Info
翻訳責任者: Sakuraba N, Accelerando_Tomoyasu
翻訳年: 2024
著作権者: PlaguePJP
原題: SCP-8000 - The Seal of Approval
作成年: 2024
初訳時参照リビジョン: 36
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/scp-8000
by PlaguePJP
特別収容プロトコル: SCP-8000は現在未収容です。
説明: SCP-8000はサイト-322内に存在するゼニガタアザラシ (Phoca vitulina) に類似した巨大なヘビ型実体です。SCP-8000の正確な全長は、尾が現在までに発見されていないため不明ですが、最長で150m程度であると推定されています。SCP-8000は飛び跳ねたり、滑ったり、泳いだりする代わりに、固体物を透過しながら自己推進飛行することが可能です。また、予知能力を有しています。
SCP-8000は知的存在であり、高い知能と会話能力を有します。さらに、一時的な次元ゲートウェイを随意に作成可能です。SCP-8000は未知の異次元空間から基底現実に接続していると仮定されています。SCP-8000が現在の現実に存在する手段や理由は解明されていません。
本文書の作成時点で、SCP-8000は地球上に2体存在する生命体のうちの1体です。
ポール・ラグー管理官がサイト-322の会議室へと入室する。報告書に集中しながら椅子の方へ歩いていく。
ラグー: ジェル、正直に言っておくが、今の私は――何だ、お前は。
SCP-8000が対面に座っている。
SCP-8000: やあ、ポールさん!
ラグー: 私は――ジェルは……どういうことだ?
SCP-8000: 今日は君と僕だけだよ。さあこっちに来て、座って。噛みつきやしないからさ。
ラグー: 何が何だかわからないんだが……君はアザラシなのか?
SCP-8000: 君はここで何をしているの?
ラグー: それは――思い出せん。会議があったと思うのだが。君こそ、ここで何を?
SCP-8000: 君のことはよく知ってるよ。君のやりたいこともよく分かってる。君が正直に話してくれるなら僕も正直に話すよ、約束だ。
ラグー: わかった。あー……君は言葉を話す長いアザラシか?自分の意思でここへ?
SCP-8000: そうだよ。
ラグー: 私の仕事はな、君のような奴を永久に檻に閉じ込めておくことなんだぞ。
SCP-8000: 必要ないよ。君の代わりに僕が自分自身の報告書をまとめておいたんだ。
SCP-8000はSCP-8000の報告書をラグーへ差し出す。
ラグー: 何故8000番なんだ?
SCP-8000: それは僕が選んだ訳じゃない。
ラグー: 書いたのは君だろう。
SCP-8000: うん。でも僕に決定権はなかったんだ。
ラグー: 尻尾はあるのか?
SCP-8000: もっと他に訊きたいことないの?
ラグー: 細かいことも重要だ。自分の尻尾の有無くらい推測できないのか?
SCP-8000: 自分で見たことがないからね、根拠のないものは断言できないよ。
ラグー: ここを這い回ってくれれば、尻尾があるのかを私が確認してやる。
SCP-8000: む、失礼な!僕は浮いてるんだよ。優雅に、そして気まぐれにね。
ラグー: どっちでもいい。写真は誰が?
SCP-8000: 君だよ。6、7分後くらいにね。
ラグー: 何を言ってるんだ?
SCP-8000: ポールさん、一日だけ僕と過ごしてくれないかな。結局のところ答えはわかってるんだけど、この一連の流れも必要なことなんだよね。
SCP-8000が噛みつく仕草をする。顎で空間を捉え、虚空に喰らいつく。そして頭部を左へ動かし、現在の現実を引き裂く。
SCP-8000は自身が作り出した裂け目を通り抜け、向こう側からラグーに向かって顔を覗かせる。
SCP-8000: ここを通るんだよ。
ラグー: ちょっと待てよ。
SCP-8000: はいはい、「信用できるわけがない」って言いたいんでしょ?何でも質問してよ。そしたら正直に答えるから。
SCP-8000は右ヒレを上げる。
SCP-8000: 君が机の引き出しに隠してる雑誌に誓って約束する。
ラグー: ふざけるな。
SCP-8000: 至って真面目さ。
ラグー: 私を殺すつもりなんじゃないのか?
SCP-8000: そんなのするだけ無駄だよ。
ラグー: では喰うつもりか?
SCP-8000: 人肉なんてもう興味ないね。
ラグー: それは冗談のつもりか?
SCP-8000: まあね。ずいぶん神経質なんだね。君を食べたって意味がないんだよ。
ラグー: では数百万年にわたって私を拷問するのか?目の前で家族を生きたまま焼き殺すのか?それとも繰り返し狂気に追い込むつもりか?何かしらその手の酷いことを考えているんじゃないだろうな?
SCP-8000: やけに具体的だね。
ラグー: 答えろ。
SCP-8000: そんなの無意味だし無謀だよ。
ラグー: では私に何をしろと?
SCP-8000: ポールさん、今日という一日を君と過ごしたいだけなんだ。
ラグー: さっきも言っていたな。
SCP-8000: 裂け目にはゆっくり入るつもり。長くは開けておけないし、もう一度開くのは本当に骨が折れるんだ。お願いだから、お互い手間を掛けさせないで。さっきの写真を撮らなかったせいでパラドックスが起きるのも嫌だよね?ポールさん。
SCP-8000は再び裂け目へと入っていく。裂け目の端がゆっくりと修復されていく中、ラグー管理官は目を見開いてその様子を見つめている。
回収された文書 8000.1
2024/02/13
経緯: ポール・ラグー管理官はサイト-322の管理官としての行動に関し、倫理委員会連絡員のジェレミア・シメリアンとの面談を命じられた。
筆記録
«ログ開始»
シメリアン: 近頃の行いについて、君自身はどう考えている?
ラグー: 君がここにいるということは、あまり良くないんじゃないか。
シメリアン: 私たちは友人同士だ。そうだろう?
(沈黙)
ラグー: そういうことにしておこう。
シメリアン: 本題に入ろう。君は直近14回のO4会議1のうち12回を欠席し、サイト全体の生産性――アノマリーの収容、研究活動、その他諸々――はこの3ヶ月で急落した。君のオフィスから発生している「ゴミと恥」の悪臭について16件の苦情が寄せられている。それだけじゃない。勤務中に君が居眠りしているという噂もあるんだ。
ラグー: ふむ。
シメリアン: 本当なのか?
ラグー: わからない。ただ――いや、なんでもない。
シメリアン: 働き過ぎたのか?
ラグー: どうだろう?スランプなだけだと思うが。
(シメリアンは無言でラグーを見る)
ラグー: うつ病なのか、それとも別の何かなのかはわからない。椅子に座ってその日のくだらない書類仕事をこなして、残った仕事は割り振ったら、家に帰る時間になるまで画面を見つめている。退屈なんだよ。全てがつまらなく感じるんだ。
シメリアン: 何かもっと大きな問題があるんじゃないか。
ラグー: 犬が西向きゃ尾は東ってやつだな。
シメリアン: いつからそう感じるようになったんだ?
ラグー: あるアノマリーについて調べていたんだ。それが何だったのかを思い出すのも面倒だが。で――よくわからないが――くだらないアノマリーのくだらないファイルを見ながら座っていると、全てが無駄だと感じたんだ。それが引き金になったのかもしれない。
シメリアン: そういう時もある。なあ、ポール。私は君と同じような問題を抱えた人とたくさん向き合ってきた。管理官になって何年だ?
ラグー: 8年。
シメリアン: ああ。じゃあ、普通より早いな。
ラグー: 泣き言を言って意味があるのか?必要な仕事はちゃんとやっている。そのうちやる気も戻るさ。
シメリアン: 一体何が起きているのか教えてくれ。何故そう感じるんだ?どうか私を頼ってくれ。
ラグー: 何故って?無意味なんだよ、何もかも!もう沢山だ。ただ……ちょっと落ち着く時間をくれ。そうしたらまた元通りになる。感謝はしているよ、ジェル。
シメリアン: この面談を設けたのは、君に喝を入れて、魔法のようにまた仕事を好きにさせるためじゃない。君がどれだけ仕事ができるのかなんて、君自身がよく知っているだろう。かつての働きぶりを取り戻してもらう必要がある。君が今出している以上の成果が必要なんだ。
ラグー: 言われなくたって、私だってもっと成果を上げたいんだ。でも無理なんだよ。文字通り不可能だ。だから頑張る理由もないだろう?
«ログ終了»
ラグー管理官とSCP-8000は次元ゲートウェイを出て、広大な図書館の書斎へと立入る。 開け放たれた荘重な扉からは、何十万冊もの本が並べられたマホガニー材の書架が遥か彼方まで、そして天井へと広がって立ち並ぶ景色が窺える。静謐な空気は灰と古紙の微かな匂いを運ぶ。小さな光のオーブが書架の周りを舞い、書籍と廊下を照らしている。
ラグー: 放浪者の図書館なら、前にも訪れたことがあるぞ。
SCP-8000: この図書館は僕のだよ。あいつらは無限図書館のアイデアを僕からパクったんだ。僕はアレクサンドリアから拝借したのさ。
二人は書斎を出て歩く。広々とした廊下が幾重にも連なり、その各々の正面には蔦と蔓を纏う石造りのアーチが聳え立つ。
ラグー: 3つ目の無限図書館があったなら、私が知らないはずがない。
SCP-8000: 僕は衆目が嫌いだからね、内緒にしてるんだ。とはいえ、厳密に言えばここは僕の図書館じゃない。君の図書館だ。
二人はアーチ道へ接近する。要石には「追憶の小路」と銘されている。
SCP-8000: ちょっと散歩しない?
ラグーとSCP-8000は進む。廊下の一区画へと立入る。
SCP-8000: ここにはあらゆる経験、瞬間、知識、そして感情が詰まっている。ポールさん、君の全てがここにあるんだ。
ラグー: 全てとは、どこまでだ?
SCP-8000: 体で覚えたピアノの弾き方は、かなり埃被ってるけど、あそこの上の方。君が少年時代に大好きだったサメの知識を網羅した四巻の大全はこの先。もっと奥に進むと、君が小学校時代に受けたすべての授業の一瞬一瞬を記録した本もあるよ。
ラグー: どこまで深く知っているんだ、と聞いている。
SCP-8000: 全部読んだよ。……君のことを変に思ったりはしてないから安心して。
ラグー: 例えば――
SCP-8000は視界の外へ上昇すると書架から埃まみれの本を抜き取り、ラグーの前にそれを落とす。ラグーはそれを開く。
公共プールで8歳のラグーが泳いでいる。
プール最深部にあるはしごの段を掴んで水底へと潜水した後、水面へと浮上する。これを四度繰り返す。
突然、ラグーは水面に上がれなくなる。水着の内側がはしごの脚に絡みついている。
慌てたラグーはしぶきを上げて水中から体を引き上げようとするが叶わない。水着の紐を緩めて脱ぎ捨てるように抜け出す。丸裸にはなったが、命は助かった。
この一部始終を観察していた二人の少女が、彼を凝視していた。そのうち一方は、ラグーが恋愛感情を抱いていた子だった。
ラグーは息を切らし、胸と腕に手を当てる。
SCP-8000: そう、例えばそういうのもね。
ラグー: 何だ、今のは!まるでその場にいるかのようだった。
SCP-8000: いたんだよ。君がかつていた場所に、僕が連れ戻したのさ。もう一度体験できるようにね。
ラグー: これがお前の能力なのか?
SCP-8000: 黒歴史を思い出させることが?違うね、今のはただのお試しだよ。記憶を再体験させることもできるけど、客観的な視点から見せることもできるんだ。
ラグー: 頼むよ――後生だからさ――なぜ私をここに連れてきたのか教えてくれないか?
SCP-8000: 君の失敗の記憶を探るためだよ。どういうわけか、他の人よりもずいぶん多いんだ。
ラグー: いっそもう一度沈めてくれたほうがマシだ。
回収された文書 8000.2
2024/02/14
経緯: ジェレミア・シメリアン博士は、ラグー管理官の現在の精神状態の改善に役立つと考え、ラグー管理官と親しい同僚数名を招集した。
筆記録
出席者一覧
ダニエル・アシュワース管理官
ハロルド・ブランク博士
ジェレミア・シメリアン博士
アンソニー・コイクス博士
ランドール・ハウス管理官
コール・セレヴン博士
SCP-5595
«ログ開始»
(シメリアンに案内され、ラグーはサイト-322の会議室へ入る。目の前には同僚たちが円卓状に座っており、ラグーの正面に空席がある。)
ラグー: 内政干渉か?からかっているのか?
シメリアン: そんなつもりはない。
SCP-5595: 明ラカニ、コレハ内政干渉デアル。らぐーハばかナ奴ダガ、愚かデハナイ。
(ラグーは空席にどっかりと腰を降ろし、ぶつぶつと独り言を呟く。)
シメリアン: 君のキャリアと心境について、話し合いたいと思う。手紙を用意してきてくれた者もいる。最初に発言したい者はいるか。
(セレヴンの手が上がる。)
シメリアン: コール。
(セレヴンは足元からくしゃくしゃになった一枚の紙を取り出し、読み始める。)
セレヴン: ラグーさん、この数ヶ月に経験なさった喪失感、大変お気の毒に思います。ペットを失う悲しみがどれだけのものか、私には想像することしかできません。私もペットのヤモリ、クライドがあなたの愛犬のように惨たらしい交通事故で死んでしまったらと考えると胸が痛みます。あなたの愛犬と、世界中で死んでしまった犬やペットたちに謹んで哀悼の意を捧げます。
シメリアン: コール、これはそういう――
(ラグーがシメリアンを手で制する。)
ラグー: ありがとう、コール。感謝するよ。2
シメリアン: アンソニー。
コイクス: 先週、あなたに書類を確認してサインしてもらう必要がありました。やっておくと言いましたね。なのに、数時間後にオフィスに行ったら、ナンパ師の本の下に書類が放置されていました。必要な修正をするのに5日も残業しなければなりませんでした。それだけじゃなく、あなたが欠席した6つの会議の代理を務めなければなりませんでした。残業代も貰っていません。
ラグー: なに?残業代が出ていないだと?
コイクス: あなたが貰えないようにしたんでしょう。
ラグー: いや。私はそんなことしていない。
SCP-5595: アア、ソウダッタ。アレハ私ノ仕業ダ。
ラグー: 何だと?
SCP-5595: えらす・つあー3ノちけっとヲ転売シタカラッテ、こいくすハ私ヲ最低呼バワリシタノデナ。
アシュワース: このガチャガチャマシーンは何なんだ?
コイクス: 統合対象となった最初のアノマリーです。ラグーが経理部門に置きました。
アシュワース: あまり賢明とは言えないな。
ラグー: 親切にどうも。君の意見を聞いたつもりはないけどな。
アシュワース: ただ言っているだけだ。財団のリソースをアノマリーに管理させるのは、恐らく最善の方法では――
ラグー: やめとけ、ダン。みんな、お前を見るたびに監督真司令部かんとクマしれいぶを思い出すんだからな。
アシュワース: うるせえ!
(アシュワースは去ろうとする。)
アシュワース: あれは時代の産物だったんだ!
(アシュワースはドアを乱暴に閉め、退室する。)
ハウス: 毎度のことです。
ブランク: 次は私だ。この8年間、君はその他大多数と比べてとても自立していたと思う。何か報告書を提出するときに、さっと目を通してほしいという電話やメールがたまに来る程度だった。しかし近頃、君は自信を失い、自分の方法論や哲学をただ実行することに満足できず、その中身を細かく分析するようになった。君は賢いんだ。そのように振る舞ってくれ。
ラグー: 人にアドバイスを求めることすら許されないのか?
シメリアン: 彼が言っているのはそういうことではない。
ラグー: だから何だ?ただ黙って聞いてろと言うのか?
シメリアン: 誰も君を責めていない。
ブランク: ポール、今の君にはこれが必要なんだ。人生、山あり谷ありだ。遥かなる頂に達したかと思ったのに、今は平凡の谷に戻っている。頂に比べると低く感じるから、慣れないんだ。君が諦めない限り、世界が終わるわけじゃない。
シメリアン: ランドール。
ハウス: 手短に済ませましょう。いつまでもグチグチ言うんじゃありません。私が日々どれだけくだらないことの処理に追われていると思っているんですか?文字通りのクソ地獄です。私だって時折、楽な研究で息抜きしたいですよ。
SCP-5595: 私モ気障野郎ニ同意ダナ。
ハウス: 鬱陶しいですね。正直ウザいですよ、ラグーさん。こういう悪循環は何度も見てきました。人が悩みを持つのは当然ですが、私はそんな人たちに興味はありません。なぜなら、そのうちの99%は自分が力不足だと思って泣き言を言っている人だからです。その手の被害者面にはもううんざりです。さっさと自信を取り戻して愚痴を吐くのをやめてください。
ラグー: はっ!自分のことは棚に上げやがって!
シメリアン: 君たち!「穏当に」って30回は言ったよな。
SCP-5595: 650回ハ言ッテオクベキダッタカモナ。
ハウス: ラグーにはこれが必要なんですよ。
ラグー: 君はよく人のことが言えるな?
ハウス: 言葉に気をつけた方がいいですよ。
ラグー: 君はずいぶん立派なサイト管理官どのなんだな。ゲーマーズ・アゲインスト・ウィードの奴を探させるために悪魔どもを徴用したんだろう?自分のことを白人として描かせ続けたんだろう?自信満々だな、ランディ。
ハウス: ああ、なんとでも言えばいいですよ。できるものなら、さっさとこの部屋を出てその手でしっかり人生を取り戻してみればいいじゃないですか。
ラグー: もういい。クソが。
(ラグーは立ち上がる。)
ラグー: 人生を取り戻す?やってやるさ、誰の助けもいらない。
ハウス: 口だけじゃなくなったら信じますよ。
ラグー: 見てろ。
(ラグーが退室する。)
シメリアン: 素晴らしい仕事ぶりだな、君たちは。驚いたよ。実に効果的だった。
SCP-5595: コレハドーモ。
«ログ終了»
ラグー: そういえば、尻尾を見たぞ。
SCP-8000: いいや、見てないね。
ラグー: 君がポータルへ入ったとき、一瞬見えた。
SCP-8000: そんなわけない。
ラグー: 君の体はこの図書館の中に収まり切っているんだよな?
SCP-8000: そうだね。確かに、一理ある。どんな感じだった?
ラグー: 普通のアザラシの尻尾だ。
SCP-8000: 素晴らしい。資料を更新しておこう。資料といえば――
SCP-8000は書架から書架へと素早く飛び回り、無数の本を取り出す。
SCP-8000: ほら、君についてのだ。この辺の書物には君の幼少期のことが載っている。
ラグー管理官とSCP-8000は子供部屋に現れる。壁は濃紺色。ベッドの向かいの本棚には、リトルリーグの優勝トロフィーがいくつも並んでいる。
ラグー: おい、まさか。
ラグーは部屋を歩き回り、サイドテーブルからバットマンのコミックを手に取ってページをめくる。裏表紙の内側で手を止める。
SCP-8000: それは?
ラグー: 昔、コミックの裏に自分でバットマンの漫画を描いていたんだ。そっちの方にもあると思う。
ラグーはベッドの向かい側へ足を運ぶ。
SCP-8000: どれくらい描いたの?
ラグー: 数十、あるいは数百冊か。ちゃんと覚えていないが、好きだったんだ。海洋生物学者や大統領を目指す前は、漫画の線画原稿を描きたかったんだ。「漫画の描き方」の本を何冊も買ったよ。実際にはトレースする以外にはあまり役に立たなかったが、それでも楽しかった。ただ――ある日突然やめてしまったんだ。理由ははっきりと覚えていない。学校が忙しくなったせいだったのか、それとも――ああ、まずい!
6、7歳ほどの少年がベッドにもたれかかり、静かに泣いている。周囲にはくしゃくしゃになった絵がいくつも落ちている。
SCP-8000: 大丈夫、彼には見えていないよ。見えていたらパラドックスが起きちゃうし。
ラグー: すごく奇妙な感じだ。
SCP-8000: 絵を描くのをやめてしまったと言ったね。
ラグー: やめなければよかった。夢物語だったが、まあ、人生はそんなものだろう。
女性が部屋へ駆け込んできて、辺りを見回す。
女性: 大丈夫?
女性は少年を見つけると、座り込んで目線を合わせる。
女性: どうしたの?
少年: 下手なんだ。
女性: 私はそう思わないわ。
少年: 下手なんだよ!
女性は袖で少年の頬から涙を拭う。
女性: ポール、そんなふうに自分を追い詰めていたら、何をやっても満足できなくなってしまうわ。
少年: もうやめる!魚のお医者さんになって、もう二度と絵なんか描かない。
女性: あなたが決めたことなら、何でも応援するわ。チキンカツにパン粉つけるの手伝ってくれる?
少年: ……うん。
二人は立ち上がり、部屋を出る。女性は少年の手を握る。
女性: 海洋系大学の学費なんてどう用意すればいいのかはわからないけれど――でも、あなたのやりたいことなら応援するわ。
ラグー: その日に絵を描くのをやめたはずだ。だが今見返してみると、6歳の子供の絵としては悪くないな。きっと俺はひねくれたガキだったんだろう。
SCP-8000: だった?
ラグー: 言ってくれるじゃないか。
SCP-8000: どうして諦めたの?
ラグー: 私がその分野で何か大きなことを成し遂げられる可能性は限りなくゼロに近かった。ジャック・カービーやスタン・リーのような存在になりたかったが、絶対に無理だった。私の父親は大学アメフトのスカウトをしていて、いつも見てきた選手たちの話をしていた。300人規模の高校の中では最高の選手でも、大学のフィールドに足を踏み入れた瞬間、本当の実力では最底辺になってしまうことを知っていた。父さんは一度も見誤ったことがなかったんだ。
SCP-8000: 君もその通りだと思うの?自分や他人の能力を貶め続けるなんて、ずいぶん暗い人生観だね。
ラグー: 私が何か新しいことに興味を持つたびに、父さんは決まってこの話をしたんだ。いつもだ。どんな時でも、必ず次の日の会話の中で持ち出してきた。
SCP-8000: つまり、君のことを言っていたんだね。
ラグー: お見事。
SCP-8000: ポールさん、自分の基準は自分で決められるんだよ?
ラグー: それは違う。人類史上、そうだったことは一度もない。
静かな緊張感に満ちた部屋の中、16歳のラグーは他の同級生たちと机を並べて着席している。全員が目の前にある統一テストを見つめていた。
ラグーは母親と向かい合って座り、茶封筒を開ける。
ラグー: 1520点。
女性: まあすごい!おめでとう!
ラグー: 母さん、僕はいい学校に行きたいんだよ。1520点じゃ足りない。
女性: 何を言ってるの?上位1%じゃない。
ラグー: ヘンリーもネイトもイザベラも1540点を超えてる。
女性: ネイトも?ズルでもしたんじゃない?
ラグー: そういう問題じゃない。1520点じゃ全然カス――かすんじゃうよ。
女性: 1520点も1540点も上位1%には変わりないわ。ばかばかしい、やめなさい。
ラグー: こんなんじゃ全然足りな――
女性: あなたのそういう考え方、ずっと見てきたわ。一度くらい自分のために喜びなさい。私は、あなたのことを誇りに思っているのよ、ポール。私の気持ちには意味がないというの?
ラグー: 結局、正しいのは私だった。アイビーリーグには行けなかった。
SCP-8000: 君は大学で5回も専攻を変えたね。コンピューター工学やグラフィックデザイン、料理学、機械工学と、たった1年半の間に。
ラグーは寮の自室で地べたに座りこんでいる。物理学の本が開かれていて、弾性について書かれたページが見える。ラグーは泣いている。
ラグー: 思い出させるなよ、クソが。結局生物学に落ち着いて、ストレートで卒業したよ。
SCP-8000: 他をやめたのはなぜ?
ラグー: 概念が理解できなかったから――
SCP-8000: それは違う。君は財団で働いている。君は賢いんだ。
ラグー: 本気で言っているのか?
[…]
ラグー: 新しいことができなかったからだ。私より遥かに成功した先人たちの成果を学んで、卒業したら、ただ社会の歯車になる以外に道がなかった。上に行くことも下に行くこともなく、ただその場で回り続けるだけ。そんなのは御免だったんだ。自己破滅的な行動だったのかもしれない。三回目の転科の時には指導教官にも嫌われていただろうが、無理にそんな生き方を自分に課すことはできなかった。
SCP-8000: 足跡を残したかったの?
ラグー: ああ、悪いか?
回収された文書 8000.3-4
2024/02/18 - 2024/02/19
経緯: ラグー管理官は以下のプロジェクト案を監督評議会へ発表することを承認した。
プロジェクト・シーカー
見つけた者勝ち。失くした者は泣きを見る。
プロジェクト概要: シーカー・マシンはパラテクノロジー装置です。局所的ワームホールと量子コンピューティングを利用し、シーカーの使用者は未発見のアノマリーを探索するための特定のパラメーターを入力できます。ワームホールと連動したシーカーの人工知能システムは、3500万の並行地球のタイムラインと経験に基づいて、未発見のアノマリーの位置、分類、能力を予測することが可能です。
GUIインターフェースを介して、使用者はシーカーが探索すべきアノマリーの種類と、検索対象とする並行現実の数を指定する複数のパラメーターを入力できます。シーカーは最良の結果を返し、並行宇宙におけるアノマリーの発現を引き起こした要因と、地球上での位置情報を提示します。
経緯: 監督評議会に対してラグー管理官が行ったプレゼンテーションの一部。
筆記録
«ログ開始»
O5-2: 管理官、仕事をただの自己主張の場だと思っているのですか?
ラグー: そうではありません。
O5-2: 私には何百万ドルもつぎ込む必要性が見出せませんが――
ラグー: 私の見積もりでは――
O5-2: なるほど、もっとですか。何十億ドルもの財団の資金を、我々が既にやっている事を行うための空想上の機械につぎ込むなんて。あなたの自己満足以外に、必要性が見出せません。
(O5-13の席にはコピー機が置かれている。コピー機が声を上げる。)
O5-13: 近頃ハ、大型機械ガ大ぶーむデス。
O5-1: 君がコレに興味を持つとは。驚いたよ、13号さん。
O5-13: ソノ呼ビ方ハヤメテクダサイ。
O5-2: 「大型機械が大ブーム」だと言ったのは誰でしょうか?
O5-13: さいと-17ノでぃーぷうぇるデス。
O5-1: あいつらが良い成果を出したことが一度でもあったか?いつも現実を崩壊させたり、神々を殺したり――
O5-2: 誰かさんが奴らに金をバラ撒き続けているからでしょうね。
O5-13: ワタシハ一生こぴー機ノ中ニ閉ジコメラレテイルノハ御免ナンダ。ワカリマスカ?
ラグー: 実は、今回の件でサイト-17のディープウェルにも相談しました。
(O5-7がキーボードを打つ。)
O5-7: 自分の首を絞めるのはやめろ。
O5-5: また会えて光栄とでも言うべきかな、ミスター・ラグー?まず、これは素晴らしい案だと思うよ!どうやって思いついたんだ?とてもクールだ。……さて、これはきっと財団に利益をもたらすだろう。しかし、私は君の意図が気になるんだ。倫理委員会のシメリアンがまとめた報告書を読んだが、君は軽い鬱状態にあるらしいな。
ラグー: そういった会話は機密事項では?
(O5-7がキーボードを打つ。)
O5-7: 我々はHIPAAヒーパー4のような細かいルールに縛られているわけではない。
O5-13: せぶん、ココハかなだデハナイノデスカラ、びーばーナンカ関係アリマセン。急ニ変ナ冗談ヲイワナイデクダサイ。
O5-1: ポール、ファイブの質問に答えてくれないか?
ラグー: ええ、確かに私がうまくいっていなかったのはそうですが、それは私的な事情によるものです。自らと向き合いその原因について考えた結果、私のサイトと私自身が、常に刺激的で革新的な研究の最前線にいられるよう、このプロジェクトを立ち上げることに心血を注ぎました。
O5-2: 我々はこの惑星の隅々にまで異常存在検出機を設置しています。それを根こそぎ取っ払えと?
ラグー: いいえ、これは別の取り組みです。これは将来を予測するためのものです。確かに、我々が持つ異常存在検出システムは最高峰のものですし、そのことを否定することも、このプロジェクトの方が優れているように見せようとも思いません。こちらはリアルタイムなのです。異常が実際に発生する前に、いつ、どこで、なぜ異常が発生するのかを示してくれます。このようなものは他にありません。
«ログ終了»
経緯: 監督評議会に対してラグー管理官が行ったプレゼンテーションについての会話。
筆記録
«ログ開始»
コイクス: どうでしたか?
ラグー: 承認されたよ。
コイクス: あの「臆病者マシン」が?
ラグー: 「人生取り戻しマシン」とでも呼んでほしいが、ああ、承認されたよ。
コイクス: 私はあなたのことを知りすぎているのかもしれませんが、私がその薄っぺらな見せかけを見抜けるならば、彼らにも見抜けるのではないかと。
ラグー: そうだな。彼らはわかってたよ。
コイクス: ……何をしたのですか?
ラグー: ディープウェルには連絡していないし、こいつを異常存在検出なんかのために作ったわけでもない。
[…]
ラグー: 嘘をついたんだ。
«ログ終了»
ラグー: 私が君を分析していたらどう思う?私は実験材料じゃないんだぞ。
SCP-8000: 僕への質問は自由にしてもらっていいよ。
ラグー: 名前はあるのか?
SCP-8000: うーん、ないんだよね。何でかは覚えてないけど。その質問をされたのも久しぶりだよ。
ラグー: そうか。君はウィリアムって感じだな。でも「ウィル」じゃない。どちらかというと「ビル」だ5。
SCP-8000: その基準は何なの?
ラグー: 毛のないものを見ると「ビル」って名前が頭に浮かぶんだ。何故かはよく分からないが6。
SCP-8000: 僕には毛がある。体中毛だらけだよ。君の目は節穴なのかな?
ラグー: ああ、だがハゲてるように見える。なら、グレッグはどうだ?
SCP-8000: 名前の由来があった方が特別感があってよかったな。
ラグー: じゃあ、フランシスだ。フランキーと呼ぼう。
SCP-8000: どうして名前を決めていなかったのかを思い出したよ。「こんにちは、ポールさん。私はフランキーです」なんて言ったら、真面目に相手にしてもらえないからね。
ラグー: 君は信じられんほど長いアザラシなんだぞ。そのふざけた設定を活かせよ。
SCP-8000: 僕の行動と、偶然にも間抜けたアザラシに似ているという見てくれの不一致は、それだけで十分に笑いを誘える異常な設定だと思うよ。
ラグー: 異常の専門家は私だ。何かしらの名前は必要だ。数年前、私が扱った奴は――
SCP-8000: スクリムショウと鯨骨彫刻の神7のことでしょ。スコルドーはいかにもらしい名前だ。僕の考え方とはちょっと違うけどね。
ラグー: 名前を決めてくれ。
SCP-8000: お、この記憶も面白そう。
ラグー: ああクソ、またか。
SCP-8000: 君を見ていると、君はかなり執着気質な性格のようだね。でも、どんなことでも満足することがないらしい。子供にしては画力は悪くなかったし、人によっては羨まれるレベルだったはずだよ。それでも、君にとっては足りなかったんだ。完璧を追求しすぎたあまり、君は諦めてしまったんだ。
ラグー: 将来性がないと分かったら、やめるのも悪くないと思うがな。
SCP-8000: 君は基本的にどんなことでも同じことをする。学業でも、娯楽でも、その他なんでも、上達していく中で少しでも逆境の兆しを感じたら、すぐに投げ出してしまう。
SCP-8000は近くにあった黒い文庫本を手に取る。
ラグーは大学の学内バスケットボールリーグでプレーしている。
試合は第4クォーターで同点。ラグーのチームがボールを持ち、残り時間は15秒。両チームともタイムアウトは残っていない。
ボールがラグーのチームメイトに渡ると、すぐさま2人の相手ディフェンダーから圧力をかけられる。反対側のコーナーにいる別のチームメイトに素早くパスを送る。残り7秒。
パスを受けたチームメイトはシュートのフェイントをかけ、ペイントエリアにドリブルで切り込む。さらにレイアップのフェイントをかけてからラグーにボールを投げる。残り3秒。
ラグーはパスを取り損ねる。ボールは相手ディフェンダーの手元に跳ね返り、相手チームがゴールに向かって速攻を仕掛ける。残り1秒。
相手選手がスリーポイントラインの後ろからシュートを放つ。ボールはバスケットに吸い込まれ、試合は幕を閉じた。
ラグーは退場。試合後のミーティングも欠席した。次の練習にも姿を見せることはなかった。
ラグー: おい、この記憶は性格と関係ないだろ!確かに絵の件は幼稚だったし、希望の大学に行けなくて腹を立てていたのも事実だ。これは恥ずかしいだけだ。
SCP-8000: そういった出来事を軽視するのは自由だけど、今の君に大きな影響を与えてるんだよ。
ラグー: そんなのは何にでも言える。それが社会化のプロセスってもんだ。
SCP-8000: たった1試合負けただけで辞めてしまった。そんなに恥ずかしかったのかい?
ラグー: 確実に勝てるパスを受け損なった後に、チームメイトと顔を合わせるんだぞ。クソ恥ずかしいに決まっているだろ。
SCP-8000: どうしてそこまで嫌がるのさ。恥ずかしい思いをするのは、人生の中でよくあることだよ。
ラグー: いいか、君は偽善者なんだ。名乗った時に人からどう思われるかを恐れ、名前を持とうとすらしない。バスケで負けたのは私のせいだ。他の誰でもない。世に絵を出さなかったのは、他人に見てもらえるような出来ではなかったからだ。アイビーリーグのどこにも入れなかったことに腹を立てたのは、私はそこに行けるほど賢いのだと周りに示すことに失敗したからだ。君も私と同じだ。私にまだできることがある限り、このバカどもに私より優秀だと慢心させてやるつもりはない。
SCP-8000: やっとやる気が出たね。
ラグー: ああ、そうかい。はいはい。やられたよ。御見事だ。君が偽善者であることに変わりはないがな。
SCP-8000: 僕の名前はウォレスだよ、ポールさん。略してウォーリー。僕は昔も今もずっとウォレスだけど、君はまだ自分が招いた状況から抜け出せていないんだ。僕は君を助けようとしているんだと分かってもらえると嬉しいよ。
回収された文書 8000.5-8
2024/03/13 - 2024/03/20
経緯: シーカーにより発見されたアノマリーの略述総覧。
SEEKER.01
入力宇宙数: 104,257
パラメーター: '近距離' '生命' '大きい' '危険' 'フィラデルフィア内'
シーカーによる発見: フィラデルフィア・フィリーズの本拠地、シチズンズ・バンク・パークにてアノマリーが特定された。
概略: SCP-01-SEEKはフィラデルフィア・フィリーズのユニフォームを着用している、緑色で丸々とした鳥類に類似するキメラヒューマノイドである。SCP-01-SEEKは知性と感覚を有し、会話が可能。
筆記録
ラグー: 着ぐるみじゃないって言うのか?
SCP-01-SEEK: 着ぐるみじゃないよ。
ラグー: まさか生き物だとはな。
SCP-01-SEEK: うん。僕の本読んだ?全部書いてあるよ。
ラグー: ああ、君がガラパゴス諸島出身だと書いてあるのは知っている。だが、ヘンソン・モンスター・ショップ8がファナティック9を生み出したとする歴史的資料があるんだ。
SCP-01-SEEK: チャールズ・ダーウィンに会ったこともあるよ。
ラグー: ほう、そうなのか。
SCP-01-SEEK: 70年もの間、反進化論を広めてきたのさ。学校選択制を思いついたのも、僕なんだよ。
ラグー: 何故ダーウィンは君のことを記さなかったんだろうな。
SCP-01-SEEK: 書かせないようにしたんだ。
ラグー: どうやって?
SCP-01-SEEK: 「食べちゃうぞ」って言ってね。
ラグー: 信じるわけがないだろう?
SCP-01-SEEK: 助手を食べてやった。
ラグー: 本気か?
SCP-01-SEEK: 丸呑みだよ。
ラグー: そりゃいいや。
SCP-01-SEEK: 僕の鼻の穴はね、蛇の口みたいにかっぴらくのさ。
ラグー: 人間を好んで食べるのか?
SCP-01-SEEK: 一番の娯楽だよ。
ラグー: 倫理的に大丈夫なのか?
SCP-01-SEEK: サメが人間を食べたら怒るの?
ラグー: サメは自分から人間を襲わない。
SCP-01-SEEK: 僕が人間を襲うだなんて、一言も言ってないよ。
ラグー: 襲わないのか?
SCP-01-SEEK: 襲うよ?大体は子供かな。僕に気付くまで、じっと戸口に立っているのが好きなんだ。
ラグー: 私をビビらせようとしているのか?
SCP-01-SEEK: 僕のホットドッグキャノンは知ってる?あそこに入れるホットドッグは人肉でできてるんだ。僕が狩った人間のね。
ラグー: 心惹かれるね。
SCP-01-SEEK: 僕が発射したホットドッグが君に当たったことはある?
ラグー: ないね。
SCP-01-SEEK: 人肉でできているんだよ。
ラグー: そんな姿の生き物が存在する上に、200年近くも生きていて、しかも人間を食べるなんて、さすがに信じられないな。
SCP-01-SEEK: 君が僕に食べられることはないと思い込んでいるのが、むしろ信じられないね。
SEEKER.04
入力宇宙数: 30,124,610
パラメーター: '大きい' '恐ろしい' '危険' 'モンスター'
シーカーによる発見: アメリカのフロリダ、エバーグレーズにてアノマリーが特定された。
概略: SCP-04-SEEKは時空連続体内を転移可能な人型アノマリーである。
筆記録
ラグー: やあ?
SCP-04-SEEK: よお、どうした?
ラグー: ここに住んでるのか?
SCP-04-SEEK: いいや。ちょっと休んでるだけだ。
ラグー: どうやってここに?
SCP-04-SEEK: テレポートするのが好きでな。
ラグー: それだけ?
SCP-04-SEEK: タイムトラベルもできるぞ。
ラグー: その能力で何か特筆すべき事件は起こしたのか?
SCP-04-SEEK: 騎士とか王族がいた時代、ガキの死亡率がひどかったのを不思議に思ったことはないか?
ラグー: 特には。
SCP-04-SEEK: 俺が過去に戻ってガキどもを食ってるんだ。
経緯: ラグー管理官は最初のシーカー試験参加者との会議を開催した。
筆記録
«ログ開始»
ラグー: お前たちは何をしやがったんだ?
ハートウェル主任技術官: ……お望みのマシンを作ったつもりだが?
ラグー: 何故食人鬼ばかり吐き出しやがる?
ワッカーマン技術官: ひょっとするとAIの中では「食人鬼」と「危険」のパラメーターが強く結びついているのかもしれません。
ハートウェル主任技術官: ひょっとすると、パラメーターが具体性に欠けているからだろう。
ラグー: ひょっとすると、私はお前みたいなのでもわかるクソ具体的な指示を出さなきゃいけなかったのかもな、ハートウェル。これはな、ロッカーに突っ込んで「はいおしまい」みたいなどうでもいいものを見つけるための機械じゃないんだよ。
ハートウェル主任技術官: 仕様書には書かれていなかったが。
ラグー: 行間も読めないのか!
コイクス: ポール、それはおかしいですよ。
ラグー: いや、いいや、そんなことはない。このプロジェクトには何十億ドルもかかっている。私の命運もかかっているんだ。世界を滅ぼすような脅威を、実害が出る前に発見できると示さねばならない。
コイクス: 誰がそんなことを言ったんですか?
ラグー: 誰が何を言ったって?
コイクス: 世界を滅ぼす脅威を発見する必要があるなんて誰が言ったんです?監督者たちですか?
ラグー: 私だ!この私が見つけなきゃならんのだと言っている!赤子を食うくすぐりエルモを吐き出すだけで10億ドルもするようなパラテックにあぐらを掻くつもりはない。そんなことをしたら、私がどれほど笑い物にされるかわかるか?
コイクス: 落ち着いてください。
ラグー: 次に余計なことを言ったらサイト-120行きだ。ポーランドだぞ、アント。ジム、スキャンできる宇宙の上限数は?
ハートウェル主任技術官: 3500万かそこらだ。
ラグー: もっと増やしてくれ。
ハートウェル主任技術官: 頭おかしいんじゃないのか?それは無理だ。全体を組み立て直さなければならなくなる。
ラグー: 何故だ?
ハートウェル主任技術官: 原理的には――恐らくだが――4000万までなら上げることはできる。だが、そうなると――
ラグー: 増やせるんだな?
ハートウェル主任技術官: ああ。
ラグー: 上限は?
ハートウェル主任技術官: 上限はない。いいか、あのマシンの安定化には――
ラグー: お前が作ったんだろうがジム。壊れたら直せばいい。それだけだ!
ハートウェル主任技術官: 宇宙の上限数は弄らない。
ラグー: 好きにしろ。私は構わん。
コイクス: バカなことをする前にちょっと待ってください。あなたは工学部で落第したんですよね。
ラグー: お前はポーランド語の勉強を始めておけ。
«ログ終了»
SCP-8000は舞い上がり、18冊の革装本を回収する。全てにSCP財団のロゴが描かれている。
SCP-8000: 君は勤続8年目のサイト管理官だ。それに比較的若いだろ?見た目とは裏腹に。
ラグー: ああ、そりゃどうも。
SCP-8000は本を1冊手に取り、ページをパラパラめくる。
SCP-8000: 君は結構早くに出世したけれど、ほとんどは重要人物たちとの繋がりのおかげだね。
ラグー: よっぽど私の自尊心を崩したいんだな。
SCP-8000: 批判してる訳じゃないんだよ、ポールさん。単なる事実だ。君に資格がなかったわけじゃないけど、その資格を得たのもムースさんやマッキンスさんといった人たちが与えてくれた機会のおかげなんだ。
ラグー: 誰にでもチャンスはあった。私が管理官に抜擢された時、誰にも仕事を強制されていないし、管理官になれる地位の人間は他にいなかった。
SCP-8000: どうして君はサイト管理官なんだろうね?
ラグー: 私にどうしてほしいんだ?自慢話か?私が一番適任だったからだろう。わからないさ。タイミングがよかったんだ。
SCP-8000: 正直に話すって約束は覚えてる?ポールさん。これは1993年の君とアンソニーさんの会話だ。
ラグー: あの腐れ野郎がついにサイト管理官になりやがった。
コイクス: ハウス一族は40年代から妖魔界実体どもの対処をしてきました。当然の成り行きでした。
ラグー: いや、そんなのはデタラメだ、アント。それのどこが公平なんだ。
コイクス: 公平とは言っていません。
ラグー: 奴は私より2歳も下なんだぞ!畜生が!
コイクス: 何をそんなに怒っているのですか?あなたは25歳で上級研究員なんですよ。私は34歳まで上級の肩書きはおろか、自分のプロジェクトと呼べるものに嗅ぎつけることさえありませんでした。
ラグー: 私はこの組織に入って以来、一方的な防戦をランドールと続けてきた。 今や、奴が圧倒的優勢だ。
コイクス: ああもう。あなたは時々手がつけられなくなりますね。気を確かに持って、オフィスに戻って事務仕事の山を片付けてください。ここで私に文句を言っていても監督者にはなれません。
ラグー: あの頃はガキだったし、嫉妬もしてた。
SCP-8000: どうして嫉妬したの?ランドールさんとは友達だったんでしょ?
ラグー: ああ。
SCP-8000: ランドールさんのことが嫌い?
ラグー: 嫌いじゃない。今までも嫌ったことはない。ランドールは入職当時から良く指導してくれた。
SCP-8000: でも、あの時の君は憎悪に満ちていた。
ラグー: なんだっていうんだ。どうしてこんなことになるのさ。
(SCP-8000がじっとラグーを見つめる。)
ラグー: 私が先に管理官となるべきだったと思っていたんだ。
SCP-8000: どうして?
ラグー: そうすれば私の不安は一つ残らず払えると思った。もしランドールに先んじていたら、私が管理官に相応しくないという視線を向けるような奴はいなかっただろう。
SCP-8000: なんであれ、結局は自分のサイトを手に入れたじゃないか。
ラグー: 手に入れたところで、そんなのは残念賞みたいなものだった。クソっ。私はなぜこうも自分を苦しめるんだ?
SCP-8000: 満足できなかったの?
ラグー: 満足……できるはずだった。私は――私は何か大きなことを成し遂げたかったんだ……自分の名前を冠した何かを作りたかった。私の人生はずっと、たった一歩だけ、追いつけずにいる。ほんの少し、誰かに認めてもらえるだけでよかったんだ。全部わかってるだろう!
SCP-8000: 宇宙安全保障の最大責任者たる財団が、「残念賞」としてサイトを贈るなんて思い込み、ちょっとバカげてると思わない?
SCP-8000は別のページをめくる。
ラグー: 収容に関して、異常存在アノマリーである君の意見が必要だ。
SCP-5595: ソノ言葉、君ガ言ウト悪口ニ聞コエルナ。
ラグー: こっちは気が狂いそうなんだ、勘弁してくれ。若い研究員の一人が今日に限ってインフルにかかったんだ。それでこの退屈なプロジェクトを代わりにやれるやつがいないんだ。
SCP-5595: ソレハナンダ。
ラグー: 入れたパンを違う種類のパンに置き換えるトースターだ。Anomalousアイテム一覧に登録されている。
SCP-5595: ソレガ私ヨリ優レタ存在ダト思ッテハイナイダロウナ。
ラグー: いつからそんなに心配性になったんだ?
SCP-5595: 君ヲ見習ッタ。
ラグー: こんなところでこんなくだらないことを書かされているなど信じられん。私は管理官だぞ。こんな仕事をしてていいはずがない。
SCP-5595: 誰カヲ率イタ経験ハナイノカ?君ノ仕事ハ、他ノねずみドモガ食ベキレナカッタ残飯ヲ片付ケルコトダ。奴ラハ――私ハ――世界ガ爆発シソウナ時ダケ働イテモラウタメニ給料ヲ出シテルンジャナイ。私ハ君ヨリモ有能デアルノニ、タッタ1日デ降ロサレタ。
SCP-8000: 君は求めていたものを手に入れたっていうのに、それでもまだ満たされていない。
ラグー: 限界だ。もうやめてくれ。分かったから。言いたいことは分かった、本当だ。
SCP-8000: 本当に?君は認められたいって言ってたけど、もう認められてるよ。サイト管理官になる前も、成功はしていたじゃないか。君は若いのにとても高い地位に就いた。なのにそれに飽き足らず、もっと上を目指した。アンソニーさんだってそう言ってた。サイト管理官になったとき、それに伴う責任は君が思っていたものではなかった。目新しい仕事だったから、しばらくは何とも思わなかっただけだよ。
ラグー: 向上心のせいで世界一の最低野郎になるなら、認められることには何の意味もない。私の人生はもう頭打ちだ。子供の頃から欲しかったもの――金、権力、名誉、気にかけてくれる友人――全て手に入れたが、それでもまだ足りない。ここから何を目指すというんだ?これ以上はもう何もないんだよ。
SCP-8000: そうだね。君はもう全部手に入れた。それでも、これからも、何かを追い求め続ける。
回収された文書 8000.9-10
2024/03/22
経緯: シーカーが発見したアノマリーの略述総覧 (続き)。
SEEKER.13
入力宇宙数: 629,814,230
パラメーター: '' '生命' '知性' '武器' '前時代'
シーカーによる発見: ネバダ州の砂漠にてアノマリーは特定された。
概略: SCP-13-SEEKは映像作品で広く描写されるカウボーイに似た人型知性体である。SCP-13-SEEKは全身がスパゲッティで構成されている。
筆記録
SCP-13-SEEK: やあ、そこの人。
ラグー: 君の異常性は何だ?
SCP-13-SEEK: 名前はあるのかい?
ラグー: さっさと教えてくれ。君はどういう生き物なんだ?
SCP-13-SEEK: そんなに急いでどうするつもりなんだい、友よ。俺はスパゲッティ・ジョーンズ、こいつは俺の馬のリッキー・トニーだ。
(SCP-13-SEEKと馬が同時に一礼する。)
ラグー: 何者なんだ?
SCP-13-SEEK: 風の吹くまま赴く男さ。
ラグー: つまり、特別なことは何もしないんだな。
SCP-13-SEEK: そうとも言えるな。平和な人生さ。
ラグー: 君は普段、何を食べる?
SCP-13-SEEK: 食べ物さ。
ラグー: 例えば?好物は何だ?
SCP-13-SEEK: おいしくてジューシーなステーキが大好きだよ、焼き方はレアでね。
ラグー: 牛の肉か?
SCP-13-SEEK: 他の生き物でステーキを作れるとは思えないが。
ラグー: なるほど、わかった。君は今を1870年だと思ってるスパゲッティ男なんだな。
SCP-13-SEEK: 1870年じゃないのか?
ラグー: 君が私だとして、何か素晴らしいものを探していた時に君を見つけたら嬉しいと思うか?
SCP-13-SEEK: 俺は自分に満足しているよ。俺はいい男だと思う。リッキー・トニーもいいヤツだ。俺は満足してる。よくないことかな?
ラグー: そんなことは聞いていない。
SCP-13-SEEK: 本当にそうか?相棒。君は自分に満足しているか?
ラグー: 10億ドルの機械が君を見つけたなんて、私は喜ばしく思えないね。
SCP-13-SEEK: はあ、見つけてくれなんて俺は頼んでないよ。それに俺の質問に答えてないな。
ラグー: 君ではダメなんだ、すまない。
SCP-13-SEEK: 友よ、君はとんでもなく失礼だったが、どうか良い夜を過ごしてくれよ。
(SCP-13-SEEKと馬は同時に一礼し、ラグーから離れていく。)
SEEKER.22
入力宇宙数: 932,143,994
パラメーター: '' '生命' 'KETER' '敵対的' '機械的'
シーカーによる発見: アメリカ、ニューヨーク市の住宅にてアノマリーは特定された。
概略: SCP-22-SEEKは知性を有する“くすぐりエルモ”ブランドのおもちゃである。
SCP-22-SEEKの知性は腹部をくすぐる動作と組み合わせて直接会話を試行した後にのみ観測が可能である。SCP-22-SEEKは架空のキャラクターであるエルモのように会話するが、エルモの性格とは一切が異なる。
筆記録
ラグー: 君は子供を食べるのか?
(ラグーがSCP-22-SEEKをくすぐる。)
SCP-22-SEEK: ハハハ。ハハハ。いいや。頭だいじょうぶ?
ラグー: ここ数日、忙しくてな。
(ラグーがSCP-22-SEEKをくすぐる。)
SCP-22-SEEK: ハハハ。ハハハ。エルモ、子供を食べるモンスターの気がしれないや。エルモは大人にやみつき。ずっと肉が多いから。
経緯: シメリアン博士はラグー管理官に緊急会議出席を命じた。
«ログ開始»
ラグー: ジェル、正直に言っておくが、今の私はペンが転がっただけでもキレるぞ。
シメリアン: どれだけ言葉を選んで話せばいいのかわからない。君のことが心配――
ラグー: この惨めな一月の間、独力でやってきた。君は私に必要な仕事をしてほしかったんだろう。私は最も危険な未収容アノマリーを探し出し、収容している。
シメリアン: 君は25のアノマリーを発見したが、そのほとんどは人肉を好む。
ラグー: 本気で言っているのか。君なら基礎科学の仕組みくらい分かっているだろう!今、調整をしているんだろうが!この無意味な打ち合わせに連れて来られるまでは、それも終わりそうだったのに。
シメリアン: 具体的に何を見つけたいんだ?神か?
ラグー: それも悪くないな。
シメリアン: それで見つけたらどうするんだ?収容も自分一人でやるのか?この状況を全体的に見直す必要がある。
ラグー: 私は今、人生のあらゆる問題を解決する寸前なんだ。
シメリアン: 技術官たちと会ってきたがね、宇宙の数が10億を超えると、本当に、とんでもなく最悪な結果になると断言していた。君のサイトにあるものは時限爆弾と同じだ。君自身や他の人たちを危険に晒しているのが分からないか?
ラグー: 今日で最後にする。パラメーターをいくつか変えたから、これで本当に探し続けていたものが見つかるさ。誓って、これが最後だ。じゃあな!
(ラグー管理官が退室する。)
«ログ終了»
経緯: ラグー管理官はシーカーが次に発見するアノマリーを発表するためにサイト-322の全職員を会議に招集した。
«ログ開始»
前記: ラグーはサイト-322の全職員にシーカー研究所へ集まるよう命じた。
ラグー: 何故皆をここへ呼びつけたのか不思議に思っていることだろう。本日、私は輝かしい成果を手にする。この素晴らしい機械が本日発見するアノマリーは、食人鬼ではなく、私の、延いては皆の最高傑作となるだろう。
(まばらな拍手)
ラグー: 大変な仕事だった。あまりに過酷だったとも言える。シーカーを完璧に調整し――
コイクス: あの機械、爆発しそうですよ。
ラグー: そう悲観的になる必要はあるのか?全ての準備は整っている。パラメーターは入力済みだし、ワームホールに対応するために安定化装置も再設定した。
ハートウェル主任技術官: なんだと?
ラグー: 後はこのボタンを押すだけで――
(カメラ映像が途切れる。)
«ログ終了»
二人は大広間の最も暗い部分へと歩を進める。金色の発光体の姿はなく、ガラス片が浮遊しているかのような、ぼんやりとした小さな光に変わっている。
SCP-8000: 君にとって、これはまだ起こっていない。直前に無理やり君を引き離したけど、君はもう決断を下した。それが僕らをここへ導いたんだ。
書架はどんどん空になっていく。
SCP-8000: 今、君を解放して一人にしたら、これら全てが起こってしまう。僕と出会う前の会議を覚えてる?
ラグー: いや、会議があったことは覚えているが、詳細は覚えてない。
SCP-8000: 僕はいつも、疲れた旅人が何故こうなるのか不思議なんだ。みんな忘れっぽいんだよね。
SCP-8000とラグーは最奥の書架に接近する。その向こうには計り知れない虚空が広がっている。書架には一冊の本だけが置かれている。それは白く、背表紙は焼け焦げて失われているようである。
SCP-8000: 読んでみて。
心配する友人との議論。
中途半端な干渉。
プロジェクトの提言。
監督評議会への不誠実。
自分だけが自分の問題を解決できると信じて疑わない、厚顔無恥な頑固者。
到達不可能な理想に届くはずもない、四体の生物。
男の頑固な性格が、最後に手を差し伸べてくれた人に向かって燃え上がる。
避けられたはずの過ち。
ラグー管理官とSCP-8000は河川沿いの堤防にあるクレーター内に現れる。水晶片やコンクリート塊、鉄筋塊、ガラス塊が一帯に散乱している。空気は熱く、硫黄の臭いが立ち込めている。ラグーは周囲を見渡すと、その表情に明確な恐怖が浮かぶ。
SCP-8000: ここがどこかわかる?
ラグー: 私は――
SCP-8000: わかってるよね。聞くまでもないけど。
[…]
ラグー: 一体、何が。
SCP-8000: シーカーマシンがメルトダウンを起こしたんだよ、ポールさん。自壊してしまった。ワームホールというのは気まぐれなものだ。僕が一番よく知ってる。不安定ではあるけど、君はかなり頑丈なマシンを作り上げた。栄光を求める君の執念深さで、その限界を突き破ることができたんだ。でも、君が入力したパラメーターの組み合わせは、既知のどの宇宙にも存在しなかった。あまりに特異で、あまりに不可能なものだったから……マシンは破綻したんだ。
ラグーは辺りを歩き回り、ボロボロの衣服や実験器具を見つける。
SCP-8000: 君のサイトはもうない。
ラグーはかつて自らのデスクだった木切れに出くわす。
SCP-8000: 君の仲間はもういない。
ラグーは泥を掘り返し、サイト-322のカードキーを提げていた自身のネックストラップを見つける。
SCP-8000: 君は、もういない。
(沈黙)
SCP-8000: ポールさん?
ラグー: 君は、こうなると言ったな。それで、もう起きてしまったのか?
SCP-8000: 君と僕が出会わないタイムラインではね。
ラグー: 止めてくれたのか?
SCP-8000: ポールさん、僕は何も止めていないよ。僕の注意がそもそも君に向いたのは、この悲劇のせいだ。僕は毎日のように、死と破滅を目にしている。そのほとんどは集団で下された決定に関わるもので、その理由は過去を振り返ればわかるはずなんだけどね。でもさ、ポールさんの場合は特別だって言ったでしょ?僕は君の過去を遡って、今回の件の引き金になるような出来事を探したんだ。でも、そんなものは見当たらなかった。君はこれまでずっと、自分の判断や周りの忠告を無視し続けてきたね。自分の悪癖を燻らせて、手に負えない炎にまでしてしまったんだよ。その結果がこれだ。
ラグー: 何故こんなことに?やり直させてくれ、頼む!私は直せるんだ。できる。できるんだよ。君なら私にチャンスを与えられるはずだ。お願いだ――過去に戻してくれ!
SCP-8000: 僕はもしかしたら、もしかしたら止められるかもしれないと思ってた。君が深みに飛び込む瞬間に介入することで引き戻せないか試した。シメリアンが最後の命綱だったんだ。だからそこから始めるのは自然の流れだった。
ラグー: なんてことだ、信じられない。こんなことがあっていいはずがない。
SCP-8000: 僕も尽力したんだよ、ポールさん。信じてほしい。でも君は頑固だ。僕が見せようとしたもの全てを拒絶した。
ラグー: わかってた。全部わかっていたよ。私は自分自身と向き合うこともできないただのクソ野郎だ。私はクソだ。それを知ったところで何の意味がある?私は私だ。絶対に満足なんてできない、それが現実だ。
SCP-8000: その考えが今の状況を招いたんだよ。
ラグー: 一人じゃ直せやしない。
SCP-8000: できるさ、一人で。自分を振り返らなければならない。僕が見てきたものを見て。君には成功体験があるけど、それをありがたく思う必要があるんだ。
ラグー: どうやって?君が見てきたもの全てをどう直せと?
SCP-8000: 自分を信じることができなかった子供が、今度は他人に信用されないことに耐えられない大人に育った。でも、今の君は違う。
SCP-8000がヒレで砂にバットマンのロゴを描く。ラグーは涙を滲ませる。
SCP-8000: ポールさん、残酷なことをするのは僕の本分じゃない。ここから出よう。
SCP-8000は本を閉じる。二人は図書館に戻る。空気はより静まり返り、光の破片は消え去り、ほぼ完全な暗闇に包まれる。
ラグー: 自分に満足できない。ずっとそうだった。
書架がガラガラと音を立てる。
SCP-8000: 知ってる。
ラグー: このままではダメだ。こんな――こんなことするために生まれたんじゃない。
SCP-8000: みんなそうなんだよ。でも、みんな自分で道を見つけるんだ。君もそうしてきただろう?
ラグー: あれだけの労力と時間が水の泡になるなんて、私には耐えられない。これまで努力してきた全てが、荒れ地のど真ん中のクレーターと化すなんてごめんだ。自分の起こした問題を微笑んで見ているような、中途半端な抜け殻になっていいはずがない。
SCP-8000: 自分を信じる?
ラグー: クソ、私はどうしてしまったんだ。
書架が荒々しい音を立てて揺れる。本が書架から躍り出るように次々と落下し、床に勢いよく叩きつけられる音が広間に響き渡る。
SCP-8000: 君には問題があるかもしれない。だけど、この状況を打開する力が君にはあるんだ。
ラグー: なんてことだ……私はあそこで人生を過ごしてきて、友人もできたんだ。私が追い求めてきたものは全てあの建物の中にあった。これが私の成功だったんだ。これこそが私の成功だ。自分の成したことに快哉を叫ぶよりも、自分と向き合うことができないことを嘆く時間の方が長かった。
二人の足元が唸りを上げる。ラグーの足元が強大な力で殴られたかのようにひび割れる。雹が降るような音を立てながら、さらに多くの本が二人の背後に落ちる。書架に沿って生えた蔓と群葉が、まるでハリケーン級の風に吹かれているかのように揺れる。
SCP-8000: 自分を、信じるんだね?
ラグー: こんな生き方はもうたくさんだ。自分が全く力不足だと感じるのにも疲れた。誰かが幸せそうにしているのを見て妬むのもやめる。私は十分優秀なんだ。ずっとそうだった。
突然、ラグーの背後にある空の書架が光を放つ。唸りが止む。本が浮き上がり、元あった場所へ戻っていく。葉は通常の姿に戻る。ラグーの足元の亀裂はそのまま残る。
SCP-8000: ポールさん。自分を、信じるかい?
ラグー: 私を信じる。私ならこの状況を修復できる。
SCP-8000: なんだ、できるじゃないか。
以前は何もなかった書架が、今は大きさも形状も様々な何百冊もの白い本で埋め尽くされている。ラグーは驚き、それらを眺める。
ラグー: これは?
SCP-8000: まだ書かれていない記憶だよ。君の人生はもはや早すぎる結末を迎えるものじゃない。今なら、家に、友人のもとに、仕事に戻ることができる。君なりのやり方で成功を収め、これらの本を埋めていくことができるんだ。
ラグー: もう未来は決まっているのか?
SCP-8000: 違うよ、ポールさん。これらの本はまだ白紙なんだ。君がこれからするあらゆる選択によって、中身が書き込まれていくのを待っているんだよ。君は、これから戻って、僕が伝えたアドバイスや知識をすべて無視することもできる。そうすれば、これらの本はまた消えてなくなるだろうね。それか、戻ってたくさんの新しい記憶を作り、僕に新しい読み物を提供することもできる。これからどうするかは、すべて君次第なんだ。
回収された文書 8000.9-10
2024/03/22
経緯: シメリアン博士はラグー管理官に緊急会議出席を命じた。
«ログ開始»
ラグー: ジェル、正直に言っておくが、今の私は――おお!これは!
(ラグー管理官がシメリアン博士の対面に座る。)
シメリアン: 君は躁状態だ。
ラグー: だろうな!ああ、よかった。
シメリアン: なあ、ポール、どれだけ言葉を選んで話せばいいのかわからない。君のことが心配なんだ。この1ヶ月間、君を見てきたが、君はこの立場に相応しくない。このプロジェクトは時限爆弾のようなものだ。このサイトにいる全員の安全が心配だし、何より君の身が心配でならない。
ラグー: わかってる、君の言う通りだ。
シメリアン: 本気で言ってるのか?
ラグー: ……ああ。
シメリアン: そうか、わかった。君は自ら課した沈黙の中で苦しんでいるように見えるんだ。頼む、最後に、何を悩んでいるのかを教えてくれ。
ラグー: 私は――
[…]
ラグー: 君の言う通りにすればよかった。助けようとしてくれていたのに。
シメリアン: 今でもそのつもりだ。
ラグー: すべてを突き放してしまった。君だけじゃない、みんなだ。申し訳ない。私の人生はずっと、嫉妬と不安の連鎖に囚われてきた。私を本当に大切にしてくれた人たちのおかげで、やっとそこから抜け出せたんだ。
シメリアン: この反応は、予想外としか言いようがないな。
ラグー: 私がさっきまでどんな目に遭っていたか知らないだろう。アザラシがいて――それで――
(シメリアンが眉を顰める。)
ラグー: 気が狂ったわけじゃないぞ。アザラシがいて、図書館に入ったんだ――
シメリアン: 医者を呼ぼうか?
ラグー: くそっ。もういい。そもそも関係ない。
シメリアン: 何を言っているのかわからないな。
ラグー: 数週間前、君は頼って欲しいと言ったな。
シメリアン: 今も同じ気持ちだ。
ラグー: きっかけは001提言を仕上げたことだった。
シメリアン: あれは素晴らしい功績だ。聞き及ぶ限り、君はそれに満足していたそうだが。
ラグー: ああ、嬉しかったよ。最高の成果だ。全てを完成させて、世に出した。だが――なんと言うか――それだけだったんだ。仲間や同僚たちからは好評だったし、評議会からもお墨付きをもらった。完成させるために地獄を見たし、その苦労は報われた。公開ボタンを押したその瞬間、私は世界の頂点に立ったような気分だった。それで……それだけだった。終わったんだ。そして、私は現実に戻り、戻ったその場所で……いつもの単調でつまらない仕事に、ただ雁字搦めになった。
シメリアン: 全ての業務が一大プロジェクトではないことは理解しているよな?
ラグー: いや――ええと、今は理解している。前は、そこからはずっと下り坂だと思っていたんだ。
シメリアン: そうだな。通常の仕事に戻ったのだから、それはショックだったかもしれない。
ラグー: 管理官に就任して8年目で研究のピークに達してしまったような気がしたんだ。たった8年だ!全てを塗り潰すようなその絶望感を拭い去ることが、私にはできなかった。財団には不老不死の者だっているんだ。この先、長いかもしれない残りの人生、二度と訪れないかもしれない高揚感を追い求めることに費やされることを想像したくなかった。何を「一大プロジェクト」と考えるかに関係なく、提言を世に出すようなプロジェクトは新たな基準や期待を生み出すんだ。そして、私はそこに届くことができなかった。永遠に届くことはできないだろう。
シメリアン: そして、それは――
ラグー: 日々のタスク、そういった大きな成果への足がかりとなるはずのものが、終わりのないループのように感じた。自分がもうそこにいないことを、絶えず思い出させるものだった。責任が戻ってきて、その大きな成果がたかだか束の間の休息に過ぎなかったことを思い知らされるだけだった。私はそれに耐えられなかった。
シメリアン: わかるよ。そういう気持ちになるのが君だけだと言ったら嘘になる。
ラグー: それは分かっている。だが、その瞬間は決してそういう風には感じられない。
シメリアン: そうだな。
ラグー: 私が気づいたことは何だと思う?
シメリアン: ふむ。
ラグー: あれは決して“私の”提言ではなかった。私は何も解決しなかった。あの滅茶苦茶な混乱から何かを成し遂げることができた唯一の理由は、ここにいる皆が私を支えてくれて、私の仕事を信じてくれたからだ。一緒に収容手順について悩んでくれたのも皆だ。仕事を失ってしまうかもしれないと不安になったとき、私の神経を落ち着かせてくれたのもそうだ。そしてこの1ヶ月間、私が引き起こしたこの騒動の間ずっと、私が無視してきたのも彼らだ。もっと早く気付いていればと思わずにはいられない。
シメリアン: 今ならそれを正せる。
ラグー: そうだな。この感覚を完全に払拭することは決してできないだろう。生まれてこの方ずっとそうだったし、それが想像だにしなかった高みへと導いてくれた。だが、それがもたらす自滅を悟ることはできなかった。失った人間関係、浪費した時間、何も良くならないという全てを塗り潰すような感覚。それは受け入れられる。最初からずっとやってきたことだ。しかし、初めて屈してしまった。もう二度とあってはならない。そうはさせない。
シメリアン: ポール、結局のところ、自分自身やお互いに課した策謀やくだらないことを抜きにすれば、君の基準は君自身が決めるものだ。
ラグー: ああ、よくわかってるよ。もう二度と君にそんなことを言わせやしないさ。
«ログ終了»
経緯: ラグー管理官はサイト-322の全職員を会議に招集した。
«ログ開始»
前記: ラグーはサイト-322の全職員にシーカー研究所へ集まるよう命じた。
ラグー: 私が大バカ野郎だったのは重々承知だ。
SCP-5595: ごほん。今モソウダゾ。ごほんごほん。
ラグー: そりゃどうも。結局、私は失敗したんだ。申し訳ない、皆は私のことを一番に考えてくれていたと思う。私は自分の心を閉じ込めて、たった一つの理由をつけて問題をみんなに押し付けてしまっていた。リーダーとは言えないな。
コイクス: ポール、そう言ってくれるのはありがたいですが、マシンは今もとんでもなく不安定なままです。
ラグー: 分かってる。君には想像できないほど不安定だ。
(職員間でざわめきが起きる。)
ラグー: 私たちは大丈夫だ。心配しないでほしい。あるアザラシがいたんだが――いや、やめておこう。今以上に狂っているように思われてしまう。このマシンは一緒に修正していこう。
ハートウェル主任技術官: 宇宙の閾値をゼロにする必要がある。そこから再起動させるんだ。そうすれば全てが再安定化するはずだ。
ラグー: わかった。
(ラグーはシーカーのGUIを起動し、スキャンする宇宙の数を1まで下げる。)
ラグー: これでいいか?
ハートウェル主任技術官: ああ。今すぐ再起動を。
SEEKER.25
入力宇宙数: 1
パラメーター: N/A
シーカーによる発見: サイト-322の上空にてアノマリーは特定された。
コイクス: これはすごいですね。
ラグー: これを探していたんだ。
«ログ終了»
特別収容プロトコル: SCP-8000は現在未収容です。
説明: SCP-8000は細長いゼニガタアザラシ (Phoca vitulina) に類似する未確認実体で、その全長は75m~150mと推定されています。SCP-8000の正確な異常性は不明ですが、目撃者の証言により、未知の手段による自己推進飛行が可能であることが判明しています。
発見直後に実体は姿を消したため、SCP-8000の起源は不明です。財団の航空機がSCP-8000の最後の既知の出現箇所へ向かいましたが、小さな、自己修復可能で、おそらく異次元的な裂け目が現在の現実に残っているのが発見されたのみでした。