クレジット
翻訳責任者: Yukth
翻訳年: 2025
著作権者: OriTiefling
原題: Journey for Belonging: The Death of Chuck Storms
作成年: 2024
初訳時参照リビジョン: 21
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/scp-7679
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対象: SCP-7679
記録日: 2024/02/02
前記: 以下の映像はエージェント デイビッド・"デイビー"・デイビッドソンが機動部隊カイ-58 ("夢の刮ぎ取り屋")ドリームスクレイパーズ へ配属される際にオリエンテーションの一環として撮影されたものであり、最後にSCP-7679を捉えた記録と考えられています。当該の映像はエージェント セナ・"サニー"・アベベのボディカメラにより記録されました。記録における両エージェントの呼称はコードネームで書き起こされています。
<ログ開始>
[サニーとデイビーがサイト-58の動物学研究部門のエントランスに向かって歩いていく。]
デイビー: それで、そんなことが毎日の業務なんですか? 本当に毎日?
サニー: 2週間に一度くらいはせずに済むことがありますね。決まった休みが定期的にあるというわけではなくて、彼の気を逸らすことができるんです、たまに。ともかく、暫くはその案件にあなたを割り当てることはありません。もっと熟れてからですね、ここでの… 一切合切に。まずは現実世界側の存在たちに専念してもらうことを予定しています。例えば、チャックとか。
デイビー: チャック?
サニー: 天候と季節の神ですよ。正確に言えば合衆国東部の天気の神。可愛らしい小ちゃな存在です、詳しいことはキャラウェイが説明してくれます。
[2人がセキュリティドアを通過して部門内部へと進入する。数分後、動物学収容チャンバー7073へと到達する。そこではファラン・キャラウェイ博士が床に転げ回り、博士の尻尾に噛みついたガチョウを必死に引きはがそうとするもその試みに失敗している様子が確認される。博士は目新しい来訪者に気づいて慌てて立ち上がる。ガチョウはなおも博士の尻尾に噛み付いたままである。]
キャラウェイ: おお! こんな姿ですまないね、訪問客が今日あるなんて知らなくてさ。
サニー: ご心配なく、正式にスケジューリングしていたわけではありません。デイビーのオリエンテーションのついでにこちらを通りますので、サイト内に収容されている神格を幾つか見せておこうと思いまして。
[デイビーがぎこちなく片手を振る。]
キャラウェイ: どいつをご所望かな? 今は災い魔のランバーランバー・ザ・スカージの姿がここらにはないけど、それ以外なら皆揃ってるはずだ。
デイビー: ランバー・ザ・スカージって…?
サニー: 演劇の神です。白鳥みたいな見た目の、サイト-58で誂えた劇団を仕切りたがるんです。まあでも、今日はチャックに会わせようかなと。
キャラウェイ: そうかそうか。じゃあ、まずこの… 愉快極まりないヤツを剥がすのを手伝ってくれれば、そうしたならすぐにでも案内するよ。
[サニーがガチョウに接近する。ガチョウは即座にキャラウェイ博士の尻尾を離し、くちばしを開けたままサニーを睨みつける。]
サニー: これで… よし?
キャラウェイ: いーや、こりゃ怒り心頭だな。
[ガチョウが喧しい鳴き声を上げ、両エージェントに突進する。サニーはガチョウを躱し、それによりデイビーがガチョウのタックルを食らい地面に倒される。3人がガチョウを引き剝がそうと難儀している最中、ガチョウは歯擦音と金切り声を上げ続けながら翼で叩き付けてくる。キャラウェイ博士が抑え付けることに成功し、退却のジェスチャーを両エージェントに送る。従った2人は廊下に逃れてセキュリティドアを閉じる。数分経過後、両腕の至る箇所に複数の打撲痕と噛み痕とを付けたキャラウェイ博士も帰還する。]
キャラウェイ: ともかく、チャックのところへ行こうか。
[動物学収容チャンバー7679へ向かう通路を通り、キャラウェイ博士が両エージェントを先導する。]
キャラウェイ: チャックは良いヤツなんだけど、そう驚かさないでくれよ。前に誰かがやらかしてくれて、フロリダで雪が1週間降りっぱなしになったもんだから。
[キャラウェイ博士が収容チャンバーのドアを解錠する。3人が進入する。]
キャラウェイ: 邪魔して悪いね、チャック! 数人ばかしお客さんが—
[SCP-7679が床に横たわっているのが視界に映る。微動だにしない。肉体の数か所が分解しつつあり、筋肉や骨が露出している。]
デイビー: え… 彼にとって、これがいつもの姿なんですか?
サニー: 断じて違います。
[サイト外で雷鳴が轟くのが確認される。]
キャラウェイ: こいつはまずい。とんでもなくまずいぞ。
SCP-7679
特別収容プロトコル: 現在、SCP-7679の魂をドリームスケープ1から回収する試みに尽力が注がれています。SCP-7679の回収が可能とされるまで、財団の取り組みは当該実体の死去による直接的影響が発生した地域への災害救援に重点が置かれます。
SCP-7679の死骸とそれまでに使用されていた収容チャンバーはサイト-58の動物学研究部門の管理下に置かれます。
説明: SCP-7679は1体のMarmota Monax2の死骸です。生前のSCP-7679は知性を有しており、限定的ではありますが意思疎通 (これにより自身を "チャック・ストームズ" と呼称していました。) が可能であり、アメリカ合衆国東部の天候パターンを維持する役割を担っていました。
SCP-7679は著しく長命の存在であり、死去時には約137歳であったと推定されています。
補遺7679.1: 回収任務
デブリーフィング: 2024/02/02にSCP-7679の無力化ニュートラライズドが宣言されました。当該実体の死亡に前駆して、ドリームスケープが起源と推定される他のアノマリー2体が直近2週間内に死亡していました。これら事象には何らかの傾向があると考えられ、サイト-58管理官であるジェラルド・スカボローと機動部隊カイ-58 ("夢の刮ぎ取り屋")ドリームスクレイパーズ の現所属メンバーとの緊急ミーティングが催されました。以下はミーティング内容の書き起こしです。
ミーティング書き起こし
ミーティング日: 2024/02/03
参加者: ジェラルド・スカボロー管理官、スペロ・"ラスティ"・アレホ、セナ・"サニー"・アベベ、キク・"クリッシー"・ワタナベ、オリー・"オリー"・フリン、デイビッド・"デイビー"・デイビッドソン
<ログ開始>
スカボロー管理官: それでだ、私が思うに、君ら皆して疑問なのではないかね? 今日、君らが招集されたその理ゆ—
ラスティ: いいエ。
クリッシー: いいえ。
オリー: いいや。
サニー: 同じくいいえ。
デイビー: えっ、えっとー、自分は知りたいと思ってましたよ。
スカボロー管理官: 宜しい、ずばり要点を述べよう。これで "神" の死は3度目というわけだ、過去ひと月で—
クリッシー: 2週間ですわ。
スカボロー管理官: たったの2週間で、か。ところでだ、それはつまり客観的にはより不味い状況を意味しているわけだ。その道理もなく3体目が死に、1体目2体目と同様に、言葉通りに肉体は水泡に帰して消滅しつつある。まず初めに今現在収容中の他の実体についての状況報告が欲しい。アノマリーのどなたさんか、今まさに顛倒せんとして何らかの兆候を発してる奴はいるかね?
ラスティ: 昨晩にドリームスケープでいつもの情報源を洗いましタ。普段よりも自身の弱まりを感じている神性は幾柱かいますガ、彼らは重要度の低い領域を司ってもいまス。
スカボロー管理官: どういう意味だ?
ラスティ: 彼らが何者なのカ、またその象徴するものが何なのかについテ、その概念的理解が人間にとって比較的に乏しいということでス。概念としての彼らについて人間からの理解が不足していれば不足しているほド、存在としての彼らも弱まるのでス。"電気捕虫器"バグ・ザッパー という概念について人間が思惟することは滅多にないでしょウ。であるからニ、電気捕虫器の神が今まさに自身の弱まりを感じていルfeeling weak right now、という事態に対して私は特段の驚きを覚えませン。
サニー: 光が弱まってるのを感じてる最中feeling weak light nowの電気捕虫器って、これは上手いこと言いましたね!
ラスティ: えェ?
スカボロー管理官: 集中したまえ。サイト-58に置いてる奴らはどうだ?
クリッシー: 同じく、昨夜そちらも確認しましたわ。ローズマリー博士によればボツラエの調子が悪いそうですけれど、他は全く問題ないようです。
スカボロー管理官: では、我々は行き詰まったというわけか。動物学研究部門からの報告は?
サニー: 私が受け取りました。昨日の午前の時点でのチャックは健康そのもの。また、予想されていた通りに天候に陰りも確認されました。ちなみにですが、冬は6週間続く見込みだそうです。
スカボロー管理官: その目で天気予報を確認した者は?
[その場の全員が首を横に振る。]
スカボロー管理官: 見てみろ。
[スカボロー管理官が会議室のテレビを点ける。地元の天気予報放送にチャンネルを切り替える。]
レポーター: 現在、ナンティコーク一帯では突発的に生じた積乱雲ストーム・セルの通過により気温の上昇が続く見込みです。この嵐がいつまで続くかは不明であり—
[スカボロー管理官がチャンネルを全国ニュースに切り替える。]
レポーター: 現在、突発的な暴風雨前線に対応するために各都市当局の職員が駆り出されています。現時点で出された勧告として、住民の皆さんが標準的なハリケーン対策手順に準拠し、継続する風速上昇と降雨とに備えることで—
スカボロー管理官: ここナンティコークでは単なる珍奇な雷雨で済んでいるから幸運だ。だが、東海岸中の各サイトから異常気象の報告が相次いでいる。2月だというのにハリケーンが複数、忌々しいニューオリーンズでは吹雪が3、チャールストンでは少なくとも数分にわたって竜巻が地上に降りた。幸いなことに現時点ではどこも割りかし穏やかだが、これがSCP-7679がくたばった結果だとするならば我々は素晴らしく厄介な問題を抱えていることとなる。
デイビー: これってSCP-7679の死が原因なんですか?
[スカボロー管理官がデイビーを睨み付ける。]
スカボロー管理官: 他に何があり得たと宣うんだね? 全部あのネズミが死んだ直後から始まったのだ。より適う説明を持ち合わせているのならばともかく、愚問は控えてくれたまえ。
[デイビーが椅子に深く腰掛けて親指を噛む。]
スカボロー管理官: では核心に移ろう。"神々" の幾柱が死して、そしてそのうちの1体は今現在問題を引き起こしている。君らの成さねばならぬことは事態の正常化だ、それも迅速な。
クリッシー: あの、少々お待ちをば。そもそもですわ、何故に私たちが対処すべき問題なのでしょう? SCP-7679は動物学研究部門の管理の範疇でしたし、私たちは状態確認をするに留まっていたのですわよ。
スカボロー管理官: 7679がドリームスケープ起源の存在だったからだ。であれば君らの管轄だ。事態の解決策を突き止める責任がある。
クリッシー: そんな不合理な要求を私のチームに押し付けないでくださいまし! 糸口すらも定かでないのに—
オリー: 実は、あるかも。
[オリーが机に1枚の紙を置く。そこには複雑な印章シギルが1つ描かれている。]
スカボロー管理官: 一体何だこれは?
オリー: これはチャックの印章。神としての彼の力の象徴。完全に精魂尽きていたのならばあり得ない、こんなことは—
SCP-7679に関連する奇跡術的印章
[オリーが聞き取れないほどの小声で言葉を呟く。印章が光を帯び始め、会議室を微かな風が吹き抜ける。]
オリー: 未だ印章に力が残されてる。つまりカンペキには死んでないということ。
サニー: それ確かです? 私たち、彼がとんでもなくこと切れてて分解中なのを目にしたと思いますけど、まず間違いなく。
ラスティ: 彼はまだドリームスケープにいまス。
スカボロー管理官: なんだと! それは大本命の超重要情報だろう! 何故今まで言いもしなかった!?
ラスティ: 先程は聞かれませんでしタ。貴方が欲した報告は他の神々についてでしたのデ。
クリッシー: スカボロー管理官、ラスティをお許しください。私にお任せを。ラスティ、チャックに関して得た情報は?
ラスティ: 悪魔マモンの配下の1匹かラ、ドリームスケープでチャックを目撃したという報告を複数得ましタ。それ以上の情報は得られませんでしたシ、私にはマモンと交渉するクリアランスが付帯されていませン。
スカボロー管理官: その事実で動けるな。では、君らに指令を下す。ドリームスケープへと赴いてマモンと交渉する役に2人選出したまえ。SCP-7679を発見し、連れ帰り、この混乱を収束させろ。残りの者はそれまで危機管理に当たりたまえ。可能な限り状況を統御し、必ずや不意の無力化が更に発生する事態を抑制せよ。
オリー: 不意のドラウグDraugrが正しい。無力化ニュートラライズドは異常がもはや異常でなきを意味し、一方生ける屍ドラウグは死してなおも影響を及ぼ—
スカボロー管理官: 謹んでその訂正を受け止めよう、その口を閉じろ。仕事に取りかかれ。
この会議の後、エージェント・サニーとエージェント・デイビーがSCP-7679の回収任務に割り当てられました。機動部隊カイ-58の他のエージェント全員は災害救援活動に割り当てられ、クリッシー指揮官がその指揮を執ることとなりました。
回収された映像
<ログ開始>
デイビー: おかしいですよ、サニー! こんなの正気に思えない、僕らたった2人で悪魔の首領だか何だかと交渉しろって言うんですか!?
サニー: リーダーに足る能力があるか、私を疑っているんですか?
デイビー: 違います! 疑っているのは僕のサポート能力の方ですよ! "緑樹" と "苔むした水槽" くらいの差があって、僕は疑いようもなく後者です。もっと経験豊富なエージェントが務めればいいじゃないですか。
[サニーが肩をすくめる。]
サニー: スカボローは時たま不可思議エニグマになるんですよ。私の中での最有力候補の説は、経験者たちは現実側に残して一般大衆に直接影響する事象に対処させたいんでしょう。私たちの任務はより重要ではありますが、比較的にすぐには表側に表出しない部分の解決を図ってもいるというわけですし。会話というものは全部私に任せておけば大丈夫です。
[2人が1枚の大きな鏡に近づく。]
サニー: さて、タトゥーは既に入れてますよね?
[デイビーが袖を捲くる。中心に1本の線が引かれた三ケ月のタトゥーが前腕に彫られているのを見せる。]
サニー: よし。では私に続いて。
[サニーが左手親指を強く噛み、血が滲む。デイビーがたじろぐ。]
デイビー: ちょっ、何してるんですか!?
[サニーが袖を捲くり、デイビーのものと完全に同一のタトゥーを見せる。血の滲む親指でタトゥーをなぞる。]
サニー: よしてくださいよ、デイビー。血の魔術なんて今更そう珍しくもないでしょう?
デイビー: そ、そうですけど、でも—
サニー: いいですか、デイビー。今回の任務を果たしたいのなら、言われた通りにそっくりそのまま行動してください。新入りニュービーらしい煮え切らない尻込みは以降止めにしましょう。理由ワケあってあなたはうちのチームに預けられた、では、職務に当たるというのなら今がその時です。
[デイビーが左手親指を口に当て、軽く噛む。]
デイビー: こうでふか?
サニー: もっと強く。ちゃんと血を出さないと。
[デイビーが噛み締める。親指を引き抜いて悶え声を上げる。]
サニー: その調子です! …それに、信じてください、慣れますから。とにかく、タトゥーをなぞってから鏡の前へ、あとはそのまま中に入るだけです。
[サニーが振り返って鏡に向かって踏み込み、その姿が消失する。デイビーも指示された通りに倣い、鏡を通り抜ける。カメラが再調整され、2人が亜寒帯林内に位置していることが判別できる。背の高い松に囲まれ、青色の光を発する小型のオーブが一帯に漂っており、前進する2人の周囲でオーブが地面から立ち昇ってくる。降っている雪が地面に薄く積もる。光るオーブの1つにサニーが近づき、それに向かって穏やかな笑みを浮かべる。オーブは反応して瞬き、漂い去っていく。]
デイビー: ここが…?
サニー: えぇ、ドリームスケープです。正確にはその一部分。あまり感動してないといった様子ですね。
デイビー: 自分が期待してたのはもっとこう何と言うか… 幻想的な感じというか。
[デイビーが地面から石を1つ拾い上げる。石が "シューッ" と音を立てて威嚇する。デイビーが驚き声を上げて石を放し、それにより石は素早い動きで這い逃げていく。]
サニー: 私が先程にも言ったように、ここは一部分に過ぎません。この世界は人間の心の領域です。今いるこの地点のように、現実に相応に即したであろう部分もあれば、深奥に向かえば向かうほど随分と狂気染みてくることもあり得ます。勿論、見てくれでの判断は禁物ですよ。とどのつまり、夢とは奇妙なものなのですから。
デイビー: 十二分に心得ました。
[サニーが進み出し、デイビーがズボンで手を拭いながらその後を追う。デイビーは数分おきに青色のオーブに触れようとするが、オーブは舞うように指先から逃れていく。]
デイビー: ところで、どうやってマモンを見つけるんです?
サニー: 公にされてる密輸ルートがこの先にあります。彼がそこにいないというのならば、従者のカラスたちがいるはずです。
[2人が開けた場所に近づいていく。1台のトラックを取り囲むカラスの群れが確認できる。トラックのタイヤの1つがヨレており、トランクから光り輝く物体が幾つも零れ落ちている様子である。カラスたちは腹立たしげにカーカー鳴きながら、零れ落ちる物体の回収と破損したタイヤの修繕とを試みている。]
デイビー: えぇ… 言葉どおりにカラスですか。てっきりギャングの通り名的な何かかと。
サニー: 先ほど言ったとおりですよ、会話は私に任せなさい。
[サニーが1羽のカラスに近づき、両脚を引っ掴む。逆さ吊りの状態で自身の顔の前まで持ち上げる。他のカラスたちは散り散りとなり、近くの木立へ飛び去っていく。]
ザカリアスの資料写真
サニー: いいでしょう、ザカリアス。鳴き喚け。そのおめでたいケツをここから退かしてどこかに行ってろと、確かに言って聞かせたはずですよね?
ザカリアス: 待テ! 待テ待テ! 落チ着ケ! 頼ムカラ!
サニー: 喋れ。ここで何をしてるんです?
ザカリアス: 聞イテクレ! 私ガ望ダコトジャナイ! 此処以外ノ最短ルートガ使エナカッタ! ボスノ命令ダ!
サニー: いったい何を運んでるんです? ドラッグですか? それとも密輸品?
[サニーがデイビーに相槌を打つ。デイビーが地面に零れた物品を調べる。]
ザカリアス: 新入リカ?
[サニーがザカリアスを睨みつける。]
デイビー: これは… ボトルキャップ? いやいや、全部が全部ボトルキャップじゃないですか、これ。密輸ってさっき言ってたように思えますけど?
サニー: そのはずです。で、ザッキー、ここで何の取引をしてたんです?
ザカリアス: 私ハ何モ知ラナイ!
[サニーがカラスを揺さぶる。]
ザカリアス: 本当ダ! 誓ッテ! 何モ知ラナイ!
サニー: 下手な嘘ですね、ザッキー。あなたもマモンも私は熟知してますけど、"キラキラしてるから" なんて理由であなたたちが取引してるわけないでしょう。
デイビー: ちょっと待って…
サニー: どうしました?
デイビー: タイヤ痕です。しかも雪で覆われた。
サニー: どういう意味です?
デイビー: 見てください。新しいわけでも踏み固められたわけでもない。タイヤのトレッドが辛うじて判断できる程度の痕ですよ。このトラックが暫くの間はここに停められてたということを意味しています。
[サニーがザカリアスを再び睨み付ける。]
ザカリアス: 其レガ何ダ? タイヤガ逝ッタンダ。ソリャ多少ハ往生モスル。援軍ヲ待ッテル最中ダッタ、スペアノ持チ合ワセガ無インダカラナ。
サニー: 私たちを待ち伏せしていた、そうでしょう?
ザカリアス: ハァ?
サニー: デイビー、荷台を確認してください。何か目についたものがあれば教えて。
[デイビーが荷台に近づく。]
デイビー: ボトルキャップを詰め込む用の袋が1つと、それから…
[袋を退かす。]
デイビー: スペアタイヤが1つ。
サニー: それはそれは、妙ですね、スペアタイヤときましたか。
ザカリアス: ウゥ…
サニー: 話せ。今すぐにです。
ザカリアス: ボスガ掘リ鼠ゴーファーノ男ヲ捕エタ。本部HQニ連レ帰ッタ。私タチハ此処ニ留マリ、不愉快ナ財団ノ輩ドモヲ此処ニ釘付ケニシロト命令サレタ。誓ッテ其レダケダ。
[サニーがザカリアスを地面に投げ捨てる。彼は何度か転がった後、身を震わせてから木立へ飛び去る。]
サニー: これで一部の事が容易になりましたね。ラスティの情報が正しかったことだけは確認できました。
デイビー: ですけど、いったいマモンの奴は何をしようと画策してたんでしょうかね、あの魂に、あの… えっと名前なんでしたっけ?
サニー: チャック・ストームズです。そして幾つか仮説が思い浮かびますが、往々にして純然たる資本主義的強欲に行き着きます。実際問題、こんな馬鹿げた小細工を弄してまで私たちを足止めしようとした事実が目下の懸念ですね。今この時にも、私達に時間制限の類が存在することを意味しています。
デイビー: 時間はどのくらい残されているのでしょう?
サニー: 見当もつきません。であるならば、時間を無駄にするわけにいきませんね。さっさと進みますよ。マモンがまた別の厄介事を仕掛けてくる気がします。既に、史上最低に取るに足らない足止めでこちらの時間は奪われたんですから。ザカリアス!
[サニーが木に駆け寄り、左腕を枝葉に突っ込む。さきほどのカラスを引き摺り出す。サニーは自身の右手親指を齧り、カラスの背中に印章を描く。]
ザカリアスに描かれた奇跡術的な絆繋の印章の再現
ザカリアス: オイ! オイオイオイ! 何ノ真似ダ?
サニー: ちょっとした小技ですよ。最近オリーに教わりました。あなたには私たちをマモンの処まで案内して、中に入れるようにしてもらいます。
ザカリアス: フザケルナ! ンナ事スルカ!
[印章が真紅に輝き、サニーがザカリアスを解放する。ザカリアスは即座に逃げようとするが、サニーから3mほど離れた地点に達したところで不可視の力で引き戻される。]
ザカリアス: 放セ、コノ人デナシ! 私ヲ束縛スルナド不可能ダ!
サニー: 可能ですし、実際にやりました。任務終了の暁には印章を破棄してあげます、ですがそれまでは一緒に来てもらいますよ、ザッキー。
[サニーがデイビーに向き直る。]
サニー: さ、行きますよ。
気象レポート
場所: フロリダ州 マイアミ
現象: 突発的な上げ潮により海岸線が約2km後退した。
対応: 沿岸部住民は津波発生に備えて避難した。津波は確認されず、2時間後に海岸線は通常の状態に戻った。
場所: ジョージア州 メイコン
現象: 最大時速80kmに達する突風が都市全域で確認された。突風は3時間にわたり断続的に続いた。
対応: 報告された被害に対応するため災害救助チームが動員された。
場所: コネチカット州 ブリッジポート
現象: スーパーセルの雷雨が突如出現し、30分間で0.9mの降雨が発生した。結果、都市全域で深刻な鉄砲水が引き起こされた。
対応: ブリッジポート現地の配置可能な職員が民間人の災害救援活動に投入された。
[着信音が鳴る。サニーが腕時計を確認して呻く。]
サニー: スカボロー管理官からです。少し待っていてください。
ザカリアス: 私ニ代ワレ。苦情言ッテヤル。
[サニーが画面をタップすると、スカボロー管理官の画像が展開される。]
スカボロー管理官: 状況報告だ、2人とも。
ザカリアス: 私ハ自ラノ意思ニ反シテ拘束サレテイル。此方ノ権利ノ読ミ上ゲモ抜キニダ。
[サニーがザカリアスの嘴を片手で押さえて閉じる。]
サニー: チャックは確実にマモンの許にいます。下僕のカラスを使ってこんな下らない陽動を仕掛けましたから。
[ザカリアスがサニーの握りこぶしから抜け出す。]
ザカリアス: ソシテ其レハ成功シタ。
スカボロー管理官: さっさと進みたまえ。時間を経るごとに異常気象発生件数が増えている、スクリーミーは予測で暴走し、対応可能な職員は目減りし続けている。私が必要としているのは結果だ、それも大至急のな。行動したまえ。
[スカボロー管理官が通信を切る。]
ザカリアス: 彼奴ニ無視サレタ事ニ不満ヲ表スル。
[デイビーが親指の先を噛みながら落ち着きなく右往左往する。]
デイビー: それで、いったいこれから何処へ向かえと言うんです?
サニー: マモンの根城です。良いニュースは私たちが今いるこの場所からそう遠くはないだろうこと、以前の場所から移動していないと仮定してですけどね。どうなんです? ザッキー?
ザカリアス: 私ノ嘴ニ漏レハナイ。
[サニーがザカリアスに対して貫き手の素振りをする。ザカリサスはたじろぎ、翼で顔を覆って鳴き声を上げる。]
ザカリアス: 移動シテナイ、誓ウ! 頼ムカラ、私ヲ爆ゼルノハ止メテクレ!
サニー: …ちょっとした崖を幾つか降りて、それからトンネルを進んでいく必要がありそうですね。
デイビー: 崖って?
[森林の終端に近づくと、切り立った崖が眼前に現れる。さらにその向こうには虚無だけが広がっている。下方を覗き込んでも崖の底は確認できず、デイビーが後ずさる。]
デイビー: まさか、冗談ですよね。コイツを降りなきゃいけないって?
サニー: そう。見てくれほど酷くはありませんよ、保証します。何度か経験済みですから。
デイビー: サニー、あなたは気付いてないのかもしれませんけど、その剛腕なやり方は僕の手に負える範疇か怪しいですよ。軟弱野郎ではないと自負してます、けどこれは—
ザカリアス: サナガラ貴様ノ腕ハフニャフニャノ麺ダナ。痩セ腕ノ脳足リンWEAK NOODLEメ。
[サニーがザカリアスをピシャリと叩く。彼は金切り声を上げて後ずさりする。翼で嘴を押さえて大げさに摩る。]
サニー: 最後の警告ですよ、トリ公。
[サニーがデイビーへ向き直る。]
サニー: 何かやり方を学ぶ唯一の方法はやってみることです。私のこと、信じますか?
デイビー: 勿論信じます、でも—
サニー: そして、私はあなたのことを信じています。
デイビー: それは… ありがとうございます?
サニー: つまり、あなたが私を信じ、私があなたを信じている。なら万事問題はないでしょう。私が先に降ります。もしも何か起ころうとも、私が受け止められます。
[サニーが崖に近づく。ザカリアスは地面に擦られながら彼女の後ろを引き摺られる。サニーが崖を降り始める。ザカリアスは崖の切っ先まで引き摺られ、飛び立とうと試みるよりも前に断崖に引き摺り込まれる。下方からパニックでカーカー鳴く声が聞こえる。]
[デイビーが崖に近づき、絶壁へ慎重に身を掛ける。最初に目に留まった突起を掴み、手足を固定する。]
サニー: その調子。そうです、デイビー。自分の体に集中して、他のことは考えない。
[デイビーは深呼吸し、ゆっくり吐き出す。細心の注意を以て右足を下に伸ばし、岩棚に乗せて位置を固定する。デイビーはこれを続け、用心深い動きで断崖をゆっくりと降りていく。下降してから数分後、デイビーが足を滑らせて宙ぶらりの状態になり、悲鳴が上がる。]
サニー: 落ち着いて、深呼吸です。まだ体は壁に引っ付いていますよ。集中して、しっかり掴んで。できますよ、デイビー。
デイビー: ぼ、僕—
サニー: 絶対にできます、デイビー。
[デイビーは静止し、絶壁の握られる部分を確かめてから別の足掛かりを見つけて足を差し込む。デイビーは体を固定し、下降を続け、遂に地面に足を着ける。デイビーは壁面から飛び離れ、地面に横たわり、薄赤色の草叢に顔を擦りつける。]
デイビー: マジで、最っ低でした!
ザカリアス: 私ハ永劫ニ落チ続ケテイル気分ダッタ。生キ地獄トイウ奴ダ。
サニー: よくやりましたね、デイビー。誇りに思いますよ。
ザカリアス: 私ハ途中デ悪態ヲ止メタゾ。此方ハ誇リニ思ワナイノカ?
[デイビーが顔を上げる。数m以遠の一切の状態はカメラで明確に捉えることができない。]
サニー: 暫しの休憩としましょうか? さっきの今じゃ、あなたも必要としているでしょうから。
デイビー: 変ですね。
サニー: 何がです?
デイビー: ただ、ここに来てから一度も空を見てなかったなと、今気づきました。
サニー: ああ、そのこと。ここには空がないんです。
[サニーが腰を下ろして胡坐をかく。すぐ横の地面を数たび叩いてデイビーも座るように促す。ザカリアスはそこを奪おうと企てるがサニーに押し退けられ、結果的にデイビーが座る。ザカリアスは不満気に息を吐く。]
サニー: まだオリエンテーションの真っ最中というわけですか。実践に勝る学びはなし、とかなんとかですしね。それはそうと、うちに参加する以前は何をしてたんです?
デイビー: サイト-120で異常文化の学者をやってました。
サニー: どんな仕事だったんです?
[デイビーが肩をすくめる。]
デイビー: 悪くない仕事でしたよ。指揮を執ったりはありませんでしたけど、妖精フェイとか類人猿イェレンとかの見識を深めるのを楽しんでいなかった、と言うのはウソになりますね。
サニー: でもでもでもでもぉ?
デイビー: でも、何です?
ザカリアス: 貴様ハ惨メッタラシイ役立タズダッタノダト、此ノ女ハ言ッテイル。其レハ今モ変ワラナイ。
サニー: そこじゃ満たされない何かがあってうちのチームに志願したんでしょって、私はそう言っているんですよ。
[デイビーが肩をすくめる。]
デイビー: 景色を変えたかった、ただそれだけですよ。もっと深い理由がなきゃいけませんでしたか? それに、ちゃんとしたフィールドワークをするチャンスを逃すだなんて、できなかったんです。
[サニーが呆れ顔を示す。]
サニー: まあいいでしょう、秘密はそのままで。けどまあ、別の景色を欲してるのでしたら、より超現実的シュールな領域を見せてあげますよ。前に私が言ったこと憶えているでしょう? 場所によっては本当に狂気染みてると。
ザカリアス: ミキサーニ掻キ混ゼラレタ気分ニナル糞ナ場所ダ。
[サニーが立ち上がり、体を伸ばす。]
サニー: 進む前におしっこ行ってきますね。それと…
[サニーが親指を舐め、数瞬でザカリアスの印章をなぞる。ザカリアスが不満げに鳴きながらデイビーに手渡される。]
サニー: 今はあなたに連絆しています。私が戻るまで見張っててください。
ザカリアス: 私ハ毛羽ケバイ安値ノ売春婦ジャナイ、余所ノ男ニ厄介払イスルナ。
サニー: 黙れ、お嬢様。行儀良くしてるんですよ。
[サニーが立ち去り、デイビーとザカリアスが残される。暫くの間、たまに視線を交わすだけの気まずい沈黙が両者に流れる。やがてザカリアスが口を開く。]
ザカリアス: 此処ノ天気ヲドウ思ウ?
デイビー: 思うって、何をどうやって?
ザカリアス: オイオイ。話ニ乗ッテコイヨ。
デイビー: …オーケイ。天気は… いい、のかな?
ザカリアス: 天気ハ糞ダ。ソシテ貴様ノオ喋リノ腕前モ糞ダ。
デイビー: 先に会話しだしたのはそっちでしょうが!
ザカリアス: アァ、ダカラ貴様モ然ルベキ一員トシテ社交上ノ取リ決メヲ果タセ。
デイビー: ドリームスケープの住人は皆してクソ野郎なんですか? それとも君が特殊ケースなだけ?
[ザカリアスが翼を広げ、おどけて見せる。]
ザカリアス: 言葉ハ胸ヲ刺ス物ダゾ、人間。ダガ、理解ノ助ケニナルト言ウノナラ其ノ言葉モ使ッテヤロウ、私ハ特別ダ。此処ニ糞野郎ガ居ルト仄メカスワケデハナイガ、此処ヲ我ガ家ト称スル神ドモノ多数ハ実ニ最低最悪ノ類ダ。ダガ、私ハ或ル種特別ナ糞野郎の一羽ダゾ。
デイビー: へえ、本当に? どう特別なんです?
ザカリアス: 私ハ愛ラシイ存在ダ。
デイビー: 同意しかねます。
[ザカリアスがデイビーの脚に飛び乗り、首をかしげて嘴を鳴らす。]
ザカリアス: マタマタ、少シハ私ガ魅力的ナ事ニ気付イテイル筈ダロ?
[デイビーが一笑に付し、ザカリアスを軽く押し退ける。]
デイビー: 全然、これっぽっちも。
ザカリアス: アァ、ダッタラ、想イ人ハサニートイウワケカ。仕方ナイ、私ノ知リ合イニモ屈強ナデカ女ニ虐ゲラレタガル奴ハ多イ。爆ゼラレタガル奴モ。私ハ違ウガ—
デイビー: やめてください。まず、言おうとしてたことを聞きたくもないし、それから、そういった感情はないです。彼女について知ってるのは… 今日1日分の情報だけです。彼女は優しい人で、だから友達になれそうだって思ってます。ただそれだけ。君がどこからそんな発想に至ったのか見当も付かないですよ。
ザカリアス: ソンナノ分カッテル、タダ貴様ヲ揶揄ッタダケダ。
[ザカリアスが笑い声染みた囀りを発する。]
ザカリアス: ドチラニセヨ貴様は運ガ良イ。
デイビー: それはどういう?
[ザカリアスが首を横に振る。]
ザカリアス: 何デモ無イ。貴様ニ今アル物を楽シムガ良イ、財団メ。
サニー: それで、デイビーにはいったい何があるんです、ザッキー?
ザカリアス: ギャア! 魔女ガ戻ッタ! 去ネ、淫婦メ。私タチハ深察ナル対話ノ真ッ最中ダッタ。
サニー: 深察なる会話とやらはもう十分でしょう。進みますよ。スカボローからの気象報告で腕時計が鳴り止みませんし、芳しいとは言えない状態です。メイン州のキャレーの現在気温は103℉4で、"季節外れに温暖" なんて範疇にありません。
デイビー: ザカリアスの印章をそちらに戻すのに、どうすればよいですか?
[サニーが素っ気なく手を振る。]
サニー: いえ、彼はそのままあなたに。訓練演習と捉えてください。私たちが対処しているもっと厄介なお客様方との交渉術について、彼から教わることになるかもしれません。
ザカリアス: 此レデ貴様は私ニ縛ラレタワケダ、阿婆擦レメ。覚悟シロ。
サニー: ザッキーの戯言ナンセンスに対して、小突いても、叩いても、殴っても、その他一切の身体的な害を及ぼす行為について、あなたに承諾しますよ。
ザカリアス: 此レハ私ノ権利ヲ甚ダシク侵害シテイル。顧問ノ弁護士ニ連絡サセテモラウ。
気象レポート
場所: ノースカロライナ州 エリザベスシティ
現象: 気温が-5℃~36℃までの変動を繰り返した。
対応: 気温が安定するまで屋内に留まるよう市民に指示がなされた。
場所: ロードアイランド州 ウェスタリー
現象: 偏東風が吹いて然るべき一部地域で偏西風が発生した。
対応: 対応不要。市民の大多数が変化に気づかなかった。
場所: ペンシルベニア州 ナンティコーク
現象: 突発的な嵐により、アメリカウシガエル (Lithobates catesbeianus) 287匹が市街に降り注がれた。落下の衝撃により全個体が死亡した。
対応: サイト-58の配備可能な職員が散乱したカエルの臓物の清掃作業に準じた。加えて、サイト-58の公共スペースが開放され、当該事象による負傷者への医療支援が行われた。
[ザカリアスが2人を断崖絶壁に導く。立ち止まって振り返ったところでサニーからの鋭い視線を受けてザカリアスが身を竦める。彼は自身の鈎爪を用いて地面に円を1つと線を複数描き、崖壁を押す。触れられた部分から崖壁は歪み、円型を成して岩肌に沈み込むと1本のトンネルが現れる。]
サニー: 中に入る前に留意すべき戯言ナンセンスは? ザッキー?
ザカリアス: 貴様ニ教エル事ハ無イ、淫婦メ。此ノ中デ貴様ガ苦ミ悶エ死ヌ様子ヲ眺メラレルナラ幸福ナモノダ。
サニー: つまり、仮に懸念すべきことがあるとしてもあなたには知りえないと、そう理解しましたが?
ザカリアス: …ウン。
デイビー: 君たち、このトンネルを通ってあの空き地に向かったんじゃなかったんですか?
ザカリアス: 一体全体金輪際、ドウヤッテトラックヲ崖ノ上マデ運ベト?
デイビー: ちょっと待って、マモンの根城からトラックでやって来て、なのに崖を登れはしないというなら、どうしてその通ってきた道じゃなくてこんなトンネルを進むというんです?
サニー: カラスたちはトラックで崖を登ったんです。おちょくられちゃダメですよ。"頭にプッツンくる"Driving me up a wallという表現を聞いたことは?
デイビー: もちろんあります。
サニー: 此処ではその言葉通りに捉えてください。それこそがカラスたちが鼻持ちならない厄介者である理由ですよ。ひと所に相当数のカラスが集まれば、ドリームスケープの掟で言葉通りに互いに崖壁を登るdrive each other up a wallことになるんです。
[ザカリアスが自惚れに満ちた面持ちで腰を下ろす。]
デイビー: 今更になって思ったことなんですけど、あのトラックに乗って移動する、ていうのはどうでしょう? スペアのタイヤもありましたし。
ザカリアス: 熊ノ如キ女ヲ見ルヤ否ヤ、私以外ノ俗物ドモハ群レカラ一目散ニ逃ゲタカラナ。私ガ最高アメイジングデ完璧パーフェクトナノハ知ルトコロダガ、来タ道ヲ引キ返スノハ私ノ愛嬌ニモ荷ガ重イ。シカシ、ヤッテクレト私ニ希求スルナラ、貴様ラヲ壁ノ上マデ激高サセル素晴ラシイ話ノヒトツヤフタツヲ—
[デイビーがザカリアスの嘴を握って閉じ、振り返ってサニーを見る。]
サニー: 絶対に、自分で自分の心を搔き乱すようなことをする必要はありませんよ。デイビー、好奇心が肝要であることを否定はしませんが、時間を大事に、質問は現実へ帰還してからでお願いします。任務達成に際して極めて重要なあれやこれやは必要なタイミングで都度教えますから、良いですか?
デイビー: 了解です。
サニー: よろしい。進みましょうか。
[一行がトンネルに進入する。暫くの間、映像は黒一色となり、石と金属が擦れる音に混じってデイビーの悲鳴が上がる。映像が視認可能な状態に復帰した時点で、一行は巨大な洞窟内にいることが判別できる。洞窟の壁には発光する小さな宝石が散りばめられている。]
サニー: いいでしょう、ザカリアス。道を案内しろ。
[ザカリアスが不平を漏らしながらもトンネルへ進む。2人がそれに続く。]
デイビー: 信用できるんですか?
サニー: 私は何年もザカリアスと協働してきました。マモンのカラスたちと財団との主要な連絡役が彼なわけです。威圧的態度で簡単に御されるのはさておき、敢えて自分の命を危険に晒す方向に案内することはないと約束しますよ。
ザカリアス: 貴様ラヲ殺ロウト思エバ簡単ダゾ。私ハ狂鳥マニアックダ。常軌ヲ逸シタ量ノ人間ドモヲ殺シテキタンダ。
サニー: 彼は常にしょうもない存在でしたよ。悪事に手を染めた彼をこれまで捕縛してきましたが、その中でも一番の悪事はスリーポートランドへの違法パラテックの密輸でしたから。
ザカリアス: アレハ戦の兵仗ダ。革命ヲ導ク物ダッタ。其レヲ成シ得ル私ニ貴様ラハ恐レ慄クベキダ。
サニー: 実際は極めて簡素な .aics5 を搭載した腕時計でした、異常性も殆どありませんでしたしね。ですが、スクリーミーを製作する基盤として使うことになりましたから、その点には感謝しますよ。
ザカリアス: オ前、大ッ嫌イ。
[ザカリアスが先導を続ける。一行は眼前に大穴を確認して歩みを止める。浮遊する岩々が対岸まで列を成して並んでいる。]
ザカリアス: オヤマァ、オ気ノ毒様! 飛ベナイノナラ行キ止マリダナ。ソレジャ、今マデ世話ニナッタ、貴様ラフタリヘノ奉公ハ惨メナモノダッタ、サァ私ヲ解放スルガ良イ—
サニー: 大したことない障害です。『ドリームスケープのキホンのキ』Dreamscape 101 stuff といったところですか。やるべきことは—
[サニーが後退し、助走をつけて大穴へ跳躍する。浮遊する岩の1つに着地して掴まると、また跳躍して次の岩へ跳ぶ。]
サニー: どうということもありませんよ、デイビー。やってみてください。
[僅かな間、デイビーが親指を噛む。]
デイビー: う… でも… 僕にできるって思ってるんですよね?
[デイビーが深呼吸する。]
デイビー: できる。僕ならできる。
[デイビーが後退する。]
ザカリアス: チョット止マレ。心構エノ時間ヲク—
[デイビーが大穴に向かって駆け出し、一番手前の岩に跳躍する。跳び付いた直後は身をふらつかせたが何とかしがみ付く。デイビーに続くように宙を引き摺られたザカリアスが顔面から岩に叩きつけられ、そのまま垂れ落ちると大穴の半ばで宙吊りされた状態になる。]
ザカリアス: 糞ッタレガ! 止マレッテ言ッタダロ! 引キ上ゲロ、私ヲ引キ上ゲロ!
サニー: お見事! 足をこんな具合に構えて、そして、跳ぶ!
[サニーが1つ向こうの岩に跳ぶ。これを続けて彼女は対岸に辿り着く。デイビーもそれに倣い、岩から岩へと跳び移る。デイビーが大穴を渡っていく度にザカリアスが上下に激しく揺さぶられ、時たま岩に激突する。大穴を飛び越えるにわたり激しい罵声が上がる。]
[遂にデイビーとザカリアスの双方が対岸に到達する。デイビーが息を整えようとする暫くの間、ザカリアスは放心した様子で仰向けに倒れている。]
デイビー: や、やってやりました! 信じられない! 本当にできた!
サニー: 確かに、やってのけましたね。新人にしては見上げたものでしたよ。その調子ならここからも生還するでしょう。
ザカリアス: 吐キソウ。
サニー: でも進むんです。行きますよ、ザッキー。
[デイビーが膝を付いてザカリアスに手を差し出す。]
デイビー: 大丈夫? ごめん、くっ付ける呪いのこと忘れてました。
ザカリアス: ウンマア、私ハ平気ダ。モット酷イノヲ味ワッタ事モ有ル。
[ザカリアスが呻き声を上げながら両脚で立ち上がる。よろめくが、バランスを取り直してトンネルの進行を再開する。数分後、ザカリアスが立ち止まる。羽毛が逆立っている。鳴き声を上げながら周囲を見渡す。]
デイビー: 何か不味いことでも?
[ザカリアスがカァカァと鳴き、振り返ってデイビーの足元に転がり込む。地響きがする。壁に嵌められた宝石が幾つか剥がれ落ちて地面がひび割れる。]
ザカリアス: 思ウニ、彼奴のオ出マシダ。
サニー: 出たって、いったい誰が?
[デイビーの両脚の間から覗き見しているザカリアスが翼で前方を指す。]
ザカリアス: 奴ダ。
[前方の地面から1本の火柱が噴き出し、岩盤が穿ち貫かれて通り穴を形作る。それに続いて巨大なヘビ様の怪物が姿を現す。数百もの金属的肢々を用いて岩盤を削り剥ぐ音を鳴らし、身を持ち上げてエージェント一行の前途を塞ぐ。轟音は止まらず、怪物はエージェント背後の天井から顔を出すとそのまま落ちて地面に潜り込む。遂にトンネルの両端が塞がれる。]
[怪物がエージェント一行の前に再び顔を現わす。クモのように扁平で大型の頭部をしており、円環状に並んだ複数の眼と巨大な歯牙を有している。怪物がエージェントたちを数瞬だけ凝視する。頭部が2つに裂け、長大かつ湾曲した牙を覗かせる人型の顔を露わにする。怪物が口を開き低い唸り声を発する。]
怪物: …財団か。
[怪物が目を細めてサニーを見遣る。]
怪物: しかも、キサマか。
サニー: …カブラカン。
デイビー: すみません、ご存じなんですか? こちらの… えぇと… 紳士さんを?
カブラカン: 我はカブラカン、峰々の主にして地震の神なり。我を崇め奉るがよい。
サニー: 退け。こちらは忙しいんです、そちらのおふざけに構っている時間はないんですよ。
[カブラカンが咆哮し、前脚の1つで洞窟の壁を殴打する。石礫と砂塵がエージェントたちに降り注ぐ。カブラカンは身を乗り出し、自身の顔がサニーの目と鼻の先に迫るところで停止する。サニーは微動だにしない。]
カブラカン: かもしれん、だが我には時間がある。答えよ、財団。何ゆえに我らとの契りを反故とした?
サニー: いったい何のことを話してるんです?
[カブラカンが複数の前脚を地面に突き立てる。地響きが起こり、複数の石片が天井から落下してくる。]
カブラカン: 財団と神性との間で契られた託款MANDATEだ! 我を愚弄すな財団! 貴様らは我が言葉の意を得ている、殊の外にキサマだけは心得ていると知るぞ!
デイビー: 彼が話してることについて聞いてもいいタイミング、だったり…?
[サニーは反応せず、カブラカンから視線を外さない。]
サニー: どこで私たちがやらかしたというのか、理解しかねますね。もう気が済んだのでしたら—
[サニーがカブラカンの脇を通り抜けようと試みるが脚の1本に阻まれる。サニーは張り倒され、脚で地面に留められる。デイビーが助けに駆けようとするが、サニーが手で制止する。]
カブラカン: 貴様ら集塊の内で再び神性が斃れる、数多ある内の1柱ではあるが。貴様らは人間からの信仰を我らに約束した、人間という存在に我らが根付くこととなろう記憶を約束した。だが、貴様らが無為を故に同朋の魂がまた1柱と無に帰す様を見る。彼の天候の神への貴様らの情愛も懇篤も我は希求しない、だが彼の魂が薄れゆくのを見、我が身も遠からず同じ運命にあると思い至る。彼の死した魂らに我が列するまでどれだけの時間が残されているというのだ、財団? 我は此の地に置かれ、彼の神と同じく死ぬのを待つばかりか? 我が力の衰微を感じ始めているのだ、財団。この姿を見よ。
[カブラカンが脚の1本を掲げ、爪先を指し示す。先端の極僅かな部分の肉がSCP-7679の死骸が示していたのと同じく分解しているのが確認できる。]
サニー: 私たちはできる限りをやっています。現に、人々が意識に—
[カブラカンがサニーを地面へと留めていた脚を持ち上げ、彼女の上半身を踏み付け直す。サニーが苦痛の声を上げる。]
デイビー: サニー!
サニー: そこにいて。これは私が対処します。
デイビー: いや、でも—
サニー: そこにいろ、命令ですよ。
カブラカン: 言い訳は無用! 否、我は今、行動を要求する。我に為されて然るべき行動を。おい貴様。
[カブラカンが脚の1本でデイビーを指す。デイビーが震え上がる。]
カブラカン: 貴様は醒界へ戻り財団に伝えよ。その術もその時も知らぬが、貴様らが夢界に捨て置くと定めた我ら神々は醒界への道を切り拓き、元ある座に戻らん。いかなる方法を以てしてでも我らを知らしめよう。なれば、貴様は…
[カブラカンの顎が外れ、口が大きく開けられる。]
カブラカン: 今ここで、貴様の咎の果実を刈り取らねばならぬ。貴様の領域を我がものとせねばならぬというのならば、我はそれを為すのが道理。
[数瞬を逡巡を経てデイビーがサニーに向かって駆け出す。サニーが手を上げて制止する。]
サニー: デイビー、現実へ行ってください。私で対処できますから。
[サニーが脚から逃れようと藻掻き抗っている間、カブラカンの口がサニーに向かってくる。デイビーが親指を噛んでいるとザカリアスがその肩に飛び乗ってくる。]
ザカリアス: 何カシロ、愚カ者!
[デイビーがザカリアスへ、それからサニーへと視線を向ける。ほんの一瞬だけステップを踏み、深呼吸と共に走って握り締めた拳でカブラカンの眼を殴打する。カブラカンは唸り声を上げて仰け反り、脚を緩めたことでサニーが身を振り解くのに十分なだけの隙ができる。サニーがホルスターから銃を抜き出し、すぐさまにもう一方の眼を撃ち抜く。カブラカンが更に退く。]
[デイビーは身震いし、自分の拳を見つめる。サニーの片腕がデイビーの肩に乗せられる。]
サニー: 伏せて!
デイビー: え?
[サニーによりデイビーが地面に突っ伏される。金切り声を上げたカブラカンの口から噴き出した炎がエージェントたちの頭上を掠める。続けて、カブラカンはクモ様の疑似頭部を下方まで引き伸ばし、左右それぞれを腕として使って地面を殴る。地面が揺れ、天井から更に多くの岩石が降り注ぐ。幾つかの岩石はザカリアスの上に降り積もり、ザカリアスはその下敷きとなって埋もれる。]
サニー: デイビー、左へ退いて、ここから脱出!
[カブラカンが両エージェントへ薙ぎ払いを仕掛ける。サニーが右に跳んで避ける。デイビーも同じく右に避ける。2人が衝突して地面に倒れる。]
デイビー: ご、ごめんなさい!
[サニーがすぐさまに立ち上がり、叩き付けられる前にカブラカンの脚を蹴り飛ばす。]
サニー: 謝罪はいいから、指示通りに! 戦闘から離脱して、私に任せなさい! さぁ立って、行け!
[両エージェントが逃避を試みるが、デイビーは不可視の力により膝をつく。デイビーは地面を匍匐して進もうと試みるが前に進むことができない。振り返ったサニーがデイビーの腕を掴むが、なおもデイビーを動かすことはできない。]
デイビー: なぜ動けないんです? サニー!?
サニー: これは—
[サニーが瓦礫の山に目を向ける。]
サニー: 糞ッ、ザカリアスか!
[サニーがザカリアスの方へ向かって駆けようとするが、目の前に振り下ろされたカブラカンの肢に止められる。ザカリアスの位置へ向かおうとサニーは何度か試みるが、カブラカンが地響きを起こして彼女の進行を妨害する]
デイビー: や、奴に塞がれてます! 自分でやります!
サニー: デイビー、待ちなさい! 危険すぎ—
[カブラカンの一撃をサニーが片腕で受け流す。流されたその一撃をデイビーは避けて進み、ザカリアスを瓦礫から引っ張り始める。ザカリアスが抜け出すと同時に、カブラカンは疑似頭部の歯牙でデイビーを貫こうとする。すんでのところでサニーが両者を抱えて攻撃の軌道から逸れることに成功し、受け身の姿勢で壁まで転がる。サニーがカブラカンを再度撃とうとするが、疑似頭部の片側で銃弾が弾かれる。]
ザカリアス: ヤットダ、貴様ラフタリトモ岩ノ下ニ私を放ッテ置クツモリダッタロ。アァ、頭ヲ打ッタカモ。医療費ノ支払イヲ要求スル。
サニー: 5秒だけ黙ってろ。
ザカリアス: ハイ、黙ッテマス。
[カブラカンが憤怒の声を上げ、再び地面を踏み鳴らす。地響きが起き、折れた鍾乳石が天井から戦闘空間の中心に落ちてきて砕ける。新たに出来上がった落石の山の陰にエージェントたちが身を寄せる。]
デイビー: こうなったらどうします? サニー? 両端を塞がれています!
サニー: 動きに集中し続けて、それと私の出す指示には絶対に従うこと。私とあなたとで連携しなければ。無為無策は死を招きます。
[サニーが瓦礫の山に銃を置くことで照準を安定させて再度の射撃を試みるが、カブラカンがサニーの腕を払い、銃は彼方へ払い除けられる。サニーが顔を顰めながら腕を押さえる。手を離すと長く深い切り傷から出血している様子が露わになる。負傷していないほうの腕をデイビーに伸ばす。]
サニー: デイビー、あなたの銃を。
デイビー: 持たされてません。銃火器取り扱いの訓練を終えてなくて。
ザカリアス: マジカ? 重要任務ニ無武装デ来サセラレタノカ?
[カブラカンがトンネル内を突進してくる。地面を揺らし、エージェントたちを撥ね飛ばそうと試みる。一行が散開する。デイビーが逃走する間中のザカリアスは不可視の力で引き摺られる。]
デイビー: し、支給品なら他に幾つか渡されてますよ! フィールド用の基本装備とサバイバルナイフが1振り! じ、自分にはこれで十分だって思われたんでしょうか、ハハハ…
[突き刺そうと自身に伸びてくる複数の脚をデイビーが躱す。吹き飛ばされた自分の銃の元へとサニーが駆け寄るが、手が届く前に銃は更に遠くへカブラカンに蹴り飛ばされる。]
サニー: なら、ナイフを出しなさい! 早く!
デイビー: し、死なないようにするので手一杯で、手が出ません!
ザカリアス: 良シ、ナラ私ガヤル。
[ザカリアスがデイビーに跳び乗り、まさぐられたバッグが開かれる。デイビーがカブラカンの攻撃を避け続ける間、ザカリアスは翼を広げて姿勢を維持する。少しの間を置いて頭をバッグから引き抜く。大振りのナイフを嘴に咥えている。]
ザカリアス: ナイフヲ獲得シタ。
サニー: よくやりました、ザッキー。私に寄越しなさい。
デイビー: いや、自分… 考えがあります。
サニー: 今は考えてる時じゃないですよ、デイビー! 命令を—
デイビー: お願いですFor the love of God、やらせてください!
サニー: 私はただ、あなたにケガないようにして—
[カブラカンが疑似頭部の歯牙がサニーの横腹に突き当てられ、悲鳴が上がる。出来たばかりの傷から血が溢れ出てくる。]
デイビー: ザカリアス、君の助けが欲しい。
ザカリアス: 一目瞭然ダナ。
デイビー: 君は奴の眼中にない。そこを突く。
ザカリアス: 成程? ドウヤッテ? 此ノ期ニ及ンデモ私ハ貴様ニ括リ付ケラレテルゾ、阿保垂レ。
[カブラカンがサニーににじり寄る。その口は大きく開かれている。]
デイビー: 僕の手綱リードに引っ張られるだけ。よし、やろうか。
[デイビーがカブラカンに向かって駆け出す。カブラカンの下に滑り込むと同時にザカリアスが身構える。デイビーはカブラカンの目の前に躍り出るや否や、ザカリアスを掴んでカブラカンの顔面目掛けて投擲する。ザカリアスはサバイバルナイフを咥え、顔の両側面を鈎爪で掴んで顔面に突き立てる。痛みからカブラカンは悲鳴を上げて後退し、ザカリアスを払い退けようとする。]
[ザカリアスがカブラカンの頭を何度も切り裂いている間、デイビーがバッグの中身を急いで探る。ザカリアスが顔面から飛び降りた直後にカブラカンの歯牙の一撃が空を切る。デイビーが催涙スプレーを取り出す。カブラカンは負傷していない側の眼を見開き、傷と血に塗れた顔をデイビーに向ける。カブラカンが前方へ身を乗り出す。しかし、デイビーが催涙スプレーをカブラカンに吹きかけ、最後の苦悶の叫び声が響き渡る。カブラカンは後ずさり、地面に潜り込み視界から姿を消す。]
[サニーが脇腹を抱えながら地面に崩れ落ちる。デイビーがその傍で膝をつき、自身のバッグを地面に下ろす。]
デイビー: ザカリアス、救急キットが必要です。
ザカリアス: ナンカ魔法ノ言葉プリーズガ足リナイナ?
デイビー: 早く!
[デイビーの大声に反応してザカリアスはたじろぐが、従う。デイビーはサニーを仰向けに寝かせ、脇腹を押さえる手を取って慎重に除ける。]
デイビー: いいですか? 呼吸に集中して。自分の呼吸とこちらの声だけに集中ですよ。
サニー: ごめんなさい、本当に、デイビー。こんな風に尻拭いするなんて、そんな必要ないですよ。私の不注意でした。
デイビー: 今度は僕の指示を聞いてください。僕のこと信じますか?
サニー: ええ。
デイビー: なら、僕はあなたを信じます。だから今はこちらに従って。謝罪の言葉は後にとっておきましょう。
[ザカリアスが救急キットを引き摺ってくる。デイビーがサニーの傷に医療パッチを押し当てようとする。脇腹を手当てしている最中にデイビーが一瞬動作を止める。奇態な小さな火傷に視線を落とし、手当てを続行する。傷を消毒して包帯を巻くとすぐにデイビーがザカリアスに振り返る。]
デイビー: この近くで休息できるような安全な場所は? これ以上の奇襲だけは避けたいんだ。これからの道中で少しでも知っておくべきことがあるようなら、今すぐに教えて。
ザカリアス: コノ先ノ地底湖ニチョットシタ場所ガアル。其処ナラ上等ダロウ、襲撃サレルコトハ無イ。マモンノ印章ニ誓ウ。
[地面に印を刻んで鈎爪で叩く。微かに黄色く光る。]
ザカリアス: マモンノ名ノ下ニ制約サレテイル。私ガ望モウト、此ノ上デハ偽ル事ガ出来ナイ。
デイビー: わかった。ありがとう。
ザカリアス: 感謝ハ無用。其ノ女ヲ安全地帯ヘ運ブ事ニ集中シロ。
[デイビーがサニーを背負い、ザカリアスの案内で洞窟の内奥へと進む。]
気象レポート
場所: ニュージャージー州 アトランティックシティ
現象: 都市は濃霧に包まれ、視界は約1m強に制限された。本報告時点で濃霧は依然存在している。
対応: なし。SCP-7679の死と関連した現象に思われるが、この都市における正常性の許容範囲内であるため。
場所: バージニア州 ロアノーク
現象: 巨大な積乱雲が形成され、3時間にわたりゴルフボール大の雹を降らせた。
対応: 未定である。災害救援を必要とする他地域に資源が投入されているため、支援可能な財団職員には限界がある。後方支援が可能になり次第、派遣予定である。
場所: ペンシルベニア州 ナンティコーク
現象: アメリカ合衆国全土の大気の風向きが変化し、全てがサイト-58上空に収束した。
対応: 状況は監視中。財団本部に支援要請が送られている。
[洞窟の本道から外れた大きな横穴へデイビーがサニーを運び込む。大きな輝く湖の側にサニーを置く。デイビーの接近に反応して不詳の両生類様生物が跳ねて水中に潜り込む。]
[デイビーが中身を出して空にしたバッグを地面に置き、その上に頭を乗せるようサニーを横にする。サニーが呻き声を上げる。]
サニー: ありがとう。
デイビー: どういたしまして。
[サニーが起き上がろうとするが、デイビーは彼女の肩を押さえて寝かせ直す。]
デイビー: 絶対ダメですよ。そんな怪我して、動けるわけありません。
サニー: できることならここで休みたいところです、ですが—
[再び起き上がろうとしたサニーが悲鳴を漏らす。脇腹を押さえて仰向けに倒れ込む。]
デイビー: サニー、是非もなしですよ。僕の言うことを聞いてください。
[不本意ながらもサニーが身を弛緩させる。]
サニー: あなた、うちに来る前はただの異常文化学者だったと伺ってたように思いましたけど? どこでこんな戦陣医学を学んだんです?
デイビー: 戦陣医学? こんなの、ただの基本的な応急処置ですよ、サニー。
サニー: ウソだぁ!
デイビー: 僕… ずっと機動部隊に入りたかったんです。えっと、それで研究で手忙しくなかった時には機動部隊ログを読んで、自分にできるやり方を勉強してました、それでいつか本当にチームに入れたらなんて。
[独り笑う。]
デイビー: 皆さんがモンスターと戦ってるログを読むのは苦もありませんでした。けど、いざ目の前にしてみたら、全然別物ですね。
ザカリアス: 此ノ手ノ変ナ性質ガ人間ニハ有ル。誰カノ行動ヲ見テ「アノ訓練サレタ奴ヨリモ、自分ナラモット上手クデキル」ト思イ込ム。貴様モソノ類ノ愚カ者ダ。
デイビー: 確かに、今回は君の言う通りだ。
ザカリアス: 私ハ常ニ正シイ。
デイビー: サニー… ごめんなさい、本当にごめんなさい。不安に挫けて、指示に従わずに行き当たりばったりの愚かな判断を繰り返しました。もっとうまくやれるだなんて思ってたんじゃないんです、ただ—
サニー: 戦闘最中、あなたは何度も私の命令を無視して、何度も自分の身を危険に晒しました。普通ならあの行動で死んでいてもおかしくなかったんです。
デイビー: わかってます! でも—
サニー: でも、あなたは私を救いました、ザカリアスもです。
ザカリアス: 最初ハナカラ私ノ命ハ危険ジャナカッタ。貴様タチガ私ヲ此ノ危険ニ引キ摺ッテキタンダ、言葉通リニ引キ摺リヤガッテ。
サニー: 私も背負い過ぎてましたし、それにあなたを子供扱いしました。それは謝ります。あなたがやらかしたことを今更なかったことにはしませんよ。戦闘の早くにあなたが錯乱してしまったことが事態を混迷に導きました、ですが、あなたを守ろうとした私自身もリスクを冒さずに済むようにするべきでした。
デイビー: …なら、今度は僕があなたを子供扱いすることにします。横になって、じっとして、今は休んでいてください。前みたいに腕時計のコールが鳴りっぱなしなのは承知してますけど、あなたがこんな状態じゃ、僕たち何も仕事できませんよ。
サニー: ええ、どうやらその通りのようですね。
デイビー: 僕は常に正しいです。
ザカリアス: 剽窃ニ不満ヲ表スル。
デイビー: 水を汲んできます。待っててください。
[デイビーが立ち上がり湖へ向かう。ザカリアスがサニーを一瞥し、デイビーに引き摺られていく。急いで立ち上がり歩き出す。]
ザカリアス: オイ。
デイビー: ん?
ザカリアス: 説明シロ。
[デイビーが湖に身を屈め、空の水筒を沈める。小型の水棲生物を追い払いながら水筒を泳がせて水を汲む。]
デイビー: 何をです?
ザカリアス: 何故アノ女ニソコマデ気ニ掛ケル? 好キニサセテオケバ良イダロウ。
デイビー: どういう意味です?
ザカリアス: ヨリ合理的ニ考エロ。アノ女ハ放置シテ任務ヲ継続シナイノカ? アノ女ハ足手纏イダ。アノ女ヲ待ツ時間ハ無イ。何故ニ損切リシナイ? 進ミ続ケナイ?
デイビー: それは残酷が過ぎますよ。チームメイトを見捨てるだなんて。
ザカリアス: ダガ論理的ダ! ソレコソガ“群”ザ・フロックノ常法ダ。自分ノ役割ヲ果タサナイ輩ハ? 足ヲ引ッ張ル輩ハ? ソンナ糞ッ垂レハ捨テ置ケ! シクジッタイチ匹ノ為に皆ガ不利益被ルベクモ無イ。
デイビー: ザカリアス。チームメイトが僕を必要としてるなら、見捨てはしません。任務の事は、まぁ… なんとかしてみます。えぇ、なんとか。
ザカリアス: 自信ナシ、ソンナ様子ダ。
デイビー: そりゃそうですよ! ここでの出来事全部が僕の常識外れなものなんですから。僕は自分の成すこと1つ1つの全てに迷いを抱いています。例えばこの水は? これが毒じゃないってどうやって判断しろと言うんです!?
ザカリアス: 確カニ水ダ、馬鹿者。
デイビー: そうでしょう、そうでしょうとも。でも、僕の言いたいことは伝わってますよね?
ザカリアス: イヤ、毒水ノ無駄話デ頭ガ飛ンダ。
デイビー: チームメイトを見殺しなんてしません。どんなに恐ろしくても、サニーを救えることならやりましょう。彼女も僕のためにそうするでしょうしね。
[ザカリアスが押し黙り、湖に映る自分を見つめる。デイビーが水を汲み終えて立ち上がる。]
デイビー: ちょっと臭いセリフでしたかね。
ザカリアス: 乾酪チーズソノモノ、酷ク臭ウリーク。貴様ラ人間ハ理解不能ダ、特ニオ前ラ財団ノ輩ハ。ダガ…
[自身の背中に描かれた印章に視線を落とす。]
ザカリアス: …フム、人間トイウノハ随分ト感傷的デ感情的ナモノカモシレナイ。
デイビー: かもしれません。それが何か?
[デイビーが笑う。ザカリアスは不満げに嘴を鳴らす。]
ザカリアス: 自分ヲ守レ、任務ヲ果タセ。ソレガ“群”ノヤリ方ダ。ソレデ私タチハ失敗シタ事ガ無イ。
デイビー: その精神の犠牲となったお仲間は? どこか、思い悩んだりはしませんか?
ザカリアス: ソウスルベキカ? イツダッテ“群”ノ一員ハ死ヌ。自ラノ過誤ヲ理由ニ死シタ者ヤ捨テ置カレタ者ノ悉クヲ悼ンデ居タナラ、今頃ハ私モ向コウ側ニ逝ッテタダロウ。私ハ賢ク生キ、生キ残ル。
[両者がサニーのもとへ戻る最中、デイビーは押し黙っている。デイビーが水筒を手渡し、サニーがそれを口にする。数分後、彼女は眠りについた様子を見せる。]
デイビー: さあ。これからまた進んでいくのを前にして、サニーを少し休ませてあげましょう。
[サニーが眠っている間、デイビーとザカリアスがその傍に腰を下ろす。ザカリアスは地面に何かを描き始める。]
デイビー: 何を描いてるんです?
[ザカリアスが羽を広げて描いた物を隠そうと試みる。]
デイビー: そんな、君を笑いやしませんよ。
ザカリアス: 恥ジテデハナイ。貴様ラ軟弱ナ人間ノ双眸ニハ度ガ過ギル、タダ其レダケダ。余リニ強力デ深遠ガ過ギル。真ニ前衛的アバンギャルド。貴様ニハ理解デキマイ。
デイビー: 見せてみて。
[溜め息を吐いて羽を畳む。1つの円とその中に描かれた簡素な模様が露わになる。模様は漢字の "烏"カラス が連想される。]
ザカリアス: サァ笑エ、異常者メ。ソウシタイト私ニハ分カルゾ。
デイビー: 何故です? 良い感じじゃないですか。なんだか君に似てます。
[ザカリアスが自慢げに胸を張る。]
ザカリアス: 当然ダ! 結局ノ所、私ハ最高ニ創造的な神霊ミューズタリ得ルノダ。
[デイビーが身を乗り出し、指で真似て地面に新しく模様を描き出す。]
デイビー: これ、何だか印章の類みたいですね。
ザカリアス: ソウダ。“群”ノ印章ダ。私タチノ権能ノ象徴。描イテ行使スレバ、其ノ者ハ私タチノ力パワーヲ僅カニ与ルダロウ。ダガ其レハ“群”ノ一員ニ容認サレタ者ノミダ。誰ニデモ貸ス訳ニイカナイ。アノクールナ力ハ誰デモ彼デモニ使ワセテナルモノカ。
“群”(ザ・フロック)に関連する奇跡術的印章
デイビー: それってどんな力なんですか?
[ザカリアスが喋りながら前後に跳び跳ねる。尾が上下に揺れる。]
ザカリアス: 驚異的アメイジングデ、甚大ヒュージデ、荘厳グレイトナ力ダ! 飛翔スル力ヲ得ル! 輝ク物ヲ見抜ク卓越シタ瞳モ得ラレル! 羽ハ絢爛デ艶ヤカニナル! 正直ニ言ッテシマエバ、オ前ラガ何故ニ他ノ者ノ印章ヲ行使スルノカ、理解ニ苦シム。
[デイビーが印章を描き終える。印章が淡く光る。]
デイビー: ねえ、君はこの世界に居て長いんですよね?
ザカリアス: 大体ハ三百年ハ経ッタカ? 一世紀ヲ過ギルト訳ガ分カラナイ。
デイビー: カブラカンの言っていた "託款" って何です?
ザカリアス: 託款? ソレナラ、夢界委任契約ダ。財団ト此処ニ棲マウ神々トノ間ニ契ラレタ。其ノ頭デ理解デキル形ニ言イ換エレバ、財団ガ神々ノ存続ニ手ヲ貸ス、殊ニ破壊的ナ神ヲ此方ヘ留マラセテ醒界ニ顕現スルノヲ止マラセル事ト引キ換エシタ誓約ダ。
デイビー: "神々の存続" って? あ、何だか思い出せそうです。ラスティが言っていた、概念が弱まるって話。
ザカリアス: 惜シイナ。デハ、神ヲ存続サセル物ハ何ダ?
デイビー: 正直に言うと、全く分かりません。
ザカリアス: コノ場ニ私ガ居テ幸運ダッタナ、タワケメ! 説明シテヤロウ。崇拝ダ、崇拝ガ神々ヲ存続サセル。私タチノ大概ニトッテ漠然ト認知サレル事ヤ記憶ニ留メラレル事ダケハオ手ノ物ダ。マタハ、私タチノ領域ガ存在スルコトヲ人間ニ思考サセ記憶サセル事カ。ソウデナイ者ハヨリ直接的ナ方法デノ存続ヲ求メル。大勢ノ意識ニ其ノ神ノ真ノ名ガ刻マレテイル、ナドナド。
デイビー: "私たちの大概" って言いましたね。君、神様なんですか?
ザカリアス: 馬鹿、当タリ前ダ。チビットダケ、ホンノ少シナ。私ハ“群”ノ一部、“群”ハカラスノ神々ダ。
デイビー: 結構すごいんじゃないですか!
ザカリアス: 漸クカ! 漸ク認メタナ! イイゾ、モット褒メ称エロ!
デイビー: ってことは、カラスは人間からまともな頻度で考えられてるから、君たちは大丈夫ってことですか?
ザカリアス: 褒メ言葉ハ? …ウム、“群”ハ大丈夫ダ。人々ノ思考頻度ニ応ジテ数コソ増減スルガ、全体トシテハ安定シテル。
デイビー: …でも、それならチャックが死んだのはどうしてです? マーモットなんて十分に知名度あるでしょう? 天気だって人間の営みに凄く関係してるし、なら彼も絶対に死なないはずです。
ザカリアス: 私ニハ—
デイビー: それにカブラカンは? なぜ怯えていたんです? 地震や山なんて常に何処にでも存在します。これっぽっちも自分が消えることに憂慮する恐れはないじゃな—
ザカリアス: マァナンダ、私タチ神ニモ分カラン。今ヤ神々ハ消滅シツツアル、絶対消エル筈ノ無イ概念ノ神マデ。ポシル・パンツノ事、聞イタ事ハ?
デイビー: …いいえ?
ザカリアス: 人間ガ身ニ纏ウ布切レノ中デ、私ガ見タ中デモ最モ忌マワシイパンツダ。其レニ相応シクモ等シク醜イ神ダ。グァカモレ6ヲ素晴ラシイ味ニ調エル神。トハアレ、奴ハ今ヤ斃レ、長キガ経チ、故ニオ前ラガポシル・パンツヲ思イ出スコトハ無クナッタ。奴ハ永イ忘却ニ在ル。其レガ神々ノ皆ガ恐レル理由ダ、ソレコソガ貴様ラノ世界ニ抜ケ出ソウト欲スル理由ナノダ。誰シモガ忘レ去ラレル事ヲ望マナイ。消滅カラ逃レルベク、ドンナ手段モ厭ワナイ神々ガ此処ニハ居ル。奴ラハ昔馴染ミノヤリ方デ崇拝ヲ得ルコトヲ望ンデイル、ソノ源カラ直接ニ。
デイビー: つまり、隷属ってことですか?
ザカリアス: アァ、場合ニヨッテハナ。ソレニ既ニ見テキタダロ、消滅シタ神ノ領域ヲ継承スル者ガ居ナイ際ニ何ガ起キタカヲ。
デイビー: ええ、えぇ見ました。
ザカリアス: 此処ニ居ル貴様ハ幸運ダ、其ノ事ヲ貴様ハ理解シテハ居ナイガ。チャックの魂ガ "ポンッ" ト弾ケル事ナク、ドリームスケープヘ回帰シタ理由ヲ私ハ知ラナイ。ダガ、貴様ニハ事態ヲ収拾スル機会ガ残サレテル。
[デイビーが眠るサニーを見る。]
デイビー: 手遅れじゃないって願ってますけど。
ザカリアス: 今度ハ私ノ番ダ、人間。オ前ノ抱エル事情ヲ話セ。
デイビー: どういう意味です?
ザカリアス: 憐憫ニ満チタ変ワリ者ダトカ、"文化研究" ニ従事シテタトカ、其レガ何カ知ッタコッチャナイガ、今ノ貴様ハ明ラカニ場違イナ処ニ居ル。サッキハ危ナゲダッタナ、何ヲ抱エテル?
デイビー: 秘密を守れますか?
ザカリアス: 無理。
デイビー: なら口外は止めときます。
ザカリアス: 待テ待テ! 頼ム、オ願イダカラ!
デイビー: …わかりましたよ、まぁ言ってもいいかな。僕はただ… 前の職場に自分の本当の居場所を感じられなかったんです。妖精とか類人猿とか諸々の研究をしてたって言いましたよね。どれも素晴らしかったですよ、でも、自分が何か真に重要なものの一部だと思えたことも、自分の仕事が何か真に意味を持つと思えたこともなかった。毎週のように新規プロジェクトのリーダーの下で働いて、一緒に働く人も入れ替わり立ち代わりして。2週の間で、数日のうちに上司が3回変わったこともありました。自分の研究に少しでも進展があればそのプロジェクトは別の人に引き継がれて、また新しい所に異動させられる。
[デイビーが背伸びをし、仰向けに倒れる。隣を地面を叩いて示す。ザカリアスが傍に跳び寄り、デイビーがその頭を撫でる。ザカリアスが一瞬抵抗するが身を預ける。]
デイビー: このチームの募集を見て "やってみよう" って思ったんです。試してみたら?って。ずっと本当のフィールドワークをしてみたかったんです、変化の少ないチームに参加したいって。もしかしたら意味ある事をしてるって感覚が得られる機会が訪れるかもしれない、注目を浴びる機会もひょっとしたら。
ザカリアス: 群レト共ニ歩メバ、群レニ埋モレルノハ容易イ。ボスハ私ノ名前ヲ覚エテハ居ナイ。私ヲ "ケビン" ト呼ビ続ケル。
デイビー: 最後の上司が同じでした、僕の名前を覚えてない。ずっと "スコット" とか "ブライアン" って呼ばれてて。
ザカリアス: ボスハ総ジテ糞。ダヨナ、"タイラー"?
[デイビーが笑い、冗談めかしてザカリアスを肘で突く。]
デイビー: この、ほざいてくれちゃって!
ザカリアス: …オ前ガ望ムモノヲ得ラレル事ヲ祈ル。
デイビー: うん…
[デイビーが背を逸らせる。石筍の側を這う毛羽立った大きな1匹の毛虫を眺める。]
デイビー: 君もだよ、ザカリアス。
[一瞬だけ、サニーの口元に笑みが浮かぶ。]
気象レポート
場所: ノースカロライナ州 スワンクォーター
現象: 郊外の湿地帯で大規模な山火事が多数発生。特筆すべき点として、その地域の浸水度合いにかかわらず一定の速度で燃焼し続けた。
対応: 財団の支援は不可能。本報告時点にも山火事は継続中。
場所: ジョージア州 メイコン
現象: 吹雪が都市を覆い、気温が摂氏-10℃まで低下。当該都市は円柱状に風雪で囲われ進入は阻まれた。
対応: 現在、当該都市内にいる財団職員は可能な範囲で地方自治体と協力して援助活動をしていると考えられる。当該都市との通信が途絶する前に無線信号を通じて基本的な危機対応計画が伝達された。
場所: ペンシルベニア州 ナンティコーク
現象: 大気風は継続してサイト-58上空に収束し、その激しさは増している。都市の天候は豪雨・豪雪・突風で絶え間なく変動している。
対応: サイト-58は非常事態を宣言し、利用可能な財団資源の全てを動員して危機の激化に備えている。
[1時間が経過しサニーが目を覚ます。伸びをしようとして痛みで顔を顰め、傷を負った脇腹を押さえる。]
デイビー: 気をつけて。水をもう少しどうぞ。
サニー: ありがとう。
[サニーが水筒から水を口に含む。嚥下した後、デイビーに補助されて立ち上がる。立ち上がるや否や腕時計を確認し、顔を顰める。]
デイビー: 続けられそうな様子ですか?
サニー: そう選択肢はありませんね。見てください。
[サニーが腕時計をデイビーに見せる。]
デイビー: うわ、とんでもない嵐ですね。
ザカリアス: 私ニモ見セロ。
サニー: 加えて、サイト-58の真上です。何か不味いことが起きていて、私たちは時間を食い潰している状況にあります。
ザカリアス: 私モ見タイ。
デイビー: 冗談抜きに、本当に体は大丈夫なんですか?
サニー: 大丈夫でしょう。何か起きた時には… 私たちでなんとかします。
ザカリアス: 頼ム、見セテクレ、仲間外レハ嫌ダ。
[デイビーがザカリアスを持ち上げ、サニーの腕時計を見せる。]
ザカリアス: コリャ酷イ、ゲロヤバイナ。残サレタ時間ハ2時間ッテトコカ。
デイビー: そりゃ最高だね。チャックを取り戻せたとして、どうやって時間内に元の体へ連れ戻すんです?
サニー: マモンは鏡を持っています。帰還に使えると確信しています。
デイビー: どう機能するかは聞きませんよ。
サニー: この任務で随分と成長しましたね。とても誇りに思いますよ。
[サニーが冗談半分にデイビーの頬を軽くつまむ。デイビーがザカリアスを地面に置き戻す。]
サニー: いいでしょう、鳥頭。進め。
ザカリアス: ワカッタ、ワカッタカラ。ソウトゲトゲスルナ。
[ザカリアスが再び先導する。一行はトンネルの終端に達し、大空洞を見渡す。未知の水源から流れる1本の滝から、空洞の底に位置する湖に水が注がれている。湖には1隻の巨大なガレオン船が浮かんでいる。ガレオン船は新品同様の完璧な状態を保っており、船体とマストに沿って照明が複数備え付けられ、それにより洞窟を照らされている。タラップが下ろされ、その先端に付けられた2つのスポットライトがゆっくりと旋回しながら洞窟の天井に光が向けられている。"マモンのカジノ&ナイトクラブ" と書かれた看板がタラップ頭上に吊り下げられている。様々な姿かたちの存在が列を成して入場していくのが確認できる。]
デイビー: 正直に言わせてもらえば、此処についての話し振りから想像していたものよりも、何だろ。何というかあんまり…?
サニー: 目に煩い? 美趣の欠片も無い? 美しい船をこんな風に完全に台無しにするなんて! ってこと?
ザカリアス: オイオイ、ソンナニ悪カ無イダロ。
デイビー: 僕が言いたかったのは、もっと隠匿されてる本丸なのかと思ってたってことなんですけど、"風情と格式が侮辱されてる" って言葉でもそう違いありませんね。
ザカリアス: イヤイヤソウデモ… イヤ、ナンジャコリャ、コレマデチャント見タコト無カッタガ。確カニ、糞ミタイナ見タ目ダ。
[一行は笑いながら洞窟に続く小道を降りていく。道半ばでザカリアスが両翼を広げて停止させる。]
ザカリアス: 止マレ!
サニー: ん? どうしました?
[ザカリアスが地面を踏みつける。地面が一瞬だけ揺れると崩れ落ち、何もない空間へ消失して大きな穴が道に残る。ザカリアスが僅かに笑みを浮かべながら2人に振り返る。]
ザカリアス: コノ糞ノ穴ハ崩レテル最中ダ。
サニー: このホラ吹きの畜生! 罠が無いかさっき具体的に訊いてたのに、知っていながら私に教えなかったでしょう!
ザカリアス: 知ッテハ居タガ、此レハ罠ジャナイ。メンテ不足。ドッチ道、オ前ラガ落ッコチル前ニハ警告シタロウ? 此処デ死ナセルノモ造作無カッタンダゾ。賞賛ノ言葉ハ?
サニー: そうでしょうね。それはお見事でしたね。
[ザカリアスが満足気にクゥと鳴く。サニーが壁に静かに近寄り、デイビーにも同様にするようジェスチャーする。穴を慎重に避けて、2人はゆっくりと壁沿いに進み出す。]
デイビー: いったい何故、マモンはこの道がまともな状態であるかを確認してないんでしょう? 自分の… カジノ的なナニカに通じてるのに。
ザカリアス: 利己的デ強欲ナ糞野郎ダカラ。其レト、ソモソモ此ノ入口ヲ使オウトスル連中ハ多クナイ。客ノ殆ドガ洞窟ノ逆側カラボートツアーデヤッテ来ル。
デイビー: えぇ… そっちから入れなかったのは何故です?
サニー: 集中して。
ザカリアス: コレマタ、オ前ラフタリシテ幸運ダナ、私ガ居ルンダカラ。サナガラ私ハ格安ノ入場券ダ。行クゾ。
[一行は洞窟を降り、タラップへ近づく。内部へ進入する前に湖の左右両側から2匹の巨大な黄金色のウミヘビが水面に顔を出し、進路が塞がれる。2匹は完全に同一の見た目であり、紙幣のように頭部を縁取る緑色の襟毛と3本の黄金色の角を持っている。2匹は低いヘビのような鳴き声で同時に話し出す。]
ウミヘビたち: 通行を許されるは招かれし客人のみぞ。
ザカリアス: 見テロ、私ノ魅力ヲ発揮スル時ダ。ヨォヨォ、ファフニール、調子ドウヨ?
[ファフニールが無感情に睨み付ける。ザカリアスが肩を竦める。]
ザカリアス: サテ! 財団カラノ大使サマドモヲ連レテキタ、ボスト話シタイトサ。チョット退イテクレテ中ニ入ラセテクレレバ最高ダナ。フロック・クリアランスモ私ハ全部持ッテルシ、ダカラ—
ファフニール: 汝がか? 首領より甚く昭然たる命を我は受けり。最早、財団に与する稚鳥は入場を許されざる、と。
ザカリアス: 間違イナク、記憶違イシテルゾ。私ダ、ザカリアスダ。“群”デ最重要ノ一羽、ソシテ間違イナク貴様ヨリ高位ニ位置シテル。優シク頼ンデヤッテンノニ、ソンナ強情ナラ容赦シナイ。早ヨ退ケ、ソンデ中ニ入レロ。
[ザカリアスがファフニールを押すが、微動だにしない。]
ファフニール: 稚鳥、我にとりて汝が何者であろう関わりなし。汝が地位も汝が称号もマモンには無用なり、なれば我にも無用なり。財団の狗どもも然り。汝ら皆、去ね。
ザカリアス: フザケヤガレ、ファフニール。其ノ言葉ニ不服ヲ表スル。ボスガソンナ真似—
ファフニール: 位階を奪わるることか? 見棄てられし小神ゴドリングに堕とされることか? 生憎しも彼の人は然りと為す。さて、我は二度とは問わぬ。醜態を晒さずに、我が神力を使役する前に去ね。
サニー: "去ぬ" わけにはいきませんね、お生憎ながら。マモンとの間に重要な取り決めを交わしたのです。ご理解いただけると助かりますが。
[痛みで脇腹を押さえる動作を装いながらサニーが密かに銃を取り出す。自身の背中に隠しつつ、受け取るようデイビーに合図する。デイビーは一瞬躊躇い、銃を掴み取る。]
ファフニール: 手負いの者の巧言令色たり。汝が衣の染みと為りし血の匂いを嗅ぎ分けるに能わずと我を見くびるなかれ。
サニー: デイビー、やれますか?
[デイビーが銃を引き抜き、震える手でファフニールの片目を狙う。1発撃つが外れ、眉間に当たり弾かれる。ファフニールが身を怯ませ、威嚇の声を上げる。サニーがデイビーの両手を取って構えを直す。]
サニー: ダメ、ダメですよ。精神を鎮めて、狙いを定める。正確に、自分の撃ち抜きたい場所を狙って。照準を確実に合わせたら…
[ファフニールが両エージェントに向かって身を近づける。]
サニー: 撃つ!
[デイビーの2発目はファフニールの開かれた口内に直撃し、銃弾が喉の奥まで貫通する。頭は一瞬停止した後に水面に崩れ落ちる。もう一方の頭が咆哮して近づいてくる。]
ザカリアス: 待テイ!
[ザカリアスが飛び立ち、ファフニールと両エージェントの間を疾駆する。翼を伸展し、光り輝く様々な物体の寄せ集めをファフニールの顔面と口内に投げつける。ファフニールは身を引いて咽びながら、岩石とボトルキャップを吐き出しながら呼吸を試みる。]
ザカリアス: 行ケ行ケ行ケ!
[ファフニールが咽び唸り続けている中、デイビーとサニーが船内に駆け込む。]
デイビー: うまくやりましたね、どうやって—
ザカリアス: カラスノ神ダカラナ。カラスト光物拾イトヲ人間ガ結ビ付ケルカラ、“群”ハ求メル時ニ光物ヲ召喚デキル。
ファフニール: 此方へ返れ。汝等、否まれし脂塗れの汚斑が首領を煩わす事を許さじ!
[ファフニールが両エージェントに頭を振り向ける。ザカリアスが再びそれを阻み、左目へと飛び掛かって突く。]
ザカリアス: 私ヲ油汚レ呼バワリトハ、ソノ節穴ノ目ン玉洗ッテ来イ。
[ザカリアスがファフニールの左眼を突き続ける間、ファフニールは絶叫を上げてのた打ち回る。]
ザカリアス: オ前ラフタリトモ、ケツノギアヲ上ゲテサッサト動ケ。直グニソッチ行ッテヤル。
[デイビーとサニーが船内に飛び込む。突如としてザカリアスがデイビーに引き摺られる。デイビーがドアを叩く。]
ザカリアス: アァ、ソウダッタ。血ノ印章デ縛ラレテタンダッタ。忘レテタ。
デイビー: つまり、役立ったってことですね?
サニー: マモンの所に行くにはどちらです、ザカリアス?
ザカリアス: アッチ。
[ファフニールが扉を殴打する音が響く中、一行は船内へと降りていく。金・黒・赤の装飾が施された、巨大で豪奢な賭博場へと到達する。尖った鼻と羽毛様の髪とをした痩身の男性の巨大な黄金像が賭博場の中心に、大袈裟に両腕を広げたポーズで立てられている。ザカリアスが聞き取れないほどの小声で悪態を吐きつつ、2人に進み続けるように合図する。]
[一行は廊下を進み、様々なマシーンや賭博台に座る無数の奇怪な存在たちの側を通り過ぎる。常連客も従業員にも気付かれることなく、1組の二重扉に接近する。ザカリアスが鈎爪を使って扉の前の床に円と複雑な線とを描き、扉を押す。印章は光ることなく、扉が開くこともない。ザカリアスは印章を描き直して扉を押すが、なおも印章も扉も反応しない。]
強欲と商売の神であるマモンに関連付けられる印章
ザカリアス: ハハ、変ダナ。ドウヤラ描キ方ヲ忘レタニ違イナイ。コノ私デモ過誤スル事ガ在ルッテ訳ダ、ナァオイ?
サニー: ザッキー…
[ザカリアスが再度試みるが、またしても失敗する。苛立ちから扉を蹴って叫び声を上げる。]
ザカリアス: ザケンナ、開ケロヨ。アンタノ為ニ死ヌホド働イテキタ、全生涯懸ケテ。私ガヤル事ハ全テ、アンタガ世界デ一番ニ大事ト決メタ糞ミタイナ思イ付キニ捧ゲテンダ。ナノニ今ジャ私ガ糞ミタイニドウデモ良イッテ事カ?
デイビー: ザカリアス、大じょ—
ザカリアス: 大丈夫カッテ? 勿論、大丈夫ッテ宣ウハ易シダ、コン畜生ガ。以前ニ教エタヨナ、オ前ラ財団ノ輩ハ幸運ダッテ、ソノ事ニ気付イテモイナイッテ。
[ザカリアスが再び印章を描き、続けて頭を扉に打ち付ける。]
ザカリアス: オ前ラハ自分ノ糞ミタイナ人生ヲ自由ニ生キル事ガ許サレテル。ダガ、私タチハ? 私タチハ奴ノ為ニ存在シテル。
[ザカリアスが像を指差す。]
ザカリアス: ソレデ、今ハドウシロト言ウンダ? 最早、私ハ認メラレテナイ存在ナノカ、糞ガ。オ前ラガ現レタアノ時既ニ、“群”ニモ見棄テラレテタノカ。アノ場所デ、奴ラハ私ヲ見殺シニシテモ全ク以テ構ワナイッテ思ッタンダナ。其レガ常ダ、構ワナイ。合理的ダ。ダガ、一体ドウイッタ理由デ私ヲ… ボスハ私ヲモウ要ラナイト決メタンダ?
[ザカリアスがすすり泣く。]
ザカリアス: ドウシロッテ言ウンダ? コレカラドウ為ルンダ?
[ザカリアスが扉を再び蹴り上げ、それを見つめながら床に崩れる。]
ザカリアス: 何ダッテンダ?
[サニーが歩み寄り、頭を優しく撫でる。]
サニー: 私たちで中に入って、お行儀良くマモンと会話するんです。経営判断に幾分か間違いがあったって申し付けてやるんですよ。
[これまでザカリアスが描いた物とも異なる新たな印章をサニーが床に描く。印章が光り輝き、床が熱を帯びていくように見える。]
サニー: 下がっていたほうが良いですよ。
気象レポート
場所: ペンシルベニア州 ナンティコーク
現象: SCP-7679の遺骸が収容室内で空中浮遊を開始。遺骸からは稲妻・降雪・降雨・強風が次々に発生した。
対応: SCP-7679の収容チャンバーは封鎖され、サイト-58はロックダウン手順へ移行した。ナンティコークの街に避難措置が取られた。
[サニーの描いた印章から光と炎の大爆発が吹き上がる。煙が晴れた時には二重扉が吹き飛んでいる。警報が鳴り響き、スーツ姿の巨大な黄金色の人型実体複数が大型の警棒を携えて賭博場に押し寄せる。得意客たちは微動だにしない様子である。]
サニー: 中へ。さあさあさあさあ、すぐに次の扉の中へ。入ってください。
[エージェント2人とザカリアスが部屋に飛び込み、後ろ手に扉を閉める。再び広がった脇腹の傷に親指を突き立て、サニーが新しい印章を扉に描く。目の前の扉が熱で捻じ曲がる音を立てると共に向こう側から騒々しい衝撃音が鳴る。扉が開くことはない。]
サニー: よし、これで暫くは持つはずです。あの印章は恒久的な物じゃないので手短に済ませますよ。チャックを回収、鏡を探査、そしたら直ぐにこんな処からはオサラバです。
デイビー: 妙案に思えます。
[一行は短い廊下を進み、オフィスへと進入する。カジノの他の部屋と同様に豪華に装飾され、赤色と金色で縁取りを施された調度品や家具が並べられている。オフィス中央に置かれたマホガニー製の大きなデスクの向こうに、賭博場にあった男性の像と同じ姿をした人型実体が腰掛けている。"髪" に見えていたものは先端が金色に輝く黒色の羽根であり、頭部全体が羽根に覆われ、顔の両側面は羽根で縁取られている。溜め息を吐いた彼は手にしていたペンをインク瓶に戻し、デスクの上に開いていた帳簿を閉じる。デスクに肘をついて指を組む。]
マモン: 財団か、このク…
[一拍置き、唇を引き結ぶ。]
マモン: 御目にかかれて大層喜ばしいな。椅子を勧めてやっても良い、だが余りに寛がれても此方も困るものでな。
ザカリアス: ボス! 一体ドウシテ入レナカッタ? 最早私ガ認メラレナクナッタダト、一体全体ドンナ戯言ダ?
マモン: その無意味にカァカァ喚くのを止めよ、うつけが。本気で宣ってるのか? 俺のオフィスへの鍵を財団の手中に置き続けるままにするとでも? 断じて有り得ん。
ザカリアス: ダガ、私ハ—
マモン: とっても重要で、とってもとっても特別な存在だ、とでも言いたいわけだ。お前らどいつもこいつも同じことを宣うが、所詮は俺もお前らも理解しているだろうに。お前らは消耗品だ。お前らにとってはお生憎だが、切り捨てても構わないと思う俺の所有資産の1つ、ただそれだけに過ぎない。そこに個人的な恨みなどは存在しないんだよ。…あー何だ、ショーンだったか? お前の名前なんてどうだって良いがな。
ザカリアス: コノ糞—
[ザカリアスがマモンのデスクに飛び乗る前にデイビーが抱きかかえ、嘴を押さえる。ザカリアスが暴れて抵抗する。]
マモン: これは有り難い。胸襟を開いて言えば、時に苦労の甲斐も無い連中だからな。せめて此奴等には切り棄てられた折には大人しくくたばってて貰いたいものだが。わざわざ俺の所まで戻ってきて、どいつも同じ大騒ぎを繰り返しやがる。
サニー: そもそも、私たちにオフィスの鍵を渡したくないというのは何故です? ザカリアスへの見下げ果てるべき仕打ちはこの際置いておくとして、財団が必要に際したのなら何時でもこのオフィスへの入室が許可されると、そう保証されていたのですが。
[マモンが侮蔑的に片手をひらひらと振る。]
マモン: バカバカしい! 取引など移ろうものだ!
[マモンが立ち上がる。]
マモン: 同様に、時勢も変わりつつある。それがお前は感じ取れているだろう、俺と同じように。
[マモンが自分のシャツを捲る。音を立てて焼け爛れ続ける小さな傷が脇腹に存在するのが確認できる。]
デイビー: いやまさか、それ—
サニー: 私はバカじゃありませんよ、マモン。既に、同じ戯けた内容をカブラカンから散々聞かされました。
マモン: どおりで、だからいつもより無様な姿を晒してるわけか。
サニー: チャックを渡しなさい、そうしたら私たちは去ります、ただそれだけです。彼の居場所を教えなさい。
[マモンが薄ら笑いを浮かべ、デスク背後のカーテンを引き開ける。大型のガラス製ケージが1つ現れる。ケージの中には腐敗の進んだSCP-7679の魂の残骸が収められている。SCP-7679の両前脚と頭部だけが残されている。悲しげな表情を浮かべてエージェントたちを見つめ、苦痛に呻く。]
マモン: 痛ましいものよな。人類に自らの先達を忘却することを許せばこうなる。財団よ、なぜ取引が更改されたのか知りたいか? お前らのしくじりが原因だよ。人類が俺らを忘れ続けることを食い止めやしなかった。この哀れな… モノが消え行くのは、存続させることをお前らが拒んだからに他ならない。
サニー: 財団は努力しています、ですが、ベールを捲り直すプロセスは進行中なんです。時間がかかるんです。此方だって出来てはいないではありませんか—
マモン: お前らには幾度なく事を起こす機会があったのだ。俺はこれ以上に言い訳を聞き入れる気もなければ、ミスター・ストームズをそちらに引き渡す気も微塵もない。
デイビー: どうして? そんなことで一体何の得があるというんです?
サニー: 彼はチャックの領域を欲してるんです。
[マモンが拍手する。]
マモン: お見事! とはいえ、火花の女神ともあればこうした仕組みについても多少はご存じなのは当然か。
デイビー: サニー、あなた…?
サニー: えぇ、火花の女神、彼の言った通りです。ごめんなさい、あなたには伝えていなかったですね、隠すつもりも驚かすつもりもなかったんですけど。話す機会を悉く逃していて。
[サニーが脇腹の焼け爛れ続けている火傷に指を這わせる。]
サニー: それに、えぇ、同意してますよ。財団がもっと早くに手を打ってくれていたらって、そうも心から願っています。でもそれは私に定められることじゃない。マモン、私たちも皆少しずつ消えかけています、ですが、今回こそ救える機会かもしれないんです! チャックの魂を肉体を戻す機会ですよ。醒界で発生中のクソみたいなこと全てが再び落ち着いて、私たちにも機会が得られ—
マモン: もうよい、十分だ。英雄めいた演説など耳を貸すべくもない。全くもって辟易極まりない。ミスター・ストームズが死に、そしてその領域を俺が継承すれば醒界の天候は安定するんだ。
デイビー: 繰り返しですけど、そんなことで何の得になるんです?
マモン: まったく、話聞いてたか? セナ、恐れ入ったぞ、お前ら財団は何処からこんな愚物を見つけてくるというんだ? お前のその耳殻と耳殻の間に収まって忙しなく動いてる肉の塊を少しでも使おうものなら気付くことだろうが。彼奴の領域を俺のものとすれば、人間の意識に在る彼奴の位置も継承することとなる。俺は死を免れ、強欲と富の神でありながら、天候の神として存続するのだ。
サニー: 本来、領域の継承は相続として行われるものです。両者の合意に基づくものであり、バカげた時間稼ぎの企てでも何でもありませんよ。
[マモンが鼻梁を抓む。]
マモン: 為すべきことを俺は為すまでだ。財団が先見を以て講じぬのであれば、俺が動くまでよ。いずれにせよ、ミスター・ストームズが消滅するまでそう長くはない。だから、俺は改めてお前らへ乞おう、立ち去れ。
[マモンが指を鳴らす。オフィスに4体の警備員が出現する。デイビーはザカリアスを抱えたまま、自分の親指の先を齧り出す。]
マモン: 自ら進み去らぬのなら、俺が容易く— おいおいおい、勘弁してくれ。そこのお前、言葉通り赤ん坊みたいに親指をしゃぶるのを止めろ。見ていてこっぱずかしい。
デイビー: あ、すみません。
[デイビーが親指を口から離す。ザカリアスを押さえつける力を緩め、ザカリアスの背中をつついてから親指で手の甲を擦る。]
ザカリアス: 何シテヤガ— 成程。
[ザカリアスがデイビーに素早く頷く。]
サニー: はっきりと述べましたよ、マモン。私たちはチャックを連れて帰ります。
マモン: ならば、俺もはっきりと述べよう。この場に取引など存在しない、と。セキュリティ!
[警備員たちが両エージェントに向かい突進してくる。衝突する前に、デイビーが大声を上げながら光り輝く物体複数を床一面にぶちまける。警備員たちは足を滑らせて次々に転倒する。]
マモン: こいつはどうした?
[デイビーが手を掲げる。手の甲には“群”の印章が血で描かれている。]
ザカリアス: 改善ノ余地ガ在ルガ、初メテノ試ミニシテハ悪クナイ。記憶ダケヲ頼リニ、手元ヲ視ズニ描イタト言ウノナラバ賞賛ニ値スル。
マモン: このような子供騙しの術で俺を止め— うおっ、目が!
[マモンに向かってデイビーが改めて光り輝く物体を一通り投げつけて、顔面に命中させる。好機と判断したサニーがSCP-7679を収容するケージへと駆け寄る。彼女は銃を取り出し、銃床をガラスに打ち付け出す。衝撃でガラスにヒビが入り出す。]
マモン: その愚行を即刻に止めよ!
[マモンがサニーの方へ向き直り、ケージから引き剥がそうと試みる。サニーは抵抗してガラスを破壊することに専心するが、床に引き摺り倒される。]
デイビー: サニー!
[助けるべくデイビーが駆け寄ろうと試みるが、体勢を立て直した警備員たちに阻まれる。2体掛かりで羽交い絞めにされたためにザカリアスがデイビーの腕から落ちる。3体目がデイビーを殴り付け、4体目はザカリアスを片手で掴むと握る力を強め始める。]
ザカリアス: オイ! デイビー! 私ガ前ニ教エタ事ヲ思イ出セ!
デイビー: な、なに?
ザカリアス: マジデ私ハ糞クールデ、メチャ糞クールナ事ガ出来ルッテ。
[デイビーは一瞬戸惑うが、すぐに理解した表情を浮かべる。デイビーは真上に飛び上がる。両腕を押さえていた警備員2体は突然の浮遊現象に不意を突かれて互いにぶつかる。降りてきたデイビーに3体目が殴りかかるが再び飛び上がったために空振りし、他の2体の上に倒れ込む。デイビーは宙に浮かびながら手の甲の印章を嬉しそうに見つめる。]
[警備員の締め付けが強められたことでザカリアスが悲鳴を上げる。デイビーが飛び掛かり、不意打ちで警備員の頭に蹴りを食らわせる。警備員は倒れ、解放されたザカリアスが飛び立つ。]
ザカリアス: 悪クナイゾ、人間。ホンノ少シ練習スレバ私ノ次クライニハクールニナレル。
[デイビーがサニーに向かって飛んで行こうとするが制止される。]
サニー: 集中です、デイビー! チャックを取り返しなさい!
[デイビーが頷く。マモンのデスクまで飛び、椅子を手に掴む。ケージに椅子を叩き付ける。ガラスのヒビが広がっていく。マモンが立ち上がりデイビーの脚を掴もうと試みるが、サニーに床へ引き摺り下ろされてヘッドロックを掛けられる。デイビーはさらに椅子を振り下ろす。ガラスが粉砕する。SCP-7679の魂は一瞬尻込みしたが、安堵の鳴き声を発して逃避する。SCP-7679が姿を消す。]
デイビー: やったんですか!? 本当にやったんですか!?
マモン: この、忌々しい痴れ者がぁ!
[マモンがサニーの拘束から逃れようと試みるがさらに締め付けを強められて抜け出すことはできない。警備員たちが立ち上がりサニーへ近寄りだす。サニーは銃を取り出し、マモンのこめかみに突き付けている。]
サニー: もうお分かりですよね、金ピカ坊やたち。この撃鉄を下ろせば彼は死にますよ。その魂も戻らない。私に断言できることは、火花と強欲の女神になるというのも吝かではありませんね。
マモン: …この女の言うとおりにしろ。
[警備員たちが引き下がり、踵を返して退室する。サニーが銃を下ろしてマモンを解放する。サニーとマモンが立ち上がる。彼は衣服の汚れを払い落とし、羽根を整える。]
マモン: 財団よ、これは逃れ得ぬことを先延ばしにしているというわけではないぞ。ミスター・ストームズが仮初の時間で辛うじて生き延びているに過ぎないことを、俺もお前らも重々に理解している。いずれ再び必ず起きる。しかも、さらに多くの神を伴ってな。
サニー: 私たちでなんとかします。それと、マモン?
マモン: 何だ。言ってみろ。
[サニーがマモンの肩に手を置き、強く握る。マモンが身を引こうとするが逃れられない。]
サニー: またこんな真似をしようと企ててくれたら、二度と椅子に座れない程度にあなたのケツを徹底的に爆ぜてやりますよ? ご理解は?
マモン: ああ、よくわかった。もう離せ。
[サニーが手を放す。マモンは肩を摩りながら後退する。]
サニー: さて、最寄りの鏡はどこです?
[マモンが部屋の奥に置かれた鏡を指す。サニーが頷き、親指を噛みながら歩み寄る。デイビーとザカリアスも続く。]
マモン: 待て、カラス。お前どこへ行く。
ザカリアス: エェ?
マモン: お前に去る許可を与えた覚えはない。
[デイビーが口を挟もうと開きかけるが、サニーが肩に手を置く。]
ザカリアス: マァジデ言ッテル?
マモン: 俺が冗談を言わんのはお前も知るところだろう。お前のその反抗的態度も、口調も、言葉遣いも、匂いも気に食わん。それでもなお、全てを乗り越えて財団のエージェントどもを連れて来たことには賞賛を送らねばならん。したがって、お前の基本的な位階は戻してやる、ただし給金は減額だ。
ザカリアス: ボス、私、何テ申セバ良イノカ分カリマセン。
マモン: なら黙れ。そして待機していろ。すぐに役割を与えてやる。
ザカリアス: ヤッパリ、何テ言ウカ知ッテルワ。
マモン: ほう?
ザカリアス: アァ。クタバレ、糞喰ラエ、ソンデモッカイ死ネ。此ノ順番ハ守レヨ?
上述の通信の直後、サイト-58の1階休憩室に設置されていた鏡を通じ、1羽のツルハシガラスを伴った状態でエージェント・サニーとエージェント・デイビーは帰還しました。初めこそ当該のカラスはサイトの警備職員に拘束されましたが、両エージェントの要請により速やかに解放されました。
SCP-7679の死骸は魂の帰還後に浮遊を停止し、再構成を開始しました。5時間後、SCP-7679は蘇生しました。異常気象現象はその直後に全て正常化されました。
補遺7679.2: SCP-7679観測ログ
観測ログ
記録日: 2024/03/15
<記録開始>
[SCP-7679の収容室内のザカリアスの姿が確認できる。SCP-7679が虚ろな目で草を食む様子を少し離れた位置から眺めている。ザカリアスの羽根は淡い金色の光沢を帯びており、頭から頚にかけての羽根先は黄金色に眩いほどに輝いている。]
[数分が経過。エージェント・サニーとエージェント・デイビーが入室する。]
サニー: やっぱり、思った通りここにいましたね。
ザカリアス: 何故ソウ思ッタ?
サニー: 君、任務が終わってからほとんど毎日ここ来てるじゃないですか。それに、羽根が落ちてましたよ。君のチャンバーからここまで、羽根で道が出来てます。ところでですけど、なかなかに綺麗な金色ですね。
ザカリアス: 有リ難ウ。其レガ何処カラヤッテ来タノカ分カラナイガ… マァ、悪クナイ気分ダ。ダガアノ部屋ハ何ダ? 間違イナク糞。此処ノサービスハ "サイコー" ダナ。
デイビー: 我慢してくださいよ。ハンネマン・キャラウェイの組は少ない人手で、このサイトのアノマリー大勢を世話しなきゃいけないんですから。
ザカリアス: 私ヲ其処ノ口開キッパナシ阿保丸出シノ "アノマリー" ノ奴ラト一緒ニスルナ。私ハ尊敬ニ値スル。ダノニ此レハ? 此レハ何ダ?
[ザカリアスが右脚を持ち上げ、バーコード付きの黄色のタグが足首に取り付けられている様子を示す。]
ザカリアス: 屈辱的。サナガラ此処ハ刑務所カ。
デイビー: あー…
[デイビーが後頭部を掻き、それにより左前腕に新しいタトゥーが1つ彫られているのが見える。ザカリアスが興味津々の様子を示す。]
ザカリアス: オイ、マサカ其リャ…?
デイビー: えぇ、君の印章です。拝借しても嫌じゃなかったら嬉しいな。僕らの初任務のお祝いにはこれが一番に相応しいって。そう思いません?
ザカリアス: "僕ラノ初任務" ッテ?
デイビー: 実はそのことで来たんです。
サニー: 提案があります、あなたに興味があればですが。
ザカリアス: 提案? 取引的ナ? 是非ニ聞カセロ。
サニー: うちのチームの他メンバーと話し合って、SCP-7679回収任務の映像を見直したんです。
デイビー: 2つのボディカメラに分かれてたし映像が大量でした。二度と見たくないような、例の連中を捉えたアングルとかショットもありましたね。
サニー: 簡潔に述べれば、機動部隊カイ-58にあなたを迎えようと検討しています。興味は?
[ザカリアスは嘴を開いたまま、目を見開いている。両目に涙が滲み出す。]
デイビー: 泣いてます?
ザカリアス: ソウダガ? 其レガ何ダ? 煩ク言ウナ。私ハ感情的ニナッテンダ。
[デイビーがニッと笑い、両手を上げて惚けてみせる。]
ザカリアス: ダガ、訊イテオキタイ。何故ニ私ナンダ?
デイビー: あの任務における君の助けは本当に計り知れないものでしたから。目的地まで導いてくれただけに留まらず、何度も自分の命を危険に晒して僕たちを救ってくれたじゃないですか。
ザカリアス: オ前ラガ私ニシタ事ヲ返シタダケ。アレハ純粋ナ取引的行為ダッタ。
サニー: 本当にぃ?
[ザカリアスが首を傾け、嘴をカチカチ鳴らす。両目が眩く光る。]
ザカリアス: イヤ、嘘ダナ。何時ノ間ニカ、オ前ラ馬鹿フタリヲ何処カ気ニ入ッタンダ。
サニー: 命を救ってくれる存在ということの他にも、ドリームスケープ出身の適性者をチームに1名置いておくのは心強いですからね。それで、返答は?
[ザカリアスが鼻を啜り、飛び立つ。デイビーの肩に止まると翼を広げ、両エージェントと肩を組む。]
ザカリアス: 勿論、受ケルニ決マッテイル。其レニダ、オ前ラニハ私ミタイナ偉大グレイトナ存在ガ必要ダロウ。
サニー: では、ようこそ機動部隊カイ-58へ。エージェント・ザッキー。
ザカリアス: 有リ難ウナ、オ前ラ。ホントニ。
[収容チャンバーから3人が去る様子をSCP-7679が見届ける。SCP-7679は微笑む。]



