SCP-8187
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アイテム番号: SCP-8187

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-8187は現在、サイト-19の厳重収容ロッカー O-P-64 に保管されています。レベル-02クリアランス以下の人物は、SCP-8187をロッカーから持ち出すこと、またはその他の形式で取り扱うことを許可されません。

試験の実施に先立ち、試験室の隣にはポータブル暗室を設置します。1 全ての写真は撮影直後に現像し、10.8cm × 16.5cm (4.25” × 6.5”) のキャビネ判2台紙に貼り付ける必要があります。台紙の裏面には、試験日時とDクラス被験者のID番号をペンで明記する必要があります。

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SCP-8187


説明: SCP-8187は1885年頃に製造されたヴィクトリア朝時代のコロジオン湿板カメラです。本品は元々大型の革製ケース内に収納されており、数枚のガラス板、木製三脚、黒色の羊毛カーテンが入った木箱と共に発見されました。これらの付属品は非異常性であり、SCP-8187と共に厳重収容ロッカーに保管されています。

SCP-8187で至近距離から撮影された人物はその後間もなく死亡します。死に直結する要因は通常、無謀な行動、不適切な意思決定、及び/または他者への攻撃性の発露に帰結します。被写体は数時間以内に死に至ることもあり、その場合の死因はほぼ例外なく脳内出血です。検死解剖では、正面から撮影された全ての被写体において、前頭前野を直線的に貫通する死滅・変性した脳組織の分布パターンが認められます。

SCP-8187によって撮影された個人の肖像写真はSCP-8187-1に指定されます。これらの写真は死後の被写体を写し出しています。被写体は撮影当時と同じ場所、服装、姿勢で写っています。被写体の死に際して生じた外傷は、写真に捉えられた外傷と実質的に区別できません。

研究者らは、SCP-8187が被写体の海馬の想像力を利用してこれらの写真を生成すると推測しています。損傷した脳組織の直線状パターンは、カメラが用いる異常な“データ抽出”手法の副作用である可能性が高いと見込まれています。カメラが被写体の脳に未来の事象のイメージを生成させるために必要な時間的再帰をどのように作り出すかは、現在のところ不明です。

補遺-01: 回収された写真

SCP-8187-1-1及びSCP-8187-1-2と指定される2枚のキャビネ判写真が、SCP-8187の革製ケースのポケットの1つに収められた、損傷したガラス板の束の中から発見されました。これらのカードの高解像度スキャンと写真裏面の手書きメモの書き起こしが以下に掲載されています。財団による回収以前に撮影されたSCP-8187-1実例は、これら以外には見つかっていません。


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SCP-8187-1-1

SCP-8187-1-1 書き起こし:

ジェイ・アレン・ジョンソン氏
1891年5月2日撮影
サーカス芸人

1891年6月26日
動物に襲われて死去

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SCP-8187-1-2

SCP-8187-1-2 書き起こし:

ジミー・ニューマン
1925年8月10日撮影

10番街とデンマーク通りの
角の路地で遺体発見さる - 1925年8月13日


補遺-02: インタビューログ

SCP-8187は、ジョージア州█████████の著名な人身傷害・不法死亡弁護士であるハリソン・ブラックウェルの法律事務所で、捜索令状の執行中に発見されました。財団工作員がオブジェクトを回収した際、ブラックウェル氏は機動部隊エージェントのローレンス・ンから、同時進行していた警察の捜査を装って尋問されました。

インタビューより抜粋


ブラックウェル: … で、それ以来、息子は僕の事務所の空き部屋で色々な人の写真を撮っている。念のため言っておくが、完全に真っ当な行為だよ。

ン: え、あのアンティークカメラで?

ブラックウェル: いやぁ、あれは祖父さんの遺品でね。ジャスパーは新しい上等なのを別に持っているよ。かなり高価だから、夜は自宅に持ち帰っているんだ。

ン: ふむ。写真家だったのですか?

ブラックウェル: 祖父さんが? ああ、写真家だったのは曽祖父さんで、祖父さんは時々その手伝いをしたんだ。でも僕が生まれた頃には葬儀屋だったね。それでも不況の時は副業で人物写真を撮っていた。

ン: やはり生計は立てなきゃいけませんからねえ。しかし、写真撮影だけで収入の損失を補うのは流石に無理では…

ブラックウェル: 驚くかもしれないが、名前を広く知らしめると結構な稼ぎに繋がるんだ。口コミというやつだね。

ン: 成程… ところで、あなたのクライアントの半数以上は、息子さんが撮影した方々と同じ苗字をお持ちだそうですね?


ブラックウェル氏はいったん沈黙し、その後再び話し始める。


ブラックウェル: そうなのかい? ジャスパーが何をしているか、全部は把握していないんだよ。ずっと肩越しに覗き見しているわけじゃない。

ン: 記録を残していらっしゃるでしょう。それを見てこのパターンに気づいたんです。

ブラックウェル: なんだ、僕がいちいちそんなくだらない仔細を突き合わせて比較しているとでも思うのか? なぜその必要がある?

ン: 仰る通りだとしても、誰がご自分の事務所に出入りしたかはご存知のはずです。

ブラックウェル: いいかい。君には無駄話をする時間がたっぷりあるのかもしれないが、僕は多忙なんだ。書類の苗字をチェックしたり、玄関ドアを日がな一日凝視したりする暇は無い。ましてや今ここでこんな馬鹿話に付き合ってる余裕は全く無い。


この時点で、ブラックウェル氏はインタビューを打ち切り、事務所を退出しようとしたが、エージェント ンに制止された。彼は現場にいた他数名の財団職員によって拘束された。

このインタビューの後、ハリソン・ブラックウェルと息子のジャスパー・ブラックウェルはクラスF記憶処理を施され、新たな身元を付与したうえで財団によって転居させられました。

彼の曽祖父、ユリシーズ・ハワード・ブラックウェルの名前は、更なる調査のために歴史部門へと伝えられました。新聞記事の初期調査では、1888年から1925年にかけて27件の結果が得られました。これらの記事の4件を除く全てが追悼記事の執筆者として彼の名前を挙げており、うち1件はジェイ・アレン・ジョンソン氏の訃報でした。

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