何かより絵の方が良いだろ。あんま害がなさそうで。

██████博士: 身体的な意味ではそうだが、模倣は全く害がないとは見做されていなかった。例えばプラトンは、芸術は真理を伝えることができない物だと論じた。真実を歪曲する物。不完全なものに関心を導く物、情熱の耽溺とみなした。

D-7219はペースを速め、102階の踊り場へと続く最後の2段の階段を飛び越えます。

D-7219: あんたの心を開くために必要なことだと知ってたら、もう30階上で美術理論について聞いてただろうな。教えようと思ったことは?

██████博士: 一度も。私の雇用主は他の追随を許さない視力保険と歯科保険の福利厚生を提供してくれているからね。

D-7219: は! どうやらあんたもユーモアのセンスをゲットし —

金属を引き裂くような耳障りな金切り声が音声記録を支配します。カメラが大きく揺れ、D-7219がパニックに陥り、悪態をつきます。

██████博士: D-7219、報告しろ! 大丈夫か?

D-7219: あ、ああ。俺は大丈夫だ。どっか下の方から聞こえてきたんだと思う。俺はただ…

D-7219が次の階に近づきます。

D-7219: …ただちょっとビビっただけだ。

██████博士: 了解した。さて、もし大丈夫そうなら…

D-7219: 分かってるさ。[ため息] 続けようか。

D-7219は控えめなペースで下降を再開します。それから10分間は安定した呼吸と絶え間なく続く訴えかけるような声以外は、何も聞こえません。163階で新たな著しい逸脱が発見されます。彼は小声で管制室に話しかけます。

D-7219: おい…おい、これ見えるか?

D-7219がその場に静止します。SCP-087の暗闇の中でトーチの光を反射した物と思われるキラキラと光る点が複数、階下の暗闇の内部に存在している様子が確認されます。D-7219は視線を固定したままゆっくりと前進し、足元を確認するために一瞬目をそらします。彼は左足でサイドステップを踏み、体を半回転させて走る準備をしました。

もう一段下がります。漆黒の突起物がゆっくりと視界に入ってきます。ギザギザした鋭利な金属の先端が、近づいてくる光を受けてキラキラと輝いています。

もう一段。163階の踊り場が見えてくると、突起の長さが分かります。階段の両脇にある金属製の手すりは激しくねじれ、曲がっています。ある部分は縦に裂け、他の部分はコンクリートからきれいに剥がれ、壁や階段の端に沿って亀裂が残っています。最も長い部分はねじれてD-7219の進路に大きくはみ出し、ギザギザの端が彼の方を向いています。

██████博士: 続行できるか?

D-7219は注意深く、四方八方に目をやりながら近づきます。彼は、手すりの下に身をかがめ、ぐちゃぐちゃになった手すりの間を縫うようにして、そそくさと横滑りします。カメラのアングルは彼が体を捻るのに合わせて変化します。彼が体を半回転させながら障害物を大きく踏み越えたとき、映像は上の階段に真っ白な点を映します。彼は止まって、それを注視します。

SCP-087-1はD-7219を見つめ返します。その目は閉じています。口のないその顔は微動だにせず、無表情でただそこに存在しています。

D-7219: 博士? 俺がどんなクソッタレな奴を見ているのか教えてくれよ。██████?

ゆっくりと、SCP-087-1が前進します。肉体の存在は確証されていませんが、その顔はよたよたと動いています。震え、止まり、また震えながら、D-7219に向かって一歩ずつ進んでいるかのように見えます。D-7219は過呼吸に陥り、ペースを倍増させます。

D-7219: こん畜生が、くたばれ!

██████博士: D-7219! 落ち着いて撤退しろ!

D-7219: あんたは俺が今どんだけクソッタレなことを —

布が破れる音がし、D-7219は痛みに呻きながらも後退のスピードを緩めません。

D-7219: — してると思ってやがんだ?

SCP-087-1が足を引き摺るようにして近づき、ぎざぎざの手すりを軽々と通り過ぎていきます。暗闇はそれとともに移動しており、D-7219のトーチの明かりは顔が近づくにつれて弱くなります。

後ずさりしながら、D-7219は — ほとんどの障害物を突破しつつ — 肩越しに覗きます。彼は体を反転させ、それによりSCP-087-1との間にある5つの段が照らされます。それから4つになります。D-7219は別の鋭利な突起の方へ自ら進みます。間の段は3つになります。D-7219の呼吸が荒くなります。彼は小声で悪態をつきます。段は2つになります。間の段が1つになると、それは一旦静止します。

突然、SCP-087-1がガクンと前に動きます。D-7219は急激に後ずさりします。ビチャビチャという音がして彼は苦悶の表情を浮かべます。SCP-087-1の接近に伴い、周囲は完全に暗闇に包まれます。SCP-087-1の上半分だけが見えます。その目は開いています。D-7219が叫ぶと同時に、瞳孔が確認できない、強膜に覆われた青白い眼球がカメラを見つめます。

SCP-087-1が消失します。照らされた領域が標準の範囲に戻ります。 前方の手すりの絡まり合いの中で、ボロボロになった布の切れ端が下の突起の1つに張り付いています。それは血で汚れています。

██████博士: 私 — き、き、君は… D-7219? 君…君は…

D-7219がわずかに頭を傾けながらうめきます。フィードの右下から、研ぎ澄まされた細い手すりが赤く光って見えます。

D-7219: ああ、俺 — [低く唸る] 畜生…肩が[呻く] ポッカリ綺れ… [唸る]

D-7219が手すりから身を乗り出すと、乳を吸うような音が記録されます。D-7219は164階の踊り場で崩折れると自身の装備を漁り始め、ガーゼや医療用テープを取り出します。彼は未だに荒く呼吸をしてはいるものの落ち着き始めています。

D-7219: あんたさ…少しでいい…時間をよこせ。

D-7219が監視装置を外すと、マイクの擦れる音で音声が遮られます。それから数分間、シャツを脱ぐD-7219の姿が映し出されます。彼は右肩から大量に出血しています。D-7219が新たな照明弾を用意すると、再び映像は栗色の光に染まります。彼は首を横にかしげ、頭を高く上げて左を向きます。彼の表情は不機嫌そうに歪んでいます。彼は照明弾を持ち出して火をつけた先を傷口に押し当て、歯を食いしばって唸ります。

他の傷も同様に焼灼してから照明弾を脇に投げます。肩の傷と膝下の傷を手当しながら、照明弾の光を浴びます。彼はしばらくしてシャツを脱ぎ、監視装置を取り出します。

D-7219: クソが! てめぇお客さんがいるって事を隠してやがったな?!

██████博士: 私—

D-7219: あれはなんだ?!

██████博士: 分からない。

D-7219: デタラメ言いやがって。

D-7219は164階の踊り場へと続く階段に近づきます。

D-7219: どうせデタラメだろ、答えるまで俺は動かねぇぞ。

██████博士: 聴いてくれ。約束する、私も君と同じように暗中を模索しているんだ。私の言い回しを許してもらえるならね。

D-7219は笑い声を上げますが、すぐに苦しげな呻き声と共に途切れました。

D-7219: クッソ、勘弁してくれよ、笑っちまうじゃねぇか。

██████博士: 私が言えるのはそれが何なのか、何を意図しているのか… 知覚力があるのかどうかさえわからないということだけだ。 探索者に敵対しているかのようにも見える。 その存在は不安を煽り被害妄想を植え付けるが、直接的に危害を加えた記録はない。すまないがこれ以上は何も。

D-7219: んー…

D-7219は左手の手すりに手を伸ばし、下降しながら体を誘導します。

D-7219: 読めたぜ… 完全に!Scooby-Doo

██████博士: なんだって?

D-7219: 分かるだろ、ほら、ショーだよ。あいつは俺を怖がらせようとしてんだ。

D-7219が164階の踊り場を通過します。

D-7219: そんでもしあいつが俺を怖がらせようとしてるってんなら、それをするだけの何かがあるはずだ。 クソ怖いツラしてやがるが、つってもそれだけだ。

██████博士: 私ならそんなに平然とはしていられないが、ただ君が言いたいことはわかる気がする。

D-7219: マジで?

D-7219が166階の踊り場を通過します。

D-7219: そんでよ、俺は思ったんだ、底があるはずだって。 行方知れずのガキがいるはずだって。

D-7219は次の2つの段でペースを上げ、思い切り疾走します。

D-7219: オチがあるはずだ。 答えが。 そうじゃなきゃ意味がねぇ。

██████博士: 君の決意には安心したし、私たちも何かしらの答えが見つかることを願っている。だが君は何かしらの意図があると思っているようだが、何も無い可能性だってあるぞ。

D-7219が静止します。

D-7219: おい、やめろよ。 わざわざ…こんだけのものを作ってほっぽり出したりはしないだろ。

D-7219はその後2時間、急降下とゆったりとした歩調を交互に繰り返しながら、司令に深度と経過時間を確認するのみでした。387階目の踊り場で20分間の休憩を取り、さらに1時間半降下し続けました。 彼はこれまでのこれまでの最低記録、すなわちD-9884との連絡が途絶えた633階に近づいています。彼は休憩のために再び立ち止まり、水筒の水を飲みます。

正体不明な子供の泣き声が大きくなります。

D-7219: そろそろ近づいててもいい頃合いだろ。 司令、俺は今どうなってる?

██████博士: 地下574階目、深さ2.4キロ台に差し掛かったあたりだな。

D-7219: エンパイア・ステートがいくつ入る?

██████博士: んー…7つ、かな。

D-7219が次の段に降りると、SCP-087-1が視界に入ります。 その位置と距離から推測するならば、下の踊り場で待機しているものと考えられます。

D-7219: またか、坊や。ママがファックでヨガっててお口が寂しいなら帰って一緒におっぱい悦ばしてやりな。ほら邪魔しねぇから行ってしゃぶってやりなよ。[静止] まあ良いさ。あんたの助けが必要だ。考えがある。

██████博士: 考え? 無茶するのはやめておけよ。

D-7219はふらふらと弧を描くように、左手を大きく振ります。

D-7219: そうイカれたもんじゃねぇさ。ただ俺の目になってくれりゃぁ良い。

██████博士: 君の目だと?

彼は手すりを見つけるまで壁に手を滑らせます。 震えながら、足を引きづって前に進み、最初の一歩を踏み出す位置を探っています。 SCP-087-1はその位置にいるまま微動だにしていません。

D-7219: ほらな、もしあいつが俺が見たときに脅かしてくるだけってんなら、見ないようにすりゃいいってわけよ。

彼は前進します。 一歩ずつ進むごとにD-7219の手前は徐々に暗くなりますが、反対にSCP-087-1は徐々により鮮明に見えるようになります。

██████博士: D-7219? もしかしたら、あー、もしかしたら少し上に戻った方がいいかもしれない。他の場所に移動しよう。

D-7219が近づくと共に、SCP-087-1は彼ではなく、むしろカメラそのものを見つめているように見えてきます。 画面の端で静電気がちらつきます。 甲高い、ほとんど聞き取れない音が鳴り続けています。

██████博士: 休 — き、休憩を。

D-7219: やだね、こんなのはとっとと終わらせるに限る。

██████博士: 頼む。

D-7219が話しているのが聞こえますが、彼の声はけたたましい騒音に埋もれています。 暗闇の中の顔が歪みます。 眉をひそめ、顔の輪郭が怒っているかのように変化します。 D-7219が近づくと、その顔はフレームいっぱいに迫ります。

けたたましい騒音が、耳障りな音へと激しさを増します。マイクを操作する音と、██████博士がイヤホンを外し、投げ捨てる鈍い音がします。 画面では、カメラがSCP-087-1と物理的に接触しているように見え、映像が白黒の意味不明な渦巻きに切り替わります。

次の瞬間、それは消失しました。 音声と映像の異常は収まりました。 D-7219は次の踊り場まで無事に辿り着けた事に気づいていません。 管制室では、██████博士がイヤホンを取り出しています。



ありえない。



D-7219: — ってわけで俺はいつも言ってることに問題があると思うんだ。

██████博士: もう開けていいぞ。

D-7219が周囲を見回すと、映像がパンします。██████博士も周囲を見回します。

D-7219: まさか聞いてなかったのか? こっちは死にそうな思いで心の内を話してるってのに、それを聞いてくれねぇってのか?

██████博士: その話はさておき。君の計画がうまくいったことを祝おうじゃないか、さっきのは謝るよ、私に打ち明けてくれてありがとう。とりあえず今は自分の目標に集中するんだな。

D-7219がうなずくとカメラが揺れます。彼は次の階へと降りていきます。

管制室では、██████博士が座席から身を乗り出して、見ています。彼が眼鏡を調節しようと手を伸ばすと、周囲の照明が明滅し始めます。



管制室で何かが目撃されているはずがない。そんなものはこの記録には含まれていないはずだ。



██████博士: どうしたんだ? ███、照明はどうした?

D-7219: 何? 誰だ?

██████博士: すまない、こっちで技術的な問題が発生しているようだ。続けてくれ。[間、くぐもった声で]誰か何が起こってるのか教えてくれな —

██████博士がビデオ映像から視線をそらします。間に合わせのチャンバーには、いくつかのワークステーションが点在しています。いくつかはD-7219の探査のバックアップを記録するためのもので、それ以外は被験者の生命兆候とGPSの位置を追跡するためのものです。その全てが無人となっています。

D-7219: ドク? 何だ、どうしたってんだ?

██████博士: 私のチームは —

施設の照明が故障し、室内が暗闇に近い状態になります。いくつかのモニターは作動を続けていますが、その画面は絶えずエラーメッセージに襲われています。各スクリーンは真っ暗な部屋に青白い円錐形の光を投射しています。

██████博士: なんてことだ!

D-7219: ドク? 博士? おい! 俺に話してみろよ!

コンピューターのモニターに照らされていた範囲が後退し始めました。それぞれが稼動しているにもかかわらず、その光はまるでスクリーンの表面から逃れることができないかのように、施設の暗黒の中に白い点を残しています。一つ一つ、画面が順番に点滅し、そして何も視認できなくなります。泣き叫ぶ子供の訴えかけるような声が聞こえます。

██████博士: ここにあるんだよ。

D-7219: どういう意味だ? そこにあるってどういう意味だ?

██████博士: 暗闇が — 全てが。ここにある。



SCP-087は、新人職員に機密解除された最も古いファイルの一つだ。誰もが耳にしたことがある。あなたも知っている通り、収容を破ったことはない。
最初のページをめくり、自分が読んでいるファイルが正しいことを確認する。文書087-Ⅳ。至極当然のことだ。最初に読んだページに戻ると、まだ何ページ残っているかが分かる。もともとそんなにたくさんあったのだろうか?



D-7219: 畜生 — オーケー、ドク、聞け。あんたは大丈夫だ、いいな? あんた光源は持ってるか?

██████博士が呻きます。D-7219がSCP-087の中で降下を早めると、足音が連続で反響します。

D-7219: とっとと元気出せよ、おい! ほらほら! 懐中電灯か、携帯電話は?

██████博士: で - 電話! そうだ… だ、だが見つからない!

██████博士は静かに吃り始めます。D-7219は600階目に到着しました。

D-7219: おい! おい、もう、大丈夫だぞ! 大丈夫だ。思い出せ、あいつがこっちにいるなら、あんたを傷つけることはできない。誰かあんたの居場所を知ってる奴は? 助けてもらえる可能性はあるか?

██████博士: あー、セキュリティは、そうだな。彼らは本来 — [沈黙] 本来ここにいるはずだったんだが。

するすると階を降りていくためにD-7219の話し方はたどたどしくなっています。彼は604階に到着しました。

D-7219: そのまま — [低く唸る]

605。

D-7219: …じっとしてろ。あいつは俺達を混乱させようと —

606。

D-7219: …してるだけだ。

607。

D-7219: きっと俺達がゴールするのが — [低く唸る]

608。

D-7219: …嫌で仕方ないんだろ。

管制室内では、上空から栗色の光の環が降り注ぎ、その中心には光があります。室内が一瞬その光に包まれると、内部が劇的に変化していることが分かります。 ██████博士が身を潜めている部屋の奥の方の床は、基準点としてはある程度一貫していますが、その先のどちらから見ても、そこは変化しています。床はぐるりと曲がり、上へ、下へ、傾斜しています。部屋の中央には、深く、暗く、衰えることのない広がりがあります。

██████博士は光が下の穴へと降り注ぐまでの一瞬の間に、慌てて周囲を見回します。もう何も視認することはできません。██████博士は叫びます。

D-7219: ドク?!

██████博士: 頼む。お願いだ、神よ、助けてくれ。

階段の吹き抜け内で訴えかけるような声が大きくなります。その懇願の声は、今や██████博士と完全に同期しています。

D-7219: 待ってろ! 出してやるから!

D-7219は615階目の踊り場で壁に激突し、跳ね返されながら次の階に突進し、階段の半分を一気に飛び降ります。

██████博士/声: 頼む! 私はここで待ってるから。

D-7219は階段を飛び降り、618階目の踊り場へ向かいます。そしてためらうことなく、彼は次の階に向かって奔走します。彼は階から階へと、突進し続けます。その間、訴えかけるような声はますます大きくなります。D-7219は角を曲がり、前回の探査が終了した633階目の踊り場で止まりました。

彼の目の前には千切れた布が散乱しています。その布はDクラスの標準的な制服の残骸です。白亜色の、人間の死体の上でぼろぼろになっています。それはしなびており皺だらけで濡れています。その皮膚は剥がれ落ちています。その四肢苦痛を感じるほどに不自然な方向にまがっており伸びてねじれています。その体は伸びながらうねうねと階段を下り、胴体上部は曲がり角で見えなくなっています。

D-7219: おい… これは — [えずく]

彼は一歩前進し、立ち止まり、すぐに振り返って手すりを両手でつかみ、抑えきれずに横に嘔吐しました。彼は過呼吸になり、そしてまた嘔吐します。しばらくして呼吸が落ち着くと、腕を上げ、口の中の胆汁を拭います。

緊張しながら、用心深く、彼はニョロニョロたその姿を下へ、下へと追いかけます。下へ、下へ、下へ。どこまでも深く。終わることはありません。あなたが知っている通りです。決して終わることはありません。

子供の訴えかけるような声が大きくなります。



ここは寒い。



D-7219はニョロニョロと、ねじれた背骨に沿ってさらに奥へと進みます。もう100階。1000階。さらに1000階。D-7219の動きが鈍くなり、骨が痛み、筋肉が限界に達したその時、下の階でギザギザの肩甲骨が視界に入りました。名もなき犠牲者の上半身が浮かび上がります。あなたはそのから詳細を読み取れませんでしたが、ただ静かに悲鳴をあげているのだということは理解しました。ぐにゃりと伸びた腕が、まるで犠牲者が進むべき道の半ばにて最期の耐え難い瞬間を過ごしたかのように、ただそこで伸びています。踊り場にて、その手の届かない場所に1つの紙束が置かれています。

D-7219はそれを無視し、あなたは読み始めます。




雪の結晶があなたの指の甲に落ち、溶けて無害な雫になり、手の湾曲を伝ってページに滴り落ちる。





SCP-783-L3


実地記録3:

午前2:00ちょうど、司令部によって調査が中断されていたにもかかわらず、テンビー市のポータルの移動式管制室で電源が起動されました。3つの記録装置、すなわちベースライン現実のトンネル開口部に向けられたもの、異常空間の反対側の端に向けられたもの、そして探査用に強化されたヘッドセットがオンになります。

Lafayette博士はテンビー市のオープニングでカメラの前を歩きます。 髪は乱れ、服は緑と黒の暗視鏡では不鮮明に映る黒い物質で汚れています。彼女は両手を上げて指を1本ずつ丸め、10からカウントダウンしています。 最後の指を丸めると、テンビー市近郊で数回の爆発が立て続けに起こります。 遠くで煙と炎が上がっているのが確認できます。 Lafayette博士はカメラと視線を合わせながら探査ヘッドセットを装着し、ポータルに降りようと試みます。

誰かがすすり泣いています。

異常なテンビー市への降下中、ヘッドセットのカメラはほとんど何も捉えませんでした。しかし、マイクは土煙が上がる音に加え、くぐもった音ではありますが、人間の大きな呻き声を拾っています。 これらの音はLafayette博士が下降するにつれて大きくなります。 彼女の息遣いは柔らかく安定したままです。

Lafayette博士がテンビー市の異常な複製に現れると、空が見えてきます。 星はありませんが、月は満ちています1。 長い円筒形の物体が地面から空高くへ、まるで果てしなく続くかのように伸び、風にわずかに揺れています。 いくつかの突起に人間の口が視認できます。 Lafayette博士が樹林に向かって歩き始めると呻き声が小さくなっていきます。

カメラは森の中を着実に進んでいきます。 時折、映像の端に伸びた手足が林床で痙攣しているのが確認できますが、Lafayette博士はそれに注目していません。 彼女が移動するにつれ、2つ目の足音が聞こえてきます。 月明かりに照らされた影がフレームを出入りしており、その姿は伸びて曲がっています。

君は一体何を考えているんだ?

遠くで煙と炎が上がっています。

こんな物語ではない。

テンビー市が燃えています。 運が良ければ、次は起こらないでしょう。

Lafayette博士が立ち止まり、私の方を向いた。

Lafayette博士はもう1人の存在に気づくことなく、歩き続けます。 2人の足音以外に、人の気配はありません。

だからといって、それは私たちだけという事を意味するわけではない。

木々の間から遠くに建築物が見えます。 明かりがついています。 それはテンビー市ではありません。

今日じゃない。

12年前です。

誰かの家だった。

昔も。

今も。

長い、円筒形の突起が窓から枝分かれしており、風がゆったりと空に向かって吹いています。

家の中のどこかで、音楽が流れています。

1人じゃない。

決して1人じゃない。

もう違う。

周囲を囲む構造物からも同様の突起が確認できます。



満月の光がまるでクモの糸のように煌めいている。


道は石畳で古い物です。 車は壊れ、汚れています。 街灯のわずかな明かりは、あらゆる方向から伸びている無数の細長い影によって途切れています。 さらに町に入ると、建築物はベースラインよりもわずかに高く見えるようになります。

しかし、すぐに

街は自然に変わり、そこに

再び

テンビー市へのポータルに似た穴が現れます。 以前の遠征で確認された通り、プライム反復で見られた伸びた手足の存在感がありません。

もちろん、努力が足りなかったわけではない。 ただ、他がダメだった。 時間をかけすぎた。

遅すぎたのです。

湿った破裂音がする。 Lafayette博士が下を向く。 肋骨が数本、胸を突き破って衣服の間から伸び、その先が鋭く曲がっている。 Lafayette博士の身体は気持ち悪い音を立てて折れ曲がり、また折れ曲がり、また折れ曲がる。彼女は崩れ落ちるように倒れ、二度と立ち上がらなかった。

夜は静まり返っています。 Lafayette博士の視線は前方に固定されたままです。 彼女の歩調は一定していますが、木々はそれよりも速くカメラの前を通り過ぎていきます。 やがて彼女らはテンビー市に戻ります。 当然、異なる物です。 建築物はより新しく、より背が高くなっています。 車の型はより古いものです。 通りはより長くなり、存在するはずのない急カーブで曲がりくねっています。

指、つま先、腕、歯、目

窓から伸びる形は数え切れないほど多く、非常に歪んでおり、それが誰であったのか、何であったのかを特定することはできません。 今はただそういう形でしかありません。 空に向かって伸び、風に吹かれてわずかに揺れています。

風は吹いていません。

風は吹いていない。

空に向かって伸び、風に吹かれてわずかに揺れています。

再び市の端を通り過ぎました。 またしても空虚な穴があります。

努力が足りなかったわけではない。

多数の、過剰に背の高い木が存在します。

多くの、高すぎる建物がある。

空虚な穴があります。

木々は、高く、頂上付近で曲がっている。

建築物は、背が高く、鋭く傾いています。

穴だ、可哀想に。

木々は、背が高く、曲がっています。

建物。高い。曲がっている。

穴です。

木だ。

建築物です。

失敗だ。

このサイクルは続きます。

ずっとずっと、何度も何度も続くんだ。休息などない。救いもない。

しばらくすると全てがどうでもよくなってくる。

私はそうなった。

君もいずれはそうなるだろうさ。

Lafayette博士は時間をかけて、以前より古い方へとテンビー市のさまざまな反復を辿ります。電気街灯の低い音はガス灯の鋭いノイズへと変わり、やがて炎のパチパチという音へと変わります。見渡す限りの木々がジグザグに立ち並び、幹は鋭く折れ曲がっていて、まさにあなたを切り裂きそうです。何年も前に日の出を迎えているはずですが、月は星のない空に固定されたままとなっています。

遠くで幼児が泣いており、その声の高さは不規則で不自然な変調を繰り返しながら上下しています。

どうやら誰かがまだ噎び泣いているようだ。

足音に荒い音、荒い息遣いが混じります。

Lafayette博士の息遣いは柔らかく安定したままです。

結局のところ、テンビー市はもはや存在しません、より正確に言うならば、まだそうなってはいませんが。そう長くはないでしょう。見えているのは人間の文明の粗末な模造品、広々とした空き地を囲むように配置されている円錐形の土塁のみです。

Lafayette博士が立ち止まります。

契約

契約

だ。

細長い形が、あらゆる方向からゆっくりと地面を這ってきます。足で終わるものもあれば、手で終わるものもあり、髪、爪で終わるものもあります。大半は最早より大きな全体の一部とは認識できません。それらは軋みながら伸びていき、徐々に広場の中心に向かって収束していきます。Lafayette博士はちらりと下を一瞥し、それらの足を揺すって指の絡まりを解きます。

人間の奇形的なチューブは収束し、折れたり曲がったりし始めますが、以前とは異なる様子を見せています。折れ方は規則的で、ほとんど組織化されています。膨張した蔓は互いに接近し、上方に射出され、前方に突進し、また上方に、そして横へと伸びていきます。ゆっくりと、しかし確実に、螺旋階段が形成され始めます。Lafayette博士が近づきます。1歩、また1歩と進むごとに、肉の筋が認識不可能なほどに長くなっていきます。

幼児の泣き声が大きくなります。

そして、かつては何も存在しなかった空き地に塔ができました。塔は吹いてなどいない風のせいでわずかに震えています。肉の隅々まで脈が打っています。塔の上でも下でも、縦横無尽に伸びている張りのある皮膚が月光に照らされて煌めいています。

クモの

糸の

ようだ。

Lafayette博士は塔の頂上に登ります。台の中央の肉の束がねじれ、小さな籐のベビーベッドになっています。中で何かが蠢いています。先の探査のダッチシェパード犬、K9-121がベビーベッドのそばで警戒しています。それは視線をLafayette博士に向けたまま、その場を動きません。

カメラがベビーベッドに近づくとその中で泣いている、小さな、少なくとも外見は正常な乳児が見えます。Lafayette博士はそっと手を伸ばし、幼児を抱きかかえます。手の甲で顔の側面をなでます。

そして
彼女らは振り向きました。

しかし

そこ

には

誰も

居や

しなかった。

子供を両腕で抱き、K9-121を後ろに従え、Lafayette博士は階段を下り始めます。肉と骨が動き、そして引っ込みます。階段はエスカレーターのように引き下ろされ、塔がばらばらになるにつれて、3人を優しく地上へと運んでいきます。K9-121がわずかに呻きます。幼児は泣き続けています。

降下は数秒で終わります。速く、楽に、安全に。

彼女らが到着すると、地面が揺れ始めます。

その

帰り

道は

長く

そして

危険を

伴うものだ。

Lafayette博士は子供を胸に抱いて走り出します。K9-121がカメラの外で何かに向かって吠えます。はるか上空で、月が長方形に歪んでいます。樹冠から顔を出すたびに少しずつ長くなり、時を追うごとに着実に伸び、地平線から地平線までを完全に包み込みます。

子供はより激しく泣き、地面はさらに激しさを増して揺れている。

Lafayette博士はよろめきそうになりますが、気を取り直して続行します。幼児を優しくなだめましたが、効果は見られません。月が二度目の弧を描きながら、夜空をまた一直線に横切っていきます。

子供さらに激しく泣き、地面より一層激しさを増して揺れている。

月が空を縞模様に横切っています。大地が雷鳴を上げます。Lafayette博士は転倒し、鋭利なギザギザの草に幾度となく切り裂かれながら、子供を体で庇います。上空の木々は宙を舞い、互いに鋭くギザギザの結び目を作り、月の縞の周りを鋭くギザギザに走り回り、残り少ない光を少しずつ奪っていきます。

夜があまりにも長くなり、世界があまりにもねじれ、全てが

あまりにも

多く

なり始めます。

しかしその時、
ギザギザした鋭い考えが
博士の脳裏をよぎりました。




Lafayette博士: 物語を聞きませんか?




ほんの一瞬、幼児の悲鳴が途切れます。ほんの一瞬、地面の揺れが停止します。Lafayette博士が幼児の頭の細い毛を撫でます。鋭いギザギザの亀裂が地面を縦横に走る中、K9-1212人のそばで丸くなります。

どこか遠くで、誰かが笑っています。

Lafayette博士は幼児を引き寄せ、囁くようにして語り始めます。

世界は不思議な静けさに包まれています。

そして、あなたはその言葉を全て聞いています。







文字が滲み、あなたの指先に染み、あなたの視界の端に食い込む。静かな記録保管庫の中で、ページをめくるたびに冷たいすきま風が吹き抜ける。




SCP-610-L6


SCP-610-L5から5時間後、地下河川の流れに落ちたチームメンバーとの通信が再開されました。

通信の大半は、チーム搭載の記録装置から送信されたビデオと音声でした。チームメンバーは圏外に転落する前に司令部と交信するための積極的な努力を行わなかったため、通信再開に気づいていたかどうかは不明です。映像の分析により、行方不明となった13人の隊員のうち4人が登場しないことから、少なくとも9人は最初の川下りを生き延びたことが判明しました。

映像はチームメンバーが川の流れを下りながら浮き上がろうと奮闘するところから始まり、岩や水がレンズに衝突していたために大半の映像が不明瞭になっています。非常信号や苦痛の叫び声が聞こえますが、音量とマイクの近さのせいで歪んでいます。流れの激しさにもかかわらず、チームの大半は頭を水面から上げているように見えますが、1人(どの隊員かは不明です)だけはうつ伏せで浮いています。

もがき続けるうちに、周囲の水の色が目に見えて濃い赤に変わっていきます。これは洞窟内の他の場所でSCP-610の感染者が流出したことによるものだと推測されています。洞窟の石壁は腐敗した肉の血が滲み出る瘡蓋に変化し始めました。隊員の一人が嘔吐し、それは溺れている彼と混じり合います。別の隊員は口を開けて叫び、自ら破滅することを選びます。

汚物が彼らを運んでいきます。川の流れが変わり始め、一行はSCP-610-L5へと上向きに落ちていきます。一行の周りには魔法陣と神秘的な教会が立ちはだかります。彼らのうちの何人かは、一連の出来事にまみれています。誰かが通信機に助けを求めて叫んでいますが、出来事の一貫性はとっくに失われています。彼らは自らの源から抜け出してしまったのです。

汚物が彼らを運んでいきます。川の流れ、いえ、流れるそれは川などではありません。静脈、世界を巡る血液の大路。それが彼らをSCP-610-L4へと引き上げます。地盤や映像記録に押し流されながら、チームメンバーは支離滅裂に叫び、懇願します。ある不幸な者は手を伸ばそうとしましたが、観測者と内容の境界で細切れにされただけでした。周囲には大量の血が流れているにもかかわらず、彼らはもうまもなく失血死してしまいます。実に皮肉なものです。

彼らは今経路上におり、救いの手を掴むことは不可能です。

汚物が彼らを運んでいき、跳ね返ると共に叫び、静脈は大きくなり続けているにもかかわらず、彼らの骨は軟骨に押しつぶされ砕けます。彼らは今、自らの存在の根幹に深く入り込んでいます。彼らはSCP-610-L3へと引き上げられます。あるチームメンバーは世界の2つの層の境界を掴み、その境界がずれる際に両断されました。彼の遺体は外に引きずり出されました。

一行は死域の探査を横切り、腐敗した空気をかきわけて空へと引き上げられます。上空の雲の層を通過し宇宙の循環系に再び入り込むと、下の空洞から肥大した人間の頭部が出現するのが見えます。それは彼らを見上げて叫びます。彼らはそれを見下ろして叫びます。

汚物が彼らを運んでいきます。チームの大半は既に疲れ果て、潮流の気まぐれに身をゆだねる人形に過ぎません。誰かが笑っています。チームはSCP-610-L2へと引きずり込まれ、爆発と血塗られた創造物、そして長い空虚な旅を経て、概念的な物の端に手足を叩きつけられながら進みます。指は肉の球体を必死に引きずりますが、球体はその指を奪い去り、残りの身体は救われずに飛び去ります。

ある者は、まだ唇があるうちに祈ることを選びます。

汚物が彼らを運んでいきます。チームメンバーのうち、まだ人間として十分な部分が残っているのは1人だけです。彼は泣き叫び、懇願し、情けなく呻いています。彼は肉の中の肉の世界を浮遊し、ねじれた臓器や突起物が周囲を舞い、血は流れ出すことが可能なあらゆるものから流れます。彼は目を開けますが、既に失明しています。彼は頭上の天井を叩き、そして突き破ります。

汚物が彼を運んでいきます。

彼は説明を突き破ります。
彼は特別収容プロトコルを突き破ります。
彼はオブジェクトクラスを突き破ります。

皮を剥がされ痩せ細った手を伸ばし、アイテム番号を離すまいと、号の字の端に必死にしがみついています。実に無意味な行動です。彼は周囲の無から逃れようと目をぎゅっと閉じますが、好むと好まざるとにかかわらず在らざるものはそこにいます。彼の指は滑り、ついに号の字を離しました。足は反創造の風によって折られ、そのまま彼は虚無に引きずられるように進みます。

彼は外に倒れ込み、何も記述されていない空間に入ります。
枯れゆく花のように瞼がしぼみ、彼は目を開けます。
そして彼は目撃します。

さあ、ご覧あれ! 木のようにぎざぎざで、惑星のように巨大な、7本の歯からなる口が最後の男の世界を取り囲んでいる様を。それは彼の為に形作られたものではないが、それでも彼はその飢えを察した。自分の知ること全てを捧げようとも、それは満たされぬのだと。彼はそれを見つめ、それは彼を見つめ、そして彼は知った。それが自らの運命に何ら違いを齎さないことを。

生を享けたその時から最後の男は滅びの運命に囚われていたのだ。

は叫ぼうと口を開くが、声は血塗られた口へと消えた。は逃げようと振り返るが、距離はもはやそこには無かった。は絶望しようとするが、思考はもう貪られてしまった。






そして鋭い音を立て、禍神の顎は閉ざされた。





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